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京都地方裁判所 昭和60年(わ)1069号 判決 1986年7月31日

本籍

宮崎県宮崎市橘通東四丁目一四番地

住居

兵庫県西宮市老松町一二番九号

元会社役員

山中達雄

大正一四年七月二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官山根英嗣、小池公雄出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

被告人を懲役八月及び罰金三〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、右一〇、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、元鐘紡不動産株式会社(昭和五九年五月カネボウ不動産株式会社と社名変更)の取締役兼開発部長として、同社が開発を計画していた大津市瀬田月輸団地の用地買収に従事していたものであるが、右計画区域内の土地所有者のうち容易に買収に応じず土地売却に当ってはその譲渡所得税額分を買主側で負担することなどを要求する者があったため、その対策上、そのころ応分の謝金を受け取ってこれら納税申告手続を格安の税額で処理していた全日本同和会の筋に依頼して右買収土地に関する所得税負担を軽減しようとして、

第一  中村春造が同人の所有する大津市瀬田月輪町字中筋四一〇番地ほか五筆の田及び畑を昭和五八年一二月一三日右鐘紡不動産株式会社に合計二億八、五四四万円で売却譲渡したことに関して、右中村、全日本同和会京都府・市連合会会長鈴木元動丸、同連合会副会長村井英雄、同連合会事務局長長谷部純夫、同連合会事務局次長渡守秀治、右鐘紡不動産株式会社に委託されて土地買収交渉をしていた株式会社エクダム代表取締役惣司定次郎及び司法書士松本善雄らと共謀の上、右譲渡にかかる右中村の所得税を免れようと企て、同人の実際の五八年分離課税の長期譲渡所得金額は二億七、〇一六万、〇〇〇円、総合課税の総所得(農業所得)金額は一二万一、〇〇〇円で、これに対する所得税額は八、七四八万七、五〇〇円であるにもかかわらず、株式会社ワールドが有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から四億円の借入をし、その債務について右中村が連帯保証人となり、右ワールドが破産したことから、右連帯補償債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同五九年一月二〇日に二億四、〇〇〇万円履行したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、同五九年三月一五日、大津市中央四丁目六番五五号所在所轄大津税務署において、同署長に対し、右中村の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は三、〇一六万八、〇〇〇円(ただし、租税特別措置法第三四条の二の適用誤りにより一、五一六万八、〇〇〇円と記載)、総合課税の総所得金額は一二万一、〇〇〇円で、これに対する所得税額は五八六万四、八〇〇円(ただし、租税特別措置法第三四条の二の適用誤りにより二八六万四、八〇〇円と記載)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、右の正規の所得税額八、七四八万七、五〇〇円との差額八、一六二万二、七〇〇円を免れた

第二  近藤傳次郎が同人の所有する大津市南大萱町丸尾一六一八番ほか一筆の畑及び田を昭和五八年一二月一三日右鐘紡不動産株式会社に合計一億三、〇〇〇万円で売却譲渡したことに関して、右近藤及び前記鈴木元動丸、村井英雄、長谷部純夫、渡守秀治、惣司定次郎、松本善雄らと共謀のうえ、同人の五八年分譲渡所得について虚偽の申告を行なうことで右譲渡にかかる右近藤の所得税を免れようと企て、同人の実際の同年分分離課税の長期譲渡所得金額は、同人が同年一一月二一日に東亜ハウス株式会社に大津市一里山所在の田畑四筆を四、四四四万四、七〇〇円で売却した分も含めて、合計一億二、七二二万二、四六五円、総合課税の総所得(不動産所得、給与所得)金額は二三〇万四九五八円で、これに対する所得税額は、三、五五七万四、三〇〇円であるにもかかわらず、株式会社ワールドが有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から二億円の借入をし、その債務について、右近藤が連帯保証人となり、右ワールドが破産したことから、右連帯補償債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同年一二月二八日に一億一、二〇〇万円を履行したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、同五九年三月一五日、大津市中央四丁目六番五五号所在所轄大津税務署において、同署長に対し、右近藤の五八年分分離課税の長期譲渡所得は一、五二二万二、四六五円(うち東亜ハウス株式会社に土地を売却した分を除くと一、三五〇万円)、総合課税の総所得金額は二三〇万四、九五八円(ただし、老年者年金特別控除の適用誤りにより一六六万四、〇五八円と記載)で、これに対する所得税額は三二九万一、六〇〇円(ただし、老年者年金特別控除及び老年者控除の適用誤りにより三一六万七、四〇〇円と記載)である旨の内容偽造の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、右の正規の所得税額三、五五七万四、三〇〇円(うち東亜ハウス株式会社関係分を除くと二、九二〇万九、三〇〇円)との差額三、二二八万二、七〇〇円(右東亜ハウス株式会社関係分を除いた計算上のほ脱税額は二、七二五万六、五〇〇円)を免れた

ものである。

(証拠の標目)

