京都地方裁判所 昭和60年(わ)899号 判決 1986年3月20日
本籍
京都市右京区梅津フケノ川町一番地の二
住居
同区梅津中倉町二六番地の三〇
建設業
藤本勝英
昭和一七年一月九日生
右の者に対する所得税法違反被告事件につき当裁判所は検察官山田廸弘出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年二月及び罰金七〇〇万円に処する。
右罰金を完納しないとのは金二万五、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
右懲役刑については、この裁判確定の日から三年間その執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、全日本同和会京都府・市連合会南支部長であるが
第一 中村清一、同連合会会長鈴木元動丸、同連合会事務局長長谷部純夫及び同連合会事務局次長渡守秀治らと共謀の上、右中村がその所有する京都市西京区桂滝川町五番二の田を昭和五八年六月六日一億三、七三八万三、五〇〇円で売却譲渡したことに関して右譲渡にかかる所得税を免れようと企て、右中村の実際の五八年分離課税の長期譲渡所得金額は一億二、七八七万七、三一五円、総合課税の総所得(農業所得)金額は二八万九、三一九円でこれに対する所得税額は二、三五三万六、八〇〇円であるにもかかわらず、株式会社ワールドが有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から一億八、〇〇〇万円の借入をし、その債務について、右中村が連帯保証人となり、右ワールドが破産したことから、右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同年七月一〇日に一億二、〇〇〇万円を履行したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、同五九年三月九日、同市右京区西院上花田町一〇番地の一所在管轄右京税務署において、同署長に対し、右中村の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は七八七万七、三一五円、総合課税の総所得金額は二八万九、三一九円で、これに対する所得税額は一一五万二、六〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右の正規の所得税額二、三五三万六、八〇〇円との差額二、二三八万四、二〇〇円を免れた
第二 村上治、中村源治郎、有田峻宏、前記鈴木元動丸、同長谷部純夫、同渡守秀治及び元同連合会乙訓支部長今井正義らと共謀の上、右村上がその所有する同市西京区大原野北春日町七七三番地の田を昭和五九年一二月二二日七、五〇〇万円で売却譲渡したことに関して右譲渡にかかる所得税を免れようと企て、右村上の実際の五九年分分離課税の長期譲渡所得金額は六、五一七万七、〇〇〇円で、これに対する所得税額は一、四六六万一、〇〇〇円であるにもかかわらず、株式会社ワールドが有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から九、〇〇〇万円の借入をし、その債務について、右村上が連帯保証人となり、右ワールドが破産したことから、右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同年一二月二八日六、二〇〇万円を履行したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、同六〇年三月一二日、同市右京区西院上花田町一〇番地の一所在管轄右京税務署において、同署長に対し、右村上の五九年分分離課税の長期譲渡所得金額は六一七万七、〇〇〇円、これに対する所得税額は九七万四、二〇〇円である(ただし申告書には扶養控除の適用誤りのため所得税額は九〇万八、二〇〇円と記載)旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右の正規の所得税額一、四六六万一、〇〇〇円との差額一、三六八万六、八〇〇円を免れた。
ものである。
(証拠の標目)
判示各事実について
一 被告人の当公判廷における供述
一 鈴木元動丸の検察官に対する供述調書(謄本、検第51号)
判示第一の事実につき
一 被告人の検察官に対する供述調書(検第42ないし46号)
一 津田辰郎、榊庄太郎、松井祥蔵、長谷部純夫(検第6号)、安田治男(二通)、安田儀一郎(三通)、中村清一(六通)の検察官に対する各供述調書(謄本)
一 長谷部純夫の検察官に対する供述調書(抄本、検第17号)
一 大蔵事務官作成の脱税計算書(検第1号)及び証明書(謄本、検第2号)
判示第二の事実
一 被告人の検察官に対する供述調書(検第47号)
一 阪本節子、(二通)、廣田隆司、林博、村上治(六通)、中村源治郎(三通)、有田峻宏(三通)、今井正義(二通)、長谷部純夫の検察官に対する供述調書(謄本)
一 大蔵事務官作成の脱税計算書(検第18号)及び証明書(謄本、検第19号)
(補足説明)
被告人及び弁護人は、被告人は全日本同和会京都府・市連合会事務局長の長谷部純夫から「同和会は、税務所の指導の下に税金対策をやっている」といわれたので、右連合会を通じて納税申告をすれば税金が合法的に軽減されるものと信じて本件各申告を取り次いだものであり、被告人には、いずれも脱税の故意及びそれが違法であることの認識はなかった旨主張しているので以下検討する。
まず、裁判所の長谷部純夫に対する証人尋問調書(写、弁第一二号証)によれば、昭和五五年一二月ころ全日本同和会京都府・市連合会と大阪国税局及び同局管内の上京税務署との間に「同連合会傘下の同和地区納税者については、同和対策控除を認めるなど実情に即した課税を行うものとし、その納税手続を右連合会を経由して行なった場合、これに関する税務当局の調査等は右連合会を通じて行う」旨の申し合わせがなされ、以来同連合会では、これにもとづき傘下対象者の納税手続を代行し事実上租税の軽減措置を講じてきたもので、これについて税務当局からの調査等は一切行われなかったことが認められる。しかしながら、かかる運用の是非はしばらく措くとしても、判示中村清一及び同村上治の本件各土地売却による所得が右にいう同和対策の対象となるような性質のものでないこと及び本件当時右両名についてその課税所得額を特に軽減し得るような正当な控除事由がないことを被告人自身十分承知していたことも証拠上明らかなところ、我が国の徴税制度の下において、なに人でも同和会を通じて申告さえすれば税金が合法的に減額になるというような不合理なことは、常識上到底あり得ず、強いてかかる税額の軽減をはかるとすれば、何らかの不正な手段を用いるほかないことも通常人であれば容易に理解できる筈である。
この点前掲各証拠によれば、被告人は右連合会の南支部長であり、かねてより前記長谷部純夫などから「同和会を通じて税金を申告すれば、正規の税額の半分位でできる」ときいていたうえ、その方法として仮装の債務を計上して特別控除をするなど不正な手段を用いていることもよく承知しており、このような認識の下に本件各申告を右長谷部らに取り次いだもので、ただ、これまで右連合会を通じてかかる不正な申告をしても、税務当局からその内容を調査されたことがないので、本件についても同様調査がなく従って発覚するおそれはないものと考えていたに過ぎなかったことが認められる。
そうだとすれば、被告人において、右連合会を通じて申告すれば、正規の税額が合法的に軽減されると信じていたとの右主張は到底採用できない。
(法令の適用)
判示各所為 いずれも刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項
刑の選択 いずれも懲役及び罰金の併科刑
併合加重 刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条、罰金刑につき同法四八条二項
労役場留置 同法一八条
執行猶予 懲役刑につき同法二五条一項
(裁判官 長崎祐次)