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京都地方裁判所舞鶴支部 平成14年(わ)21号 判決 2004年11月30日

主文

被告人を懲役18年に処する。

未決勾留日数中680日をその刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1平成14年1月1日午前8時50分ころ,京都府a市(以下省略)所在のA株式会社B店駐車場において,C株式会社が所有し,A株式会社が賃借中の軽四輪貨物自動車(登録番号省略)の助手席左側ドアに被告人が運転する普通貨物自動車の後部を衝突させて同ドアを凹損させるなどし(損害額7万7300円相当),もって,他人の器物を損壊した,

第2同日午前10時40分ころ,同市(以下省略)所在の上記A株式会社D店先歩道において,同店舗(鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺2階建)の1階入口電動シャッターに被告人が運転する普通貨物自動車の後部を衝突させて同シャッターを壊し(損害額約84万円相当),もって,同会社所有の建造物を損壊した,

第3かねて交際し,生活費など経済的な援助をしていた女性に裏切られたとして,数か月間にわたり,同女や周囲の者たちにも嫌がらせや中傷等を繰り返していくうちに,次第にその矛先を同女の子供らに向けるようになり,同女の子供らに対して危害を加えることを企て,同月21日午前7時40分ころ,同市(以下省略)先道路において,道路前方の左端を歩いて登校中のE(当時8歳)及びF(当時7歳)ら12名の児童の列に,被告人が運転する普通貨物自動車を時速約30ないし40キロメートルの速度で突入させて同車両の前部等を同児童らに衝突させ,よって,同日午前11時55分ころ,収容先の同市(以下省略)所在のG病院において,Fを胸腹部内臓損傷により死亡させたほか,別紙(省略)記載のとおり,Eら11名に対し,各傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)

省略

(事実認定の補足説明)

被告人は,①判示第1の器物損壊及び第2の建造物損壊について,自分の運転する普通貨物自動車(以下「被告人車両」という。)が,被害会社の車両(判示第1。以下「被害車両」という。)及びシャッター(判示第2)に衝突したことは認めるものの,これらは,足や左脇腹等に痙攣を起こし,運転操作を誤ったことによって起こった事故であって,各物件に対する損壊の故意はなかった,②判示第3の傷害致死及び傷害について,自分の車両が登校中の児童らの列に突入したことは間違いないが,本件も,車を運転中,腰にこむら返りを起こし,顔が上を向いて前方注視ができなかったことによって起こった事故であり,児童らに対する傷害の故意はなかった旨供述し,弁護人も,概ね被告人の上記供述に沿う主張をするので,当裁判所が判示のとおり認定した理由を補足して説明する。

1  判示第1及び第2について

(1)  関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

ア 本件現場の状況等

判示第1の現場は,ほぼ東西に伸び,南北の幅が15メートルから24メートルほどの見通しの良い駐車場であり,同駐車場の北側はA株式会社B店に接している。被害車両は,平成14年1月1日午前8時50分ころ,同駐車場の北東にある同店出入口に最も近い駐車スペースに停車していたが,同車両以外に駐車中の車は1台もなかった。

一方,判示第2の現場であるA株式会社D店は,南北に伸びる車道沿いの東側に位置しているが,同店と車道との間には幅が広いところで約4.47メートル(ただし,同店の南西方向,歩道端から約0.67メートルの距離にアーケードの支柱があるため,被告人車両を北方向に後進させる場合に進行可能な道幅は,最大でも約3.8メートルにとどまる。)の歩道がある上,同店の前にある歩道の西端には,長さ約3.94メートルの石製の腰掛けのほか,約1.3ないし1.9メートルの間隔をおいて合計4本の石柱が設置されていることから,同店の正面は車道から歩道へ直接車両が乗り入れることができない状況にあり,車幅が約1.7メートルある被告人車両が車道から同店に近づくためには,上記腰掛け又は石柱の外側から歩道に進入する必要がある。

