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京都地方裁判所 昭和62年(レ)50号 判決 1988年10月26日

控訴人

西村勲

右訴訟代理人弁護士

日置尚晴

被控訴人

椋棒喜代美

右訴訟代理人弁護士

浮田茂男

主文

一  原判決中、主文一、二項を取消す。

二  被控訴人の控訴人に対する本訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、以下のとおり訂正、附加するほか、原判決の事実摘示中の控訴人関係部分のとおりであるから、これを引用する。

原判決二枚目裏一〇行目の「ついての」を「関する」と、同三枚目表三行目の「奈良県橿原市」を「京都府相楽郡木津町」と、同四行目の「務めている」を「勤めている」と、同五枚目表一行目の「事実のうち」を「事実のうち、訴外喜代史が訴外久吉から被控訴人主張の家屋及びその付属物件を買受けたこと並びに」と、同二行目の「認め」を「いずれも認め」と訂正する。

三  被控訴人の当審附加主張

(一)  訴外喜代史が訴外久吉から本件農地を買受ける際には農地法五条所定の許可申請手続をする旨の約定はなかったし、また、その際には訴外喜代史にこれを宅地に転用する目的があったかどうか不明であるが、仮に同人に右の目的がなかったとしても、非農家である同人に対し農地を売渡した以上、当初から訴外久吉に同法三条又は同法五条所定の許可申請手続をする義務が当然に発生しており、後に訴外喜代史の承継人である被控訴人に右の目的が生じた時点で、訴外久吉の承継人である控訴人に同法五条所定の許可申請手続をする義務が具体的に発生したというべきである。

(二)  控訴人の後記当審附加主張(一)及び(二)はいずれも争う。

四  控訴人の当審附加主張

(一)  控訴人は、被控訴人主張の家屋が訴外久吉が訴外喜代史に売却された事実までも争うのではなく、原審以来、小字名の相違があって、甲第二号証に記載されている畑が本件農地であるとしても、同号証の作成及びその作成時期に関し強い疑問が存する以上、本件農地の売買契約にも疑問があると主張しているのであるが、原判決は、甲第二号証と甲第三号証を対比して両文書の訴外久吉の筆跡とその名下の印影が同一であることを認め、事実経過等を認定したうえ、認定した事実関係により右両文書が訴外久吉の意思に基づいて作成されたものであると推認して、本件農地の売買契約の成立を認めている。しかし、本件全証拠によるも右両文書がいつ作成されたのかが認定できないのに、原判決は何ら証拠によらずにそれぞれ記載のある作成日付に作成されたものであることを前提として右の結論に達したのであるが、右両文書の作成時期について強い疑問がある以上、本件農地の売買契約の成立の認定にも疑問があるというべきである。

(二)  訴外喜代史又はその家族がいつから本件農地を占有又は耕作を始めたかは証拠上明確でないうえ、被控訴人主張の本件農地売買の日より後においても、原審における控訴人本人尋問の結果によると訴外久吉が本件農地を耕作しており、原審証人小原久枝の証言によると、訴外久吉は本件農地を人に貸していると述べていたことがあり、また訴外玉木照芳に本件農地に建物を建てて使用するか本件農地を適当な代金で売却してもよい旨告げていることが認められるのであって、訴外久吉には本件農地をそれ以前に売却したとの意識はなかったというべきであるから、本件農地が本件の売買の目的とされたものでないことが明らかである。

(三)  被控訴人の当審附加主張(一)は争う。

五  証拠関係<省略>

理由

一原判決の理由説示中、その冒頭から原判決一〇枚目表五行目までを、以下のとおり訂正、削除したうえ、これを引用する。

原判決六枚目裏二行目の「事実のうち」を「事実のうち、訴外喜代史が訴外久吉から被控訴人主張の家屋及びその付属物件を買受けたこと並びに」と、同行目の「ことは」を「ことはいずれも」と、同裏八行目の「ものに相違ないと」を「ものであることが」と訂正する。

同七枚目裏八行目の「書証」を「文書」と、同九行目の「記名……」から同末行の「……けれど」までを「記名が、本人の自筆であり、その名下の押印が本人の印章によって顕出されたものであるか否かは暫くおくとしても」と訂正する。

同八枚目表一行目の「両名」を「喜代史、久吉両名」と、同四行目の「右推定……」から同五行目文末までを「右推定を覆すに足らず、他の右認定を動かすに足る証拠がない。」と訂正する。

