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京都地方裁判所 昭和58年(ワ)1074号 判決 1988年3月29日

原告

破産者高木貞証券株式会社破産管財人

彦惣弘

右訴訟代理人弁護士

山名隆男

原告補助参加人

中西健二

右同

川畑寿三男

右同

高山一秀

右同

植山博

右同

松本頼子

原告補助参加人ら訴訟代理人弁護士

村井豊明

右同

村山晃

右同

荒川英幸

右同

牛久保秀樹

被告

京都ステーション株式会社

右代表者代表取締役

早田隆三

右訴訟代理人弁護士

千保一廣

右同

江里口龍輔

主文

一  被告は原告に対し、二億〇八五二万円、及びこの内金一億九八一二万円に対する昭和五五年三月二八日から、内金一〇四〇万円に対する昭和五五年四月一三日から各支払まで年六パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用のうち、参加によつて生じた費用はこれを一〇分し、その七を原告補助参加人らの、その余を被告の負担とし、その余の訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、七億〇八五二万円、及びこの内金一億九八一二万円に対する昭和五五年三月二八日から、内金五億一〇四〇万円に対する同年四月一三日から各支払まで年六パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  破産者高木貞証券株式会社(本店 京都市中京区蛸薬師通髙倉西入泉正寺町三三四番地)(以下、破産会社という。)は、昭和四三年四月一日大蔵大臣から免許を受けて、有価証券の売買、有価証券売買の媒介取次またはその代理等の証券業務を営んできたが、昭和五七年六月三〇日京都地方裁判所に対し自ら破産の申立をし、同年七月一二日午前一〇時、同裁判所において破産宣告を受け、同時に原告が破産管財人に選任された。

2  破産会社は、被告との間で、次のとおり三回にわたり国債の現先取引契約を締結した。

(一) 第一回五億円現先取引

契約日 昭和五四年一一月七日

買付日 右同日

買付代金 五億一〇四〇万円

売戻日 昭和五五年三月二五日

売戻代金 五億二五九五万四一七〇円

国債の明細

銘柄      額面

第八回利国債 八〇〇〇万円

第九回利国債 八〇〇〇万円

第一〇回利国債 一億二〇〇〇万円

第一一回利国債 一億二〇〇〇万円

第一二回利国債 八〇〇〇万円

第一四回利国債 八〇〇〇万円

右取引については、昭和五五年三月一三日に、売戻日昭和五五年三月三一日、売戻代金五億二六六二万四三六八円と変更され、さらに、次のとおり再契約された(以下、第二回五億円現先取引という。)

契約日 昭和五五年四月一日

買付日 右同日

買付代金 五億二六二〇万円

売戻日 昭和五五年六月三〇日

売戻代金 五億三九八四万四八〇〇円

国債の明細

銘柄      額面

第八回利国債 八〇〇〇万円

第九回利国債 八〇〇〇万円

第一〇回利国債 一億四〇〇〇万円

第一一回利国債 一億五〇〇〇万円

第一二回利国債 九〇〇〇万円

第一四回利国債 九〇〇〇万円

(二) 二億円現先取引

契約日 昭和五五年一月九日

買付日 昭和五五年一月一〇日

買付代金 一億九八一二万円

売戻日 昭和五五年三月二九日

売戻代金 二億〇一五九万九五〇四円

国債の明細

銘柄      額面

第一三回利国債 六〇〇〇万円

第一八回利国債 八〇〇〇万円

第一九回利国債 八〇〇〇万円

3  破産会社は被告に対し、昭和五五年三月二七日二億円現先取引の売戻代金の弁済として、一億九八一二万円を支払い(以下、本件二億円弁済という。)、同年四月一二日第二回五億円現先取引の売戻代金の弁済として、五億一〇四〇万円を支払つた(以下、本件五億円弁済といい、本件二億円弁済と合わせて、本件各弁済という。)。

4  破産会社は本件各弁済当時、債務超過の状態にあつたから、本件各弁済は破産債権者を害する行為である。

5  破産会社は本件各弁済当時、これが破産債権者を害することを知つていた。

6  破産会社の本件各弁済は破産法七二条一号に該当するので、原告はこれを否認し、被告に対し弁済金合計七億〇八五二万円、及び内金一億九八一二万円に対しては弁済日の翌日である昭和五五年三月二八日から、内金五億一〇四〇万円に対しては弁済日の翌日である同年四月一三日から、各支払まで商事法定利率年六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実を認める。

2  同4、5の事実を否認する。

三  抗弁

1  本件各弁済は、次のとおりいずれも破産会社の支払停止、破産申立前になされた本旨弁済であるから、破産法七二条一号の否認の対象とならない。

(一) 本件二億円弁済は、その内容、方法とも二億円現先取引契約に定められたとおりであり、履行時期が約定売戻日よりも早いがそれも僅か二日前にすぎず、本旨弁済としての性質を損うものではない。

(二) 本件五億円弁済は、その内容、方法、時期ともに第二回五億円現先取引契約で定められたとおりである。同契約の契約書上は売戻日が昭和五五年六月三〇日と定められているが、それは最終期限を定めたものであり、同契約に先立つて同年三月三一日被告と破産会社との間で、破産会社は資金手当の出来次第売戻を実行するとの合意がなされた。

