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京都地方裁判所 昭和58年(ヨ)348号 決定 1983年10月11日

甲事件債権者(丙事件債務者) 林戸博

甲事件債権者(乙、丙事件債務者) 成田進(ただし、乙事件においては「伏見桃山コープ対策協議会会長こと成田和繁こと成田進」)

甲事件債権者(丙事件債務者) 梅本竹次郎

<ほか三名>

右六名代理人弁護士 岩佐英夫

同 杉山潔志

同 平田武義

同 中尾誠

同 田中伸

甲事件債務者(丙事件債権者) 川口酒造株式会社

右代表者代表取締役 川口久子

丙事件債権者 川口久子

甲事件債務者(乙事件債権者) 藤和不動産株式会社

右代表者代表取締役 怱那栄

丙事件債権者 川口佳男

<ほか二名>

右六名代理人弁護士 冬柴鉄三

同 眞鍋能久

同 野田英二

同 紺谷宗一

同 數口隆

甲事件債務者(乙事件債権者) 清水建設株式会社

右代表者代表取締役 吉野照蔵

右代理人弁護士 岡碩平

同 小野一郎

主文

一  乙、丙事件債務者らは、乙、丙事件債権者らが共同して、本決定送達の日から一四日以内に丙事件債務者林戸博のために金一五〇万円、乙、丙事件債務者成田進、丙事件債務者梅本竹次郎、同岡村静子のために各金一二〇万円、丙事件債務者松本艶子、同山本國重のために各金五〇万円の保証を立てることを条件として、乙、丙事件債権者らが別紙物件目録(一)記載の土地上に別紙物件目録(三)記載の建物(以下「本件変更建物」という。)を建築するにつき、多人数を集合させてスクラムを組み機材の搬入を阻止する等一切の妨害行為をしてはならない。

二  乙、丙事件債権者らのその余の乙、丙事件申請及び甲事件債権者らの甲事件申請はいずれもこれを却下する。

三  申請費用は、甲事件については甲事件債権者らの、乙事件については乙事件債務者の、丙事件については丙事件債務者らの各負担とする。

理由

第一  申請の趣旨

一  甲事件

甲事件債務者らは、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)上に建築予定の別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件確認建物」という。)について三階を超える部分の建築工事をしてはならず、かつ、本件土地内に少なくとも三〇台の普通乗用自動車が駐車できる駐車場を設置しなければならない。

二  乙事件

乙事件債務者は、乙事件債権者らが本件土地上に本件確認建物を建築するにつき、多人数を集合させてスクラムを組み機材の搬入を阻止する等一切の妨害行為をしてはならない。

三  丙事件

前項の「乙事件債務者」を「丙事件債務者ら」、「乙事件債権者ら」を「丙事件債権者ら」とするほかは前項に同じ。

第二  申請の理由

甲事件の申請の理由の要旨は別紙(一)、乙事件の申請の理由は別紙(二)、丙事件の申請の理由は別紙(三)に各記載のとおりである。

第三  当裁判所の認定した事実

疎明資料によれば、次の各事実を一応認めることができる。

一  当事者

1  甲事件債権者ら、(丙事件債務者ら、うち成田進は乙事件債務者をも兼ねる。以下単に「債権者ら」という。)は、本件土地の周囲に土地、建物を所有して(ただし、債権者成田については建物賃借人)そこに居住するものであり、その居住開始の時期及び職業は別紙(一)(一の1)、各居宅の位置関係は別図にそれぞれ記載のとおりである。

2  丙事件債権者川口久子、同川口佳男、同川口庄次、同稲田加代子は本件土地のうち京都市伏見区新町三丁目四七八番一宅地四六九・二八平方メートルを共有し、甲事件債務者(丙事件債権者)川口酒造株式会社(以下単に「債務者川口酒造」という。)は本件土地のうちその余の土地を所有し、右丙事件債権者ら及び債務者川口酒造と甲事件債務者(乙事件債権者)藤和不動産株式会社(以下単に「債務者藤和不動産」という。)はその間のいわゆる等価交換方式による建物建築契約に基づき共同事業者として本件土地上に建物を新築しようとしているもの、甲事件債務者(乙事件債権者)清水建設株式会社(以下単に「債務者清水建設」という。)は債務者藤和不動産から請負って右新築工事を施工しようとしているものである(なお、以下単に「債務者ら」というときは、共同事業者たる債務者川口酒造、同藤和不動産ら及び建築請負業者たる同清水建設を指す。)。

