京都地方裁判所 昭和58年(行ウ)2号 判決 1985年1月30日
京都市上京区寺町通今出川上ル二丁目鶴山町一一番地六
原告
西敏男
訴訟代理人弁護士
猪野愈
京都市上京区一条通西洞院東入元真如堂町三五八番地
被告
上京税務署長
土肥米之
指定代理人検事
浦野正幸
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
被告が、昭和五六年七月二五日原告に対してした、原告の昭和五四年分所得税の再更正(但し、裁決によって一部取り消された後のもの・以下本件処分という)のうち分離長期譲渡所得金額が七五万一七〇〇円を超える部分及びこれに対応する過少申告加算税賦課決定処分(但し、裁決によって一部取り消された後のもの)を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
二 被告
主文同旨の判決。
第二当事者の主張
一 本件請求の原因事実
1 原告は、不動産仲介業を営んでいるが、昭和五四年七月五日、別紙1の物件目録記載の不動産(以下本件不動産という)を、訴外啓揚開発株式会社(以下啓揚開発という)に代金四五〇〇万円で譲渡した。
そこで、原告は、昭和五五年三月一五日、昭和五四年分の所得税の確定申告をしたが、その内訳は、別紙2記載のとおりである。
2 同確定申告書に記載した分離長期譲渡所得金額の計算は、別紙3記載のとおりである。
3 確定申告後の、更正、異議申立、再更正(本件処分)、審査請求、裁決の一連の手続的経緯とその内容は、別紙2記載のとおりである。
4 しかし、本件処分は、次の点で違法である。
(一) 本件不動産は、登記簿上原告名義になっているが、実質は、訴外柏田梅治郎の所有である。したがって、原告が、本件不動産を譲渡したことはない。
(二) 仮に、本件不動産が、当初原告の所有であったとしても、昭和五一年一二月二一日成立した和解調書の和解条項第一項により、訴外達富為蔵に譲渡された。したがって、原告が、昭和五四年七月五日、本件不動産を啓揚開発に譲渡したことはない。
もっとも、原告は、昭和五二年一二月二四日までに一〇〇〇万円を達富為蔵に支払って所有権を買い戻す権利をえていたが、右期日までにその支払ができなかったから、この買戻権を確定的に失なった。しかし、板橋清子は、同月二六日、達富為蔵から、一〇〇〇万円を支払って本件不動産の所有権を取得し、原告は、板橋清子に対し、一〇〇〇万円を昭和五三年一二月末日までに支払って買戻すことができることになったが、この期限も徒過されたので、原告は、この買戻権を失い、本件不動産と何の関係もなくなった。その後、板橋清子は、本件不動産を、啓揚開発に譲渡した。
(三) 仮に、原告が本件不動産を啓揚開発に譲渡したとしても、所得税法(以下法という)六四条二項の適用があるから、保証担保解除額二六〇〇万円を、譲渡所得金額から控除されるべきである。
5 まとめ
原告は、被告に対し、本件処分中、分離長期譲渡所得金額が、七五万一七〇〇円を超える部分と、これに対応する過少申告加算税賦決定処分(裁決によって一部取り消された後のもの)の取消しを求める。
二 被告の答弁
(一) 本件請求の原因事実中1ないし3の各事実は認める。
(二) 同4の主張を争う。
(三) 原告は、昭和五八年八月二六日付準備書面で、原告が昭和四一年一〇月一〇日、訴外弓下甚蔵から本件不動産を一八〇〇万円で買い受けた旨を主張しながら、昭和五九年一二月二〇日付準備書面で、原告は単なる登記簿上の名義人にすぎず、柏田梅治郎が実質上の所有者であると主張を変更した。しかし、これは、自白の撤回に該当するから異議がある。
三 被告の主張
(一) 本件不動産を啓揚開発に譲渡したものは、原告である。原告と啓揚開発との間には不動産売買契約書(乙第八号証の一、二)があり、原告は、代金四五〇〇万円を受け取り、その旨の確定申告をしたのである。
(二) 被告主張の分離長期譲渡所得金額の計算は、別紙4記載のとおりである。以下分説する。
