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京都地方裁判所 昭和59年(ワ)150号 判決 1986年2月20日

原告 株式会社武本建設

右代表者代表取締役 武本鐘瑛

原告 武本住建株式会社

右代表者代表取締役 武本健司

原告 仲沢倉庫株式会社

右代表者代表取締役 仲澤清

右原告ら訴訟代理人弁護士 坂元和夫

同右 尾藤廣喜

被告 株式会社花嫁センター

右代表者代表取締役 山下宗吉

右訴訟代理人弁護士 西川元庸

同右 西川悠紀子

主文

一、被告は、原告株式会社武本建設に対し、金五八五万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告株式会社武本建設のその余の請求、及び原告武本住建株式会社、同仲沢倉庫株式会社の各請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用中、原告株式会社武本建設に生じた費用はこれを四分して、その一を被告の、その余を右原告の各負担とし、原告武本住建株式会社に生じた費用は右原告の負担とし、原告仲沢倉庫株式会社に生じた費用は右原告の負担とし、被告に生じた費用は、これを一二分して、その一を被告の、その三を原告株式会社武本建設の、その四を原告武本住建株式会社の、その四を原告仲沢倉庫株式会社の各負担とする。

四、この判決は、右一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は、原告株式会社武本建設(以下「原告武本建設」という)に対し、金二五三八万四〇〇〇円及び内金一四五三万円に対する昭和五九年二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告武本住建株式会社(以下「原告武本住建」という)に対し、金六一一万円及び内金一一一万円に対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告仲沢倉庫株式会社(以下「原告仲沢倉庫」という)に対し、金四七三万円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告らの各請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告らと被告は、昭和五八年四月一九日、原告ら所有にかかる別紙(一)物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)の売買契約を締結するに先立ち、「不動産売買協定」名下に次の(一)ないし(三)のとおりの合意をした(以下「本件売買協定」という)。

(一)  本件土地を実測地積による地積更正完了後の公簿面積にて売買することとし、売買価格は三・三平方メートル(一坪)当り金三八万円とする。

ただし、国土利用計画法(以下「国土法」という)の許可を条件とする。

なお、価格について勧告を受けた場合は別途協議するものとする。

(二)  長岡京市の開発行為等に関する指導要領に基づき、被告は事前協議書を提出し、審査を受け、目的とする特殊建築物(結婚式場)の建築可能の見通しを条件とする。

(三)  造成工事は、原告らの負担において完成し、地目を雑種地に変更後、被告に売渡すものとする。

ただし、造成工事は、前項の事前協議・審査会の指導を満たしたものであり、被告の目的とする特殊建築物(結婚式場)の建築確認が許可される見通しのものでなければならない。

2. 本件売買協定は、国土法による許可等の条件が成就したときには、原告らと被告は本件土地につき売買契約を締結する義務を負うというものであり、これは売買の予約である。ただし、これは、当事者に予約完結権を与える趣旨のものではない。

3. 原告らは、本件売買協定締結後、被告の本件土地の買受目的が本件土地上に建築基準法上の特殊建築物に当たる結婚式場の建物を建築することであることから、建築基準法等により敷地がその外周の四分の一以上道路に接することが必要となったため、隣地所有者の同意を得て、右道路用地を確保するほか、行政当局との折衝を行ってきた。

4. 本件土地は、国土法一二条所定の規制区域には当らないが、地積が二〇〇〇平方メートルを越えるので、同法二三条により売買に先立って、知事に対する届出が義務づけられていた。

そして、長岡京市開発行為等に関する指導要綱によると、被告において、本件土地につき、都市計画法による開発許可や建築基準法所定の建築確認等の申請をなすに先立ち、予め、被告と長岡京市長が事前協議をなすことが必要であった。

そこで、被告は、昭和五八年五月六日、開発行為等に関する事前協議申出書を長岡京市長に提出し、同年六月一日同市長は被告に対し、一六項目の指導事項を記載した通知書を発した。ところが、被告は、社内事情で本件土地上に結婚式場建物(花嫁センター)を建築することを中止する決定をなしたことから、同市と右一六項目について全く協議をしないまま放置し、同年六月二四日、原告らに対し本件売買協定の破棄通告をしてきた。

