京都地方裁判所 昭和60年(行ウ)7号 判決 1986年1月23日
原告 馬原郁 外二四名
被告 京都市長
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 (主位的請求)
被告が、京都市風致地区条例二条に基づき、昭和五九年一一月一五日付で西武鉄道株式会社に対してした、同社が別紙物件目録記載の土地において建築物を新築することに対する許可処分が無効であることを確認する。
(予備的請求)
同許可処分を取り消す。
2 被告が、同条に基づき、昭和六〇年九月三〇日付で同社に対してした、同社が同土地において工作物(擁壁)の新築、土地の形質の変更(宅地造成)及び竹木の伐採を行うことに対する許可処分を取り消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
(本案前の申立て)
主文と同旨。
(本案についての申立て)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 処分の存在
被告は、京都市風致地区条例二条に基づき、西武鉄道株式会社に対し、昭和五九年一一月一五日付で同社が別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)において建築物(以下本件建築物という)を新築することに対する許可処分(以下本件第一処分という)を行い、昭和六〇年九月三〇日付で同社が本件土地において工作物(擁壁)の新築、土地の形質の変更(宅地造成)及び竹木の伐採を行うことに対する許可処分(以下本件第二処分という)を行つた。
2 本件各処分の違法性
本件各処分には、次の違法があり、この違法は、重大かつ明白な瑕疵に該る。
(一) 京都市風致地区条例五条一項(1)ウ(ア)ただし書適用の誤り
(1) 被告は、同ただし書を適用して本件第一処分を行つたのであるが、本件第一処分には、同ただし書の解釈適用を誤つた違法がある。
(2) 本件土地は、第二種風致地区に指定されているのであるから、新築許可の対象となる建築物の高さは一〇メートル以下でなければならないのが原則である(同項(1)ウ(ア)本文、別表参照)が、同ただし書は、「ただし、当該建築物の位置、規模、形態及び意匠が新築の行われる土地及びその周辺の土地の区域における風致と不調和でなく、かつ、敷地について風致の維持に有効な措置が行なわれることが確実と認められる場合においては、この限りでない。」と規定し、この規定によつて高さが一〇メートルを超える建築物の新築が許可の対象とされるのである。このように、同ただし書は、許可基準を例外的には緩和するものであるから、その解釈適用は、都市計画法やその関係法規の趣旨に従い、厳格に行われなければならない。そして、建築物の高さ制限が風致地区における自然的景観保護のための規制のなかで中心を占める重要な規制であることや同本文等により高さ規制の原則が一〇メートル以下と極めて明瞭に一義的に定められていることを考えると、同ただし書を適用する場合は、一〇メートルをさほど超えない建物で、規模が小さく、周囲の土地、樹木に隠れてめだたないなど、自然的景観を破壊しないと認められる例外的なケースでなければならないというべきである。
(3) ところが、本件建築物は、塔屋を除いた高さが二八メートルに達し、規制の原則の約三倍の高さであるうえ、その規模も地上八階、客室数約三五〇室、延床面積約三万六〇〇〇平方メートルという一般民家とは比較にならない巨大な建築物(ホテル)である。さらに、建築の場所も小高い丘の上であり、本件建築物は、遠く離れた場所からも容易に目に入るのである。
本件建築物の周囲は、豊かな樹林地帯であり、一帯の風致地区の中でも最も自然に恵まれた地域であるから、もはや敷地についてどのような風致維持のための措置がとられようとも、本件建築物と周辺の土地の区域における風致との調和が確保されることは不可能なのである。
(4) このように、本件建築物に対しては、同ただし書を適用して、その新築を許可できないことが明らかであるにもかかわらず、被告は、本件第一処分を行つた。
(二) 同条例五条一項(1)ウ(エ)の具体的解釈基準違反
(1) 同条例五条一項(1)ウ(エ)は、建築物について、「位置、形態及び意匠が、・・・新築の行われる土地及びその周辺の土地の区域における風致と著しく不調和でないこと。」と規定し、京都市は、この規定を受けて、具体的解釈基準を策定し、一帯の風致地区内で建築される建築物について、細かい規制を行つてきた。