二  本件建築計画の概要

1  債務者川口酒造及び丙事件債権者らは本件土地上にあった酒蔵(以下「旧酒蔵」という。)を取毀したうえ同地上にいわゆる等価交換方式によってマンションを新築することを計画し、昭和五六年四月二二日債務者藤和不動産との間に等価交換方式による建物建築契約を締結したが、その当初の建築計画は本件土地上に鉄筋コンクリート造地上八階一部九階建店舗併用共同住宅、施工床面積九二四九・二一平方メートル、建築面積一九四二・二六平方メートルを新築するというものであった。

2  ところが、後記のように債権者らを含む近隣住民の反対運動にあって、債務者藤和不動産は二回にわたる設計変更を経たうえ、本件確認建物につき昭和五八年三月五日確認番号第八二伏一七七七号をもって建築主事の建築確認を得た。その概要は延べ面積八九二四・三四平方メートル、建築面積一八三七・九〇平方メートル、敷地面積二七八六・〇三平方メートル、建ぺい率六六パーセント、容積率三二〇パーセント、戸数九〇戸と管理人室、店舗(一、二階)が併設された鉄筋コンクリート造地上八階塔屋一階建店舗併用共同住宅で、軒の高さ二一・六六三メートル、塔屋(エレベーター機械室)部分を含んだ高さ二六・九六三メートルというものである。

なお、本件土地内に駐車場は設置されていないが(京都市においてはマンション建設に関して駐車場付設義務は課せられていない。)、本件土地の道路をはさんで北向かいに、店舗来客用として普通乗用自動車一三台の駐車が可能な駐車場が確保されている。

3  更に、右建築確認に際し、京都市の行政指導により債務者らは三回目の設計変更を約束しており、これによれば本件確認建物のうち八階部分の北側、東側、西側を建築基準法五六条一項一号イ(住居地域内の建築物の斜線制限)所定の規制に従って斜めにカットし、その延べ面積を八八〇六・一四平方メートルに減縮することとなる。右設計変更後の建物が本件変更建物である。

4  本件建築計画はその工期として一年二か月程度を予定しているが、これまでに旧酒蔵を取毀し地鎮祭を済ませているものの、後記のように債権者ら近隣住民の阻止行動にあって本格的な着工には至っていない(なお、以下単に「本件建物」というときは、前記変更の前後を問わず本件土地上に建築予定の建物を指す。)。

三  地域性等

1  本件土地は、その北側部分が都市計画法上の商業地域(北側境界線から約三〇メートルの範囲で、本件土地全体の約七割強に当たる。)、南側部分が同法上の住居地域にそれぞれ指定されており、また、債権者らが居住する土地については、債権者山本國重(以下「債権者山本」という。)の土地が住居地域に指定されているほかは、すべて商業地域の指定を受けている。そして、右商業地域においては建ぺい率八〇パーセント、容積率四〇〇パーセント、右住居地域においては建ぺい率六〇パーセント、容積率二〇〇パーセントと定められているが、本件土地の場合は右のとおり商業地域と住居地域にまたがっているため、建築基準法五二条二項等の適用を受け、例えば容積率においては三三〇・六パーセントがその許容限界となる。更に、日影規制との関係でも、本件土地は同法施行令一三五条の四の三の適用を受け、日影の落ちる地点の用途地域を基準とすることと定められているところ、冬至日において本件建物の日影が生ずるのは商業地域のみであるから商業地域を基準として日影規制を判断すれば足ることになる。

2  建築基準法五六条の二の日影規制は商業地域をその対象外としているから、本件建物は右日影規制の対象外となるが、京都市においては、商業地域においても当該建物の高さが一七メートルを超える場合は「当該建築物の敷地境界線からの水平距離が五メートルを超える範囲において五時間以上日影となる部分を生じさせないものとする。ただし、当該日影が生じる敷地の住民の同意があるときはこの限りでない。」(右日影の測定は、冬至日の真太陽時による午前八時から午後四時までの間において平均地盤面から四メートルの高さの水平面(GL四メートル)を基準としてなされたものをいう。)との行政上の指導要綱(「京都市中高層建築物に関する指導要綱」)があり、本件建物もその対象となるところ、本件建物について右基準に抵触する日影が生ずるのは本件土地の道路をはさんで北向かいにある五階建の「ハイツ桃山」の一部についてのみであり、債務者らはその部分の住民につきすべて同意を得ているから、同建物は右基準にも適合しているということができる(なお、債権者らは《証拠省略》に基づき、債権者林戸博(以下「債権者林戸」という。)の居宅敷地にも一部右基準に抵触する日影が生ずると主張するが、同号証は本件確認建物についての日影図であるし、また、《証拠省略》によれば、右日影図は債権者林戸の居宅敷地と本件土地との高低差に基づく建築基準法施行令一三五条の四の二第一項二号による緩和修正をしていないうえ、敷地境界線から五メートルの測定線のとり方(簡便法によっており、より精度のある発散方向による方法によると五メートルラインは債権者林戸の居宅敷地南西角部分より北側に寄る。)にも問題があることが窺われることに照らせば、右主張が本件確認建物に関するものであるとしても、右日影図をもって同債権者の居宅敷地内に右基準に抵触する日影が生ずるとする資料とすることはできない。)。

