大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所舞鶴支部 昭和33年(む)227号 判決 1958年10月13日

被疑者 柴田勝 外二名

決  定

(抗告人・被疑者氏名略)

右被疑者等は公務執行妨害被疑事件に付、勾留中であつたが、峰山簡易裁判所裁判官北村貞一郎が昭和三三年一〇月一〇日勾留の理由がなくなつたとの理由で勾留取消決定をなしたところ、これに対し検察官から準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原決定はいづれもこれを取消す。

理由

本件申立の理由は別紙準抗告理由書のとおりである。

案ずるに検察官から資料として提出された司法警察職員から検事或は警察署長宛の捜査報告書によれば、前記被疑事実につき検察官において参考人等を取調べようとして未だに果さずそれが専ら被疑者等の所属組合の組合員の圧迫によるものと考えられる節が多分に窺はれるのである。かかる情勢の下に今被疑者を釈放するときは被疑者等が互に通謀することにより或は参考人等を圧迫することによつて罪証を隠滅する虞は多分にあつて、その虞が全くないとは言いきれない。かかる場合被疑者において罪証を隠滅すると疑うに足る相当な理由ある場合に該当するものと考える。

よつて勾留の理由が消滅したものとしてなしたる本件各勾留取消決定は失当であるから、これを取消すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 藤田弥太郎 庄田秀磨 白須賀佳男)

準抗告理由書

公務執行妨害 (被疑者氏名略)

右の者に対する頭書被疑事件につき、昭和三十三年十月十日峰山簡易裁判所裁判官北村貞一郎がなした右被疑者に対する勾留取消の決定に対し、不服のため、即日準抗告の申立をしたが、その理由は左記のとおりである。

一、本件勾留の被疑事実は、

被疑者は、他の組合員と共謀の上学力調査を妨害する目的をもつて、昭和三十三年九月二十五日午前九時三十分頃、京都府熊野郡久美浜町字湊宮久美浜中学校湊分校職員室において、文部省指定計画の全国学力調査実施のために試験官として来校していた教育公務員である京都府教育委員会奥丹後地方教育局教育係長上田亮太郎三十九才、庶務係長辻勇三十九才が調査実施のため試験場に行こうとしたところ熊野郡教職員組合の組合員二十数名を動員して同校職員室の出入口二ヶ所の戸を閉鎖し、その前に組合員を二乃至三列にならばせた上、前記二名の直前に立ちふさがり、「それでもやる気か、われわれはあくまでもやらせんぞ」「あんたはこれまで現場におつてわれわれの気持が分らんか、われわれはあくまでもやらせないぞ」「話し合いの結末をつけよ」云々と罵倒し、前記辻勇の左上膊部を右肘で二、三回つき上げる等の暴行脅迫を加え、以つて公務の執行を妨害したものである。

二、被疑者三名を勾留後現在までの検察官の捜査状況は、次の通りである。

1 被疑者三名は、本件被疑事実につき、黙否権を行使しているため、現段階では、被疑者の供述調書を作成することは不能である。

2 事件の被害者である奥丹後地方教育局教育係長上田亮太郎及び同庶務係長辻勇の両名に対し、参考人として取調のため十月八日午後一時京都地方検察庁峰山支部に出頭を求めたところ出頭する旨の回答を得たが、同日午後一時熊野教組員等約三十名が、右峰山支部に押寄せ、被疑者等の釈放要求を行い、労働歌を高唱する等気勢を挙げていたため、右組合員の状況に怖れて出頭を拒否し、検察庁以外の場所において、取調に応じたい旨の連絡があつたので、適当な場所を借り受け午後五時過迄待つていたが出頭せず、その理由を調査したところ奥丹後地方教育局前に熊野教組員等が多数張込み右建物から出たならば尾行されたり等して組合員の圧力を怖れて、出頭出来ないことが判明した。そのため夜間取調べを行おうとしたが、現在組合の圧力が高かまる一方で、勤務時間中はもとより、出勤前退庁後といえども組合員の張込み、尾行の圧力をかけられ、これを怖れて今暫く取調を延期されたい旨の申出があつたので、ここ二、三日は取調が不能の状況である。

