京都地方裁判所舞鶴支部 平成15年(わ)1号 判決 2004年1月20日
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中250日をその刑に算入する。
理由
(犯行に至る経緯)
被告人は,京都府○○郡で出生し,地元△△町内の小中学校を卒業した後,△△高等学校農園芸科に進学した。もともと勉強は得意ではなく,子供のころから料理が好きであったため,高校卒業後は料理関係の仕事に就きたいと考えていたものの,工務店を営む実父から,建設関係の専門学校に行くのであれば,学費や生活費を援助するが,料理関係に進むのであれば援助はしないと言われ,平成9年4月,実父から薦められるままに,□□市内の建設専門学校に入学した。しかし,入学後1か月くらい経つと授業についていけなくなり,高校生のころからよく遊んでいたパチンコやパチスロに通い続けるようになったことが実父に発覚したことから,専門学校を退学することになり,同年9月ころには実家に戻って,実父の経営する××工務店で働くようになった。被告人は,次第に土木の仕事が好きになり,真面目に仕事をしていたが,平成11年ころ給料が日給6000円から1万円に増額されたことなどに伴って金遣いが荒くなり,パチンコやパチスロ遊びが原因で消費者金融業者から借金を重ねるようになっていった。
その結果,平成13年4月ころ,借金の合計が200万円を超え,返済が滞って自宅に督促状が届いたことから,借金が実父の知るところとなった。実父は,被告人を叱責したが,被告人が泣いて謝り,今後借金をしないと約束したため,実父が,被告人に代わって借金を一括返済することにし,肩代りした分については,被告人の給料から差し引くことにした。
しかし,被告人は,その後も実父に内緒でパチスロ等を続けたことから,再び数社の消費者金融業者から借金をするようになり,平成14年4月ころ,6社からの借金が合計160万円程度となった。それを知った実父は,被告人に家を出て行くように言い,被告人も,これ以上迷惑をかけられないと考えて,いったんは家を出て行くことに決めたものの,実父からもう一度やり直す意思があるかと聞かれると,泣きながら,もう1回努力してみると言い,結局,被告人の給料を実父が管理して車のローン等を支払い,月約8万円を借金の返済金に充て,月1万5000円を小遣いとして被告人に渡すことになった。
その後,被告人は,順調に借金を返済していたが,同年9月ころ,野球のユニホーム代に使用するという名目で,知人から20万円の借金をし,3万円から5万円程度をユニホーム代にあて,残りはパチンコや飲食費等に使ってしまい,被告人にはその借金を返済できるあてはなかった。
同年11月5日,被告人は,実父から借金返済のために現金約8万円を受取り,車で**へ向った。その際,被告人は,知人からの借金も早く返さねばならないと思い,この現金を使ってパチスロをすれば,知人からの借金の返済資金を稼げるのではないかと考え,パチスロをしたところ,2万円から3万円程度負けてしまった。しかし,これまでの経緯を考えれば,実父に,返済資金をパチスロに使ってしまったなどと言うわけにはいかず,使い込んだことが実父に知られれば,ひどく叱られ,今度こそ家を追い出されると考え,このまま自宅に戻ることはできないと思い,その晩は自宅には帰らず車の中で寝た。
同月6日,被告人は,費消した現金を取り戻そうと考え,☆☆市内のパチンコ店で,再びパチスロをしたが,結局負けて,所持金が約1万円となり,いよいよ自宅に帰るわけにはいかなくなった。行くあてもなく,車の中で寝泊まりし,昼間は本屋で立ち読みをするなどして過ごしていたが,所持金も少なくなり,借金の返済や生活費のことが頭を離れず,借金の返済さえできれば自宅に戻れると考え,何とかして8万円くらいのまとまった現金が欲しいと切望するようになった。
