京都地方裁判所 昭和62年(行ウ)40号 判決 1992年3月23日
原告 奥田俊夫
被告 宇治税務署長
代理人 山本恵三
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告(請求の趣旨)
1 被告が原告の昭和五八年分の所得税につき、昭和六一年四月一四日付でした重加算税賦課決定処分(但し、同年六月五日付更正決定による一部取消後のもの)を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二 被告(答弁)
主文同旨の判決。
第二当事者の主張
一 原告(請求原因)
1 原告の昭和五八年分の所得税につき、別表甲1記載のとおり、確定申告、修正申告、重加算税賦課決定処分、異議申立、更正、審査請求等がなされた。
右確定申告、修正申告及び更正のうち、譲渡所得にかかる部分の詳細は、別表甲2のとおりである。
2 本件重加算税賦課決定処分は、次の理由により違法であり、取消すべきである。
(一) 本件確定申告書の提出には、重加算税の賦課要件である隠ぺい又は仮装行為に当る行為がない。
(二) 原告は、隠ぺい又は仮装行為を行なっていない。即ち、本件確定申告は、原告から申告の委任を受けた内藤春太郎が、原告に無断で右申告を笠原正継に依頼し、同人が、永代管理小作料名下の経費を架空計上をしたものであって、原告の全く関知しないものである。
(三) 原告は、被告の部下職員のおしつけによって、本件修正申告書に、後示本件各土地売買を昭和五八年の一括売買として記載した。しかし、本件各土地の売買は実際には、昭和五八年と同五九年に分けてなされている。したがって、重加算税の賦課は、右二か年に分けた申告額についてそれぞれなすべきである。
二 被告(認否、主張)
1 認否
(一) 請求原因一1の事実を認める。
(二) 同2の主張を争う。
2 主張
(一) 原告の土地譲渡の経緯
(1) 原告は、京都府城陽市久世里ノ西一〇一番一の田九八一平方メートル、同所一〇一番二の畑二三一平方メートル、同所一〇一番三の田一、一九三平方メートルを所有していた(以下「本件各土地」という。)
(2) 原告は、昭和五八年八月ころに、訴外内藤春太郎(以下「内藤」という)に対して、原告が手取額七、五〇〇万円となることを条件に、本件各土地売却、土地譲渡による所得税の申告手続代行、納税の代行を各一任した。
(3) 原告は、昭和五八年九月二二日、本件各土地のうち、城陽市久世里ノ西一〇一番三の田を、訴外吉川己三夫に対し代金四、三三二万円で、同所一〇一番一の田、同所一〇一番二の畑を、訴外吉川英明に対し代金合計四、四〇四万円で、それぞれ売却した。
(4) 吉川己三夫は、右代金のうち手付金として金五〇〇万円を昭和五八年九月二二日に、残金三、八三二万円を同年一二月一三日に、内藤に各支払った。
吉川英明は、右代金のうち手付金として五〇〇万円を同年九月二二日に、残金三、九〇四万円を同五九年二月一八日に、内藤に各支払った。
(二) 隠ぺい又は仮装の申告
原告の委任を受けた内藤がした別表甲1の確定申告欄記載の確定申告は、次のような虚偽の申告であった。
(1) 内藤は、原告名義の昭和五八年度確定申告書の作成と提出を、全国同和対策促進協議会(以下「全同協」という)京都府連合会本部会長と名のる笠原正継(以下「笠原」という)に依頼した。
(2) 笠原は、永代管理小作料名目の譲渡経費を架空に計上し、分離長期譲渡所得金額を〇円とする確定申告書を作成し法定期間内に提出した。右確定申告書には、作成税理士事務所・氏名欄に全国同和対策促進協議会中央本部との押印がされ、全同協中央本部に対する永代管理小作料八、〇一二万三、〇〇〇円にかかる全同協中央本部発行の領収書が添付されていた。
(3) したがって、この確定申告は、税額等の計算の基礎となる事実を隠ぺい又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき原告が提出したものである。
(三) よって、本件重加算税賦課決定処分は適法であって、違法な点はない。
三 原告(認否、主張)
1 認否
(一) 被告の主張二2(一)の事実をすべて認める。
(二) 同(二)の(1)、(2)の事実を認め、(3)を争う。
(三) 同(三)を争う。
2 主張
(一) 隠ぺい又は仮装に当らない。
(1) 訴外笠原が提出した確定申告書には、永代管理小作料という、社会に存在しない経費が計上され、しかもその永代管理小作料は極めて高額である。また、その支払先である全同協は小作料を受領することを業とする団体ではない。このように、右確定申告書には、一見して多くの疑問点があり、このようなものを提出したからといって、重加算税賦課の要件である隠ぺい又は仮装行為に当らない。
