京都地方裁判所 昭和56年(ワ)393号 判決 1984年8月31日
原告
田中美代
右訴訟代理人
中山福二
中島晃
被告
株式会社ホンダランド
右代表者
小林澄男
右訴訟代理人
高木茂太市
久保昭人
主文
一 被告は原告に対し、金一七二二万九八二九円及びこれに対する昭和五六年三月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金三七〇五万一二七円及びこれに対する昭和五六年三月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告の答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 田中洋一(以下「洋一」という。)は、昭和五五年三月一六日、三重県鈴鹿市稲生町七九九二番地所在、被告所有の鈴鹿サーキットレーシングコース(以下「本件レース場」という。)で開催された被告ら主催にかかる一九八〇中日スポーツ杯争奪鈴鹿シルバーカップレースシリーズ第二戦TS―Iクラス・レース(以下「本件レース」という。)の競技中、右コース第一コーナー外側の四番ポスト(監視ポスト)において、コースポスト員(監視員)として本件レースの監視にあたつていたところ、同日午後四時四五分ころ、右レース第六周目に四番ポスト付近を時速約一六〇キロメートルで走行していた中浜隆行(以下「中浜」という。)運転のレーシングカーが、先行していた安達富一(以下「安達」という。)運転のレーシングカーに追突し、その衝撃によつて安達運転のレーシングカーがコースを外れて外側ガードレールを越えて突進し、その結果同ガードレールの外側で右レースを監視していた洋一をはね飛ばし、第二ないし第九肋骨骨折、肺損傷により即死させた。
2 被告の責任
(一) 被告は本件レース場を所有し占有管理するもので、高度の危険をともなう自動車競技を主催もしくは他者をして主催せしめてきたものであつて、危険防止のため万全の注意を払うべき義務がある。同注意義務は、レース開催によつて発生の予想されるあらゆる危険を防止すべき義務であり、危険の及ぶ対象はレースの観客だけでなく、監視員らのレース要員も含まれる。しかるに、被告は監視員に及ぶ危険を予見しながら、監視員が安全に監視をなしうる適切な防護措置を講じず、又、レースの危険性について事前の教育が徹底されなかつたため、本件事故が発生したものであり、被告には民法七〇九条により被害者が被つた損害を賠償すべき義務がある。
(二) 被告が所有かつ占有する本件レース場は、全長六〇〇四メートル(本件レースの行われた東コースは二二七〇メートル)あり、本件事故現場である四番ポスト付近はその西方正面観覧席前の直線コースをレーシングカーが全速力で走行した直後の最初のカーブに位置し、強大なエネルギーを瞬発せしめたレーシングカーが、ひとたびその付近に暴走した場合の危険度はきわめて高い場所である。それにもかかわらず、右四番ポスト付近は単にガードレールを附設しただけで、レーシングカーの暴走による事故発生を防止するための万全の防護施設が設置されていなかつたのは、土地の工作物の設置又は瑕疵があるものであり、被告には民法七一七条により被害者が被つた損害を賠償すべき義務がある。
3 損害<省略>
二 請求原因に対する被告の認否及び主張
1 請求原因1の事実のうち、洋一が、昭和五五年三月一六日、三重県鈴鹿市稲生町七九九二番所在、被告所有の本件レース場で開催された一九八〇中日スポーツ杯争奪鈴鹿シルバーカップレースシリーズ第二戦の競技中、レーシングカーの事故が原因で死亡したことは認め、被告が主催者であることは否認する。
本件のようなレースは、多数の同好会的レースクラブが交互に主催し、非主催着が協賛者になつてレースを運営進行させるのであり、コースポスト員らの人員配置なども、右クラブにおいて規則を遵守して行い、レースの進行に万全を期していたものである。そして、被告は各クラブの主催に形式上共催としただけである。
また、本件事故は、レーシングカー同志の接触の結果、一台の車輛がコース(トラック)外縁部に接触し、その惰力で一定距離ガードレールに接触したまま前進した際に、ガードレールに接して立つていた洋一を巻込み、本件事故となつたものである。右ガードレールは若干の損傷を受けただけで破壊することなく、又、右車輛がガードレール外側(洋一のいた側)に突入ないし飛び込むことは全くなかつた。洋一は、コースポスト員と計時員の三級の資格、競技運転者許可証及び国内B級ライセンス取得者として、コース監視をしていたものであつて、監視ポスト内ないしはその付近にあつて監視すべきであるにも拘らず、右有資格者として危険を充分認識しながら、右ガードレール部位まで進み、これに接して立つていた。又、監視員は、常に自己のポストを通過し終つた車輛を目で追うことなく、ポスト方向に進行して来る車輛を注視する義務があるにも拘らず、洋一は、通過ずみの車輛を注視していたらしく、本件車輛の接触事故に気付くのが遅れ、しかも監視員は常にヘルメットを着用すべき義務があるのにその着用もしていなかつた。
