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京都地方裁判所 昭和62年(ワ)2627号 判決 1990年12月20日

原告

池坊専永

株式会社日本華道社

右代表者代表取締役

小野専芳

右両名訴訟代理人弁護士

鬼追明夫

田中実

安木健

被告

株式会社東洋興信所

右代表者代表取締役

津幡正晴

被告

津幡正晴

石亀清司

右三名訴訟代理人弁護士

太田常晴

被告

内外タイムズ株式会社

右代表者代表取締役

遠矢健一

被告

遠矢健一

右両名訴訟代理人弁護士

荒竹純一

同訴訟復代理人弁護士

久保田理子

千原曜

被告

株式会社大阪日日新聞社

右代表者代表取締役

北村守

被告

北村守

右両名訴訟代理人弁護士

中谷茂

村木茂

同訴訟復代理人弁護士

川崎全司

主文

一  被告株式会社東洋興信所、被告津幡正晴、被告石亀清司は、原告池坊専永に対し各自金一〇〇万円及びこれに対する被告株式会社東洋興信所、被告石亀清司については昭和六二年一一月一二日から、被告津幡正晴については同年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告株式会社日本華道社に対し各自金五〇万円及びこれに対する被告株式会社東洋興信所、被告石亀清司については昭和六二年一一月一二日から、被告津幡正晴については同年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  被告株式会社東洋興信所は、原告らに対し、別紙謝罪広告(一)の一記載の内容の謝罪広告を、同二記載の条件で、同被告の発行する東洋経済通信紙上に一回掲載せよ。

三  被告内外タイムズ株式会社、同遠矢健一は、原告池坊専永に対し各自金一五〇万円及びこれに対する昭和六二年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告株式会社日本華道社に対し各自金二〇万円及びこれに対する昭和六二年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

四  被告内外タイムズ株式会社は、原告らに対し、別紙謝罪広告(二)の一記載の内容の謝罪広告を、同二記載の条件で、同被告の発行する内外タイムス紙上に一回掲載せよ。

五  被告株式会社大阪日日新聞社、同北村守は、原告池坊専永に対し各自金一五〇万円及びこれに対する昭和六二年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告株式会社日本華道社に対し各自金二〇万円及びこれに対する昭和六二年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

六  被告株式会社大阪日日新聞社は、原告らに対し、別紙謝罪広告(三)の一記載の内容の謝罪広告を、同二記載の条件で、同被告の発行するニチニチ紙上に一回掲載せよ。

七  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

八  訴訟費用はこれを九分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

九  この判決は、第一、第三及び第五項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告株式会社東洋興信所(以下「被告東洋興信所」という。)、被告津幡正晴(以下「被告津幡」という。)、被告石亀清司(以下「被告石亀」という。)は各自、原告らに対しそれぞれ金五〇〇万円並びにこれに対する被告東洋興信所及び被告石亀については昭和六二年一一月一二日から、被告津幡については同年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告東洋興信所は、原告らに対し、別紙謝罪広告(一)の一記載の内容の謝罪広告を、同三記載の条件で、同被告の発行する東洋経済通信紙上に一回掲載せよ。

3  被告内外タイムズ株式会社(以下「被告内外タイムズ」という。)、被告遠矢健一(以下「被告遠矢」という。)は各自、原告らに対しそれぞれ金五〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告内外タイムズは、原告らに対し、別紙謝罪広告(二)の一記載の内容の謝罪広告を、同三記載の条件で、同被告の発行する内外タイムス紙上に一回掲載せよ。

5  被告株式会社大阪日日新聞社(以下「被告大阪日日」という。)、被告北村守(以下「被告北村」という。)は各自、原告に対しそれぞれ金五〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

6  被告大阪日日は、原告らに対し、別紙謝罪広告(三)の一記載の内容の謝罪広告を、同三記載の条件で、同被告の発行するニチニチ紙上に一回掲載せよ。

7  訴訟費用は被告らの負担とする。

8  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張及び認否

一  請求原因

1  当事者の地位

(1) 原告池坊専永(以下「原告専永」という。)は、華道池坊四五代宗匠であり、六角堂こと頂法寺の住職である。原告株式会社日本華道社(以下「原告会社」という。)は、華道池坊関係の華道雑誌・書籍の出版及び販売を主な目的とする会社である。

(2) 被告東洋興信所は、経済上の情報の販売を目的とする会社で、信用情報紙「東洋経済通信」を発行しており、被告津幡は、同社の代表取締役の地位にあって、従業員である編集者を指揮、監督する権限、責任を有するものであり、被告石亀は、同社発行の東洋経済通信の発行人兼編集者である。

(3) 被告内外タイムズは、日刊新聞の印刷、発行及び販売を目的とする会社で、日刊新聞「内外タイムス」を発行しており、被告遠矢は、同社の代表取締役の地位にあり、従業員である編集者を指揮、監督する権限、責任を有するものである。

(4) 被告大阪日日は、日刊新聞の発行及びこれに関連する出版印刷を目的とする会社で、日刊新聞「ニチニチ」を発行しており、被告北村は、同社の代表取締役の地位にあり、従業員である編集者を指揮、監督する権限、責任を有するものである。

2  名誉毀損の事実

(1) 被告東洋興信所、被告津幡及び被告石亀関係(以下「被告東洋興信所関係」という。)

被告東洋興信所は、昭和六二年七月二七日発行の東洋経済通信特報において、「池坊専永氏の手形不渡」と題する記事(以下「本件特報」という。)を執筆掲載し、同記事中に別紙約束手形目録記載の約束手形の第二振出人として原告会社を、同社代表取締役として原告専永の名称を記載し、原告らが不渡手形を出した旨の信用情報記事を記載し、そのころ本件特報が掲載された右情報紙を郵便局から郵送に付し、京都市内の購読者に頒布した。

(2) 被告内外タイムズ、被告遠矢関係(以下「被告内外タイムズ関係」という。)

