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京都地方裁判所 昭和57年(ワ)426号 1983年9月12日

原告

竹中晟之

右訴訟代理人弁護士

高田良爾

小川達雄

被告

株式会社京都新聞社

右代表者代表取締役

坂上守男

右訴訟代理人弁護士

三木今二

村田敏行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨)

一  被告は原告に対し金一〇六万一四五二円及び昭和五七年三月一九日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の趣旨に対する答弁)

主文と同旨

(請求の原因)

一  原告は被告の嘱託として勤務していたが、昭和五六年一一月三〇日付で嘱託期間満了により退職した。

二  被告は昭和五六年一二月四日嘱託手当の三・〇六か月分の賞与を支給することを決定した。

三  原告の嘱託手当は、一か月金三四万六八八〇円であるから賞与の額は金一〇六万一四五二円となる。

四  被告の昭和五七年四月一日改定前の就業規則四六条(以下単に就業規則四六条という。)には、「会社は従業員に対し、毎年夏季および年末にそれぞれ賞与を支給する。賞与の金額および配分方法はそのつど決める。賞与の支給期は原則として夏季は六月、年末は一二月とし、計算期間は次のとおりとする。一、夏季前年一〇月一日から当年三月三一日まで二、年末当年四月一日から当年九月三〇日まで」とする定めがある。右の定めは計算期間に在籍しておれば賞与の支給対象となることを定めたものと解すべきである。すなわち、賞与は戦後労使関係における確固たる制度として定着し、全企業の九五パーセントにまで普及しており、一般的社会的意識は単なる恩恵的、収益分配的、功労報償的なものとみなしておらず、むしろ賃金後払的性格としてとらえている。労働基準法一一条は賞与を労働の対償たる賃金に含まれる旨規定しているが、賞与自体に賃金たる性格が内在しているからに外ならない。したがって、賞与は労働の対償たる賃金であって、賃金の後払い的性格を有するものであり、右就業規則にも支給日に在籍していることを要件としていないのみならず、賞与の支給について勤務評定による控除をしないで従業員に対し一律に支給しているから、賞与の計算期間に在籍していたものは支給日に在籍していなくても賞与の受給権を有する。そして、原告は昭和五六年の年末賞与の計算期間に在籍していたから年末賞与を請求する権利がある。

五  よって原告は被告に対し金一〇六万一四五二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年三月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告の答弁)

一  請求原因一、二の事実は認める。

二  同三の事実中原告の嘱託手当額及び仮に原告に賞与を支給するとした場合の賞与額が原告の主張のとおりであることは認める。

三  同四の事実中原告主張のとおりの就業規則の定めがあること及び原告が昭和五六年の賞与の計算期間に在籍していたことは認めるが、その余は争う。

(被告の主張)

一  賞与は支給額が予め確定していない点において典型的な労働の対償である給与とは大きな相違があり、労働の対償性に著じるしい傷(ママ)があるうえ、支給額の確定についても労働量とはほぼ無関係に当該企業の業績によって左右され、労働の対価性よりもほう賞性、利益配分性が極めて顕著に現れているのであって、その法的構成を一概に決めることができないものである。労働基準法一一条は賞与はすべて賃金であると定めたものではなく、賞与のうちで労働の対償であるものは賃金であると定めたに過ぎない。したがって賞与の受給権は各企業における個別的取扱によって判断すべきである。仮に被告会社の賞与が賃金に該当するとしても、直ちにその受給権者が確定するものではない。すなわち労働の対価の額、受給者は法律で定まるものではなく、具体的な労働契約の内容によって定まるのであり、その内容が不明確な場合には労働契約の解釈によって解決すべきものである。

二  就業規則四六条の「会社は従業員に対し……賞与を支給する。」との定めは、支給日に在籍している従業員に支給すべきことを定めたものと解釈すべきであり、被告は右解釈に基づき長年にわたり賞与の支給をしてきた。すなわち、原告は昭和四二年一一月一日嘱託として被告に採用され、昭和五〇年七月一日社員に登用、昭和五三年一一月三〇日に定年解職となり、その翌日嘱託に採用されたものであるが、昭和四二年以前から就業規則四六条の定めがあり、かつ賞与の支給を支給日当日に在籍する従業員に限定し、賞与計算期間に在籍しても支給日当日に在籍しない者に対しては賞与を支給しない取扱いを続けてきた。ただ死亡退職と正規社員の定年退職の場合は例外的、恩恵的措置として賞与の支給をしてきたが、右被告の取扱いについては被告会社の労働組合も周知のことであり、今日まで異議の申立て、その他苦情の申立てはなく当然のこととして実施され続けてきた。したがって被告の就業規則四六条の解釈に基づく取扱いは確立した労使慣行であり、年末賞与の支給日に在籍しなかった原告に年末賞与の受給権はない。

(被告の主張に対する原告の答弁及び主張)

