大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和57年(ワ)1886号 判決 1984年3月29日

原告

大藤曻三

被告

阿部然

主文

一  被告は原告に対し金一一八六万三一二五円及びこれに対する昭和五六年九月一三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し五二六三万三〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年九月一三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は次の交通事故(以下本件事故という。)により負傷した。

(1) 日時 昭和五六年九月一二日午後一時三二分頃

(2) 場所 京都市東山区祇園町北側三一七番地先路上

(3) 加害車 普通貨物自動車(京四四た一四七九号、以下加害車という。)

運転者 被告

(4) 態様 原告が停止中の普通乗用車の運転手と運転席外側の路上で立話中、被告が加害車のボデイ左前部分を原告に衝突させた。

2  責任原因

被告は、立話中の原告の傍を通過し得るものと軽信し、漫然と加害車を進行せしめた過失により本件事故を発生せしめたものであるから、民法七〇九条により原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

3  傷害、後遺症

原告は本件事故により頭部外傷、外傷性頸部症候群、脳しんとう、胸部・腰部・左膝打撲、根性坐骨神経痛、左膝挫創、左眼黄斑変性症の傷害を受け、昭和五六年九月一二日から同月三〇日までの間及び昭和五七年一月二七日から同月三〇日までの間合計二三日京都四条病院に入院し、更に同病院に合計一六日間通院した。また左眼黄斑変性症に関し京都大学医学部附属病院に合計一〇日間通院した。原告の右症状は昭和五七年五月二二日症状固定となり、その後遺障害の等級は自賠責保険上八級と認定された。

4  損害

(1) 休業損害

原告は本件事故当時建築請負業を営み年収六四二万円の所得があつたが、事故当日から症状固定日である昭和五七年五月二二日まで就労できず、その間八か月間の休業損害は四二八万円となる。

642万×1/12×8=428万円

(2) 後遺症による逸失利益

原告は前記後遺症により労働能力を四五パーセント喪失し、将来の収入も右と同等割合で減少すると考えられる。原告は昭和四年生れの男子であり今後の労働可能年数は二五年であるので、その間の逸失利益は四六〇五万円となる。

642万×0.45×15.94≒4605万

なお一五・九四は新ホフマン係数

(3) 慰謝料

症状固定前の慰謝料及び後遺症の慰謝料の合計として六〇〇万円が相当である。

(4) 入院雑費

入院期間中二三日間の入院雑費として一日当り一〇〇〇円として合計二万三〇〇〇円が相当である。

(5) 弁護士費用

三〇〇万円

(6) 損害の填補

原告は本件事故につき、自賠責保険より六七二万円の支払を受けた。

5  よつて原告は被告に対し損害残額五二六三万三〇〇〇円及びこれに対する本件事故日の翌日である昭和五六年九月一三日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。

同2の事実は否認する。

同3の事実のうち原告が本件事故により左眼黄斑変性症を除くその余の原告主張の傷害を受けたことは認めるが、左眼黄斑変性症の傷害を受けたとの点は否認する。原告主張の入通院、後遺障害認定の点は不知。

本件事故と原告の左眼黄斑変性症との間には因果関係はないものである。

同4のうち(6)の事実は認めるが、その余は否認する。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故現場は幹線道路で本件事故当時交通が相当混雑していたところ、原告は、当時右現場に停車していた車両の運転席右側の右道路中央部分に近い位置に立つて付近の交通状況に注意を払うことなく同車の運転席にいる者と立話をしていた過失があつたから、これを賠償額の算定に当つて斟酌すべきである。

2  弁済

被告は昭和五六年一二月三〇日原告に対し一〇〇万円を支払つた(この主張もなされているものと善解する。)。

四  抗弁に対する認否

抗弁1は否認する。

抗弁2の事実のうち原告が被告から九〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余は否認する。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の書証及び証人等各目録記載のとおりである。

