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今治簡易裁判所 平成18年(ハ)127号 判決 2008年3月05日

平成18年(ハ)第127号保証債務金請求事件

平成19年(ハ)第208号保証債務金請求事件(承継参加)

宮城県栗原市築館薬師四丁目2番5号

承継参加人

株式会社ジャスティス債権回収

同代表者代表取締役

●●●

同訴訟代理人弁護士

●●●

東京都中央区日本橋室町三丁目2番15号

脱退原告

株式会社SFCG

同代表者代表取締役

●●●

同訴訟代理人弁護士

●●●

●●●

被告

●●●

同訴訟代理人弁護士

野垣康之

主文

1  承継参加人の請求を棄却する。

2  訴訟費用は承継参加人の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

被告は,承継参加人に対し,140万円及びこれに対する平成18年6月6日から支払済みまで年21.9パーセントの割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  請求原因の要旨

(1)  脱退原告は,関東財務局長の登録を受け事業者向融資業務を営んでいる法人である。

(2)  脱退原告は,平成17年7月4日,被告との間において,訴外●●●(以下「●●●」という。)が金銭消費貸借・手形割引等継続取引並びに限度付き根保証承諾書兼金銭消費貸借契約証書に基づき脱退原告に対して負担する債務について,下記の連帯保証契約(以下「本件連帯保証契約」という。)を締結したことに基づき,被告に対し,貸金及び利息並びに残元金に対する期限の利益喪失の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求める。

根保証限度額 250万円

上記の内元本部分 150万円

根保証期間 平成17年7月4日から3年間

根保証の範囲 本契約締結日現在主債務者(訴外●●●)が脱退原告に対して負担している一切の債務及び上記根保証期間内に発生する一切の債務について,利息・損害金等については,根保証限度額を超える負担は発生しない。上記取引により生じた債務の元本を超える部分については,根保証人には「元本部分」欄記載額を超える負担は発生しない。

期限の利益の喪失事項 脱退原告に対する約定に基づく元利金の支払を1回でも怠ったとき,もしくは脱退原告に対する債務の一部でも履行を遅滞したとき

(3)  脱退原告は,訴外●●●に対し,次のとおり金員を貸し付けた。

ア 契約日 平成17年3月23日

元金 250万円

返済期 平成18年2月5日

利息 年27.0パーセント

遅延損害金 年29.2パーセント

イ 契約日 平成17年4月12日

元金 550万円

返済期 平成20年4月5日

利息・遅延損害金 上記アと同じ

ウ 契約日 平成17年6月7日

元金 300万円

返済期 平成20年6月5日

利息・遅延損害金 上記アと同じ

エ 契約日 平成17年7月4日

元金 150万円

返済期 平成20年6月5日

利息・遅延損害金 上記アと同じ

オ 契約日 平成17年10月25日

元金 300万円

返済期 平成20年10月5日

利息・遅延損害金 上記アと同じ

カ 契約日 平成17年12月30日

元金 100万円

返済期 平成20年12月5日

利息・遅延損害金 上記アと同じ

キ 契約日 平成18年3月3日

元金 1298万1845円

返済期 平成33年3月5日

利息 年6.0パーセント

遅延損害金 年29.2パーセント

(4)  弁済額及び残額

訴外●●●は,脱退原告に対し,別紙「利息制限法所定の利率による計算書」のとおり支払った(平成18年6月5日の経過をもって期限の利益喪失)。

ア 弁済額 1895万8339円

イ 残額 1198万8533円

(内訳)残元金 1196万6895円

未払利息 2万1638円

(5)  承継参加人は,「債権管理回収業に関する特別措置法」に基づく法人であるが,脱退原告より訴外●●●に対する上記(3)の債権を同特別措置法に基づいて平成19年7月27日に譲り受けた。

(6)  よって,承継参加人は,被告に対し,前記残額1198万8533円(限度額250万円)のうち,140万円及びこれに対する平成18年6月6日から支払済みまで年21.9パーセントの割合による金員の支払を求める。

2  争点

(1)  本件連帯保証契約は,絶対的強制下の意思表示として無効か否か(抗弁)。

(2)  本件連帯保証契約は,強迫による意思表示として,民法第96条1項により取り消し得べきか否か(抗弁)。

(3)  過剰融資の成否(抗弁)

3  争点に対する当事者の主張

争点(1),(2)及び(3)について

(1)  被告の主張

ア 被告は,訴外●●●(以下「●●●」という。)及び全身入れ墨の男に強迫され,これらの者が脱退原告松山支店の外で待機し,さらに同支店内では●●●と称する仲介人が被告の隣にいるという絶対的強制下の状況の中で,本件連帯保証契約書に署名捺印させられたものであり,被告には連帯保証契約をするという意思は認められないから,本件連帯保証契約は無効である。

仮に被告に連帯保証契約をする意思が認められたとしても,それは訴外●●●らから強迫を受けたためである。被告は,脱退原告に対し,平成18年12月13日の本件口頭弁論期日において,本件連帯保証契約を取り消す旨の意思表示をした。

