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京都地方裁判所 昭和63年(ワ)957号 判決 1992年2月04日

原告

近藤聖二

原告

谷口勝一

右両名訴訟代理人弁護士

菅充行

浦巧

信岡登紫子

被告

彌榮自動車株式会社(以下「被告会社」という)

右代表者代表取締役

粂田禎雄

右訴訟代理人弁護士

立野造

長谷川彰

野々山宏

主文

一  被告会社は、原告近藤聖二に対し金三六七万三一一二円と内金三一七万三一一二円に対する昭和六三年四月二九日から完済まで年六分の割合による金員を、原告谷口勝一に対し金四三八万六七八一円と内金三八八万六七八一円に対する昭和六三年九月六日から完済まで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告会社の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は主文一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一原告らの求めた裁判

一  被告会社は、原告近藤聖二に対し金七五五万五二一八円と内金四〇五万五二一八円に対する同原告の訴状送達の日の翌日である昭和六三年四月二九日から完済まで年六分の割合による金員を、原告谷口勝一に対し金七五三万三一三九円と内金四二三万三一三九円に対する同原告の訴状送達の日の翌日である昭和六三年九月六日から完済まで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  仮執行宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告会社の従業員の概要

被告会社は、全従業員約八五〇名、うちタクシー乗務員約七五〇名を有する京都市内でも大手のタクシー会社であり、業務全般を統括する本部のほかに、同市内に、それぞれが小規模タクシー会社に匹敵する規模の四つの営業センターを持ち、これを実際のタクシー営業の拠点としている。

被告会社の従業員の職種は乗務員・一般職員(事務職)・技能職員・技術職員の四種類に分類することができる。被告会社の従業員のうち実に約八八パーセントを乗務員が占めているが、これら乗務員は、全員が役職のないいわゆるヒラの従業員であり、各人が被告会社の四つの営業センターのいずれかに配属され、一般職員の指揮監督に従ってタクシー乗務をしている。そして、各営業センターには、営業センターの業務を統括する所長一名、副所長一名並びに係長及び係長補佐数名の一般職員が配属されていて、これら小人数の一般職員が乗務員との関係では管理職となり、乗務員の日常の業務を指揮監督しているのである。係長と係長補佐は、職階の格付けやそれに伴う給与に差異があるだけで、具体的に行う職務の内容は同一である(以下、被告会社の各営業センターの係長と係長補佐を総称して「係長級職員」という)。

ちなみに、原告ら両名が同時に勤務していた山科営業センターの昭和六二年一月当時の一般職員の陣容は、所長及び副所長が各一名、係長二名、係長補佐三名であり、この人員にて約二〇〇名の乗務員の日常業務を指揮監督していた。

2  被告会社の一般職員の時間外労働の扱い

乗務員以外の被告会社の従業員については、被告会社就業規則第二章六条三項により、労働時間が一日七時間三〇分(月間一八八時間)と定められ、所定の手続を経て時間外勤務をした場合には、被告会社賃金規則第二章一〇条及び二一条により、家族手当と通勤交通費以外の賃金の二五パーセント割増の賃金が支給されることになっている。しかしながら、乗務員以外の被告会社の殆どの者は、部長・副部長・次長・課長・課長心得・課長補佐・係長・係長心得・係長補佐・主任などという役職(職階が変更されることもあった)に任ぜられ、それら役付従業員全員が、労働基準法四一条二号にいう「監督若しくは管理の地位にある者(以下、『監督管理者』という)」に該当するものと扱われていた。その結果、これら役付従業員は、就業規則の労働時間に関する規定が適用されないものとされ(就業規則一五五条)、業務手当、職能手当、役付手当(但し係長以上のみ)の支給を受けるだけで、所定労働時間を超える労働をしても、これに対する就業規則及び労働基準法三七条所定の二五パーセント割増賃金の支給を受けることができなかった。

3  原告近藤の地位及び給与

原告近藤は、昭和五一年四月、乗務員として被告会社に入社し、昭和五五年八月二一日、乗務員を止めて班長という名称(後に「係長補佐」に改称)の一般職員となり、昭和五八年三月一日以後西五条営業センター第四係係長補佐となり、昭和六二年六月以後山科営業センター第四係係長補佐となり、昭和六三年三月五日被告会社を退職した。通算在職年数は一一年一一か月であった。

