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京都地方裁判所 昭和57年(行ウ)2号 判決 1983年6月24日

原告 齋藤脩

被告 林田悠紀夫 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

被告らは、京都府に対し、各自金一億九八八三万二〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年七月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

二  被告ら

1  本案前の答弁

本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決。

2  本案の答弁

主文と同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、京都府の住民であり、被告林田悠紀夫は、昭和五三年四月一六日から現在まで京都府知事の、被告野中広務は、同年一〇月一四日から昭和五七年一〇月一三日まで京都府副知事の地位にそれぞれあり、被告稲田達夫は、同年四月当時から同年一二月二八日まで京都府出納長の地位にあつたものである。

2  訴外亡蜷川虎三は、同年四月一五日まで京都府知事の地位にあつた者であるが、同年七月二〇日、京都府から退職金として金一億九八八三万二〇〇〇円を受領した。

3  しかしながら、蜷川虎三は、「職員の退職手当に関する条例」(昭和三一年九月一六日京都府条例第三〇号・以下条例という)九条一項一号により、退職金を受領する資格を欠いていた。すなわち、原告は、昭和三九年四月一日付で京都府教育公務員として採用され、京都府立福知山高等学校教諭として勤務していたところ、蜷川虎三は、昭和四一年二月二六日、京都府教育次長訴外岡田実及び京都府教育委員会教職員課の職員をして原告から辞職願を騙取させ、同年三月末日ころ、教育長訴外谷口次郎の決裁印を騙取させ、さらに同教育長名義の辞職承認通知書を偽造のうえ原告に伝達させ、原告から京都府教育公務員の職を奪つた。蜷川虎三のこの行為は、刑法一五五条、一九三条、二四六条ないし二四八条の各罪の間接正犯に該当する。

4  そうすると、蜷川虎三は、前記退職金の受領により、法律上の原因なくして不当に利得を得たことになり、これについて蜷川虎三は悪意であつたから、京都府に対し同額の損失を与えたといわなければならない。したがつて、京都府は、蜷川虎三に対し、同額の不当利得返還請求権がある。

5  被告らは、蜷川虎三の前記犯罪事実を知り、かつ、地方自治法(以下法という)二四二条二項により、昭和五四年七月二一日以降になれば京都府の住民が誰も違法な前記退職金の支出の是正を請求しえなくなることを知りながら、同月二〇日までに蜷川虎三に対して前記不当利得返還請求権を行使しなかつた。その後、蜷川虎三は、死亡した。

6  被告らの右違法に財産の管理を怠る事実により、京都府は、右請求権の行使が事実上できなくなり、右請求権相当額の損害を被つた。

7  原告は、昭和五七年一月七日、京都府監査委員に対し、同委員が京都府に代位して原告となり、被告らを被告として、蜷川虎三の受領した前記退職金相当額に昭和五三年七月二一日から支払ずみまで年五分の割合による利息を付して京都府に支払う旨請求する訴訟を提起することを求める監査請求をした。しかし、同委員は、昭和五七年一月三〇日、右請求が法二四二条二項に定める監査請求期間を徒過してなされたものであることを理由に却下した。この却下は、そのころ、原告に通知された。

8  結論

原告は、京都府に代位して被告ら各自に対し、前記退職金相当額金一億九八八三万二〇〇〇円及びこれに対する前記受領の日の翌日である昭和五三年七月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本案前の主張

1  原告は、京都府監査委員から監査結果につき何らの通知を受けないうちに、本件訴を提起したから、この点で不適法である。なお、原告は、その後、同委員から監査請求却下の通知を受けたが、このことのため本件訴の瑕疵が治癒されるものではない。

2  原告のした監査請求は、蜷川虎三に対する違法な退職金の支出により、京都府が右退職金相当額の損害を被つたとして、これを被告らに賠償させる措置を求めたもの、すなわち、違法な公金の支出による損害の賠償の措置を求めたものであつて、怠る事実に係る監査請求ではない。そうすると、右のような措置を京都府監査委員に請求することができる期間は、右退職金の支出の日から一年間であるから、原告のした監査請求は、期間を徒過した後になされた不適法なものである。したがつて、原告は、適法な監査請求手続を経ていないから、本件訴は、不適法である。

三  請求原因に対する答弁と主張

(認否)

1 請求原因1の事実は、認める。

2 同2の事実は、認める。

3 同3の事実のうち、原告が昭和三九年四月一日付で京都府教育公務員として採用され、福知山高等学校教諭として勤務していたことは、認め、その余の事実は不知。

4 同4ないし6の各事実は、争う。但し、蜷川虎三が昭和五四年四月二〇日以後に死亡したことは、認める。

5 同7の事実は、認める。

(主張)