イ 本件前の被告人の言動等

被告人は,平成13年10月ころ,女子高校生のH及びIと知り合い,同女らに多額の現金を与えては飲食に付き合わせたり,被告人が経営する布団店でアルバイトをさせたりしていたところ,同年12月31日,同女らが約束をしていたアルバイトに来なかったことから,同女らの自宅に電話をかけ,これに怒った同女らが,同日午後3時ころ,上記布団店に行き,被告人に対して大声で文句を言うなどした。被告人は,このような同女らの態度に立腹し,まず,Iの自宅に行って同女の両親に謝罪をさせ,さらに,翌14年1月1日午前零時過ぎころ,Hの自宅でもある判示第1の店舗に車で赴き,「謝れ。土下座せえ。」などと怒鳴るなどしたが,応対に出た同女の父親であるJが,いつまでも大声で騒ぎ立てる被告人に業を煮やし,被告人の襟首をつかんで家の中に引き入れたところ,同人らは,バランスを崩してその場に倒れ込んだ。すると,被告人は,腰が痛いなどと言って寝転んだまま立ち上がろうとせず,駆けつけた警察官に対して救急車を呼ぶように何度も叫び,結局,警察官に促されて駐車場にあった被告人車両に乗り込んだ後も,クラクションを何度も鳴らしたり,エンジンを空吹かしさせるなどしていた。被告人は,到着した救急車に自ら乗り込み,病院で診察を受けるなどしたが,同日午前5時過ぎころ,再び同店に赴き,クラクションを何度も鳴らすなどしたので,我慢できなくなったJが,長さ約120センチメートルのアンテナポールを持って,車内にいる被告人を威嚇するなどしたところ,被告人は,いったん車を発進させたが,急ブレーキをかけてUターンし,Jの方に向かって車を突進させたので,同人が近所のパチンコ店の階段に逃げ込むと,その手前で車を急停車し,同人をにらみつけた後,クラクションを鳴らしながらその場を去った。

ウ 各物件に対する衝突の状況等

平成14年1月1日午前8時50分ころ,被告人車両が,判示第1の駐車場を西から東に進行してきて,車両前部が同駐車場の南東に位置するK事務所の方を向く形で停止したが,その後すぐに,被告人が顔を後ろに向けながら左にハンドルを切る形で車を後進させ,いったん停止して前進した後,再び後ろを向いて車を後進させたため,被告人車両が被害車両に衝突した。そして,衝突後,被告人は,車を降りて車両の様子を確認することなく,すぐに車を発進させて,その場を立ち去った。

また,同日午前10時40分ころ,被告人車両が,判示第2の店舗のシャッターに向けて後進し,その結果,車両後部の左側が,同店の歩道側境界線から約34度傾いた形で,同シャッターに衝突した(なお,関係証拠によれば,同シャッターの損害額は84万円であると認められる。)。衝突する直前における被告人車両の右前輪の旋回角度は約24度であり,被告人がハンドルを大きく左に切って車を後進させたことが認められる。

以上のとおりである。

(2)  そして,以上の事実,すなわち,①判示第1については,見通しが良く,被害車両しかない駐車場において,被告人が前進と後進を繰り返し,しかも,顔を後ろに向けて車を後進させた結果,被告人車両が被害車両に衝突していること,②判示第2については,被告人車両が被害店舗前歩道上の障害物を避けて歩道に進入した後,ハンドルを大きく切る形で後進してシャッターに衝突していること,③被告人は,わざわざ元旦の深夜にJ方に赴き,大声で謝罪を求めて怒鳴るなどし,いったん同人方を離れた後も,再びやって来ては,クラクションを何度も鳴らしたり,威嚇してきたJに向かって車を突進させるなどの言動に出ており,Jに対して相当に立腹していたことがうかがわれることなどの事情を考慮すれば,被告人が故意に自己の運転する車両を被害車両及びシャッターに衝突させたことは優に認められる。

これに対し,被告人は,平成13年2月ころ,知人女性から暴行を受けて腰部を痛め,また,上記J方において同人から頭部に暴行を受け,更には搬送先の病院で精神安定剤を2本注射されるなどし,その副作用が出たことなどから,右足や左脇腹等に痙攣が起こって運転操作を誤ったと述べ,また,いずれの衝突の状況も全く覚えていない旨弁解する。しかしながら,既に認定した各現場における被告人の運転操作は,右足や左脇腹等に痙攣が起きた状態でなし得るものとは到底考えられない。被告人の供述するように,身体の各所に痙攣が起きたのであれば,他の車や周辺の建物等との衝突を回避するため,運転を中止して症状が落ち着くまで様子を見るなどの行動に出るのが普通であるのに,被告人は,運転を継続したばかりか,いずれの現場においても,衝突後はすぐに車を発進させて,現場から立ち去っているのであり,その運転内容から考えても,本件の前後に被告人の身体に痙攣が起きた様子は何らうかがわれない。被告人は,衝突の状況を全く覚えていない旨述べる一方で,どういうわけか右足等に痙攣を起こしたことだけは覚えているなどと供述し,痙攣による事故であることを殊更に強調するかのような極めて不自然な内容の弁解に終始していることなどの事情を考慮すれば,被告人の弁解は全く信用できない。

