京都地方裁判所 昭和56年(行ウ)12号 判決 1982年4月16日
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し、昭和五五年一一月七日付でなした、京都地方裁判所昭和四九年(フ)第六号破産事件にかかる岡崎染工株式会社の昭和五四年九月一日から昭和五五年八月三一日までの清算事業年度分予納法人税の交付要求を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
主文と同旨
2 本案に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 訴外岡崎染工株式会社(以下「岡崎染工」という。)は昭和四九年五月一一日午前一〇時京都地方裁判所で破産宣告を受け(昭和四九年(フ)第六号事件)、破産管財人に原告が選任されて破産手続が進行継続中である。
2 岡崎染工の昭和五四年九月一日から昭和五五年八月三一日までの清算事業年度(以下「本件係争年度」という。)中、その破産財団に属する土地の処分がなされ、その結果生じた譲渡益、土地の売買に伴う違約金収入等により一億六三二三万九三八五円の所得が生じ、右所得に対する法人税額は七三六五万二六〇〇円(うち課税土地譲渡利益金額に対する税額九一九万七〇〇〇円)となるので、原告は右計数に基づき、昭和五五年一〇月三一日被告に対し本件係争年度分法人税の清算事業年度予納申告書を提出し、予納法人税として七三一五万八九〇〇円を申告した。しかし、右予納法人税は破産手続上財団債権に該らないものであるから、直ちに納付することはできない旨を右申告書に付記した。
3 しかるところ、被告は原告に対し、昭和五五年一一月七日付で右予納法人税の交付要求をなした(以下「本件交付要求」という。)。原告は、本件交付要求に対しその取消を求め、同月一二日被告に対して異議申立をなしたが、被告は昭和五六年一月一九日異議申立を棄却する旨の決定をなし、同月二〇日右決定謄本が原告に到達した。そこで、原告は、更に同月二六日国税不服審判所長に対して審査請求をなしたが、その後三か月を経過しても裁決はなされなかつた。
4 交付要求は、強制換価手続から優先的に租税相当額の配当を受けるため(国税徴収法一三条)執行機関(本件の場合破産管財人)に配分を求めてなす行政行為であるから、交付要求の租税が財団債権でなくてはならないが、右予納法人税は以下に述べるとおり財団債権に該らない。
(一) 破産法四七条二号は、破産宣告後の原因に基づく公租公課は、原則として財団債権とせず、例外として「破産財団ニ関シテ生シタルモノニ限」り財団債権とする旨を規定する。
(二) ところで、最高裁昭和四三年一〇月八日第三小法廷判決は、破産法四七条二号が、破産宣告後の原因による公租のうち、「破産財団ニ関シテ生シタルモノ」に限つて財団債権とした趣旨は、それが破産債権者にとつて共益的な支出であることにあるとし、右趣旨に基づき、「破産財団ニ関シテ生シタル」請求権とは、破産財団を構成する各個の財産の所有の事実に基づいて課せられ、あるいは、それら各個の財産のそれぞれの収益そのものに対して課せられる租税その他破産財団の管理上当然その経費と認められる公租公課の如きを指すと解するのを相当とし、個人の各種の所得を総合一本化した総所得金額について課せられる所得税は、右の基準に照し、財団債権に該らないと判示した。
法人税の課税対象である所得は、役務の提供による収益、無償による資産の譲受け等破産財団と明白に無関係な収益を含み、破産財団と直接的に結びつかない抽象的な金額である。かような所得を課税対象とする予納法人税が財団債権に該らないことは、前記最高裁判決の示す基準により明らかである。
(三) また、予納法人税は清算所得に対する法人税の予納であり、その本質は清算所得に対する法人税であるところ、清算所得は、いわゆる土地重課税部分を除き、全破産債権を完済した後の残存資産から資本金、資本・利益準備金等を差引いた資産をいうので、元来破産債権に劣後する租税であり、財団債権に該り得ない。
(四) なお、法人税に含まれる土地重課税は独立の租税ではなく、法人税の税額算定の加重要件にすぎないから、その加重要件に基づく税額だけを別扱いにすることはできず、法人税が財団債権に該らない以上、土地重課税のみを財団債権に該ると解することはできない。
5 以上のとおり、本件交付要求は財団債権に該らない租税についてなされたもので、取消されるべきである。
二 被告の本案前の主張