原告近藤は、昭和六一年四月当時、本給三万二五五〇円、業務手当二〇万六四〇〇円、職能手当二万八〇〇〇円の合計二六万六九五〇円の月額給与の支給を受け、昭和六一年五月から同六二年四月までの間、本給三万三四五〇円、業務手当二一万八六五〇円、職能手当二万八〇〇〇円の合計二八万〇一〇〇円の月額給与の支給を受け、昭和六二年五月から同六三年二月までの間、本給三万四三〇〇円、業務手当二二万七四五〇円、職能手当二万八〇〇〇円の合計二八万九七五〇円の各月額給与の支給を受けていた。

4  原告谷口の地位及び給与

原告谷口は、昭和三八年九月、乗務員として被告会社に入社し、昭和四七年、乗務員を止めて班長となり、洛北タクシー株式会社(現在の洛北営業センター)に出向した後、昭和六一年三月一〇日以後山科営業センター第一係係長となり、昭和六三年三月二〇日被告会社を退職した。通算在職年数は二四年六か月であった。

原告谷口は、昭和六一年四月当時、本給四万四四〇〇円、業務手当二二万二七五〇円、職能手当三万三五〇〇円の合計三〇万〇六五〇円の月額給与の支給を受け、昭和六一年五月から同六二年四月までの間、本給四万五二五〇円、業務手当二三万五〇〇〇円、職能手当三万三五〇〇円の合計三一万三七五〇円の月額給与の支給を受け、昭和六二年五月から同六三年月までの間、本給四万六一〇〇円、業務手当二四万四五五〇円、職能手当三万三五〇〇円の合計三二万四一五〇円の各月額給与の支給を受けていた。

5  原告らに対する未払割増賃金

しかしながら、原告らは、いずれも監督管理者ではないから、就業規則所定の一か月当たり一八八時間の労働時間を超えてした労働につき、被告会社に対し、就業規則及び労働基準法三七条所定の割増賃金(残業手当)を請求しうる。

原告近藤は、昭和六一年三月二一日から同六三年二月二〇日までの間、別紙1残業手当計算書(略)(原告近藤)1、2に記載のとおり時間外労働をしたところ、これに対する同3、4に記載のとおり算出される四二〇万四七二〇円の割増賃金につき、被告会社から支払いを受けていない。

原告谷口は、昭和六一年三月二一日から同六三年二月二〇日までの間、別紙2残業手当計算書(略)(原告谷口)1、2に記載のとおり時間外労働をしたところ、これに対する同3、4に記載のとおり算出される四四四万二六三一円の割増賃金につき、被告会社から支払いを受けていない。

6  よって、原告近藤は、被告会社に対し、未払割増賃金四二〇万四七二〇円のうち四〇五万五二一八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年四月二九日から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金並びに未払割増賃金の範囲内である三五〇万円の労働基準法一一四条所定の付加金の支払いを、原告谷口は、被告会社に対し未払割増賃金四四四万二六三一円のうち四二三万三一三九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年九月六日から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金並びに未払割増賃金の範囲内である三三〇万円の労働基準法一一四条所定の付加金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実はいずれも認める。

2  同5の事実については、原告らが監督管理者に当たらないとの法的主張は争う。後記のとおり、原告らは、監督管理者に該当するから、そもそも、労働基準法三七条所定の割増賃金を発生させるような時間外労働というものが生じる余地はないのである。

なお、原告らが就業規則所定の労働時間を超えて労働したと主張する時間外労働の時間数については、各原告のタイムカード記載の出退社の時刻に基づいて算出したものと推測されるが、タイムカード記載の出退社の時刻の範囲内の時間全部が実労働時間ではないと考えられ、原告らの労働時間に関する事実主張は否認する。

三  抗弁(係長級職員の監督管理者性)

労働基準法四一条二号所定の監督管理者は、一般には、労務管理上の指揮権限を有し「経営者と一体的な立場」にある者で、自己の勤務について自由裁量の権限を持ち出退社について厳格な制限を加え難い地位にあり、その地位に何らかの特別給与が支払われている者を指すと考えられている。