判示全事実について(各対応する事実に関し)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する各供述調書(検六八号ないし七七号)

一  松本善雄(検五六号)、長谷部純夫(二通)、鈴木元動丸の検察官に対する各供述調書謄本

一  大蔵事務官作成の報告書謄本(検六六号)

判示第一事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書謄本(検一号)

一  右同証明書謄本(検二号)

一  中村春造(七通)、松本善雄(七通、検一〇号にないし一六号)、惣司定次郎(一〇通、検一七号ないし二六号)、村井英雄(二通、検二七号、二八号)の検察官に対する各供述調書謄本

一  佐藤潔の検察官に対する供述調書三通(検二九号ないし三一号)

判示第二事実について

一  大蔵事務官の作成の脱税額計算謄本(検三二号)

一  右同証明書謄本(検三三号)

一  法澤嗣雄、近藤傳次郎(五通)、近藤正夫、惣司定次郎(七通、検四三号ないし四九号)、松本善雄(一〇通、検五〇号ないし五四号、五六号ないし六〇号)、村井英雄(二通、検六一号、六二号)の検察官に対する各供述調書

一  松本善雄(検五五号)、佐藤潔(二通、検三五号、三六号)の検察官に対する各供述調書

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、判示第二事実に対応する昭和六〇年一〇月三一日付起訴状記載の公訴事実に関し、被告人は、納税義務者である近藤傳次郎の昭和五八年分分離課税の長期譲渡所得につき、同人と共謀のうえ不正行為により税をほ脱したとされるが、右には被告人が関与した鐘紡不動産に譲渡された土地により生じた所得のほかに、東亜ハウスに譲渡された土地の分が含まれており、被告人にとっては東亜ハウス分については脱税の犯意はなかったのであるから、その限度において犯罪は成立しない旨主張し、関係証拠によれば、被告人は自己が右鐘紡不動産の開発部長として用地買収の衝に当たっていたため前記近藤所有の土地を買い受ける方法として同人からその譲渡所得にかかる税金相当額を事実上買主である鐘紡不動産側で負担するよう求められてこれを呑み、実質的には自社の右買収に関する金銭的負担の軽減を図って右近藤からの買収土地の長期譲渡所得の確定申告手続を全日本同和会筋の者らに依頼して税をほ脱したものであって、その事実によると、確かに、被告人自身に利害があるものとして企画した脱税の犯意は、自社が買収した土地分の譲渡所得に関するものに限定され、他社である東亜ハウスが買収した土地に関するそれにについてはほ脱犯意がなくその脱税分については関わりがないとする云い分も一応の理があるようにみえなくもないけれども、もともと本件のごとき税法違反罪は納税義務者を犯罪主体とする身分犯であって、実質的には自らの側の経済的利益にからんで脱税工作に関与した被告人も、法律的には納税義務者である前記近藤の土地の譲渡所得に対する不正な税の軽減行為に共同して加功したことにより、刑法六五条一項の適用をまってその刑責を問われる立場の者であるところ、右近藤の昭和五八年分分離課税の長期譲渡所得に関する税のほ脱行為は当該歴年度を通じ前記東亜ハウスへの土地譲渡所得分も含めて不可分的に一回の確定申告手続でなされたもので、これをかれこれ分割して犯罪の成否を問う術もない以上、右確定申告手続を実行行為とする右近藤の脱税行為につき、同人の昭和五八年分長期譲渡所得に関して右確定申告手続を含む不正行為により税のほ脱を行うという点については共謀の犯意に欠けるところがない被告人は、犯罪の成立に関してはそのほ脱行為全体の共同正犯としての刑責を負うのはやむを得ず、かりに具体的に被告人がその脱税の利益を享受しようと企図して認識していた範囲が右近藤の脱税行為の一部にとどまるからといって、構成要件上の犯意に錯誤があったともいえない本件の場合において、その犯罪の成立自体を被告人の右認識の限度に縮少して認定することはできない。

弁護人は、被告人がその租税の減額に何ら関知しない東亜ハウスに売却した土地分の脱税には犯意がなかったのであるから、被告人にとって右租税は犯則所得でないというのであるが、先に述べたとおり犯則所得の如何は本件において納税義務者である前記近藤に関して検討されるべき事柄であり、結局は同人の犯則所得のうち被告人が実質的にほ脱行為として関与した部分がその一部にとどまる場合があったとしても、それは犯情としてその責任の程度を勘案するのはともかく、犯罪の成否に影響を及ぼす事情とみるべきものでない。

(法令の適用)

判示両事実 刑法六五条、六〇条、所得税法二三八条一項

(各懲役と罰金の併科刑を選択)

併合罪加重(懲役刑)

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条

(犯情重い判示第一の罪の刑に加重)

罰金額合計 刑法四八条二項

換刑処分 刑法一八条

懲役刑の執行猶予

刑法二五条一項

(裁判官 濱田武律)

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