1 およそ抗告訴訟の対象となるべき行政処分は、これにより直接国民の具体的な権利・義務に具体的変動を与える法的効果を有するものでなければならないところ、ある租税債権が財団債権に該当するか否かは破産法四七条二号の規定によつて当然に定まるのであり、交付要求の法的効果として当該租税債権が財団債権になるのではなく、また、破産手続上、財団債権は届出を要せずして随時弁済を受け得る立場にあるので、財団債権に該る租税債権についても、それが交付要求されていると否とにかかわらず、随時弁済されなければならないから、破産管財人に対する交付要求は単なる弁済の請求の意味を有するにすぎず、それによつて何らかの法的効果が生ずるものではない。
したがつて、破産管財人に対する交付要求には何ら処分性を根拠づける法的効果が存しないので、抗告訴訟の対象となり得ず、本件訴えは不適法である。
2 破産手続においては、破産管財人が自己の権限と責任に基づき破産的清算を行なうこととなるので、当該租税債権を財団債権として扱うか否かについても、破産管財人の責任において決定しなければならず、このことは交付要求がなされたことによつて左右されない(交付要求の有無にかかわらず、破産管財人は破産法四七条二号の規定を自らの責任において解釈して当該租税債権を処理する権限と義務が存する。)。そうすると、原告の破産管財人としての法的地地は、本件訴えの勝敗によつて差異は生じないことになるから、本件訴えは訴の利益を欠いた不適法なものである。
三 被告の本案前の主張に対する原告の反論
1 交付要求とは、国税徴収法八二条以下の規定に基づき、税務署長が滞納者の財産に対してすでに強制換価手続が開始されている場合に、執行機関に交付要求書を送付してその手続に参加し、換価代金から滞納税額の交付を求めることをいうが、行政庁である税務署長が、一方的に、租税債権の存在、その租税債権が滞納になつている事実、滞納者に対し強制換価手続が開始していること等、国税徴収法八二条一項が交付要求をなすために要求する要件に該当する具体的事実の存在を認定し、それに同条項を適用して行なう行為であるから、行政庁の公権力の行使、すなわち行政処分に該ることは明らかである。
交付要求によつて、税務署長は、強制換価手続において、交付要求にかかる租税につき執行機関より優先的に配当をうけることができ、その反面、執行機関(本件の場合破産管財人)は、交付要求にかかる租税について、優先的に配当をなすべき義務を負わされる。したがつて、行政処分一般の公定力により、本件の場合、仮に交付要求にかかる予納法人税が財団債権でないとしても、本件交付要求が出訴期間の経過により確定したときは、原告破産管財人に優先的配当をなすべき義務が争い得ないものとなる。
2 交付要求が執行裁判所または執行官という官庁たる執行機関に対してなされた場合、交付要求自体行政処分であるとして何人がその交付要求に対し行政訴訟を提起しうるか問題があるが、破産管財人に対してなされた場合は、破産管財人に、その管理する破産財団中より、交付要求にかかる租税につき優先的に配当をなすべき義務を負担させるものであるから、破産管財人がその取消請求の訴えを提起するについて原告適格を有することは明らかである。
四 請求原因に対する被告の認否及び主張
1 請求原因1ないし3は認める。
同4のうち、原告引用の判決の存在は認め、その余は争う。
2 原告引用の最高裁判決が所得税を財団債権と認めなかつた理由は、所得税は、例外的に分離課税の認められている特殊な所得を除いて、一歴年内における各個人の各種の所得を総合一本化した総所得金額について、個人的事由による諸控除を行なつたうえ課税することを目的とした租税であり、また、たとえ破産者の総所得金額が破産財団に属する財産によるものと自由財産によるものとに基づいて算定されるような場合でも、課税対象はそれらとは別個の破産者個人について存する総所得金額という抽象的な金額をもつて課されるものであつて、所得源に応じて課税するものでない租税だからである。