5. 被告は、本件売買協定に基づき長岡京市との事前協議をしなければならないのに、これを中途で放棄したため、以後、同市の開発許可や建築確認を受けることが事実上不可能となり、右条件の成否の見通しがたたず、本件売買協定の目的である本件土地の売買契約締結は事実上不可能となった。

したがって、昭和五八年六月二四日被告が本件売買協定を破棄し、爾後の必要な手続を進める意思のないことを明確に表示した時点で、本件売買協定による前記売買予約は、被告により履行不能となった。

6. 原告らは、被告の右債務不履行(履行不能)により以下のとおりの各損害を蒙むった。

(一)  原告らの損害

(1) 原告らは、本件土地を購入するにつき、別紙(二)記載のとおり、金融機関から金員を借り受けて、これをもって右購入代金を支払い、爾来右金融機関に対し右借受金の利息金を支払って来た。ところで、原告らは、本件売買協定により、本件土地を他に売却できない法的拘束を受けていたから、本件売買協定締結日から被告の右協定の前記不当破棄日までの六六日間に原告らが支払った右借入金についての利息金(別紙(二)記載のとおり、原告武本建設が金三五五万七二一八円、原告武本住建が金五万八八五八円、原告仲沢倉庫が金一二五万七〇七三円)は、被告の本件売買協定による売買予約の前記債務不履行により原告らが蒙むった各損害である。

(2) 原告らは、被告の本件売買協定の不当破棄後、昭和五八年八月一〇日、訴外松本信造に対し、本件土地を坪当たり金三七万円で売渡す契約を締結し、同年一一月三〇日、右土地の所有権移転登記をなして、残代金を受領した。本件売買協定による売買予約の売買単価は坪当たり金三八万円であったから、これによる売買代金額と、右松本との売買代金額との差額金(原告武本建設につき金一〇九七万九八〇〇円、原告武本住建につき金一〇五万八七〇〇円、原告仲沢倉庫につき金三四七万八七〇〇円)は、被告の前記債務不履行により原告らが蒙むった各損害である。

(二)  原告武本建設、同武本住建の損害

本件売買協定成立後、原告武本住建代表取締役であり、原告武本建設取締役である武本健司は、本件土地の売買の実現を目ざし、長岡京市長に面会して、本件花嫁センター建設計画につき、都市機能充実という観点から、同市の協力方を要請した。同市長は、これを容れて担当部局に対し、相応の指示をなした。また、右武本は、長岡京商工連合会長に面会し、当時、長岡京市産業文化会館に結婚式場をつくる計画があったのを取り止める旨の確約を取り付けた。

しかるに、被告が本件売買協定を前記のとおり一方的に破棄したため、原告武本建設及び同武本住建は、長岡京市及び同商工連合会に対し、面目を失い、信用失墜の優き目を負わされた。右原告らは、従来から長岡京市に本拠をおいて、土木建築業、不動産業の分野で近年目覚ましく発展してきた企業であって、長岡京市においては、信用度は高いのである。被告の本件売買協定の前記不当破棄により、右原告らの失った信用は取り返しのつかない程甚大であって、これによる有形無形の損害を補填するに足る慰藉料は、各金五〇〇万円を下らないものである。

(三)  原告武本建設の損害

原告武本建設は、本件売買協定に基づく義務を履行するため、昭和五八年五月一〇日ころ、本件土地の北側隣接地の向日市上植野町十ケ坪二番地の三外一筆の土地所有者の訴外株式会社山京(以下「山京」という)との間で道路接続に関する契約を締結した。ところが、前記のとおり、被告が本件売買協定を不当に破棄したことから、右道路接続が不要となったため、これを前提に道路造成等をなした山京から、債務不履行を理由に、不要となった道路部分を宅地並みの価格で買取ることを強硬に迫られたため、原告武本建設は、昭和五九年四月一一日、向日市上植野町十ケ坪二番地の一九(前記二番地の三から分筆したもの)公衆用道路三九平方メートルを代金七九四万円で買取ることを余儀なくされた。

右土地は、行き止まりの道路の末端部分であって、建物建築不能の使用価値の殆んどない土地であり、その実際の価格は、金二〇八万六〇〇〇円を超えない。したがって、前記売買代金との差額金五八五万四〇〇〇円は、被告の前記債務不履行により、原告武本建設が蒙むった損害である。