(3)  以上の次第で,被告人には器物損壊罪(判示第1)及び建造物損壊罪(判示第2)が成立する。

2  判示第3の傷害致死及び傷害について

(1)  関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

ア 本件までの被告人の言動等

被告人は,平成12年10月ころ,上記布団店の手伝いをしていたLと交際するようになり,同女に結婚を申し込んだものの,年齢差が大きいことなどを理由に断られた。すると,同年12月ころには,Lに対して自分の養女になるように要求したところ,同女は被告人が経済的な援助をする約束をしたことから,被告人と同居しないことなどを条件に同意し,翌13年1月に養子縁組をした。しかし,被告人は,約束に反してLに同居を強要するようになったため,同女との口論が絶えなくなり,同年2月下旬ころ,口論の末,Lが子供を連れて自宅に帰った際,被告人があとを追いかけて同女方に行き,家の中で暴れたため,警察に連れ出されたことがあった。被告人は,頻繁にL方に押しかけては居座ることを続け,同女が警察に通報して被告人を連れ戻してもらうこともあった。そして,Lは,時に被告人を蹴るなどして抵抗したものの,次第にこのような被告人の身勝手で暴力的な性格に嫌気が差し,また,相談先の保健所の職員等から被告人が起こした過去の事件や言動等を知らされたこともあって,被告人との関係を解消しようと考えるようになり,同年3月ころ,被告人に対して養子縁組の解消を求めた。しかし,被告人は,Lのかかる求めに全く応じようとせず,それどころか,Lに嫌がらせの電話をかけ,同女方の玄関先まで押しかけて大声で騒ぎ立るなどの行動に出るようになり,そのうち,Lの長女が通っていた保育園に行って大声で騒ぎ立てたり,a市役所に対してLが生活保護費を不正受給しているなどと虚偽の事実を申告したりするようにもなり,同女に対する嫌がらせをエスカレートさせていった。もっとも,Lの離縁の意思が固かったため,結局,被告人は,同年4月12日,養子縁組の解消を承諾し,翌13日には離縁届に署名したものの,Lの子供を含む児童らが集団登校のために集っている場所に何度も赴いては,「Lの子供を差別しとるやろう。Lの子供をいじめるな。」などと言って児童らを怯えさせたり,別の児童の自宅やその父親の勤務先にまで押しかけては,「Lの子供と遊ばせるな。」などと要求したりし,また,Lの姉夫婦に対しても,その自宅付近で同人らを中傷する内容のビラを撒く,車のクラクションを鳴らし続ける,同人らの勤務先に押しかけて騒ぎ立てるなどし,L以外の者らに対する嫌がらせを繰り返すようになっていき,このような被告人の嫌がらせ行為は,翌14年1月ころまで続いた。

一方,被告人は,平成13年6月ころ,離婚した元妻の姉に対し,「私何か大きな事やりそうや。」などと記載するとともに,「M」姓を名乗っている息子の姓を平成14年1月7日までに変更することを要求する内容の手紙を送り,また,平成13年8月30日ころには,実母であるNに電話をかけ,「Lの子を殺す言うたか。Lの姉の子を殺す言うたんや。わしは間違いなしにそれをする言うとんや。」などと告げるとともに,自分が養子に行けば姓が変わるので,息子に迷惑をかけなくてすむことなどを伝えた。

その後,被告人は,平成14年1月3日ころ,いわゆるテレホンクラブでOと知り合い,同女と肉体関係を持つようになったが,同月11日ころ,同女を脅すなどして婚姻届に署名させ,同月16日,被告人が同女の氏を称する旨の婚姻届を大阪市b区役所に提出した。

