仙台地方裁判所 平成10年(行ウ)13号 判決 2002年6月04日
主文
1 本件訴え中,被告らに対し,平成7年4月1日から平成9年7月30日までにされた各薬品の売買契約に係る売買代金相当額の支払を請求する部分について,訴えを却下する。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第1当事者の求める裁判
1 原告ら
(1) 被告株式会社Aは,仙台市に対し,5021万4827円及びこれに対する平成11年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告株式会社Bは,仙台市に対し,2209万0059円及びこれに対する平成11年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被告株式会社Cは,仙台市に対し,505万1976円及びこれに対する平成11年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 被告株式会社Dは,仙台市に対し,45万2400円及びこれに対する平成11年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 被告株式会社Eは,仙台市に対し,160万5240円及びこれに対する平成11年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(7) 仮執行宣言
2 被告ら
(本案前の申立て)
(1) 本件訴えを却下する。
(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。
(本案に対する答弁)
(1) 原告らの請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第2当事者の主張
1 請求原因
(1) 当事者等
ア 原告らは,仙台市の住民である。
イ 被告らは,いずれも医薬品の卸売を業とする株式会社である。
なお,F株式会社は,平成13年1月4日,その商号を被告株式会社Aに変更するとともに株式会社Gを吸収合併した。この吸収合併により,被告株式会社Aは,株式会社Gの債権債務を承継した。また,被告株式会社Dは,平成12年4月5日,H株式会社を吸収合併し,その債権債務を承継した。(以下,被告株式会社A及び同社との合併前の株式会社G,被告株式会社B,被告株式会社C,被告株式会社Dとの合併前のH株式会社並びに被告株式会社Eを「被告会社ら」という。)
(2) 別表1記載の薬品の購入
仙台市は,平成7年4月1日から平成10年3月31日までの平成7年度から平成9年度にわたり,仙台市立病院において使用するため,被告会社らから別表1記載の各薬品(以下「本件各薬品」という。)を,別表1記載のとおり購入し,その代金を支払った(以下「本件各売買契約」という)。
本件各薬品は,薬事法14条1項の承認(以下,単に「承認」というときは,この意味で用いる。)時に別表2のとおりの適応すなわち効能及び効果があるとされた。
(3) 有効性の不存在
以下のア及びイの事実を総合すれば,本件各薬品に医療上の有効性がないことは明らかである。
ア 再評価時に現われた事実について
(ア) 中央薬事審議会は,平成8年4月,イデベノン,塩酸ビフェメラン,プロペントフィリン及び塩酸インデロキサジンの4成分(以下「4成分」という。)及びニセルゴリンを再評価し,プラセボ(模擬薬)を対照とする臨床試験をするよう指示した。
(イ) 中央薬事審議会医薬品再審査再評価第2調査会(以下「第2調査会」という。)が,(ア)の指示に基づき臨床試験を行ったところ,4成分についてはプラセボとの比較において有効性について有意差が出なかった。
(ウ) 第2調査会は,平成10年5月15日,4成分について,承認を有する効能,効果(適応症)に対する有効性(以下,単に「有効性」というときは,この意味で用いる。)は証明されていない旨報告した。
(エ) (ウ)の報告を受けて,中央薬事審議会医薬品再審査再評価特別部会は「4成分は承認取消が相当である」との答申を出した。
中央薬事審議会は,答申を出すに当たって,承認時の臨床試験のデータと再評価時の臨床試験のデータを比較検討した形跡がないなど,不自然な態度をとった。
(オ) (エ)の答申を受けて,厚生省(現在の厚生労働省。以下「厚生省」という。)は製薬会社らに対し,4成分を使用した薬品の承認整理と製造販売中止,回収を指示するとともに,4成分を薬価基準から削除した。
(カ) 本件各薬品のうち,アバンはイデベノンを,エレンは塩酸インデロキサジンを,セレポート及びアルナートは塩酸ビフェメランを,ヘキストールはプロペントフィリンを主成分とするもので,いずれも4成分の一を主成分としている。
イ 承認時の事実について
(ア) 本件各薬品の各主成分である4成分は,いずれも承認に際し,ホパンテン酸カルシウム(以下「ホパテ」という。)との比較試験が行われ,4成分のうち,イデベノン,塩酸ビフェメラン,プロペントフィリンの3成分については,比較試験の結果,ホパテとの間で有効性に有意差がなくホパテと同等の有効性が認められるとされ,また,塩酸インデロキサジンはホパテより有意に優れた効果があるとして,薬品として承認された。
(イ) しかし,以下のように,4成分の承認については,①ないし③の問題点があり,4成分の有効性が証明されたとはいえない。
① 4成分の承認に際しては,プラセボを対照薬とせずに,ホパテを対照薬としているが,そもそもホパテの臨床試験には,「全般的な改善度」という評価者による評価のばらつきが生じるおそれのある主観的な基準が無批判に用いられたこと,臨床試験の目的が具体的に明確にされていなかったこと,臨床試験に参加する施設数,医師数が極端に多かったことなどの多数の重大な問題点があり,その科学的妥当性は極めて疑わしく,その有効性が立証されているとは言い難いこと
② ホパテより有意に優れた効果があるとされる塩酸インデロキサジンも,その臨床試験には①と同様の問題点があり,その有効性が立証されているとは言い難いこと
③ イデベノン,塩酸ビフェメラン,プロペントフィリンの3成分が,対照薬であるホパテとの間で有効性について有意差がなかったとの結果は,これら3成分がホパテとの間で治療効果に差があるのかないのか分からないことを示すにとどまるというべきであり,上記結果から直ちに,これら3成分がホパテと同等の有効性があると結論づけることはできないこと
(4) 錯誤無効による不当利得返還請求権の存在
仙台市立病院の薬品購入担当者は,(3)のとおり,本件各売買契約締結の当時,本件各薬品には医療上の有効性がなかったにもかかわらず,これがあるものと誤信し,本件各薬品には医療上の有効性があることを前提として黙示的にその動機を表示した上で,本件各売買契約を締結した。したがって,本件各売買契約は法律行為の要素に錯誤があって,無効であるから,仙台市は,被告会社らに対し,本件各薬品の購入代金相当額の不当利得返還請求権を有している。
なお,被告らは,仙台市立病院は本件各薬品を患者に投与して,各種健康保険組合又は患者からその代価の支払を受けているので,仙台市には損失が発生していない,したがって,不当利得返還請求権は発生しない旨主張するが,不当利得における利得ないし損失の有無及びその額を決定するに当たっては,利得者と損失者との間の相対的・実質的な財貨移転の正当性のみを考慮すべきであって,それ以外の者との間の関係は考慮すべきではない。本件において,仙台市は,本件各売買契約に基づき,被告会社らに支払った代金額相当の損失を受け,他方,被告会社らは同額の利得を受けているのであって,仙台市立病院が,診療行為の対価として,各種健康保険組合又は患者から金員を受領したことは,仙台市の損失の有無及びその額に影響しない。
(5) 原状回復請求権の存在(瑕疵担保責任に基づく契約の解除)
ア 本件各薬品は,別表2記載の適応症(効能・効果)を有するものとされていたが,(3)のとおり,適応症に関する有効性がなかった。したがって,本件各薬品には,本件各売買契約締結の当時,「隠レタル瑕疵」が存在した。
イ 仙台市は,別表1記載のとおり,本件各薬品を受領し,その代金を支払った。
ウ 原告らは,平成10年9月30日,仙台市に代位して,被告会社らに対し,本件各売買契約を解除する旨の意思表示をした。
エ したがって,仙台市は,被告会社らに対し,原状回復請求権として,本件各薬品の購入代金相当額の返還請求権を有している。
(6) 損害賠償請求権の存在(瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求)
本件各薬品には,(5)のとおりの「隠レタル瑕疵」が存在するところ,仙台市立病院は全く有効性のない本件各薬品を適応症があるものとして被告会社らから購入し,その代金を支払ったから,仙台市は,被告会社らに対し,本件各薬品の購入代金相当額の損害賠償請求権を有している。
(7) 監査請求
ア 以上のように,仙台市は,被告会社らに対して不当利得返還請求権,原状回復請求権又は損害賠償請求権を有しているにもかかわらず,これを行使しない。上記各権利の不行使は,地方自治法(以下「法」という。)242条1項の「財産の管理を怠る事実」に該当する。
イ そこで,原告らは,平成10年7月31日,仙台市監査委員に対し,本件各薬品の購入代金の返還を求め住民監査請求をした(以下「本件監査請求」という。)。
仙台市監査委員は,同年8月11日付けで,「当該医薬品の代金のうち,既に治療に要した分については,健康保険法(大正11年法律第70号)の制度上,診療報酬として患者及び各種健康保険組合から受け取る仕組みになって」おり,「上記制度に照らしてみれば,市立病院に財産的損失を生じる余地は」ないとして,本件監査請求を却下した。
(8) よって,原告らは,法242条の2第1項4号後段に基づき,仙台市に代位して,不当利得返還請求,原状回復請求又は損害賠償請求として,被告会社らに対し,各自が販売した本件各薬品の購入代金相当額及びこれに対する請求の日の後の日である平成11年12月23日から(原告らの平成13年12月31日付け請求の趣旨訂正書では,付帯請求の起算日が訴状送達の日の翌日からと記載されているが,同訂正書は,被告らの一部に包括承継が生じたことに伴い,その限度でそれまでの請求の趣旨を訂正したものと認められるから,付帯請求の起算日については,第12回口頭弁論期日における原告らの陳述が維持されていると解する。)支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を仙台市に返還することを求める。
2 被告らの本案前の主張
(1) 監査請求期間の徒過
ア 監査請求期間(法242条2項本文)の起算点