7. よって、被告に対し、原告武本建設は、前記6.の(一)、(1)、(2)、(二)、(三)の損害金の内金二五三八万四〇〇〇円及びその内金一四五三万円に対する本件訴状の送達日の翌日である昭和五九年二月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告武本住建は、前記6.の(一)、(1)、(2)、(二)の損害金の内金六一一万円及びその内金一一一万円に対する右同様の遅延損害金、原告仲沢倉庫は、前記6.の(一)、(1)、(2)の損害金の内金四七三万円及びこれに対する右同様の遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1.の事実は認める。

2. 同2.の事実は否認する。

本件売買協定は、売買予約の性質を有するものではなく、本件売買協定による条件が調った場合に売買代金の支払時期、本件土地の所有権移転時期、同所有権移転登記、本件土地に設定された担保権の抹消登記手続、違約の場合の措置、その他の特約条項などについて原告らと被告の双方が協議のうえ、あらためて売買予約、又は本契約を締結しようとするものであって、売買予約又は本契約の前段階の準備行為としての合意であり、本件売買協定によって被告は道義的な義務を負うことはあっても、法的義務を負うものではない。

3. 同3.の事実は不知。

4. 同4.のうち、被告が社内事情で本件土地上に結婚式場建物(花嫁センター)を建築することを中止する決定をなしたこと、長岡京市による一六項目の指導事項について同市との間で全く協議をしないまま放置したことは否認し、その余の事実は認める。

5. 同5.の事実は否認する。

6.(一) 同6.の(一)、(1)、(2)の各事実は不知。

原告らが本件土地を購入したのは、自己資金によるものか、借入金によるものかについて被告は全く知らない。したがって、借入金の利息金は被告の行為とは何ら因果関係のないものである。

また、売買差額金についても、本件売買協定による売買代金は確定的なものではなく、国土法による変更の可能性のあるものであり、原告らが坪当たり金三七万円で他に売却した理由も国土法による勧告によるものか、原告らの営業努力の不足によるものかも知れない。したがって、売買代金の差額が発生していたか否かについてすら不確定なものであるから、仮に、原告ら主張の売買代金の差額が生じたとしても、これと、被告の行為との因果関係は全くない。

(二) 同6.の(二)の事実は不知。

(三) 同6.の(三)の事実は不知。

本件売買協定では本件北側隣接地との道路接続に関する事項は合意されていないので本件売買協定においては、原告武本建設が山京との間で右原告主張の道路接続に関する契約を締結する義務は発生しない。

また、未だ本件土地に関する売買契約が成立していない段階で、本契約を前提とする別の契約(山京との右道路接続に関する契約)を締結する場合には、右契約の成立につき本件土地の売買本契約の成立を停止条件とするべきであって、右条件を付していれば、原告武本建設は山京から債務不履行の責任を問われることがなかったはずであり、損害の発生も妨げたはずである。したがって、右原告が山京と無条件で右契約を締結しても、その損害を被告に転嫁すべき筋合のものではなく、被告の行為と原告武本建設の主張する損害との間には全く因果関係はない。

7. 同7.は争う。

三、抗弁

1. 被告が原告らとの間で本件売買協定を締結した理由は、被告が本件土地を購入する目的が結婚式場の開設にあり、その建設は建築基準法上特殊な規制がなされているのみならず、その開設は地域住民に多大の影響を及ぼすところから関係官庁の厳しい規制を受けるため、各行政機関の要求及び指導を完全に満たしていないと、結婚式場の運営は不可能に陥るので、それを防止するためである。

したがって、本件売買協定は、長岡京市の開発行為等に関する指導要綱に基づく事前協議、及びそれに伴う各行政機関の審査会の指導を完全に満たすことを停止条件とする合意である。

2. 被告は、本件売買協定に基づき、昭和五八年五月六日、長岡京市長宛に同市の開発行為等に関する指導要綱の第四条の規定に基づき、開発行為等に関する事前協議申出書を提出した。右申出書に対し、同年六月一日同市長から被告宛に回答がなされ、一六項目に及ぶ内容の一として、「東側農地も含め土地利用計画を検討し、工業地域であるため緑化計画を提出すること」との指導がなされた。そこで、被告は、右指導の趣旨を明らかにするため、同市の都市計画課に問い合せたところ、本件土地の東側に隣接する他人の農地を取得するか、又はこれを借り受けて、計画を立てて欲しいとのことであった。ところが、右農地は本件土地の売買に先立ち、原告らが交渉しても取得できなかった土地であり、賃借することも不可能であった。