被告内外タイムズは、昭和六二年八月五日発行の内外タイムスにおいて、「池坊専永家元・また乱脈発覚・五億・不渡り手形」と題する記事(以下「本件タイムス記事」という。)を執筆掲載し、「華道界の最大流派『池坊』の家元池坊専永氏が五億円の不渡手形を出した。専永氏と実弟の小野専孝氏がそれぞれ代表取締役に就任している会社が振り出した約束手形七通が先月二四日、協和銀行京都支店で不渡りになっていることが明らかとなった。」などと記載し、そのころ同紙を主として東京方面において頒布した。

(3) 被告大阪日日、被告北村関係(以下「被告大阪日日関係」という。)

被告大阪日日は、昭和六二年八月七日発行のニチニチにおいて、「池坊専永家元・乱脈またも発覚・五億円不渡り手形」と題する記事(以下「本件ニチニチ記事」という。)を執筆掲載し、「華道界の最大流派『池坊』の家元池坊専永氏が五億円の不渡手形を出した。専永氏と実弟の小野専孝氏がそれぞれ代表取締役に就任している会社が振り出した約束手形七通がこのほど、協和銀行京都支店で不渡りになっていることが明らかとなった。」などと記載し、そのころ同紙を主として大阪方面において頒布した。

3  被告らの責任

被告らの執筆掲載した記事は、全く事実に反するものである。原告らは、記事の執筆された当時においても今日においても、不渡手形を出したという事実はない。ところが、被告らはこの事実を原告らに確かめることもなく、また、何の根拠もなく、原告らが不渡手形を出した旨を特報として掲載し、あるいは大々的に記事としている。これらの特報ないし記事には、原告らの信用を配慮する姿勢は全く見受けることができず、ただ原告専永の知名度が高いことのみを考えて興味本位もしくは、ただ原告らを困惑させることのみを目的として掲載したものとしか考えられない。

被告石亀は、東洋経済通信の発行人兼編集人であって、同通信特報に前記のような事実無根の本件特報を掲載した責任があり、また、被告津幡、被告遠矢、被告北村は、それぞれ被告東洋興信所、被告内外タイムズ、被告大阪日日の代表者であって、従業員の監督を怠り前記のような事実無根の記事を掲載させた責任がある。

4  損害

原告らは、被告らの行為により著しく経済上の信用や名誉を害され、回復しがたい損害を被った。これを慰謝するには、被告東洋興信所、被告津幡、被告石亀においては原告らにそれぞれ金五〇〇万円、被告内外タイムズ、被告遠矢においては原告らにそれぞれ金五〇〇万円、被告大阪日日、被告北村においては原告らにそれぞれ金五〇〇万円をもってするのが相当である。

5  よって、原告らは、被告東洋興信所、被告津幡、被告石亀に対し、不法行為に基づく慰謝料としてそれぞれ金五〇〇万円及びこれに対する、被告東洋興信所、被告石亀においては訴状送達の日の翌日である昭和六二年一一月一二日から、被告津幡においては訴状送達の日の翌日である昭和六二年一二月三日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに原告らの名誉ないし信用を回復するため請求の趣旨第二項記載のとおりの謝罪広告の掲載を、被告内外タイムズ、被告遠矢に対し、不法行為に基づく慰謝料としてそれぞれ金五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六二年一一月一二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに原告らの名誉を回復するため請求の趣旨第四項記載のとおりの謝罪広告の掲載を、被告大阪日日、被告北村に対し、不法行為に基づく慰謝料としてそれぞれ金五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六二年一一月一二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに原告らの名誉を回復するため請求の趣旨第六項記載のとおりの謝罪広告の掲載を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告東洋興信所関係

請求原因1の(2)及び同2の(1)事実は認め、同3及び同4の事実のうち第一文の事実は否認し、同1の(1)、(3)、(4)の事実は不知、同4第二文の主張は争う。

なお、原告らは、被告らに対し、謝罪広告の掲載を請求しているが、これは、判決をもって謝罪広告の掲載を強制するものであり、良心の自由ないし沈黙の自由を害し、憲法一九条に反するものである。名誉回復措置としては、原告ら勝訴判決が確定した旨の広告、すなわち「勝訴判決広告」で充分であり、違憲な謝罪広告に代えて、この「より制限的でない他に選びうる手段」にとどめるべきである。

2  被告内外タイムズ関係

請求原因1の(3)及び同2の(2)の事実は認め、同3の事実は否認し、同1のその余の事実は不知、同4の事実は争う。

3  被告大阪日日関係

請求原因1の(1)ないし(3)の事実は知らない。(4)の事実のうち被告北村が編集者を指揮、監督する責任を有していることは否認し、その余は認める。同2の(1)、(2)は不知、(3)は認め、同3の事実のうち原告らが不渡りを出したことがないことは知らず、その余は否認し、同4の事実は争う。

三  抗弁

1  被告東洋興信所関係

本件特報は以下に述べるように、公共性、公益性及び真実性が存在し、何ら違法性はない。

(1) 原告専永が理事長をしている訴外財団法人青少年修心道場会(以下「道場会」という。)は、昭和五六年六月一日、京都府教育委員会の設立許可を得、同月九日設立されたものであるが、同六〇年四月ころから顕在化した多額の債務整理について、多数の利害関係人に影響をもたらした問題(以下「道場会問題」という。)は、マスコミ等で報道され、重大な社会問題となった。

(2) 道場会は、昭和六一年七月一五日、解散許可がなされたが、その前日に、原告専永らは声明文を読み上げて記者会見し、「理事全員が清算人となって最後まで社会的責任を果たす。」と誓約した。また、これに先立ち、道場会の常務理事であった訴外小野専孝(原告専永の弟、以下「小野専孝」という。)は、「詰め腹」(昭和六〇年一一月二六日読売新聞)により池坊関連団体の役員を辞任したものの、原告会社の取締役の地位は依然として維持し、道場会の債務整理を含む清算事務を履行していたものである。そして、社会問題としても大きく注目されていた道場会の残債務の整理のため本件で問題となる約束手形二通(別紙約束手形目録一、二記載の各手形。以下「本件手形」という。)を含む手形が振出されていたことは、マスコミ関係者の間では公知の事実であった。