イ 本件現場の状況等

本件の現場は,南北に伸びるほぼ直線の道路(以下「本件道路」という。)で,有効幅員は約4メートルであり,また,被告人車両の進行方向である北へ約6パーセントの下り勾配となっている,やや急な坂道である。そして,運転席に座った状態の被告人の目線から見ると,衝突地点から約66.4メートル南方の地点において,対向して坂を歩いてくる児童らの姿を認識することができる。なお,Lの自宅は,本件道路の北端にあるT字路に面したアパートにあった。

ウ 本件衝突の状況等

同年1月21日午前7時40分ころ,本件現場付近は雨が降っていたため,路面は濡れた状態であった。被告人車両は,本件道路を北に向かって進行していた際,道路の西端を列をなして,南に向かい歩いていた集団登校中の被害児童らと衝突しているが,本件の衝突地点は,被告人車両が停止した地点にある民家のガレージから約14メートル南方の地点であり,道路端から横断方向に約0.6メートルの地点であるところ,本件道路のほぼ中央部分を走行していた被告人車両は,衝突地点の南方約15.6メートルの地点でやや左に向きを変え,衝突地点の約4メートル手前で強めの制動を行い,蛇行等することなくそのまま直進して,時速約30ないし40キロメートルの範囲内で,本件道路の西端を12名で集団登校していた被害児童らの列に突入した後,更に約14メートル進行し,上記ガレージに顕著な損傷を与えることなく,その支柱付近に接して停止した(P作成に係る意見書(検8)。この点,弁護人は,衝突実験が本件現場と異なり平坦な地面で行われていること,実験車両のタイヤの大きさ及び種類が被告人車両と異なるものであることなどを理由に,被告人車両の速度を上記のとおり算定した部分は信用できない旨主張するが,上記意見書によれば,被告人車両と類似するワンボックスカーを含む2台の自動車と,6歳児と成人の2種類の歩行者ダミーを用いて,数通りの実車衝突実験を行い,試験結果の最大変形量と被告人車両の最大変形量を比較した結果,被告人車両の最大変形量が,衝突速度時速30キロメートルで成人ダミーに衝突した試験結果よりも大きく,6歳児ダミーに衝突した試験結果と比べると明らかに大きかったことから,この結果を基に上記の衝突速度を導き出しているのであって,その算出手法は分析的で,相当なものであると評価できる上,実験時の道路状況やタイヤの種類などの影響を受けにくい最大変形量の比較によって推定されていることを考慮すれば,弁護人の上記主張を前提としても,なお,衝突速度に関する部分の信用性は十分に認められるというべきである。)。また,その際,被告人は,衝突回避のために警音器を鳴らしたりすることもなかった。

なお,衝突の際の被告人の顔の向きについて,被告人は前を向き,児童らの列の真ん中を見ていたとする証言もあるが,証言内容に動揺からくるものと見られる曖昧な点があるほか,本件当時,降雨の影響で視界が必ずしも良好なものであったとはいえず,瞬時の出来事であったことも考慮すると,被告人の顔の向きについて明確に認定することはできない。

エ 本件衝突後の被告人の言動

被告人は,本件衝突後,急に被告人車両を約15ないし20センチメートルくらい後進させ,その後,降車して車両の前部を見たり,前輪の間をのぞき込んだりし,再び車内に戻ると,携帯電話を取り出し,大声を出して興奮した様子で話をし,それ以降は,手ぬぐいを顔にかぶせて座席に頭をもたせかけるようにしてじっとしたまま,被害児童らの救出に向かうことなく,ずっと車内に閉じこもっていた。