3. 以上により、被告が本件土地上に計画した結婚式場の開設は長岡京市の開発行為等に関する指導要綱に基づく指導を満足させることができないことが明らかになり、かくして前記1.記載の停止条件が不成就となったので、本件売買協定はその効力を失った。

4. 本件売買協定では、国土法の許可を条件とすることが合意されており、この趣旨は、本件土地が同法二三条により都道府県知事に届出を要する対象となっていることから、同法による届出をなしたうえ、同法二四条の勧告がなされないことを停止条件としたものか、あるいは同法二三条の届出をなした後、同条三項に定める期間の経過をもって始期とする不確定期限を定めたものである。

5. ところが、国土法二三条の届出は、原告ら及び被告から何時でもなしうるものであるにもかかわらず、原告らは、右手続をとらず、また、被告に対して右手続をとるよう何らの催告をしないまま本件土地を他に転売したのであり、この転売によって右手続は不必要になったものであるから、前記4.記載の停止条件の不成就が確定し、又は、前記4.記載の期限の未到来により、本件売買協定に基づく義務は発生していない。

四、抗弁に対する認否

1. 抗弁1.の事実は否認する。

2. 同2.のうち、被告が昭和五八年五月六日、長岡京市長に対し被告主張の事前協議申出書を提出したこと、右申出書に対し、同年六月一日同市長から被告宛に回答がなされたことは認め、その余の事実は不知。

3. 同3.の事実は否認する。

4. 同4.の事実は否認する。

5. 同5.のうち、原告らが本件土地を他に転売したことは認め、その余の事実は否認する。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因1.の事実(本件売買協定の締結)は当事者間に争いがない。

二、原告らは、本件売買協定は、国土法による許可等の条件が成就したときには、原告らと被告は本件土地の売買契約を締結する義務を負うとする売買の予約である旨主張するところ、被告は、本件売買協定は、売買の予約又は本契約の準備行為としての合意であって、当事者の道義的な義務を定めたものにすぎない旨主張するので、これらの主張につき以下検討する。

1. <証拠>を総合すると、次の(一)ないし(四)の事実を認めることができる。

(一)  原告らは、昭和五四年一二月から同五八年三月にかけて、訴外内海らから本件土地を資材置場として購入し、その後、本件土地を転売することを計画した。そこで、原告武本住建の代表取締役武本健司(以下「武本」という)は、昭和五八年三月一〇日ころ、本件土地の売却、仲介を、長岡京市を中心に不動産の売買仲介業を営んでいた訴外株式会社大栄住販代表取締役小室忠夫(以下「小室」という)に依頼した。小室は取引業者等に本件土地を紹介したところ、被告から長岡京市周辺の土地の購入を依頼されていた訴外水田商事株式会社代表取締役水田洋道(以下「水田」という)から問い合せがあり、同年四月上旬ころ同人を現地に案内し、同人はさらに同年四月中旬ころ、被告代表取締役山下宗吉(以下「山下」という)を現地に案内した。

(二)  被告は、冠婚葬祭の施行を主たる目的とする会社であって、長岡京市を足がかりに京都市へ進出し、結婚式場の運営等の営業を拡張することを計画し、長岡京市周辺に所在する土地の購入を企図していた。そのため、同市周辺の同業者の市場調査を行ない、同業者の少ない同市内所在の土地を購入することにし、他の同業者に被告が同市に進出することがもれないよう秘密裡に土地購入計画を進めていたものであった。