(ア) 普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして法242条1項の規定による住民監査請求があった場合に,その住民監査請求が,当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし,当該行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは,当該監査請求については,その事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条2項の規定を適用すべきである(最高裁昭和62年2月20日第2小法廷判決・民集41巻1号122頁参照。以下,「昭和62年最高裁判例」という。)。
本件各薬品が本件売買契約当時,有効性を欠いていた旨の原告らの主張を前提とすると,仙台市が被告会社らとの間で本件各薬品について売買契約を締結する行為は,違法な財務会計行為に当たるから,監査請求期間の起算点は本件各売買契約が締結された時点となる。
(イ) また,法242条2項が監査請求期間の制限を定めたのは,普通地方公共団体の財務会計行為につき,住民がその個人の権利義務にかかわりなく単に住民であるという資格において,いつまでも当該行為の効力を問題にし得る状態にしておくことは,法的安定性の見地から好ましくないからであって,このような趣旨にかんがみれば,(ア)の法理は,地方自治体に対する長や職員らの法令違反などの職務義務違反があった場合(内部関係違法)に限らず,地方自治体と相手方との間の契約内容や契約締結の過程に違法(相手方の詐欺,談合など)があった場合(外部関係違法)にも妥当すると解すべきである。
したがって,本件の監査請求期間の起算点は,本件各売買契約の締結という財務会計行為がされた時点である。
イ 正当な理由(法242条2項ただし書)の不存在
原告らは,後記のとおり,本件監査請求について法242条2項ただし書の正当な理由がある旨主張するが,監査請求期間経過後の監査請求について,法242条2項ただし書の正当な理由があるというためには,何らかの事実が秘匿,隠ぺいされる等当該財務会計行為が秘密裡にされたことが必要であり,当該財務会計行為が,何ら事実を秘匿,隠ぺいすることなく公然とされた場合には,同項ただし書の正当な理由はないというべきである。
本件では,仙台市立病院と被告会社らの間の本件各薬品の売買契約は,何ら事実を秘匿,隠ぺいすることなく,公然とされたから,原告らが監査請求期間経過後に監査請求をしたことに正当な理由はないというべきである。
ウ 以上によれば,原告らが本件監査請求をした日から法定の監査請求期間を遡った平成9年7月31日以前の購入分についての本件監査請求は,監査請求期間経過後にされたものであり,そのことにつき原告らに正当な理由はない。
したがって,本件訴えのうち,平成9年7月31日以前にされた本件各売買契約につき,不当利得返還請求権及び損害賠償請求権に基づいて代金の返還を求める部分については,適法な監査請求を経由せずに提起されたもので,法242条の2の監査請求前置主義を満たしていないというべきであるから,原告らの上記部分に関する訴えは却下されるべきである。
(2) 住民訴訟において形成権を代位行使することの不適法性
原告らは,法242条の2第1項4号後段に基づき,本件各売買契約を解除する旨主張するが,同号後段を根拠に形成権たる契約解除権を代位行使することはできない。
契約の解除とこれに伴う原状回復請求は,原則として当該地方公共団体の機関又は職員の裁量事項であり,行政機関の判断を尊重すべきであるし,同号後段を根拠に形成権の代位行使を認めることは,民衆訴訟としての住民訴訟において,実質的に住民に対して財務会計行為以外の行政行為その他の行政決定を行うことを認めることになり,普通地方公共団体の違法な財務会計行為の是正を目的とする住民訴訟の趣旨に反する。したがって,原告らの解除権の代位行使の主張は法律的な根拠を欠く不適法な主張であり,これを前提として原告らの原状回復を求める本件訴えは不適法なものとして却下されるべきである。
(3) 住民訴訟において錯誤無効を主張することの不適法性
ア 要素の錯誤による意思表示の無効を表意者自身において主張する意思がない場合には,原則として第三者が意思表示の無効を主張することはできない(最高裁昭和40年9月10日第2小法廷判決・民集19巻6号1512頁。以下「昭和40年最高裁判例」という。)。ただし,第三者が表意者に対する債権を保全する必要性がある場合において,表意者がその意思表示に関し,錯誤のあることを認めているときに限っては,表意者自らは当該意思表示の無効を主張する意思がなくても,当該第三者はその意思表示の無効を主張してその結果生ずる表意者の債権を代位行使することが許される(最高裁昭和45年3月26日第1小法廷判決・民集24巻3号151頁。以下「昭和45年最高裁判例」という。)。
本件においては,本件各売買契約の当事者である仙台市は,要素の錯誤があることを認めていないから,以上の最高裁判例に照らして,第三者である原告らが仙台市に代位して要素の錯誤を主張することは許されないというべきである。
イ また,昭和40年最高裁判例の趣旨からすれば,錯誤による意思表示の無効の主張は形成権たる取消権の行使の場合と実質的に同じであると解すべきところ,形成権の行使に関しては,(2)で主張したとおり,行政機関の判断が尊重されるべきであるから,住民訴訟において不当利得返還請求権を代位行使する前提として錯誤無効の主張をすることはできない。まして,本件では,仙台市は,本件各売買契約について要素の錯誤があったことを認めていないのであるから,原告らは錯誤無効の主張をすることはできない。
ウ 以上のように,原告らの錯誤無効の主張は法律的な根拠を欠く不適法な主張であり,これを前提として不当利得返還を求める本件訴えは不適法なものとして却下されるべきである。
(4) 本件における不当利得返還請求権は法242条1項の「財産」に該当しないこと
ア 法242条1項の「財産」とは,普通地方公共団体の住民の負担にかかる公租公課によって形成された財産を意味し,形式的には普通地方公共団体に属する財産であっても,当該普通地方公共団体の住民の負担にかかる公租公課によって形成されたものでなければ,そもそも「財産」には該当しないというべきである。
したがって,不当利得返還請求権の対象が普通地方公共団体の住民の負担にかかる公租公課によって形成されたものでない場合には,たとえ形式的に当該普通地方公共団体に帰属する不当利得返還請求権であっても,住民訴訟の対象とはならない。
イ 仙台市立病院は,地方公営企業法及び仙台市条例に基づき設立された地方公営企業であって,その運営にかかる経費すなわち医薬品の購入代金等は,原則として仙台市立病院自体の収益,すなわち仙台市住民以外の者に対しても広く行われる診療行為の対価である診療報酬により賄われている。また,仙台市の一般会計から仙台市立病院に拠出されるいわゆる一般会計負担金の使途は,救急医療費や高度医療費等に限定されているところ,本件各薬品はこれらに当たらないから,一般会計負担金がその代金の支払に充てられる余地はない。
このように,本件における本件各薬品の購入代金は,仙台市が拠出する一般会計負担金からは支出されていないから,仙台市の「財産」から支出されたものではない。
ウ したがって,本件において,不当利得返還請求権の対象とされている別表1の各医薬品の購入代金が仙台市民の負担にかかる公租公課によって形成されたものでない以上,原告らが仙台市に代位して行うと主張する不当利得返還請求権は「財産」(法242条1項)に該当しないから,原告らの不当利得返還請求は不適法である。
3 被告らの本案前の主張に対する原告らの反論
(1) 監査請求期間の徒過について
ア 監査請求期間(法242条2項本文)の起算点について
(ア) 法242条1項の監査請求権や同242条の2第1項各号の請求権は,普通地方公共団体の長又は職員の非違行為を中心とした義務違反行為を是正するために住民に付与された請求権であるから,これらの請求権が成立するためには,普通地方公共団体の長又は職員の違法な行為によって当該普通地方公共団体に損害が生じているという事実が必要である。
したがって,普通地方公共団体の長又は職員に当該普通地方公共団体に対する義務違反行為がなく,違法な責任原因が存在しない場合(外部関係違法)には,いまだ是正請求権たる監査請求権も発生していないというべきであるから,普通地方公共団体の長又は職員に責任原因がない財務会計行為によって当該自治体に損害が発生した場合には,当該普通地方公共団体の長などがその損害を補填する措置を講ずることを怠るなどしたときに初めて監査請求権が発生するというべきである。この場合,監査請求期間の起算点は,当該普通地方公共団体の長などが,その損害を補填する措置を講ずることを怠っていると評価できるようになり,かつ,一般的にみてその是正措置を住民らが求め得ると評価できる時点,すなわち,住民らが相当の注意力をもって注意したときに客観的にみて当該行為が違法であることを知ることができた時点であると考えるべきである。
外部関係違法の場合は,被告らが論拠とする昭和62年最高裁判例の射程範囲に含まれない。
(イ) 本件は,仙台市が被告会社らとの間で本件各売買契約を締結した行為に関しては,仙台市立病院の薬品購入担当者,仙台市の長及び職員らに義務違反行為がなく,違法な責任原因を認めることができない場合に当たる。
それゆえ,本件における監査請求期間の起算点は,(ア)の基準に照らすと,本件各薬品について中央薬事審議会において「現時点における医療上の有用性は確認できなかった」との再評価の答申がされ,厚生省がこの答申を受けて,本件各薬品の製造販売の中止,医療機関及び薬局からの回収の指示を出した旨のマスコミ報道がされた平成10年5月19日である。
イ 正当な理由(法242条2項ただし書)の有無について
(ア) 仮に,監査請求が監査請求期間の経過後にされたものであるとしても,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査した場合に,客観的にみて当該行為を知ることができたと解されるときから,相当の期間内に監査請求をした場合には,法242条2項ただし書の「正当な理由」があるというべきである。
被告らは,監査請求期間経過後の監査請求について,同項ただし書にいう「正当な理由」があるというためには,何らかの事実が秘匿,隠ぺいされるなど当該財務会計行為が秘密裡にされたことが必要である旨主張するが,条文上にない秘密裡という言葉に拘泥するのは相当でない。
仮に,当該行為が秘密裡にされたことが必要であるとしても,取引主体の積極的な行為があり,重要な情報が通常以上に分かりにくくされていれば足り,取引主体に悪意・害意があることまでは必要ないと解すべきである。
(イ) 本件では,4成分について,中央薬事審議会において「現時点における医療上の有用性は確認できなかった」との再評価の答申がされ,厚生省がこの答申を受けて,本件各薬品の製造販売の中止,医療機関及び薬局からの回収の指示を出したというマスコミ報道があった平成10年5月19日以前には,住民が相当な注意力をもって調査したとしても,医薬品業界の情報の偏在,医薬品業界による情報操作(効能があるとの触れ込みによる販売),医薬品の持つ高度の専門性等の事情に阻まれ,客観的にみて当該医薬品の問題点を監査請求に踏み切る程度に認識することは不可能であった。