ところで、被告会社のようなタクシー会社においては、事業場外労働者たる多数の乗務員を管理・監督・指導し、より多くの乗客を安全かつ迅速に目的地まで運送させ、同時に効率良く運賃収入をあげさせることが、経営者の立場であり、これと一体的な立場にある者が監督管理者に該当する。被告会社においては、係長級職員は、その肩書こそ幹部職員たる重みに欠けるきらいはあるものの、配属された営業センターにおいて多数の乗務員を実際に管理・監督・指導する立場にある者ということができる。以下、この点を詳述する。

1  係長級職員の職務内容

(一) 配車及び運行管理

係長級職員は、営業センターに配置されている車両の走行距離や整備状態を把握し、どの乗務員にどの車両に乗車させるかを決定し、当日出勤した乗務員の免許証携帯の有無・酒気帯びその他の体調を点検し、乗務員が乗務を終えて営業センターに帰って来ると、運賃収入の引渡しを受けるとともに、その日の営業日報やタコメーターを点検し、乗務員がどれだけ休息をとっているか、制限速度を遵守しているか等を検討し、勤務状態の悪い乗務員を発見した時にはこれを指導する職責を負う。

(二) 労務管理

係長級職員は、乗務員に非行があった場合、厳重注意・顛末書徴収を行う権限を有し、また、乗務員の有給休暇届・欠勤届を取り扱い、遅刻早退の取扱いを行う際に運賃収入の多い者を有利に取り扱う裁量権限を有しており、これら権限を行使して、勤務態度の悪い乗務員や運賃収入の低い乗務員の指導を徹底するのである。このような係長級職員の職責は、効率の良い運賃収入の獲得及びタクシー利用者にとって安全・快適な旅客運送という、被告会社の経営目的を実現するための直接的な権限行使であり、まさに経営者と一体となって乗務員の労務管理を行うものである。

(三) 採用面接

係長級職員は、各営業所で行う乗務員募集に応募した者の採用面接を行い、これらの者を本採用する際に採用の可・不可につき意見を述べる権限を有する。そして、その意見は尊重される。

2  係長級職員の勤務携帯(出退社時間)

タクシーによる旅客運送を二四時間営業している被告会社は、法令により、営業時間中常に営業所に運行管理者又は運行管理代務者(すなわち、被告会社の営業所長又は係長級職員)を執務させなければならないが、この要請が満たされている限り、係長級職員の出社及び退社の時刻を乗務員と同様には厳格に規制していない。すなわち、係長級職員は、当該営業所に配置された係長級職員の人員数に応じて定められたローテーションに従い、出勤・退社するのであり、私用や傷病によりローテーションで割り当てられた勤務時間の一部又は全部を勤務できないことになっても、他の一般職員が相互に柔軟に対応することにより営業所の運行管理が図られ、賃金カットされることがない(賃金規則二九条)。

3  係長級職員の待遇(給与面)

係長級職員は、乗務員の中から勤務成績や人柄を考慮して選抜されるのが常であるが、その際には乗務員時代の収入と遜色のない給与額が定められ、その後の昇給により、乗務員の平均よりも相当高額の固定的給与(乗務員の収入の大部分は歩合給である)の支給を受ける。係長級職員の退職金の額は乗務員時代から通算して算出されるが、乗務員とは異なり職務加算金が支給される結果、係長級職員は、乗務員に比べて優遇された退職金を受給するのである。すなわち、原告ら係長級職員は、被告会社内で、監督管理者にふさわしいように厚遇されている。

4  係長級職員の非組合員性

係長給職員は、被告会社に存在する唯一の労働組合である彌榮自動車労働組合と被告会社との間の労働協約により、労働組合法二条但し書一号にいう「監督的地位にある労働者」に該当する者として右組合への加入が認められていない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実については、原告らが被告会社主張のような業務を担当していたこと自体は認める。しかしながら、係長級職員は、各営業所の所長や副所長の指示に従って動く最末端の職制に過ぎず、乗務員に対する監督や乗務員の採用について独自の裁量権・決定権を有するものではない。また、係長級職員が日常の運行管理・労務管理の一旦(ママ)を担っているとしても、労働組合との団体交渉に出席することはないし、会社の事業方針を決定付ける営業会議にさえ殆ど出席しない。要するに、原告らのような係長級職員は、監督管理者ではない。

