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京都家庭裁判所 平成14年(家)11784号 2002年3月27日

主文

申述人らの相続放棄の申述をいずれも却下する。

理由

1  申述の趣旨ないし実情

申述人ら2名(以下「申述人ら」という。)は、被相続人が平成10年4月27日死亡し相続の開始を知った。申述人山賀たみ子(以下「たみ子」という。)は、被相続人の全遺産であった約300万円の貯金を解約し、葬儀費用及び墓石購入費などに充当した。ところが、平成13年10月17日ころ、○○信用保証協会○○支所から被相続人宛の通知により、被相続人が同協会に対し5941万円の債務のあることを知った。申述人らは、相続開始時に、前記債務の存在を知っていたならば、その時点で相続放棄の申述をしていたが、前記日に前記債務の存在を知ったので、現時点において相続放棄申述の受理を求めるというものである。

2  本件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  被相続人山賀慶次(以下「被相続人」という。)は、平成10年4月27日死亡し、妻である申述人たみ子、子である申述人長男政彦(以下「政彦」という。)及び本件外二男保司は、平成13年11月27日、当裁判所に対し、相続人として相続放棄の申述をした。

(2)  政彦は、平成13年10月17日ころ、○○信用保証協会○○支所から被相続人宛の平成13年10月16日付けの残高通知書(以下「通知書」という。)を受領した。前記通知書には、「当協会が下記債務者分として、あなたに対して有する求償権の残高をお知らせします。」の記載、債務者欄に大園幹雄様の記載、更に求償権番号、元金残高、損害金残高の各欄にそれぞれの番号ないし金額の記載がされ、残債務として合計5941万8010円の記載がされていた。たみ子は、その頃、政彦を通じ前記通知書の内容を知った。

(3)  <1> たみ子は、被相続人の死亡後の平成10年5月27日、被相続人の葬儀費用に当てるため、被相続人名義で同人の遺産である郵便貯金預入金額300万円を解約し、郵便局から元利合計302万4825円(以下「解約金」という。)を受領した。被相続人の香典は、144万円であった。

<2> 申述人らは、被相続人の葬儀に関し、公益社に対する葬儀料126万1710円、僧侶御布施30万円など諸々の他、仏壇仏具代92万7150円及び墓石代127万500円などを含む総額493万2695円を支払った。

ところで、前記墓石の購入の経緯は、たみ子が政彦に墓石を購入したい旨の相談をし、同人らは前記解約金302万4825円を資金に墓石を購入することにし、○○石材株式会社に赴き墓石を購入のうえ、平成10年6月18日、政彦名義で墓石代127万500円を前記会社に振り込んだというものである。前記墓石には、正面に「山賀家之墓」、側面に「山賀政彦」などの文字が刻み込まれている。

(4)  ところで、本件では、共同相続人であるたみ子と政彦は、葬儀料の支払いなどの他に被相続人の相続財産(以下「相続財産」という。)から墓石、仏壇の購入代金の支払を行っているが、墓石代の支払いは、たみ子と政彦の合意に基づき解約金により支払われているので相続財産の処分に該当するか否かが問題になる。

<1>  この点に関し、申述人代理人弁護士は、「相続財産の処分が遺族として当然営まざるべからざる葬式費用に相続財産を支出するが如きは道義上必要の所為であるとして民法921条1号の処分にあたらない。」とする東京控訴院昭和11年9月21日判決(以下「判例」という。)を引用したうえ、葬儀は被相続人に対する祭祀行為である以上、その一環である祭祀供用物である仏壇や墓石に関する費用と葬儀の直接費を区別する理由はないし、本件で購入した仏壇や墓石は社会的相当の範囲内の墓石の購入であるから仏壇代金及び墓石代金を相続財産から支払った場合も前記判例と同様に解すべきであると主張する。

<2>  そこで検討するに、民法921条1号により単純承認をしたものとみなされるのは、相続財産の全部または一部の処分であるが、同号の処分は、相続財産の現状、性質を変える行為を意味し、事実上の処分であると法律上の処分であるとを問わないのである。前記判例は、葬儀費用を相続財産から支出する行為は民法921条1号の処分に該当しないと解したが、それは、葬儀は、一般に人生最後の儀式として執り行われており、社会的儀式として必要性が高いものであるが、予期せざる時期にも生じて必ず出費を伴うものであること、被相続人に相続財産があるときはそれをもって同人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえないこと、相続財産があるにもかかわらずこれを使用できず、他方相続人らに資力がないため被相続人の葬儀が行えないとすればむしろ非常識な結果といわざるをえないこと、また、相続財産があるときは、相続人その他の第三者の支出に依存しないで相続財産から自らの葬儀費用を賄うことにより葬儀を円滑に行うことができることなどに鑑みると相当な見解であると考える。

葬儀費用に関しては、前記のとおり解することができるが、本件のごとく葬儀後に相続財産をもって墓石を購入することは、葬儀の費用を支払う場合程に急ぐ必要性があることではなく、また、相続財産をもって墓石を購入することが遺族として道義上必然の行為ということもできない。更に、墓石の購入は、葬儀と異なり必ずしも被相続人の為にのみ必要なものでもないから、葬儀のための支出の場合と同様に論ずることはできない。なお、本件では、相続財産の解約金から支出した墓石代は、127万500円で高額であるから、経済的に重要でない金額の処分ということもできない。従って、申述人らが相続開始後、被相続人の相続財産である解約金をもって、新に購入した墓石の代金の支払に充てること(弁済)は、民法921条1号の法律上の処分に該当すると解すべきである。

(5)  <1> また、申述人代理人弁護士は、大阪高裁平成10年2月9日決定(以下「決定」という。)の相続放棄申述却下審判に対する即時抗告事件を引用し、決定は、相続人が遺産分割協議をした後、多額の債務の存在を知り相続の放棄の申述をした事例において、遺産分割協議は法定単純承認事由に該当するが、多額の債務の存在を知った場合には遺産分割協議が錯誤無効になる余地があるとして、申述を却下した審判を差し戻した事例であるから、明白な処分行為のない本件では単純承認があったと見るべきではないと主張する。

<2> そこで検討するに、前記決定は、遺産分割協議を相続財産の処分と解した事例であり、協議の内容如何によっては、遺産分割協議が要素の錯誤により無効となり、ひいては法定単純承認の効果も発生しないと見る余地があるというものであるが、本件は、申述人らと相続人以外の第三者の間の取引に関し、相続財産をもって墓石を購入しその代金を支払った行為が法定単純承認に当たると解するものであり、事例を異にするものであるから採用できない。(なお、申述人らが墓石を購入しかつ代金の支払いをした際、被相続人に同人らの知らなかった予想外の債務が存在していたことは、墓石の購入代金の支払いについて、要素の錯誤にはならない。)

3  以上によれば、申述人らは、相続財産である解約金を墓石代の支払に充てたことにより相続財産について処分行為をしたもので、これは法定単純承認事由に該当するから、本件各申述は法定単純承認後の申述であり、不適法であるから申述を却下することとし、主文のとおり審判する。

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