京都地方裁判所 昭和60年(ワ)539号 判決 1986年6月26日
原告
小川良雄
右訴訟代理人弁護士
前堀克彦
被告
株式会社滋賀相互銀行
右代表者代表取締役
窪田常信
右訴訟代理人弁護士
長野義孝
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、五八八二万七三五三円及びこれに対する昭和五八年一月二二日から支払いずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、預金の受け入れ等を業とする商人であるが、訴外上田住宅株式会社(以下「上田住宅」という。)から別紙定期預金目録記載の五口の定期預金(以下、同預金全部を示すときは「本件各預金」といい、個々の預金を示すときは同目録の番号に従い「預金①」等という。)を受け入れ、同会社に定期預金証書五通(以下、前記の例にならい「本件各預金証書」又は「預金①の証書」等という。)を交付していた。
2 原告は、昭和五七年六月二八日、上田住宅に対し、弁済期日を同年一二月三一日と定め、六〇〇〇万円を貸し渡し(以下「本件貸金」という。)、その担保として、右弁済期日までに右貸金の弁済がないときは、原告が上田住宅に代わつて本件各預金の払い戻しを受け、この払戻金をもつて右貸金の弁済に充当するとの約束の下に、上田住宅から本件各預金証書の交付を受けた。
3 しかるに被告は、本件各預金につき原告が右のように代理受領権を有することを知りながら、上田住宅の当時の代表取締役であつた亡上田一男(以下「上田」という。)と共謀し、上田住宅に一〇〇〇万円を貸し付けるのと引き換えに本件各預金を原告の上田住宅に対する貸金の弁済に充当しようとして、上田をして、昭和五七年一二月二八日、本件各預金証書を紛失したかのごとく仮装して本件各預金について念書払の手続をとらせ、右預金を本件各預金証書によらずに払い戻せるようにした。
4 上田住宅は原告に対し、前記弁済期日までに本件貸金の弁済をしなかつたので、原告は、昭和五八年一月二二日、訴外笹山晁(以下「笹山」という。)をして、被告西陣支店において、本件各預金の払い戻しを求めたところ、被告は、本件各預金は昭和五七年一二月二八日までに全額払い戻しずみである旨虚偽の事実を申し向け、原告に対する払い戻しを拒絶した。
5 その後、被告は、昭和五八年一月二五日、被告の上田住宅に対する貸金債権をもって上田住宅の本件各預金債権と相殺する旨の意思表示をし、本件各預金債権を消滅させた。
6 本件各預金の昭和五八年一月二二日現在の元利合計は五八八二万七三五三円であり、原告は同額の支払いを受ける権利を有していたが、被告の前記行為により右支払いを受けられなくなつたところ、上田住宅は原告に対し、本件貸金の弁済をしないまま、昭和五八年一月二六日倒産し、今後も弁済される見込みもなく、原告は同額の損害を被つた。
7 よつて、原告は被告に対し、債権侵害による損害賠償として五八八二万七三五三円とこれに対する昭和五八年一月二二日から支払いずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は知らない。
3 同3の事実は否認する。ただし、上田住宅が預金②について昭和五七年一一月二五日、預金⑤について同年一二月二七日、預金①③④について同月二八日、各預金証書の喪失届を提出し、これに基づき預金②について同年一二月二七日、預金①③④⑤について昭和五八年一月二五日、それぞれ念書払手続をとつたことはある。
4 同4の事実中、上田住宅が本件貸金の弁済をしなかつたことは知らず、その余の事実は否認する。ただし、笹山が昭和五八年一月二五日、被告西陣支店に本件各預金の残高確認に来たことはある。その際被告は本件各預金は既に預金担保実行ずみである旨回答した。
5 同5の事実中、預金①③④⑤について昭和五八年一月二五日に相殺したことは認めるが、預金②については昭和五七年一二月二七日に相殺したものである。
6 同6の事実中、前記相殺当時の元利合計が五八八二万七三五三円であること及び上田住宅が倒産したことは認めるが、その余の事実は知らない。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二<証拠>によれば、請求原因2の事実が認められ、右認定に反する証拠はなく、なお、原告本人尋問の結果によれば、上田住宅は本件各預金証書の裏面に同社の記名判と社印を押捺し、原告が直接本件各預金を受領できるようにしていたことが認められる。