<1> 譲渡価額 四五〇〇万〇〇〇〇円
原告の啓揚開発への売却価格である。
<2> 取得価額 二七八万六八二九円
原告は、昭和四一年一〇月一〇日(ただし、これは登記簿上の原因日付で登記の受付日は昭和四二年八月一四日である)、弓下甚蔵から本件不動産を含む宅地八五〇・八七平方メートル(京都市東山区福稲下高松町一〇番 宅地一一〇・三三平方メートル、同所一〇番二 宅地三三〇・六二平方メートル(昭和四三年一月二四日の分筆前の面積)、同所一〇番三 宅地四〇九・九二平方メートル(昭和四三年一月二四日の分筆前の面積)の合計三筆)を四五〇万円で購入した。
その後、右三筆の土地のうち、京都市東山区福稲下高松町一〇番二 宅地三三〇・六二平方メートルは、昭和四三年一月二四日、同所一〇番二 宅地一二九・九八平方メートルと同所一〇番七 宅地二〇〇・六四平方メートルに分筆され(同所一〇番七は、その後同所一〇番一〇ないし一三に分筆)、また、同所一〇番三 宅地四〇九・九二平方メートルも、同日同所一〇番三 宅地二八六・六三平方メートルと同所一〇番六 宅地一二三・二九平方メートルに分筆され(同所一〇番六はその後同所一〇番八、九に分筆)たため、昭和五四年七月五日啓揚開発へ売却した本件土地は、前記分筆後の同所一〇番二、同所一〇番三に同所一〇番宅地一一〇・三三平方メートルを加えたところの五二六・九四平方メートルである。
本件不動産の取得費は、買入価額四五〇万円にその買入れ時の土地の面積八五〇・八七平方メートルに占める本件不動産の土地の面積五二六・九四平方メートルの割合六一・九二九五五パーセントを乗じた額である二七八万六八二九円である。
(算式)
(弓下からの不動産購入価額)(本件不動産の土地の面積)(本件不動産の土地の取得価額)
<省略>
(弓下から450万円で購入した土地の面積)
なお、建物は、耐用年数が経過し価値がないものとして計算する。
<3> 譲渡費用 一六万七二〇〇円
原告の計上した登記手数料と測量費の合計である。
原告は、市民税一六万一一〇〇円を計上しているが、これは、弓下甚蔵の滞納額であり、原告は、また固定資産税六七万三九八〇円を計上しているが、これは、昭和五〇年度から昭和五四年度第一期分までの固定資産税額であるから、いずれも本件不動産の譲渡の際に要した費用とするわけにはいかない。
(三) 法六四条二項の適用について
原告は、確定申告書に、法六四条二項の適用を受ける旨及び法施行規則三八条に規定する主たる債務者、債権者の氏名または名称及び住所若くは居所や求償権の行使ができないこととなった事情の説明などを具体的に記載しなかった。したがって、法六四条二項の適用を受けるための手続的要件が欠如したことになる。
四 被告の主張に対する原告の反論
(一) 自白の撤回は、錯誤によるもので、真実に反するから、許されるべきである。
(二) 原告は、本件不動産の登記名義が原告であったから、仲介人柏田梅治郎の指示に従い、売買契約書に原告の名前が使用されることを認め、確定申告をしたが、もともと、原告は、本件不動産を譲渡していないのであるから、原告に課税される理由は、全くなく、確定申告をしたからといって納税義務を課される理はない。
第三証拠関係
本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。
理由
一 本件請求の原因事実中1ないし3の各事実は、当事者間に争いがない。
二 原告が、本件不動産を啓揚開発に譲渡したかどうかについて
1 原告は、本件不動産の所有権者であり、これを啓揚開発に売却したことを自白しながら、その自白を撤回し、本件不動産の単なる登記名義人にすぎないと主張している。
しかし、後記認定の事実によると、原告は、本件不動産の所有権者であり、これを啓揚開発に売却したものであるから、自白の撤回は、許されないことに帰着する。