(3) ところが、被告東洋興信所らは、突如として本件手形が不渡りとなったことを知り、その金額が多額であったことから、「最後まで社会的責任を果たす。」との対外的表明と著しく反した事態となり、道場会問題が再燃したと認識した。

(4) そのため、公共の利害に関するこの問題が再燃することにより、将来発生すると予想される種々多数の被害を少しでも防ごうとの公益目的をもって、その真実を本件特報として報道したものである。

(5) 少なくとも、原告会社については、本件手形面上に「株式会社日本華道社取締役小野専孝」の署名、押印がなされているのであるから、それが保証の趣旨か共同振出の趣旨かを問わず、原告会社に約束手形金支払いの義務があり、現に右手形の原因債権につき、手形所持人から原告会社に対し手形金請求訴訟が京都地方裁判所に提起され、現在係属中であることから、原告会社につき本件特報は真実である。

(6) 仮に、本件特報が真実であることが証明の段階に至っていないとしても、右事実に加え、被告東洋興信所において独自の情報収集活動により得た情報をもとに、原告専永が代表者となっている原告会社が手形の不渡りを出したことが真実であると信じたのであり、被告東洋興信所らが本件特報を真実であると信ずることに相当の理由があるから、やはり違法性はない。

2  被告内外タイムズ関係

本件タイムス記事の報道は、公共の利害に関する事実について公益を図る目的をもって行われたものであって、何ら違法行為を構成するものではない(公正な論評の法理)。

(1) 原告らはパブリック・フィギュアである。

パブリック・フィギュアとは、その者の業績・名声・生活様式により、あるいは公衆がその人の行動・人格等に正当な関心を持つような職業につくことにより公の人物になった人であるが、このような立場にある者は、その公的性格から、公務員の職務行為に関する論評、報道等と同じように、一定の範囲において、論評の対象となることを甘受すべき地位にある。これは、国民がその共通の関心事については、広く情報を与えられ、自由に批判、討論をなしうることが、国民や社会の利益であるという考え方に根ざしているものである。

原告専永は華道池坊第四五世家元であり、原告会社は池坊関係の業務に必要な華道雑誌・書籍の出版及び販売等を主な業務とし、また原告専永が代表取締役をつとめていたことから、原告らは、たとえ私人であっても、公的性格を持ち、公人と称してさしつかえない地位、すなわちパブリック・フィギュアであるといえる。とすれば、原告らの個人的な立場より、自由で抑圧されない議論の場の必要性が優先する。

(2) 本件タイムス記事は公正な論評である。

新聞報道等において、その報道内容が公正な論評である場合、たとえ摘示事実が名誉毀損行為に客観的には該当することとなっても、不法行為責任は成立しないと考えるべきである。ここにいう公正な論評とは、公共の利害に関する事項または一般公衆の関心事であるような事柄については、何人といえども論評の自由を有し、それが公的活動とは無関係な私生活暴露や人身攻撃にわたらず、かつ論評が公正であるかぎりでは、いかにその表現が激越であろうとも、またその結果として被論評者が社会から受ける評価が低下することがあっても、論評者は名誉毀損の責任を問われることはなく、そして、論評の公正は、意見批判が客観的に正当である必要はなく、主観的に正当であると信じてなされればよい。

本件タイムス記事は、事前の綿密な取材に基づいて、公的団体である原告会社ないしその代表者であった原告専永の活動という、公共の利害に関する事項あるいは少なくとも一般公衆の関心事に渡る事項について、記事を一見して了解できるような論評であり、正に公正な論評であるから、本件タイムス記事の掲載については何ら違法性がないものである。

(3) 少なくとも、原告会社については真実である。

原告会社が本件手形面上に振出人訴外株式会社祥雲堂(以下「祥雲堂」という。)と並列して記名押印を行っているのであって、これが保証の趣旨か共同振出の趣旨かという法的意味は別にしても、原告会社が本件手形について手形上の責任を負うことは明らかである。

(4) 被告内外タイムズには、本件タイムス記事を真実と信ずるに足る相当な理由がある。

被告内外タイムズは、昭和六二年八月三日、金融・経済関係のフリージャーナリストから原告専永もしくは原告会社の共同振出に係る約五億円の手形が資金不足により不渡事故を発生させている旨の情報を得るとともに、被告東洋興信所発行の本件特報を入手した。そして、その情報の信憑性を確認するために、京都手形交換所配付の「昭和六二年七月二四日交換日分不渡報告第七八号」と題する書面を入手するとともに、訴外協和銀行京都支店及び訴外池坊華道会に架電して、その事実関係を取材した。

3  被告大阪日日関係

本件ニチニチ記事の報道は、公共の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出たものであって、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものである(公正な論評の法理)。すなわち、

(1) 原告らはいわゆる公人(パブリック・フィギュア)の地位にある。

パブリック・フィギュアとは、その者の業績・名声・生活様式により、あるいは公衆がその人の行動・人格等に正当な関心を持つような職業につくことにより公の人物になった人であるが、このような立場にある者は、その公的性格から、公務員の職務行為に関する論評、報道等と同じように、一定の範囲において、論評の対象となることを甘受すべき地位にある。これは、国民がその共通の関心事については、広く情報を与えられ、自由に批判、討論をなしうることが、国民や社会の利益であるという考え方に根ざしているものである。

原告専永は華道池坊第四五世家元であり、原告会社は池坊関係の業務に必要な華道雑誌・書籍の出版及び販売等を主な業務とし、また原告専永が代表取締役をつとめていたこと、そして、華道「池坊」が華道界における最大流派であり、多数の国民を弟子として擁していることから、原告らは、たとえ私人であっても、公的性格を持ち、公人と称してさしつかえない地位、すなわちパブリック・フィギュアであるといえる。とすれば、原告らの個人的な立場より、自由で抑圧されない議論の場の必要性が優先する。