そうする中,被告人は,同月9日ころ,偶然A宅の前を通りかかり,以前,同人宅付近の農業用道路の舗装工事に従事したことがあり,その際,Aを見かけたことを思い出し,最初に同人宅付近を通りかかった時は,特に何とも思わなかったものの,次第に所持金が減るにつれ,同人宅が目立たない一軒家であったことから,うまくいけばお金が取れるかも知れない,ある程度まとまった現金が置いてあるのではないかなどと考え,同日から同月11日ころまでの間,何度か同人宅前を通りかかるうちに気持ちは次第に固まり,同月12日,いよいよ所持金が2000円程度に減ると,同人宅から金を奪うしかないという気持ちが強くなってきた。
そして,同月13日,A宅から約2キロメートル離れた◎◎町のスノーシェルターに車を止め,同日午後6時30分か7時ころ,下見に出かけた後,再びスノーシェルターに戻り,同人宅に侵入して現金を取ろうと決意した。
被告人は,抵抗されたときのことを考えて,車の中にあった金属バットを持って行くことに決め,同日午後9時ころ,同人宅へ向かい,同人宅の向かい側に車を止めると,ライトを消し,エンジンはかけたままにしておいた。その際,漫画で,人を殴る際,バットにタオルを巻いているのを前に読んだことを思い出し,金属バットにタオルを巻いて,ガムテープで留め,車の中に片方だけあった軍手を右手にはめて準備をし,同人宅に近づいて南側から裏手に回って様子を窺ったところ,明かりがついているのが分かった。その後,北側から裏手に回って更に様子を窺い,北側にある車庫の中に隠れて,心の準備をした後,玄関に向かって歩いていった。
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1借金の返済金に窮し,老人が住む一軒家に侵入して現金を取ろうなどと考え,平成14年11月13日午後10時ころ,京都府中郡◎◎町【以下省略】所在のA方周辺の様子を窺っている際,同人方玄関先に干してあった豆を踏み,ばりっという音がしたことから,家人に見つかったと思い,見つかった以上は,家人を殺害して現金を奪おうとにわかに決意し,「こんばんは」と声をかけて,無施錠の玄関から同人宅に侵入し,同人方の土間において,所携の金属バットを右上方に振り上げた状態にして,家人が出てくるのを待ちかまえ,声を聞いたA(当時81歳)が客間の障子を開けて顔を出すや否や,同人に対し,殺意をもって,その頭部付近を前記金属バットで強打し,同人が,後ずさりして居間へと移動して倒れるや,更に同人の頭部および顔面等を多数回強打し,よって,そのころ,同所において,同人を頭蓋骨骨折を伴う頭蓋内損傷により殺害した後,引き続き,人の声が聞こえた寝室へ移動し,前記Aの妻B(当時80歳)が布団に入って横になっているのを発見するや,同人に対し,殺意をもって,その頭部および顔面等を前記金属バットで数回強打し,よって,そのころ,同所において,同人を頭蓋骨骨折を伴う頭蓋内損傷により殺害した上,前記A方居間のレターケース内から,Aが管理する現金約12万7000円を強取し
第2正当な理由がないのに,同月25日ころ,京都府※※郡【以下省略】所在のC看守に係る鉄骨木造ルーフィング葺平家建建物に,同建物1階北西6畳和室の無施錠の引戸から侵入したものである。
(証拠の標目)
【省略】
(事実認定の補足説明)
1 検察官は,本件住居侵入,強盗殺人事件(以下「本件犯行」という)について,確定的な殺意をもって予め金属バットを準備して被害者方に侵入し,被害者2名を殺害した極めて計画性の高い犯行であると主張し,他方,被告人は,A宅にBが住んでいることは,A宅でBの声を聞いたときに初めて知ったのであり,AとBを殺す意思はなかった旨供述し,弁護人も被告人の供述を前提に,被告人は,Bの存在を事前に認識しておらず,老夫婦2人ともを殺害して金員を強取しようと決意していたことはありえないし,金属バットを用意したのは素手では怖かったからであり,衝撃が少なくなるようにタオルを巻いていることからも,暴行の故意はあっても殺意はないと主張し,更に最終弁論においては,法的に評価すれば未必の故意の域を出ないものであって,確定的故意はなかった旨主張するなど,事実関係等について争いがあることから,被告人の捜査段階における供述調書の任意性および信用性と併せて,以下検討する。