(三)  山下は、水田から本件土地が売りに出ていることを聞き、同月中旬ころ、現地を見分して結婚式場を建築するのに適切であると考え、水田に本件土地の購入の話を進めるよう指示し、同月一二日ころ水田を介して小室に本件土地を購入する意思がある旨回答した。ところが、本件土地は、市街化区域でありかつ面積が二〇〇〇平方メートル以上であったため、国土法二三条により京都府知事への届出及び同知事から売買価額等について勧告しない旨の通知を受ける必要があったこと、被告が本件土地を購入する主要な目的が、同地上に結婚式場という建築基準法上の特殊建築物を建築することにあったので、長岡京市からその建築確認等を得るために同市の開発行為等に関する行政指導を受け、結婚式場の建築が可能であることが、本件土地の売買契約の前提問題となっていた。そのため、原告ら及び被告は直ちに本件土地の売買契約を締結することができず、右各問題点を解決してから右売買契約を締結することにし、本件売買協定を締結するに至った。その際、原告らと被告は協定書(甲第一号証)を作成して、この内容を約定したものであるが、右協定書は、水田が右各問題点を踏まえて作成したものであって、原告ら及び被告も右各問題点を十分認識して記名押印したものであった。

(四)  右協定書には、その前文に、本件土地売買を円滑に完了することを目的とし、原告ら、被告間において本件売買協定を締結する旨の文言及び請求原因1.記載の事項の他、第五項に被告が本件土地の買受意思を表わすため金六〇〇〇万円を証拠金として預金し、売買契約締結時に右金員を手附金に充当する、ただし、売買契約が締結するに至らないときは、原告らは何ら拘束することができない旨の記載がなされている。そして、第六項には、本件売買協定書に定めた各条項を満たすために、原告ら、被告は互いに協力することを約し、円滑に売買契約を締結し所有権移転が完了するまで誠意をもって努力することを誓約する旨の記載がある。

2. 右認定の事実、及び前記当事者間に争いのない事実によると、本件売買協定は、原告らと被告との間で本件土地の売買契約を締結するまでの準備段階においてなされた合意であって、本件売買協定書に定めた事項が満たされた後に本件土地の売買契約を締結することが予定され、右締結を終局目的とするものであるから、原告らと被告は本件売買協定において、本件土地上に結婚式場を建築することができるための諸条件を成就させるように努力し、かつ本件土地の売買契約を締結することができるよう互いに誠実に交渉をなすべき義務を負うことを合意したものと認められる。

3. 原告らは、本件売買協定は、売買の予約である旨主張するが、前記各証拠によると、宅建業界において売買予約を締結する場合には通常売買予約契約書を用いるのに、本件では売買協定書名下の合意をなしていること、売買予約の場合、手附金を交付するのが通常であるのに、本件では、被告が金六〇〇〇万円を原告らの指定する金融機関に見せ金として預金したにすぎないこと、原告ら、被告は、国土法二三条に規定する手続を進めるまでは、売買契約、違約金、損害金の定めをすることは、同法に違反すると考えていたこと、そして、本件売買協定は、結婚式場を建築することができるようにするため各種の法律上、行政上の問題があり、これを解決する必要があったこと、前記協定書には、代金支払方法、時期等についての定めの記載がなく、これについては約定されていないことの各事実が認められ、これらの事実に照らすと、前記協定書において、本件土地の代金の単価、面積、及び前記判示のとおり売買契約をなす旨の定めがなされているとしても、本件売買協定が原告ら主張のような売買予約であると認めることは相当でない。

また、被告は、本件売買協定は、売買の予約又は本契約の準備行為としての合意であって、道義的な義務を負うものにすぎない旨主張するが、前記1.に認定した事実に照らし、被告の右主張は採用することができない。

三、ところで、被告は、本件売買協定は、長岡京市の開発行為等に関する指導要綱に基づく事前協議及びそれに伴う各行政機関の審査会の指導を完全に満たすことを停止条件とするとの合意である旨主張する。しかし、前記二の2.に判示のとおり、本件売買協定は、原告ら、被告が、右諸条件を成就させるよう努力すべき義務及び売買契約締結に至るまで誠実に交渉すべき義務を合意したものであって、その合意自体に条件を付したものとは解されない。

また、被告は、本件売買協定は国土法二三条による届出及び同法二四条の勧告がなされないことを停止条件としたものか、あるいは同法二三条の届出をなした後、同条三項に定める期間の経過をもって始期とする不確定期限を定めたものである旨主張するが、右主張も前記二の2.に認定の事実に照らし、右と同様採用することができない。

