京都地方裁判所 昭和60年(わ)983号 判決 1985年12月23日
本籍・住居
京都府城陽市寺田中大小三〇番地
無職
奥村典子
昭和三年七月一二日生
右の者に対する相続税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官須藤政夫出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年及び罰金二五〇〇万円に処する。
被告人において右罰金を完納することができないときは金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。この裁判が確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となる事実)
被告人は、奥村博司の長女として右博司が昭和五九年四月二八日死亡したことに基づき、同人から財産を相続したものであるが、自己の長男奥村文浩をして右博司と養子縁組させていたことにより右博司から財産を相続したことから、自己及び右文浩の各相続財産にかかる相続税を免れようと企て、自己の相続税については全日本同和会京都府・市連合会会長鈴木元動丸、同連合会事務局長長谷部純夫、同連合会事務局次長渡守秀治、戸山孝及び上田幸弘らと、右文浩の相続税については同人及び右共犯者らと共謀の上、自己の相続財産にかかる実際の課税価額が一億九五六万九三四三円で、これに対する相続税額は七四一九万八四〇〇円であり、右文浩の相続財産にかかる実際の課税価額が一億六六八七万二八四九円で、これに対する相続税額は六二九九万八六〇〇円であるにもかかわらず、被相続人の奥村博司が有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から二億九六五〇万円の債務を負担しており、自己においてそのうちの一億五九〇〇万円を、右文浩において同じく一億三七五〇万円をそれぞれ承継したと仮装するなどの行為により、同年一〇月二九日、京都府宇治市大久保町井ノ尻六〇番地の三所在所轄宇治税務署において、同署長に対し、自己の相続財産にかかる課税価額が三六六二万九三四三円で、これに対する相続税額は三九八万四七〇〇円であり、右文浩の相続財産にかかる課税価額が三〇二七万八三四九円で、これに対する相続税額は三三三万四二〇〇円である旨の虚偽の相続税の申告書を提出し、もって不正の行為より右各相続にかかる自己の正規の相続税額七四一九万八四〇〇円との差額七〇二一万三七〇〇円を、右文浩の正規の相続税額六二九九万八六〇〇円との差額五九六六万四四〇〇円をそれぞれ免れたものである。
(証拠の標目)
判示全事実につき
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する昭和六〇年八月二一日付(検第一九号)及び同月二二日付各供述調書
一 奥村文浩の検察官に対する各供述調書(二通)
一 上田幸弘(四通)、戸山孝(四通)、青山健造(二通)、渡守秀治(二通)、岩崎義彦(三通)、長谷部純夫及び鈴木元動丸の検察官に対する各供述調書謄本
一 井上清及び堂本伝の検察官に対する各供述調書謄本
一 中川敏夫の検察官に対する供述調書
一 河本勝次及び山本晃男の検察官に対する各供述調書謄本
一 藤井孝三、小川弘の検察官に対する各供述調書謄本
一 大蔵事務官中村保男作成の脱税額計算書
一 大蔵事務官尾松末三作成の証明書
一 城陽市長作成の同年九月一二日付戸籍謄本
一 大蔵事務官横井啓文作成の報告書
(法令の適用)
一 罰条 各相続税法六八条、刑法六〇条(相続人奥村文浩の相続税の逋脱に関しては、更に同法六五条一項)
一 観念的競合 刑法五四条一項前段、一〇条(重いと認める被告人の相続税の逋脱罪の刑で処断、罰金刑を併科)
一 労役場留置 刑法一八条
一 懲役刑の執行猶予 刑法二五条一項
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、被告人には故意がないと言えないかもしれないが、違法性の認識はなく、適法な行為に出る期待可能性がなかった旨主張するが、前掲各証拠を総合すると、前判示のとおり、被告人らが巨額の架空債務を承継したとする不正な手段方法で相続税を逋脱することを、被告人において十分承知したうえで、相続税申告書、内容虚偽の遺産分割協議書にそれぞれ署名押印等しているものであって、事後においても、前判示同和産業との債務架空である旨の念書を受け取りこれを保管しており、被告人は当公判廷において、普通ならできない額であることを知悉し、不審の念を抱き、不正であるという考えが本件申告時までに少しはあったことを認めており、被告人は、従前、税金の申告を依頼していた中川税理士に対し、自ら、本件申告手続きについては戸山を窓口にする旨連絡などしていること、右のとおり被告人は普通ならできない額であること等知悉していた被告人が、税務署には勿論、右中川税理士、又は信奉する宗教関係者に、本件申告について確認・相談した形跡はなく、これらのことを総合すると、被告人に違法性の認識があったことは到底否定できず、本件が戸山らの誘いによるものであっても、適法行為に出る可能性は十分認められ、期待可能性がない旨の弁護人の主張は採用できない。
よって、主文のとおり判決する。
昭和六一年一月一三日
(裁判官 萩原昌三郎)