同八枚目裏一行目の「買受けた」を「昭和二八年頃買受けた」と、同二行目の「自来」を「爾来」と、同四行目の「言は」を「言、並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の各結果は、いずれも」と、同五行目の「存在した」を「存在していた」と訂正する。

同九枚目裏五行目の「と推測」を「関係から、これをもって本件土地を示したものと推認」と訂正する。

同裏末行目の「、第六号証の一、二」を削除する。

同一〇枚目表五行目の「供述」を「供述及び弁論の全趣旨」と訂正する。

二右により訂正、削除して引用した原判決理由説示の認定は、同理由説示挙示の各証拠、当審証人玉木照芳の証言及び当審における控訴人本人尋問の結果の各一部、弁論の全趣旨によりこれを首肯是認することができ、これに反する当審証人玉木照芳の証言、当審における控訴人本人尋問の結果の各一部は、前掲各証拠、弁論の全趣旨に照らしにわかに措信できず、他に右認定を動かすに足りる証拠がない。

三(一)  当審における控訴人本人尋問の結果の一部によると、本件買受に係る家屋の敷地である宅地内にも庭や畑が合わせて六、七〇坪あることが認められるが、前示引用の原判決理由説示のとおり真正に成立したと認められる甲第二号証によると、右宅地は慈光寺所有につき不売と明示されているほか、「畑地の作物は春作物に限り六月三〇日まで乙(訴外久吉)の自由権利とする」とされ、本格的な畑を想定しているものと認められることや、いずれも成立に争いのない甲第九号証の一、二及び原審における被控訴人本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、右宅地は、訴外喜代史が昭和四四年四月七日慈光寺から買受け、同日被控訴人名義で所有権移転登記手続を経たことが認められ、これらの事実に照らし、控訴人主張のように本件農地とは別の右宅地内の庭や畑が本件で買受けた畑であるということはできず、この認定に反する当審における控訴人本人尋問の結果の一部は、前掲各証拠、弁論の全趣旨に照らしにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠がない。

(二)  控訴人は、当審附加主張四(一)において、家屋売買契約書(甲第二号証)と、木造家屋売渡證(甲第三号証)が作成された時期について強い疑問があると主張するけれども、前掲各証拠、弁論の全趣旨に照らすと、右各文書が、それに記載されている作成日付と異なる時期に作成されたことを窺わせる証拠もなく、右文書記載の各作成日にそれぞれ作成されたものと認めるのが相当である。もっとも、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果の各一部によると甲第一一号証の訴外久吉の署名は自筆であると認められ、そうするとその名下の印影は同人の印章によるものと推定すべきところ、右印影は縁に二か所欠損があるのに、これと作成日付を同じくする甲第三号証の同人の名下の印影には右のような縁の欠損はなく、その間に濃淡の差異があるので甲第三号証と甲第一一号証は同一の機会に作成されたものではないのではないかとの疑念が生じないでもないが、たとえ、この両文書が同一機会に作成されたものでないとしても、右甲第二、第三号証が訴外久吉の意思に基づいて作成されたものであるとの前示原判決引用による認定判断を左右するに足るものではなく、これをもって右認定判断を非難する控訴人の右当審附加主張四(一)は失当である。

(三)  次に、当審証人玉木照芳の証言によると、同人は昭和三六年五月頃訴外久吉から本件農地と覚しき土地を無償で提供するから家を建てて使用してもよいし、僅かな一、〇〇〇円足らずの代金で買取ってもらってもよい旨の申出を受けたことが窺えなくもないが、このことは訴外久吉には本件農地をそれ以前に訴外喜代史に売却したとの意識がないことの証左ともいいうる反面、訴外久吉が本件農地を訴外喜代史に売却してこれに対する所有意識が希簿であったためであるとも考えられるので、たとえ右の事実が認められたとしてもこれをもって直ちに前示本件農地の売買の認定を覆すに足りるものではなく、控訴人の当審附加主張四(二)は失当であって採用できない。