同年四月一二日、破産会社は後記のとおり五億円の特別融資を受け資金手当ができたので、右合意に基づいて本件五億円弁済をしたものである。

2  破産会社は、本件各弁済により被告の所有していた二億円現先取引及び第二回五億円現先取引の買付対象の国債を取得するから、同社の一般財産が減少することはない。

したがつて、本件各弁済は破産債権者を害する行為にあたらない。

3  破産会社は、被告に対する返済にあてることを条件として、社団法人日本証券業協会(以下、日本証券業協会という。)及び京都証券取引所からそれぞれ二億五〇〇〇万円ずつ合計五億円の特別融資を受け、その融資金と自己資金一〇四〇万円とを合わせて本件五億円弁済をした。

破産会社は、右特別融資金を被告に対する返済のために使う義務を負うから、右特別融資金は破産会社の一般財産に組み入れられるものではない。

また、右特別融資金の返還債務は、破産会社にとつて第二回五億円現先取引契約の売戻にかかる債務よりもその態様、利率、弁済期その他すべての点で有利であるから、本件五億円弁済のうち右のとおり被告に対する返済にあてることを条件としてなされた特別融資金による五億円の弁済は、破産会社の一般財産を減少させるものではなく、したがつて破産債権者を害する行為にあたらない。

4  被告は、破産会社から本件各弁済を受けた当時、これにより破産債権者を害することを知らなかつた。その理由は以下のとおりである。

(一) 被告の代表取締役である早田隆三(以下、早田という。)は、昭和五五年三月一八日近畿財務局において、証券課長の鈴木勲(以下、鈴木証券課長という。)から、二億円現先取引及び第一回五億円現先取引の契約書、買付報告書、預り証などの関係書類が正規のものであるとの確認を受け、その際、近畿財務局が善良な投資家を保護するため破産会社を検査しているとの説明を受けた。

(二) 被告の専務取締役の石堂策郎らは昭和五五年三月一九日に、代表取締役の早田らは同月二二日に、破産会社の代表取締役の川久保明(以下、川久保という。)から事情を聴取した。その際、川久保は、破産会社の日計表を示して同社の資産は十分あり債務超過の状態ではない、立替金についても担保が取つてあり回収可能であるなどと力説して、同社が経営危機に陥つているとの新聞報道を否定し、二億円現先取引及び第一回五億円現先取引で被告が買付け保護預りとなつている国債は東京の母店に保管されており、二億円現先取引の売戻資金は手元にありいつでも履行可能であり、第一回五億円現先取引についても近日中に一二億円程の資金準備ができるから決して迷惑をかけることはなく、万一の事態が起つても業界の融資制度があるなどと説明した。

(三) 昭和五五年三月二〇日の京都新聞朝刊には、日本証券業協会の会長談として、善良な投資家を保護するため、同協会の補償基金(特別融資基金)を使つて破産会社の損失を埋めるよう準備する旨の談話と、京都証券取引所も同じ趣旨から特別融資などの援護策を講じる旨の記事が掲載され、その他数紙が同旨の記事を掲載した。

また、同日の日本経済新聞朝刊には、破産会社が二〇名程の投資家に自己資金で一億円相当を支払つた旨の記事が掲載された。

(四) 破産会社は、約定売戻日より二日前であるにもかかわらず、昭和五五年三月二七日、同月二二日の事情説明のとおり本件二億円弁済をした。

(五) 被告は、二億円現先取引及び第一回五億円現先取引で買付けた国債が破産会社に保護預りされているものと信じており、本件各弁済を受けるについて、右国債を破産会社に売却してその対価の支払を受けるものと考えていた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実について、本件各弁済が本旨弁済であることは否認する。仮に本旨弁済であるとしても、破産法七二条一号の否認の対象となる。

(一)のうち、本件二億円弁済の内容、方法が約定どおりであること、履行時期が約定売戻日よりも二日前であることを認め、その余は争う。

(二)のうち、本件五億円弁済の内容、方法が約定どおりであること、契約書上は売戻日が昭和五五年六月三〇日と定められていること、同年三月三一日被告と破産会社との間で破産会社は資金手当が出来次第売戻を実行するとの合意がなされたこと、同年四月一二日破産会社が五億円の特別融資を受けたことを認め、その余は否認する。

2  抗弁2の事実は否認する。

破産会社には、二億円現先取引及び第二回五億円現先取引の買付対象である国債が全く存在しなかつた。

3  抗弁3の事実のうち、破産会社が日本証券業協会及び京都証券取引所からの特別融資金五億円と自己資金一〇四〇万円で本件五億円弁済をしたことは認めるが、その余は争う。

特別融資金は、仮にその使途が被告に対する返済に限定されていたとしても、破産会社の一般財産を構成することに変りはない。

また、特別融資契約においては、返済の優先順位が定められているけれども、それは合理的な理由がなく不当である。仮に、右優先順位に従うとしても、前記現先取引で被告が買い付けたはずの国債は存在しなかつたのであるから、被告に対する返済は、第一順位の保護預り有価証券を返還する場合にあたらない。

