京都地方裁判所 昭和58年(行ウ)17号 判決 1985年6月19日
京都市中京区西ノ京南上合町三八番地
原告
王本公雄こと
王利鎬
訴訟代理人弁護士
前堀克彦
京都市中京区柳馬場通二条下ル等持寺町一五番地
被告
中京税務署長
前田輝郎
指定代理人検事
岡本誠二
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告
被告が、昭和五五年三月八日原告に対してした、原告の昭和五〇年分所得税の更正処分(以下本件処分という)中、分離長期譲渡所得金額四、三五〇万円のうち一、三三三万円を超える部分及び重加算税賦課決定処分(以下本件賦課決定処分という)を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決。
二、被告
主文同旨の判決。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1 原告は、被告に対し、昭和五〇年分の所得について、白色申告による確定申告及び修正申告したところ、被告は、昭和五五年三月八日付で本件処分及び本件賦課決定処分をした。そこで原告は、異議の申立、審査請求をしたが、その経緯と内容は、別表記載のとおりである。
2 しかし、本件処分には、次の違法がある。
(一) 被告が、本件処分で認定した分離長期譲渡所得金額四、三五〇万円中一、三三三万円を超える部分は、原告の同所得を過大に認定したものである。
(二) したがって、本件賦課決定処分は、国税通則法六八条一項によって重加算税を課すことができる場合に当たらない。
二、被告の答弁
請求原因1の事実は認め、同2の主張は争う。
三、被告の主張
1 原告の昭和五〇年分の総所得金額の計算
原告の昭和五〇年分の総所得金額は、別表記どおり六、〇三八万七、六二六円である。
項目 金額(円)
不動産所得 一八万四、二二〇円(申告額のとおり)
給与所得 一、二五四万〇、〇〇〇円(申告額のとおり)
利子所得 四一六万三、四〇六円(申告額のとおり)
分離長期譲渡所得 四、三五〇万〇、〇〇〇円
2 本件分離長期譲渡所得金額について詳述する。
(一) 原告は、昭和五〇年七月一四日、裁判上の和解により、京都府長岡京市奥海印寺鈴谷一三番一山林六、七二七平方メートル(以下一三番一の土地という)及び同所一八番山林一二八平方メートル(以下両土地を併せて本件土地という)を、訴外小川良雄に五、五〇〇万円で譲渡した。しかし、原告は、昭和五〇年分の所得税の確定申告及び同修正申告に際し、本件土地の譲渡所得を申告しなかった。
ところが、原告が代表取締役である訴外三越土地株式会社が昭和五三年から大阪国税局の査察調査を受けたことによって前記譲渡が発見されたのである。
(二) 本件分離長期譲渡所得金額の計算は、次のとおりである。
<1> 譲渡価額 五、五〇〇万円
<2> 取得価額 五五〇万円
<3> 譲渡費用(イ+ロ) 五〇〇万円
イ、訴訟費用 二〇〇万円
ロ、和解報酬金 三〇〇万円
<4> 特別控除 一〇〇万円
<5> 譲渡所得金額(<1>-<2>-<3>-<4>) 四、三五〇万円
<1> 譲渡価額 五、五〇〇万円
原告が、小川良雄から受領した前記五、五〇〇万円が、本件土地の譲渡価額になる。
<2> 取得価額 五五〇万円
原告は、昭和四〇年八月一九日、訴外木谷清に貸し付けた金五五〇万円の代物弁済として、昭和四一年二月一一日、本件土地を取得したものである。
<3> 譲渡費用 五〇〇万円
原告は、昭和四一年四月二六日、木谷清及び訴外佐野定を相手どって所有権移転登記手続請求の訴を京都地方裁判所に起したが、その訴訟のため原告代理人であった訴外前田外茂雄に支払った弁護士費用二〇〇万円及びその事件が和解により解決したことにより同弁護士に支払った解決報酬金三〇〇万円の合計額五〇〇万円である。
<4> 特別控除 一〇〇万円
租税特別措置法(昭和五〇年法律第八九号による改正前のもの)の規定による長期譲渡所得の特別控除額である。
3 本件賦課決定処分の適法性
原告は、その主張するような造成工事をした事実がないにもかかわらず、架空の領収書を作成してあたかも工事をしたかのごとく仮装したこと及び登記資料等によっては譲渡の事実が容易に把握されないことを奇貨として、多額の譲渡収入を申告せず、殊更過少にした内容虚偽の所得税の確定申告書を提出したことは、国税通則法六八条一項に規定する仮装隠ぺい行為に該当する。
四、被告の主張に対する原告の反論
(認否)
被告の主張中1、2の各事実は、全部認める。但し、分離長期譲渡所得金額をのぞく。
(反論)
原告は、本件土地のため、所得税法三八条にいう改良費として、昭和四一年三月から同年七月にかけて造成費三、〇一七万万円を支出した。したがって、原告の本件分離長期譲渡所得金額は、同額を被告主張の四、三五〇万円から更に控除した一三三三万円である。すなわち、本件土地は、原告が同年二月一一日代物弁済で取得した当時、岩盤の上に土砂が堆積して形成された山林の北側及び東側斜面で、低地には竹が、高地には松等の雑木が繁茂していた。本件土地は、北東角が最も低く、南西に行くにつれて高くなり、その高低差は、五〇ないし六〇メートル位であった。