この基準によると、第二種風致地区において建築される建築物の屋根形式は入母屋、寄棟、切妻その他これらに類する形式、外壁の色彩はじゆらく色、灰色又は薄茶色の系統でなければならない。ところが、本件建築物の意匠、形態は、この基準と著しく異なつているのである。
(2) このように、本件建築物は、右基準に合致しないから、新築を許可できないにもかかわらず、被告は、本件第一処分を行つた。
(三) 平等原則違反
(1) 都市計画法による地域地区制度は、同法の定める土地利用計画の重要な構成要素をなしているものであつて、都市住民の住みよく働きやすい都市環境を創出することを目的とし、住居、商業、工業その他の建築物の用途、密度などを適正に配分することによつて、都市生活の安全性、利便性、快適性の増進を図り都市住民の共同の福祉を実現することをめざしているのである。そして、被告は、同条例により、右の目的を達成するため、都市住民の土地所有権を大幅に制限することができる権限を与えられている。
したがつて、被告は、同条例の適用にあたつて、客観的合理的基準に基づき、都市住民の共同の福祉と個々の土地所有者の私権との調整を慎重に行い、私人相互間に不当な差別が生じないように配慮する法律上の義務を負担しているというべきである。
(2) ところが、本件各処分は、一般市民が申請しても到底許可されないような大規模な建築物の新築や宅地造成等に対する許可処分であり、被告は、一般市民と西武鉄道株式会社とを差別的に取り扱つていることが明らかであるから、本件各処分は、平等原則に違反する。
3 原告適格
(一) 都市計画法は、「都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的」とし(一条)、その目的達成の手段として都市計画を定め、「都市計画は、農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきことを基本理念として定めるもの」(二条)としている。そして、その理念の実現のために設けられた規制の一つが風致地区内における建築等の制限(同法五八条、京都市風致地区条例)なのである。
そして、同法が高度経済成長に伴う無秩序な市街化から生ずる都市環境の悪化、特に都市周辺部の開発に適しない地域における単発的開発による都市環境の悪化の防止を目的として制定されたことを考えると、同法は、憲法一三条、二五条を具体化した立法であり、都市計画法一条の「公共の福祉」とは、一般的公益のみならず、個々の住民の利益をも意味するというべきである。
(二) ところで、原告らは、本件土地の周辺に居住するものであるが、本件土地は、豊かな緑におおわれたなだらかな山容の重なる美しい地域であり、建築物もこの自然美を破壊することのないように配慮され、自然との調和を保つた風趣をなしている。原告らは、毎日のようにその眺めを楽しみ、日々の生活の疲れを癒しており、この風致は、原告らの生活にとつてなくてはならないものである。そして、このような景観は、単に美的鑑賞の対象にとどまるものではなく、都市生活で不可避的に生ずる市民のストレスを癒し、人間関係を円滑にし、潤いのある都市生活を創造し、健康で文化的な都市生活を実現するために不可欠なのである。
(三) また、原告らは、京都市による風致地区の指定に基づき、建築物の建築、維持等について、同条例による厳しい規制を受けているが、都市生活における風致の重要性に鑑み、無補償でこれらの規制を甘受しているのである。
このような事情を考えると、本件土地周辺の風致は、原告らの財産権の制約の代償として創り守られてきたといえるのである。
(四) さらに、同法三条二項は都市の住民の協力義務を規定し、同法一六条は公聴会を、同法一七条は都市計画案の縦覧、意見書の提出等をそれぞれ制度化して住民参加の規定を設けているが、これらの規定は、都市開発の問題が居住住民の生活基盤そのものに直接影響を及ぼすため、住民の住環境等を保全しようとする趣旨であり、このことからも、同法が住民の生活環境を直接保護していることは明らかである。
(五) このように、同法は、風致地区における建築物の建築等を規制することによつて、市民に対して、調和のとれた趣きのある景観すなわち風致を享受する利益を直接保障したものというべきであるから、市民のこの利益は、単なる事実上の反射的利益ではなく、同法によつて付与された権利または同法によつて直接保護された法律上の利益であるとしなければならない。