一 被告主張の賞与の支給についての従来の取扱いは認めるが、その余の主張は争う。

二 被告は賞与支給日の在籍を賞与の受給資格の要件としながら、死亡退職及び正規社員の定年退職の場合を例外とし、結局依願退職と嘱託の期間満了による解職の場合にのみ右要件の対象としている。しかし、正規社員は定年まで原則として雇傭関係が継続することが予定され、嘱託は原則として一年契約でその更新がなされているという相違はあっても、嘱託も通常は六〇歳まで更新され、嘱託期間満了の日についても六〇歳未満の場合は採用された月日により、六〇歳の場合は誕生日の月の月末とされていることからすると、実質的には六〇歳が定年としての性格を有しており、正規社員の定年と異ならない。また死亡退職の場合は正規社員、嘱託ともに例外の取扱いがなされているが、両者が自己の意思によらないで退職を余儀なくされる点が共通であるからに外ならず、その点は正規社員の定年退職と嘱託の期間満了解職の場合も同様であり、いずれも自己の意思によらないで雇傭関係が終了こ(ママ)とで一致し、その間に取扱いの差異を設ける合理的な根拠はない。

(証拠)…略

理由

一  請求原因一、二の事実及び同三の事実中原告の嘱託手当が一か月金三四万六八八〇円であり、原告に年末の賞与を支給するとすれば金一〇六万一四五二円となること、同四の事実中被告の就業規則四六条の定め及び原告が昭和五六年の年末賞与の計算期間に在籍していたことは当事者間に争いがない。

二  原告は就業規則四六条の賞与の支給について、賞与は賃金の後払い的性格を有するから賞与の計算期間に在籍していれば支給日に在籍していなくても支給対象となる旨主張し、被告はこれを争い、同条は賞与の支給日に在籍しているものに支給すべきであることを定めたものであり、かつ右解釈に基づく取扱いが労使慣行でみる旨主張するので判断するに、賞与も使用者から従業員に対する給付であるから、その受給権者、支給条件等については賞与の抽象的概念あるいは定義付けから一般的、抽象的に定まるものではなく、当事者間の個々具体的な約定、就業規則、労働協約あるいは労使慣行等によって決せられるべきものである。

ところで、前記就業規則四六条によると、同条が明文をもって賞与の計算期間に在籍していればその支給日に在籍していなくても賞与の受給権があることを定めたものとはみれず、むしろ「会社は従業員に……賞与を支給する。」との文言によると、賞与の支給日に従業員であるものに賞与を支給することを定めたものと解せられないではない。しかし同条によると賞与の計算期間と支給日に二か月余りの隔たりがあり、支給対象者についての規定を欠いているので、同条を右のように解するについて解釈上の疑義の生ずることが避けられない。そこで進んで、被告の主張する労使慣行について審究するに、賞与の支給について従来の取扱いが被告主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、(証拠略)によると、嘱託は嘱託期間を一か年とし特定の事情のない場合には満六〇歳を限度として毎年契約を更新されるものであること、嘱託に対する賞与の支給については被告の嘱託規程七条により就業規則四六条が準用されていること、賞与の支給について会社は古くから被告が主張する解釈のもとに賞与の計算期間に在籍していた者でも支給日に在籍していない者に対しては賞与を支給しない取扱いをしており、例外として正規社員の定年退職者については支給日以前に退職した場合でも期間に応じ支給していたが、昭和四二年七月に死亡退職者についてその所属関係者から定年退職に準じた取扱いをしてほしい旨の要望があり、被告はこれを受けて内規をもって死亡退職者も例外的取扱いをすることとなったこと、そして今日に至るまで多数の嘱託が計算期間に在籍し支給日前に期間満了により解職となったがいずれも賞与を支給したことはないこと、被告の右取扱いについて嘱託あるいは嘱託も加入資格のある労働組合から苦情の申入れ等は一切なかったこと、本件訴訟係属後の昭和五七年四月一日解釈上の問題から紛争を生じさせないようにするため従来の慣行的取扱いを明文化することとし、就業規則四六条の「会社は従業員」の後に「(支給日当日に在籍するものおよび前期賞与支給月の翌月以降の定年退職者ならびに死亡退職者)」を加え、嘱託規程七条の準用規程中「就業規則四六条」の後に「(支給日当日に在籍するものおよび前期賞与支給月の翌月以降の死亡解職者)」を加え、それぞれ一部改定したが、右改定について労働組合としても異議はなかったことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右争いのない事実及び認定事実によると、賞与の支給についての被告の解釈に基づく取扱いは、原告の解職時において長年にわたる確立された労使慣行であると認めるのが相当である。

原告は労使慣行に合理性がない旨主張するけれども、前記認定の賞与の受給権者を賞与の支給日に在籍していることを本則とし、正規社員の定年退職のみを例外的処置としていた取扱いに昭和四二年に至り死亡退職の場合も加えた経過及び期間を一か年として満六〇歳を限度として毎年契約を更新するという嘱託の雇傭関係と、定年まで雇傭関係が係属する正規社員との雇傭契約上の相違を併せ考えると前記労使慣行が合理性に欠けるとまでは言い難い。

してみると、昭和五六年の年末賞与の支給日に在籍していなかった原告は賞与の受給権は有しないものというべきである。

三  よって、原告の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮地英雄)

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