京都地方裁判所 昭和59年(行ウ)7号 判決 1987年9月28日
京都市左京区高野竹屋町三三番地
原告
中島潔
右訴訟代理人弁護士
稲村五男
同
久保哲夫
京都市左京区聖護院円頓美町一八
被告
左京税務署長
森下巳浩
右指定代理人
矢野敬一
同
狩野磯雄
同
三好正幸
同
西田饒
同
田原照美
同
桜井幸雄
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立
一 原告
1 被告が原告に対し昭和五六年一二月二四日付でした原告の昭和五三年分、昭和五四年分及び昭和五五年分の所得税の更正処分並びに過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文と同旨。
第二主張
一 請求の原因
1 原告は、肩書住所地において「中島電工社」の屋号で電気配線工事業を営む者であるが、被告に対し、本件係争年分の確定申告をした。
被告は、昭和五六年一二月二四日付けで原告に対し昭和五三年分、昭和五四年分及び昭和五五年分の所得税の更正処分並びに過少申告加算税賦課決定処分(以下、本件処分という)をした。
原告は、本件処分に対し、異議申立及び審査請求をした。
以上の経過と内容は、別表1記載のとおりである。
2 しかし、本件処分には次の違法事由がある。
(一) 被告の調査担当者は、原告に対する税務調査にあたり、事前通知なく臨場し、調査の理由を全く開示せず、民商事務局員の立会を拒んで調査をせず、原告の了解なく取引先へ反面調査をするなど、違法な調査をした。
(二) 被告は、原告の本件係争年分の所得金額を過大に認定した。
よって、原告は被告に対し、本件処分の取消を求める。
二 請求の原因に対する認否
請求の原因1の事実は認め、同2の事実は争う。
三 抗弁
1 調査について
被告の部下職員は、昭和五六年五月一四日から同年一二月八日までの間に、原告方に数回にわたって臨場し、数回にわたって電話照会をし、所得金額の調査をする旨を告げたが、原告の妻とは毎回面接できたものの、同女から所得金額についての説明はなく、原告に面接できる日時を設定するよう要請したにもかかわらず、原告とは昭和五六年六月二四日、同年九月一四日及び同年一〇月一七日の三回しか面接できず、原告との右面接には四名ないし六名の民商事務局員らが同席して退席の求めに応じなかった。
右調査の際、原告は、取引先への請求書の一部と昭和五四年分及び昭和五五年分の収支計算のメモを提示したものの、「内容については説明する必要はない」などと言って、右収支計算の裏付けとなる原始資料及び帳簿の提出を拒み、調査に協力しなかった。
そのため、被告はやむなく反面調査のうえ推計課税の方法で本件処分をしたのであって、本件処分に手続的瑕疵はない。
2 所得金額について
(一) 原告の本件係争年分の所得金額は、別表2記載のとおりである。
(二) 同業者の選定と同業者所得率の算定は、次のとおりである。
被告は、原告の所轄税務署である左京税務署及びこれに隣接する上京、中京、東山の各税務署に青色申告書を提出している同業者の内から、本件係争年分で次の条件に該当する者を抽出したところ、別表4記載のとおりの事例を得た。
イ 電気配線工事業を営んでいること。
ロ 他の業者を兼業していないこと。
ハ 年間を通じ継続して事業を営んでいること。
ニ 右の各税務署内に事業所を有していること。
ホ 所得税について不服申立又は訴訟係属中でないこと。
ヘ 売上金額が
昭和五三年分については一〇〇〇万円から三二〇〇万円、
昭和五四年分については一三〇〇万円から三九〇〇万円、
昭和五五年分については九〇〇万円から二七〇〇万円、
までの範囲内にあること(原告の本件係争各年の売上金額の五〇%から一五〇%までを基準とした)。
右同業者は、営業地域、営業形態、取扱商品等の点で原告と類似性があり、青色申告であるからその数値は正確である。従って、右同業者から算出所得率を算定し、これを原告に適用することには合理性がある。
3 以上によれば、原告の主張するような違法はなく、原告の本件係争年分の事業所得は本件処分を上回っており、本件処分は適法である。
四 抗弁に対する認否
1 調査について
抗弁1前段の事実は認める。同中段の事実中、原告が昭和五六年九月一四日の面接の際に取引先への請求書と昭和五五年及び五六年分の簡易収支計算書を提示したことは認めるが、その余は争う。被告の部下職員が原始記録等の提出を求めたことはない。同後段の事実は争う。