イ 脱退原告と被告との間で締結された本件連帯保証契約は,その当時の被告の収入,負債,生活状況等からして,根保証限度額250万円の同契約を締結させることは,明らかに貸金業規制法第13条(平成19年12月19日から「貸金業法」と改められ施行された。以下同じ。)に違反している。よって,本件連帯保証契約は信義則ないし権利濫用により,同契約全部が無効である。

(2)  承継参加人の主張

ア 被告が訴外●●●らから,強迫されたという事実はない。したがって,被告が自由な行動を制限された結果,本件連帯保証契約を締結したということはない。被告は,同●●●からの頼みを容認して,自らの意思で本件連帯保証契約書に署名・押印したものである。被告が訴外●●●らから強迫を受けて本件連帯保証契約を締結したとの主張は,被告の責任回避のための弁解でしかない。すなわち,被告は,訴外●●●がヤクザであると知りながら交際を続けていること,被告は,平成17年6月30日,同●●●から金策を頼まれて消費者金融3社から合計100万円の借金をして,同●●●に渡していること,被告が訴外●●●らから強迫を受けたというのであれば,本件連帯保証契約を締結した当日,印鑑屋から今治市役所へ行くまでの道中などに,いくらでも責任を回避し得る方法があったのに,それをしていないこと,脱退原告が訴外●●●が支払をしないため,被告に連絡を取った際にも,被告は本件連帯保証契約が強迫によるものであることを一切述べておらず,かえって,分割の話を脱退原告にしていることなどから,被告は訴外勝西らの存在を利用して,自己の責任回避のための弁明をしていることは明らかである。

イ 貸金業規制法第13条は,貸金業者としての当然の心構えを準則として規定した,いわゆる訓示的な規定であり,業者が従うべき基本方針を明らかにしたものである。被告が引用する札幌簡裁平成7年3月17日判決は,特殊判例を一般化して引用するものであり,被告の過剰融資の主張は失当である。

第3争点に対する当裁判所の判断

(争点(1)及び(2)について)

1  証拠(甲1,3,11,23,乙1,被告本人,証人●●●)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(ただし,この認定に反する部分の証人●●●の証言は採用しない。)。

(1)  被告は,訴外●●●と平成17年6月ころから付き合いはじめた。被告は,その後しばらくして,同●●●がヤクザであることを知ったが,同人からの「ヤクザは辞める。」とのことばを信じて,二人の交際は続いていた。

(2)  被告は,訴外●●●から頼まれて,同人のために消費者金融3社から合計100万円を借りて,それを同人に渡した。同人とは,7月には返してもらえるという約束であったが,返済期日が到来しても返してもらえず,被告は消費者金融を一本化して,現在も毎月2万円を返済している。

(3)  被告は,平成17年7月4日,訴外●●●と松山へ映画を見に行く約束をして,同日,正午ころ同●●●が迎えに来た。そして,同●●●と二人で松山に向かう途中の車中で,同人から「いっしょにやっている●●●の経営が危ないので助けてくれないか。」と言われて,松山市内の喫茶店に連れて行かれた。

(4)  同喫茶店では,首,腕,足首などの全身に入れ墨があり,首には●●会との文字が見える男が待っていた。その後,●●●と称する仲介人の男が同店に来て,同人は被告と同店内の別の席に移って,被告に対し「保険証,運転免許証,印鑑及び印鑑登録証などを用意してくれ。」と言って,本件の連帯保証の話をしてきた。被告は,保険証と運転免許証は財布に入れて持っていたので,●●●と称する男に預けたが,印鑑証明は持っていなかったので,訴外●●●に連れられて,松山市内の印鑑屋で「●●●」の印鑑を購入し,そのまま今治市役所へ行った。同市役所で印鑑登録をした後,印鑑登録証明書の交付を得て,同日午後6時ころ松山に戻って来た。

(5)  その後,訴外●●●といっしょに,全身入れ墨の男が住んでいるマンションまで車で迎えに行き,同人を車に乗せた。●●●と称する男が「まだ契約書の準備ができていない。」ということだったので,訴外●●●,全身入れ墨の男及び被告は,車の中で2,3時間待った。その間,訴外●●●と全身入れ墨の男は,組長や組関係の仕事の話をしていた。

(6)  被告は,同日の午後9時ころ,訴外●●●,全身入れ墨の男,●●●と称する仲介人らと脱退原告松山支店に行った。同支店内に入ったのは,被告と●●●と称する仲介人の二人であった。訴外●●●及び全身入れ墨の男は,同支店外で車の中で待っていた。被告は,同支店内で本件連帯保証契約書などに署名押印した。同書類の作成には,午後9時ころから30分ないし40分を要した。その間,●●●と称する仲介人は被告に「何か聞きたいことがあれば連絡してくれ。」と言って,同支店を出たりしてほとんど被告とは同席していなかった。