以上のとおりである。

(2)  そして,以上の事実,特に,①被告人は,衝突に至る数十メートル手前から,対向して坂道を歩いてくる被害児童らの存在を認識し得る状態であったこと,②左に向きを変えた後に制動の措置を講じ,自車の速度を時速約30ないし40キロメートル程度にして被害児童らの列に突入したこと,③左に向きを変えた後は,蛇行等することなく,被害児童らの列に向かってそのまま直進していること,④その際,衝突回避のために警音器を鳴らしたりすることもなかったことなどの客観的な事実からすれば,被告人が故意に自己の運転する車両を被害児童らの列に突入させたことは合理的に推認し得る上,さらに,⑤犯行後,降車して車の周辺を見回すなどしただけで,倒れている被害児童らを全く救出しようという態度に出ていないこと,⑥これまで金品を与えるなどして面倒を見,夫婦同然の生活をしてきたLから別れ話を持ちかけられ,また,同女との養子縁組まで解消させられたことを契機に,同女のみならず,その周辺の者に対しても数々の嫌がらせを執ように繰り返し,しかも,それを本件の直前まで1年近くにわたり続けるなど,同女に対して強い恨みを抱き,相当に立腹していたこと,⑦被告人は,被害児童らが集団登校のために集まっている場所に何度も行ったことがある上,本件現場の近くには度々訪れたことのあるLの自宅もあるなど,本件現場周辺の地理や被害児童らの通学経路,通学時間等を十分把握していたことがうかがわれること,⑧母親や元妻の姉など身内に対して犯行をほのめかし,あるいは,犯行の数日前に知り合ったばかりの女性との婚姻届を区役所に提出し,自己の姓を変えたことなどの事情を全て併せ考えるならば,被告人が,Lへの恨みを晴らすための行動の一環として,Lの子供であるE,Qを含む被害児童らの列に車で突っ込み,児童らに怪我を負わせることをあらかじめ計画し,従前から把握していた被害児童らの通学時間に合わせて,その通学経路である本件現場に赴き,本件犯行を敢行したことは明らかである。

(3)  これに対し,弁護人は,本件当日の被告人の行動について,被告人は,援助交際をしていた女性に会いに行くため,車を運転して京都府a市に向かっていたが,事前に同女の住所地である「c番地」をa郵便局に問い合わせていたところ,同局職員から「d番地」の場所を教えられたため,同所を訪れたものの同女方に到達することができず,結局,G病院等に行く用事もあったことから,同病院に向かおうと車を発進させたところ,たまたま本件現場に差し掛かったというのであって,被害児童らを待ち伏せしたことはなく,本件を計画的に敢行したわけではない,また,本件は,以前の被告人の意趣返しと思われる言動と比べて,攻撃の矛先が直接関係のない人間に対して,しかも12名にも及ぶ子供の身体に対して向けられており,両者は明らかに質的に異なるのであって,Lに対する意趣返しという点は,本件の動機としては薄弱であるなどと主張する。

確かに,被告人が,本件現場に至った経路,被害児童らの姿を確認できる場所で車を停めて待ち伏せしていたとの事実については,証拠上必ずしも明らかとはいえないものの,被害児童らが本件道路に入って被告人車両と衝突するまでに歩いた距離はわずか約二十数メートルであり,時間にしても短時間であって,そのような短時間のうちに被告人が本件現場に差し掛かって衝突事故を起こし,しかも,被害児童らの列の中に,強い恨みを抱いていたLの子供がいたというのは,余りにも不自然な偶然であって容易に納得し難く,前記の認定事実に照らせば,被告人が被害児童らの通学経路等を十分に把握した上で本件現場に赴いたという限度での計画性については,優に認定することができる。

また,既に認定したとおり,被告人は,Lと養子縁組を解消した後は,直接Lに対して行動を起こすのではなく,同女の周辺者らに自己の憤まんをぶつけるようになり,時間の経過と共に嫌がらせが収束するどころか,むしろエスカレートさせていったことが認められるのであって,本件の動機において,本件以前の被告人の意趣返しとも思われる言動との間に質的な差異はなく,むしろ,本件は,これまでの被告人の言動の延長線上にあるものと理解できるのであるから,この点に関する弁護人の主張も採用できない。

その他,弁護人がるる主張する諸点を検討しても,被告人の傷害の故意を認めた上記2(2)の判断は揺るがない。

(4)  一方,被告人は,本件の直前に腰にこむら返りを起こしたので,衝突したときの状況を全く覚えていないなどと弁解する。しかしながら,被告人は,上記のとおり,左に向きを変えた後は,蛇行等することなく被害児童らの列に向かってそのまま直進し,しかも,制動をかけて速度を調節して被害児童らの列に突入しているところ,こむら返りを起こしたのであれば,児童らの列に向かって左にハンドルを切ることも,制動をかけて速度を調節して進行することも,不可能であることは明らかといえるから,被告人の上記弁解は,これらの客観的状況に照らして不自然,不合理なものというほかない。また,衝突時の記憶がないほどのこむら返りを起こしたのであれば,しばらくの間,体を動かすことなどができないはずであると思われるのに,上記のとおり,被告人は,衝突の直後,車から降りてその周辺を見回すなどし,再び車内に戻ると,携帯電話を取り出して大声で話をしていたのであり,しかも,その後はずっと車内に閉じこもっていたが,警察車両に乗り込む際,警察官の誘導を受けて自分から車内に入っており,そのとき,腰等に痛みを訴えている様子もなかった(Rの公判供述6及び7頁)というのであって,このような衝突直後の被告人の言動に照らしてみても,被告人の弁解は不合理極まりないといえる。以上によれば,被告人の上記弁解は,全くの虚偽であるといわざるを得ず,到底信用できるものではない。