4  抗弁4の事実のうち、被告が本件各弁済を受けた当時これにより破産債権者を害することを知らなかつたことを否認する。

(一)のうち、早田が同日近畿財務局で鈴木証券課長と面接したことを認め、その余は不知。

(二)のうち、被告の専務取締役の石堂策郎らが昭和五五年三月一九日に、代表取締役の早田らが同月二二日に、川久保から事情を聴取したことを認め、その余は否認する。

(三)を認める。

(四)のうち、二二日の事情説明の内容は否認し、その余は認める。

(五)を否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一破産会社が昭和四三年四月一日大蔵大臣から免許を受けて有価証券の売買、有価証券売買の媒介取次またはその代理等の証券業務を営んできたこと、同社が昭和五七年六月三〇日京都地方裁判所に対し自ら破産の申立をし、同年七月一二日午前一〇時同裁判所において破産宣告を受けたこと、同時に原告が破産管財人に選任されたこと、破産会社が被告との間で、請求原因2のとおり、第一回五億円現先取引、第二回五億円現先取引、及び二億円現先取引の各契約を締結したこと、破産会社が被告に対し、昭和五五年三月二七日本件二億円弁済をし、同年四月一日本件五億円弁済をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二<証拠>によれば、次の事実が認められ、<証拠>中右認定に反する部分は措信せず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

1  破産会社は、昭和一九年八月四日設立された有価証券の売買、同売買の媒介取次又は代理等を目的とする証券会社である。破産会社は昭和五〇年九月の決算においては純財産額が資本金の額を下回るほど財務内容が悪化し、営業成績も振わなかつたが、同年一二月に八割減資、五倍増資を行つて会社資産を増やし、新資本金を三〇〇〇万円とし、またそのころ新たな歩合外務員を採用して顧客との信用取引額を増大させたことなどから、表面上は、昭和五二年九月の決算では約一三〇〇万円、昭和五三年九月の決算では約五八〇〇万円、昭和五四年九月の決算では約七三〇〇万円の利益を計上し、三期連続の黒字決算となつた。

しかし、他方、破産会社は昭和五三年ころから顧客に対する多額の立替金債権を発生させ、その額は昭和五三年九月時点で約二億円、昭和五四年三月時点で約三億円、同年七月時点で約四億円、同年九月時点で約五億円、昭和五五年一月時点では約七億円と急速に増加した。

右立替金債権の多くは、破産会社が顧客から法定の保証金を十分に取らずに信用取引を行わせたため、顧客の差損金を立替えたことにより発生したもので、担保もなく、長期間回収されずかつ回収の見込みも薄く、その中には、近畿財務局の検査により外務員の手張り、即ち外務員が自己の計算で行つた信用取引によるものではないかと指摘された立替金も少なくなかつた。

そのため、破産会社では表面上は昭和五二年度から三期連続の黒字決算であつたにもかかわらず、大幅な資金不足となり、会社の経営も困難になつていつた。

2  被告は、昭和五二年四月、日本国有鉄道(当時 以下、国鉄という。)、京都市及び地元経済界等の出資により、国鉄京都駅前の公共地下道及び店舗等の建設とその管理運営などを目的として設立された会社である。

3  被告は、昭和五三年九月から国鉄京都駅前の公共地下道及び店舗等の建設工事を始め、総額約一一〇億円の工事費をかけて昭和五五年一一月に右工事を終え、駅前地下街通称ポルタを完成した。

約一一〇億円の右工事費には、被告の資本金一〇億円の一部、地下街の店舗に入店するテナントの保証金合計約八〇億円、長期借入金約二三億円が充てられたが、会社設立から建設工事を始めるまでの期間とか、テナントの保証金の入金から工事費の支払までの期間とかには、被告は資本金、保証金として受け入れた資金に余裕が生じることがあつた。

そこで、被告は余裕資金を短期で有利に運用しようと考え、昭和五三年四月ころから、東和証券株式会社、日興証券株式会社、野村証券株式会社などと現先取引を始め、昭和五五年四月ころまでの間に合わせて七五回から八〇回くらい延べ約一八五億円の現先取引を行つた。

4  被告は、昭和五四年一〇月ころ破産会社の歩合外務員戸泉政年(以下、戸泉という。)から現先取引の勧誘を受け、同年一一月七日、破産会社との間で国債を対象とする第一回五億円現先取引契約を締結し、同日買付代金として株式会社大和銀行(以下、大和銀行という。)京都支店の破産会社の当座預金口座に五億一〇四〇万円を振込入金した。

5  破産会社は、右同日被告に対し右現先取引の買付の対象になつている国債の買付報告書、買付計算書及び預り証を交付したが、当時破産会社では通常業務を行うにも支障が出るほどの資金不足の状態にあり、右振込入金を受けた五億一〇四〇万円を、大阪証券代行株式会社に対する借入金の返済ほか会社の運転資金に使つてしまい、現実には右国債の買付を全くしなかつた。

6  被告はその後更に戸泉の勧誘を受けて、昭和五五年一月九日、破産会社との間で国債を対象とする二億円現先取引契約を締結し、同月一〇日買付代金として大和銀行京都支店の破産会社の当座預金口座に一億九八一二万円を振込入金した。

7  破産会社は、右同日被告に対し右現先取引の買付の対象になつている国債の買付報告書、買付計算書及び預り証を交付したが、第一回五億円現先取引の場合と同様に、会社の資金不足のために買付代金一億九八一二万円を運転資金に使つてしまい、現実には右国債の買付を全くしなかつた。