3 本件公務執行妨害の際、犯行現場に居合わせ多衆の威力を示して、被疑者等の公務執行妨害に加担したと目される不拘束の組合員について取調のため、任意出頭を求めたが、絶対に出頭しない旨の回答があつたので、これ等不拘束の被疑者に対し、現在取調を行うことは、不可能な状況にある。

4 久美浜中学校長岡田勝利は、本件犯行直前犯行現場を出て、試験場に赴き、答案用紙を所持している試験官前記上田、辻の両名が、校長室から出ることが出来ず、試験場に来なかつたので、試験場から校長室に引返し、本件犯行直後の状況を目撃している証人で参考人として十月八日呼出したところ、午後十一時頃久美浜警察署に出頭し十月九日午前九時半に、出頭する旨申出て帰つたが、九日朝から狭心症となり出頭することが出来ず、臨床尋問を行おうとしたが、組合員が、校長の病気見舞と称して絶えず校長宅に出入りしていたため臨床尋問を行うことが不可能な状況である。

三、本件勾留は三名共刑訴法第六十条第一項第二号の事由があるものとして、勾留状が発付されており、現在迄の捜査状況の概要は上記のとおりであつて、本件被害者である前記上田、辻両試験官の取調すら組合の圧力のため不可能な状況下において、組合の最高幹部である被疑者三名が釈放されたならば、益々その圧力が高まり右両名が捜査官に対し真実を供述し得ない状態に陥り、罪証を隠滅される虞が大であることは、極めて明白である。又被疑者三名はもとより犯行現場に居合せた未逮捕の組合員も取調が困難な状態にあるとき、被疑者三名が釈放されたならば、その後の捜査において、被疑者等が供述拒否権を行使するのは止むを得ないとしても、被疑者等相互間の通謀を密に行い、積極的に虚偽の供述を行つて罪証を隠滅する虞れが大であることも又明白である。

四、勾留取消決定には、勾留取消の理由について、単に勾留の理由がなくなつた旨の記載があるのみで、勾留の理由がなくなつた理由については明らかでないが、被疑者三名が本件犯罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があることは、一件記録に徴し明らかなところであつて、被疑者三名が本件犯行を犯したことを疑うに足りる相当な理由がなくなつたものとして、勾留の取消決定が行われたものとは到底考えることが出来ない。又刑訴法第六十条第一項第二号に定める事由が存在することは、前敍のとおりである。従つて、孰れの点からみても本件勾留取消決定が失当であることは明白である。

五、尚勾留取消決定を行つた裁判官に勾留取消の理由について、説明を求めたところ、口頭で次のとおり回答があつた。

1 勾留後弁護人が「被疑者が釈放されたならば、捜査官の呼出に対し、必ず出頭すると共に、被疑者等が罪証を隠滅する行動は行わない」旨の保証書を提出したので、被疑者等を釈放しても罪証を隠滅する虞れがない。

2 本件被害者は、二名共地方公務員であるから現在右被害者に対する検察官の取調が出来ないとしても、一応警察官作成の供述調書が出来ているから、公務員が将来その供述を覆えすとは考えられないから、罪証を隠滅する虞れがない。

六、右理由の1について考察するに、

被疑者が釈放後検察官の呼出に対し任意出頭の呼出に応ずるとしても、そのことと罪証隠滅の虞れの有無とは何等関係がない。出頭の呼出に応ずるから罪証隠滅の虞れがないとは到底考えられない。又現在の取調状況が右に詳述したとおりの段階にある時、弁護人から被疑者が罪証隠滅する行動に出ない旨の誓約書を入れただけで、直ちに罪証隠滅の虞れがないと即断するとは余りにも無謀な結論である。

右理由の2について考察すると、

前記被害者二名が、警察の取調を了えた後組合の圧迫により、検察官の取調が出来ない状況下にあるのに被害者が地方公務員であるから検察官の取調が出来なくても警察官作成の調書がある以上将来供述を変える虞れなく、従つて罪証隠滅の虞れがないという理由は到底考えることが出来ない。この様な理論が成立するならば国家公務員、地方公務員が被害者の事件については、検察庁の調査は不要であり、被疑者の拘束は必要がないという結論となり、余りにも暴論であることは明白である。

七、右理由の疏明資料は別添のとおりである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例