(5)  以上の次第で,被告人に傷害致死罪及び傷害罪が成立することは証拠から明らかであって,合理的な疑いを入れない。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は刑法261条に,判示第2の所為は同法260条前段に,判示第3の所為のうち,傷害致死の点は同法205条に,各傷害の点はいずれも同法204条にそれぞれ該当するところ,判示第3は1個の行為が12個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により1罪として最も重い傷害致死罪の刑で処断することとし,判示第1の罪について所定刑中懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第3の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役18年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中680日をその刑に算入することとし,訴訟費用については,刑訴法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は,本件以前の被告人の言動には常識では理解が困難な面があるなどとして,本件当時,被告人は心神喪失又は心神耗弱の状態にあり,責任無能力又は限定責任能力であった旨主張する。

そこで検討するに,本件に至る一連の経緯,犯行状況及び犯行後の状況等については,上記認定のとおりであるところ,被告人は,判示第1及び第2において,これまで現金を与えては飲食に付き合わせるなどしてきた女子高校生と些細なことでトラブルを起こし,同女から大声で文句を言われると,その態度に立腹し,同女の自宅の住所を探し当てては車で出向き,謝罪を求めて怒鳴り散らすなどの行為に出ており,また,判示第3においても,金品を与えるなどして生活の面倒を見てきた女性から,被告人との関係の清算を要求されたことを契機として,同女に対し執ような嫌がらせを繰り返すようになり,それのみならず,同女の周辺の者に対しても,自ら住所等を調べて接触を図っては怒鳴り散らすなどし,同女をより困惑させるようなやり方で嫌がらせをエスカレートさせていったのであり,いずれの犯行における経緯も,現金等の見返りを与えて女性に近づき,その女性が自分の思いどおりにならなくなると,感情を一気に高ぶらせ,攻撃的な態度に出たことが認められるのであって,その言動には異常と思われるような側面があることは否定できないものの,動機としては十分に了解可能なものである上,実際に現れた被告人の言動は,自己の要求を押し通すための合目的的なものとして,いずれも合理的に説明できる。さらに,既に認定したような判示第3における計画性や犯行前後の言動などは,いずれも犯行の重大性を認識し,自己の行為の結果や社会的非難の大きさを十分に理解していたことを示すものといえる。加えて,被告人は,捜査段階や公判廷において,犯行当時の自己の精神状態や行動の理由等について,被告人なりに説明しているが,その説明内容は一応事実に沿ったものであり,精神障害がうかがわれるような不自然さや病的な記憶の欠落も認められず,それどころか,被告人は,公判廷において,自ら証拠を提出して検察官の主張に反論するなどの訴訟行為を意欲的に行っているのであって,到底犯行当時に責任能力に問題があった者の行動とは思われない。

また,本件においては,犯行当時における被告人の精神状態につき,医師S作成に係る精神鑑定書(検118)及び同人の公判供述があるところ,同精神鑑定書においてSは,被告人は,国際的診断基準ICD-10にいう「非社会性人格障害」に罹患し,更に「情緒不安定性人格障害・衝動型」あるいは「発揚型精神病質」の傾向をも併せ持っているが,その言動には幻覚妄想や意識障害が伴っていない上,是非善悪を弁識する能力にも何ら問題はなく,ただ,その弁識に従って行動する能力が,被告人の暴力性や攻撃性,更には情性欠如により,若干低下しているに過ぎないとの意見を述べているのであり,Sの意見は上記のような被告人の言動を端的に説明するものであって十分納得し得るものである。