(2) 本件ニチニチ記事は公正な論評である。

新聞報道等において、その報道内容が公正な論評である場合、たとえ摘示事実が名誉毀損行為に客観的には該当することとなっても、不法行為責任は成立しないと考えるべきである。ここにいう公正な論評とは、公共の利害に関する事項または一般公衆の関心事であるような事柄については、何人といえども論評自由を有し、それが公的活動とは無関係な私生活暴露や人身攻撃にわたらず、かつ論評が公正であるかぎりでは、いかにその表現が激越であろうとも、またその結果として被論評者が社会から受ける評価が低下することがあっても、論評者は名誉毀損の責任を問われることはなく、そして、論評の公正は、意見批判が客観的に正当である必要はなく、主観的に正当であると信じてなされればよい。

本件ニチニチ記事は、事前の綿密な取材に基づいて、公的団体である原告会社ないしその代表者であった原告専永の活動という、公共の利害に関する事項あるいは少なくとも一般公衆の関心事に渡る事項について、記事を一見して了解できるような論評であり、正に公正な論評であるから、本件ニチニチ記事の掲載については何ら違法性がないものである。

(3) 少なくとも、原告会社については真実である。

原告会社は、本件手形面上に振出人祥雲堂と並列して記名押印を行っているのであって、これが保証の趣旨か共同振出の趣旨かという法的意味は別にしても、原告会社が本件手形について手形上の責任を負うことは明らかである。

(4) 被告大阪日日には、以下のとおり、本件ニチニチ記事を真実と信ずるに足る相当な理由がある。

被告大阪日日は、被告内外タイムズとの間で記事提携契約を締結し、日常的に被告内外タイムズの掲載記事を有償提供を受けてきた。しかも、本件タイムス記事は訴外協和銀行京都支店の談話や訴外池坊華道会の経理課職員の談話も掲載されており、これらの談話内容の詳しさ等から、被告内外タイムズが綿密な取材をした形跡が認められた。また、被告大阪ニチニチの記事は本件タイムス記事より二日遅れて転載しているが、この間、被告内外タイムズから本件ニチニチ記事について転載を見合わせて欲しい旨の連絡もなかった。

四  抗弁に対する認否及び原告らの反論

1  被告東洋興信所関係、被告内外タイムズ関係、被告大阪日日関係ともに共通

被告らの主張については、報道上の名誉毀損の成否の問題として、その行為が公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益をはかる目的に出た場合において、

(1) 掲示された事実が真実であることが証明されたときには違法性がなく、

(2) もし右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには故意過失がない。

との理論と符号する限りで認めるが、被告らには、右(1)の真実の証明も、(2)の相当の理由の証明もないものである。

したがって、被告らの抗弁事実はその点においてすべて否認する。

2  原告らの反論(抗弁1の(5)、同2の(3)、同3の(3)に対し)

(1) 手形用紙の振出人欄に複数の署名がなされている場合に、それを共同振出と解するか、あるいは二番目以下の署名を保証と解するかについては、学説の対立があるが、実務的には、第二署名者以下の者の預金口座から手形の支払いができるか、またこれらの者に支払銀行との当座取引がなかったりあるいはその口座が預金不足であった場合に不渡処分できるかの問題を生ずることがある。そこで、銀行実務上は、共同振出の取り扱いをするのであれば、支払銀行としては必ず第二署名者以下の者に確認の書面を取りつけることとなるのであり、逆にそのような確認ができなければ第二署名以下のものは保証の趣旨でなされたものとして取り扱うことになる。したがって、支払銀行としては、第二署名以下の振出人欄の署名が明らかに共同振出の趣旨でなされたものと認められる場合を除き、第二署名以下の者について手形交換所に不渡届を提出することはありえないのである。

(2) 本件の場合、「株式会社日本華道社取締役小野専孝」の署名、押印が共同振出の趣旨でなされたと認められる事情は全く存在しない。銀行実務のうえで原告会社が共同振出人として取り扱われる余地はなく、原告会社について不渡届が提出されることはありえない。

(3) さらに、本件手形の表面には「株式会社日本華道社取締役小野専孝」の署名、押印がなされている。しかしながら小野専孝は原告会社の代表権を有せず、また、手形行為について代理権を有しない。したがって、本件手形に関しては原告会社の手形行為は存在しないのである。

第三  証拠関係<略>

理由

第一名誉毀損の有無について

一被告東洋興信所関係

(1)  請求原因1の(2)及び同2の(1)の事実は当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、原告専永は、華道流派池坊の第四五世家元であり、また六角堂こと頂法寺の住職であること、原告会社は池坊関係の華道雑誌、書籍の出版、販売を主な目的としており、池坊の編集、発行する「華道」(月刊誌、発行部数七万部)及び「ざ・いけのぼう」(月刊誌、発行部数一五万部)を販売していること、池坊は一五世紀の立花の名手池坊専慶を始祖とする最古の華道流派であって、現在三〇〇〇を越えるといわれている華道の諸流派の中で最大の流派であり、華道界を代表する存在であることが認められる。

(2)  そして、本件特報は、見出しにおいて「池坊専永氏の手形不渡! !」とし、原告専永が不渡手形を出したことを、また本文で第二振出人として「株式会社日本華道社代表取締役池坊専永」の記載があるとして原告会社も共に不渡手形を出したことを報道し、それらのことを読者に印象づけるものであって、原告らの社会的評価、とりわけ経済的信用を低下させ、原告らの名誉・信用を害すべき性質のものであることは明らかである。

二被告内外タイムズ関係

(1)  請求原因1の(3)及び同2の(2)の事実は当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、前記被告東洋興信所関係で認定した事実が認められる。