原告は、同年三月ころから同年一〇月ころまでの間、永島工務店こと訴外永島南植に宅地化のための荒造成工事をさせたが、その工事の内容は、竹木を全て伐採し、山を削り、岩盤をダイナマイト等を使用のうえ破砕して取り除き、大雑把に地ならしをするというものであった。その結果、本件土地は、高低差が約一五メートルのなだらかな傾斜地になった。
五、原告の反論に対する被告の反駁
1 建設業者である訴外植田菊次郎は、昭和三八年一一月ころ、当時の所有者訴外高橋功から本件土地を取得し、埋立用の土を採取するため、東方から西方へ向けてその山土を取り始め、昭和三九年八月ころまでにはそれを取り終えた。その結果、本件土地は、西側に斜面(のり)ができ、最も高い南西部の岩盤と低地との高低差が一〇ないし一五メートル位のなだらかな傾斜地となり、竹木は、伐採されてしまった。
小川良雄は、原告から本件土地を譲り受け、昭和五四年二月五日、訴外株式会社今井建設と本件土地の宅地造成工事請負契約を締結のうえ訴外会社にその工事を施行させたが、そのとき、本件土地には岩盤が多量に残っており、切土や盛土の作業が必要不可欠な状態であった。
そうすると、原告が本件土地を取得した当時、本件土地は既に荒地であって、竹木が繁茂していたことはないし、岩盤等は、原告が小川良雄に本件土地を譲渡した当時まだ残存していた。したがって、原告は、その主張のような造成工事をしたことがないといわなければならない。
2 仮に、永島南植が本件土地から山土を採取したことがあったとしても、それは、永島南雄が、当時京都府長岡京市付近一帯で行われていた埋立工事に使用するためであって、本件土地自体の造成を目的としたものではない。したがって、永島南植が原告に対して山土の対価を支払うことがあり得ても、反対に原告が永島南植に対して山土を採取するための工事費を支払うようなことは致底あり得ない。
第三、証拠
本件記録中証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一、本件請求の原因事実中1の事実(本件処分及び本件賦課決定処分の経緯と内容)は、当事者間に争いがない。
二、原告の昭和五〇年分の総所得金額中、本件分離長期譲渡所得金額をのぞくそのほかの所得金額は、当事者間に争いがない。
三、そこで、本件分離長期譲渡所得金額について判断する。
1 被告の主張中1、2の各事実は、分離長期譲渡所得金額をのぞき、当事者間に争いがない。
2 原告は、被告の主張する分離長期譲渡所得金額四、三五〇万円から、本件土地の造成費三、〇一七万円を更に控除すべきであると主張しているので判断する。
(一) まず、原告は、その証拠として、甲第五号証の一ないし三の領収書を提出し、証人永島利信及び原告本人(第一、二回)は、右各領収書記載の日に代金が支払われた趣旨の供述をしている。しかし、弁論の全趣旨によって成立が認められる乙第五号証によると、右各領収書記載の日には、まだこれら領収書が市販されていなかったことが認められる。
そうすると、甲第五号証の一ないし三の領収書は、後日作成されたことが明らかであるから、その証拠価値が薄いばかりか、証人永島利信の証言や原告人尋問の結果(第一、二回)そのものの信用性をも減殺するとしなければならない。
(二) 同証言によって成立が認められる甲第六号証(永島利信の申し述べ書と題する書面)は、造成工事代金授受の日の特定がなく、記載内容全体が曖昧であるし、甲第七号証の一ないし三(その成立はしばらく措く)の記載は、いずれも、植田菊次郎が、昭和四一年一月から昭和四二年末ころまでの間、発破をかけ、永島南植が岩石を運び出したことを、昭和五九年一〇月又は一一月になって証明する趣旨のものであり、約二〇年も経ってから、しかも、二年間のうち何時かも具体的に判らない証明をしていることに無理があるから、同号各証は、到底証拠として採用できない。
そのほかに、原告の主張にそう証人永島利信、同植田菊次郎の各証言や原告本人尋問の結果(第一、二回)は、前記理由や後記認定事実に照らして採用できないし、ほかに、この原告主張事実が認められる的確な証拠はない。
(三) 却って、成立に争いがない甲第一、二号証、乙第一ないし第四号証、同第六号証、同第一二号証、原本の存在と成立に争いがない甲第三号証、乙第七ないし第九号証、本件土地附近の航空写真であることについて争いがない検甲第一ないし第三号証、証人高橋良之介、同木谷清、同葛田貴の各証言を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 本件土地のうち一三番の一の土地は、もと、南西角部が最も高く、北及び東へ行くにつれ低くなる山の斜面であって、南側が尾根筋であり、最も高い南西角部との東側に隣接する府道との高低差が約三〇メートルあった。右尾根筋には、松や雑木が生え、その他の部分には竹が生えていた。土地自体は、低所には良土もあったが、高所には岩石や岩盤がある土地であった。