2 被告人の警察官調書および検察官調書の任意性および信用性について
(1) 被告人は,逮捕当日の平成14年12月31日以降,警察署および検察庁において,複数の供述書を作成し,また供述調書を作成されており,そのいずれについても被告人自身の署名指印があることが認められるところ,弁護人は,被告人が建造物侵入の事実で逮捕された際,ほぼ1か月間にわたり食事をしていなかったため極度に衰弱しており,取調に耐えられる状態ではなかったにもかかわらず,取調官が被告人の健康に注意する義務に違反して取調を継続したのであって,このような取調は拷問に当たるか,仮に当たらないとしても,自白の強要にあたり,また,取調において被疑者自身に供述書を作成させることは不相当である上,そもそも取調官は,本件犯行は確定的な殺意に基づく犯行であるとの予断を抱いて取り調べているから,結局,このような警察官による一連の取調は違法であると主張し,更に検察官調書も,その違法性が遮断されていないので,同様に違法であって,いずれにしても被告人の供述調書には任意性がない旨主張する。
(2) ところで,関係各証拠によると,確かに,被告人は,逮捕当時,犯行以前に比べて約15キログラム体重が減少しており,ふらつく状態であったことなど衰弱していた様子が窺われる。
しかしながら,被告人を取り調べた警察官である証人甲の証言によれば,被告人は,1人で立って歩くことはできる状態であり,警察医による診断の結果,脈拍や血圧等に異常はなく,取調にも耐えられるということだったことから取調を継続し,取調の途中,被告人におかゆ1杯を食べさせるなどしたということであり,同人の証言には,特にその信用性に疑問を挟む事情は窺われない。そうすると,前記甲は,取調の際,被告人の様子を見て医師の診察を受けさせ,医師の指示に基いて,食事を与えるなど,取調官として適切な対応を取っていたものと認められ,このことは取調中,被告人が不調を訴えることはなく,その後,次第に被告人の体重が増加し,体調が回復していったことからも明らかである。さらに,被告人は,公判廷において,取調官のことを信頼していたと供述しており,その供述自体,被告人が自発的に供述していたことの証左であって,弁護人の主張するような拷問的な取調が行われていた様子は全く窺われないし,逮捕翌日に作成された警察官調書には,被告人が調書の読み聞け後,訂正を申し立てた部分や虚偽の事実を述べた部分もあることからも,被告人が記載内容を理解して判断する能力を十分に有していたことは明らかであって,取調官から自白を強要される状況にはなかったことが認められる。
したがって,警察官調書の作成過程に任意性を疑わせる事情はなく,その調書が任意に作成されたことは明らかというべきであり,検察官調書が任意に作成されたことも疑う余地はない。
なお,弁護人は,供述書を作成させる取調方法自体が不相当であるとも主張するが,取調方法の相当性は個別具体的状況に照らして検討すべきであり,本件における各供述書は,被告人と取調官が問答をしながら,取調官が漢字を教えたり,体裁について助言をするなどし,被告人が記載方法を尋ねるのに応じて,取調官が文章を教え,被告人が記載するという方法で作成されているという事情に加え,前に認定した被告人と取調官の関係や被告人の取調に応じる姿勢などの事情を併せて考えるならば,供述書が任意に作成されたことは明らかであり,取調方法としても相当であるというべきである。
(3) これまで認定したような取調状況や被告人の供述態度に加え,被告人の供述調書が,犯行に至る動機,具体的な犯行態様,犯行後の行動などについて,被告人しか語り得ない具体的かつ詳細な内容となっていることからすれば,大部分において,その信用性は高いものと認められる。
