京都地方裁判所 昭和60年(わ)1009号 判決 1985年12月26日
本籍
京都市伏見区石田内里町八七番地の一
住居
同区石田内里町四二番地の一
貸ガレージ業
木下静男
昭和三年一一月二七日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官岡本倫敬出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一〇月及び罰金二五〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第一 自己の所有する京都市伏見区石田内里町四二番六ほか二筆の山林を昭和五八年一月一九日二億円で売却譲渡したことによる譲渡所得を申告するに際し、脱税を請負っていた全日本同和会京都府・市連合会を利用してその所得税を免れようと企て、同連合会事務局長長谷部純夫及び同人から同連合会事務局次長渡守秀治、同連合会会長鈴木元動丸らと順次共謀のうえ、自己の実際の昭和五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は一億六七〇三万四六〇〇円、総合課税の総所得(事業所得)金額は三〇万円で、これに対する所得税額は四八七八万三〇〇〇円であるにもかかわらず、昭和五九年三月一四日、同市伏見区鑓屋町所在所轄伏見税務署において、同署長に対し、全くそのような事実はないのに、株式会社ワールドが有限会社同和産業から借入れた三億円の債務について自己が連帯保証人となっていたことから、右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で昭和五八年四月一〇日に一億七六〇〇万円を弁済したものの、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどしたうえ、自己の昭和五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は一三七万一九〇〇円、総合課税の総所得金額は三〇万円で、これに対する所得税額は八万五一〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告を提出し、よって、右の正規の所得税額四八七八万三〇〇〇円と右申告税額との差額四八六九万七九〇〇円不正の行為により免れた
第二 自己の所有する京都市伏見区石田内里町四二番一の山林を昭和五九年五月一五日二億五〇〇万円で売却譲渡したことによる譲渡所得を申告するに際し、前同様にその所得税を免れようと企て、右長谷部及び同人から右渡守、右鈴木らと順次共謀のうえ、自己の実際の昭和五九年分分離課税の長期譲渡所得金額は一億八三一四万一八五〇円、総合課税の総所得(事業所得)金額は三〇万円で、これに対する所得税額は五二七二万九四〇〇円であるにもかかわらず、昭和六〇年三月一三日、前記伏見税務署において、同署長に対し、全くそのような事実はないのに、前記株式会社ワールドが前記有限会社同和産業から借入れた二億五〇〇〇万円の債務について自己が連帯保証人となっていたことから、右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で昭和五九年五月三〇日に一億七〇〇〇万円を弁済したものの、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどしたうえ、自己の昭和五九年分分離課税の長期譲渡所得金額は一三三六万六八五〇円、総合課税の総所得金額は三〇万円で、これに対する所得税額は二四六万一四〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、よって、右の正規の所得税額五二七二万九四〇〇円と右申告税額との差額五〇二六万八〇〇〇円から計算誤りによる六〇〇円を除く五〇二六万七四〇〇円を不正の行為により免れた
ものである。
(証拠の標目)
判示事実全部について
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官(昭和六〇年八月二七日付)に対する供述調書
一 大蔵事務官の被告人に対する各質問てん末書謄本(二通)
一 鈴木元動丸の検察官(昭和六〇年一〇月一五日付)に対する供述調書謄本
一 大蔵事務官の栗山正廣及び木下喜代美に対する各質問てん末書謄本
一 大蔵事務官作成の報告書謄本
判示第一の事実について
一 被告人の検察官(昭和六〇年八月三〇日付)に対する供述調書
一 長谷部純夫(昭和六〇年一〇年一五日付、謄本)、鈴木元動丸(同月一八日付、謄本)及び木下里実の検察官に対する各供述調書
一 大蔵事務官の深川竣生に対する各質問てん末書謄本(二通)
一 大蔵事務官作成の証明書(昭和五八年分所得税の確定申告書の内容を証明したもの)
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(期間五八年一月一日から同年一二月三一日までのもの)
判示第二の事実について
一 被告人の検察官(昭和六〇年九月三日付、同月四日付、同月六日付)に対する各供述調書
一 長谷部純夫(昭和六〇年一〇月一六日付)、村井信秀(同年九月一一日付)及び安東譲の検察官に対する各供述調書謄本