3  本件土地は、その東側を両替町通り(本件土地に接する部分の幅員四・七八メートルないし四・九メートル)、西側を新町通り(右同様の幅員四・七九メートル)、北側を魚屋町通り(右同様の幅員七・三一メートルないし七・七メートル)に接し、本件土地より北方は、東北約一〇〇メートルの位置に京阪電鉄「伏見桃山」駅、同約一六〇メートルの位置に近鉄「桃山御陵前」駅が所在し、これらの駅付近から本件土地北側に向けて伏見区の中心的商店街である大手筋商店街が伸びており、また、魚屋町通りをはさんで北向かいに前記「ハイツ桃山」(五階建)があるほか、四、五階建程度のスーパー等の大型店舗、マンション等が点在している状況である。本件土地の西方、東方、南方は、二階ないし三階建程度の木造建物が大勢を占めており(ただし、その西及び南西方向に、それぞれ一〇階建、七階建のマンションが一棟ずつ所在する。)、その間に酒蔵や伝統的な様式の町家の町並が見られる状況にある。なお、魚屋町通りの両側は商店が多くややごみごみしているが、その南側は北側と比較すると低層の住宅併用店舗が多い。

4  なお、本件土地の所在する旧伏見市(大正四年市制施行区域)は、建設省によって「歴史的市街地保全整備計画」の調査対象地域に選定され、その委託を受けた京都市によって行われた調査結果が昭和五七年三月に報告書としてまとめられたが、右調査結果中には、右調査対象地域を、歴史的景観の保全、整備に特に努めるべき「歴史景観地区1(保全地区)」、同2(整備地区)」及び前二者と市街地の形成契機を一にしてその構造やイメージを共有し今後とも歴史的雰囲気を継承すべき「歴史環境区域」に分類した箇所があり、本件土地の近隣は右のうち「歴史環境区域」に分類されている。ただし、右調査は現在においても単なる予備調査の域を出ていないし、また、本件土地周辺は京都市市街地景観条例等の歴史的景観保全のための行政的規制の対象ともなっていない(因に、債権者らの甲事件申請後、債権者らを中心とする住民有志によって「歴史的町並を守り住みよい町作りに努める。」などとした景観協定が締結されている。)。

四  本件建物による日照阻害の状況

本件土地は、前認定のとおり従前は債務者川口酒造の旧酒蔵が建っていたため、債権者らはそれぞれの開口部においてほぼ十分な日照を享受していたが、本件建物が完成すると、冬至日の午前八時から午後四時までの間(真太陽時)、債権者らに対し、次のとおりの日影を及ぼすこととなる(ただし、日照又は日影時間については、特に記載するほかは、別図記載の地点における高さ一・五メートルの視点から見た全天球図により測定したものである。)。

1  債権者林戸

同債権者の居宅敷地の南側部分は同債権者の経営する耳鼻咽喉科の診療所(二階建、ただし、二階は居宅)が建っており、北側部分に居宅が建っているが、本件確認建物による日影は同敷地南西隅から徐々に東側に及んでいき、午後零時一五分ころ別図①点(右診療所南開口部の東西中心部分)が日影下に入り、以後同地点の日照は回復しない(日影三時間四五分、日照四時間一五分)。なお、右診療所南開口部が完全に日影下に入るのは午後一時ころであり(ただし、GL四メートル、本件変更建物によるもの)、同敷地のうち日影の影響を受けるのは主としてその南側部分である。

しかし、春分、秋分、夏至においては同債権者の居宅、診療所とも全く日影を被らない。

(債権者ら主張どおり本件建物を設計変更した場合、別図①点付近が日影の影響を受けるのはGL四メートル、冬至日においておよそ午後三時ころからとなる。)

2  債権者成田

別図②点において、本件確認建物により午後一時二〇分ころ日影下に入り、以後同地点の日照は回復しない(日影二時間四〇分、日照五時間二〇分)。

春分、秋分、夏至においては全く日影を被らない。

(債権者ら主張どおり本件建物を設計変更した場合、別図②点付近が日影の影響を受けるのはGL四メートル、冬至日においておよそ午後四時前からである。)