3 ところで、破産法四七条二号は、租税債権保護の立法趣旨で原則としてすべての租税債権を財団債権としたのであるが、破産宣告後の破産者に対する公租公課のなかには、破産財産に関して生じる公租公課と自由財産に関して生じる公租公課が存し、前者の公租公課についてはその課税原因(資産の譲渡による対価、役務提供の対価等)によつて破産財団(債権者全体)が利益を受けるので、その公租公課を破産財団に負担させることに合理性があるが(そして、破産財団が負担することになる以上、破産法四七条二号の立法趣旨に従つて財団債権となる。)、後者の公租公課については当該課税原因によつて破産財団(債権者全体)は何らの利益を受けないので、その公租公課を破産財団(債権者全体)に負担させることには合理性がないところから(したがつて、自由財産及び破産手続の残余財産から徴収することになる。)、後者の公租公課を財団債権より除外するため、「破産宣告後ノ原因ニ基ク請求権ハ破産財団ニ関シテ生シタルモノニ限ル」との但書を規定したのである。
そして、前記最高裁判決も右立法趣旨を踏まえたうえ、所得税は破産財団に関して生じる所得と自由財産に関して生じる所得とを分離・区分せず全体として課税するようになつているので、「破産財団ニ関シテ生シタルモノ」に該当しないと判断したのである。
これに対し、法人破産の場合は、自由財産が存せず、法人税の課税原因による所得はすべて破産財団に帰属して総債権者の利益に帰するので、法人税は前記最高裁判決のいう「破産財団の管理上当然その経費と認められる公租公課」に該当し、財団債権となる。
4 また、法人税は、以下に述べるとおり、所得税にみられるような人的要素を持たない租税であつて、法人(破産の場合は財産財団たる破産法人)の財産の所有の事実ないし財産からの収益に対して課するものであるから、破産法四七条二号の原則どおり財団債権に該当することとなる。
(一) 破産者が個人の場合には破産財団に属する財産によるものと、破産後の給与収入等破産財団以外に破産者個人に帰属する自由財産が存するが、破産者が法人の場合には当該法人は解散し、破産手続において存するのみで自由財産が存在することは考えられず、破産財団とは別個に破産法人自身に帰属する所得はあり得ない。また、このことから法人税が財団債権に該当しないとされるなら、所得税の場合は自由財産から徴収できるのに、法人税の場合は徴収の途がない(破産法一五条に該当しないので破産債権にもならない。)という不合理が生ずる。
(二) 所得税の場合は、破産者の個人的事由に基づく諸控除が存するが、法人税の場合は破産手続上の費用及び破産財団に財産が帰属することによつて費用と認められるもの等破産財団に関して発生するもののみが費用と認められ、破産財団とは別個に破産法人自身の事由による控除は存しない。
5 仮に一般的に法人税が財団債権に該らないとされても、本件法人税はいわゆる土地重課税が含まれており、次のとおり少なくとも土地重課税に相当する法人税は財団債権に該るものと解すべきである。
(一) 土地重課税は、土地譲渡にかかる譲渡所得金額に一定税率を乗じて算出する租税であつて(租税特別措置法六三条)、清算確定申告において清算所得が存しない場合であつてもなお納付しなければならないものである。
(二) 右の譲渡所得金額の計算に際して破産法人自身に帰属する所得が加算され、あるいは費用が差引かれるものではない。
(三) 以上のことから、土地重課税は一般の法人税とは別個の分離課税的な制度を取り入れたものである。
第三証拠<省略>
理由
本件訴えは、被告が本件予納法人税が財団債権に該当するものであるとしてなした本件交付要求の取消しを求めるものであるが、このように、ある租税債権が財団債権であるとして破産管財人に対してなす交付要求が、取消訴訟の対象となり得るかについて検討する。
特定の租税債権についてそれが財団債権に該当するものか否かは破産法四七条二号によつて定まり、財団債権とされる租税債権は破産手続によることなく随時弁済するものとされる(同法四九条)。これによれば、交付要求があつてはじめて納税義務が生じるものではなく、法律上の規定によつて当然に納税義務が発生するものであり、破産管財人は、交付要求がなされていると否とにかかわらず、これを随時弁済すべき義務を負うこととなる。そうすると、交付要求は破産管財人に対し既に発生している納税義務についてその弁済を催告するものにすぎないというべきであり、交付要求によつて新たに権利義務は発生せず、何ら国民の地位、権利義務に変動を生じさせるものではないといわなければならない。
以上によれば、本件交付要求は行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とみることはできず、取消訴訟の対象とはなり得ない。
よつて、本件訴えは、その余の点について判断するまでもなく、不適法として却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 田坂友男 東畑良雄 森高重久)