しかしながら,Bについての認識や殺意の発生時期,その内容などについては,他の証拠と一致しなかったり,調書中に不自然な表現も散見され,被告人の公判供述とも大きく食い違いを生じている所でもあり,他の証拠や本件の客観的状況,殊に,犯行態様,凶器の種類,動機の有無等を踏まえて,慎重に事実を認定する必要がある。
3 Bの存在を認識した時期について
検察官は,以前××工務店が被害者宅付近の工事を請け負った際,被告人はBと挨拶を交わすなどしたことから,被害者宅に,Aの他にBが住んでいることを予め認識していた旨主張し,被告人がそのように述べた供述調書も存在する。
しかし,被告人は,公判廷においてAを見かけたことはあったが,Bを見かけたことはないと供述している上,被告人と共に工事に従事した××工務店の従業員らも,Aを見かけたり,Aと挨拶したりしたことはあったと明確に述べる反面,Bとの接触を記憶していないなど,被告人の公判供述に沿う証言をしており,また,Bの親族や近隣の知人の話によれば,Bは足腰が弱っており,出歩く機会も少なかったと考えられることなどの事情にも照らせば,被告人が,本件犯行に及ぶ以前から,被害者宅にBが居住していることを認識していたと認めるに足りる証拠はなく,A以外にも居住者がいるかもしれないという程度の認識を持っていたことは認められるものの,被告人が,Bの存在を確実に認識したのは,被害者宅においてBの声を聞いた時点であると考えるのが相当である。
4 殺意の発生時期および確定的殺意の有無について
(1) 検察官は,被告人が,被害者宅に侵入する以前から,AおよびBを殺害することを確定的に決意していたとした上で,凶器として金属バットを持ち,殺害時に血が飛び散らないように,金属バットにタオルを巻き,家人をおびきよせるために,被害者宅の玄関先で「こんばんは」と声をかけて犯行に及んだのであり,用意周到で計画的な犯行であると主張し,他方,被告人は,被害者らを殺すつもりはなかったと述べ,弁護人は,未必の故意はあったとしても,確定的故意はなく,金属バットは何かあった時に防御するために所持し,タオルを巻いたのは衝撃を小さくするためであるなどと主張して,殺意および計画性を否定する。
(2) そこで,関係各証拠から認定しうる争いのない客観的状況に照らして検討すると,被害者両名の死因は,いずれも頭蓋骨骨折を伴う頭蓋内損傷であるところ,被害者両名の司法解剖をした医師の所見によれば,Aは,少なくとも合計9回,頭部への打撲を受けていること,Bは,少なくとも合計5回から6回,頭部または顔面への打撲を受けていること,被告人は,被害者宅の土間で,金属バットを右上方に振りかぶって家人が出てくるのを待ち受け,Aが出てくるやいなや,その頭部を狙って金属バットで強打し,逃げるAを隣室まで追いかけて強打を繰り返したものであり,更にBに対しては,布団に入って横になっていたBの頭部や顔面ばかりを狙い,5回から6回も強打したことなどが認められ,犯行に使用した凶器,被害者両名の負傷部位,攻撃回数,その他の犯行態様を総合して考えると,被告人が遅くとも各被害者に攻撃を加える時点において,被害者らに対する確定的な殺意があったことは優に認められるというべきである。
しかしながら,被告人は,借金の返済に充てるために8万円程度の現金が欲しいと考え,本件犯行に及んだものと認められるところ,多額の現金をおいてあることが考えにくい老人の住居にねらいをつけていることや居住者を殺害してまで手に入れようと予め決意して行うには少なすぎる金額であることからすれば,予め被告人が居住者を殺害した上で現金を奪おうとまで計画し,本件犯行に及んだと認めるには動機が弱いといわざるを得ない。また,被告人が本件犯行に使用した金属バットや軍手は,いずれも偶々被告人車両に積まれていたものであり,本件犯行を実行するためにわざわざ購入するなどして準備したものではなく,殺害のために適当な凶器を選んで準備したなどの事情も認められず,金属バットにタオルを巻き付けた理由についても,血が飛び散らないようにするためであったとまでは一義的に証拠上認定することはできないことからしても,A宅に侵入し,現金を取ろうという計画は認められるものの,居住者の殺害という点に関する計画性には疑問が残るといわざるを得ない。