8  破産会社では、右のような状態で、第一回五億円現先取引の売戻日である昭和五五年三月二五日に売戻代金五億二五九五万四一七〇円を支払うことが不可能な状態にあつたため、同社の代表取締役である川久保は戸泉に対し、被告と交渉して右現先取引の売戻日を三か月ほど延期してもらうように指示した。戸泉は、同年二月二〇日ころ被告を訪ね、右現先取引について金利などの点で有利だから運用期間を延長してはどうかと勧めた。

そこで、被告は社内で検討した結果、資金的には同年六月三〇日まで延長することができるが、同年三月三一日が被告の決算期で株主総会に対する対策上貸借対照表の投資有価証券欄の金額が大きくならないようにする必要があると考え、同年三月一三日、第一回五億円現先取引の売戻日を同月三一日まで延期して同日一旦精算し、翌四月一日に再び売戻金額相当の五億二六二〇万円で国債を対象とする第二回五億円現先取引契約を締結する旨決定し、その旨破産会社に伝えて合意した。

被告と破産会社は、昭和五五年三月一三日ころ、右合意に基づき第一回五億円現先取引について売戻日を同月三一日とする契約書を作成し、当初の契約書と差し換えた。

9  早田は昭和五五年三月二七日川久保に対し、電話をかけ、二億円現先取引について早期に売戻を実行するよう強く要求し、さもなければ同年四月一日に契約する予定の第二回五億円現先取引には応じられないと伝えた。当時破産会社には二億円強しか手持資金がなく、前記のとおり第一回五億円現先取引の売戻を同年三月三一日に実行することは不可能な状況にあつたので、川久保はやむを得ず早田の要求に応じることにし、早田に対し即時二億円現先取引の売戻を実行するから第二回五億円現先取引契約をして欲しい、また利息相当分(売戻代金と買付代金との差額)の支払は後日に延ばして欲しいと伝え、早田はこれを承諾した。その際利息相当分の支払期日は定められなかつた。

そこで、破産会社は、約定売戻日の二日前であつたが、同年三月二七日、二億円現先取引の売戻代金として、買付代金と同額の一億九八一二万円を大和銀行京都支店の被告の普通預金口座に振込入金した。この支払によつて破産会社には手持資金が乏しくなつた。

10  破産会社は、昭和五五年三月三一日第一回五億円現先取引の売戻代金として、大和銀行京都支店の被告の普通預金口座に、破産会社を振出人、東海銀行株式会社(以下、東海銀行という。)京都支店を支払地及び支払人とする額面五億二六六二万四三六八円の小切手をもつて同額の振込入金をし、昭和五五年四月一日被告との間で第二回五億円現先取引契約を締結し、その買付代金として、大和銀行京都支店の被告の普通預金口座から同支店の破産会社の当座預金口座に五億二六二〇万円の振込入金を受けた。

右の当時破産会社には第一回五億円現先取引の売戻代金の支払能力はなく、昭和五五年三月三一日被告の預金口座に振込入金した額面五億二六六二万四三六八円の小切手も、東海銀行京都支店の破産会社の当座預金口座に決済資金のないまま振り出されたものであつたが、その決済は被告、大和銀行京都支店、東海銀行京都支店の了解の下、以下のとおり、実際上は資金の移動の行われないいわゆるドレッシングと呼ばれる方法により行われた。

まず、破産会社が前記のとおり昭和五五年三月三一日東海銀行京都支店を支払地及び支払人とする額面五億二六六二万四三六八円の小切手(以下、東海銀行小切手という。)を振り出し、これをもつて同額を大和銀行京都支店の被告の普通預金口座に振込入金し、同時に、同支店を支払地及び支払人とする額面五億二六六二万四三六八円の小切手(以下、大和銀行小切手という。)を振り出し、これをもつて同額を東海銀行京都支店の破産会社の当座預金口座に振込入金し、これを同支店を支払地及び支払人とする右東海銀行小切手の決済資金とした。

そして、川久保は同日、破産会社が右のとおり大和銀行京都支店の被告の普通預金口座に五億二六六二万四三六八円を振込んだ旨の同支店発行の振込金領収証を豊楽荘という旅館に持参して早田と会い、第一回五億円現先取引の売戻代金を振込入金したから約束通り第二回五億円現先取引契約を締結するように求め、早田はこれを承諾した。

右承諾を受けて、戸泉は同日被告の本社に本多を訪ね、右振込金領収証の写しを見せて第二回五億円現先取引の対象である国債の預り証(同日付発行)を渡し、これと引換えに、被告の大和銀行京都支店普通預金通帳(右五億二六六二万四三六八円が振込まれた預金口座の通帳)と同支店の普通預金引出伝票に引出金額五億二六二〇万円と記入し被告の届出印を押捺したものを受け取るなど、翌四月一日の第二回五億円現先取引の買付代金支払の手続をした。

右手続後、川久保は右普通預金通帳と普通預金引出伝票を持つて大和銀行京都支店に行き、担当者に対し翌四月一日に被告の普通預金口座から破産会社の当座預金口座に五億二六二〇万円を振込入金し、これと当座預金残とを合わせて、同日の手形交換により同支店に持ち帰られる大和銀行小切手を決済するように依頼し、同支店担当者はこれを承諾した。