2 同2について
(一) (一)の事実は否認する。
仮に、被告が責任を負うべき立場にあつたとしても、本件事故は、さきに触れたところからも明らかなように、洋一の一方的過失に起因するものであり、もとより被告は、危険発生を予見したことがなく、安全を確保すべき管理を怠つたこともない。
(二) (二)の事実は否認する。
トラックの外縁部には全部にガードレールが設置されており、事故発生を防止する万全の防護施設が設置されていた。被告の設備は、F、I、A(国際自動車連盟)のスポーツ委員会の安全規準に適合し、かつ、二年毎の査察においても何らその規準に反したことがなく、国際的なレースにも適合する設備である。
3 同3の事実のうち、原告が洋一を相続したことは認め、その余は知らない。
三 被告の主張に対する認否及び反論
被告の主張事実のうち、洋一が公認審判員三級の資格を有していたこと、ヘルメットを着用していなかつたことは認めるが、洋一の有していた公認審判員三級の資格は、全くの素人でも一回の講習さえ受ければ簡単に取得できるものであり、又、洋一の死亡原因は、請求原因1記載のとおりであつて、たとえ洋一がヘルメットを着用していたからといつて、死亡の結果を免れえたとはいえないのであるから、ヘルメットを着用していなかつたことを取り上げること自体が失当である。
第三 証拠<省略>
理由
一事故の発生
洋一が、昭和五五年三月一六日、三重県鈴鹿市稲生町七九九二番地所在被告所有の本件レース場で開催された一九八〇中日スポーツ杯争奪鈴鹿シルバーカップシリーズ第二戦の競技中、レーシングカーの事故が原因で死亡したことは当事者間に争いがなく、この事実と<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。
洋一は、本件レース場国際レーシングコース(東コース)で開催された姫路モーターリスト・クラブ及びオムニバス・カークラブ・オブ関西主催の本件レースの競技中、右コース第一コーナー外側の四番ポスト(監視ポスト)付近において、弘光正幸、野村正光、小池輝隆らとともに、コース員(監視員)として本件レースの監視にあたつていたところ、同日午後四時四五分頃、右レース第六周目にスタート地点から約四〇〇メートルの地点を走行してきた安達運転のレーシングカーの右後部に時速約一五〇キロメートルで走行してきた中浜運転のレーシングカーの左前部が追突し、その衝撃により、右安達車の前部が浮き上がり、右に回転しながらコースを外れて四番ポスト方向に逸走した。右安達車はその後、後部が浮き上がつて後部を前にして走り、追突地点から約八二メートル離れた四番ポストの北西数メートル高さ約1.1メートルのガードレールに激突し、引き続きガードレールに接触したまま南東方向に前進し、四番ポスト前のガードレール(高さ約1.1メートル)外側に接近して立つていた洋一、弘光正幸、野村正光をはね飛ばし(洋一らが立つていた場所には右ガードレールの他防護設備はなかつた)、洋一はガードレール内側の芝生の部分に、弘光はガードレール外側四番ポスト南側の土手上に、野村は立つていた場所から約一〇メートル離れたポスト南東方向の土手上にそれぞれ飛ばされて倒れ、安達車は四番ポスト前からさらに約一〇メートル南東のガードレール内側芝生のところで後部をガードレール方向に向けて停止し、安達車が激突した部分のガードレールは斜めに傾き、その外側の高さ約2.1メートルの金網フェンス、四番ポスト南方の高さ八メートルの水銀柱も倒された。右事故により弘光正幸は死亡し、洋一も第二ないし第九肋骨骨折、肺損傷により即死した。
以上の事実が認められ<る>。
二被告の責任
1 本件レース場が被告の所有に属していることは前叙のとおりであり、同レース場が民法七一七条所定の「土地ノ工作物」に該当することはいうまでもない。
ところで、証人若林英一、同高桑元の各証言並びに弁論の全趣旨によると、被告は、本件レース場において自らがレースを主催するほか、使用料を徴して同好会的レースクラブに本件レース場を一時的に貸すこともあること、後者の場合には、それらレースクラブがレースを主催し、コースポスト員らの人員の配置なども同クラブにおいて行うのであり、本件事故が発生したレースもこれに属すること、しかしながら、後者の場合でも、被告は、共催者になり且つレースの保安救急部門を担当するほか、事前打ち合せにも担当者を出席させること、本件レースも同様にして実施されたこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。
右認定事実によれば、本件事故が発生したレース中といえども、本件レース場全体の占有管理は、依然として被告に属していたと解するのが相当である。