(六) そして、本件各処分に基づいて行われる本件建築物の建築や宅地造成等によつて、本件土地周辺の自然的景観が害され、原告らの風致を享受する権利が侵害されるのであるから、原告らには、本件訴えの原告適格があるというべきである。
(七) さらに、京都市風致地区条例六条は、「市長の許可を受けた者は、当該許可に係る行為を行う土地の区域内の見やすい場所に、別に定めるところにより、許可の条件その他必要な事項を記載した標識を設置しなければならない」と定め、同条例施行規則一〇条は、「条例第六条に規定する許可標識には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
(1) 許可の年月日及び許可番号
(2) 行為地の所在及び地番
(3) 行為の期間
(4) 行為の種類及び面積または規模
(5) 許可の条件
(6) 許可を受けた者の住所及び氏名」
と定めている。これらの規定は、当該建築が許可に基づいていることを明らかにするとともに、地域住民に建築が行われることを知らせ、この許可の適法性につき、訴訟で争わせる途を保障するための措置であり、同条例自体、周辺住民の当事者適格を認めているというべきである。
4 原告らが本件第一処分が行われたことを知つたのは、昭和六〇年九月四日である。
5 よつて、原告らは、本件第一処分については主位的に無効の確認を、予備的に取消しを求めるとともに、本件第二処分については取消しを求める。
二 被告の本案前の主張
原告らには、本件訴えの原告適格がないから、本件訴えは不適法である。
すなわち、風致地区は、都市計画法に基づき、都市の風致を維持するために定められるものである(同法九条一五項)が、同法の目的は、国民全体の利益である国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進という公共の利益を確保することにあり、個々の住民に対する権利の付与やその利益の保護を目的としたものではないのである。したがつて、本件土地が第二種風致地区に指定され、建築物の建築等が制限されていたことは、原告らを含む何人に対しても、個別的な権利を付与したりその利益を保護したものではないから、原告らは、本件各処分によつて、権利や利益を侵害されたものということができず、本件訴えの原告適格を欠く。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2のうち、本件土地が第二種風致地区に指定されている事実は認め、その余の主張は争う。
3 同3の主張は争う。
4 同4の事実は不知。
第三証拠<省略>
理由
一 被告が本件各処分を行つたこと及び本件土地が第二種風致地区に指定されていることは、当事者間に争いがない。
二 本件訴えの適法性(原告適格の有無)について判断する。
1 本件訴えは、本件各処分の取消し及び無効確認を訴求するものであるが、行政処分の取消し及び無効確認訴訟の原告適格については、行訴法九条、三六条が、当該処分の取消しや無効確認を求めるにつき、「法律上の利益」があることを要求している。そして、行政処分の取消し及び無効確認訴訟が当該処分の法的効果として個人に生じている権利や利益の侵害状態を解消させ、その権利や利益の回復、維持を図ることを目的とするものであることを考えると、右の「法律上の利益」とは、このような権利や利益の回復、維持を指すものと解すべきである。そうすると、行政処分の取消し及び無効確認訴訟の原告適格は、当該処分の法的効果として、自己の権利や法律上保護された利益を侵害され、または、必然的に侵害されるおそれのある者に限り、これを有することになる。
そして、これらの権利や利益は、当該処分がその本来的効果として制限を加える権利や利益に限られるものではなく、行政法規が、明文の規定または当該法規の合理的解釈によつて、個人の権利や利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障された権利や利益も含まれるものと解すべきである。(以上につき、最高裁昭和五七年(行ツ)第一四九号同六〇年一二月一七日第三小法廷判決)