翌四月一日、大和銀行京都支店は東海銀行小切手を、東海銀行京都支店は大和銀行小切手を手形交換に回し、そこで右各小切手は右両支店の間で交換処理され、東海銀行京都支店が持ち帰つた同銀行小切手は、同支店の破産会社の当座預金口座に大和銀行小切手をもつて振込入金された預金により決済され、大和銀行京都支店が持ち帰つた同銀行小切手は、同支店の被告の普通預金口座から破産会社の当座預金口座に五億二六二〇万円を入金した上で、同当座預金により決済された。

11  川久保は昭和五五年三月三一日豊楽荘で早田と会つた際、同人との間で第二回五億円現先取引について、資金が出来次第売戻を実行する旨合意した。

その後早田は右合意を文書にするよう川久保に求め、これに応じて破産会社は、昭和五五年四月七日被告に対し、同日付で、第二回五億円現先取引に関する契約書にもかかわらず、資金準備の出来次第契約を解除して被告に返済すると記載した念書を交付し、更に同月一〇日、同日付で、第二回五億円現先取引については同月七日付念書に則り同月一二日までに返済する、ただし利息相当分金一五八〇万円(期間昭和五四年一一月七日から昭和五五年三月三一日まで)については後日精算すると記載した念書を交付した。

12  破産会社は、昭和五五年四月一二日日本証券業協会と京都証券取引所とからそれぞれ二億五〇〇〇万円ずつ合計五億円の特別融資を受け、これと自己資金一〇四〇万円とを合わせて、同日被告に対し、第二回五億円現先取引の売戻代金として、五億一〇四〇万円を大和銀行京都支店の被告の普通預金口座に振込支払つた。

13  破産会社は昭和五五年一月二一日から近畿財務局の一般検査を受け、更に同年三月五日から特別検査を受けた。右検査の結果、破産会社は同月三一日時点で少なくとも九億六九〇〇万円の債務超過であることが判明し、近畿財務局京都財務部が同年四月七日破産会社に対して行つた審問において、同社の代表取締役川久保は右債務超過額を認めた。

14  右審問の後、破産会社は昭和五五年四月一八日近畿財務局長から、証券取引法三五条一項三号の「業務又は財産の状況に照らし支払不能に陥るおそれがある場合において、投資者の損害の拡大を防止するためやむを得ないと認められるとき」に該当するとして、昭和五五年四月二一日から同年五月三一日まで営業停止処分を受け、これに伴つて京都証券取引所から、同年四月二四日から同年五月三一日まで取引停止処分を受けた。

破産会社は、右営業停止期間中前記立替金の回収に努めたがほとんど回収できず、回収の見込の薄い不良立替金の額も昭和五五年四月末時点で約一〇億五〇〇〇万円にも達することが判明し、また近畿財務局の特別検査の結果、破産会社の純財産額は、昭和五五年五月一九日時点で一一億一〇〇〇万円の債務超過であることが判明した。

そのため、破産会社は昭和五五年五月二六日近畿財務局の審問を受け、同月三〇日大蔵大臣から、同社の債務超過額が右のとおりであり、このような状態は同年四月二一日以降の営業停止期間中も依然として継続しており今後解消される見込みは殆どなく、証券取引法三五条一項三号の規定に該当していると認められることを理由に、同年六月一〇日付で免許取消処分を受け、同時に右営業停止期間が同月九日まで延長された。右免許取消処分を受けたことにより、破産会社は昭和五五年五月三〇日京都証券取引所から同年六月一〇日付で同取引所会員を除名され、これと合わせて同取引所における同社の前記取引停止処分の期間が同月九日まで延長された。

右免許取消処分により、破産会社は事実上倒産した。

15  破産会社は昭和五五年四月一三日以降も、日本証券業協会と京都証券取引所からの特別融資金五億円、及び自己資金とをもつて、顧客に対し計七億円余の債務の弁済を行つたが、破産宣告時点でもなお弁済のされていない顧客の債務も存していた。

三右二の認定事実によれば、破産会社の財産状態は本件各弁済当時において、少なくとも九億六九〇〇万円の債務超過になつており、同社は被告に対する債務のほかにも多額の債務を負つていたものであると推認することができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、右認定事実の下では他に特段の事由のない限り、本件各弁済は破産会社の資産を減少させ他の債権者への弁済可能額を減少させるものであつて、破産債権者を害する行為に該当し、否認の対象となる。

四被告は、本件各弁済は破産会社の支払停止、破産申立前になされた本旨弁済であるから破産法七二条一号の否認の対象とならないと主張する。

しかしながら、本旨弁済でも、その弁済が他の債権者を害することを知つてされたものであり、これを受領した債権者が他の債権者を害する事実を知つていたときは、破産法七二条一号の規定により否認することができるものと解するのが相当である(最高裁昭和三九年(オ)第一六六号、同四二年五月二日第三小法廷判決、民集二一巻四号八五九頁参照)ところ、本件二億円弁済は前記認定のとおり履行期前の弁済であるからそもそも本旨弁済にあたらないし、本件五億円弁済についても、本判決に判断のとおり右の否認のための要件を満たすから、破産法七二条一号の否認の対象となる。抗弁1は理由がない。

五被告は、破産会社は本件各弁済により被告の所有していた二億円現先取引及び第二回五億円現先取引の買付対象の国債を取得するから同社の一般財産が減少することはなく、右各弁済は破産債権者を害する行為にあたらないと主張するけれども、前記認定のとおり右国債は存在しなかつたのであるから、抗弁2の主張はその前提を欠き失当である。