また,被告人は,場当たり的な性格で,何度となく借金を繰り返していた行動等からも窺われるように,計画的に物事を進めるような性格ではなく,成り行きに任せ,事態に直面して初めて対応,それも深く考えずに対応する性格である。このような性格からすれば,殺害の点についての計画性には疑問が残るといわざるを得ない。
(3) そして,これまでに認定してきた犯行に至る経緯,犯行直前の状況,使用した凶器や犯行態様に加え,被告人の供述内容や性格等を総合して検討すれば,被告人の関心事は専ら金を奪うことであって,老人の住む家であれば多少の現金があり,他の家よりも現金を奪いやすいのではないかといった非常に単純で安易な心理から本件犯行に及んでおり,被害者方の状況を把握した上での具体的な行動計画や犯行後の罪証隠滅工作などといったものについてはほとんど考えが及んでいなかったといわざるを得ないのであって,被害者宅へと侵入することを決めた時点で,居住者がいた場合には殺害してから現金を奪おうとまで予め考えていたと認定するには合理的な疑いが残る。むしろ,被告人の供述にあるように,被害者宅の周りを回って様子を窺っているとき,豆を踏んで音をたててしまったことで家人に見つかったと思い,それまでの躊躇する気持ちが消えるとともに,咄嗟に,短絡的に家人の殺害までも決意したものと考えるほかなく,この時点において被告人に確定的殺意が生じたとみるのが相当である。
(法令の適用)
罰 条
判示第1の行為
住居侵入の点 刑法130条前段
強盗殺人の点 被害者ごとに刑法240条後段
判示第2の行為 刑法130条前段
科刑上1罪の処理 刑法54条1項後段,10条
判示第1の住居侵入とAおよびBに対する各強盗殺人との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので,結局以上を1罪として犯情の重いBに対する強盗殺人罪の刑で処断することとする。
刑種の選択
各所定刑中判示第1の罪について無期懲役刑を,判示第2の罪については懲役刑をそれぞれ選択する。
併合罪の処理 刑法45条前段,46条2項本文
判示第1の罪につき,無期懲役刑を選択したので,他の刑を科さない。
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用 刑事訴訟法181条1項ただし書(負担させない)
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は,被告人は,本件犯行時,極度の緊張感や過度の不安,恐怖を抱えていたため,正常な判断ができず,物事の是非善悪を弁識し,それに基いて行動する能力が著しく減退した状態にあったとして,心神耗弱を主張する。
しかしながら,被告人は,自分の気持ちや犯行当時の認識を的確に表現できず,「分からない」,「うまく表現できない」などと述べてはいるものの,犯行前後の状況,被害者らに対する殴打の場所や回数などの具体的な犯行態様について,記憶を喚起して供述している上,殺害行為の後も冷静に現金を探し出し,逃亡しているのであり,このような被告人の本件犯行時の行動に照らしても,本件犯行時,被告人が,物事の是非善悪を弁識し,それに基いて行動する能力を有していたことが認められ,これが著しく減退していたとは認められず,弁護人の主張は採用できない。
(量刑の理由)