2  抗弁2の事実は争う。係長級職員には、出社・退社につき自由裁量はなく、営業所のローテーションに組み入れられて、勤務時間を厳格に管理されタイムカードの打刻を義務付けられていた。そもそも、係長級職員は、被告会社が定めた人員により営業所の運行管理業務を二四時間にわたり遂行する義務を課されていたものであるから、勤務のローテーションをどのように合理的に定めたとしても、係長級職員の月々の労働時間の総量も必然的に決定されるのであって、ここには係長級職員が出社・退社の時刻を相当程度自由に定める裁量の余地などないのである。もっとも、原告らのような係長級職員達自らがその裁量により被告会社における係長級職員の増員を決定できるような権限が与えられていたならば、自ら労働時間の総量を調整する余地があるのだが、営業会議にさえ殆ど出席せず会社の事業方針に何らの発言権も持たない係長級職員としては、被告会社の決定した人員で二四時間の運行管理業務に就かざるをえないのである。そして、係長級職員の労働時間の総量は、原告ら主張のように極めて多大かつ過酷なものになっていたのである。被告会社が係長級職員に対し、時間外労働に対する割増賃金の支払いなしに、このような多大かつ過酷な労働の強制を行うことができる理由などありえない。

3  抗弁3は争う。乗務員の仕事内容、勤務時間及び収入と係長級職員の仕事内容、勤務時間及び収入とを比較した場合、原告らに支給されていた給与が、いわゆるヒラの従業員たる乗務員に支給されていた給与に比較して厚遇されているとの点は争う。

4  抗弁4の事実は認める。但し、この事実が労働基準法上の「監督管理者」の解釈に直接的な影響を与えるものではない。労働組合法は組合活動の自主性・独立性を保護しようとするものであり、労働基準法は個々の労働者の保護を意図する立法だからである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載の通りであるからこれを引用する(略)。

理由

第一原告らの監督管理者性について

一  請求原因1ないし4の事実関係についてはいずれも当事者間に争いがないので、まず、本訴請求にかかる割増賃金が発生したとする昭和六一年三月二一日から同六三年二月二〇日までの間の原告らの地位(原告近藤については昭和六二年五月まで被告会社西五条営業センター、同年六月以後山科営業センターの各係長補佐であり、原告谷口については右期間中山科営業センターの係長)が、労働基準法四一条二号にいう監督管理者ということができるか否かにつき検討する。

二  さて、労働基準法は、雇用契約の内容につき私的自治の原則を制限し、労働条件に関する最低基準を強行法規として定め、その遵守を確保することにより労働者の保護を図ろうとするものである。そして、使用者が労働基準法所定の労働時間の枠を超えて労働させる場合に、同法所定の計算方法により超過労働時間毎に算出された割増賃金を支払う義務を負うとされるのも、所定内労働に対する賃金と所定外労働に対する賃金を峻別したうえで、賃金負担増加の事実を明確にすることにより、使用者をして所定の労働時間を遵守させ、過重な長時間労働を抑制する趣旨である。ところで、労働基準法四一条二号が、労働者のうち監督管理者をもって、労働時間や休日に関する強行法規の適用除外としているのは、何もそれら労働者が労働基準法上の保護に値しないという趣旨では勿論なく、必然的に何人かの労働者を使用して経営や労務管理を行わなくては適正な事業運営ができない使用者(経営者)の都合にも法が配慮している結果である。すなわち、経営者と一体となって経営や労務管理に携わる者(法の予定している「監督管理者」)は、その職務の性質上、適宜必要に応じ、法の定める硬直な労働時間等に関する規定の枠を超えて働くことが要請されているので、日々算出された所定外労働時間毎の割増賃金を受給することが現実的・実際的ではない、という経営者側の都合に法が配慮しているのである。

しかしながら、これら監督管理者が労働基準法による保護の対象から外されている実質的理由は、これら監督管理者は、

(一)  企業体の中で重要な地位を占め、自分自身の職務の遂行方法につき相当程度の裁量権を有していて、勤務時間などについても厳格な規制を受けず、(二) しかも、職務の重要性に応じてそれに見合う高額の給与を受けているはずであるから、敢えて労働基準法による保護の対象としなくても、保護に欠けることがないという点である。