六被告は、本件五億円弁済は被告に対する返済にあてることを条件にしてなされた特別融資金五億円を資金として行われたものであるから、右弁済のうち特別融資金にかかる五億円の弁済は破産会社の一般財産を減少させるものではなく、したがつて破産債権者を害する行為にあたらないと主張する。そこで、この主張が右特段の事由と言えるか否かを検討する。

1  <証拠>によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  昭和五五年四月一〇日、日本証券業協会、破産会社及び大阪証券金融株式会社(以下、大阪証券金融という。)は、日本証券業協会の破産会社に対する特別融資に関する基本契約(以下、特別融資契約(協会分)という。)を次のとおり締結し、特別融資契約書を交した。

(1) 日本証券業協会は破産会社に対し次の条件により融資を行う。

総融資額 五億円の範囲内において日本証券業協会の定める額

利息 年五パーセント

返済期限 昭和五五年一〇月九日

(2) 破産会社は投資者保護のため必要な場合に限り、日本証券業協会より(1)の融資を受けることができ、右の目的に限りこれを使用する。

(3) 本契約に定めるところは、日本証券業協会・破産会社間の全ての個別の融資取引に適用される。

(4) 日本証券業協会は破産会社に対する(3)の個別融資の出納管理事務を大阪証券金融に委任する。

(5) 破産会社は、日本証券業協会から(3)の個別融資を希望するときは、大阪証券金融を通じて日本証券業協会に対し、同協会の定める「特別融資借入申込書」を提出して申出なければならない。

右特別融資契約書に添付された特別融資実施要領では、特別融資借入申込書の様式が定められ、同申込書には、資金の使途区分、返済又は支払先、返済又は支払金額の各欄を特定して記入するようになつていた。また同実施要領では、破産会社は顧客に対する返済につき次の優先順位により、順位ごとに取りまとめて借入れの申し込みを行うことと定められた。

1 保護預り有価証券を返還する場合

2  無債務顧客にかかる信用取引保証金代用有価証券を返還する場合

3  無債務顧客にかかる信用取引保証金を返還する場合

4  有価証券の売買取引にかかる預り金を返還する場合

5  有債務顧客にかかる信用取引保証金代用有価証券のうち引出し可能額を返還する場合

(二) 昭和五五年四月一一日、京都証券取引所、破産会社及び大阪証券金融は、特別融資契約(協会分)と同一内容で、同取引所の破産会社に対する特別融資に関する基本契約(以下、特別融資契約(取引所分)という。)を締結し、特別融資契約書を交した。右契約書に添付された特別融資実施要領の内容及び特別融資借入申込書の様式も特別融資契約(協会分)と同一に定められた。

(三) 破産会社は、昭和五五年四月一一日、特別融資契約(協会分)及び同契約(取引所分)に基づき、前記特別融資借入申込書の資金の使途区分欄に顧客への支払、返済又は支払先欄に被告、返済又は支払金額欄に五億円と記入して日本証券業協会及び京都証券取引所に対し、それぞれ二億五〇〇〇万円ずつの借入を申込んだ。

(四) 破産会社の右借入申込に応じて、昭和五五年四月一二日日本証券業協会及び京都証券取引所から破産会社に対しそれぞれ二億五〇〇〇万円ずつ合計五億円の特別融資が行われることになり、同日、大阪証券金融から戸田某が、京都証券取引所から佐久間総務部長が、被告から早田と本多が、破産会社から川久保が大和銀行京都支店に集まり、その場において戸田から川久保に対し特別融資金として五億円の小切手が渡され、直ちに、川久保はその五億円の小切手と自ら持参した一〇四〇万円の小切手とにより、同支店の被告の普通預金口座に五億一〇四〇万円の振込手続を行い、第二回五億円現先取引の売戻代金として右同額が振込入金された。その際、早田は大阪証券金融の戸田から特別融資五億円が出た旨の説明を受け、同額の小切手も見せられた。

(五) 日本証券業協会及び京都証券取引所は、右同日の五億円の特別融資は、被告への弁済に用いられないのであれば、これを行わない意思であつたし、また特別融資一般についても、これを顧客に対する全債務あるいはもつと広く破産債権者全員に対する全債務を弁済するために無制限に、これを行う意思などは勿論なかつた。

2  右認定事実によると、日本証券業協会及び京都証券取引所は右特別融資金五億円が被告に対する返済に使用されるのでなければ貸付をしなかつたものであり、現に融資の実行から本件五億円弁済までの過程は融資事務を行つた大阪証券金融、債権者である被告、債務者である破産会社の三者が集まり、その場で直ちに、右特別融資金として五億円の小切手を受取つた川久保がこれを被告の預金口座に振込んだというのであるから、右過程において、川久保が右小切手を他の用途に使用したり、他の債権者が差押その他の方法により右小切手から弁済を受けたりすることは実質的に見て全く不可能な状況にあつたと言うべきである。