そうすると、本件売買協定に被告主張の停止条件、又は不確定期限が付せられていることを認めるに足る証拠はないものといわなければならない。

四、本件売買協定は、前記二の2.に判示のとおり、本件土地の売買契約を締結するまでの前記条件成就の努力義務、誠実交渉義務を定めたものであるが、右売買契約の締結を妨げる問題が生じ、それが当事者の責に帰すべき事由によらないものである場合には、当事者の一方は本件売買協定を破棄することが許されると解すべきである。しかし、そのような事由がないのに当事者が一方的に本件売買協定を破棄した場合には、前記二の2.に判示した条件成就の努力義務、誠実交渉義務違反による債務不履行の責を免れないものと解すべきである。原告らの主張する売買予約不履行は、このような条件成就の努力義務違反、誠実交渉義務違反による債務不履行(履行不能)を含むものと解されるので、以下被告に、右債務不履行があったか否かについて検討する。

1. 本件土地が国土法による届出が必要な土地であったこと、本件土地につき、長岡京市の開発行為等に関する指導要綱によって、被告と同市との間で事前協議をなすことが必要であったこと、被告が昭和五八年五月六日開発行為等に関する事前協議申出書を同市長に提出したこと、同年六月一日、同市長は、被告に対し、一六項目の指導事項を記載した通知書を発したこと、同月二四日被告が原告らに対して本件売買協定を破棄する旨通告したこと、の各事実は当事者間に争いがない。右事実によると、被告は、右通告をもって、確定的に、前記条件成就の努力及び本件土地の売買契約締結のための誠実に交渉をなす意思のないことを表示したものであるから、前記判示の破棄の正当事由がないかぎり、被告の右行為は、本件売買協定の債務不履行(履行不能)に当るものといわなければならない。

2. 被告は、長岡京市からの右通知書のうち、東側農地を含めた緑化計画を提出する旨の行政指導がなされたことに対し、被告が右緑化計画を検討した結果、右指導を満たすことは不可能であった旨主張し、証人水田洋道、被告代表者も右主張にそう供述をしている。しかし、成立に争いのない乙第二号証によると、長岡京市長の発っした前記通知書(事前協議通知書)は、その第三項において、「東側農地を含め土地利用計画を検討願います。尚、工業地域でもあるため緑化計画を提出願います」との記載があるのみであることが認められ、右記載によると、緑化計画に関する同市の要望を記載したにすぎず、被告が主張するように、同市において、被告に、本件土地の東側農地の取得、あるいは賃借をさせて、緑化計画を義務づけた趣旨と解することはできない。のみならず、被告代表者尋問の結果によると、被告代表者の山下は、右規定の趣旨を長岡京市に対して電話で問い合せたに止まったこと、山下は、被告が同市に対する事前協議申出書の提出等の手続を依頼していた訴外平岡建築設計事務所にも右行政指導について何ら相談することなく、右緑化計画は不可能であると判断して、同市との間の事前協議をすることなく、本件売買協定を一方的に原告らに対して破棄通告したことが認められ、さらに、<証拠>によると、被告が本件売買協定を破棄した後、原告らが本件土地を訴外松本勇輔らに売却した際、本件と同様に、同市から事前協議通知書が右松本に対して交付され、その第三項には、前記事前協議通知書(乙第二号証)と同一文書で本件土地の東側農地を含めた緑化計画をなす旨の同市の回答が記載されていること、これに対し、松本は、本件土地上のみの緑化計画図だけを添付して、同市に緑化計画の報告をなし、これにより、同市長から協議済証の交付を受けていることが認められるので、右認定事実によると、被告主張の本件緑化計画は必ずしも東側農地の取得、あるいは賃借までを含んだものではなく、事前協議によってその内容を変更し得るものであることが推認できる。そうすると、被告が本件土地の緑化計画についての行政指導を満たさないと判断して、長岡京市との間で何らの事前協議をなさず、前記のとおり一方的に本件売買協定を破棄する旨通告した行為をなしたことについては、前記判示の破棄の正当事由があることは認められない。してみれば、被告は本件売買協定の債務不履行(履行不能)をなしているものである。