原告らは,上記報道に接してから,2か月半以内に監査請求を行ったから,本件の監査請求は,相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に行われたというべきである。
(ウ) 仮に,「正当な理由」があるというためには当該違法行為が秘密裡にされた必要があるとしても,本件各薬品の有効性に問題があることは,薬品を取り扱い,専門的な知識を有する被告会社らには自明であったはずであり,それらを所定の効能があるかのように販売していたことは「仮装」といえ,また,効能に問題があることを明らかにせず販売していたことが「隠ぺい」といえるから,本件各薬品の売買契約は秘密裡にされたものに当たる。
仮に,被告会社らにおいて,本件各薬品の有効性に問題があることについての認識が十分でなかったとしても,被告会社らが,仙台市立病院の薬品購入担当者らに対して,本件各薬品を所定の効能があるものと説明して販売したことによって,それらの薬品の問題点が住民らに「隠ぺい」されてきたという意味において,本件各薬品の売買契約は秘密裡にされたと評価できる。
(エ) したがって,監査請求期間の起算点が本件各薬品の売買契約締結時であるとしても,本件では,監査請求期間を経過したことについて,法242条2項ただし書にいう「正当な理由」があるというべきである。
ウ 以上によれば,平成9年7月31日以前の購入分についての原告らの監査請求も,法242条2項に反するものではなく,本件訴えは適法な監査請求を前置している。
(2) 住民訴訟における形成権の代位行使の適法性について
普通地方公共団体の有する原状回復請求権とその前提となる解除権,取消権等の形成権は不可分一体であって,解除権,取消権等の形成権の行使は原状回復請求権を代位行使する手段にすぎないから,原状回復請求の前提となる解除権,取消権等の形成権を法242条の2第1項4号後段によって代位行使することは,正に法が予定し,許容していることである。
また,本件において,仙台市が被告会社らに対する解除権の行使を怠っているのは明らかに違法であり,このように普通地方公共団体の財産権の不行使が違法である場合には,仙台市の裁量権を問題にする必要はないから,当然解除権の代位行使は認められるべきである。
したがって,解除権の代位行使を前提として原状回復を求める本件訴えは適法である。
(3) 住民訴訟において錯誤無効を主張することの適法性について
ア 被告らの引用する昭和40年最高裁判例によれば,民法95条の律意は瑕疵ある意思表示をした当事者を保護しようとする点にあるとされるところ,本件のように普通地方公共団体に代わって提起する代位訴訟において,普通地方公共団体のした意思表示に錯誤があるため,当該意思表示が無効である旨主張することは,普通地方公共団体の利益ひいては住民全体の利益を擁護するものであって,民法95条の法意にも合致する。
また,仙台市は,被告会社らに対する不当利得返還請求権を有しながらその行使を不当に怠っているものであって,財産権の行使を不当に怠っている仙台市に裁量の余地はないから,普通地方公共団体の裁量権を理由として,住民訴訟において不当利得返還請求権を代位行使する前提として,およそ錯誤無効を主張できないと考えることはできない。
イ なお,被告らの引用する昭和45年最高裁判例は,債権者代位訴訟において債務者の錯誤無効を主張することの可否に関するものであるところ,住民訴訟は,普通地方公共団体の構成員である住民が当該普通地方公共団体の利益を守るために普通地方公共団体に代位して請求する訴訟であって,第三者としてではなく,当事者の立場として請求する訴訟であるから,債権者代位訴訟とは制度趣旨を異にするものであり,これと同列に考えることはできない。
ウ 以上のように,本件において,原告らが錯誤無効を主張することは可能であるから,これを前提として不当利得の返還を求める本件訴えは適法である。
(4) 本件における不当利得返還請求権は法242条1項の「財産」に該当することについて
法237条1項は,「この法律において『財産』とは,公有財産,物品及び債権並びに基金をいう。」と規定し,被告らの主張するように,「財産」は普通地方公共団体の住民の負担にかかる公租公課によって形成されるものでなければならないとの限定は付されていない。
また,法225条は,地方税(法223条),分担金(法224条)とともに,普通地方公共団体の収入として「公の施設についての使用料」を規定しているところ,地方公営企業の病院の入院料,診察料はこれに含まれると解されているから,地方公営企業の病院の入院料,診察料は,普通地方公共団体の収入に当たり,普通地方公共団体の「財産」を構成する。
したがって,本件各薬品の購入代金は,仙台市の財産から拠出されたものであり,これらに関する不当利得返還請求権が住民訴訟の対象となるのは当然である。
4 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)及び(2)の事実は認める。
(2) 同(3)の事実について
ア(ア) 同ア(ア)の事実は認める。
(イ) 同ア(イ)ないし(エ)の事実は否認する。
(ウ) 同ア(オ),(カ)の事実は認める。
イ(ア) 同イ(ア)の事実は認める。
(イ) 同イ(イ)の事実は否認し,4成分の有効性がなかった旨の主張は争う。
(3) 同(4)の主張は争う。
(4) 同(5)の事実について
ア 同アの主張は争う。
イ 同イ及びウの事実は認める。
ウ 同エの主張は争う。
(5) 同(6)の主張は争う。
(6) 同(7)の事実について
ア 同アの主張は争う。
イ 同イの事実は認める。
5 本案に関する被告らの主張
(1) 医薬品の商品としての特殊性
医薬品は,厚生省が医療上の有用性(有効性と安全性)を認め,薬事法上の製造承認を与えることによって初めて製造が許されるものであり,承認されてからも再審査及び再評価が行われ,技術水準その他の医療環境の変化等に伴い,その承認が取り消されることもある。このように医薬品は,医療環境の変化等に伴い相対的に変化する医療上の有用性の存在について,国によって公的に確認されて初めて商品として認められるのであって,他の商品一般とは著しく異なる性格を有する薬事法上の制度的な商品であるといえる。
(2) 本件各薬品の承認及び再評価の経緯について
ア 本件各薬品は,各製薬会社の申請に対して,厚生省が中央薬事審議会の審議を経て,その薬理効果を認め,かつ当該薬品の医療上の有用性を認めて承認し,昭和61年から63年にかけて,製造,販売,使用を許可したものである。
イ 本件各薬品については,その後,再評価が行われた。その中で,第2調査会は,平成10年5月19日の中央薬事審議会常任部会において,本件各薬品の主成分たる4成分について答申(報告)を行ったが,その内容は,以下の(ア)及び(イ)のとおりであった。
(ア) 「今回の成績と承認時の成績との比較検討」の項
今回の臨床試験をもって,これらの薬剤の薬理効果が否定されるものではないが,脳梗塞等に関する医療環境について,①CT,MRIの普及等による早期診断,外科療法の進歩,救命救急体制の整備等による早期治療が可能になったことから,治療効果が全般的に改善したこと,②抗血小板薬,血管拡張薬の併用等の基礎治療が充実したこと,③リハビリテーションの内容の向上や介護,看護等の療養環境が改善したことなどの変化が生じたことによって,4成分の医療上の有用性は承認当時に比べると低下したものと考えられる。
(イ) 「結論」の項
今回の臨床試験をもって,これらの薬剤の薬理効果は否定されるものではないが,現在の医療環境の中で,脳血管障害の慢性期の治療におけるこれらの薬剤の医療上の有用性は,承認時に比較すると低下したと考えられ,現時点における医療上の有用性は確認できなかった。
ウ このように,第2調査会による中央薬事審議会常任部会への報告内容においても,4成分の薬理効果は否定されておらず,イ(ア)の①ないし③のような医療環境の変化により,4成分のみに依存しなくても,医療目的を達成することが可能になったことの相対的効果として,4成分の医療上の有用性が承認当時に比べると低下したと考えられると指摘されているにすぎない。
したがって,本件各薬品は,適応症の改善という点において,本件各売買契約時,再評価時及び現時点において,医薬品としての効用を認めることができる。
エ 厚生省は,イの答申(報告)に基づいて,関係製薬会社に対し,(ア)薬事法に基づく製造承認の整理と,(イ)本件各薬品の製造,販売の中止,医療機関及び薬局から2週間以内に回収することを指示した。また,厚生省は,医療機関及び薬局に対し,平成10年5月19日付けで医療保険での使用を差し控えるよう依頼し,同月25日付けで薬価基準から削除するとともに,同日以降の診療,調剤での本件各薬品についての保険給付を中止するとした。ただし,同月24日までの本件各薬品の保険給付分については診療報酬の請求をすることができるものとした。
このような厚生省の対応は,ウのような判断に基づいてとられたものであり,本件各薬品の有用性を遡って否定するものではない。
このことは,本件各薬品が,平成10年5月24日までは保険適用薬であったことからも明らかである。
(3) 錯誤無効による不当利得返還請求権について
ア 医薬品が商品として特殊性を有することは(1)のとおりであるところ,(2)記載のとおり,本件各薬品には,本件各売買契約の当時,有用性があったから,仙台市立病院の薬品購入担当者らに錯誤は存在しない。
イ 仙台市立病院において新規に医薬品を採用する場合,専門的知識を有する医師,薬剤師等で構成される仙台市立病院薬品委員会において討議した上で,当該医薬品の採用を決定するとともに,一旦採用された医薬品の継続及び削除についても,同薬品委員会において定期的に審議している。
特に,仙台市立病院薬品委員会において,使用医薬品の継続及び削除を審議するに当たっては,患者に当該医薬品を投与した効果を臨床医らから聴取していると考えられるから,薬品購入担当者らは臨床現場における当該医薬品の効果を認識していた。
このように,仙台市立病院は,専門的知識を前提に,使用医薬品の継続及び削除を決定するに当たっては,その臨床現場における効果をも認識した上で有用性があるものと判断して,必要な医薬品をいわば主体的に選択,指定し,被告会社らをはじめとする医薬品の販売会社に応札させて売買契約を締結しているのであるから,同病院の薬品購入担当者に錯誤があるとは言えない。
ウ 仮に,錯誤があったとしても,2(3)において主張したとおり,本件において,原告らが錯誤無効を主張することはできない。
エ(ア) 仮に,錯誤があり,本件各売買契約が無効であるとしても,2(4)イのとおり,不当利得返還請求権の対象とされている本件各薬品の購入代金は,仙台市が拠出する一般会計負担金からは支出されていないので,仙台市に損失は生じていない。
