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京都家庭裁判所 昭和62年(少)52041号 決定 1988年2月12日

少年 M・T(昭43.3.5生)

主文

司法警察員作成の昭和62年9月11日付送致書記載の被疑事実については審判を開始せず、同年10月1日付送致書記載の被疑事実については少年を保護処分に付さない。

理由

(非行事実)

司法警察員作成の昭和62年10月1日付送致書記載の被疑事実の要旨のとおりであるから、これを引用(編略)する。

(司法警察員作成の昭和62年9月11日付送致書記載の被疑事実について審判を開始しなかった理由)

1.司法警察員作成の昭和62年9月11日付送致書記載の少年にかかる業務上過失傷害の被疑事実(以下、第1事実という)については審判を開始しないので、以下その理由を述べる。

2.第1事実の要旨は、昭和62年6月14日午後3時15分ころ京都市右京区○○町××番地先の○○通りにおいて少年が普通乗用自動車を運転し、下り坂において前車に追従停止中、雑談に気をとられ確実なブレーキ操作をしなかった過失により発進し、前に停止していたA(当時29歳)運転の軽四輪乗用自動車(送致書に「普通貨物自動車」とあるのを上記のように訂正する)に時速約5ないし6キロメートルで追突し、同人に対して治療約8日間を要する頸椎捻挫の傷害を負わせた、というものであるが、少年はその後同年9月11日にも業務上過失傷害事件(司法警察員作成の同年10月1日付送致書記載のもの、以下、第2事実という)を起こし、第1事実については同年9月25日、第2事実については同年10月7日、それぞれ検察官から京都家庭裁判所に送致され、受理された。その後京都家庭裁判所で調査がなされ、同年11月5日の審判において第1、第2事実とも非行事実が存在すると判断したうえ刑事処分相当として少年法20条による検察官送致決定がなされた。

送致を受けた検察官は、第1、第2事実について少年を取調べた後、同年12月23日、第1事実については追突と結果の間に因果関係を認めることが困難であり、第2事実のみでは訴追は相当でないとの理由で第1、第2事実につき、合わせて不処分相当との意見を付して京都家庭裁判所に再送致してきたものである。

3.そこで、まず、検察官のなした再送致が有効なものか否かについて検討する。

少年法20条により検察官送致がなされた事件について、検察官が公訴提起を義務づけられない場合については同法45条5号但書に列挙してあるとおりであり、本件において検察官が再送致した理由を検察官作成の昭和62年12月23日付送致書の記載でみると、同号但書にいう「送致を受けた事件の一部について公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑がない……と思料するとき」に該当することが明らかであり、検察官が両事実について公訴を提起しなかったことに何らの違法もない(家庭裁判所は、第1、第2両事実の存在を前提にしたうえで総合的に刑事処分相当との判断をしており、第1事実が第2事実に比して極めて軽微であるような場合には別個の考慮をする余地がないではないが、かかる事情がない本件において、やはり判断の基礎となった事実の一部である第1事実が公訴提起されなくなった以上、残余の第2事実につき検察官に公訴提起を義務づけず、家庭裁判所に送致させたうえ、第2事実のみについてでもなお刑事処分が相当か否かを家庭裁判所において再度判断するのが相当である)。

かかる場合、第2事実について、検察官が再度少年法42条により送致(再送致)することに問題はないが、第1事実については、検察官が一度公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑がないと判断している関係で、犯罪の嫌疑があるものと思料することを要件とする少年法42条による送致をなしうるのかという問題が生ずる。

思うに、刑事手続にせよ少年事件の保護手続にせよ、刑罰や保護処分などの不利益を課すことになる点では同様であり、事実認定のために必要な心証の程度について両者に差異を認めることはできず、その意味では、刑事手続における公訴提起に関する少年法45条5号但書の「犯罪の嫌疑」と少年保護手続に関する同法42条の「犯罪の嫌疑」とは心証の程度の面では同一であるとみることができ、検察官が記録中の全証拠を検討したうえで、犯罪の嫌疑がなく、したがって公訴も提起できないと判断した場合には「犯罪の嫌疑」は存在しないというべく、同法42条による送致をすることは許されず、検察官限りで事件を終結すべきである。

ただ、同法45条5号但書が同法42条と異なり「公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑」と規定していることにも現れているとおり、同号但書は公判廷における有罪立証の観点を前提にした規定であって、証拠能力のある証拠による立証の可能性を問題にしているのに対し、同法42条は家庭裁判所における審判等の際の判断を予定した規定であって、そこでは伝聞法則が適用されないなど公判廷とは異なった証拠法則が適用されることになるため、両規定に定められている「犯罪の嫌疑」が一致しない場合が生ずる。すなわち、少年法45条5号但書にいう「公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑」がないとされる場合の中には、証拠能力の関係から公判廷においては有罪立証が困難あるいは不可能であるが、少年保護手続においては非行事実の認定が可能である場合があり、かかる場合には検察官は同法42条にいう「犯罪の嫌疑」があるとして同条に基づく再送致の義務を負うべきである。

以上の観点から本件についてみると、検察官が第1事実について公訴を提起しなかった理由は証拠能力が制限されることによって立証が困難あるいは不可能であるというものではなく、記録中の全証拠によっても追突と被害者の受傷との間に因果関係を認めるのが困難であるというものであって、犯罪の嫌疑がないか少なくとも明らかでないという判断に基づくものであり、かかる場合に少年法42条によって事件を再び家庭裁判所へ送致することは許されないものと言わざるをえない。

そこで、犯罪の嫌疑がない、あるいは明らかでないにもかかわらずなされた第1事実についての再送致の効力について検討するに、本件送致は少年法45条5号但書の要件に該当しない再送致の効力の問題ではなく、再送致の根拠規定である同法42条に違反する送致の効力の問題であり、その瑕疵は必ずしも小さいものとは言えず、また、この送致を有効とするときの少年の不利益(本件については第2事実についての送致が有効であり、かつ少なくとも審判を開始するのが相当であるから、その審判の際に第1事実の実体審理を併せて行えば手続の遅延や出頭による負担の面での少年の不利益は少ないが、本来検察官限りで終結すべき事件が依然として家庭裁判所に係属しているという不利益自体無視できないものがある)を考えるとかかる送致は無効でありひいては審判条件の欠缺をもたらすものと解すべきである。

4. 以上述べたところにより、本件送致のうち第1事実については検察官の送致は無効で審判条件を欠くから実体審理に入ることなく審判不開始決定をして直ちに事件を終結させることとし、第2事実については審判を開いたうえ、事故の内容、情状、少年の生活状況等に鑑みて不処分決定をすることとする。

(適用法令)

刑法211条前段

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 金村敏彦)

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