弁護人は,上記意見について,Sが被告人と面談せずに結論を出していること,犯罪として処罰できなくなる不都合を避けなければならないという観点から判断していることがうかがわれることなどを根拠に,信用性に疑問を呈するが,同意見は,前提となる事実関係の把握に格別問題とされるべき点はなく,また,その判断過程についても,Sが被告人との面談を繰り返し試みたものの,被告人がそれを拒否し続けたため面談が実現しなかったという事情の下で,本件の訴訟記録のほか,被告人と生活を共にしていたLや身内である実母のN等の陳述,被告人がこれまでに受診した各精神科医療機関の診療録,保健所の相談記録,鑑定留置期間中になされたS以外の精神科医師等による面接及び観察記録,出身高校の生活指導要領等の多数の資料から得られた,被告人の幼少時代からの多岐にわたる問題行動や従前の病状の経過等を前提として,精神医学において広く用いられている客観的な診断基準や標準的な考え方に基づき,被告人の責任能力の有無について詳細かつ綿密な検討を加えており,とりわけ,本件前後の被告人の言動を精査して,本件犯行前の1か月間には意識障害や幻想や妄想の存在を疑わせる言動はなく,本件犯行前後に興奮状態あるいは不安,困惑状態に陥ったに過ぎない旨判断しているのであって,同意見は,専門的知見を生かした客観的なものとして十分な信用性が認められるというべきであり,弁護人の指摘は当たらない。

以上の諸点に照らすと,結局,被告人の異常な言動として弁護人がるる指摘している点は,被告人の責任能力に何ら疑義を抱かせるものではなく,被告人が複数の精神科医療機関に入院していた経歴を有していることなどの弁護人が主張する諸点を検討しても,なお,被告人にあっては,本件当時,是非善悪を弁別し,それに従って行動する能力が欠如,又は通常人に比して著しく減退した状態になかったことは明らかであると認められる。したがって,弁護人の上記主張は採用できない。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,①自己の運転する普通貨物自動車を,被害会社が賃借中の軽四輪貨物自動車に衝突させて,被害車両の後部ドアを凹損させるなどしたという器物損壊(判示第1),②上記普通貨物自動車を上記会社の店舗のシャッターに衝突させて,同シャッターを損壊したという建造物損壊(判示第2),③集団登校中の児童らの列に上記普通貨物自動車を時速約30ないし40キロメートルの速度で突入させ,同車両を児童らに衝突させて,児童1名を胸腹部内臓損傷により死亡させたほか,他の児童11名にそれぞれ傷害を負わせたという傷害致死及び傷害(判示第3)からなる事案である。