理由

一  本件事故の発生及び責任について

請求原因事実1の事実は当事者間に争いがなく、この事実といずれも成立に争いのない乙第六、第八、第一〇号証並びに原告及び被告各本人尋問の結果によると、本件事故現場は南北に通じる歩車道の区別がある車道の幅員約一二・〇五メートルでほぼ中央にセンターラインが引かれた片道二車線の府道四ノ宮四ツ塚線路上であること、右現場付近道路は交通頻繁な道路であるうえ、本件事故当時交通事故のためかなり車両の交通が混雑していたこと、被告は、本件事故当時、加害車を運転して南から北に向け時速約一五ないし二〇キロメートルで北行車線の中央寄りの車線上を進行し本件事故現場付近に差しかかつた際、車道西側端に自車と同一方向に停車している普通乗用自動車(京三三せ四〇四号、幅一・七一メートル)の右側運転席ドア付近の車道上(車道西端から約二・六メートル車道中央寄りの位置)に立つて同車に乗車中の運転手と窓ごしに立話をしている原告を左前方約九・三メートルの位置に認め、やゝ右寄りに進路を変更したが、自車を右後方から追い抜いて行く乗用車があつたため、危険を感じやゝ左にハンドルを切つて同一速度で進行したところ、原告に近接しすぎて自車左前フエンダーミラー付近を原告に衝突させ同人を路上に転倒させたことが認められ、被告本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は直ちに措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、被告は、進路前方道路上に立つている原告を認めたのであるから、同人との間に安全な間隔を保持して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と近接しすぎて進行した過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づく責に任ずべきである。

他方右認定事実によると、原告にも本件事故発生につき交通頻繁な道路のうえ、本件事故当時交通事故のため車両の交通がかなり混雑していた車道上に漫然と進出して立話をしていた不注意(過失)があつたものというべきである。

そして原告と被告との本件事故発生についての過失割合は原告三割、被告七割と認めるのが相当である。

二  傷害、後遺症について

まず、いずれも成立に争いのない甲第一、第三、第五号証、乙第一一号証並びに原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故により頭部外傷、外傷性頸部症候群、脳しんとう、胸部・腰部・左膝打撲、根性坐骨神経痛、左膝挫創等の傷害を受けたこと(この点は当事者間に争いがない。)、このため原告は京都四条病院に右病名で昭和五六年九月一二日から同月三〇日まで、昭和五七年一月二七日から同月三〇日まで合計二三日間入院し、昭和五六年一〇月一日から昭和五七年一月二六日まで、昭和五七年一月三一日から同年五月二二日まで通院して治療を受けた(内治療実日数一六日)が、自覚症状として項頸部の疼痛、両膝・両踵部の鈍痛等があり、他覚症状として第三、第四頸椎椎間孔の狭小、第四ないし第六頸椎椎体の扁平化、骨棘等が認められる後遺症を残し、右後遺症は昭和五七年五月二二日症状固定したことが認められる。

次に本件事故と原告の左眼黄斑変性症との因果関係の存否につき検討するに、いずれも成立に争いのない甲第二、第四、第六、第一一号証、乙第一二、第一四、第一五号証(甲第一一号証、乙第一五号証は原本の存在も争いがない。)、原告本人尋問の結果により京都大学医学部附属病院所属技師が昭和五六年一〇月頃原告の左眼を撮影した写真であることが認められる検甲第一号証並びに右尋問の結果によると、原告は本件事故後左眼の視力低下を訴え昭和五六年九月一六日中野眼科四条分院を受診し、左眼視神経萎縮の疑いとの診断を受け(通院治療日数一日)、その後同年一〇月二日京都大学医学部附属病院眼科を受診し、左眼黄斑性症と診断され、同日から通院して治療を受けたが、右疾患のため左眼の視力は改善せず同年一二月二四日左眼の視力障害(裸眼での左眼の視力〇・一で矯正不能)を残して右症状は回復の見込なく固定したこと(症状固定日までの通院治療実日数一〇日)、更に昭和五七年四月九日頃には原告の左眼の裸眼の視力は〇・〇六と悪化したこと、原告は本件事故以前に格別の視力障害はなかつたこと、軽い頭部外傷でも眼の黄斑部に影響を与えることはあり得ることが認められる。

