京都簡易裁判所 昭和41年(ろ)630号 判決 1970年1月26日
被告人 田口豊
昭二・一・三〇生 自動車運転手
主文
被告人は無罪。
理由
本件公訴事実は、「被告人は、自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四一年八月一〇日午後八時四五分ごろ、普通貨物自動車(車体幅員一、九五メートル車両重量二、五四〇キログラム)の砂利等約二トンを積載し、京都市左京区大原勝林院町通称三千院裏街道を時速約一〇キロメートルで東進し、同町五三番地先道路上において停車しようとしたが、同所は幅員約二・七メートルで道路右側が川に沿い崖状をなし、その路肩部の石積護岸天端を保護するためコンクリート固めをした程度の非舗装道路で自車及び積載物の重量により右崖の路肩部分が崩壊することも予測されたから、このような場合、自動車運転者としてはできるかぎり道路左側に寄つて停車する等の方法を講じ事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然地面の脆弱な道路右端寄りに停車した過失により、自車及び積載物の重量により停車直後、右後輪部分の路肩が崩壊したため、自車を約二メートル下の川中に転落せしめて自車荷台に同乗していた沢田信蔵(当時五五年)を自車の下敷きとなし、よつて同人に対し腹部損傷等の傷害を与え、同月一六日午前二時五分ごろ、同区高野竹屋町二〇番地根本病院において右傷害により同人をして死亡するにいたらしめたものである」というのである。
右公訴事実中被告人に過失があるとする点を除く事実は、当公判廷において取調べた各証拠によりこれを認めることができる。
本件事故発生場所の状況等については、当裁判所が実施した検証調書記載のとおりであつて、通称三千院裏街道は京都市東北部に在り、京都府と滋賀県との境界に接近して位置し、若狭街道(主要府県道)から分岐して三千院に通ずる裏道路で、主として三千院に参詣する参道として利用されている。三千院裏街道は、三千院側から流れる呂川に沿い、一部山腹を切り崩して造成された道路であるが、若狭街道から三千院に至るまで上り坂となつていて、左側の山地と右側の呂川との間を曲りくねつている。その路面は幅員三メートル内外(但し本件事故場所から東方三千院に行くに従いより狭くなつている)で、未舗装道路であるが、岩肌の露出した比較的固い道路である。本件事故は道上一雄宅茶店の前面で発生したのであるが、道上宅から西方には民家が多く、住民も同裏街道を利用しているが、道上宅から東方(三千院寄り)は山道となつている。当公判廷で取調べた各証人の供述を綜合して、本件事故地点付近の道路を二~三トン積みのトラツクが時々通行した事実及び軽四輪自動車は始終通行した事実が認められる。
さて、本件公訴事実について、検察官の主張するごとく、被告人に業務上の注意義務があつたか否かについて検討する。
(一) 弁護人が弁論冒頭で言及するごとく、検察官は当初被告人は、「……路肩部分がコンクリートにより、舗装された場所に停車する等の方法により事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらずこれを怠り、漫然路肩部分にコンクリートによる舗装のない地面の軟弱な場所に停車した過失により」本件事故を惹起したとして公訴を提起したのであるが、当公判廷における証人道上一雄の供述を参照して、被告人は、「……その路肩部の石積護岸天端を保護するためコンクリート固めをした程度の非舗装道路で自車及び積載物の重量により右崖の路肩部分が崩壊することも予測されたから、このような場合自動車運転者としてはできるかぎり道路左側に寄つて停車する等の方法を講じ事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠り漫然地面の脆弱な道路右端寄りに停車した過失により」本件事故を惹起したものである旨、訴因の予備的追加がなされたものである。