(イ) そうでないとしても,患者に投与した分については,各種健康保険組合又は当該患者からその代価の支払を受けているところ,病院が薬事法に基づいて承認されていた医薬品を投与した場合に,患者や健康保険組合は,病院に対し,投薬についての責任を問うことはできず,錯誤無効,債務不履行,瑕疵担保責任等に基づき,不当利得返還請求又は損害賠償請求をする法律上の権利はないから,仙台市は支払を受けた本件各薬品の代価を患者又は健康保険組合に返還すべき義務はなく,仙台市に損失は生じていない。
(ウ) したがって,仙台市の被告会社らに対する不当利得返還請求権は発生しない。
(4) 原状回復請求権について
ア 医薬品が商品として特殊性を有することは(1)のとおりであり,また,(2)記載のとおり,本件各売買契約の当時,本件各薬品には有用性があったのであるから,これに瑕疵があったとはいえない。
イ 仮に瑕疵があったとしても,2(2)のとおり,原告らが解除権を代位行使することはできないから,原状回復請求権は発生しない。
(5) 損害賠償請求権について
仮に,本件各薬品に瑕疵があったとしても,(3)エ(イ)のとおりであるから,仙台市に損害は生じていない。したがって,仙台市に被告会社らに対する損害賠償請求権は発生しない。
6 抗弁
(錯誤無効の主張に対する抗弁)
(1) 仙台市の重過失(1(4)に対し)
仙台市立病院の薬品購入担当者らは,5(3)イのとおり,使用医薬品の継続及び削除を決定するに当たっては,専門的知識を前提に,その臨床現場における効果をも認識した上で有用性があるものと判断して,本件各薬品をいわば主体的に選択,指定し,被告会社らをはじめとする医薬品の販売会社に応札させて売買契約を締結した。
それゆえ,仮に錯誤が成立するとしても,誤信したことについて表意者に重過失があったといえるから,仙台市が錯誤を主張することはできない。
(2) 代償請求権と不当利得返還請求権との同時履行の抗弁(1(4)に対し)
ア 仮に,本件各売買契約が錯誤により無効であるならば,被告会社らは仙台市に対し,本件各薬品の返還請求権を有するところ,仙台市立病院が返還すべき本件各薬品を費消しているため返還不能となっている。
イ しかるところ,仙台市が各種健康保険組合又は患者から受領した診療報酬の一部は,本件各薬品の代償物といえるので,被告会社らは,診療報酬のうち,本件各薬品の代金額に相当する部分の返還請求権を有する。
ウ 被告らは,仙台市から,仙台市立病院が各種健康保険組合又は患者から受領した上記代償物の返還を受けるまで,これと同時履行の関係に立つ本件各薬品の購入代金相当額の支払を拒絶する。
(3) 代償請求権と不当利得返還請求権との相殺(1(4)に対し)
ア 本件各売買契約が錯誤により無効である場合には,(2)のとおり,仙台市に対し,本件各薬品の代償物である仙台市立病院が各種健康保険組合又は患者から受領した診療報酬相当額の金銭の返還請求権を有する。
イ 被告会社らは,それぞれ書面により,仙台市に対し,アの返還債権をもって,仙台市の被告会社らに対する不当利得返還債権と対当額においてそれぞれ相殺する旨の意思表示をした。
仙台市に対して上記の書面が到達した日は,次のとおりである。
株式会社G 平成12年7月24日
F株式会社 同月24日
被告株式会社B 同月26日
被告株式会社C 平成12年8月1日
被告株式会社D 同年7月27日
被告株式会社E 同年8月11日
(瑕疵担保責任の主張に対する抗弁)
(4) 瑕疵通知義務違反(1(5)及び(6)に対し)
ア 普通地方公共団体が直営の事業を行い,それが商行為を目的としている場合,普通地方公共団体はそれにより商人資格をもつ。
仙台市立病院は,仙台市の直営の事業であるところ,地方公営企業法,仙台市病院事業の設置等に関する条例,仙台市市立病院事務決裁規程及び仙台市市立病院会計規程によれば,同病院は原則として独立採算制によって運営されており,商人性の要件としての営利性を有する。
また,同病院は,公衆の来集に適する物的,人的設備を有し,これを業として利用させるものであるから,その行為は「客ノ来集ヲ目的トスル場屋ノ取引」(商法502条7号)として,営業的商行為に該当する。
したがって,仙台市は,仙台市立病院の事業について商人性を有するから,本件各売買契約は商人間の取引に当たる。
イ 仙台市は,本件各売買契約について,本件各薬品の受領後6か月以内に被告会社らに対し,その瑕疵を通知しなかった。
ウ 仙台市は,商人間の売買である本件各薬品の売買において,イのとおり,目的物の瑕疵通知義務を怠ったから,目的物の瑕疵による本件各売買契約の解除及び損害賠償請求を主張することはできない(同法526条1項)。
(5) 返還不能による解除権の消滅(1(5)に対し)
仙台市立病院は,本件各薬品を既に費消しており,被告会社らに対してこれらを返還することができないから,解除権は消滅した(民法548条1項)。
(6) 仙台市の過失(1(5)及び(6)に対し)
仙台市立病院は,5(3)イのとおり,医薬品の購入,使用医薬品の継続及び削除を決定するに当たっては,専門的知識に基づき,その臨床現場における効果をも考慮に入れた上で,有用性があるものと判断して必要な医薬品をいわば主体的に選択,指定し,被告会社らをはじめとする医薬品の販売会社に応札させて売買契約を締結している。
上記のような仙台市立病院の医薬品購入に関する内部手続からすれば,仮に,本件各薬品に瑕疵があるとしても,仙台市立病院の薬品購入担当者がその瑕疵に気づかなかったこと自体に過失があるというべきである。
このように,買主である仙台市に,瑕疵の存在について過失があった以上,仙台市が本件各薬品に「隠レタル瑕疵」(民法570条)があると主張することはできない。
(7) 瑕疵担保責任に基づく解除により発生する原状回復請求権と代償請求権の同時履行の抗弁(1(5)に対し)
ア 本件各売買契約が瑕疵担保責任に基づき解除されたとしても,被告会社らは仙台市に対し,原状回復請求権として本件各薬品の返還請求権を有する。これは,仙台市の有する原状回復請求権と同時履行の関係に立つ(民法571条)ところ,本件各薬品は仙台市立病院により費消されているため,返還不能となっている。
イ しかるところ,仙台市が各種健康保険組合又は患者から受領した診療報酬の一部は,本件各薬品の代償物といえるので,被告会社らは,診療報酬のうち,本件各薬品の代金額に相当する部分の返還請求権を有する。
ウ 被告らは,仙台市から,仙台市立病院が各種健康保険組合又は患者から受領した上記代償物の返還を受けるまで,これと同時履行の関係に立つ本件各薬品の購入代金相当額の支払を拒絶する。
(8) 代償請求権と原状回復請求権との相殺(1(5)に対し)
ア 本件各売買契約について解除する旨の意思表示がされた場合には,(7)のとおり,被告会社らは仙台市に対し,本件各薬品の代償物である仙台市立病院が各種健康保険組合又は患者から受領した診療報酬のうち,本件各薬品の代金相当額の返還請求権を有する。
イ 被告会社らは,(3)イ記載の各日到達の書面により,仙台市に対し,アの返還請求権をもって,仙台市の被告会社らに対する原状回復請求権と対当額においてそれぞれ相殺する旨の意思表示をした。
7 抗弁に対する認否及び主張
(1) 抗弁(1)の事実のうち,仙台市立病院における医薬品の購入,使用医薬品の継続及び削除の決定手続については認めるが,市立病院の購入担当者に重過失がある旨の主張は争う。
仙台市立病院は,本件各薬品に所定の有用性があることを前提に,それを信頼して購入を決定してきたものであるし,本件各薬品の購入に当たって,その有用性について試験等を行ったことはない。
(2) 同(2)の事実のうち,仙台市立病院が本件各薬品を費消したことは認めるが,主張は争う。
被告らは,本件各薬品の代償物は診療報酬相当額の金銭である旨主張するが,返還すべき代償物は本件各薬品の時価相当額の金員であるところ,本件各薬品は全く価値がない。したがって,仙台市に,被告会社らに対して返還すべきものはない。
(3) 同(3)について
ア 同アの主張は争う。
仙台市には,被告会社らに対する代償物返還義務はない。
イ 同イの事実は認める。
(4) 同(4)について
ア 同アの事実のうち,仙台市立病院が仙台市の直営の事業であり,原則として独立採算性をとっていることは認めるが,その余は否認する。仙台市立病院には営利性はなく,その行為は商行為には該当しない。
イ 同イの事実は認める。
ウ 同ウの主張は争う。
(5) 同(5)の事実うち,仙台市立病院が本件各薬品を既に費消したことは認めるが,法的主張は争う。
(6) 同(6)の事実のうち,仙台市立病院における医薬品の購入,使用医薬品の継続及び削除の決定手続については認めるが,同病院の薬品購入担当者が瑕疵に気づかなかったことに過失がある旨の主張は争う。
なお,原告らの主張は(1)後段に同じ。
(7) 同(7)の事実のうち,本件各薬品は仙台市立病院により費消されていることは認めるが,法的主張は争う。
なお,原告らの主張は(2)後段に同じ。
(8) 同(8)について
ア 同アの主張は争う。
仙台市には,被告会社らに対する代償物返還義務はない。
イ 同イの事実は認める。
8 再抗弁
(1) 権利濫用1(抗弁(2)及び(7)に対し)
同時履行の抗弁権は,双務契約における当事者間の公平を図ったものであるところ,本件各薬品は全く価値がないものであるから,被告会社らが,本件各薬品の代償物と主張する仙台市立病院が各種健康保険組合又は患者から受領した診療報酬相当額の金銭の返還請求権との同時履行の抗弁を主張することは権利の濫用である。
(2) 権利濫用2(抗弁(3)及び(8)に対し)
本件各薬品は全く価値がないものであるから,被告会社らが仙台市に対しこれを売りつけておきながら相殺を主張することは権利の濫用である。
(3) 信義則違反1(抗弁(4)に対し)
商法526条は,商人間の公平の観点から定められたものであるところ,医療上の有用性が確認できない本件各薬品を効くと偽って販売した被告会社らが,本件各売買契約から6か月以内に仙台市から効かない旨の通知を受けなかったことを理由として,解除権の消滅をすることは,信義則に反し,許されない。
(4) 信義則違反2(抗弁(5)に対し)
民法548条は,解除した場合に相手方に対する返還義務が生ずる物を自ら返還不能にした者が解除権を行使することは信義則に反するという観点から定められたものであるところ,医療上の有用性が確認できない本件各薬品を効くと偽って販売した被告会社らが,本件各薬品の返還不能を理由として解除権の消滅を主張することは,信義則に反し,許されない。
9 再抗弁に対する認否
再抗弁(1)ないし(4)の事実中,本件各薬品については,医療上の有用性が確認できず,無価値であることは否認し,各主張はいずれも争う。
理由
第1争いのない事実
1 当事者等
原告らが仙台市の市民であること,被告らがいずれも,医薬品の卸売を業とする株式会社であること,被告F株式会社は,平成13年1月4日,その商号を株式会社Aに変更するとともに訴訟承継前被告株式会社Gを吸収合併したこと,この吸収合併により,被告株式会社Aは,株式会社Gの債権債務を承継したこと,被告株式会社Dは,平成12年4月5日,訴訟承継前被告H株式会社を吸収合併し,その債権債務を承継したことは,当事者間に争いがない。