1 本件は,パチンコ等の遊興費に使用するために借金を重ねた被告人が,その返済に窮したとき,通りがかった一軒家におじいさんが住んでいたことを思い出し,年寄りが住む家であれば,侵入して金銭を取ることが容易だろうと考えて,同人方に侵入して現金を取ることを決意し,同人方の様子を窺っていた際,音を立ててしまったことから家人に気付かれたと思い込み,家人を殺害した上で,現金を奪うほかないと考え,被害者両名の頭部等を,所携の金属バットで殴打して,順次同人らを殺害した後,同人方から,現金約12万7000円を強取したという住居侵入,強盗殺人の事案と,その発覚を恐れて逃亡し,廃業したレストランの建物内に身を隠すために侵入したという建造物侵入の事案である。
2 犯行に至る経緯および動機
被告人は,平成11年ころから,パチンコやパチスロにのめり込み,消費者金融業者から借金を重ねてその返済に窮して,2度までも実父の助けを借りて清算し,その際,泣いて反省の態度を示して実父から許され,今後借金をしないことを約束したにもかかわらず,パチンコやパチスロを止めることができず,更に実父に隠れて知人から借金をした上,実父から預かった消費者金融業者への返済金をもパチスロで使ってしまい,その結果,本件犯行に至ったというものである。
このように,被告人は,実父の助けを借りて借金を清算したにもかかわらず,性懲りもなく,パチスロで金を使い込み,金欲しさから本件犯行に及んだのであり,その行動はまことに無計画で,無責任というほかなく,借金の返済金を,強盗によって手に入れようとするなど自己中心的かつ短絡的であって,かかる犯行に至る経緯や動機に,酌量すべき事情は全く認めることができない。
なお,被告人は,当初から強盗殺人を計画していたわけではなく,家人に発見されたものと思い込み,家人の殺害をも決意したのであって,本件犯行のために購入するなど,敢えて準備した道具などがないことから考えても,本件が周到に準備された計画的な犯行であるとはいえず,むしろ,心理的に追いつめられた被告人が成り行きに任せて敢行した場当たり的な犯行という側面が強いことは否定できない。
3 本件犯行態様等
本件犯行態様は,土間でAを待ちかまえて,その頭部を金属バットで強打し,逃げるAを追いかけて,更に数回強打し,その後,隣室からBの声が聞こえるや,即座にかけつけて,同様に頭部等を金属バットで強打し,被害者両名を殺害したものであり,まことに残忍かつ冷酷であって悪質である。殊に,血まみれになったAを目の当たりにしながら,ひるむことなく,隣室のBを同様の方法で殺害したことは,非情というほかなく,更に,被害者らが倒れている脇を移動しながら金銭を物色する行為には,後悔の念は微塵も感じられない。年老いた被害者らと被告人との体力の差は歴然としているのに,無抵抗な被害者らを,手加減なく多数回強打したことは,無慈悲であり,卑劣というほかない。
4 結果
本件では,2名の尊い生命が奪われ,生じた結果が,まことに重大であることは明白である。一日の生活を終えて,就寝しようとしていた被害者らは,いきなり暴漢に襲われ,その命を奪われたもので,被害者らに落ち度は全くなく,子供や孫たちとの交流を楽しみにしながら,夫婦2人穏やかな生活を送っていたのに,本件被害によって,突然その生活を奪われたのであって,その驚愕や無念さは筆舌に尽くしがたい。また,犯行現場は老人の一人暮らしが多い土地であり,周辺の小中学校では,本件犯行を受けて,生徒の登下校に際し職員が見回りをするなどの対応も行うなど,本件犯行が周辺地域に与えた不安は大きく,地域住民らの生活を脅かしたもので,社会的影響も重大である。
5 犯行後の行動
被告人は,被害者らをその場に放置して逃走し,使用した金属バットを,◎◎町の○○峠で谷に向かって捨てるなど罪証隠滅行為を行い,逃走後約10日で所持金が尽きた後は,廃業したレストランに入り込んで約1か月間ひたすら隠れていたものであり,犯行後の行動は芳しくない。