(2) また、被告と全同協との間に、全同協が窓口として提出する納税申告書については全面的にこれを認めるものとし、内容調査の必要がある場合には、全同協を通じて全同協と協力して調査にあたる、という趣旨の合意が存在した。そして、右合意に基づき、被告は、訴外笠原による本件確定申告書の提出を、永代管理小作料なるものが架空計上されていることを認識しつつ承認し、二年間にわたり内容調査もせずに黙認していた。したがって、被告が黙認していた右架空計上をもって、隠ぺい又は仮装の行為に該当するということはできない。
(二) 原告による隠ぺい又は仮装の行為の欠缺
(1) 国税通則法六八条一項の重加算税賦課の要件である隠ぺい又は仮装の行為は、納税義務者の故意を要素とする。したがって、納税義務者以外の者が隠ぺい又は仮装の行為をした場合、直ちに納税義務者による隠ぺい又は仮装の行為と同視することはできない。これと同視しうるのは、右納税義務者以外の者が納税義務者に支配され従属する関係にある場合や、両者の間に一体性が認められる場合に限るべきである。
(2) 本件においては、原告と訴外内藤との間の委任は、本件各土地の売却代金から、同人の手数料及び法律にしたがって計算される譲渡所得にかかる所得税額を差引き、原告の手元に残る金額を七、五〇〇万円以上にすることを依頼したものであった。
ところが、内藤は、もっぱら自己の利益を増やすため、右委任の趣旨に反して、笠原を利用し不正の確定申告書を提出した。原告は、内藤及び笠原によってこのような虚偽の申告がなされていることを全く知らなかった。
このように、原告と、内藤ないし笠原との間には、支配従属関係はもとより、一体性もなかった。したがって、内藤らによる隠ぺい又は仮装の行為をもって、原告による隠ぺい又は仮装の行為ということはできない。
四 被告(認否、反論)
1 認否
(一) 原告の主張三2(一)(1)を争う。本件の、永代管理小作料の架空計上は、周到に用意された計画的なものであり、これを看破するのは容易ではない。
(二) 同(2)の事実を否認する。被告と全同協との間に原告主張のような合意は存在せず、また、被告は、本件架空計上を認識、黙認などしていない。
(三) 同(二)(1)を争う。
(四) 同(2)のうち、原告が内藤に対して法律にしたがった所得税申告をする趣旨の委任をした、との事実を否認し、その余を争う。本件委任の趣旨は、原告の手元に七、五〇〇万円以上残してくれさえすればよく、内藤において所得税額の点をどのように処理するかを問わない、というものであった。
(五) 同(三)の事実を争う。
2 反論
(一) 隠ぺい又は仮装の行為の該当性
(1) 重加算税の制度は、不適正な申告に対する行政上の措置である。したがって、その要件としての隠ぺい又は仮装の行為は、誰もが一見してそれと気付くようなものでない必要はなく、その事実行為があれば足りる。
(2) また、申告納税制度の下では、納税者から提出される申告書について、税務署側はその受付段階では記載内容の誤りの有無の確認等をせず、したがって、本件架空経費計上を直ちに看破することはできない。よって、本件確定申告書の提出が、隠ぺい又は仮装したところに基づきなされたものであることにかわりがない。
(二) 原告による隠ぺい又は仮装の行為
(1) 重加算税賦課の要件である隠ぺい又は仮装の行為につき、納税者の故意は必要でなく、単なる事実行為があれば足りる。したがって、確定申告書の提出が、納税者自身の行なった隠ぺい又は仮装の行為に基づくものであるか、納税者以外の者の行なった隠ぺい又は仮装の行為に基づくものであるかにより、重加算税賦課の要件充足に消長をきたしえない。
(2) 納税者の故意が必要であると解しても、納税者が第三者に納税申告を委任し、その第三者が隠ぺい又は仮装の行為を行なった場合には、納税者と右第三者との間の支配従属関係や一体性の有無に関係なく、納税者自身が隠ぺい又は仮装の行為を行なった場合と同視すべきである。納税申告は、納税義務者自身が行なわずにこれを第三者に委任することが認められる反面として、その第三者が隠ぺい又は仮装の行為を行なった以上、納税義務者は、これを自分自身の行為として甘受すべきものである。
(3) 仮に、右(1)(2)のように解しえないとしても、本件では、原告は、内藤及び笠原による本件不正な確定申告書提出を了知していた。そうでなくとも、原告は、内藤に対し、原告の手元に七、五〇〇万円の金額が残りさえすれば他はどのように処理してもよいとの趣旨で本件申告を委任し、内藤が不正の行為により所得税額を偽ることを未必的にでも認識していた。したがって、原告による隠ぺい又は仮装の行為があったと見て差し支えない。