2 本件各売買契約
仙台市は,平成7年4月1日から平成10年3月31日までの平成7年度から平成9年度にわたり,仙台市立病院において使用するため,本件各売買契約の主体となって,被告会社らから本件各薬品を別表1記載のとおり購入し,その代金を支払ったことは,当事者間に争いがない。
3 監査請求等
原告らが,平成10年7月31日,本件監査請求をしたこと,仙台市監査委員が,同年8月11日付けで,「当該医薬品の代金のうち,既に治療に要した分については,健康保険法(大正11年法律第70号)の制度上,診療報酬として患者及び各種健康保険組合から受け取る仕組みになって」おり,そのような「制度に照らしてみれば,市立病院に財産的損失を生じる余地は」ないとして,本件監査請求を却下したことは,当事者間に争いがない。
第2本案前の主張に関する判断
1 監査請求期間の徒過について
(1) 被告らは,本件監査請求について監査請求すべき期間の起算点は,本件各売買契約の締結という財務会計行為がされた時点であって,本件監査請求のうち,平成9年7月31日以前の購入分に係る部分は監査請求期間経過後にされたものである旨主張する。
(2) そこで検討するに,法242条1項所定の怠る事実に係る監査請求については同条2項の適用がない(最高裁昭和53年6月23日第3小法廷判決・裁判集民事124号145頁参照)が,普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして法242条1項の規定による住民監査請求があった場合に,その監査請求が,当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし,当該行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは,当該監査請求については,その怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条2項の規定を適用すべきものと解するのが相当である(昭和62年最高裁判例参照)。
これを本件についてみると,本件監査請求は,本件各売買契約当時,本件各薬品が有効性を欠いていたことを理由として,仙台市が被告会社らとの間で本件各売買契約を締結した行為は違法又は無効であるとし,これによって発生する不当利得返還請求権,原状回復請求権又は損害賠償請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とするものであると解されるから,その監査請求期間は,怠る事実に係る請求権の発生原因たる行為である本件各売買契約のあった日から起算すべきである。
そうすると,本件各売買契約のうち,本件監査請求が行われた平成10年7月31日より遡ること1年より前に締結された部分(平成9年7月30日までに締結された部分)に関する本件監査請求は,監査請求期間を経過した後にされたものと認められる。
(3)ア これに対し,原告らは,法242条1項の監査請求権や242条の2第1項各号の請求権が成立するためには,普通地方公共団体の長又は職員の違法な行為によって当該普通地方公共団体に損害が生じているという事実(内部関係違法)が必要であるとし,普通地方公共団体の長又は職員に当該普通地方公共団体に対する義務違反行為がなく,これらの者に違法な責任原因が存在しない場合(外部関係違法)には,当該普通地方公共団体の長などがその損害を填補する措置を講ずることを怠るなどしたときに初めて監査請求権が発生すると解すべきであって,本件のような外部関係違法の場合は,昭和62年最高裁判例の射程範囲に含まれない旨主張する。
イ しかしながら,住民監査請求の目的は普通地方公共団体の財政を健全ならしめる点にあるところ,この目的は普通地方公共団体の長又は職員に違法な責任原因が存在しない場合であっても当てはまるものというべきである。
また,法242条2項の期間制限は,財務会計上の行為についての住民の知,不知にかかわらず,監査請求期間を財務会計上の行為の時点から原則として1年以内に制限することにより,地方財政の健全化と財務会計行為の法的安定性との調和を図ったものであるところ,監査請求期間の限定によって確保しようとした財務会計行為の法的安定性は,財務会計行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使に関する限り,当該行為を行った職員等に違法な責任原因が存在する場合に限らず,当該行為の相手方にこれが存在する場合であっても要請される。
仮に,原告らの主張するとおり,外部関係違法の場合には,当該普通地方公共団体の長などがその損害を填補する措置を講ずることを怠るなどしたときに初めて監査請求権が発生すると解するならば,当該行為を行った職員等に故意又は過失があるような違法性の程度がより高い事案において,早期に監査請求期間が経過してしまうことになり不合理であるといわざるを得ない。
しかも,原告らは,外部関係違法の場合には,監査請求期間の起算点は,当該普通地方公共団体の長などがその損害を填補する措置を講ずることを怠っていると評価できるようになり,かつ,一般的にみてその是正措置を住民らが求め得ると評価できる時点であると主張するが,当該普通地方公共団体の長などがその損害を填補する措置を講ずることを怠っていると評価できるようになった時点は不明確な場合が多いばかりでなく,住民らが長などに対しその是正措置を求め得ると評価できる時点をもって監査請求期間の起算点と解するならば,監査請求期間を,住民の知,不知を問わず財務会計上の行為の時点から原則として1年以内に制限している上記法文と整合性がとれない。
ウ 以上の点に照らせば,原告らの主張を採用することはできない。
2 正当な理由(法242条2項ただし書)の有無について
そこで,本件各売買契約のうち,平成9年7月30日以前にされた部分につき,監査請求期間の徒過に関して正当な理由(法242条2項ただし書)を認めることができるかについて判断する。
(1) 法242条2項本文は,普通地方公共団体の執行機関・職員の財務会計上の行為は,たとえそれが違法,無効なものであったとしても,いつまでも監査請求又は住民訴訟の対象となり得るとしておくことが法的安定性を損ない好ましくないとして,監査請求の期間を定めたものであることは前示のとおりである。
しかしながら,当該財務会計上の行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裡にされ,1年を経過してから初めて明らかになった場合等にもその趣旨を貫くことは相当でないことから,法242条2項ただし書は,例外として,当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過した後であっても,普通地方公共団体の住民が監査請求をすることができるとしたものと解される。
そして,当該行為が秘密裡にされた場合,同項ただし書にいう「正当な理由」の有無は,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的に見て当該行為を知ることができたかどうか,また,当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきである(最高裁昭和63年4月22日第2小法廷判決・裁判集民事154号57頁参照)。
(2) 原告らは,財務会計行為が秘密裡にされたことは,同項ただし書の「正当な理由」があるというために必要であるとはいえない旨主張する。
しかしながら,普通地方公共団体の財務会計行為はその内容を逐一住民に周知させて行うものではないことが通常であるにもかかわらず,法242条2項が,住民の知,不知を問わず,監査請求期間を当該行為のあった日又は終わった日から原則として1年としているのは,同項が監査請求期間を制限することによる法的安定性の要請を重視しているためであると解される。
そうすると,同項ただし書の「正当な理由」があるというためには,単に住民が相当な注意力をもって調査したときに当該行為を知り得なかったというだけでは足りず,当該行為が秘密裡にされたことを要するというべきである。もっとも,当該行為が秘密裡にされたというためには,当該行為自体が隠ぺいされている場合のみならず,当該行為の違法性ないし不当性が殊更に隠ぺいされている場合も含まれると解するのが相当である。
(3) 前示第1の当事者間に争いのない事実に,証拠(甲4,16,19ないし28,32,34,36,乙A2ないし6,7の3,10,証人I)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
ア 我が国において医薬品を製造するには,薬事法に基づく厚生大臣(現・厚生労働大臣。以下,単に「厚生大臣」という。)による医薬品の製造の承認を得ることが必要であり,承認を受けていない場合には,当該医薬品を製造することはできないものとされている(薬事法14条1項)。
イ 本件各薬品の主成分である4成分は,いずれも昭和56年に承認されたホパテを対照薬として臨床試験が行われ,その結果厚生大臣による承認を受けた。4成分の承認の時期及び承認された当時の適応(効能・効果)は,別表3のとおりであり,4成分を主成分とする本件各薬品は,別表2のとおりの適応を有するものとして承認されたものである。
ウ 医薬品は,製造が承認された後も原則として6年後に再審査がされ,さらに,中央薬事審議会(現在の薬事・食品衛生審議会。以下「中央薬事審議会」という。)の意見を聴いて厚生大臣が指定をしたものについて再評価が行われることとされている。
エ 本件各薬品の主成分である4成分については,平成10年5月19日,厚生省が再評価を踏まえて製造承認の整理を決めたが,その経緯は次のとおりである。
(ア) 4成分を含む脳循環代謝改善薬は,平成5年7月,中央薬事審議会の了承を得て,まず,脳動脈硬化症の適応を見直し,次に,脳梗塞後遺症及び脳出血後遺症の適応を見直すこととされた。
(イ) 厚生省は,同年11月1日付けで,4成分をはじめとする脳動脈硬化症の適応を有するとして承認されていた成分を再評価を受けるべきものと指定し,再評価を受けるべき者が提出すべき資料の提出期限を平成6年3月1日と定めて告示した。
(ウ) 医薬品再審査再評価特別部会は,平成7年2月6日,(イ)により提出された資料についての担当調査会の検討結果を踏まえて審議した結果,臨床現場に与える影響が極めて大きく,更なる医学的妥当性についての検討を要するとして4成分の適応から脳動脈硬化症を削除するには至らなかった。
(エ) 担当調査会は,一部の臨床現場においては脳動脈硬化症という疾患名を使用しているが,他の多くの紛らわしい疾患を除外し得ないものであり,医学用語としては不適切であるとの指摘があること,CTやMRIの進歩により,脳動脈硬化症とされたもののうちかなりの例において,梗塞巣を有していることが判明したことから,脳動脈硬化症を適応とすることは不適切である旨報告した。