他方において,被告人はこの間,まともな食事をすることもなく,口にしたのは500ミリリットルのコーラ1本のみであったというのであり,後悔と自責の念の表れともみられるほか,隠れていた理由を聞かれて,逮捕の約3時間後には,本件犯行について自供し,その後も,取調に対し,おおむね事実を認めて供述しているのであり,公判廷において,殺意を否認し,被害者らを殺すつもりが全くなかったなどと供述する態度には,自分を正当化しようとする面があることも否定できないが,本件の重大性を考慮すれば被告人の心情として考え得るところであって,このような犯行後の態度が他の事案と比較して殊更に悪質であるとはいい難い。
6 遺族の心情や被害感情
被害者らの遺族である子やその妻が被害者らの死を悲しみ,本件犯行に強い憤りを感じていることは当然であり,突如として親を失った喪失感や精神的衝撃は計り知れないというべきであり,事件後約1年が経過している現時点においてもその悲しみが癒えることはない。
遺族らが,当公判廷において心境を述べているように,被害者らが殺されたという連絡を聞き,犯行現場に駆けつけて,被害者らの無惨な姿を目の当たりにした時の衝撃や精神的苦痛は絶大であって,そのような凄惨な状況を目の当たりにした遺族らが峻烈な被害感情を有し,極刑を望んでいることも,もっともなことであり,十分に考慮する必要がある。
7 被告人のこれまでの生活状況等
被告人は,これまで前科前歴はないが,地元の高校を卒業後,実父の薦めで建設関係の専門学校に入学したものの,欠席が多く,半年で退学し,パチスロ等に明け暮れて借金を重ねたことなどに照らすと,これまでの生活状況は,真面目にひたむきな努力を重ねてきたとはいい難い。借金の清算など不始末の後処理を実父に頼るなど,実父に依存して生活を続けたことで,現在25歳という年齢でありながら,年相応な自主性や責任感に欠けており,人格的な成長は未だ不十分といわざるを得ない。
8 結論
以上述べた事情を総合して考慮すると,本件犯行に至る経緯および動機に酌量の余地がないこと,犯行態様は残虐であり,2人の尊い生命を奪ったという結果が重大であること,遺族の処罰感情が極めて峻烈であることなどに照らせば,検察官の意見のように極刑も十分に考えうる事案といえる。
しかしながら,極刑を選択するにあたっては,罪質,結果の重大性,犯行態様の悪質性に加え,被告人の人格等の個人的要素を十分に併せて考慮し,真に極刑をもって臨まざるを得ないかについて慎重に判断すべきであると考えられる。
そこで検討すると,被告人には前科前歴がなく,その性格やこれまでの生活状況等にかんがみれば,反社会性が強いとか,犯罪性向が進んでいるということはできない。本件は,精神的に追いつめられた被告人による短絡的かつ場当たり的な犯行であり,計画性は高くないものと評価しうることに加え,金銭的被害が12万円余りにとどまっていることも考慮すれば,人格的な悪質性や犯罪性向が顕在化した犯罪とは性質を異にする。また,被告人は,当公判廷において,極刑をも甘受する旨述べて,本件犯行の重大さを真摯に受け止め,反省の態度を示し,最終陳述の際,遺族らに土下座して謝るなどしている。最終陳述の言葉は,本件裁判を経る中で,被害者遺族らの峻烈な処罰感情を聞き,自分の立ち直りを信じてくれている身内の声を聞いて,ようやく被告人が,自らの言葉で遺族らに向けて発した心からの謝罪の言葉であると考えられる。被告人の人格的に未成熟な面やかかる公判廷での態度を見ると,今後被告人の人生をかけて真摯に償いを続けていくことが期待でき,未だ矯正可能性が残っているものということができる。
そうすると,すでに述べた本件結果の重大性,犯行態様の残虐性や悪質性などを考慮したとしても,被告人に対して極刑をもって臨むには,未だ躊躇せざるを得ない。被告人を無期懲役に処し,その生涯をかけて罪を償わせるのが相当であると考えられる。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 新井慶有 裁判官 竹下雄 裁判官 矢野仁美)