3  債権者梅本竹次郎(以下「債権者梅本」という。)

別図③点において、本件確認建物により午前八時から同一〇時四〇分までの二時間四〇分日影となる(日照五時間二〇分)。

春分、秋分、夏至においては全く日影を被らない。

(債権者ら主張どおり本件建物を設計変更した場合、別図③点付近が日影の影響を受けるのはGL四メートル、冬至日においておよそ午前八時から同九時ころまでの間である。)

4  債権者岡村静子(以下「債権者岡村」という。)

同債権者は肩書住所地にひとり住まいをしているものであり、右下肢機能障害のため家にいることが多いが、同債権者宅は南側、東側、北側を他家によって塞がれているため、日照が得られるのはほとんど西開口部のみである。

本件確認建物による日影は同債権者居宅敷地北側から徐々に南側に及んでいき、午後二時一五分ころ別図④点(右西開口部の南北中心部分)が日影に入り、以後同地点の日影は回復しない(日影一時間四五分、日照六時間一五分)。なお西開口部が完全に日影下に入るのはおよそ午後四時ころであり(ただし、GL四メートル、本件変更建物によるもの)、それまでは一部に日照が残っている。

夏至においては全く日影を受けず、春分、秋分においては、午後二時四五分から午後四時までの一時間一五分日影の影響を受ける。

(債権者ら主張どおり本件建物を設計変更した場合、別図④点付近が日影の影響を受けるのはGL四メートル、冬至日においておよそ午後三時半ころからである。)

5  債権者松本艶子(以下「債権者松本」という。)及び同山本

これらの債権者は、いずれも、冬至日においても全く日影の影響を受けない。

五  当事者らの交渉経緯

1  債務者川口酒造、同藤和不動産は、本件建物の昭和五六年一二月ころ着工、翌五七年一二月ころ竣工を目指し、昭和五六年九月ころ債権者らを含む本件土地に隣接する住民に対して建築計画を明かしたが、これに対し住民側から強い反対が起こり、同年一〇月ころには債権者成田を代表者として「伏見桃山コープ対策協議会」が結成されたため、以後同債務者らは右協議会との間で建築計画についての説明や交渉を行なうこととなった。

2  ところが当初、協議会側の強い反対と当事者間で合意に達しない限り建築確認申請及び建築を許さないとの方針の前にほとんど具体的な話合いの出来ないまま交渉が空転したため、昭和五七年一月二二日には京都市住宅局建築環境課が両者の間をあっせんし、具体的な問題を詰めるための小委員会の設置とその間右債務者らも一方的な建築確認をしないようすることを提案し、これを受けて、同日、同債務者らと同協議会会長の債権者成田との間に「両当事者は今後誠意をもって具体的問題について話合いを行なう。この中で建築主は一方的に確認申請は行なわない。」との確認書が交された。

3  その後、債務者藤和不動産らが同年一二月二二日に建築確認申請をなすまでの間に数十回に及ぶ交渉がもたれたが、その間、債務者らは前後二回にわたって次のような設計変更を行なった。すなわち、当初八階一部九階建の計画であったのを九階部分をカットして八階建とし、敷地南側の建物外にあった電気室、受水槽を建物内に移して跡地をプレイロットとし、ゴミ置場をプロック壁とシヤッターで囲い、更に、建物東壁を約二・六メートル後退させた。また、債務者らは、交渉の全期間を通じて日照、風害等による債権者らの損害については別途補償する旨再三言明したが、協議会側は建物本体について根本的な設計変更がなされておらず、日照等に十分な改善がみられないとしてこれを了承しなかった。

4  以上のような交渉経緯の中で債務者らは交渉の行き詰まりを感じ、建築工事着工の遷延により既に大きな損害が生じていること等から遂に建築確認申請を決意し、右協議会側に事前通告をしたうえ、昭和五七年一二月二二日建築確認申請をなした。その後、前記のとおり、京都市が示した本件確認建物をすべて建築基準法上の住居地域の斜線制限内に削減する(なお、本件確認建物の北側、東側、西側は本来は商業地域の斜線制限が適用される。)との最終あっせん案を債務者らが受諾した結果、昭和五八年三月五日、建築確認がなされた。そこで、債務者らは本件建物の建設に着手しようとしたが、債権者らを含む近隣住民の建設機械搬入阻止行動等にあって未だ本格的な着工に至っていない。