(2)  そして、右争いのない事実と<証拠略>によれぱ、本件タイムス記事は、見出しで「また乱脈発覚・池坊専永家元・五億・不渡り手形! 」、リード部分冒頭で「華道界の最大流派「池坊」の家元・池坊専永氏(五三)が五億円の不渡り手形を出した! 」として原告専永が手形不渡りを出したことを、また本文で「手形第二振出人欄には日本華道社の代表取締役・池坊専永氏の名前が記載されてあります。」として原告会社も共に不渡手形を出したことを報道し、それらのことを読者に印象づけるものであって、原告らの社会的評価、とりわけ経済的信用を低下させ、原告らの名誉・信用を害すべき性質のものであることは明らかである。

三被告大阪日日関係

(1)  請求原因1の(4)のうち被告北村が編集者を指揮、監督する責任を有していることを除くその余の事実及び同2の(3)の事実は当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば前記被告東洋興信所関係で認定した事実が認められる。

(2)  そして、右争いのない事実と<証拠略>によれば、本件ニチニチ記事は、見出しで「池坊専永家元・五億円不渡り手形! 乱脈またも発覚」、リード部分冒頭で「華道界の最大流派「池坊」の家元・池坊専永氏(五三)が五億円の不渡り手形を出した! 」等として原告専永が手形不渡りを出したことを、また本文で「手形第二振出人欄には日本華道社の代表取締役・池坊専永氏の名前が記載されてあります。」として原告会社も共に不渡手形を出したことを報道し、それらのことを読者に印象づけるものであって、原告らの社会的評価、とりわけ経済的信用を低下させ、原告らの名誉・信用を害すべき性質のものであることは明らかである。

第二抗弁について

一被告東洋興信所関係

(1)  民事上、報道機関や出版社等の行為による名誉毀損については、個人の名誉の保護と表現の自由の保障との調和を図る見地に立てば、報道等の表現行為により、その対象とされた人の社会的評価を低下させることになった場合でも、当該行為が公共の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実の真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、また、その事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、右行為には故意又は過失がなく、結局不法行為は成立しないものと解するのが相当である(最高裁一小昭和四一年六月二三日判決・民集二〇巻五号一一一八頁参照)。そこで、本件特報が右基準に照らし、違法性がないか否かについて判断する。

(2)  前記第一、一(1)で認定のとおり、原告専永は、華道流派の中で最古かつ最大の流派である池坊の家元であり、原告会社は池坊関係の華道雑誌、書籍の出版、販売を主な目的としていることからすると、原告らは私的な社会的存在とはいえ、著しい数の人間関係を形成し、いわば公的な社会的評価を受けているといえるから、本件特報の内容は、公共の利害に関する事項に係るものであると解することができる。

<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、被告東洋興信所は、昭和二〇年ころ創業され、個別の信用調査業務のほか、不渡報告などの経済的調査情報を提供する信用情報誌「東洋経済通信」を出版する会社であるところ、信用情報調査の担当者において、昭和六〇年七月二七日前ころ当時原告専永が代表取締役をしていた原告会社が不渡手形を出したとの情報を得たのであるが、そのころ、原告専永は道場会の乱脈経理問題で理事長として連日のように、新聞、雑誌等のマスコミで取り上げられていたことから、右情報を真実であるとして取材し、その報告を受けた被告津幡が信用情報のホットニュースとして購読者にいち早く知らせるため、本件特報を記載して東洋経済通信の特報版を発行したことが認められる。

右認定事実によれば本件特報を掲載した情報誌の発行は、公益を図る目的を有するものであるということができる。

(3)  そこで、真実性につき判断するに、被告らが主張する本件特報が真実であること、すなわち原告専永及び原告会社が不渡手形を出したと認定するに足る適確な証拠はない。もっとも、<証拠略>によれば、昭和六〇年七月二四日不渡りとなった本件手形表面には、振出人欄に株式会社祥雲堂の記名押印がなされ、その右余白部分に「株式会社日本華道社」との手書きによる表示があり、下部に「取締役小野専孝」の署名押印がなされていることが認められるけれども、代表者の表示がある訳ではないし、右小野専孝が、原告会社の代表権を有する証拠もないから、本件手形上原告会社の手形行為が有効に存在するとみることはできない。

仮に本件手形上に原告会社の手形行為があると仮定したところで、<証拠略>によれば、その場合、支払銀行としては、振出人欄に複数の署名のある手形は非常に稀であることから、直ちにいずれの署名者にもいかなる趣旨でなされた署名かを問い合わせ、共同振出として扱う場合は署名者から確認の書面を取ることを原則としており、そうでない場合は筆頭者のみを振出人とし、他を保証人とする扱いがなされていることが認められるのであって、原告会社に右のような問い合わせをし、確認の書面をとったとの証拠のない本件では、原告会社が振出人とみなされ、不渡処分がなされる道理はない。したがって、本件特報の内容が真実であると認定できる証拠は存在しない。

(4)  さらに、被告らは本件特報を真実と信ずることに相当の理由がある旨主張し、被告津幡本人尋問の結果中には、同被告は、当時の担当者である本田昌弘が本件特報の取材元の情報を民間の情報機関から得たので、同人に、同被告の面前で真実であるかどうかの確認を銀行にさせたとの部分が存する。

しかしながら、銀行に確認したという本件特報が前記のとおり実際と著しく食い違っていて銀行が認めるはずもない内容であるばかりでなく、被告津幡の右供述は、いかなる筋からどのような事情で当該情報を得たのか具体性を欠き、果たして右情報が十分信頼に価するものかどうかまったく不明というほかない。のみならず、右供述は、情報の真偽を確認したとされる銀行名もあいまいで、果たして右のような確認をしたのか甚だ疑問といわざるを得ない。そうすると、被告津幡本人尋問の結果はにわかに信用することができず、したがって、本件特報の内容が真実であると信ずることに相当の理由があることの根拠となる事情があるとは到底いえない。

(5)  以上、被告らの抗弁はいずれも失当である。

二被告内外タイムズ関係

(1)  民事上、報道機関等の行為による名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実の真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、また、その事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、右行為には故意又は過失がなく、結局不法行為は成立しないものと解するのが相当であることは、前述のとおりであり、この点、被告らは公正な論評の法理により違法性を判断すべきだと主張するが、その法理は当裁判所の採用しないところである。そこで、本件タイムス記事が右基準に照らし、違法性がないか否について判断する。