2 そこで、本件事故につき、本件レース場の設置保存に瑕疵があつたと解すべきか、否かについて検討する。
<証拠>によると、本件レース場は、トラックの外縁部全部に高さ0.76ないし1.1メートルのガードレールが設置され、その外側にコース員のための監視ポストも設けられていたこと、ところで、本件事故現場である四番ポスト付近はその北西正面観覧席前の直線コースをレーシングカーが全速力で走行した直後の最初のカーブに位置し、強大なエネルギーを瞬発せしめたレーシングカーがひとたびその付近に逸走した場合の危険度はきわめて高い場所にあること、しかし、レーシングカーが逸走した場合の危険度の高い四番ポスト付近に、その危険に適合したガードレール、防護フェンスあるいは衝突エネルギー吸収体、旗振り台等を設けていなかつたこと、洋一が取得している公認審判員三級の資格は、一回の講習等を受けるだけで容易に取得できるといつたお粗末なもので、レースの危険性、監視場所についての事前の教育が徹底されておらず、他のコース員を含めてその点のわきまえがないまま、通常監視は監視ポストの外でなされていたし、その方が監視ポスト内よりも監視が行き届く状況にあつたこと、かかる状況下で、まさにレーシングカーの逸走により本件事故が惹起したこと、以上の事実を認めることができ、この認定を動かすに足る証拠はない。
右認定事実によれば、本件レース場の四番ポスト付近は、レーシングカーの逸走に備えた安全性を欠いていたものといわざるを得ない。
従つて、本件レース場の設置保存に瑕疵があつたものと解するのが相当であり、被告は、民法七一七条の規定により本件事故による損害を賠償すべき責任を負うものというべきである。
三損害
前記事実と当事者間に争いのない原告が洋一を相続した事実及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一〇号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件事故と相当因果関係のある損害を次のとおり認めることができる。
1 洋一の逸失利益
洋一は、昭和三一年一二月六日生れの本件事故当時満二三歳の健康な男子で四年制の大学を四回生で中退したが、本件事故直前に商事会社に就職した。
従つて、基本となる収入を賃金センサス昭和五五年第一巻第一表産業計企業規模計高専・短大卒男子労働者の年令別平均賃金表による二三歳男子の平均賃金年額一八九万八五〇〇円により、生活費控除率を五〇パーセント、就労可能年数を二三歳から六七歳まで四四年、そのホフマン係数22.923により算定するのが相当であり、これによると逸失利益は二一七五万九六五八円である。
(算式)
189万8500×0.5×22.923=2175万9658
2 慰藉料
本件事故の態様、被害者の年令、社会的地位、その他諸般の事情を考慮すると、洋一の慰藉料額を九〇〇万円、原告固有の慰藉料額を一〇〇万円とするのが相当である。
3 葬儀費用
少くとも七〇万円を要したものと認められる。
4 過失相殺
前記二の2の認定事実によれば、公認審判員三級の資格を有する洋一は、本件レースを監視するにあたつて、監視ポスト内ないしはその付近にあつて監視すべきであるし、レーシングカーの接触事故をいち早く発見して、事故の拡大を防止すべき立場にあつたにも拘らず、危険の予想されるガードレール部位まで進み、これに接して立ちながら、又、自己のポストを通過し終つた車両を目で追いポスト方向に進行してくる車両に気付くことが遅れたことも相俟つて、本件事故が発生したものと認められるから、前記事故の状況を総合考慮すると、洋一の過失割合を五割とするのが相当である。従つて、前記1ないし3の合計額三二四五万九六五八円を右割合で按分すると一六二二万九八二九円となる。なお、被告は、洋一は、監視員はヘルメットを着用すべき義務があるのに着用していなかつた旨主張するが、前記一で認定した洋一の死亡原因である第二ないし第九肋骨骨折からすれば、ヘルメットを着用していても洋一の死亡は免れなかつたというべきであるから、右事実をもつて過失相殺の事由として斟酌することはできず、右被告の主張は失当である。
5 弁護士費用
原告が本件訴訟の提起遂行を原告訴訟代理人に委任し相当額の報酬の支払を約していることが認められ、本件訴訟の経過、認容額等を考慮するとそのうち原告の損害として請求しうべき弁護士費用の額は一〇〇万円が相当である。
四よつて、原告の被告に対する本訴請求は、一七二二万九八二九円及びこれに対する不法行為の日の後であり本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年三月二八日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、右被告に対するその余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(石田眞 小山邦和 中村俊夫)