第四  当裁判所の判断

一1  日照、通風、採光、解放感、プライバシーの確保といった住環境は人が健康で快適な生活を享受するうえで不可欠な生活利益であって、この利益の享受は法的保護の対象となるべきところ、この利益が第三者から侵害された場合には、被害者の被る被害の程度が社会生活上一般に受忍すべき限度を超え、それが損害賠償等の金銭補償をもってしては救済されない段階に達していると認められる限り、加害者に対しその侵害の排除、差止を求めることができるものと解する。そして、右受忍限度の判断に当たっては、日照阻害等の状況、地域性、建築の態様、被害者の状況、建築を禁止された場合の損害等の諸事情を総合的に考慮して個々具体的に判断するべきである。

2  なお、本件において債権者らは、本件土地の周辺地域は歴史的にも価値の高い美しい伝統的町並と良好な地域社会関係を有しているところ、本件建物のようにこれと全く調和しない高層マンションを建築することは右のような環境を破壊するものであるから、環境権に基づきその差止を求める旨主張するが、歴史的環境の破壊自体を理由として民事訴訟上の差止請求を許すことは、その根拠となる環境権が直ちに私権の対象となりうるだけの明確な内容及び範囲を有するものであるかどうか、法的保護の資格を備えているかどうか等多くの疑問があって、にわかにはこれを肯認し難く、本件においては、右のような事情は前記受忍限度の判断にあたって地域性や建築の態様(加害行為の態様)の問題として考慮すれば足るものと考える。

3  また、日照との関係では、建築基準法や行政上の指導要綱等の日影を規制する公法的規制は、行政上の側面からする一応の社会的規準として画一的に定められたものにすぎないから、これに形式的に適合するからといって直ちに私法上も適法とすることはできないとはいえ、反面これらの日影の規制は用途地域ごとではあるが私法上の受忍限度の判断と同様の立場からその基準が定められているものであるから、当該建物がこれに適合しておれば、そのこと自体私法上の受忍限度の判断に当たっても一つの重要な判断要素となりうるものと解する。

二  以上のような観点から、本件差止請求(甲事件申請)について判断する。

1  日照阻害について

前記疎明事実によれば、本件建物は日影規制等の公法的規制に一応適合した建築物であること、本件土地の大部分(約七割強)及び債権者ら(ただし、債権者山本を除く。)の居宅敷地はいずれも商業地域に指定されており、その周辺には、主としてその北方に本件土地の北側真向かいの「ハイツ桃山」(五階建)をはじめ四、五階建程度の建物が散見されるし(やや離れてはいるが、西ないし南西方向には一〇階建、七階建の本件建物と同一用途の建物もみられる。)、地域的にも、その北側すぐそばに私鉄の駅が二つもあり伏見区最大の商店街も伸びているなど交通等に至便の地であることからして、少なくとも本件土地より北側の商業地域内は今後もある程度の土地の高度利用の可能性があること、債権者山本の居宅は住居地域内にあるが冬至日において本件建物による日影の影響を全く受けないし、商業地域内にあるその他の債権者らの居宅も、債権者松本の居宅が右山本の場合と同様であるほか、本件確認建物が完成した場合、冬至日においても債権者林戸の居宅が四時間一五分、同成田、同梅本が五時間二〇分、同岡村が六時間一五分の日照(ただし、午前八時から午後四時までの間、別図記載の地点におけるGL一・五メートルの視点から見た全天球図により測定した日照)を享受でき、右のうち、やや日影の影響の大きい債権者林戸、同成田、同梅本についても春分、秋分、夏至には完全な日照が確保できること、債権者岡村の居宅の日照はほとんど西開口部のみから得られるが、同開口部が完全に日影下に入るのは冬至日でも午後四時ころであり(ただし、GL四メートル、本件変更建物によるもの)、それまでは一部に日照が残っていること、債権者ら主張どおりに本件建物を設計変更すれば債権者らの居宅はほとんど日影の影響を受けなくなるが、右設計変更をすることは採算等の点から債務者らに本件建築計画を断念させるのに等しいことが容易に推認でき、また、債務者らは十分とはいえないまでも本件建物の階数を制限し或いは公法上商業地域の斜線制限に従えばよい本件建物の北側、東側、西側についても住居地域の斜線制限内に設計し直すなど一応の努力をしていることが明らかであって、これらの事実を併せ考えると、債権者ら主張のような、債権者林戸方で日影被害を受けるのは診療所(耳鼻咽喉科)であること、債権者岡村は身体障害者であるため家で過ごす機会が多いこと等の事情を考慮してみても、本件建物によって債権者ら(債権者林戸、同成田、同梅本及び同岡村)の被る日照阻害の程度は著しく受忍限度を超えているとまでは認めることができない。

