大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所福知山支部 昭和44年(ワ)8号 判決 1970年7月17日

主文

被告は原告に対し、金一、二〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年五月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その四を被告の負担とする。

この判決の第一項は仮りに執行することができる。

被告において金六〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

一  原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一、五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年五月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求の原因ならびに被告の抗弁に対する答弁として次のように述べた。〔証拠関係略〕

(一)  昭和四一年三月三〇日午前一一時頃、国鉄福知山駅前ロータリー西北地点の横断歩道の手前において、原告運転の軽四輪自動車が、横断歩行者のため停車中、訴外浦田久子運転、被告会社所有のライトバン四輪自動車が原告の車両に追突し、原告は、後記のような傷害を受けた。

(二)  右事故は、事故車両の運転車である前記浦田久子の前方不注視の過失によるものであるところ、同女は被告会社の被用人であり、被告会社の業務に従事中、右事故を惹起したものであるから、被告会社は同女の使用者として、原告に対し、右事故による損害を賠償する義務がある。

(三)  原告は、右事故直後はその受傷の重大性に気ずかず、市内越山病院で受診していたところ、日を経るに従い病状が悪化し、目まい、しびれ、頭痛のほか、持つた物を落す等の症状が現われたため、昭和四一年五月七日、国立福知山病院で受診し、以来同病院に同日から同年一一月二七日まで、昭和四二年七月二五日から同四三年三月三日までの二回にわたり入院したほか、昭和四一年中に通算一八日、同四二年中に一三七日、同四三年中に二一七日、同四四年中に二五〇日の各通院治療を受けたが、なお病状回復せず、昭和四四年一二月一日、京都大学病院に入院して手術を受け、同四五年五月一四日退院して、目下自宅療養中の者である。

原告は、訴外福知山鉱泉株式会社に勤務していたところ、本件事故による傷害のため休職となり、所定の休職給を受けている者であるが、現在に至るも復職の見込がなく、休職期間の満了による解雇も近く予想されて、前途暗たんたるものがある。

このような状況にあるのにかかわらず、被告会社および加害者浦田久子は、現在に至るまで、何の被害弁償もせず、見舞の方法すら講じない。右浦田久子に対する確定判決は存在するが、同女からも全く弁済を受けていない。

(四)  以上の事実により、原告は被告に対し、本件事故による精神的損害の慰謝料として一、五〇〇、〇〇〇円と、これに対する右事故の日の後である昭和四四年五月二日から支払済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(五)  原告と訴外浦田久子との間に被告主張のような確定判決が存することは認める。しかし、右確定判決の存在により、原告の被告に対する請求が制限されるものとは解せられない。

二  被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁ならびに抗弁として次のように述べた。〔証拠関係略〕

(一)  原告主張の日時場所において、原告主張の事故が発生したこと、本件事故車両の所有者が被告会社であり、その運転者浦田久子が被告会社の使用人であること、本件事故について、右浦田に過失があつたこと、原告が、その主張の日数、その主張の病院に入院したことは、いずれも認める。

(二)  原告の傷害の程度内容および損害額に関する主張は争う。

(三)  原告は、訴外浦田久子を被告として、京都地方裁判所福知山支部に、本件事故による損害賠償(慰謝料)請求の訴(同庁昭和四二年(ワ)第四九号)を提起したところ、昭和四三年八月九日、原告の請求中慰謝料四〇〇、〇〇〇円の支払の部分を認容し、その余の請求部分を棄却する旨の判決がなされ、同判決は確定した。

右確定判決の既判力が直接本訴の原被告間に生ずるとは解されないけれども、右確定判決は被告に対して有利に効果をおよぼすべきものである。すなわち、不真正連帯債務者の一方について判決によりその損害額が確定しているときは、もう一方の債務者に対する損害賠償額は必ずその確定額かそれ以内に決定されなければならないものと思料する。もしそうでないとすれば、使用者から被用者に対する求償権の右判決確定額を超える部分はどうなるのか。その部分も求償できるとすれば右判決と矛盾するし、求償できないとすれば判決が認容しているのに、事由なくこれが消滅していることになつてしまう。また更に被用者が弁済すれば使用者の責任も消滅すべきである(弁済の絶対的効力)との点にも問題が生ずる。

従つて、右確定判決の効力として、原告の本訴請求額は、四〇〇、〇〇〇円以下に定められなければならない拘束があると解すべきである。

理由

一  原告主張の日時場所において、原告主張のような事故が発生したこと、本件事故車両の所有者が被告会社であり、その運転者浦田久子が被告会社の使用人であること、本件事故について右浦田久子に前方不注視の過失があつたことは、いずれも当事者間に争いがなく、右浦田久子が本件事故当時、被告会社の業務に従事中であつたことは、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

そうすると、被告は、右浦田久子の使用者として、本件事故によつて原告が被つた損害について、賠償の責を負うものといわなければならない。

二  被告は被告主張の確定判決の存在を理由として、原告の被告に対する慰謝料請求額は右確定判決によつて認容された慰謝料額によつて制限されるべきであると主張する。

しかし、確定判決の既判力のおよぶ範囲はその当事者および弁論終結後の承継人等に限られるのであり、かつ、その効力としても、当事者間における特定の権利関係の存否を確定するものにすぎず、特定の者の精神的損害の程度、これに対する慰謝料の額等の具体的事実を確定するものではない。

従つて、被告主張の確定判決が原告と訴外浦田久子との間に存在しても(このことは当事者間に争いがない。)、右確定判決の存在により、原告の被告に対する本訴請求が制限される理由はないものというべく、被告の右主張は採用できない。

三  そこで、原告が本件事故によつて被つた精神的損害に対する慰謝料の額について判断する。

〔証拠略〕を総合すると、次の各事実が認められる。

(一)  原告は、昭和三七年四月頃から、訴外福知山鉱泉株式会社にセールスマンとして勤務している者であるが、本件事故の数年前に、歯の治療の予後が悪く五、六ケ月入院治療を受けたことがあるほか、勤務状態は多少悪かつたが、特に病弱であつたとは認められない。

(二)  原告は、本件事故による受傷後の昭和四一年五月七日、国立福知山病院において、第五、六頸椎骨折の疑い、頸推不全損傷との診断を受け、同日以後昭和四五年五月一四日までの約四年間に、同病院に前後二回、通算四二八日、京都大学医学部付属病院に前後二回、通算一三三日、それぞれ入院治療を受けた。

(三)  原告は、右京都大学病院に入院中、腰骨を採つて頸椎内に移動させる頸椎前方固定手術を受けたが、同手術は、脊椎関係の手術としては大きな手術であつた。

(四)  原告は、現在退院して自宅療養中であるが、なお四肢の痙性麻痺および頸部の障害があつて、マツサージ、電気治療、腰部牽引等の理学療法、運動療法を要する状態で、少くとも本年中は従来の仕事に復職できる見込はない。

(五)  原告の前記傷害の治療は労災保険の給付によつて行われており、また訴外浦田久子が前記福知山病院に入院中の原告を一度見舞つた形跡があるほか、事故後四年余を経過する現在に至るまで、被告会社および右浦田久子において、原告の損害を賠償し、または原告を見舞う等の措置をとつた事実は全く認められない。

以上の事実に、本件記録によつて認められる事故の状況その他諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故によつて被つた精神的損害は相当深刻なものがあり、これを慰謝するに足る金額は、一、二〇〇、〇〇〇円をもつて相当とすると認められる。

四  そうすると、原告の請求は主文第一項に記載の限度で正当であるから、これを認容し、その余の部分は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条を、仮執行の宣言とその免脱の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丸山忠三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例