(2) 本件土地を、宅地造成するには、昭和四一年当時でも、住宅造成事業法による許可が必要であったが、本件土地について、その許可はなかった。許可されたのは、昭和四六年一二月二七日である。
(3) 植田菊次郎は、昭和三八年一一月ころ、一三番一の土地を当時の所有者訴外高橋功から買い受けて埋立用の山土を表面から取り始め、昭和三九年八月ころまでには、一三番一の土地の山土を高所の岩盤を残してほゞ取り終え、引き続きその周辺の土地から山土を採取した。
一三番一の土地の昭和三九年八月当時の状況は、西側には急斜面(のり)もあったが、全体として、最も高い南西角部には岩盤が残り、そこと最も低い北東角部との高低差が一五メートル位のほゞなだらかな傾斜地となり、木や竹は残っていなかった。
(4) 京都府長岡京市の付近一帯は、昭和四〇年前後ころから田畑の宅地化が進み、そのため田畑埋立用の山土が不足する有様であった。
訴外社団法人滝之町整理組合などは、昭和三八年秋ころから昭和四二年までの間、一三番一の土地の南西ないし南側周辺地で、埋立用の山土の採取をした。
植田菊次郎や永島南植も、右期間中の一時期に一三番一の土地やその周辺の土地から埋立用山土を採取したものである。
(5) 小川良雄が、昭和四三年一〇月中に本件土地を見に行った際、本件土地は、宅地として造成されておらず、南西部に岩盤が残っていた。
(6) 昭和五〇年七月裁判上の和解によって本件土地の所有権を取得した小川良雄は、昭和五四年二月五日、株式会社今井建設に、一三番一の土地の宅地造成工事を代金九、三〇〇万円で請け負わせた。そこで、訴外会社は、そのころから宅地造成工事を行ってこれを宅地化したが、右工事着手当時、一三番一の土地の南西部には岩盤が残っていた。
訴外会社は、ブルドーザーなどの土木機械で岩盤を崩したが、その際ダイナマイト等火薬を使って発破をかけたことはなかった。
(7) 原告は、昭和四一年四月、木谷清、佐野定を相手どって本件土地の所有権移転仮登記の本登記手続及びその同意並びにその引渡しを求める訴を提起し、本件土地の所有権をめぐって係争中であった。
原告は、この訴訟で和解をするについて、三、〇〇〇万円もの宅地造成費を支出したことを問題にしたことはなかった。
(四) 以上認定の事実によると、植田菊次郎は、既に昭和三八年一一月ころから昭和三九年八月ころまでの間に一三番一の土地から山土を採取したもので、その結果、一三番一の土地は、一部に岩盤を残したものの、高低差一五メートル位のなだらかな傾斜面地になり、竹木等もない荒地状態になってしまったのである。そして、一三番一の土地がそのような状態になったのは、原告が、永島南植にさせたからではない。原告は、昭和四一年当時、本件土地の所有権をめぐって訴訟で係争中であって、住宅地造成事業法による造成許可を得たものではなかった。そして、その許可があったのは、昭和四六年一二月であり、現実に宅地に造成されたのは、昭和五四年のことである。
そうすると、永島南植が昭和四一年ころ、一三番一土地の山土を採取したのは、本件土地の宅地造成工事をするためではなく、田畑埋立用山土の採取をしたにすぎず、原告が主張するように三、〇〇〇万円もの造成費を支出して発破までかけて大掛りに宅地造成工事をしたものではなかったとするほかはない。そのうえ、原告は、係争中の本件土地に無許可で三、〇〇〇万円もの資金を投じて本件土地を宅地造成したということ自体不自然であるし、実際宅地造成ができたのは昭和五四年であること及び原告が和解で三、〇〇〇万円もの造成費を問題にしたことがなかったことと矛盾するのである。
3 そうすると、原告が昭和四一年中に本件土地にその主張の工事費三、〇一七万円を支出したことが証拠上認められないことに帰着するから、右支出を前提として、これを改良費として更に控除すべきであるとする原告の主張は採用できない。
四、被告主張の本件分離長期譲渡所得金額は、正当として認められるから、本件処分には、原告主張の違法はない。
五、本件賦課決定処分について
甲第五号証の一ないし三の領収書は、後日作成されたものであること、原告は、裁判上の和解で本件土地を他に譲渡しながら、本件土地の所有権移転の事実が登記簿等に表示されなかったこと(このことは、前掲甲第一、二号証によって認める)その他以上認定の事実からして、原告は、右譲渡の事実が容易に把握されないのに着目して、多額の譲渡収入を故意に隠ぺいした所得税確定申告書を被告に提出したものと推認される。そして、これが、国税通則法六八条一項の隠ぺい行為に該当することはいうまでもない。
そうすると、本件賦課決定処分は、適法であって、原告主張の違法にない。
六、むすび
以上の次第で、本件処分及び本件賦課決定処分には、取り消すべき違法がないから、原告の本件請求は、失当として棄却を免れない。そこで行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古崎慶長 裁判官 武田多喜子 裁判官 長久保尚善)
別紙 <省略>