2  その他の被害について

疎明資料によれば、本件建物が完成すると債権者らの居宅からの視界が阻害され、債権者らは本件建物から圧迫感を受けること、本件建物のバルコニー部分からののぞき見の危険等プライバシーの点でも債権者らに被害が予想されることが窺われるが、圧迫感については、本件建物の高層部分は南側面を除き一階部分の外周よりかなり内側に後退していること、本件建物の一階部分の外周もその敷地である本件土地の境界線より後退していること、計算上最も大きな圧迫感が予想される債権者山本については、本件建物が同債権者の居宅敷地北側境界線より六・一メートル後退して建築される予定であるところ、これは本件土地上に従前建っていた旧酒蔵よりも五・五メートル後退しており、そのため本件建物に対する仰角の点では旧酒蔵の場合よりかえって減少しているし、そもそも同債権者居宅は本件建物の方向には開口部の少ない構造となっていること、その余の債権者らの居宅も本件建物との間にいずれも道路をはさんでおり本件建物まである程度の距離があること等が疎明されることからみて、本件建物により債権者らが受けると予想される圧迫感をもって著しく受忍限度を超えるものとまではいい難いし、プライバシーの問題についても、本件建物のバルコニー窓の腰の部分及びバルコニー以外の窓は、近隣住民のプライバシー保護の観点から不透明ガラスを用いる計画であることが疎明されており、仮にそれだけでは十分でないとしても別途相当の目隠しの設置を要求するなどの方法でこれに対処することも可能であると考えられるから、これも受忍限度内であるといわざるをえない。

また、債権者らは、本件建物が建築された場合、風害、通風障害、電波障害、ゴミの散乱や悪臭による被害、交通負荷の増大と不法駐車による被害、或いはイメージの低下等による営業被害を受けると主張するところ、以上のような被害の発生を全く否定してしまうことはできないまでも、疎明資料に照らして、いずれも金銭補償が可能であって、受忍限度内であることが明らかである。

更に、債権者らは、本件建築工事に伴う騒音、振動等による被害や地盤の沈下及び隆起、水脈の切断等による被害をも主張するが、本件建築工事自体に伴う被害は、工事期間がある程度長期であるものの一定期間に限られることや疎明資料によって認められる旧酒蔵解体工事の際の工事状況等に照らし、これまた金銭補償が可能であって、受忍限度内であるといわざるをえないし、地盤の沈下及び隆起、水脈の切断等による被害についてはその発生及び程度を認めるに足りる疎明がない。

3  以上の諸点を総合して考えると、本件建物の建築によって債権者らの被る被害の程度は、それが損害賠償等の金銭補償をもっては救済されず(債務者らが日照阻害等による損害を別途補償する旨再三言明しているのは前認定のとおりである。)、本件建物の建築差止を許容しなければならないほど著しく受忍限度を超えていると認めることはできない。

なお、債権者らは、本件建物の建築はその周辺に形成された歴史的にも価値の高い美しい伝統的町並を破壊するものであるなどと本件土地周辺地域の歴史的、文化的特殊性を強調するが、疎明資料によれば、本件土地及び債権者らの居宅の周辺には、債権者ら主張のような伝統的な様式の酒蔵や町家が多く歴史的景観地区の実質を有するとみられる区域と、商業地区としての実質を有し前記のようにある程度の土地の高度利用が予想される区域が相接しており、おおむね本件土地等の南側の住居地域内が前者、北側の商業地域内が後者に属するものと認められるところ、前記疎明事実によれば、本件土地及び債権者らの居宅の大部分は商業地域内に所在すること、また実質的にみても本件土地の北側に接する魚屋町通りの両側は商店が多く、その南側は北側に比し低層の建物が多いものの、その地理的位置等から今後の発展が予想されなくもないこと、本件土地の近隣は、京都市市街地景観条例等の歴史的景観保全のための行政的規制の対象となっていないことはもとより、「京都市歴史的市街地保全整備計画調査」なる報告書中でも、調査地域中特に景観等の保全、整備の必要があるとされている「歴史景観地区1(保全地区)」、「同2(整備地区)」のいずれにも指定されていないことが明らかであること等に照らせば、本件土地等はむしろ後者の商業地区としての実質を有する区域に所属すると認められるから、甲事件申請後、債権者らを中心とする住民有志によって前記認定のような景観協定が締結されている事情を考慮に入れても、本件受忍限度の判断において、債権者らのいう特殊性をさほど重視することはできない。