(2) 公共性については前述のとおり、原告らの社会的地位に鑑みれば、これを認めることができ、また、公益目的の存否についても、原告らが不渡手形を出したことを一般に衆知せしめる目的をもってなされたものと推認でき、公益を図る目的をもってしたものと認めることができる。しかし、真実性の証明については、被告東洋興信所関係で述べたとおり、本件タイムス記事の内容が真実であること、ないしは少なくとも原告会社については真実であることを認めるに足る証拠はない。

(3)  さらに、被告らが本件タイムス記事を真実と信じたことに相当の理由があったか否かについて検討するに、取材に係る事実が真実であると信ずるについて相当の理由があるというためには、新聞の社会に与える影響が大きいことに鑑み、右事実が単なる風聞や憶測に依拠するだけでは足らず、それを裏付ける資料又は根拠がなければならないけれども、報道機関だからといって取材活動につき特別の調査権限が与えられているわけではなく、また、報道に要求される迅速性のために、その調査にも一定の限界が存することを考慮すれば、裏付資料や根拠に高度の確実性を要求することは無理というべきであるから、民事上の不法行為の責任阻却事由としての相当性の理由については、報道機関をして一応真実であると思わせるだけの合理的な資料又は根拠があることをもって足りるべきものというべきである。そればかりでなく、新聞が一般社会に与える影響は、記事掲載の仕方や表現の方法によっても異なることは、当然であるから、取材に係る事実の真実性の有無、程度も、単に客観的事実の証明度のみによって決するべきではなく、記事掲載の仕方や表現の方法をも考慮し、これとの相対的判断によって決定するのが相当である。

右のような見地に立って、被告らが本件タイムス記事内容の事実を真実であると信じたことに相当な理由があったかにつき検討するに、<証拠略>を総合すれば、左の事実が認められる。

① 昭和六二年当時、被告内外タイムズの編集局報道部次長の地位にあった田原康邦(以下「田原」という。)は、友人である経済ジャーナリストの高山住男(ペンネーム。本名は細谷某。以下「高山」という。)から電話で、原告専永が不渡手形を出したという情報を得た。

② 田原は、池坊に関しては社会的に騒がれている問題があることや家元制度についての問題点が指摘されており、興味を持っていたので、高山から被告東洋興信所の発行した本件特報と原告会社の内容に関する資料をファックスで送ってもらったところ、本件特報には原告が不渡手形を出したというタイトルの下に、その不渡手形には第二振出人として日本華道社代表取締役池坊専永の記載があるという情報があった。田原は本件特報下段注意書欄の解説から第二振出人というのは共同振出人であると理解し、原告らが不渡手形を出したものと考えた。

③ そこで、右の事実を確認するために田原は民間信用情報機関である帝国データバンクに電話して、右のような手形の有無を問い合わせたところ、祥雲堂が振出した手形が不渡りになったという返事をもらった。

④ また、田原は本件特報の中で不渡りとなった手形の支払銀行とされている協和銀行京都支店に電話をかけ、祥雲堂の振出にかかる手形が不渡りになったこと、その手形には日本華道社及び小野専孝の名前があったことを確認するとともに、原告会社に電話して経理担当の八田主任に取材したところ、本件手形に日本華道社の名前があるということで問い合わせがあった、小野専孝は原告会社の取締役である、原告専永は署名していない、原告会社も原告専永も一切法的責任はないとの返事であった。

⑤ さらに、田原は本件で問題となる背景について取材するために、池坊についての小説を書いている作家の渡辺一雄に会う約束を電話で取りつけた。

なお、証人田原康邦は、協和銀行京都支店から本件手形には日本華道社代表取締役池坊専永の表示が、祥雲堂の右に書いてあり、共同振出となっている、との回答を得たと証言している。確かに、本件タイムス記事には本件特報にない協和銀行京都支店の談話を載せていることから、同店への架電取材自体は否定しえない。しかしながら、田原からの取材の事実自体否定する同店の回答<証拠略>及び態度<証拠略>、共同振出が銀行実務上極めて稀であって、振出人欄に複数署名がある場合原則として筆頭者のみを振出人として扱い、なるべく不渡処分を回避するように努めるのが銀行実務の態度であること<証拠略>、銀行員には重い守秘義務が課せられていることからして、銀行職員が田原の取材に応じて安易に右のような内容の回答をしたとは考えられず、したがって、前記田原証言もにわかに信用しがたい。そして、他に右事実を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実関係のもとにおいては、原告専永の弟が代表者をしている祥雲堂の出した不渡手形に原告らが何らかの形で関与しているのではないかとの疑念を抱いたことは、報道機関として当然というべきである。そして、前記のとおり、被告らが本件タイムス記事の執筆、掲載にあたり一応裏付調査をするとともに関係者に架電して取材したと認められる。しかしながら本件タイムス記事は見出しにおいて原告専永が不渡手形を出した旨断定的に記載されており、かつ支払銀行である協和銀行京都支店の談話として右のような不渡手形が存在することを本文で明確に報じているのであって、右のような本件タイムス記事の掲載の仕方、表現方法に鑑みれば、支払銀行である協和銀行京都支店から、原告会社が共同振出人となっている手形が不渡りになっているとの回答があったとまでは認められず、他方、原告会社においてその責任を否定する回答を得ていた本件においては、原告らが不渡手形を出したことを一応真実であると信ずるだけの合理的な資料ないし根拠を十分に把握していたとまでは認めることはできない。

よって、被告らが本件タイムス記事を真実と信じたことに相当の理由があったと評価することはできない。

(4)  以上、被告らの抗弁はいずれも失当である。

三被告大阪日日関係

(1)  民事上、報道機関等の行為による名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実の真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、また、その事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、右行為には故意又は過失がなく、結局不法行為は成立しないものと解するのが相当であること、公正な論評の法理は当裁判所の採用しないことは、前述のとおりであるから、本件ニチニチ記事が右基準に照らし、違法性がないか否かについて判断する。