そうであるとすれば、原告らのような被告会社の係長級職員が、はたして監督管理者に該当するか否かは、労働基準法の硬直な強行法規の適用が実際的ではないという経営者側の事情もさることながら、これら係長級職員に労働基準法の保護をしなくても保護に欠けることがないような右(一)、(二)説示の要件が認められるか否かにかかっているというべきである。

さて、本件においては、係長級職員が抗弁1(一)ないし(三)のような職務を担当していること自体は争いがないところ、従業員の大部分(約八八パーセント)を占めるタクシー乗務員につき、臨機応変に二四時間の運行管理と労務管理を行わなければならない被告会社として、係長級職員をもって監督管理者として扱うことが実際的であるという経営上の都合それ自体については理解可能である。しかも、本件においては、被告会社において広汎な従業員に形式的な肩書だけ授与して労働基準法の規制を潜脱しようという意図も認められないから、当裁判所としては、右(一)、(二)に説示の要件さえ充たされておれば、係長級職員を監督管理者と認定することに吝かではない。そこで、以下においては、そのような要件の有無につき検討する。

三  (証拠・人証略)及び原告ら本人尋問の各結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  被告会社の各営業所には概ね二〇〇名程度の乗務員が配置されており、営業所の各係長級職員は、四〇名程度の乗務員の担当として事故防止やサービス向上につき乗務員達と会合を持ち包括的な指導をする立場にある。そして、日常業務に関しては、係長級職員は、担当の別なく、係長級職員相互で定められた勤務ローテーションに従い、当日稼働する全乗務員の出勤点呼、配車割当て、タクシー出庫時・入庫時の点検、その他タクシー運行業務全般を監視し、対外的には会社を代表して様々な苦情や事故に対応する業務を行っている。但し、係長級職員には、乗務員の懲戒や事故の示談について最終的な判断をする権限は与えられていないし(係長級職員は、労働協約で定められた懲戒委員会の委員にはならない)、具体的に係長級職員がどのような内容の業務を行うべきかとか係長級職員の員数をどうすべきかという点に関して自己決定する権限もない。すなわち、係長級職員は、各営業所の所長及び副所長の指揮下で自らに与えられた様々の業務を遂行しているのである。そして、実際にも、原告近藤は勤務が過重であると感じて、昭和六〇年頃、被告会社に対し、当時勤務していた西五条営業センターの係長級職員の増員を申し出たが要望は全く聞き入れられなかった。

また、係長級職員は、営業所毎の労使個別折衝に使用者側当事者として出席することはあっても、団体交渉に使用者当事者として出席することはなく、被告会社の営業方針全般を決定する営業会議(各営業所長は出席する)に出席が求められていたわけではなかった(出席が禁じられていたのではないが、実際には営業所の業務多忙で殆ど出席することがなかった)。したがって、営業所に配置される乗務員数や営業車両数、各乗務員や営業所全体に課せられるいわゆるノルマというものについても、係長級職員がその決定過程に参画する機会もなかった。

2  営業所の所長や副所長は、昼間の勤務のみであるが、係長級職員は二四時間の運行管理業務を遂行するため、予め会社側で決められた勤務ローテーションに従い、運行管理業務が多忙な午前や昼間に二人又は三人が稼働し、深夜及び未明には一人が稼働するというパターンで勤務している。したがって、このローテーションに従って職務をこなせば、係長級職員としては自己が雇用契約上就労義務を負う労働をしたことになるのであり、定刻の出勤・退社時刻というものはない。また、ある係長級職員がローテーション通り勤務できない事情がある場合には、ローテーションの一時的交替その他適宜の方法で、他の一般職員がその穴埋めをすることが許容されていて、そのような事態が生じたとしても特段給与面で不利益な処遇を受けることがない。このことは、被告会社の就業規則二九条にも規定されており、乗務員に対して定められた遅刻・早退・私用外出に対する減給が係長級職員に適用されることはないとされている。もっとも、係長級職員は、決められた員数で、営業所全体の前記業務を遂行しなければならないのであるから、他の係長級職員に迷惑や負担をかける形で自己の労働時間を一方的に減らせるようなことは実際にはできないし、もともと、乗務員の中でも勤勉で責任感が強いと被告会社から見込まれ係長級職員になることを求められた従業員なのであるから、遅刻・早退、私用外出などという事態が頻繁に起こるようなこともないのである。そのような訳で、原告らが被告会社に在職し本訴で割増賃金を請求している昭和六一、六二年当時、原告ら係長級職員が一か月間に被告会社に出勤している時間は、概ね二七〇時間から二九〇時間程度になっていた。そして、原告らのタイムカードの記載時刻で見る限り、原告らは、いずれも、別紙1(略)および2(略)の各1に記載のとおりの時間、被告会社に出勤していたものである(但し、原告らの勤務形態に照らせば、タイムカードの記載時刻は、乗務員の勤務状況を比較的正確に知り得るタコメーターとは異なり、直ちに、休憩時間等を差し引いた実労働時間を示すものとは言い難い)。