右事実によれば、上田住宅は、本件貸金を担保するため、本件各預金につき原告に対して上田住宅の名義で払い戻しを受ける権限を付与していたものと解するのが相当である。
三<証拠>によれば、本件各預金についての経過は次のとおりであることが認められ、右認定を左右し得る証拠はない(甲第六号証については後述)。
1 預金②について
昭和五七年一一月二五日 上田住宅から被告に預金②の喪失届提出。
同年一二月二四日 被告西陣支店長から事業部長に念書払申請書提出。
同年一二月二七日 念書払により三五〇九万五〇四八円支払い、同時に内三〇〇〇万円を上田住宅に対する手形貸付分に充当し、残金を未払利息に充当。
2 預金⑤について
昭和五七年一二月二七日 上田住宅から被告に対し、一〇〇〇万円の融資申込、被告は預金⑤の解約を勧めたが、預金証書がないため、預金⑤を担保に新たに一〇〇〇万円を貸し付けることになる。
同日 上田住宅から被告に預金⑤の喪失届提出。
同年一二月二八日 被告から京都信用金庫太秦支店の上田住宅の口座に九九〇万円振込(利息控除)
昭和五八年一月二二日 被告西陣支店長から事業部長に念書払申請書提出。
同年一月二五日 上田住宅の倒産により手形貸付分と相殺(一〇二八万八七六七円)
3 預金①③④について
昭和五七年一二月二八日 上田住宅から被告に預金①③④を手形貸付二五〇〇万円の内入弁済とする旨の申出。
預金証書が存在しないため、右預金を担保に新たに一三二九万七〇〇〇円を貸し付けることになる。
同日 上田住宅から被告に預金①③④の喪失届提出。
同年一二月三一日 右貸付実行し、内一三〇〇万円は手形貸付分に充当し、残金は上田住宅の当座預金に振替。
昭和五八年一月二二日 被告西陣支店長から事業部長に念書払申請書提出。
同年一月二五日 上田住宅の倒産により手形貸付分と相殺(預金①八〇万八〇二七円、預金③一三八万九八二六円、預金④一一二一万五六九一円)
四原告本人尋問の結果によれば、上田住宅は原告に対し、本件貸金を弁済せず、昭和五八年一月二六日倒産し(この点は当事者間に争いがない。)、今後も支払いの見込みがない状況にあることが認められ、原告が、上田住宅及び被告の前項の本件各預金の処理によりその払い戻しを受けることができなくなり、本件各預金債権額に相当する損害を受けたことは明らかである。
五ところで、債権者が、その債権を担保するために債務者の第三債務者に対する取立権限を制限し、委任等の方法により第三債務者に対する債権の受領権限を取得したとしても、一般には第三債務者の承諾がない限り、第三債務者に対してはなんらの法的効果を持たないものと言うべきであるが、(1)このような債権担保契約が存在することを知りながら、(2)債務者に支払うべきなんらの利益もないのに、(3)債権者を害する意図で債務者に支払った場合は、債権侵害として不法行為を構成するものと解するのが相当であるところ、本件については、被告が原告の右受領権限を承認したとの主張も立証もない。
六そこで、以下右(1)ないし(3)の要件について検討する。
1 原告は、上田住宅が前記各喪失届を提出したのは昭和五七年一二月二八日であり、その際、被告において、原告が本件各預金の代理受領権限を有していることを知つていながら、上田と共謀して虚偽の喪失届を出させて念書払をしたと主張するところ、上田作成の文書として提出された「経過報告書」(甲第六号証)にはその旨の記載がある。
2 そこで先ず右甲第六号証の成立についてみるに、証人片島の証言によれば、乙第二号証の七、一一は上田の自筆文書であり、同三号証の七は上田住宅の女子事務員の宮川某の筆跡であることが認められるところ、甲第六号証の筆跡は右上田の筆跡と明らかに相違するものであり、上田が自書したものという証人山本成淳の供述は措信しがたいが、片島も右筆跡は宮川のものと思われる旨述べており、右宮川の筆跡とも相当似通つていることと、右「経過報告書」を入手した経緯についての原告の供述からみても、上田の意思に基づいて宮川が代筆したものと考えるのが相当である。
3 しかるところ、右甲第六号証には、昭和五七年一二月二七日、上田が片島に一〇〇〇万円の融資を申し込んだところ、定期預金の解約を勧められたが、預金証書を第三者に引き渡してしまい証書がないことを説明すると、片島らは、本件各預金証書の紛失届を出し、被告に対する債務の一部に充当して貰えるならば、そのうち一〇〇〇万円を送金してもよいと述べ、上田はこれを承諾して、翌二八日、被告西陣支店の応接間で、それぞれ日付を異にする喪失届等の一連の書類を作成した旨の記載がある。