(二) 弁護人の主張する検察官の論拠の矛盾は兎に角、被告人の過失の有無につき各証拠を綜合して判断するに、証人道上一雄の当公判廷における供述、寺石義一郎の検察官照会事項回答書(検甲第一三号)、京都地方裁判所昭和四二年(ワ)第六八〇号損害賠償請求事件証人寺石義一郎の証人調書写供述記載(検甲第一六号)及び佐藤喜一郎の回答書(検甲第一四号)等の各証拠によれば、道上証人は、本件事故発生前、事故地点付近の路肩コンクリート部分から少し道路側に入つたところに、陥没した形跡(凹み)があり、水が異常な流れをすることを認め、なお護岸石垣にも空洞のあることを知つていたので危険を予測し、補修方を数回京都市左京区大原出張所に対して直接申入れ、又市政協力委員を通じて所轄土木工営所に陳情した事実を供述し、同市左京区大原出張所長寺石義一郎らも、前記各証拠により右補修方申入れの事実を裏付けているのであるが、寺石及び佐藤両市吏員は護岸底部で根が洗われている部分を散見したこと、寺石吏員は路肩部に申入れ箇所(凹み)を一見して認められなかつたこと、佐藤吏員は視察の結果通行に危険がないと判断した旨それぞれ回答して居るのである。
(三) 殊に寺石吏員にあつては、補修方申入人が道上一雄(妻)であることを承知していたのであるから、申入れ道路の破損箇所が一見不明であれば、同人方に立寄つて事情を確かめることは当然の手続であるのにかかわらず、その事なく、従つて佐藤吏員の視察も凡そ杜撰な調査に終つた疑が濃厚である。思うに、本件道路管理官署において迅速適切な調査並に対策が講ぜられていたならば、或いは本件事故は発生しなかつたかも知れない。被告人らが車両もろとも転落した箇所は、正しく道上証人供述中の凹み等不審を抱かせた場所であつたから、道路管理者の周密な調査並に対策が講ぜられていたならば、前記のとおり本件事故の発生を見なかつたかも知れないと推論することは必らずしも不合理とは言えないと信じる。
(四) 護岸工事等に門外漢でないという寺石吏員すら前記のとおり本件事故地点付近道路上に危険箇所を見なかつたということは、被告人において事前に危険を予見し得なかつた客観的状態を裏付けるものと謂うべきである。
(五) 検察官は更に被告人が事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を怠り、漫然地面の脆弱な道路右端寄りに停車した過失により本件事故を惹起したと主張するのであるが、各証拠により本件道路が岩道とも謂うべき固い道であり、検察官すら当初起訴状において路肩のコンクリート舗装部分を停車安全箇所と考えていたもので、前記のとおり道上証人らを除き一般にも危険箇所が見出し得なかつたのであるから、被告人供述のとおり、路肩の内側に停車したものと認めるならば、(これに反する証拠は根拠薄弱である)其の箇所が軟弱な場所であつたかも知れないことは、事後推論できたものと謂うべく、被告人に過失を責めることは酷である。
(六) 被告人の供述中「発生した事故の責任についても行くべきところに行つて落ちたものと思いますから私には過失はなかつたと思います」とあるのは、換言すれば、被告人らが恰も落し穴に落ちたごとき感じを抱いたことを表現したものと推測できるのである。本件事故発生につき極言すれば、本件道路管理担当者の行政事務懈怠という不作為により本件事故地点に造成された陥穽に、被告人が被害者らを同乗させた車両もろとも落ち込んだかの感じを禁じ得ないのである。まことに、被害者、その遺族および被告人らにとり不可測の災難と謂うべく同情に堪えない。
(七) なお、検察官は、論告総論として、本件道路が幅員の狭い屈曲の多い道路であつて、当夜は闇夜で途中照明設備もなく、自車の前照灯のみにより三・五トン積ダンプ型普通貨物自動車を運転して、登坂前進し、停車したことは、被告人の右運行そのものが無謀であり、危険の発生防止のため何等の注意義務を払わなかつた旨主張するのである。検察官の右主張には、尤もなふしもあるけれども、右危険は運転者の技倆経験と相関する問題であり、本件において証拠によるも検察官の右主張は一概に容れることはできない。
結局、被告人において本件事故発生について危険発生予見義務並に防止義務があつたとの証拠は認めることができないから、被告人に対して業務上の過失を認めるに足る事実の証明がないものとして、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をする。