所得税法は申告納税制度を原則とし、税務調査は原則として任意調査であるから、これに協力するかどうかは基本的に納税者側の自由な選択によるべきであり、従って、事前に通知し、その合理的な具体的調査理由を事前に開示し、場合によっては営業妨害ともなるのであるから、納税者の都合を聞いて行わなくてはならない。また、納税者の依頼した第三者が調査に立会い、答弁を補助し、調査の行き過ぎを監視することは何ら違法、不当なことではない。
更に、反面調査は、納税者に対する調査のみではどうしても所得額が把握できないことが明らかになった場合に限り、納税者の同意の下に、必要な限度でのみ行うことが可能と解すべきである。
2 所得金額について
別表2記載の売上金額、利子割引料及び事業専従者控除はいずれも認めるが、推計の合理性は争い、算出所得金額、同業者の妻の給与額及び事業所得金額は争う。
原告は、高等学校卒業後一八年間電気工事店に勤務した後、昭和四五年に独立して電気配線工事業を始め、店舗を持たず、特定の大手の元請業者の下請けとしてビル関係の配線工事を中心に営業している者で、電気製品等は全く販売していない。
電気配線工事業といっても、ビル関係の配線工事と家庭配線工事とでは仕事の内容が大きく異なるし、店舗の有無、店舗面積、設備内容、従業員数、特定の業者に専属しているか否かなどの諸点を考慮しなければならないところ、被告主張の同業者は売上金額においてすら原告と類似せず、同業者抽出基準が未だ合理的とは言えない。
また、被告主張の同業者は特定されておらず、立証不十分というべきである。
更に、被告主張の同業者の算出所得率には、十五・〇三パーセントから三十九・〇二パーセントと幅が大きく、推計の基準として妥当性を欠く。
五 再抗弁
原告の所得金額は別表5記載のとおりである。
六 再抗弁に対する認否
原告主張の売上金額、支払利子ないし事業専従者控除額は認め、その余は争う。
第三証拠
記録中の証拠に関する調書記載のとおり。
理由
一 原告が、肩書住所地において「中島電工社」の屋号で電気配線工事業を営む者であること、本件係争年分の確定申告をしたこと、被告が本件処分したこと、以上の経過と内容が別表1記載のとおりであることは当事者間に争いがない。
二 調査について
原告は、被告の調査担当者が原告に対する税務調査にあたり、事前通知なく臨場し、調査の理由を全く開示せず、民商事務局員の立会を拒んで調査をせず、原告の了解なく取引先へ反面調査をするなど、違法な調査をしたと主張する。
しかし、被告が質問検査権を行使する際の事前通知、具体的調査理由の告知、第三者立会の制限、反面調査など実施の細目については、実定法上特段の定めがなく、一次的には権限ある調査担当者の合理的選択に一任されているものと解される(最高裁昭和五四年(行ツ)第二〇号昭和五八年七月一四日判決・訟務月報三〇巻一号一五一頁・シユトイエル二六五号二一頁・税務訴訟資料一三三号三五頁参照)。
被告の部下職員が、昭和五六年五月一四日から同年一二月八日までの間に、原告方に数回にわたって臨場あるいは電話照会をし、所得金額の調査をする旨を告げたこと、原告の妻とは毎回面接できたものの、同女から所得金額についての説明はなく、原告に面接できる日時を設定するよう要請したにもかかわらず、原告とは昭和五六年六月二四日、同年九月一四日及び同年一〇月一七日の三回しか面接できなかったこと、原告との右面接には常に四名ないし六名の民商事務局員らが同席して退席の求めに応じなかったことは、原告の自認するところである。また、原告本人尋問の結果によれば、被告の調査担当者は、原告から都合がつく日として右六月二四日を指定され、また、同年九月一四日及び同年一〇月一七日を指定されて原告方を訪れ、原告から伝票類の一部と簡易収支計算書を示されたので、それ以外の原始記録の呈示を求めたが、原告から具体的な指示がなければ出さないと言ってこれを拒否されたことが認められる。
このように原告が調査に協力せず、帳簿資料に基づいてその事業内容を十分に説明しなかったからには、被告が反面調査のうえ推計課税の方法で本件処分をするのも止むを得ないものがあったと言うべきである。
調査担当者が、具体的調査理由を開示せず、第三者の立会いを拒んだことなどが調査の違法事由になると認めるべき特段の事情は認められない。原告の本件係争年分の所得金額は後に認定するとおりであるから、質問検査の必要があったと認められることは言うまでもない。
なお、所得税法は原告主張のとおり申告納税方式を採っているが、このことは申告書が虚偽である疑いのある場合でなければ調査できないことを意味するものではない。税務署長は、納税の適正を期するため、納税者の申告が正しいか否かを調査する権限と職責を有し、他方、納税者には、この調査に応じて申告内容につき帳簿等を提示するなどして説明する義務がある(所得税法二三四条)。