2 当事者間に争いがない本件請求の原因事実中1の事実、成立に争いがない甲第一号証、乙第一ないし第七号証、同第八号証の一、二、同第九ないし第一二号証(乙第一二号証は原本の存在も争いがない)、同第一六号証の一ないし七、同第二一号証の一、二、証人柏田梅治郎の証言によって成立が認められる甲第一三、一四号証、証人板橋豊の証言によって成立が認められる乙第二〇号証、弁論の全趣旨によって成立が認められる同第一四号証、証人柏田梅治郎(一部)、同板橋豊の各証言によると、次のことが認められ、この認定に反する証人柏田梅治郎の証言は信用できず、他にこの認定に反する証拠はない。
(一) 弓下甚蔵は、本件不動産を所有し、訴外安田利夫に賃貸していた。
弓下甚蔵は、銀行などの借金を整理するため、本件不動産を処分することにし、昭和四一年一〇月一〇日、原告に、本件不動産を譲渡した。その登記手続は、昭和四二年八月一四日付でなされた。
この売買には、原告の代理人として、柏田梅治郎が当たった。
(二) 原告は、訴外株式会社水月(代表取締役は、柏田梅治郎の妻訴外柏田すみ子―昭和四八年離婚により西田すみ子)の取締役であったが、昭和四三年ころ、訴外会社が喫茶店の開店工事に取りかかったところ、同じ建物内で喫茶店を経営していた達富為蔵から中止の要請を受けた。柏田梅治郎は、これを機会に、同年六月ころ、原告を代理して、本件不動産を担保に八〇〇万円を借り受けた。本件不動産には、同年七月一八日受付、売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記がつけられた。
この借金は、前述の本件不動産購入代金に充てられた。
(三) 原告は、昭和四六年二月二六日付で、本件不動産のうち一〇番二及び一〇番三の各宅地について、債務者原告、抵当権者訴外佐々木健次とする三〇〇万円の抵当権設定登記手続をした。
(四) 株式会社水月は、昭和五〇年五月七日五〇〇万円、同年六月二八日七〇〇万円を、いずれも訴外板橋清子から借り受けたが、株式会社水月は、間もなく倒産した。
そこで、板橋清子は、債権回収に苦慮し、昭和五一年七月一五日、右債権を、債務者西田すみ子、物上保証人原告、債権額一二五〇万円とする準消費貸借に更改した。原告は、同年八月一四日付で、本件不動産のうち一〇番の宅地をのぞく物件について、この旨の抵当権設定登記手続をすませた。
(五) 原告は、達富為蔵に対する債務の弁済をしなかったので、達富為蔵は、同年七月三一日、本件不動産に処分禁止の仮処分をするとともに、同年八月一〇日、原告に対しては所有権移転請求権仮登記の本登記手続を、佐々木健次に対しては右本登記手続の承諾を求める訴訟を提起した。
原告は、この訴訟で、右仮登記が担保目的であって、真実の売買があったわけではないと抗争した。
同訴訟は、同年一二月二一日、和解が成立したが、その条項は、原告が、本件不動産を達富為蔵に売却したことを認め、昭和五二年一二月二四日までに一〇〇〇万円を支払えば右売買契約を解除することができる趣旨のものである。
(六) 板橋清子は、本件不動産に達富為蔵の仮登記があり自らの債権回収が困難であることから、達富為蔵の裁判上の和解契約上の地位を一〇〇〇万円で譲り受けることとし、昭和五二年一二月二六日、達富為蔵に一〇〇〇万円を支払った。板橋清子は、同月二七日受付で、右所有権移転請求権仮登記の移転の付記登記手続をした。
(七) 板橋清子は、原告に対し、昭和五三年一二月末日までに一〇〇〇万円を支払えば、右仮登記の抹消登記手続をすることを約束し、それまで、期限の猶予をした。
(八) そこで、原告は、昭和五四年四月一二日、板橋清子に対し、二六〇万円を弁済し、同年七月五日、更に七四〇万円を弁済して右仮登記の抹消登記手続をうるとともに、同日、啓揚開発に、本件不動産を、四五〇〇万円で売却した。原告は、四五〇〇万円を、現金で受け取り(乙第八号証の二)、同月六日付で、本件不動産について、所有権移転登記手続をすませた。