右に判示したところからすれば、この特別融資金五億円による弁済は破産債権者を害する行為にあたらないと解する特段の事由があると言うべきである。

よつて、抗弁3は理由があり、本件五億円弁済のうち特別融資にかかる五億円部分は否認の対象とならない。

なお、大審院昭和一〇年(オ)第九四七号同年九月三日判決・民集一四巻一四一二頁及び大審院昭和一四年(オ)第一七六一号同一五年五月一五日判決・法律新聞四五八〇号一二頁は、借入資金による弁済も破産法七二条二号又は三号の否認の対象となる旨を判示しているが、本件は貸主(日本証券業協会と京都証券取引所)が、特定の債権者(被告)に弁済するのでなければ、貸付をしなかつたもので、現にそのとおり即時に実行されるような措置がとられた事案であつて、右判例の事案とは異なるから、右判例を本件に参考とすることはできない。

また、原告は、特別融資契約に返済の優先順位が定められていることは不当であるとか、被告が現先取引で買付けたはずの国債は存在しなかつたのであるから被告に対する返済は第一順位の保護預り有価証券を返還する場合にあたらないとか主張するけれども、被告に対する返済が第一順位の場合にあたるかどうかは融資を行う者が決めることであつて、否認権行使の要件と関係がない。

したがつて、原告の右主張は主張自体理由がない。

以上によれば、原告の請求のうち、本件五億円弁済のうち特別融資にかかる五億円部分の支払の否認を主張する部分は、その余の判断をするまでもなく、理由がない。

七本件各弁済のうち、右に判断した特別融資にかかる五億円部分以外の、本件二億円弁済の全部及び本件五億円弁済のうち一〇四〇万円の部分については、これが破産債権者を害する行為に該当し否認の対象となることは前記のとおりであり、これが破産債権を害する行為に該らないとする特段の事由については主張立証がない。

八右判断の基礎とした事実はその性質上破産会社が当然に知つていたものと推定され、この推定を覆すに足る証拠はないから、破産会社は右の弁済の当時これが破産債権者を害するものであることを知つていたものというべきである。

九被告の善意の主張について判断する。

1  被告は、本件各弁済を受けた当時これにより破産債権者を害することを知らなかつたものであり、その理由は抗弁4(一)ないし(五)記載のとおりであると主張する。

抗弁4(一)ないし(五)のうち、早田が昭和五五年三月一八日近畿財務局で鈴木証券課長と面接したこと、石堂策郎らが同月一九日に、早田が同月二二日に川久保から事情を聴取したこと、同月二〇日に被告主張の内容の新聞報道がなされたこと、同月二七日に本件二億円弁済がなされたことは当事者間に争いがなく、早田は被告代表者本人尋問において、抗弁4(一)ないし(五)の主張に沿つた供述をしている。

右新聞報道の詳細な内容について、<証拠>によれば、昭和五五年三月二〇日京都新聞朝刊において、「高木貞証券問題 補償金使用を準備 北裏証券協会会長投資家に損害なら」との見出しの下、北裏喜一郎日本証券業協会会長が同月一九日、破産会社が七億円の不良立て替えを行つた疑いで近畿財務局の特別検査を受けたことについて、同社の経営行き詰まりで善良な投資家が損害を受けるような場合には、同協会の補償基金(特別融資基金)を使つて損失補償に踏み切るよう準備すると語つた、また京都証券取引所と京証正会員協会が同日合同懇談会を開いて協議し、善良な投資家を守るため近畿財務局の検査完了を待つて会員各社による特別融資などの援護策を講じることなどを申し合わせた旨の記事が掲載されたこと、同月二〇日読売新聞朝刊には、七億円余りの不良立替をして経営が悪化した破産会社の再建には京都証券取引所と京証正会員協会が同月一九日近畿財務局の検査を待つて協力することなどを申し合わせた旨の記事が、同月二〇日朝日新聞朝刊には、北裏喜一郎日本証券業協会会長が同月一九日の記者会見で、破産会社は多額の不良立替えで財務内容が悪化し、経営行き詰りとの予想も出ているようだが、破産会社と取引のある善良な投資家を保護するため、同協会が不測の事態に備えて積み立てている約九億六〇〇〇万円の基金の一部を使うことになるだろう、ただその金額については近畿財務局の検査の結果をみて判断したいと語つたとの記事が掲載されたこと、同月二〇日日本経済新聞朝刊には、経営悪化が表面化した破産会社の川久保社長が同月一九日、「午前中に応対したのは約二十人。一億円の資金を用意して、顧客に迷惑をかけないようにした」などと語つた、破産会社と被告との間に約七億円の現先取引があり、そのうち二億円は同月二九日に売戻の決済日がくるが、川久保社長は「二億円の資金は用意できている」と言つているとの記事が掲載されたことが認められる。

しかしながら、以下の理由により、被告が破産債権者を害することを知らなかつたとは本件全証拠によつても認めることはできない。

2  <証拠>によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  昭和五五年三月一八日朝日新聞朝刊経済面において、「高木貞証券(京都)を特別検査 近畿財務局 不良立て替えの疑い 信用取引で6、7億円

経済行き詰まりも」との大見出しの下、破産会社が地元の投資家グループなどの顧客に対し規定通りの保証金または代用証券を取らずに信用取引を行わせたため七億円近い不良立替を発生させた疑いが持たれており、近畿財務局が実態解明のため特別検査を行つている、破産会社は多額の不良立て替えで財務内容が悪化し、経営行き詰りも予想されるところから、近畿財務局では、場合によつては破産会社に対し営業停止命令を出すとともに、京都、大阪の証券業界などから緊急融資をあおいで顧客の債権保全をはかることも検討している旨の記事、破産会社の経営状態が悪いことは事実であるが、まつたく望みがないわけではない旨の近畿財務局長の談話、自力再建はむずかしいので、どこか他の証券会社に肩代りしてもらえないかなどについて協力が得られるよう奔走している旨の破産会社社長の談話が掲載された。