3  ところで、被告会社は、昭和三六年頃までは係長級職員(当時の名称は班長)に対し毎月八〇時間分の時間外手当を支給していたが、昭和三六年に発生した大規模な労働争議を契機として、係長級職員にも管理職としての自覚と責任を持たせる必要性を認識し、これらの者を労働基準法四一条二号にいう「監督管理者」と理解することにし、これらの者には時間単位で算出される形の時間外手当の支給を止め、賃金体系を大幅に改めたうえその待遇を改善する趣旨で、時間外手当に代わる業務手当等の名目の賃金を支給するようになった。ただ、将来被告会社内で営業所長等の上位かつ高給の従業員に出世する蓋然性が保証されているという意味で、係長級職員が管理職と位置付けられたわけではなかった。

右のような経緯で、現在でも、就業規則と一体の賃金規則一〇条三項で、係長級職員に支給される職能手当の八〇パーセントと業務手当の応分の額は所定外労働に対する給与である旨規定されている。しかしながら、右のような賃金体系の変更の前後で、係長級職員の勤務の実情に大幅な変化があったわけではない。すなわち、被告会社としては、係長級職員がおよそ就業規則所定の労働時間月一八八時間を超えて労働することが通常は起こらないとして時間外手当を支給しなかったのではなく、むしろ、係長級職員は所定労働時間を大幅に上回る労働をすることを当然の前提として、係長級職員の員数を決定し定額の給与を支給していたのである。

4  ところで、係長級職員の給与は、歩合給の割合が多い乗務員とは異なって定額であり、就任当初は乗務員時代の収入と遜色のない額でかつ年齢や勤続年数の点で他の係長級職員との均衡も害しない程度の額が個別に定められ、その後概ね毎年ベースアップがある。賞与を含む昭和六二年の原告らの年間収入は、原告近藤が四六六万七六〇〇円であり、原告谷口が五二五万九二五〇円であった。これに対し、被告会社の乗務員(その平均在職年数は七年程度)の同年の平均収入は三六九万二九三一円であった。ちなみに、昭和六二年度の賃金センサスによれば、京都府下のタクシー乗務員一〇七九名の平均で、所定内実労働時間二〇二時間及び超過実労働時間一九時間に対して支払われた年間給与は三四三万三七〇〇円(所定内給与二二〇万二〇〇〇円、所定外給与五六万六四〇〇円、賞与等六六万五三〇〇円)であった。

また、被告会社の退職金規定によれば、原告ら係長級職員に支払われる退職金には、乗務員に支給されない職務加算金が支払われるため、在職期間一一年一一か月の原告近藤に支払われた退職金の額は四九万四六〇〇円(原告近藤が同じ年月乗務員として勤務した場合は四〇万円)、在職期間二四年六か月の原告谷口に支払われた退職金の額は一七五万八四〇〇円(原告谷口が同じ年月乗務員として勤務した場合は一五〇万七五〇〇円)であった。

四  以上に認定の事実関係に照らせば、確かに、係長級職員の勤務時間については基本的に各営業所のローテーションに従っているとはいえ、出退社の時刻や私用・傷病による不就労に関し、乗務員とは異なって相当融通の利く扱いがされていることは認められる。しかしながら、その融通というものは、営業所の運行管理業務に支障が出ないように、ある係長級職員の不就労を他の一般職員が埋めるからであり、係長級職員の職務上の裁量に基づくものとはいえない。また、ひとつの営業所に配属される営業車両台数、乗務員数と一般職員数が決定され、係長級職員の行う職務の内容が変わらないとすれば、どのようなかたちの勤務ローテーションを組んだとしても、必然的に、ひとりの係長級職員が雇用契約上就労義務を負う労働時間の総量が決定されることは自明の理である。したがって、この場合、係長級職員が自己の職務負担の軽減や員数増加を決定する過程で強い発言権を有していない被告会社においては、結局、係長級職員としては、被告会社の定めた一定の労働時間(本件においては、後記認定説示のとおり、それが所定労働時間を大幅に上回る長時間になっていた)就労を規制されることになるといわなければならない。すなわち、本件においては、係長級職員は、被告会社で重要な地位にあり自己の職務遂行に相当程度の裁量権を有しているとは言い難い。