原告が主張するところは、推計を違法ならしめる事由とはなり得ず、本件処分に手続的瑕疵はない。
三 所得金額について
1 被告の主張について
(一) 別表2記載の売上金額、利子割引料及び事業専従者控除については当事者間に争いがない。
(二) 推計の合理性
原告は、その本人尋問において、高等学校卒業後十八年間電気工事店に勤務した後、昭和四十五年に独立して電気配線工事業を始め、昭和五〇年ころに現住所地に移り、本件係争年当時、店舗を持たず、六軒程の元請業者の下請けとしてビル関係の配線工事を中心に行っていて、家庭配線、工場配線、外配線等は行わず、従業員は一名でその他は外注していたと供述する。
証人古本忠顕の証言により真正に成立したと認める乙二号ないし九号証及び同証言によれば、被告は、その主張のとおり原告の所轄税務署である左京税務署及びこれに隣接する上京、中京、東山の各税務署に青色申告書を提出している同業者の内から、本件係争各年分で、電気配線工事業を年間を通じ継続して営み、他の業者を兼業せず、右各税務署管内に事業所を有し、所得税について不服申立又は訴訟係属中でなく、売上金額が原告の本件係争各年分の売上金額の五十パーセントから一五〇パーセントまでの同業者を抽出し、別表4記載のとおりの事例を得たことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
右抽出基準によれば、右同業者は、営業地域、営業形態、営業規模等の点で原告と類似性があり、青色申告者でその数値は正確であるから、右同業者から算出所得率を算定し、原告の算出所得金額を推計することには合理性があると言うのが相当であり、この推計に合理性ありとの判断を左右するに足る事実は認め難い。但し、別表4記載の同業者のうち昭和五三年分の上京B及び東山A並びに昭和五五年分の上京B、左京D及び東山Bは、その所得率において他の同業者から突出しており、何らかの特段の特殊事情に基づくものと疑う余地もありうるから、これらを採用しないこととし、これらを控除して別表4により算定すると、昭和五三年分の算出所得率は二三・二二パーセント、昭和五五年分の算出所得率は二四・四二パーセントとなる。
原告は、電気配線工事業といっても、ビル関係、家庭、工場、外配線等と仕事の内容が種々あり、店舗の有無、店舗面積、設備内容、従業員数、特定の業者に専属しているか否かなどの諸点で所得率が異なると主張し、そのように供述する。しかし、原告の営業のうちビル関係の配線工事が占める割合は明らかでないから、主としてビル関係の配線であるとの原告供述はたやすく採用し難く、また、同業者率算定の基礎とする同業者数は八件ないし一四件と比較的多数であって、このような営業内容による差異があるとしても、これらの差異を包括して一般化するに足るものと認められるから、右主張をもってしては、前記判断を左右するに足りない。
推計課税の基準となる同業者の所得率は、原告や同業者に個々的な種々の差異があることを前提としつつ、ある一定の基準の下に比較的類似していると認められる同業者の一群を抽出し、これから算定した同業者率に推計基準としての合理性があるか否かが問題なのであるから、争点とされるべきは、同業者の個々の諸事情あるいは種々の差異ではなく、その抽出基準自体の合理性である。従って、同業者の住所氏名が特定されないでも、立証不十分というべきものではない。
更に、原告は、被告主張の同業者の所得率は、一五・〇三パーセントから三九・〇二パーセントと幅が大きく、推計の基礎として妥当性を欠くと主張する。しかし、このように同業者所得率の幅が大きいことは、とりもなおさず、諸事情ないし種々の差異を包括していることの証左であって、直ちに推計の合理性に疑問を生ぜしめるものではない。但し、前記したとおり一部の同業者を採用しないこととした結果、所得率は、一五・〇三パーセントから三二・八四パーセントの間となり、その間の分布状況も推計の合理性を疑わしめるものではない。
以上により、原告の本件係争年分の事業所得金額を計算すると、別表6記載のとおりとなること、計数上明らかである。
2 原告の実額主張について
原告は、原告の所得金額が別表5記載のとおりであると主張する。
しかし、