(二)  同日の朝日新聞夕刊にも右朝刊とほぼ同内容の記事が掲載されたほか、読売新聞、京都新聞、日本経済新聞の各夕刊においても、近畿財務局が、顧客から保証金を取らずに証券の信用取引を行わせ七億円強の不良立替をしていた破産会社に対し証券取引法違反などの疑いで特別検査を行つている旨の記事が掲載された。右京都新聞には経営は正直言つて難しい場面に直面している旨の破産会社社長の談話も掲載された。

(三)  昭和五五年三月一九日京都新聞朝刊において「京都ステーションセンター「高木貞証券」と現先取引7億円 売り戻しに懸念」との見出しの下、被告が破産会社との間で合計七億八〇〇〇万円(買付価格)の現先取引をしており、同月一八日近畿財務局から、破産会社が七億円強の不良立替を行い、回収出来ないものも含まれているとみられるなど、証券取引法に違反しているとの疑いで検査を受けているとの説明を受けた旨の記事、「ずさん経営浮き彫り」との見出しの下、近畿財務局のこれまでの調査で、破産会社には七億円を上回る過大な立替金のあることが判明、回収不能のコゲ付きも出るのではといつた恐れも出ている旨の記事が掲載された。同月一九日の毎日新聞朝刊にも、「保証金7億円取り立て不足 高木貞証券」との見出しの下、近畿財務局の検査の結果破産会社の投資グループに対する信用取引の保証金立替額が七億円にのぼつているが、投資グループからの返済も不可能になつた旨の記事が掲載された。

(四)  被告代表者早田は、右1及び2(一)(二)(三)の新聞記事をそのころに読んだ。

(五)  被告代表者早田は昭和五五年三月一八日近畿財務局で鈴木貞証券課長と面談し、同課長から同局が破産会社の特別検査を行つていると知らされた上で、同社は債務超過の状態にあり、被告に少し迷惑がかかるかも知れないと告げられた。

(六)  日本証券業協会、京都証券取引所、証券業界が、「善良な投資家」だけではなく、全ての破産債権者に対する債務を弁済する資金を無制限に破産会社に貸付けるとか、全債務を代位して弁済する予定であるとかの新聞報道が本件各弁済までになされたことはなかつたし、近畿財務局その他信用すべき筋より被告に伝えられたこともなかつた。

前記二及び右認定のとおり、昭和五五年三月一八日、一九日破産会社について、同社が七億円近い回収困難な不良立替金を発生させ近畿財務局の特別検査を受けており、経営状態が悪化し、自力再建はむづかしいことを窺わせる新聞報道がなされ、被告代表者はそのころにこの記事を読んだこと、早田は近畿財務局鈴木証券課長より破産会社が債務超過の状態であることを告げられていたこと、全破産債務を弁済する資金が証券取引所等から無制限に貸付けられるとの報道、情報はなかつたこと、早田が川久保に対し同月二七日二億円現先取引の売戻を早期に実行しなければ第二回五億円現先取引に応じられないと右売戻の実行を強く要求し、約定売戻日の二日前であるにもかかわらず同日破産会社に本件二億円弁済を行わせたこと、その際利息相当分の支払は後日に延期されたがその支払期日が定められなかつたこと、破産会社と被告との間で行われた同月三一日の第一回五億円現先取引の売戻代金の支払及び同年四月一日の第二回五億円現先取引の買戻代金の支払が破産会社、被告の了解の下、資金の裏付のないドレッシングと呼ばれる方法により行われたこと、同年三月三一日破産会社、被告間で第二回五億円現先について資金が出来次第売戻を実行する旨合意し、破産会社は被告の求めに応じて同年四月七日同日付で右合意内容を文書化した念書を交付したこと、被告は同月一二日本件五億円弁済を受けた際、前記認定のとおりその資金は破産会社の自己資金ではなく特別融資による資金であると認識していたことに、早田が被告代表者本人尋問において、業界の救済資金が出なければ第二回五億円現先取引契約を締結するのを躊躇していた旨供述していることを合わせて考慮すれば、被告は本件二億円弁済を受けた当時、破産会社が債務超過の状態にあり、この弁済により他の破産債権者への弁済可能額を減少させて破産債権者を害すること及び破産会社に保護預りされているはずの国債が実際は存在しなかつたことを知つていたのではないかと強く疑われ、本件五億円弁済を受けた当時には、これを知つていたものと推認することができ、<証拠>中右認定判断に反する部分は措信せず、他に右認定判断を左右するに足りる証拠はない。

一〇以上によれば、原告は破産会社の被告に対する本件二億円弁済及び本件五億円弁済のうち五億円を除く一〇四〇万円の部分を破産法七二条一号により否認することができる。

よつて、原告の本件請求は、本件各弁済のうち否認権行使の認められる部分の弁済金合計二億〇八五二万円と、これに対する各弁済の日の翌日から支払まで商事法定利率年六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。

一一以上の次第で、原告の請求は右理由のある限度でこれを認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井関正裕 裁判官田中恭介 裁判官榎戸道也)

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