また、債権者らは、本件建物の容積率算出のための敷地面積としては新設予定の都市計画道路の道路敷予定部分の面積を控除したものが用いられるべきであり、これに従えば、本件建物は明らかに容積率の制限に違反している旨主張し、疎明資料上も、本件土地の西側には都市計画街路番号Ⅱ・Ⅱ14伏見新町通の新設が計画されており、その道路敷予定部分に本件土地の一部がかかっていることが認められる。

しかしながら、《証拠省略》によれば、右都市計画道路は、昭和一四年に計画決定がなされたのみで、いまだ、二年以内に事業が執行されるものとしての特定行政庁の指定(建築基準法四二条一項四号)も受けておらず、したがって、建築基準法上の道路とはいえないものであることが認められる。建築基準法上、容積率算出のための敷地面積として、このような道路の道路敷予定部分の面積を控除したものを用いる必要があるのは、特定行政庁の許可により、このような道路を建築物の前面道路とみなし、これを容積率等との関係で建築基準法上の道路に準じた取扱いをする場合に限られているから(同法五二条三項等参照)、このような許可がなされ右の都市計画道路が前面道路とみなされた旨の疎明のない本件においては、容積率算出のための敷地面積として都市計画道路の道路敷予定部分の面積を控除したものを用いるべきであるとの債権者らの主張が当たらないことは明らかである。加えて、右都市計画道路は、現実の工事着手はもちろん、前記の、二年以内に事業が執行されるものとしての指定すらなされる見通しの少ないものであることが疎明資料上窺われることに照らせば、債権者ら主張どおりの敷地面積の採用は、債務者らにとって明らかに酷に失し、不当である。

そうすると、右債権者らの容積率違反の主張は、その前提において既に失当であって、理由がない。

更に、債権者らは、本件建物は、構造設計上も多くの点で日本建築学会等の定める設計基準を充足しておらず、このこと自体が建築基準法に違反しているものというべきであるのみならず、倒壊等により債権者らに大きな損害を及ぼすおそれがある旨主張する。

ところで、建築基準法二〇条は、建築物の構造上の安全性確保を要求しており、これに基づいて同法施行令では、そのために必要な技術的基準を規定しているが、右に債権者らのいう日本建築学会等の設計基準は、もとよりこのような法令とは性質を異にし、実際の設計作業に際し、建築物の構造上の安全性確保のための一つの準拠として用いられるべく、設計上の細目にわたって記載されたものであることが疎明資料上認められるから、その性質上、その個々の項目を充足していないからといって、直ちに違法の問題を惹起したり、或いは、そのために建築物の安全性が確保できなくなるといった性質のものではないことは明らかである。

また、建築物について建築確認がなされる際には、当該建築物の構造が右の建築基準法二〇条及び同法施行令で定める技術的基準に適合するか否かについて、建築主事による専門的な審査がなされるのであるから(同法六条一項参照)、当該建築物につき建築確認がなされておれば、それは法令の要求する安全性を一応備えているものと事実上推定できるところ、前にみたとおり、本件建物は既に建築確認を受けているものである以上、その構造が法令に違反し、又は建築物の構造上の安全性を損なうような欠陥があることを認めるに足りる明確な資料のない限り、本件建物の構造は建築基準法二〇条等の法令に適合しており、したがって、その要求する安全性についても一応これを具備しているものというべきである。

そこで、以上の前提のもとに、債権者ら主張の本件建物に関する構造設計上の問題点について検討するに、疎明資料によれば、本件建物の場所打杭間隔及び柱帯筋間隔については、その一部が必ずしも日本建築学会の定める設計基準を充足していないことが認められるが、そのこと自体が直ちに違法の問題につながるものでないことは前記のとおりであるし、また、構造上の安全性についても、むしろ、本件建物は、右基準が確保しようとしている杭の支持力及び柱のせん断耐力を一応備え、又は工法により補いうることが疎明資料上窺われる。

また、地下基礎構造の支持層に関する問題についても、疎明資料によれば、本件建物の場所打杭基礎の支持層は砂礫層であって、その下部にはシルト質粘土層が存在するが、このシルト質粘土層は十分に圧密された洪積層であって、本件建物が建築されたとしても沈下を生じることはないことが土質調査等によって確認されているから、右シルト質粘土層の存在は、本件建物の場所打杭基礎の支持力に対して影響を及ぼすようなものではないことが窺われる。なお、日本建築学会の建築基礎構造設計規準の解説中には、「建築物の基礎底面からその幅の二倍程度の深さまでの範囲内に性質の異なった層が存在する場合には、その支持力が一様地盤の場合と異なってくる。」との記載があり、続いて、このような場合の建築物の基礎の許容支持力度に関する計算式が紹介されているが、前者の記載は、支持層の下部にある地層が沈下により建築物の基礎に影響を及ぼす場合に関するものであることがその前提となっており、また、右計算式についても、これは、建築物の基礎が、本件建物において採用されている場所打杭基礎とは全く違った構造を有する直接基礎の場合に関するものであることが、その記載自体から窺われるから、本件建物に対しては、これらの記載及び計算式を援用することはできない。