(オ) その後,平成8年2月15日の医薬品再審査再評価特別部会における審議を経て,同年3月7日,脳動脈硬化症についての適応を削除する旨の決定がされ,同日付けで4成分を含む27の成分について脳動脈硬化症の効能が削除された。
(カ) 厚生省は,平成8年4月19日付けで,脳梗塞・脳出血の後遺症の適応を有するとされ,かつホパテを対照薬として臨床試験を実施し承認された4成分及びニセルゴリンを再評価を受けるべき医薬品として指定(以下「平成8年4月19日付け再評価指定」という。)し,再評価を受けるべき者が提出すべき資料の提出期限を平成10年4月20日と定めて告示した(平成8年4月19日厚生省告示第126号)。
(キ) 第2調査会は,平成10年5月15日,平成8年4月19日付け再評価指定を受けた成分のうち,ニセルゴリン以外のものについて,有効性につき,上記再評価指定に基づき提出された臨床試験(以下「今回の臨床試験」という。)の成績からは,承認されている効能,効果に対する現時点での有効性は証明されていないと判断し,有効性についてはカテゴリー3(有効性が認められないもの)と判定する,また,安全性については,今回の臨床試験の成績からは,再審査時の結論を変更する必要はないと判断し,カテゴリー1(安全対策上特段の措置の必要のないもの)と判定するとして,総合評価としては,現時点での医療上の有用性は認められないと判断し,カテゴリー3と判定する旨,中央薬事審議会医薬品再審査再評価部会特別部会に報告した。
(ク) 中央薬事審議会医薬品再審査再評価部会特別部会は,第2調査会からの(キ)の報告を了承し,次の(a)ないし(c)のとおり同審議会常任部会に上程した。
(a) 比較臨床試験成績の評価
4成分についての今回の臨床試験の成績からは,脳梗塞,脳出血による後遺症(意欲・自発性の低下,抑うつ気分等の情緒障害)に対して,4成分が入った試験薬群では全般改善度として20パーセント台半ばから30パーセント台半ばの改善が見られたものの,薬理効果のないプラセボ群の改善度との間には統計的に有意な差はなかった。
薬理効果を厳密に比較評価するためには,併用療法など薬理効果に影響を及ぼす要因を厳密に規定し,均一な内容で比較試験を行うとともに,治験担当者の評価のばらつきをできる限り避けるため,1施設当たり相当数の被験者数の確保と迅速な試験実施が必要である。
今回の臨床試験では,さまざまな日常の治療に実薬又はプラセボをそれぞれ上乗せした二重盲検比較試験が実施され,また,1施設当たりの被験者数が少なく,試験実施期間が長いなど,薬理効果を厳密に比較評価する上では十分といえない面があるが,医療上の有用性の有無について確認することは可能と判断した。
(b) 今回の臨床試験の成績と承認時の成績との比較
今回の臨床試験の成績をもって,4成分の薬理効果は否定されるものではないが,医療環境の改善,すなわち①脳梗塞等において,CT,MRIの普及による早期診断,外科療法の進歩,救命救急医療の整備等による早期治療が可能になるとともに,治療効果が全般的に改善したこと,②抗血小板薬,血管拡張薬の併用等の基礎治療の充実,③リハビリテーションの内容の向上や介護,看護等の療養環境の改善などから,これらの薬剤の医療上の有用性は承認当時に比較すると低下したものと考えられる。
今回の臨床試験成績には,上記①ないし③のような医療環境の改善等の影響があったと推測される。
なお,これらの薬剤の中には別の適応や用法・用量等を設定し,海外では臨床試験が行われているものもあり,また今回の臨床試験の分析結果も参考として,適応や用法・用量等を変えることにより,医療上の有用性が示される可能性は残されている。ただし,そのためには新たな臨床試験をもって立証する必要がある。
(c) 結論
今回の臨床試験をもって,4成分の薬理効果が否定されるものではないが,現在の医療環境の中で,これらの薬剤の慢性期の脳血管障害治療における医療上の有用性は承認当時に比較すると低下したものと考えられ,現時点における医療上の有用性は確認できなかった。
(ケ) 中央薬事審議会常任部会は,平成10年5月19日,(ク)の報告を受けて,厚生省に対し,4成分の医療上の有用性が確認されないとの再評価の答申をした。これを受けて,厚生省は,同日,平成8年4月19日付け再評価指定の結果に基づく4成分に係る措置について,要旨①及び②のとおり通知した。
① 関係製薬会社に対して
本件各薬品について,薬事法に基づく製造承認の整理と医薬品の製造・販売の中止,医療機関・薬局から2週間以内に回収するよう指示する。
② 医療機関,薬局に対して
平成10年5月19日付けで,本件各薬品の医療保険での使用を差し控えるよう依頼する。
同月25日に本件各薬品を薬価基準から削除する予定であり,同日以降の診療・調剤での当該薬品の保険給付は受けられなくなる。ただし,平成10年5月24日までの当該薬品の保険給付分については診療(調剤)報酬の請求をすることができる。
オ(ア) I医師は,平成元年3月及び平成2年9月に,ホパテを対照薬とした臨床試験の結果,製造承認がされた本件各薬品について,臨床試験の方法及び結果の評価方法に疑問がある旨の報告(甲24,25)を発表した。報告の要旨は,それぞれ次の(a)及び(b)のとおりである。
(a) 本件各薬品の対照薬とされたホパテの臨床試験に当たっては,自発性低下,問題行動,情緒障害,言語障害,知的精神機能障害,自覚症状,神経症状,日常生活動作障害等の主要項目について改善,悪化の程度を検討し,これらを総合して全般改善度を評定するという手法がとられた。各主要項目はさらに5ないし10項の小項目に分けられ,それぞれ著明改善,中等度改善,軽度改善,不変,悪化に区別して評価された。
しかしながら,これらの評価項目は主観に基づくものであって評価尺度が曖昧であるから,施設及び医師の判断が一致しない可能性があり,データの信用性は疑わしい。また,各主要項目の小項目についての評価から,主要項目に関する総合結果を導き出した論理過程,すなわち,各小項目の相関性,独立性及び判断の際の比重等の評価方法が明らかにされていない上,主要項目の評価から全般改善度を導き出した論理過程についても同様の問題があった。
さらに,それまでの抗痴呆薬(脳循環代謝改善薬)の治験データと比較すると,プラセボ投与群の改善度が際立って低く,背景因子の中で重大な要素を見落としたか,対象患者の年齢層等に偏りがあった可能性を否定できない。
以上のように,ホパテ自体の有効性及び安全性についての評価が確立していないにもかかわらず,これを対照薬として新たな抗痴呆薬が承認されたことには問題がある。
(b) 1970年代から1990年までに発表された脳循環脳代謝改善薬に関する多施設協同二重盲検比較対照試験の論文を比較検討すると,次のような問題点がある(甲25)。
① 試験に参加した施設総数と対象として取り扱った患者数を,論文の発表年代別に比較すると,参加施設数は最近のものほど多くなり,大規模化し,対象患者も平均値では増加している。初期の報告ほど対象患者数が極端に少ないものがあるなど,各治験ごとのばらつきが多かったが,新しいものでは著しいばらつきはない。
② 対象患者の選択については,脳出血,脳梗塞などの脳血管障害患者で発症後1か月以内の例は除外するという条件は充たしているが,本来対象とすべきでない脳動脈硬化症,脳炎,中毒例,診断不明例,及び発症時期が特定できない例を含む論文がある。
③ 評価基準の設定は,ほぼすべての論文で共通しており,自他覚症状,精神・神経所見,日常生活動作等に関する40から60項目以上の評価項目が,著明改善,改善,軽度改善,不変,悪化の5段階評価で表示されている。しかしながら,項目の選定が恣意的であり,評価基準の設定が曖昧で評価者の主観に頼る部分が多い上,主要項目と副次項目の差,各項目の独立性,相関性について検討,総合評価を行うに際してどのような重み付けを行ったかが不明である。また,施設間及び医師間における評価の一致性についての検討が行われていない。
④ 統計的解析については,ほぼ全論文が各種検定法を併用しているが,併用の理由,検定法によって異なる結果を得た場合の判断等について明記している論文はなく,検定の結果も有意差の出た項目を列挙するだけで,その臨床的意味について納得できる議論を展開している論文は少ない。層別解析の中には,有意差があれば臨床的には無意味と思われる内容であってもポジティブな成績として取り上げている論文が多く,また,背景因子の検討はどの論文でも省略されている。
さらに,標準薬と試験薬との比較で有意差が得られなかったことを理由に標準薬と同等の有効性が証明されたと主張する論文も多い。
⑤ 現在,脳循環脳代謝改善薬の中で確実に有効性が証明された薬は存在しないのであるから,既存の薬だけを対照とした臨床試験の方法には疑問がある。
(イ) J,K,Lは,平成7年11月,「脳循環・代謝改善薬の臨床評価に関する問題点-文献的考察-」と題して,次のような報告(甲27)をした。
脳循環代謝改善薬の二重盲検比較試験による46論文は全て主観的な全般改善度という評価方法により臨床評価されていた。仮に,主観的尺度である全般改善度を認めたとしても,プラセボを対照とした18論文中6論文では全般改善度に有意差が認められず,効果は証明されていなかった。残りの12論文も個別評価項目は全般改善度による評価結果を支持していなかった。「標準薬」を対照とした28論文中21論文で有意差がなく,同等性の証明もなかった。残りの7論文も個別評価項目は全般改善度の評価結果を支持していなかった。以上より脳循環代謝改善薬の効果は,全く証明されていないことが明らかになった。
(ウ) M,Nは,同年同月,「脳循環・代謝改善薬の治験における『改善度』を用いた評価の問題点-信頼性の欠如に関する文献的検討-」と題して,次のような報告(甲28)をした。
同一の薬剤を用いた治験間で,見当識や記憶力障害,自発性低下などの定量化しにくい観察項目についての結果が全く一致していない。これは,験者間での評価を標準化するための厳密なプロトコール(治験実施計画)が定められていないことを窺わせる。また,検討した諸治験は極めて多くの観察項目を指標としているが,検定にかけられている例数は全くまちまちであり,対象疾患において何が重要な観察項目であるのか厳密な検討を怠っていると言わざるを得ない。治験対象者の半数にも満たない集団間で有意差が認められたからといって,直ちにそれが対象集団全体の変化を捉えているとは全く言えない。このような無理な推論のもとに薬剤の効果を判定しているため,治験間で大幅な乖離が生じたものと考えられる。以上のデータは,脳循環代謝改善薬で使われている各項目「改善度」には全く信頼性がないことを示している。
カ 厚生省薬務局は,昭和62年10月31日,脳循環代謝改善薬の臨床評価ガイドライン(薬審1第22号。以下「昭和62年ガイドライン」という。)を公表し,その後,臨床試験を実施する新薬について適用されることとなった。4成分の臨床試験は,昭和62年ガイドラインが適用される以前に実施されたものであり,当時,脳循環代謝改善薬の臨床評価方法に関しては,一般的な指針が存在しなかったが,おおむね昭和62年ガイドラインの定める指針に沿ったものであった(この点の詳細は,後記第3の3(3)イ(ウ)のとおりである。)。