五、そこで、被告の債務不履行(履行不能)により原告らが蒙むった損害について検討する。

1. 原告らは、本件土地の借入金は、全額金融機関からまかなったものであるから、本件売買協定締結日からその破棄日までの六六日間に支払った右借入金利息は、被告の本件売買協定違反による損害である旨主張する(なお、この主張には、前記条件成就の努力義務違反の主張を含むものと解される。以下損害の判示につき同様である。)。

しかし、前記二の1.に認定した事実によると、本件土地は原告らが当初資材置場として購入したものであって、被告に転売する目的で購入したものではない(したがって、原告らは本件売買協定の締結、又はその義務履行のために、その主張のとおり金融機関から金員を借受けたものではない)ところ、これによれば、原告らは、その主張の期間中本件土地を資材置場として使用収益していることが推認できるから、これにより実質上右収益の限度で原告ら主張の資本の回収をなし得たものというべきであるばかりか、右期間中、若し本件売買協定による拘束がなかったとしても、原告らが本件土地を他に転売し得て、その代金を取得してこれをもって右借受金を返済する(したがって、これにより利息金を支払う必要がなくなる)ことができ得たことを認めるに足る証拠はなく、原告武本建設代表者尋問の結果によると、国土法による届出等の所定の手続を経て本件土地につき売買契約の締結に至るまでは少なくとも二、三か月を要するものであり、本件売買協定締結に当って原告らはこれを予想していたことが認められるので、これによれば、原告ら主張の前記期間中、原告らは、その主張の資本の回収(本件土地の代金の取得及びこれによる前記借受金の返済)をなし得なく、その主張の利息金を支払わねばならないことは自然の成行きであり、被告の本件売買協定の前記破棄の通告(被告の前記債務不履行)により、原告らが右の事態を惹起せしめられたものではないことは明らかである。そうすると、仮に、原告らがその主張のとおり金融機関に利息金を支払ったことが認められるとしても、これが被告の前記債務不履行により原告らが蒙むった損害であると認めるわけにはいかない。したがって、原告らの前記損害の主張は採用することができない。

2. 次に、原告らは、本件土地の転売差損(請求原因6.の(一)、(2)記載)を被告の前記債務不履行による損害である旨主張する。

しかし、被告の前記債務不履行がなかったならば、本件土地の売買契約の締結をなすに至るまでに生ずる国土法の規制、その他の条件の諸々が全て順調に支障なく円満に解決できて、必ず原告らと被告とが、本件土地の売買契約締結の運びに至り、これにより原告らがその主張の代金を被告から取得し得べきことになることを確信をもって認定できる証拠はなく(右認定ができないかぎり、原告らが右代金相当の得べかりし利益を喪失したものと判断するわけにはいかない)、なお、債務不履行による損害は、右不履行の時点において本件土地の価額の下落があれば右得べかりし代金額と右下落価額との差額を損害として認めるべきものであるところ、右価額の下落を認めるに足る証拠はなく、さらに、原告らが本件土地を他へ転売するについては、その企業努力により、転売価額を自由に定めることができるものであるから(ただし、国土法の制限は別とする)、被告の前記債務不履行の結果、原告らが本件土地を他に安価で売らなければならない特別の事情が発生したと認められないかぎり右転売差損を被告の前記債務不履行によって通常生ずる損害であると認めることはできないところ、原告代表者は、右特別事情の存在について供述しているが、右供述のみをもってしては、右特別事情を認めるに足りず、他に右特別事情を認めるに足る証拠はない。そうすると、原告らの前記損害の主張は採用することができない。

3. 原告武本建設、同武本住建は、被告の本件売買協定の破棄による前記債務不履行によって、右原告らが社会的信用を失墜し、有形無形の損害を蒙むった旨主張し、原告武本住建代表者も右主張にそう供述をしているが、右供述は、右原告らにいかなる信用がどの程度失墜したかについて具体的に述べられているものではなく、これを裏付ける証拠もないので、右供述のみでは、右原告らの信用失墜の事実、その損害の発生を認めるに十分ではない。他に右原告らの前記損害の主張事実を認めるに足る証拠はない。