被告人は,以前交際していた女性に婚姻の申出を断られると,経済的な援助を申し出て同女と養子縁組を結び,夫婦同然の生活をしていたところ,被告人の身勝手な性格等に嫌気が差した同女から別れ話を持ち出され,養子縁組を解消させられることになるや,自分を裏切ったなどと立腹し,異常なまでの執着心を抱いて,同女への恨みを晴らそうと,同女やその周囲の者に対する数々の嫌がらせ行為を執ように繰り返し,挙げ句の果てに,何の関係もない同女の子供にまで怒りの矛先を向けて本件を敢行したもので,犯行動機は誠に身勝手かつ自己中心的であり,酌むべき事情など全く見当たらない。被告人は,被害児童らの通学経路等をあらかじめ把握した上で本件現場に赴き,集団登校していた児童らの列を見つけると自動車で近づき,児童らの約15.6メートル手前でいきなり向きを変えてそのまま児童らに向かって直進し,時速30ないし40キロメートルの速度で突入して,児童らを次々に跳ね飛ばしたのであり,何の罪もない子供たち全員を巻き添えにする無差別な凶行と評するほかなく,およそ人の親とは思われない無慈悲かつ冷酷な犯行態様である。本件犯行により,児童1名が死亡し,11名もの児童が傷害を負っており,中には加療約89日間を要する頭蓋骨骨折等の重傷を負った児童もいることからすれば,生じた結果が誠に重大であることはいうまでもないが,無邪気で元気な小学生たちが,いつものように集団登校し,これから学校での楽しい一日を始めようとしていた矢先に,突然遭遇した惨劇によって体験せざるを得なかった恐怖,驚愕等の精神的な衝撃の大きさ,あるいは兄を失い,友達を失った喪失感等を考えると,被害児童らが受けた心の痛手の大きさが今後の児童らの成長に及ぼす影響は計り知れない。とりわけ,死亡した児童は,冷たい雨が降る中で瀕死の重傷を負い,大好きな両親に痛みも,苦しみも,別れの言葉も伝えられないまま,数時間後には短すぎる一生を終えることになったのであり,幼心に感じたであろう張り裂けんばかりの胸の痛みを思うと,被告人の凶行が他の同種事案と比べて特に厳しく非難されるべきことは当然である。また,現場の惨状を目の当たりにし,助かって欲しいとの願いもむなしく,最愛の我が子の死に直面せざるを得なかった遺族の深い悲しみも筆舌に尽くし難く,「2年半経った今も,真っ赤なほっぺで帰って来てくれるのを待ち続けています。もう一度,ぎゅっと抱きしめてやりたい。心におもりを付けられたようで,考えることはFのことばかりです。親が子供を守るのが普通なのに,毎朝毎晩,仏前に手を合わせて「Fちゃん,今日もみんなを守ってね。」と言っています。私たちは,このつらい思いを一生抱えていかなければなりません。被告人には,大事な大事な私たちのFを返して欲しい。それができないなら,極刑をもって償って欲しい。」旨法廷で意見を陳述した母親の,失った我が子を思う深い思いは,量刑を決するに当たって最大限考慮する必要がある。それにもかかわらず,被告人は,遺族らに対して何らの慰謝の措置も講じることなく,本件の直前に腰にこむら返りが起きたために起きた事故であるなどと不合理,不自然な弁解を弄して否認を続け,また,公判廷において,深い精神的痛手を負っている遺族や被害者家族らを愚弄するような言動を続け,自己の不合理な主張を貫徹するために,裁判所の制止も聞かずに法廷で大声を上げるなど法廷の秩序を大きく乱してはばからず,審理の混乱を招き,なりふりかまわぬ自己弁護の姿勢に終始しているのであって,そこには被害児童やその家族らの気持ちを慮る態度や一片の反省の情すら感じられず,遺族や被害者家族らの処罰感情が以前にも増して峻烈であるのも至極当然といえる。さらに,被告人の傍若無人な態度からは,規範意識の欠如が認められるばかりでなく,被告人は,証人として出廷する予定の者に脅迫的な手紙を送りつけたり,法廷で自己に不利な証言をした者を非難するなどしているのであって,今後再犯に及ぶ可能性も否定できず,被害に遭った児童らはもちろん,その家族や関係者らが被告人による報復を恐れ,できる限りの長期の服役を望んでいるのも十分に理由のあるところである。加えて,本件はマスコミ等によって広く報道されており,付近に住む住民など社会一般に対して与えた社会的影響も相当に大きい。

また,判示第1及び第2の犯行についても,被告人は,たまたま知り合った女子高校生に多額の現金を与えては飲食に付き合わせたり,自己の経営する布団店でアルバイトをさせたりしていたところ,同女らの態度に立腹し,深夜,同女方に押しかけ,謝罪を求めて大声で怒鳴るなどしたが,同女の父親から相手にされなかったため,その態度等に立腹して本件各犯行に及んだもので,その経緯及び犯行動機に酌むべき余地はなく,犯行態様も,判示第3の犯行と同様に,自動車を使用して各物件を損壊したもので,犯情悪質である。本件により生じた損害額は合計91万円余りと多額である上,被告人は,本件についても不合理な弁解に終始しており,反省の態度を全く看取できず,被害者の処罰感情が厳しいのも無理からぬものがある。

以上に述べた事情に照らすと,被告人の刑責は極めて重大であり,同種事案と比較しても特に厳罰をもって臨む必要があるといわざるを得ず,被告人に対しては相当長期間の懲役刑を科し,亡くなった被害児童に対する冥福を祈らせながら,被害者やその家族らの心情を理解させるような矯正教育を施し,本件各犯行について真摯な反省を促すほかない。

したがって,被告人が,判示第1の犯行について,別の車の修理代を含め車の修理代として被害者に30万円を交付し,その損害が填補されていることやこれまで懲役刑に処せられた前科がないことなどの事情を考慮したとしても,被告人に対しては主文の程度の刑に処するのが相当であると考えた。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑・懲役20年)

(裁判長裁判官 新井慶有 裁判官 竹下雄 裁判官 瀬田浩久)

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