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京都家庭裁判所 平成13年(少)1649号 決定 2001年10月31日

少年 N・Y(昭和57.11.15生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行に至る経緯)

少年は、平成10年12月高等学校を中退後、アルバイトをする程度であったが、平成13年1月から○○でホステスとして稼働するようになり、同年4月ころ、同店の客であったAと知り合った。その後、Aは、同店で頻繁に少年を指名するようになり、7月ころからは、少年の出勤日に合わせて、週に3日以上来店し、深夜、勤務終了後の少年を誘って、翌朝まで付き合わせるなど店外で少年と過ごすことも増えていった。そのころ、Aから交際を求められた少年は、これに応じる気はなかったものの、店の上客でもあったため、曖昧な態度で同人と接し続けていた。

しかし、同年9月11日、2人は大阪で遊んだ後、いったんA方に戻り、同所から出勤しようとした少年を、Aが虚偽の口実を設けて自宅に引き止めて泊まらせたことを機に、少年は、Aに対し強い嫌悪感を抱くに至り、同人との関係を清算しようとしたところ、同月14日、同人から、「店に追い込みもかけてやる。俺の周りは、危ない奴がいて、みんなお前やお前の家族を狙って動いている。俺から逃げるのは無理や。逃げたら、お前やお前の家族を殺しに行くぞ。」などと怒号され、以後数日間にわたり、同人方で一緒に過ごしたり、外出する際も一緒に行動することなどを強要され、誰にも相談できず、満足に食事も睡眼もとれない状態が続いた。そして、A方において、同月18日午後2時ころ目覚めた後、同人が就寝しているそばで、少年は、どうすればこの状況から逃れられるか、堂々めぐりの思考の末、同日午後5時30分ころ、とっさにAを殺害するほか方法はないものと思い込み、その殺害を決意した。

(非行事実)

少年は、平成13年9月18日午後5時30分ころ、京都市○△区○囗町××番地×所在のA(当時28歳)方6畳間において、横向きに就寝中の同人に対し、同人方台所から持ち出した包丁(刃体の長さ約18.5センチメートル)で、殺意をもって、同人の背後からその右頸部を1回突き刺し、よって、そのころ、同所において、同人を右頸部刺創による失血のため死亡させて殺害した。

(法令の適用)

刑法199条

(処遇の理由)

本件は、少年がホステスをしていた店の客であった被害者からかねて交際を求められ、これを断ろうとした際、同人から、「俺から逃げるのは無理や。逃げたらお前やお前の家族を殺す。」などと脅迫された上、数日間にわたり、被害者方で一緒に過ごすことを強要され、満足に食事も睡眼もとれぬまま、軟禁同然の時を過ごすうち、この状況から逃れるには、被害者を殺害するほか方法はないものと思い込み、同人を殺害したという事案である。

本件は、18歳の少年が、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた事案であるから、少年法20条2項本文により、検察官に送致するのが原則とされている。

被害者を死亡させたという結果の重大さは、言うまでもなく、就寝中の無防備な被害者に対し、弁明の余地も与えずに、確定的殺意をもって、その頸部を鋭利な包丁で突き刺すという態様は、余りに残酷である。

28歳という若年で、しかも、就寝中に突然、生命を奪われた被害者の無念さは察するに余りある。当然ながら、被害者の遺族の処罰感情は厳しく、少年に対する厳重な処罰を強く求めており、当裁判所に対しても、被害者を失った深い悲しみと少年及びその保護者に対する激しい怒りの心情を陳述しているところ、少年側から遺族に対して、未だ十分な慰謝の措置は、講じられていない。

少年は、本件非行直後のころと比べると、被害者やその遺族に対して、思いを至らせることができるようになってきてはいるものの、母や弟を思う心情の深さと比べると、自己の犯した罪の重大さに対する罪障感の深まりは、今なお十分とは言い難い。

これらの点に加え、少年が18歳という年長少年であることを併せ考慮すると、本件を検察官に送致することも十分考え得るところである。

しかしながら、本件非行の動機についてみるのに、本件非行に至る経緯において、被害者が少年に対して、性的関係を迫ったり、暴力を振るったりはしていないとはいえ、少年を執拗につけ回し、背後に仲間がいるとした上で、過酷な脅迫を加えるなどして、精神的に少年を追い詰めていたことは否定できず、これに思い余って本件非行に及んだ少年の心情にも十分理解できる面がある。

また、少年が、このように冷静さを失って無思慮な行動に至った背景として、調査ないし鑑別結果によれば、対人関係における受動性、視野の狭さ、未熟さ、問題解決能力の乏しさ等少年の性格上の問題があるほか、離人・現実感喪失症候群の疑いがある旨指摘されているところであり、以下に述べるように、少年が罪障感を深め、今後の更生を図る上で必ずしも刑事処分による処遇が適切であるとはいえない。

すなわち、少年の家庭は、少年の小学6年時に父親が病死し、現在は、母親及び弟との3人暮らしである。父親の死後、母親はうつ病の症状が悪化したため、少年は、母親に依存することができず、母親に気遣うことで、自分の素直な感情や欲求を抑圧するようになっており、このような生育環境が、前記のような性格上の問題や精神的症状に影響を及ぼし、ひいては、本件非行時において、自らの苦境を誰にも打ち明けることができず、一人その重荷を背負い込むに至ったことや、また、現時点において、少年が本件に対する罪障感を十分深められていないことにも影響しているものと考えられる。

そうすると、少年の資質上の問題に対し、保護処分による少年の内面に深く入り込んだ強力な働き掛けを行わない限り、事件に対する内省が深まらないまま終わるおそれを否定できない。

以上のほか、少年が自首していること、少年に保護処分歴がないこと、その他少年の資質等の事情をも総合的に考慮すると、少年を、刑事処分ではなく、保護処分に付するのが相当である。

してみると、少年の健全育成を期するため、その資質等に鑑み、相当長期間の矯正教育を施す旨の処遇勧告を付した上、少年を中等少年院に送致するのが相当である。

よって、少年法20条2項ただし書、24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 武部吉昭 裁判官 神田大助 島本吉規)

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