(三) 原告は、本件各土地の売買代金が昭和五八年と同五九年の二か年にわたって支払がなされているのに、被告のおしつけによる申告に基づきこれを昭和五八年分として取り扱ったのは違法であるという。しかし、右申告は原告の選択したものである。農地法一二条一項又は五条一項本文の許可を要する農地等の譲渡については、当該農地等の譲渡契約金を締結日により総収入金額に算入して申告したときは、これを受付けることとされているので、この取扱いに違法はない。
五 原告(認否)
被告の反論四2(一)(二)(三)をいずれも争う。
第三証拠 <略>
理由
第一当事者間に争いがない事実
原告の請求原因一1の事実、被告の主張二2(一)、(二)(1)(2)の事実は、当事者間に争いがない。
第二重加算税賦課要件の検討
一 隠ぺい又は仮装について
1 国税通則法六八条一項は、重加算税の賦課要件として、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出したことを定めている。
2 同条項の隠ぺいし、仮装するとは、申告納税制度をとる所得税について租税を逋脱する目的をもって、故意に税額等の計算の基礎となる事実を隠匿し、又は作為的に虚偽の事実を附加して調査を妨げるなどの行為をいう。
3 隠ぺいは、右基礎事実を隠匿し、その事実の存在を不明にし、仮装は、虚偽の事実を附加し、その事実が存在するかのように装うことをもって足り、その発見の難易を問うものではない。もとより、納税者において、その行為を、隠ぺい又は仮装と考えただけでは足りず、客観的な隠ぺい、仮装行為が必要である。しかし、本件確定申告書には、永代管理小作料として譲渡経費八、〇一二万三、〇〇〇円が計上されていることは当事者間に争いがない。「永代管理小作料」は、「永代小作料」と類似しており、右経費の金額も高額である。それゆえ、右経費の支払先である全同協が、小作料を領収することを業としないといっても、これが税額計算の基礎となる控除項目の事実をねつ造したもので、右仮装行為に当ることは明らかである。
したがって、原告の前示事実摘示三2(一)の右行為が隠ぺい又は仮装行為に当らないとの主張は採用できない。
4 原告は、前示事実摘示三2(一)(2)のとおり、被告と全同協との間の合意が存在し、被告が、これに基づき、訴外笠原による本件確定申告書提出を、永代管理小作料なるものが架空計上されていることを認識しつつ承認し、二年間にわたりこれを黙認していた、と主張するが、本件全証拠によるも、右事実を認めるに足りない。また、そもそも、課税庁である被告と納税者である原告ないしは笠原や全同協との間の右架空経費の計上や取扱いに関し、合意ないし共謀の有無は、国税通則法六八条所定の隠ぺい又は仮装行為の成立に影響を及ぼすものではない。
租税法は、多数の納税者に公平かつ画一的に適用することを要し、両当事者の合意によって法を曲げて適用することは許されない。租税は法律に従い一律に、客観的に、かつ公平に課されるものである。重加算税は、もとより租税の形式で賦課されるものであるから、この租税一般の原則に従い、もっぱら隠ぺいし又は仮装し、その隠ぺいし又は仮装したところに基づき納税申告書を提出したという、国税通則法六八条一項所定の課税要件を充足することにより成立する。だから、納税申告書の提出時に課税庁が既にその隠ぺい又は仮装の事実を知っていたとしても、あるいは納税者が課税庁を抱き込む等してなんらかの合意をしていたとしても、これにより重加算税の賦課要件に消長をきたすものではない。けだし、そうでなければ、他の納税者一般との公平を著しく欠くことになるからである。
5 したがって、被告の前示事実摘示二2(二)(3)のとおり、訴外笠原による本件架空計上をした確定申告書の提出は、国税通則法六八条一項所定の隠ぺいまたは仮装の行為に該当する。
二 隠ぺい又は仮装行為の主体について(前示事実摘示一請求原因2(二)、原告の主張三2(二)及び被告の反論四2(二))