一 大蔵事務官の床尾芬(二通)及び藤本廣則に対する各質問てん末書謄本
一 大蔵事務官作成の証明書(昭和五九年分所得税の確定申告書の内容を証明したもの)
一 大蔵事務官作成の納税額計算書(期間昭和五九年一月一日から同年一二月三一日までのもの)
(犯意について)
弁護人は、被告人には判示各事実についていずれも内容虚偽の所得税確定申告書を提出して税を免れようとした犯意がないから、被告人は無罪である旨主張し、被告人もまた当公判廷において、全日本同和会京都府・市連合会(以下「同和会」という)に申告を頼めば税金が安くなるという話を聞き、正当なやり方で安くしてくれるものと思って本件各所得税の申告を依頼した旨いうのであるが、そもそも税は法律に基づいて課せられるものであり、法律に定める各種の控除を漏れなく受けたかどうかとか法定の各種特例措置を利用したかどうか等によって税額が異なることがあっても、特定の団体を通じて申告したかどうかによって税額が異なる性質のものではないのであって、もし仮りに特定の団体を通じて申告した場合に、税額がそうでない場合より少なくなり、特にそれが著しいようなことがあるとすれば、それは税務当局あるいはその担当者が、その特定の団体の圧力や賄賂等のため法律の適用を歪めたり、虚偽の申告を見逃したりなどして正規税額によらなかったためであるにすぎないことは容易に知りうべきであるところ、被告人自身当公判廷において、判示第一の昭和五八年分の正規の所得税額を四〇〇〇万円から五〇〇〇万円と予測していたのに、わずか八万五一〇〇円ですんで、えらく安くなったと思い、同和会の税務対策の力はたいしたものやと考え、その要求に従い支払った税額の六〇倍を超える五三〇万円ものカンパ金を同和会に支払い、同様に昭和五九年分の所得税の申告を同和会に頼んでした旨いうのであって、この被告人のいうところによっても、「正当なやり方で安くしてくれるものと思っていた」との弁解の不合理なことは明らかであり、むしろ、右の被告人のいうところによれば、被告人は同和会の税務当局やその担当者に対する力を利用して支払うべき所得税を免れようとしたもので、その具体的な方法については知らなかったにせよ、同和会の力で税務当局やその担当者に法律の適用を歪めさせたり、虚偽の申告を見逃させたりするなどの不正な方法によるものであることを充分予見しこれを認容していたと推認できるのであって、その他取調べた証拠を総合すれば、被告人に判示各事実について右のような脱税の犯意のあったことは明らかである。
(法令の適用)
罰条 判示各事実についていずれも刑法六〇条、所得税法二三八条一項(いずれも徴役刑と罰金刑を併科)、いずれも情状により罰金額について同条二項
併合罪の処理 刑法四五条前段
徴役刑について 刑法四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重)
罰金刑について 刑法四八条二項(判示各罪所定の罰金額を合算)
宣告刑 徴役一〇月及び罰金二五〇〇万円
労役場留置 刑法一八条(金四万円を一日に換算した期間)
(量刑の事情)
本件は、被告人が自己の所得税の申告に際し、脱税請負団体である全日本同和会京都府・市連合会を利用して、二年間に亘り、総額九八九六万余円もの所得税を免れたというもので、その額は平均的なサラリーマンの一〇数年分もの収入に相当まる多額であり、ほ脱率も昭和五八年分では約九九・八パーセント、昭和五九年分では約九五・三パーセントと極めて高率であるので、被告人が納税の公平を侵し、誠実な納税者の納税意欲を害した程度は著しく、悪質、重大な事案であって、被告人の刑責は重いというべきである。
ところで、本件は、全日本同和会による虚偽債務の仮装を主たる主段とした一連の脱税事件のひとつであるが、簡単な調査ですぐに発覚するような幼稚な手口による脱税が昭和五六年ころから多数回に亘り繰り返されていたのに、税務当局がこれを摘発することなくすごしてきたことは、税務当局が同和団体に対する弱腰から公平な納税を推進すべき自らの職務を放棄し脱税を見逃してきたものとして強く糾弾されるべきであり、本件においては特に、確定申告書自体にあるいはその添付書類と対照すれば容易に発見できるような齟齬があるのにこれさえ見逃していたことからすると、税務当局の職務怠慢は甚だしいといわざるをえないところ、被告人は、税務当局の同和団体に対する右のような態度に便乗して私利私欲をはかったもので、税務当局にも本件を誘発した責任の一部のあることは明らかであるけれども、被告人は脱税請負を利権化していた全日本同和会京都府・市連合会に身近な者として、正規税額に比して極く少ない報酬で脱税を依頼していたものであるので、税務当局の責任を被告人に有利な事情として大きく評価するのは相当とはいい難い。
被告人は、当公判廷において、自分は被害者であると述べるなど、今なお真摯な反省悔悟の情に乏しく、脱税に係る正規税額こそ納めたものの、重加算税はその賦課決定に異議を申立てて未納であるので、本件の右のような悪質さ、重大さからすると、本件には先に述べたように税務当局に責任の一部があること、被告人にはとりたてていうような前科前歴もないことなどを考慮しても、なお懲役刑について刑の執行を猶予すべきものとはいえない。
よって、主文のとおり判決する。
昭和六一年一月八日
(裁判官 森岡安廣)