(一) 原告は、本件係争年である昭和五三年ないし昭和五五年分の給料支払明細書控として甲一二号証の一ないし四、二七号証の一ないし一三及び四二号証の一ないし一三を提出し、その本人尋問において、これらの給料支払明細書控は、本件係争年である昭和五三年ないし昭和五五年ころに給料支払の都度記載し、複写式の正本の方を給料と共に渡していたものである旨供述した(第一二回弁論期日調書二六丁以下)。しかし、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙一〇号証によれば、右給料支払明細書の用紙であるコクヨ株式会社製造「シン1113(旧シン113)」は昭和五七年九月七日に製造指示されたものと認められる。原告の右供述は明らかに偽りであって、これらの書証は裁判所を偽る目的で作成し提出されたものと言わざるをえない。
(二) 原告は、証拠として多数の出金伝票を提出し、これらは支払の都度に作成したもので、年度ごとにまとめて保管していたと供述する。しかし他方、帳面としては毎日の日報を記載していたのみであるとも供述するから、殊更に出金伝票を作成したことの首肯しうる理由は見当たらないこと、右一のとおり原告が偽りの書証を作成提出していること、成立に争いがない乙一号証によれば原告が本件係争の所得税の審査手続において審判所から再三にわたって帳簿書類の提出を求められながらこれに応じることなく具体的な説明をもしなかったと認められること等に徴すると、これら出金伝票は軽々には採用し難い。更に、これら出金伝票には次の疑問がある。
(1) 昭和五三年分について、甲一五号証の一、二、一九ないし二一、三九ないし五四及び五八の出金伝票は、出金額が高額であるにもかかわらず領収書等の裏付け資料を欠くので、これらの出金伝票のみをもってしてはこれらに記載の外注費合計六三五万八二九四円が経費として支出されたことを認めることができない(そうすると、原告主張の所得金額が八四〇万八〇七五円となること、別表5により計数上明らかである)。
(2) 昭和五四年分について、甲三〇号証の一、三ないし九、一一、一三、一六ないし二九(重複の二三、二四を除く)及び三七ないし四〇出金伝票は、出金額が高額であるにもかかわらず領収書等の裏付け資料を欠くので、これらの出金伝票のみをもってしてはこれらに記載の外注費合計七七九万八一二四円が経費として支出されたことを認めることができない(そうすると、原告主張の所得金額が一〇二四万八一二四円となること、別表5により計数上明らかである)。
(3) 昭和五五年分について、甲四六証の一ないし一三の出金伝票は、出金額が高額であるにもかかわらず領収書等の裏付けを欠くので、これらの出金伝票のみをもってしてはこれらに記載の外注費合計二六九万六四七七円が経費として支出されたことを認めることができない(そうすると、原告主張の所得金額が五四二万六四七七円となること、別表5により計数明らかである)。
(三) 原告は、その本人尋問において、現場を常時二、三個所持っている状態であったとも供述するが、このような営業を行いながら、毎日記載していた日報があるのみで、現金出納帳など然るべき帳面がないとは認め難いところ、帳簿類は何ら提出されていない。
以上によれば、その余の検討を加えるまでもなく、原告の主張は理由がない。
(四) そうすると、本件処分は右三1に認定した事業所得の範囲内であるから、被告が原告の本件係争年分の事業所得を過大に認定した違法はないと認められる。
(五) よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 田中恭介 裁判官 榎戸道也)
別表1 申告・更正等の経過
<省略>
別表2
所得金額の計算(被告の主張)
<省略>
注記1 京都銀行高野支店からの借入金に対する支払利息
注記2 別表4記載のとおり、同業者の妻に対する専従者給与の平均額は94万6400円となる。
注記3 事業所得金額=算出所得金額-(利子割引料+事業専従者控除)+同業者の妻の給与額
別表3
取引先別売上明細
<省略>
(注) (株)は株式会社、(有)は有限会社を示す。
別表4
<省略>
別表5
所得金額の計算(原告の主張)
<省略>
別表6
所得金額の計算(当裁判所の認定)
<省略>
注記1 昭和53年分は原告主張であり、いずれも当事者間に争いがない。
注記2 別表4記載の同業者の妻に対する専従者給与のうち、採用しない上京B、左京D及び東山Bを除いた部分の平均額は、1419万6000円-(81万6000円+105万)=1233万
1233万÷14=88万0714円となる。
注記3 事業所得金額=算出所得金額-(利子割引料+事業専従者控除)+同業者の妻の給与額
注記4 別表4記載の同業者のうち、
昭和53年分について上京B及び東山Aを採用せず、これらを控除した算出所得率は、23.22%となる。
昭和55年分について上京B、左京D及び東山Bを採用せず、これらを控除した算出所得率は、24.42 %となる。