(2)  公共性及び公益目的の存在すること並びに本件ニチニチ記事の内容が真実であること、少なくとも原告会社については真実であることを認めるに足る証拠はないことについては前述のとおりであり、また民事上の不法行為の責任阻却事由としての相当性の理由については、報道機関として一応真実であると思慮するに足る合理的な資料又は根拠があれば足ること、及びその判断は記事掲載の仕方や表現方法との相対性によるべきであることは前述のとおりである。

そこで、右のような見地に立って、被告らが本件ニチニチ記事内容の事実を真実であると信じたことに相当な理由があったかにつき検討するに、<証拠略>を総合すれば、被告大阪日日は被告内外タイムズとの間で記事提携契約を締結し、日常的に被告内外タイムズの掲載記事を有償で転載していること、転載する際には相手方を信頼して原則として独自の取材をしないこと、本件ニチニチ記事が発表された昭和六二年八月七日当時、編集局次長兼報道部長の地位にあった伊牟田達哉は、本件タイムス記事が銀行筋の談話及び原告会社の経理担当の談話を載せていることから信頼のおけるものであると判断したため、独自の取材をしないで発表したこと、他方、被告内外タイムズの方から原告らの不渡という記事について問題があるから転載を停止してほしいとの要請はなかったこと、の各事実が認められる。

右認定の事実によれば、被告らは独自の取材をしないで無批判的に本件タイムス記事を転載したに過ぎず、真実であると信じたことに相当な理由があったと評価することはできない。

(3)  以上、被告らの抗弁はいずれも失当である。

第三被告らの責任について

一被告東洋興信所関係

被告津幡及び同石亀は、信用情報紙の編集及び発行に携わるものとして、記事の執筆掲載に当たっては他人の名誉を不法に毀損することのないように注意を払うべき義務を負っているものであるところ、前記のとおりその内容を公表することが原告らの名誉を毀損し民事上の不法行為を構成すると認められる本件特報を東洋経済通信に掲載、発行したのであるから、本件特報発行に際し、右注意義務を怠ったものというべきであり、各自民法七〇九条、七一〇条による民事上の不法行為責任を負うものというべきである。また、被告東洋興信所は、その代表者及び被用者の職務執行行為によって不法に原告らの名誉を毀損したものであるから、商法二六一条三項、同七八条二項、民法四四条一項及び民法七一五条により民事上の不法行為責任を免れない。そして、被告らの右責任は、いわゆる不真正連帯の関係にある。

二被告内外タイムズ関係

被告遠矢は、日刊新聞の編集及び発行に携わる従業員を指揮、監督するものとして、記事の執筆掲載に当たっては他人の名誉を不法に毀損することのないように注意を払うべき義務を負っているものであるところ、前記のとおりその内容を公表することが原告らの名誉を毀損し民事上の不法行為を構成すると認められる本件タイムス記事を内外タイムズに掲載、発行させたのであるから、本件タイムス記事発行に際し、右注意義務を怠ったものというべきであり、民法七〇九条、七一〇条による民事上の不法行為責任を負うものといわざるを得ない。また、被告内外タイムズは、その代表者の行為によって不法に原告らの名誉を毀損したものであるから、商法二六一条三項、同七八条二項、民法四四条一項により民事上の不法行為責任を免れない。そして、被告らの右責任は、いわゆる不真正連帯の関係にある。

三被告大阪日日関係

被告北村が被告大阪ニチニチの代表取締役の地位にあることは当事者間に争いがないところ、株式会社の代表取締役は会社の業務全般を統括し、かつ個々の従業員を指揮、監督する権限があるものとみるべきであるから、被告北村は、日刊新聞の編集及び発行に携わる従業員を指揮、監督するものとして、記事の執筆掲載に当たっては他人の名誉を不法に毀損することのないように注意を払うべき義務を負っているものと解すべきである。そして、被告北村は、前記のとおりその内容を公表することが原告らの名誉を毀損するものと認められる本件ニチニチ記事をニチニチ紙に掲載、発行させたのであるから、その発行に際し、右注意義務を怠ったものとして、民法七〇九条、七一〇条による民事上の不法行為責任を負うものというべきである。また、被告大阪日日は、その代表者の行為によって不法に原告らの名誉を毀損したものであるから、商法二六一条三項、同七八条二項、民法四四条一項による民事上の不法行為責任を免れない。そして、被告らの右責任は、不真正連帯の関係にある。

第四損害について

一被告東洋興信所関係

(1)  証人田原康邦、同伊牟田達哉及び同八田茂の各証言ならびに弁論の全趣旨によれば、被告東洋興信所の発行する東洋経済通信は月四回発行され、京都府、滋賀県、大阪府などの読者に三〇〇部か四〇〇部郵送されていること、本件特報により原告らが不渡手形を出したとの事実が公表されたことにより、被告内外タイムズ及び被告大阪日日が右事実を記事にする契機を与えたこと、そのために原告専永及び原告専永が代表取締役をしていた原告会社の社会的名声や経済的信用に悪影響を及ぼしたことが認められる。そして、本件に現れたその他一切の事情を考慮すると、本件特報により原告専永が被った精神的苦痛及び原告会社が受けた無形の損害を慰謝又は賠償するため、同被告らに対し、原告専永に金一〇〇万円、原告会社に金五〇万円の慰謝料の支払を命じるとともに、名誉回復措置として、民法七二三条により被告東洋興信所の発行する東洋経済通信紙上に別紙謝罪広告(一)の一記載の内容の謝罪広告を同二記載の条件で、一回掲載することを命ずるのが相当である。

(2)  なお、被告らは、謝罪広告を命ずる判決が憲法一九条で保障される良心の自由ないし沈黙の自由を侵害することを理由に、より制限的でない勝訴判決広告を命ずるべきであると主張するが、謝罪広告を命ずる判決は代替執行により第三者に行わせることもできる性質のものであって、債務者の内心自体には関係がないから、良心の自由ないし沈黙の自由の侵害にはならず(最高裁大昭和三一年七月四日判決・民集一〇巻七号七八五頁参照)、したがって、今日においてもなお民法七二三条所定の適当な処分というべきであり、被告らの主張は採用することができない。