1 被告野中広務は、京都府副知事として、本件退職手当金の支出並びにその金額の決定又はその支払に関与したことはないから、同被告に対し請求することは、失当である。

2 被告林田悠紀夫は、条例七条により、条例の規定に定めるところに基づいて、京都府知事として本件退職手当金の支出の決定をし、被告稲田達夫は、京都府出納長として、この決定に基づき退職手当金を支払つた。したがつて、同被告らの右決定と支払は、法律上正当である。

第三証拠<省略>

理由

一  本案前の主張についての判断

1  原告が本件訴を提起したのは、昭和五七年一月一七日であり、それは、原告が監査請求をした後でまだ却下の通知を受ける前であることは、本件記録上明らかである。

しかし、このような訴の提起であつても、後に却下の通知があれば、監査請求前置の欠缺という瑕疵が治癒されると解するのが相当である。

したがつて、被告の主張1は、採用できない。

2  成立に争いがない甲第三号証によると、原告のした監査請求は、被告らが蜷川虎三に対する不当利得返還請求権の行使を怠る事実によつて京都府の被つた損害を填補するために必要な措置を講ずべきことを求めたものと認められ、この認定に反する証拠はない。

ところで、法二四二条一項の「規定による怠る事実に係る請求については同条二項の適用はないと解すべきである」(最判昭和五三年六月二三日判例時報八九七号五四頁)。

そうすると、原告のした監査請求は、法二四二条二項の期間徒過の問題が生じないとしなければならない。

したがつて、被告の主張2は、採用できない。

二  本案についての判断

1  当事者間に争いがない事実

原告が京都府の住民であること、被告林田悠紀夫が昭和五三年四月一六日から現在まで京都府知事の、被告野中広務が昭和五三年一〇月一四日から昭和五七年一〇月一三日まで京都府副知事の、被右稲田達夫が昭和五三年四月当時から同年一二月二八日まで京都府出納長の、地位にそれぞれあつたこと、蜷川虎三が同年四月一五日まで京都府知事の地位にあつたところ、退職に際し、同年七月二〇日、京都府から退職金一億九八八三万二〇〇〇円を受領したこと、蜷川虎三が昭和五四年四月二〇日以後に死亡したこと、以上のことは、当時者間に争いがない。

2  原告は、被告らが、違法な退職金を受領した蜷川虎三に対する不当利得変還請求権を、右退職金の支出の日から住民の監査請求期間である一年間を経過した昭和五四年七月二〇日までに行使しなかつたことにより、京都府に右退職金相当額の損害が生じたと主張している。

しかし、仮に、蜷川虎三に対する右請求権が発生したとしても、右請求権の消滅時効期間(法二三六条によると、右退職金支出の日から五年間)が経過したとか、あるいは、債務者蜷川虎三が無資力になつたとかの事情がない限り、右請求権を行使しないまま前記監査請求期間が経過したからといつて、これにより直ちに京都府に損害が生じたことにはならないと解するのが相当である。つまり、右請求権の行使が可能である限り、京都府にはまだ損害が発生していないということである。もつとも、原告は、蜷川虎三が死亡したことにより、右請求権の行使が事実上できなくなつたと主張しているが、蜷川虎三の死亡により、直ちに右請求権の行使が事実上困難になるわけのものではない。

3  被告野中広務は、本件退職金手当金の支出が決定されたとき京都府副知事の地位になかつたばかりか、同被告の担任事務には、企画管理部、総務部、出納局に関する事務が含まれていない(このことは、本件記録に編綴された乙第一号証によつて明らかである)から、同被告は、右請求権を行使する法的地位にないとしなければならない。

4  原告は、蜷川虎三が、条例九条一項一号により退職金を受領する資格を欠いたと主張しているが、一号には、「懲戒処分又はこれに準ずる処分を受けた者」と規定されている。

ところで、原告は、蜷川虎三が、原告主張の事実によつて懲戒処分又はこれに準ずる処分を受けたことをなんら主張しない。そのうえ、特別職に属する職員の退職手当は、条例七条によつて一般の退職手当とは別に知事が定めることにしており、条例九条は、三条から六条までの規定による一般の退職手当に関する支給制限の規定である。そうすると、蜷川虎三に対する本件退職手当金については、条例九条の規定を適用する余地がないといわなければならない。

5  まとめ

以上いずれの理由によつても、原告の本件請求は、採用できない。

三  むすび

原告の本件請求は、失当であるから棄却し、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 古崎慶長 小田耕治 西田眞基)

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