(7)  被告は,同日,同支店内で契約担当者から,訴外●●●の●●●と面識があるかを尋ねられたとき,「はい。」と答えた。また,被告の収入について尋ねられた際も,実際の手取額は10万円くらいであったのに「大体20万円以上」と答えた。これらは,いずれも●●●から「こう聞かれたら,こう答えてよ。」と言われていたからであった。

(8)  被告は,主債務者である訴外●●●あるいはその代表取締役である●●●とは,全く面識がなく,本件連帯保証契約の当日も本人とは会っていない。

2  前記認定した事実によれば,被告は,本件連帯保証契約を締結した当時,意思決定の自由を完全に喪失した状況にあったとは認め難いから,この点に関する被告の主張は失当である。しかし,本件連帯保証契約を締結した当時,被告は,訴外●●●と松山で映画を見る約束を口実にして,平成17年7月4日正午ころ,同人に今治にある被告の自宅から連れ出され,そして,同●●●や全身入れ墨の男及び●●●と称する仲介人らとともに,本件連帯保証契約を締結した同日午後9時40分ころまでの間,被告を訴外●●●らから離れることができないような事実上孤立した状態に置かれたこと,さらに,本件連帯保証契約締結のために必要な書類等を準備するために同●●●らによって連れ回されたことなどに加えて,全身入れ墨の男及び●●●と称する仲介人に対する恐怖心などから,暗に同●●●らの要求通りに応じない限り,同人らから逃れることはできないという,極度に畏怖し精神的にも追い込まれた状況のもとにおいて,脱退原告松山支店に連れて行かれて本件連帯保証契約締結の意思表示をさせられたことは明らかといえる。

右によれば,訴外●●●らは,前記状況に置かれた被告に対し,本件連帯保証契約の締結を要求し,暗に被告をして本件連帯保証契約を断れないような心理状態に追い込み,かつ,これに応じなければ被告自身ないしはその家族にどのような危害が加えられるか分からないような状況を作出して被告を畏怖させて,よって本件の連帯保証契約の意思表示をなさしめようとの意図のもとに行われたと認めるのが相当である。

このことは,被告には,全く見知らずの主債務者である訴外●●●あるいはその代表取締役である●●●のために,既存の債務を含めた多額の債務につき連帯保証をする積極的動機は全く見当たらないばかりか,当時21歳の女性である被告が午後9時過ぎという時間帯に脱退原告松山支店に赴いて全く面識のない企業のために根保証契約を締結するということ自体が極めて不自然であるということからも首肯することができる。

ところで,本件においては,承継参加人が主張するとおり,訴外●●●らから被告に対する直接的な明示の害悪告知がなされたという事実は証拠上はうかがえない。しかし,強迫行為は,相手方に明示若しくは暗黙に告知される害悪が客観的に重大か軽微かを問わず,これによって表意者が畏怖し,畏怖の結果意思表示をしたという関係が主観的に存すれば足りると解されるから,本件についても,前記で認定したような訴外●●●らの一連の行為によって,被告が恐怖心を抱き,その結果,同●●●らが要求するとおり本件連帯保証契約を締結したというのであるから,同●●●らの被告に対して向けられた一連の行為全体が,同人に対する暗黙の「強迫」行為に当たると認めるのが相当である。

さらに,承継参加人は,被告が強迫を受けたとの主張に対して,次のとおり争っている。すなわち,被告は,脱退原告が本件訴訟を提起するまでは,訴外●●●らから強迫を受けていた事実等を同原告に対して全く主張していなかったばかりでなく,警察に対してもその旨の被害届を出さず,さらに,本件連帯保証契約締結の5日前にも同勝西のために100万円を消費者金融から借りて,同人に渡しているなどの事情があることから,被告が同●●●らから強迫を受けていた事実はない旨を主張する。しかしながら,被告が本件訴訟までに強迫を受けた旨の主張を脱退原告に対してしなかったこと,あるいは警察に対し被害届を提出しなかったという一事をもって,被告に対する強迫がなされなかったという事実を推認することはできず,また,被告の同●●●に対する100万円の融資についても,その当時は被告の交際相手でもあった同●●●個人に対する名義貸しと,本件のように入れ墨の男などが関与した上で,しかも全く面識のない訴外●●●に対する連帯保証の問題とを同レベルで評価することはできないと考えられるから,これらの点に関する承継参加人の主張は,いずれも採用することはできない。

したがって,被告の本件連帯保証契約締結の意思表示は,訴外●●●らの強迫によるものとして,民法第96条1項により取消し得べきものと認められるところ,被告が平成18年12月13日の本件口頭弁論期日において,右意思表示を取消す旨の意思表示をしたことは記録上明らかであるから,本件連帯保証契約も遡って成立しなかったこととなる。

第4結語

以上説示してきたところによれば,本件連帯保証契約は,被告の取消しの意思表示により消滅しているのであるから,その余の点について判断するまでもなく,被告は,承継参加人に対して本件連帯保証債務金を支払う義務はない。

よって,承継参加人の本訴請求は,理由がない。

(裁判官 西村忠志)

<以下省略>

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