四そこで、被控訴人の当審附加主張三(一)について判断する。

(一)  訴外喜代史が訴外久吉から本件農地を買受ける際に農地法五条所定の許可申請手続をする旨の約定がなかったことは被控訴人の自認するところであるが、原審証人椋棒君子の証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、訴外喜代史は右買受当時医師であり、農地を買受ける資格を有しない非農家であったことが認められ、訴外久吉はこの事情を知悉しながらかかる非農家の訴外喜代史に農地を売渡したのであることが認められる。そして、前示訂正、削除して引用した原判決理由説示のとおり、訴外喜代史が本件農地を買受けた当初からその家族らにおいてこれを耕作してきたことが認められ、本件農地が現況農地であることも当事者間に争いがない。これらの事実の経緯、弁論の全趣旨に照らすと、本件農地を買受けた当初からもともと訴外久吉及び喜代史にはこれを農地以外のものに転用する目的があったとはいえないのであって、本件農地の売買が農地法五条一項所定の「農地を農地以外のものにするため」に所有権の移転をするものに該るとは認められず、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

(二)  農地の売買は、農地法三条、五条の各一項但書各号所定の場合を除き、農業委員会ないし知事の許可を受けることを法定条件として、当事者間の債権契約として成立し、農地の買主は、その必要がある限り売主に対し、知事等の許可を条件として農地所有権移転登記手続を請求することができる(最判昭和三九・九・八民集一八巻七号一四〇六頁など参照)。

1  ところで、本件農地の売買は前認定(一)のとおり、控訴人の先代久吉が非農家(医師)である被控訴人の先代喜代史へ昭和二七年一二月二〇日に売渡したものであるが、その後も被控訴人側が今日まで畑地として耕作してきているのであって、売買契約当時、宅地転用の意図は具体的にはもとより、抽象的一般的にもなく、契約当事者間において本件農地を宅地等農地以外のものに転用するためになされたものでないことが明らかである。

2  そして、農地法三条二項二号、四号、八号に照らし、医師である被控訴人先代喜代史は特段の事情がない限り、本件農地を農地のまま買受け、同法三条の許可を受けることができない。また、非農家が農地を買受け知事の許可を得ることができるのは、同法五条一項の「農地を農地以外のものにするため」、即ち、宅地等転用目的の農地売買に限られるのである。したがって、転用目的のない非農家である右喜代史への本件農地の売買についてはもともと同法三条、五条所定の知事の許可を得る余地はなく、したがって、特約その他特段の事情がない限り、許可申請協力請求権が発生するに由ないものであるといわねばならない。

3  被控訴人はその当審附加主張三(一)において、この点につき、非農家に農地を売渡した以上、それが宅地等の転用目的がなく、また、農地法五条所定の許可申請をなす約定がなくても、売買契約上当然に許可申請をする義務が生ずる旨主張する。成程、農地を農家へ売渡した場合ないし宅地転用の目的をもって非農家に売渡した場合には、有効に成立した債権契約としての売買契約上当然に同法三条又は五条所定の許可申請義務が、何らの特約を要しないで売主の義務として発生すると解されるが(農家への売渡による農地法三条の許可申請義務につき、最判昭和三五・一〇・一一民集一四巻一二号二四六五頁参照)、転用目的のない非農家への農地売買についてまで右許可申請義務が当然に生ずるものとはいえないし、被控訴人の当審附加主張三(一)のようにこの場合にも契約当初から当然に右許可申請義務が生ずるとすれば、売主が右許可申請手続をとることができないのに買主の有する右許可申請協力請求権の消滅時効が右売買契約当初から進行することにもなり、不合理であるし(最判昭和五五・二・二九民集三四巻二号一九七頁参照)、といって、右被控訴人附加主張のように、売主側で、その相続人を含めて将来、随時転用目的が生ずるまでいつまでも浮動的な農地売買の効力が持続し、その目的が生じた時点で右許可申請協力義務が生ずるに至ると解するのは、長期に亘る法律関係の不安定を齎らすもので相当でない。

4  そうすると、訴外久吉及びその売主の地位を承継した控訴人には、訴外喜代史の買主の地位を承継した被控訴人に対し、本件農地について、農地法五条所定の許可申請手続をする義務が生ずるいわれはなく、したがって、また右許可を条件とする所有権移転登記手続をする義務も存在しないというほかない。

五以上のとおり、控訴人に対する被控訴人の本訴請求はいずれも理由がないからこれを認容した原判決は失当であって、本件控訴は理由がある。よって、原判決中控訴人に対する部分である主文一、二項を取消し、被控訴人の控訴人に対する本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉川義春 裁判官田中恭介 裁判官和田康則)

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