二被告内外タイムズ関係

<証拠略>並びに弁論の全趣旨によれば、被告内外タイムズの発刊する内外タイムスは日曜日を除き毎日発刊される夕刊紙であり、東京都下で発売され、その部数は昭和六二年ころで二九万六〇〇〇部であったこと、本件タイムス記事が公表されたために原告専永及び原告専永が代表取締役をしていた原告会社の社会的名声や経済的信用に悪影響を及ぼしたことが認められる。そして、本件に現れたその他一切の事情を考慮すると、本件タイムス記事により原告専永が被った精神的苦痛及び原告会社が受けた無形の損害を慰謝又は賠償するため、同被告らに対し、原告専永に金一五〇万円、原告会社に金二〇万円の慰謝料の支払を命じるとともに、名誉回復措置として、民法七二三条により、被告内外タイムズの発行する内外タイムス紙上に別紙謝罪広告(二)の一記載の内容の謝罪広告を同二の条件で、一回掲載することを命ずるのが相当である。

三被告大阪日日関係

<証拠略>ならびに弁論の全趣旨によれば、被告大阪日日の発刊するニチニチは日曜日を除き毎日発刊される夕刊紙であり、大阪府下で発売され、その部数は昭和六二年ころで二二万五〇〇〇部であったこと、本件ニチニチ記事が公表されたために原告専永及び原告専永が代表取締役をしていた原告会社の社会的名声や経済的信用に悪影響を及ぼしたことが認められる。そして、本件に現れたその他一切の事情を考慮すると、本件ニチニチ記事により原告専永が被った精神的苦痛及び原告会社が受けた無形の損害を慰謝又は賠償するため、同被告らに対し、原告専永に金一五〇万円、原告会社に金二〇万円の慰謝料の支払を命じるとともに、名誉回復措置として、民法七二三条により、被告大阪日日の発行するニチニチ紙上に別紙謝罪広告(三)の一記載の内容の謝罪広告を、同二の条件で、一回掲載することを命ずるのが相当である。

第五結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告東洋興信所に対し、別紙謝罪広告(一)の一記載の内容の謝罪広告を同二記載の条件で、被告東洋興信所の発行する東洋経済通信紙上に一回掲載すること、ならびに原告専永が被告東洋興信所、被告津幡、被告石亀に対し、それぞれ慰謝料金一〇〇万円、原告会社が被告東洋興信所、被告津幡、被告石亀に対し、それぞれ慰謝料金五〇万円及びこれらに対する、被告東洋興信所、被告石亀については不法行為の後(訴状送達の日の翌日)である昭和六二年一一月一二日から、被告津幡については不法行為の後(訴状送達の日の翌日)である昭和六二年一二月三日から支払済みまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、被告内外タイムズに対し、別紙謝罪広告(二)の一記載の内容の謝罪広告を同二記載の条件で、被告内外タイムズの発行する内外タイムス紙上に一回掲載すること、並びに原告専永が被告内外タイムズ、被告遠矢に対し、それぞれ慰謝料金一五〇万円、原告会社が被告内外タイムズ、被告遠矢に対し、それぞれ慰謝料金二〇万円及びこれらに対する不法行為の後(訴状送達の日の翌日)である昭和六二年一一月一二日から支払済みまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、被告大阪日日に対し、別紙謝罪広告(三)の一記載の内容の謝罪広告を同二記載の条件で、被告大阪日日の発行するニチニチ紙上に一回掲載すること、並びに原告専永が被告大阪日日、被告北村に対し、それぞれ慰謝料金一五〇万円、原告会社が被告大阪日日、被告北村に対し、それぞれ慰謝料金二〇万円及びこれらに対する不法行為の後(訴状送達の日の翌日)である昭和六二年一一月一二日から支払済みまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項(なお、謝罪広告掲載の仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととする。)をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官堀口武彦 裁判官奥田哲也 裁判官杉浦徳宏)

別紙謝罪広告(二)(三)<省略>

別紙謝罪広告(一)

一 内容

謝罪広告

昭和六二年七月二七日付け東洋経済通信において掲載しました池坊専永氏及び株式会社日本華道社が不渡手形を出した旨の記事は事実に反するもので、池坊専永氏や株式会社日本華道社が不渡手形を出した事実は全くありません。間違った右記事のため、同氏らの名誉を毀損し、多大の御迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ここに謹んで謝罪いたします。

京都市上京区河原町今出川西入一真町八七番地

株式会社東洋興信所

京都市中京区六角通東洞院西入堂之前町二三五番地

株式会社日本華道社殿

池坊専永殿

二 条件

大きさ 見出し三倍活字・原告名三倍活字・本文二倍活字

掲載場所 一面

三 条件

大きさ 二段ぬき見出し・原告名三倍活字・本文二倍活字

掲載場所 一面

別紙約束手形目録

一 手形番号 AK六三七九六

金額 金二〇〇、〇〇〇、〇〇〇円

満期(支払期日) 昭和六二年七月二三日

支払地  京都市

振出地  京都市

支払場所 株式会社協和銀行京都支店

振出日  昭和六二年五月二五日

振出人  株式会社祥雲堂

(振出人に並記) 株式会社日本華道社

受取人  小野専孝

第一裏書人 小野専孝

被裏書人欄 白地

二 手形番号 AK六四八五五

金額 金二五〇、〇〇〇、〇〇〇円

満期(支払期日) 昭和六二年七月二三日

支払地  京都市

振出地  京都市

支払場所 株式会社協和銀行京都支店

振出日  昭和六二年五月二五日

振出人  株式会社祥雲堂

(振出人に並記) 株式会社日本華道社

受取人  小野専孝

第一裏書人 小野専孝

被裏書人欄 白地

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