右認定の事実に前記認定の原告が本件事故により頭部外傷、脳しんとうを受けた事実を合わせ考えると本件事故と原告の左眼黄斑変性症との間に相当因果関係があるものというべきである。

なお成立に争いのない甲第七号証並びに原告本人尋問の結果によると、原告の右後遺症は自賠責保険上自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表九級二号、一二級一二号、併合八級に該当する旨認定されていることが認められる。

三  損害について

1  入院雑費

前記認定のとおり原告は本件事故による前記受傷のため二三日間入院しているところ、入院雑費として一日当り七〇〇円の支出を余儀なくされたものと推認されるので、原告は入院雑費合計一万六一〇〇円の損害を被つたことが認められる。

2  逸失利益

(一)  休業損害

いずれも成立に争いのない甲第八ないし第一〇、第一二、第一三号証、原告本人尋問の結果より真正に成立したものと認められる同第一四号証、右尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、原告は、昭和四年二月二八日生れの本件事故当時満五二歳の健康な男性で、当時建築を業とする有限会社三双建設及びローン会社の代理店である株式会社ハウジングインフオメシヨンプラン商事の代表取締役として勤務し同会社らから給料を得ていたが、本件事故による前記受傷のため本件事故日以降少なくとも症状固定日である昭和五七年五月二二日まで就労できず休業を余儀なくされたことが認められる。

ところで右各証拠によつても原告の本件事故当時の収入は未だ明らかでないというべきであるが、原告は少なくとも昭和五六年第一巻第一表産業計、企業規模計、男子労働者学歴計五〇ないし五四歳月平均給与額二八万〇四〇〇円、年間賞与その他特別給与額一〇五万六四〇〇円(年間合計四四二万一二〇〇円)の収入を得ていたものと推認されるから、原告の休業による損害は三〇七万三八四二円となる。

(算式)

(28万0400+105万6400/12)×19/30+(28万0400+105万6400/12)×7+(28万0400+105万6400/12)×22/31=307万3842(1万未満切捨、以下同じ)

(二)  後遺症による損害

前記認定の原告の後遺症の内容程度等に鑑みると、原告は症状固定日の翌日である昭和五七年五月二三日(満五三歳)から稼働可能と考えられる満六七歳までの一四年間のうち当初の三年間四五パーセント、その後の一一年間三五パーセントの労働能力を喪失したものと認めるのが相当であるところ、この間年間前記四四二万一二〇〇円程度の収入を得ることができたものと推認されるので、右の額を基礎として右労働能力喪失割合を乗じ、同額から新ホフマン方式計算法に従い中間利息を控除して、右一四年間の逸失利益を求めると次のとおり一七三一万四五二三円となる。

(算式)

53歳からの3年間

442万1200×0.45×2.731=543万3,433

その後67歳までの11年間

442万1,200×0.35×(10.409-2.731)=1,188万1,090

3  慰謝料

前記認定の傷害の部位程度、入通院期間、後遺症の程度その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、本件事故において原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は六〇〇万円が相当である。

4  過失相殺

前記認定のとおり原告には過失(三割)が存するので、これを賠償額の算定に当つて斟酌し、過失相殺をすると、前記損害の合計額は一八四八万三一二五円となる。

5  損害の填補

原告が本件事故につき自賠責保険から六七二万円を、被告から九〇万円の各支払を受けたことは当事者間に争いがないからこれを前記損害額から控除すると残額は一〇八六万三一二五円となる。

なお原告が被告から一〇〇万円の支払を受けたとの点についてはこれを認むるに足りる証拠はない。

6  弁護士費用

弁論の全趣旨によると原告は原告訴訟代理人に本件訴訟の提起追行を委任し、相当額の報酬の支払を約していることが認められるところ、本件事案の性質、事件の経過、認容額に鑑みると、被告に対して賠償を求め得る弁護士費用は一〇〇万円が相当である。

四  結論

よつて原告の本訴請求は被告に対し一一八六万三一二五円及びこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和五六年九月一三日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小山邦和)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例