キ(ア) 仙台市は,平成7年度から平成9年度にわたり(平成7年4月1日から平成10年3月31日まで),被告会社らとの間で,仙台市立病院における治療に使用する目的で,別表1のとおり,本件各売買契約を締結した。
仙台市立病院は,地方公営企業法及び仙台市病院事業の設置等に関する条例に基づいて設置された地方公営企業であり,仙台市病院事業管理者は,同病院に関する契約の締結及び出納その他の会計事務等の業務を執行し,それらの業務の執行に関して同病院を代表する者である。
(イ) 仙台市立病院における使用医薬品購入の手続は,下記(a)及び(b)のとおりであり,本件各売買契約もこの手続に従って締結された。
(a) 仙台市立病院における使用医薬品の採用,継続及び削除に関する意思決定は,院長の指名する委員長と,医師10名,薬剤長,薬剤師2名等合計15名の委員で組織される仙台市立病院薬品委員会において審議,決定される。
(b) 仙台市病院事業管理者は,同病院薬品委員会において使用を決定した医薬品の購入を随意契約によって行う。この随意契約の相手方は,同病院契約規程に基づき,契約条項その他見積りに必要な事項を示して2人以上の者から見積りを徴した上で決定する。
ク 原告らは,平成10年5月19日,本件各薬品について,厚生省が製造販売の中止,医療機関・薬局からの回収の指示を出した旨のマスコミ報道に接した。
原告らは,その後,仙台市情報公開条例に基づいて仙台市立病院の医薬品の購入データを入手した上,データの検討作業を行い,平成10年7月31日,仙台市監査委員に対して本件監査請求を行った。
(4)ア 前示(3)キの事実によれば,本件各売買契約は,仙台市及び仙台市立病院の所定の手続に従って公然と行われてきたものと認められる。
イ 原告らは,本件各薬品について,製造承認の当初より有効性がなく瑕疵があった旨主張するところ,仮に,本件各売買契約について,目的物に有効性がないという契約の違法性を判断する上で重要な事実が隠ぺいされていたのであれば,本件各売買契約の締結自体が隠ぺいされた場合と同様に,財務会計上の行為が秘密裡にされたということができる。
ウ よって判断するに,
(ア) 本件各薬品の製造承認がされた際の臨床試験の在り方については,その後,専門家の間でも疑義が呈されてきたことは前示(3)オで認定したとおりである。もっとも,4成分の臨床試験が行われた当時は,臨床評価の方法について一般的な指針はなかったのであり,4成分の臨床試験は,その後まもなくして定められた昭和62年ガイドラインにもおおむね沿ったものであったことは前示のとおりである。
(イ) 4成分は,平成10年5月19日,再評価の結果に基づき製造承認の整理と製造・販売の中止の措置が採られたが,医薬品の再評価の制度は承認後の医学,薬学等の進歩により当初承認された有効性,安全性について見直しを行うことを目的とするものであるから,再評価によって製造承認の整理がされたからといって,直ちに製造承認の基礎となった臨床試験を誤りとするものではない。
エ そうすると,4成分を含む本件各薬品について,その製造承認の過程において何らかの隠ぺいがあったということはできず,また,被告会社らにおいて,本件各薬品に当初より有効性がないと知りながら,それを秘匿したままで,真実に反してその有効性を宣伝した事実を認めるに足りる証拠もない。
オ 以上によれば,本件において,本件各薬品の有効性につき隠ぺいされていたと評価することはできない。
(5) したがって,本件各売買契約のうち,平成9年7月30日以前に締結された部分について,監査請求期間の徒過に関する正当な理由があると認めることはできない。
3 本件各売買契約のうち平成9年7月31日以降に締結された部分に関する監査請求の適法性について
(1) 住民訴訟における形成権の代位行使の適法性について
被告らは,法242条の2第1項4号後段に基づき,形成権たる契約解除権を代位行使することはできないから,原告らの解除権の代位行使の主張は法律的な根拠を欠く不適法な主張であり,これを前提として原状回復を求める本件訴えは不適法なものとして却下されるべきである旨主張する。
しかしながら,仮に,住民が法242条の2第1項4号後段に基づく普通地方公共団体の有する形成権の代位行使をすることができないのであれば,本案において,原告らの主張する原状回復請求権の存在を認めることができないことになるにすぎないのであって,原告らの原状回復を求める訴え自体が不適法になるわけではない。
してみれば,被告らの主張は採用できない。
(2) 住民訴訟において錯誤無効を主張することの適法性について
被告らは,原告らが仙台市に代位して要素の錯誤を主張することは許されないとして,原告らの錯誤無効の主張は法律的な根拠を欠く不適法な主張であり,これを前提として不当利得返還を求める本件訴えは不適法である旨主張する。
しかしながら,仮に,住民が仙台市の要素の錯誤による意思表示の無効を主張することができないのであれば,本案において,原告らの主張する不当利得返還請求権の存在を認めることができないことになるにすぎない。
したがって,原告らの不当利得を求める訴えが不適法であると認めることはできない。
(3) 本件における不当利得返還請求権は法242条1項の「財産」に該当しないとの主張について
ア 被告らは,本件において,不当利得返還請求権の対象とされている別表1の各医薬品の購入代金が仙台市民の負担に係る公租公課によって形成されたものではないから,原告らが仙台市に代位して行うと主張する不当利得返還請求権は「財産」(法242条1項)に該当しないので,原告らの不当利得返還請求権の主張は不適法である旨主張する。
イ しかしながら,金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は,債権として地方自治法における「財産」に当たるものと規定されている(法237条1項,240条1項)から,普通地方公共団体の有する不当利得返還請求権は,当該普通地方公共団体の住民の負担に係る公租公課等によって形成されたものであると否とを問わず,法242条1項後段所定の「財産」として住民訴訟の対照となると解される(最高裁平成10年11月12日第1小法廷判決・民集52巻8号1705頁参照)。
したがって,本件各売買契約が無効であることに基づく不当利得返還請求権は,法242条1項の「財産」として,住民訴訟の対象になるというべきであって,被告らの主張は採用し難い。
4 以上の次第であるから,原告らの本訴請求のうち,平成9年7月30日以前にされた本件各売買契約に関わる部分については,適法な監査請求を経ていないので不適法である。
他方,本件訴えは,本件各売買契約のうち平成9年7月31日以降に締結された部分に関する限り,適法というべきである。
第3本案の判断
本件訴え中,前示適法な部分に関して,本案につき判断する。
1 請求原因(1)及び(2)の事実は当事者間に争いがない。
2 請求原因(3)について
(1) 同ア(ア)の事実は当事者間に争いがない。
(2) 本件各薬品の再評価の経緯は,前示第2の2(3)エのとおりである。
3 請求原因(4)(錯誤無効による不当利得返還請求権の存在)について
(1) 原告らは,本件各売買契約締結の当時,本件各薬品には医療上の有効性がなかったにもかかわらず,仙台市立病院の薬品購入担当者はこれがあるものと誤信して本件各売買契約を締結したので,本件各売買契約は,法律行為の要素に錯誤がある旨主張する。
(2) 前示第2の2(3)オの事実及び証拠(甲19ないし29,32,証人I)によれば,次の事実が認められる。
ア 4成分の臨床試験に当たって対照薬とされたホパテについては,その臨床試験における評価方法に問題があるとの指摘がされており,4成分の再評価の時点で事後的に評価すると,製造承認の当初よりその有効性には疑問の余地があった。
イ 4成分の有効性については,そもそもアのとおり,対照薬とされたホパテの有効性に疑問の余地がある上,4成分について実施された臨床試験が,いずれもホパテと同様の論理過程に基づいて分析されているので,ホパテの臨床試験の評価方法と同様の疑問が生じ得る。
ウ さらに,イデベノン,塩酸ビフェメラン,プロペントフィリンの3成分に関しては,ホパテと同等ないしそれ以上の有効性があったとされるが,同等性の立証方法に疑問があり得る。すなわち,プラセボと比較すると有意差がなく有効性が立証されないものが,ホパテと対照させることによって,有効とされた可能性を否定できない。
塩酸インデロキサジンについては,ホパテよりも有意に優れている旨の結果となっているが,ア,イと同様,そのような結果を導いた臨床試験の評価方法に疑問の余地がある。
エ 厚生省医薬安全局審査管理課長の平成10年11月30日付け「『臨床試験のための統計的原則』について」と題する通知(甲29)によれば,被験薬と実対照薬に差がないという帰無仮説の検定結果が有意でないことから,同等性又は非劣性が示されたとすることは不適切であるとされるが,これはウで述べた趣旨であって,4成分について,臨床試験の評価の適切さに疑いを持たせるものである。
オ 中央薬事審議会は,平成10年5月15日,今回の臨床試験をもって,4成分の薬理効果が否定されるものではないが,現在の医療環境の中で,これらの薬剤の慢性期の脳血管障害治療における医療上の有用性は承認当時に比較すると低下したものと考えられ,現時点における医療上の有用性は承認できなかった旨報告した。
これを受けて,厚生省は,同月19日付けで関係製薬会社に対し,本件各薬品について,薬事法に基づく製造承認の整理と製造販売の中止(以下「承認の整理等」という。)を指示した。
カ 以上の事実を総合考慮すれば,本件各薬品は,再評価の時点で事後的に評価すると,製造承認の当初より有効性があるか疑問の余地があったといわざるを得ない。
(3) そこで,本件各売買契約に当たって,仙台市立病院の薬品購入担当者に要素の錯誤があったといえるかについて判断する。
ア 医薬品購入者の効果意思について
(ア) 医薬品は,製薬会社が研究開発して製造し,これが販売されて,疾病の診断,治療又は予防に使用されることが目的とされるものである(薬事法2条1項参照)。したがって,診療機関が医薬品販売業者からこれを購入する場合は,当該医薬品がその目的にかなうものであることを前提とすることは当然である。
(イ) ところで,医薬品は,国民の保険衛生上重要なものであるため,薬事法は,その品質,有効性及び安全性を確保することを目的として,これに関する事項を規制している(同法1条)。
すなわち,同法によれば,医薬品は,自由に製造することができず,厚生大臣の製造承認を得なければならないとされている(前示第2の2(3)アのとおり)。具体的には,医薬品を製造しようとする者は,所定の臨床試験の試験成績に関する資料等を添付して製造承認の申請をすることとされ(同法14条3項),上記承認は,申請に係る医薬品の名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用等を審査して行われ,当該医薬品がその申請に係る効能,効果又は性能を有すると認められないときや,その申請に係る効能,効果又は性能に比して著しく有害な作用を有することにより,医薬品として使用価値がないと認められるときは,その承認は与えられない(同法14条2項)。