4 しかし、証人片島の証言により真正に成立したものと認められる乙第四(貸出金明細票)、第六号証(相互銀行取引約定書)及び同人の証言によれば、被告は、当時上田住宅に対し、二億三〇〇〇万円の債権を有していたが、十分な担保を確保しており、本件各預金の払い戻しを請求されてもこれに応じることができる状況にあり、また、本件各預金については担保を設定していなかつたが、手形貸付金の支払いが遅れており、右約定書の第七条により、必要があれば本件各預金と相殺することも可能であることが認められ、右のような状況からすれば、被告において、上田と共謀してまで右のような操作をする必要があるとは考え難い。
5 しかも、本件各預金証書の喪失届等の提出経過は前記三において判断したとおりであり、証人片島の証言によれば、喪失届の日時はコンピューターに入力され、人為的操作は不可能であることが認められる。
6 右の事実の外、原告本人尋問の結果によれば、上田が、前記「経過報告書」を作成したのは、本件各預金の払い戻しを拒否された後、原告が上田に抗議し、経過を書面に書かせたものであることが認められ、右事情をも考慮すれば、右報告書中前記3記載部分はたやすく措信し難く、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。
7 そうすると、右時点までに念書払された預金②については、その余の点について検討するまでもなく、被告に不法行為責任があるものとはいえない。
8 次に、証人笹山の証言によれば、同人は、昭和五八年一月二二日、原告の依頼により被告西陣支店を訪れ、本件各預金証書を示してその支払いを求めていることが認められる。なお弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第二号証の五(取引残高照会票)の照会日時が昭和五八年一月二二日一一時三三分となつており、右証人の述べる訪問日時と一致すること、また、右照会票に記載された預金①③④の残高と、同人の証言により同人が右訪問の際に片島の説明をメモしたものと認められる甲第八号証の預金①③④の各証書の欄外の数字が一致することから、笹山が右日時に訪問したことは明らかであり、右認定に反する片島の供述は措信できない。
そうすると、右一月二二日の時点で、被告において、上田住宅が本件各預金の受領権限を原告に付与していたことを知つたことは明らかである。
9 そして、前記のとおり、預金①③④⑤はその以前に預金担保が設定されていたが、その時点ではまだ相殺はされておらず、被告は同日(恐らく笹山の訪問後)、念書払申請書を作成し、本部の承認を得たうえで同月二五日相殺したものである。
10 しかして、前記甲第一〇号証によれば、預金①③④⑤についても念書払の書面が作成されており、上田住宅に右預金の払い戻しがなされたような形式はあるが、実質は前記のように手形貸付分と相殺したものであり、一月二二日の時点においても、被告は上田住宅に対する債権と預金①③④⑤の債権を相殺する権限も利益もあり、原告の受領権限を承認していたのでもないから、原告の払戻請求に応じず、その後自己の債権と相殺したことになんら違法な点はないものといわなければならない。
なお、笹山の証言によれば、笹山が被告に本件各預金の払い戻しを求めた際、片島は、本件各預金については昭和五七年暮に喪失手続により払戻ずみである旨述べたことが認められるところ(この点、片島も預金については無いと回答したと述べている。)、被告の右対応には疑問があるけれども、これによつて、被告に原告を害する意図があつたともいえず、右判断を左右するものではなく、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠もない。
七以上の次第であり、被告の行為によつて原告の債権が侵害されたものとはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。
八よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 井垣敏生)
別紙
定期預金目録
上田住宅が被告西陣支店に預け入れた左記内容の定期預金
番号
預入日
昭和年月日
金額(円)
満期日
昭和年月日
証書番号
①
五四・二・二〇
七〇万四七六七
五五・二・二〇
一五一三〇三
②
五四・一一・三〇
三〇〇〇万〇〇〇〇
五五・一一・三〇
一八七七八二
③
五五・三・一〇
一二〇万〇〇〇〇
五六・三・一〇
二〇二四八〇
④
五五・九・二五
一〇〇〇万〇〇〇〇
五六・九・二五
二三五九八一
⑤
五六・五・二一
一〇〇〇万〇〇〇〇
五七・五・二一
二六五二九五