(九) 右仮登記の抹消登記手続をするとき、債務者西田すみ子、債権者板橋清子とする前記抵当権設定登記も抹消されたが、それは、原告の代理人柏田梅治郎が、訴外西千鶴子(原告の養母)所有不動産に、極度額を一六〇〇万円、根抵当権者を板橋清子とする根抵当権設定登記手続をしたことによる。
(一〇) 原告は、本件不動産を取得してから後、啓揚開発に処分するまでの間、貸借人安田利夫から、継続して賃料をえた。達富為蔵や板橋清子が、これを受け取ったことはない。
(一一) 原告は、昭和五四年分の所得税の確定申告で、本件不動産を売却した旨を申告し、その後の異議申立、審査請求時にも、一貫して、本件不動産を売却したのは原告である旨を主張した。
3 以上認定の事実によると、本件不動産を啓揚開発に売却したものは、原告であり、その代金四五〇〇万円を受け取ったものも、原告であることは、明白である。
原告は、裁判上の和解によって、本件不動産は達富為蔵や板橋清子の所有に帰し、原告は、啓揚開発に本件不動産を売却できる地位になかったと主張しているが、これらの主張は、前記認定事実に反する主張であって到底採用できない。
三 法六四条二項の適用を受けるためには、確定申告書に、法六四条三項、法施行規則三八条に規定する事項を掲記することが必要であるところ、原告が確定申告書にそのような記載をしていないことは、原告が明らかに争わないから自白したものとみなす。
そうすると、原告の確定申告書は、法六四条二項の適用を受けるための手続的要件に欠けることに帰着するから、処分庁が、法六四条二項の適用があるとしてされた「保証担保解除額 二六〇〇万円」を否認したことには、なんらの違法がない。
四 また、前出の乙第一六号証の一ないし七、成立に争いがない同第一七号証の一、二、同第一八、一九号証、その趣旨及び方式によって真正な公文書と推定される同第一三ないし第一五号証によると、譲渡所得金額の算出に関する被告のその余の主張も正当であると認められる。
五 むすび
本件処分には、原告主張の違法の点はなく、これを受けてなされた過少申告加算税賦課決定処分(但し、裁決によって一部取り消された後のもの)にも、取り消すべき瑕疵はないから、原告の本件請求を失当として棄却し、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 古崎慶長 判事 小田耕治 判事補 長久保尚善)
別紙1
物件目録
1 京都市東山区福稲下高松町一〇番
宅地 一一〇・三三平方メートル
2 同所 一〇番の二
宅地 一二九・九八平方メートル
3 同所 一〇番の三
宅地 二八六・六三平方メートル
4 同所 一〇番地
家屋番号 同町一四三番
木造瓦葺平家建工場 一一八・六七平方メートル
5 同所 一〇番地の二
家屋番号 同町一〇四番
木造瓦葺平家建工場 二一四・八七平方メートル
別紙2
<省略>
(注) 所得金額から差引かれる金額はまず総所得金額から控除し、控除しきれない金額があるときは分離長期譲渡所得金額から控除する。
別紙3 原告の確定申告時の分離長期譲渡所得の計算表
<1> 譲渡価額 45,000,000円
<2> 取得価額 (ハ+ニ) 42,920,000円
イ 取得費 18,000,000円
ロ 減価償却費 1,080,000円
ハ 差引計(イ-ロ) 16,920,000円
ニ 保証担保解除額 26,000,000円
<3> 譲渡費用(ホ+ヘ+ト+チ) 1,002,280円
ホ 登記料 57,200円
ヘ 測量費 110,000円
ト 市民税 161,100円
チ 固定資産税 673,980円
<4> 特別控除 1,000,000円
<5> 譲渡所得金額 (<1>-<2>-<3>-<4>) 77,720円
別紙4 被告主張の分離長期譲渡所得の計算表
<1> 譲渡価額 45,000,000円
<2> 取得価額 2,786,829円
<3> 譲渡費用 (イ+ロ) 167,200円
イ 登記料 57,200円
ロ 測量費 110,000円
<4> 特別控除 1,000,000円
<5> 譲渡所得金額 41,045,971円