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京都地方裁判所 昭和56年(ワ)2104号 判決 1984年3月27日

第二一〇四号事件、第六九〇号事件原告

渡辺源二こと李基一

第六九〇号事件被告

株式会社大丸白衣

第二一〇四号事件被告

中尾元一

ほか一名

主文

被告坂口尚孝は原告に対し金一六五一万七三六七円及び内金一五三一万七三六七円に対する昭和五四年一一月一七日から、内金一二〇万円に対する昭和五九年三月二八日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告株式会社大丸白衣、同中尾元一に対する請求、及び被告坂口尚孝に対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告坂口尚孝の、その一を原告の負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

被告らは原告に対し各自二五〇四万三〇〇〇円及びうち二三五四万三〇〇〇円に対する昭和五四年一一月一七日から、うち一五〇万円に対する昭和五九年三月二八日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行宣言

二  被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(被告中尾、同大丸白衣) 仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は次の交通事故により傷害を負つた。

事故発生日時 昭和五四年一一月一七日午後一〇時七分ごろ

事故発生場所 京都市山科区西野楳本町七〇番地先国道一号線路上

加害車両 普通乗用自動車(車体番号P四三〇―〇〇五〇六一番、登録番号神戸三三そ九八九七号)

事故の態様 原告はタクシー運転手であるが、普通乗用自動車(京五五い七六八三)を運転し信号待ちで停止中、被告坂口尚孝運転の加害車両が時速約七〇ないし八〇キロメートルで原告車に追突しそのまま逃走した。この衝撃のため原告車は前方対向車線上に約七メートル飛び出し停車していた他の普通乗用自動車に衝突して停止した。

2  損害賠償責任

(一) 被告坂口が盗み出した加害車両を無免許運転し、しかも飲酒の上信号待ち中の原告車に猛スピードで激突しそのまま逃走した事故であり同被告には不法行為責任がある。

(二) 被告中尾元一及び被告会社は、加害車両の保有者であるが、加害車両にエンジンキーをつけたまま路上に放置したため被告坂口にこれを盗難されて右事故が発生したものでそれぞれ自動車損害賠償補償法三条により損害賠償責任がある。

3  原告の治療状況

(一) 昭和五四年一一月二〇日から昭和五五年八月一九日まで二七四日間光仁病院に入院。

(二) 昭和五五年八月二〇日から昭和五六年六月二六日まで(実日数一五七日)光仁病院に通院。

(三) 昭和五六年五月一一日以降富永脳神経外科病院に通院中。

(四) 昭和五五年一月八日以降京都第一赤十字病院に通院(昭和五六年八月一五日現在実日数四〇日)。

原告は、現在なお治療継続中であるが、筋電図、脳波、頸椎レントゲン、聴力テスト、平衡機能検査等の他覚的所見でいずれも明確な異常が認められ、また握力の低下、知覚鈍麻の他覚的所見も認められる。自覚的症状としては、頭痛、頸部痛、肩、背腰部鈍痛、両上肢シビレ感、両下肢のシビレと脱力感、めまい、耳鳴、難聴、視力低下、意識消失発作を訴えている。視力は、裸眼で左眼〇・一、右眼〇・〇二、矯正視力でも左眼〇・五、右眼〇・〇三に低下しており、これらの症状のため原告は働くことは到底無理である。

4  損害

(一) 入院雑費 一九万一八〇〇円。 一日七〇〇円の割合による光仁病院入院二七四日に対する分。

(二) 付添費 九万円。 一日三〇〇〇円の割合による三〇日分。

(三) 通院費 二〇万四九二〇円

(1) 光仁病院関係 一八万二一二〇円

タクシー料金の片道五八〇円、昭和五六年六月二六日までの通院実日数が一五七日であるのでその合計額。

(2) 富永病院関係 二万二八〇〇円

タクシー料金は大阪地下鉄ナンバ駅から富永病院まで片道三八〇円、昭和五六年八月一七日までの通院実日数が三〇日であるのでその合計額。

(四) 休業補償

事故前の昭和五一年四月から六月分までの支給総額は六二万七七五〇円、一日当りの平均賃金は六八九八円であり、労災から支払われる休業補償は一日当り三〇三六円(五〇六〇の六割)である。従つて、事故当日の翌日から昭和五八年一〇月一二日までの休業日数は一四二五日であるので、この間の休業損害の差額は五五〇万三三五〇円となる。

(五) 逸失利益

原告は昭和五八年一〇月一二日現在五四歳であり原告の勤務する会社は五八歳で定年となるので右事故がなければあと四年間は働くことができた。後遺障害による労働能力喪失率は七九パーセントであり四年間の中間利息を控除(ライプニツツ係数三・五四五九)すると逸失利益は七〇五万二九三〇円となる。