本件建物の構造に関するその余の債権者ら主張の問題点については、疎明資料上明らかに債権者らの誤解に基づくものであることが窺われるか、又は、それを認めるに足りる明確な資料がない。

以上のとおりであるから、本件建物の構造に関する債権者らの主張は、いずれも理由がない。

なお、債権者らは、他にも、本件建物自体の居室の採光及び日照並びに避雷設備の点で、本件建物が建築基準法に違反している旨主張するが、本件疎明資料中にこれを裏付けるに足りる資料はないのみならず、これらの点はいずれも本件建物自体に関する問題であるから、直接にも間接にも債権者らの受ける被害に関係を有しないものであることが明らかである。

三  また、債権者らは、「債務者らは本件土地内に少なくとも三〇台の普通乗用自動車が駐車できる駐車場を設置しなければならない。」との仮処分をも申請している(甲事件申請)が、前記疎明事実によれば、本件土地内には駐車場の設備はないが、その道路をはさんで北向かいには来客用の駐車場(普通乗用自動車一三台の駐車可能)が確保されているのであって、更に債権者ら主張のような駐車場を設置しなければならないとする理由及び債権者らにおいてこれを甲事件債務者らに要求しうる根拠が明らかでないから(因に、交通負荷の増大等による影響が未だ債権者らの受忍限度内にあることは前に説示のとおりである。)、右申請部分は理由のないことが明らかである。

四  更に、債権者らは、「伏見桃山コープ対策協議会」の会長たる債権者成田と債務者川口酒造、同藤和不動産の間の昭和五七年一月二二日付確認書に基づき、これは、債務者らが債権者らに対し両者間で本件建築計画に関する合意に達しない限り建築確認申請及び建築をしない旨約束したものであるとして、右合意に基づく差止をも主張しているが、前記疎明事実、殊に右確認書を取り交す前後の当事者間の交渉経緯に照らせば、右確認書は、当事者間において、本件建築計画に関し当事者双方が誠実に協議をし、その間債務者らは協議をしないまま一方的には建築確認申請をしない旨合意したものであるにとどまり、これをもって債権者ら主張のような「合意に達しない限り」(すなわち、「債権者らの同意がない限り」というのと同義である。)建築確認申請及び建築をしない旨合意したものとまでは解しえないのみならず、前記疎明事実にみられるように、債務者らは右確認書を交した後も建築確認申請をするまでに一年近くも債権者らと交渉を続けており、その間の債務者らの態度も一概に不誠実なものとはいい難いことに照らせば、債務者らは建築確認申請に及ぶまでに一応債権者らとの間の協議を尽したものとみることができるから、債権者らの右主張もまた理由がない。

五  以上のとおり、本件建物の建築は債権者らにおいてこれを受忍すべきものであって、これまで一年以上にわたって協議を続けた末、債務者らにおいて適法に建築確認を取得した後に至ってなお建築を実力で阻止するがごときが許されないことは当然であり、また、疎明資料によれば、債権者らは現在なお本件土地のそばに詰所を設けて本件建築工事を監視し、いつでもこれを妨害しうる態勢にあること、本件建築工事の遷延により債務者らは大きな損害を被ることが認められるから、本件変更建物に関する限り(債務者らは京都市のあっせんにより本件確認建物に関する設計変更案を受諾し、これに基づく設計変更を約束しているから、本件変更建物につき保全の必要性を認めれば足りる。)、債務者ら(乙、丙事件債権者ら)は債権者ら(乙、丙事件債務者ら)に対し、本件土地の所有権又は占有権に基づいて建築工事妨害禁止の仮処分を求めることができるというべきである。

第五  よって、乙、丙事件債権者らの乙、丙事件申請は本件変更建物建築工事妨害の禁止を求める限度で理由があるから、これをその限度で認容してその余の申請部分を却下することとし、甲事件債権者らの甲事件申請はすべて理由がないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宮地英雄 裁判官 下山保雄 小野洋一)

<以下省略>

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