そうすると、右原告らの右損害の主張は採用することができない。

4. 最後に、原告武本建設の請求原因6.の(三)記載の損害について判断する。

(一)  <証拠>を総合すると、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

本件売買協定締結後、原告らは、本件土地上に結婚式場を建築するには、京都府条例によって、その敷地の外周の四分の一が公道に面していなければならないことが明らかとなったため、昭和五八年五月一〇日ころ、本件土地の隣接地所有者らと道路接続に関する合意をなした。ところが被告が前記のとおり本件売買協定を破棄したため、結局、右道路接続が不要となったので、原告らは、右道路接続に関する合意を破棄した。ところで、本件土地の隣接地所有者である山京は、右道路接続を前提に本件土地の北側隣接地で宅地造成を行っていたところ、原告らが右道路接続に関する合意を破棄したため、結局、右接続道路が不接続となって道路が行き止まりとなり、山京の造成宅地上の建築物の建築確認が受けられなくなった。そこで、山京は、その不要となった道路部分(向日市上植野町十ケ坪二番地の一九)を原告武本建設に買取ることを強硬に迫り、両者は数回協議を重ねた後、昭和五九年四月一二日右道路部分三九平方メートルを代金七九四万円で原告武本建設が買取った。右道路部分は、行き止まりの道路の末端部分であって建物建築不能の土地であり、その時価は、金二〇八万六、〇〇〇円であった。

(二)  ところで、被告は、本件売買協定締結当時、京都府条例による原告ら主張の規制が判明していなかったため、本件土地の北側隣接地との道路接続に関する合意はなされていないから、原告らが山京との間で道路接続に関する合意をなすべき義務は発生しない旨主張する。

しかし、前記二に判示したとおり、本件売買協定は、本件土地上に結婚式場を建築することを主要な目的として、その目的を達成するための条件を成就すべく努力する義務を定めたものであるところ、右条件成就の努力義務には、原告らが本件土地に関して結婚式場の建築を可能にするための京都府条例による規制を満たすべき行為をなす義務をも包含するものと解される。このことは、前示甲第一号証によると、本件土地売買協定書の第三項において、造成工事に関して結婚式場の建築確認が許可される見通しのものであることが義務づけられていること、及び第七項において将来、本件売買協定に定めた事項以外に問題の生ずることが予想されていることが認められることからも明らかである。

したがって、本件売買協定において、原告らの義務として道路接続に関する事項が明示されていないからといって、原告らに右道路接続義務が発生していないとは言えず、また、原告武本建設が本件土地の売買契約成立を勝手に先取りして、道路接続に関する合意をなしたものとはいえない。

さらに、被告は、原告武本建設が山京との間で道路接続に関する合意をなす場合には、本件土地の売買契約成立を停止条件とするべきであった旨主張するが、前記(一)に認定したとおり、山京は、道路接続を前提にして本件土地の北側で宅地造成を行っていたため、右道路接続に関する合意をなしたものであるから、仮に、右合意につき被告主張のように停止条件を付すことを右原告において提案したならば、山京はそのような不安定な合意をなさないであろうことは容易に推測することができ、そうなると、結局、原告武本建設は京都府条例の規制を満たすことができなくなることは明らかである。そうすると、被告の右各主張はいずれも採用することができない。

(三)  以上により、原告武本建設が山京との間でなした道路接続に関する合意は、前記二に判示した条件を成就するための不可欠の行為であって、右原告がなした前記道路部分の時価を越えた金五八五万四〇〇〇円の出捐は、被告が前記判示の条件成就の努力義務違反を行った(前記債務不履行をなした)ことによって無益に帰した出捐であることは明らかであるから、右出捐は、被告の右債務不履行によって原告武本建設の蒙むった損害であるというべきである。

六、以上の次第で、被告は、原告武本建設に対し、前記債務不履行に基づく損害賠償として右五の4.の損害金五八五万四〇〇〇円及びこれに対する本件記録上明らかな本件訴状送達日の翌日の昭和五九年二月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきであり(なお、右原告は、その請求において内一部の損害金一四五三万円についてのみ右附帯遅延損害金の支払いを求めているが、右請求の各損害金は訴訟物が一つであるから、右一部の損害金の金額の範囲内において右附帯請求を認め得べきであるものというべきである)、原告武本建設の本訴請求は右認定の限度で理由があるからこの部分を認容してその余を失当として棄却し、原告武本住建、同仲沢倉庫の各本訴請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山﨑末記 裁判官 杉本順市 玉越義雄)

<以下省略>

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