さらに、前認定のとおりの係長級職員の給与や退職金の待遇は、歩合給が収入の大部分を占める乗務員に比して安定的であることは疑いがない。しかし、係長級職員が将来営業所長等さらに社内で高い地位の従業員に出世するとの蓋然性が保証されていない被告会社においては、係長級職員の待遇が、社会通念上、使用者都合で所定労働時間以上の勤務が要請され実際にも後記のような長時間労働をする係長級職員の職務に十分見合ったものと断定することはできない。

要するに、被告会社における係長級職員の権限や待遇は、原告ら係長級職員を労働基準法上の保護の対象から外してもなおその者の保護に欠けることがないと評価するだけの実質を伴っていないといわなければならず、被告会社は、原告らに対し、所定労働時間を超えた労働時間毎につき二五パーセントの割増賃金を支払う雇用契約上の義務を負う。

なお、時間外労働に対する割増賃金支払義務は、労働基準法が雇用契約の一内容として履行を強制するものであるから、就業規則等により労働基準法より短い労働時間が定められている場合には、労働基準法に定める最大限の労働時間(一日八時間)を超える部分のみならず、雇用契約上の労働時間(本件の場合一日七・五時間、月一八八時間)を超えるいわゆる「法内超勤」についてもその履行が強制されるものと解するのが相当である。

第二原告らの未払割増賃金の額について

原告らについては、タクシー乗務員のように出庫時間、帰社時間、休憩時間が厳格に運用されていなかったことは前記のとおりであるから、そのタイムカードに記載された時刻に従って計算される時間だけ原告らが現実に就労していたと認定するには疑問がある。しかしながら、前認定のとおりの、原告らの勤務ローテーションや時間外手当廃止の経緯に照らせば、原告らは、少なくとも平均月八〇時間は時間外労働をしていたものと推認しうる。したがって、その範囲で時間外労働の事実が証明されたものとみるのが相当である。そうすると、原告近藤は被告会社に対し、本訴請求期間二一か月につき別紙3割増賃金計算書(略)のとおり三一七万三一一二円の、原告谷口は被告会社に対し、本訴請求期間二三か月につき同計算書のとおり三八八万六七八一円の各割増賃金を請求しうる。

第三付加金請求について

前認定の事実関係に照らせば、被告会社は、当初から、係長級職員が所定労働時間を相当に超過して勤務することを予定し、その超過勤務に対する賃金を実質的に含める趣旨で原告らの給与額を設定していたことが明らかである。その意味では、被告会社は全く時間外手当を支給する意図を有しない悪質な使用者であるということができない。また、係長級職員に対する時間外手当を廃止した経緯に照らせば、原告らに時間外手当を支給しなかったことにつき被告会社を一方的に責めることも躊躇せざるをえない。ただ、やはり、原告らに対する給与支給方法は強行法規たる労働基準法三七条に違反するといわざるをえない以上、当裁判所としては、労働基準法の遵守を励行させる趣旨で制裁金たる付加金の支払いを命ずるのを相当と思科する。そして、労働基準法一一四条の付加金の額は、裁判所の裁量により減額できるものと解すべきところ、本件において認められる諸事情を斟酌し、その額を原告らそれぞれにつき五〇万円とする。

第四結論

以上の次第で、原告近藤の本訴請求は三一七万三一一二円の割増賃金及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六三年四月二九日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金並びに五〇万円の付加金の各支払いを求める限度で理由があり、原告谷口の本訴請求は三八八万六七八一円の割増賃金及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六三年九月六日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金並びに五〇万円の付加金の各支払いを求める限度で理由があるからこれらをそれぞれ認容し、その余は、失当としていずれも棄却し、訴訟費用の負担及び仮執行宣言につき該当法条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋詰均)

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