2 これを本件について検討すると、風致地区は、都市計画法に基づき、都市計画の一環として、都市の美観風致を維持するために、必要に応じて定められ(同法八条一項七号、九条一五項、一三条一項二号)、風致地区における建築物の建築、宅地造成等の行為については、政令で定める基準に従い、都道府県の条例(但し、本件に関しては、同法八七条二項により、京都市条例)で風致の維持のために必要な制限をすることができる(同法五八条一項)。そして、京都市風致地区条例は、風致地区における建築物の建築、宅地造成等の行為は、市長の許可を要するものとしている(同条例二条)。
ところで、同法の目的は、「都市計画の内容及びその決定手続、都市計画制限、都市計画事業その他都市計画に関し必要な事項を定めることにより、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与すること」(同法一条)であり、その基本理念は、「都市計画は、農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきこと」(同法二条)とされているが、この目的や基本理念に照らすと、同法は、適正な都市計画を行うことによつて、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を実現し、ひいては国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進を目指そうとするものであるから、同法一条の「公共の福祉」とは、全体としての都市住民の利益ないしは国民全体の利益を意味するものというべきであつて、同法が個々の都市住民に具体的な権利を付与したり、その利益を個別に保護するものと解することはできない。そして、風致地区の定めや風致地区における建築物の建築等に対する制限も、このような都市計画の一環として行われ、同法の目的の実現に奉仕するものである以上、これらの制限によつて、周辺住民が景観を享受し得たとしても、それは、同法や同条例が付与した権利や保護した利益とすることはできず、一般的公益の保護を通じ「附随的、反射的に保護される利益にとどまるものと解するのが相当である(横浜地昭和五九年一月三〇日判決・判例時報一一一四号四一頁)。
3 原告らは、原告らが景観を享受することは原告らが同条例による制約を無補償で甘受していることの代償であることや、同法三条二項が住民の協力義務を定め、同法一六条が公聴会を、同法一七条が都市計画案の縦覧、意見書の提出を、それぞれ制度化していること、同条例六条、同条例施行規則一〇条が、建築物の建築等の許可を受けた者に対し、許可の基準等を記載した標識の設置を義務付けていることを理由に、原告らが美観を享受することが原告らの権利ないしは同法及び同条例が保護する利益であり、近隣住民である原告らに本件各処分につき原告適格を認めるべきであると主張する。
しかし、原告らが同条例によつて受ける制約の代償として法が個々の住民に景観を享受する権利を保障していると解する根拠はなく、同法三条二項の協力義務は、都市住民が土地の合理的な利用のための適正な制限(同法二条)に服すべきことを明らかにしたものにすぎない。
公聴会や都市計画案の縦覧、意見書の提出や標識の設置は、特定の利害関係人を除いては広く住民一般を対象とするものであつて、特定の狭い区域の住民のみを対象とするものではなく、住民には風致地区指定又はその解除の申請をすることも認められていないことからすると、法は風致地域における建築許可等の処分について、近隣住民の利益を、一般的公益の中に吸収解消せしめるにとどめず、これと並んで、この利益を近隣住民の個別的利益としても保護することを趣旨としていると解することはできず、原告ら指摘の法条は本件各処分について、近隣住民に原告適格を認める理由となるものではない(参考として、最高裁昭和五七年九月九日第一小法廷判決・民集三六巻九号一六七九頁、東京地昭和五八年二月九日判決・行裁集三四巻二号一七九頁、東京高昭和五八年一一月一六日判決・行裁集三四巻一一号一九九二頁)。
4 以上判示のとおり、原告らが主張する景観を享受する利益は、法律上の権利でないことはもとより、法律上保護された利益であるとすることもできない。
したがつて、原告らには、本件訴えの原告適格がない。
三 以上の次第で、本件訴えは不適法であるから、本案について判断するまでもなく、却下を免れない。よつて、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 井関正裕 武田多喜子 長久保尚善)
別紙 物件目録<省略>