1 国税通則法六八条一項は、重加算税賦課の要件として、「納税者」が隠ぺい又は仮装することを定めている。これは、納税者自身が、隠ぺい、仮装行為を行なうのはもとよりのこと、納税者が他人にその納税申告を一任した場合、その受任者又はその者の受任者が租税を逋脱する目的をもって、故意に前示基礎事実を隠ぺい又は仮装した場合にも、特段の事情がない限り、同条項にいう納税者が「隠ぺいし、又は仮装した」に該当するというべきである。けだし、申告納税制度の下においても、納税義務者の判断とその責任において、申告手続を第三者に依頼して、納税者の代理人ないし補助者に申告をさせることが許される。しかし、納税者が申告を第三者に委任したからといって、納税者自身の申告義務は免れず、その第三者がなした申告の効果、態様はそのまま納税者の申告として取扱われる。即ち、納税者が、納税義務者たる身分のない者に申告を一任し、これをいわば納税申告の道具として使用した以上、その者の申告行為は納税者自身がなしたものと取扱うべきである。納税者は、誠実に受任者を選任し、受任者の作成した申告書を点検し、自ら署名押印する等して適法に申告するように監視、監督して、自己の申告義務に遺憾のないようにすべきものである。これを怠って、受任者により不正な申告がなされた場合は、特段の事情がない限り、納税者自身の不正な申告として制裁を受ける。
2 前示当事者間に争いのない被告の主張二2(一)、(二)(1)(2)の事実、<証拠略>を併せ考えると、
(一) 原告は、内藤に対し、昭和五八年八月頃、原告の手取り金額が七、五〇〇万円になることを唯一の条件とし、その他の内容、方法一切を同人に一任して、本件各土地の譲渡、譲渡所得税の申告、納税手続を包括的に委任した。
(二) 原告は、内藤が持参した本件各土地の売買契約書(<証拠略>)に押印するのを見ており、その売却代金のおよその金額を察知し、売買代金が当初考えていたよりもかなり低額であることに気付いた。
(三) 原告は、内藤に対し、本件譲渡所得税の申告に必要な控除に関する事項等を示し、印章を預けた。
(四) 内藤は、課税回避の目的をもって、笠原に原告の確定申告書の作成、提出手続を依頼し、笠原は、永代管理小作料名目の譲渡経費を架空計上して本件確定申告書を提出した。
(五) 本件確定申告書提出後、訴外内藤から、右申告書の控及び譲渡計算書を受取り、昭和五八年分の所得税額が五万円ほどであるので不審に思った。
以上の各事実を認めることができ、原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は、あいまいであり遽かに措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠がない。
以上の各事実を総合すれば、原告は、内藤らが原告に代って行なう本件確定申告に、なんらかの不正行為があり、法律にしたがった正規の所得税額が支払われていないことを認識しつつ、なすがままに任せてこれを容認していたものと推認される。原告のこのような態度は、納税義務者としてはまことに無責任な所為であるといわねばならない。それゆえ、原告主張のように訴外内藤が自己の利得を増やすため笠原に依頼して、本件架空計上を行なったものであるとしても、その仮装に基づく申告を原告が行なったものと取扱われるのは当然である。これをもって原告自身の行為と同視できない特段の事情にあたるものとはいえない。他に右特段の事情を認めるに足る的確な証拠が存在しない。
したがって、税額等の計算の基礎となる事実を仮装した本件確定申告書を原告が提出したものという被告の主張二2(二)(1)ないし(3)を認めることができる。
第三譲渡所得の帰属年度の検討(請求原因一2(三))
原告は、本件各土地売買を昭和五八年に一括して記載した本件修正申告書が被告の部下職員のおしつけによるものであると主張するが、本件全証拠によるも右事実を認めることができない。かえって、<証拠略>によれば、本件修正申告の際に、国税査察官は本件各土地売買を二か年に分けて記載した申告書提出をしょうようしたものの、原告自身がこれを断り、昭和五八年に一括して記載した申告書を提出した事実が認められる。そして、農地法三条一項又は五条一項本文の許可を要する農地等の譲渡については、当該農地等の契約金を締結日により総収入金額に算入して申告したときは、これを受付けることとする取り扱いが一般になされている。また、農地売買と知事の許可の法的性質に照らし、右取り扱いは妥当であり、これを不合理とする事情も認められない。したがって、本件各土地売買を昭和五八年に一括して計算した本件処分に原告主張の違法はない。
第四結論
以上によれば、被告のなした本件処分は国税通則法六八条一項に定める重加算税賦課要件を充足した適法なものであって、これに違法はない。よって、原告の請求は理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉川義春 菅英昇 佐藤洋幸)
別表 <略>