(六) 慰藉料

原告は、右事故により当初九か月間も入院し、昭和五五年八月二〇日以降週に四ないし五日の割合で通院しているが、現在症状が悪化して再び入院せざるをえない状況にあり、両上下肢のしびれ、上肢の脱力感、頭痛、頸部痛、めまい、耳鳴り、眼の痛み、視力の低下等の多様且つ重篤な症状に苦しめられている。従つて慰藉料としては少くとも一〇五〇万円が妥当である。

(七) 弁護士報酬

原告はやむをえずに本件訴訟の遂行を委任し第一審勝訴判決の言渡と同時に一五〇万円を支払うことを約束した。

5  よつて、原告は被告らに対し各自二五〇四万三〇〇〇円及び内弁護士費用報酬分一五〇万円を控除した二三五四万三〇〇〇円に対する損害発生日である昭和五四年一一月一七日から、内一五〇万円に対する本判決言渡の日の翌日である昭和五九年三月二八日から各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの答弁及び主張

1  被告中尾元一、同大丸白衣

(一) 請求原因1の事実は知らない。

同2の事実のうち、(一)は知らない。(二)は否認する。

同3、4の事実は知らない。

(二) (責任原因の不存在)加害車は元被告会社の所有であつたが昭和五四年八月二五日盗難にあつたので加入していた保険会社に盗難保険金が支払われるよう求め、新しく別の車を購入しようと手続中本件事故が発生したのであつて、当時被告会社は加害車の所有者ではなく運行供用者でもなかつた。

2  被告坂口尚孝

(一) 請求原因1、同2(一)の事実は認める。

同3、4の事実は知らない。

(二) (原告による請求権の放棄)昭和五五年一〇月七日被告坂口の父坂口幸弘が同被告を代理して原告との間で、原告が四二万円の支払を受けることにより本件事故に関し今後一切金銭上の請求をしない旨の合意が成立している。

三  抗弁に対する原告の認否

原告が被告坂口との間で示談したことは否認する。同被告に対する請求権は放棄していない。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  (交通事故の発生)

成立に争いのない甲第八ないし第一九号証、原告本人尋問(第一回)の結果により昭和五四年一一月一八日渡辺源二撮影の被害車の写真であることが認められる検甲第一ないし第三号証及び原告本人尋問(第一回)の結果によると、請求原因1の事実を認めることができる(被告坂口との間では争いがない。)。

二  (責任)

1  右争いのない事実と成立に争いのない甲第二ないし第一〇号証、乙第二、第三号証、昭和五八年四月一〇日頃中尾行延撮影の加害車盗難場所付近の写真であることに争いのない検乙第一ないし第四号証及び証人中尾行延の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。

被告会社は、昭和五四年七月三一日頃兵庫日産モーター株式会社から自動車一台を、所有権留保付で月賦払の方法により購入し主として中尾行延が会社のため管理し使用していた。同年八月二五日被告会社は右車両を自己店舗前道路にエンジンキーをつけたまま置いていた隙に被告坂口外一名により窃取されたのでこの車の回収を諦め予てから加入していた共栄火災海上保険相互会社に届出て同会社から盗難保険金の支払を受けこれによつて別の車を購入することになり同年九月二九日頃代替の新車を入手した。

被告坂口は、車を盗んで間もなく同車に取付けてあつたナンバープレート(神戸三三そ九七九八)を外して先に他から盗んで用意していたナンバープレート(泉五セ三四五一)を取付け同車を使用するうち前記のとおり本件事故を起した。以上の事実が認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によると、本件事故は被告会社が車の盗難にあつて後三か月近く経ておりその間被害者である被告会社は盗難車を回収してこれを使用することを断念し新らしく代替車を入手しているのであるから本件事故当時右盗難車に対する支配を既に失つていたものというべく、従つて被告会社は本件事故当時右車両の供用者であつたとはいえず、これを前提とする被告会社の損害賠償責任を認めることはできない。

2  被告中尾元一が責任を負うべき原因についてはこれを認めるべき証拠がない。

3  請求原因2(一)の事実は被告坂口との間では争いがなく、右事実によると同被告は原告に対し本件事故により原告が被つた損害を賠償すべき不法行為責任がある。

三  損害

原告本人尋問(第一回)の結果により成立を認める甲第二一ないし第三二号証、同第三四、第三五号証、同第三七ないし第四二号証、原告本人尋問(第二回)の結果により成立を認める甲第四三ないし第四七号証、及び原告本人尋問(第一、二回)の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができ、他に本件事故と相当因果関係があるとみられる傷害及び損害を認めるべき証拠はない。

1  原告は、本件事故により、頭部打撲傷、頸部打撲捻挫の傷病名で京都市南区四ツ塚町七五光仁病院において昭和五四年一一月二〇日から同年一二月二〇日迄と同五五年四月七日から同年八月一二日までの一五九日間入院し、同月二〇日から同五六年六月二六日まで(治療実日数一五七日)通院した。

また、外傷性頸部症候群、外傷性バレーリヨー氏症候群、腰椎捻挫、視障害、両頸神経根損傷の診断により大阪市浪速区湊町一丁目四番四八号富永脳神経外科病院で昭和五六年五月一一日から同年六月六日まで通院し、同日症状固定したがその後眩暈や鈍痛が一時強くなつたので同五八年四月七日から同年一二月一九日まで(治療実日数一七九日)通院して治療を受けた。さらにその間、外傷性視神経障害の疑いで京都市東山区本町一五丁目七四九番地京都第一赤十字病院に昭和五五年一月八日から同五六年八月一五日まで(治療実日数四〇日)通院してそれぞれ治療を受けた。

現在なお、頭部頸部肩に鈍痛持続し、眩暈、耳鳴、難聴、視力低下(昭和五五年一月八日現在左右共視力〇・三(矯正〇・七)、同五七年一一月一六日現在左眼〇・一(矯正〇・五)右眼〇・〇二(矯正〇・〇三))、両上下肢にしびれ感、全身脱力感等の後遺障害が残つている。

2  本件事故と相当因果関係があると認められる損害の額は次のとおりである。

(1)  入院付添費 原告は前記入院期間一五九日間について付添が必要であり、付添費として一日について少くとも三〇〇〇円を要したと認めるのが相当であるからその合計額は四七万七〇〇〇円である。

(2)  入院雑費 右入院期間一五九日間について一日当り少くとも一〇〇〇円の雑費を要したものと認められるからその合計額は一五万九〇〇〇円である。

(3)  通院費 前記光仁病院への通院期間中少くとも六〇日についてタクシーを必要とし、一往復について一一六〇円を要したから原告はその合計額六万九六〇〇円を負担した。また富永病院へは片道に少くとも三八〇円を要し原告が請求するその三〇日分二万二八〇〇円を支払つた。原告の請求する通院費のうち右認定を超える部分を認めるに足りる証拠はない。

(4)  逸失利益 原告は、昭和四年一〇月八日生れの男性であつて京都バスタクシー株式会社に勤務し昭和五一年四月から同年六月までの三か月間に支給された給料の総額は六二万七七五〇円であり、原告の逸失割合とその期間は昭和五四年一一月一八日から症状固定日である同五六年六月六日までの五六六日間について一〇〇パーセント、同年六月七日から右会社の定年である五八歳までの七年間(そのホフマン係数五・八七四)について六〇パーセントとするのが相当である。

この間労災保険から支給された休業補償は一日当り三〇三六円、これを算定の基礎とした昭和五四年一一月一八日から本件口頭弁論終結時である同五九年三月一日まで一五六三日分の合計額は四七四万五二六八円であるからその差額は八〇〇万八九六七円である。

62万7750×566/91=390万4467…………………<1>

62万7750×12/3×0.6×5.874=884万9768…<2>

3036×1563=474万5268………………………<3>

<1>+<2>-<3>=800万8967

(5)  慰藉料 本件事故の態様、原告の傷害の部位・程度、治療経過、後遺症の内容・程度、その他本件に顕われた一切の事情を斟酌すれば原告が本件事故により慰藉料として請求しうべき額は七〇〇万円をもつて相当と認める。

四  (示談の成立と請求権放棄の有無)成立に争いのない丙第一ないし第六号証及び証人坂口幸弘の証言によると、昭和五五年一〇月七日頃原告は被告坂口の父幸弘との間で、「幸弘が原告に対し支払つた休業損害金三二万円と一二月末迄に支払う一〇万円で以後一切の支払をしない」旨の念書を差入れ合意していることが認められるけれども、原告本人尋問(第一、二回)の結果を合せ考えると、右事実によつては原告が被告坂口に対する請求権をすべて放棄したとまでは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

もつとも、右各証拠によると、原告は前記損害合計額一五七三万七三六七円に対し四二万円の支払を受けていることが認められるからこれを控除すると残額は一五三一万七三六七円となる。

五  弁護士費用 原告が本件訴訟の遂行を弁護士に委任していることは記録上明らかであり、本件訴訟の内容、経過、認容額等諸般の事情を勘案すれば原告が弁護士に支払つた報酬額のうち本件事故と相当因果関係あるものとして請求しうべき額は一二〇万円をもつて相当と認める。

六  よつて、原告の本訴請求は被告坂口に対し一六五一万七三六七円と内一五三一万七三六七円に対する本件不法行為による損害発生後である昭和五四年一一月一七日から、内一二〇万円に対する昭和五九年三月二八日から各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田秀文)

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