そして,平成11年法律第160号による改正後の同法14条6項では,申請に係る医薬品が,既に製造又は輸入の承認を与えられている医薬品と有効成分,分量,用法,用量,効能,効果等が明らかに異なるときは,承認について,あらかじめ薬事・食品衛生審議会の意見を聴かなければならないとされているが,同改正前も,同法3条により,これらの事項は,薬事に関する重要事項として,中央薬事審議会に付議されていた(弁論の全趣旨)。
さらに,医薬品の製造の承認を受けている者は,厚生大臣が中央薬事審議会の意見を聴いて医薬品の範囲を指定して再評価を受けるべき旨を公示したときは,その指定に係る医薬品について厚生大臣の再評価を受けなければならず(平成6年法律第50号による改正後の同法14条の5第1項),この再評価は,再評価を行う際に得られている知見に基づき,指定に係る医薬品がその申請に係る効能,効果又は性能を有すると認められないときや,その申請に係る効能,効果又は性能に比して著しく有害な作用を有することにより,医薬品として使用価値がない場合等に該当しないことを確認することにより行うものとされる(同改正後の同法14条の5第2項)。再評価は,これを受けるべき者が提出する所定の資料に基づき行われる(同改正後の同法14条の5第3項)。
(ウ) 再評価の実態
(a) 前示認定事実に,証拠(甲25,36,乙A7の1ないし3,10,16,17)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
① 厚生省が発表した昭和62年ガイドラインによれば,臨床試験の段階は,非臨床試験を経て治験薬をはじめて人間に適用し,安全な投与量を検討することを主要な目的とする第Ⅰ相試験,第Ⅰ相試験により安全性が確認された治験薬について,安全性,適応疾患の選択及びこれに対する有効性を確認し,用法及び用量等について検討することを目的とする第Ⅱ相試験,第Ⅱ相試験により明確にされた適応疾患,用法,用量等に基づき,発症時期等により3類型に分けて,それぞれの類型に関する治験薬の有用性をより客観的に評価することを目的とする第Ⅲ相試験,承認後再審査又は再評価などのために,市販後に行われる臨床試験である第Ⅳ相試験の4段階に分類される。
② 研究開発段階においては非臨床試験から上記第Ⅰ相から第Ⅲ相までの臨床試験が実施され,有効性及び安全性について可能な限りの評価が行われるが,市販され,不特定多数の症例に対する一般的な使用が開始されると,患者の数,病態,治療内容など種々の要因が多様化するため,承認時までにはみられなかった新たな副作用又は有益な作用が発見されることが少なくない。
③ 昭和42年10月より前に承認された成分を対象とした第1次再評価,昭和42年10月から昭和55年3月までに承認された成分を対象とした第2次再評価,その他すべての成分を対象とした新再評価の結果を総合すると,再評価時の評価において,有効性なし(カテゴリー3)とされる医薬品(単味剤)が2から5パーセント程度,承認当時の効能はないが,別の効能があるとされるもの(カテゴリー2)が37ないし87パーセントに上っている。
(b) このように,再評価時において,有効性なしと評価される医薬品と,承認当時の効能はないが,別の効能があると評価されるものを合計すると相当数に及ぶが,前示のように限られた数の症例から得られた結果に基づいて評価が行われるという医薬品の製造承認の特殊性に照らすと,このようなことは医薬品の製造承認の制度上避けられない現象というべきである。
(c) 薬事法が,既に承認された医薬品について,一定期間経過後に,その時点の医学・薬学の学問水準から有効性及び安全性を見直すために,医薬品再評価という制度を設けた主たる理由の一は,まさにそのような事態が起こり得ることにある。
また,医薬品については,一たび製造承認がされたとしても,その後の医学・薬学的発見,その後の臨床報告例や承認当時の臨床試験論文に関する分析及び検討などの積み重ねによって,その有効性や安全性についての医学・薬学的評価が変化することは避けられない。
以上の点を併せ考えると,いったん承認された医薬品が,その後の再評価の段階で別の評価を受けることが起こり得ることは制度上不可避な事態というべきである。
(d) したがって,医薬品を購入する医療機関及び薬局側も,ある時点で医学・薬学的評価基準において有効とされ,製造承認を受けていた医薬品がその後の再評価時点において,別の評価を受けることも当然予想することができるし,予想すべきことというべきである。
(エ) 以上の事実に照らすと,医薬品の購入者が,医薬品がその目的にかなうものであることを前提とするという場合の合理的意思としては,当該売買契約の時点において適応として掲げられた医療上の有効性及び安全性を有するとされている医薬品を販売し,購入するというものであると解すべきである。
この場合,医薬品の性質や再評価の実態に徴すると,医薬品の有効性は,医療環境の変化,医学・薬学知識の進歩,評価方法の改善等により変化するものであるから,取引の安定性を考慮すると,前段にいう医薬品の有効性の判断は,当該時点における医学・薬学的評価基準に照らして行うのが相当である。
(オ) しかして,前示(イ)の薬事法による医薬品に関する規制の目的,その製造の規制内容,規制の方法等に徴すると,厚生大臣による医薬品の製造の承認があれば,通常は,医薬品の有効性及び安全性が実質的に確保されるものとみるべきであるから,ある医薬品について,一定の効能についての有効性及び安全性を有するとして,厚生大臣による製造の承認がされていることは,特段の事情がない限り,当該時点における医学・薬学的評価基準に照らして有効性を有し,かつ安全性を有することを推認させるものというべきである。
そうとすれば,医薬品の購入者がその当時の医学・薬学的評価基準に照らして有効性及び安全性のある医薬品を買い受けることの意味は,以下の留保を付した上で,その時点で当該適応を有するものとして厚生大臣による製造の承認を受けている医薬品を買い受けることと解するのが相当である。
(カ) これに対して,当該医薬品を製造する製薬会社が,製造の承認申請のための臨床試験の過程において,有効性及び安全性を根拠付ける事実が認められなかったにもかかわらず,臨床試験の結果及びそれに基づく評価を偽造していたような場合には,その医薬品は,医薬品の購入者の上記の効果意思に合致する商品とはいえない。この場合には,厚生大臣による製造の承認がされている医薬品であっても,有効性及び安全性を有するものと推認すべき基礎を欠くからである。
(キ) また,製造の承認の後に安全性に重大な疑問を生じさせるような臨床報告例があった場合には,安全性に関する推認を覆すべき特段の事情があることになるから,その医薬品も,医薬品の購入者の上記の効果意思に合致する商品ということはできない。
他方,前示(ウ)のような再評価の実態に徴すると,いったん製造承認がされた後に,再評価の手続により製造承認の整理等が行われた場合には,その時点以降は,前記の推定が排除されるというべきであるけれども,そのことから直ちに,それ以前に行われた売買契約の時点においても,有効性及び安全性に関する上記推認を覆し,当該医薬品が,その時点の医学・薬学的評価基準に照らして,医療上の有効性を有したこと,ひいてはその医薬品が,医薬品の購入者の上記の効果意思に合致する商品であったことを否定することはできず,これを否定するためには,改めて上記時点において当該医薬品が有効性や安全性を有しなかったとすべき特段の事情が存在する必要があるというべきである。
イ 仙台市の薬品購入担当者の錯誤の有無
(ア) アによれば,仙台市の薬品購入担当者は,本件各薬品に当時の医学・薬学的評価基準に照らして,医療上の有効性があることを前提として,被告会社らとの間で本件各売買契約を締結したと認められるから,本件各売買契約において,本件各薬品に,当時の医学・薬学的評価基準に照らして,医療上の有効性があることは法律行為の要素となっているというべきである。
(イ) しかして,本件各薬品が本件各売買契約当時,厚生大臣の承認を受けて製造されたものであることは前示のとおりであるから,特段の事情がないかぎり,仙台市の薬品購入担当者の効果意思に合致するものであったというべきである。
(ウ) そこで,上記特段の事情の有無につき判断するに,前示ア(ウ)(a)の事実に,証拠(甲11,19ないし28,32,乙A2,10,11,16ないし18,証人I)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(a) 本件各薬品の承認当時,脳血管障害に対する脳循環代謝改善薬の臨床評価方法に関しては,一般的な指針が存在しなかった。
(b) その後,厚生省は,昭和62年ガイドラインを発表した。これによれば,脳血管障害に対する脳循環代謝改善薬については,第Ⅲ相試験は,第Ⅱ相試験により明確にされた適応疾患,用法,用量等に基づき,急性期(発症後1週間以内のもの。ただし,発症後1週間から1か月以内のものは急性期に準じて扱うとされる。)脳血管障害,慢性期(発症後1か月以上経過したもの。)脳血管障害及び脳血管障害の再発作抑制効果の3類型に分けて,それぞれの類型に関する治験薬の有用性をより客観的に評価することを目的として行われるものとされている。
(c) 本件各薬品は,前示のとおり,別表2の適応を有するとされており,慢性期の脳血管障害を対象とするものであるところ,昭和62年ガイドラインにおける慢性期の脳血管障害に関する第Ⅲ相試験の薬剤投与方法及び評価方法は,要旨次の①ないし③のとおりとされている。
① 第Ⅲ相試験は,治験薬投与群と適当な対照薬又はプラセボ投与群との無作為割り付けによる二重盲検比較試験として,次のⅰないしⅲの方法で実施する。
ⅰ 対照とする薬剤は,我が国で現在承認されており,臨床的評価が確立していると考えられる市販の薬剤であって,なるべく化学式の類似性,薬理学的類似性及び臨床的適応の類似性があるものを選ぶことが望ましい。
適切な標準薬が選択できない場合は,プラセボを対照薬にすることが必要である。プラセボを用いるときは,同時にしかるべき基礎治療手段を取った上で治験薬とプラセボとの比較試験を行うことが望ましい。
ⅱ 治験薬及び対照薬の割り付けは,コントローラーが無作為に行い,各薬剤に割り付け番号を付し,その対照記録は原則としてコントローラーが試験終了まで封印保管する。
ⅲ 試験開始から終了までの投薬状態をできるだけ正確に把握する。試験終了後薬剤が残っている場合は,治験担当医師が回収し,薬剤割り付け照合記録の開封まで治験担当医師が保管する。また,試験終了前に投薬を中止した場合には,その理由を確認し,残りの薬剤を回収し,治験担当医師が保管する。
② 治験薬及び対照薬の効果を判定するために,試験開始前及び試験開始後一定の観察期間をおいて,以下のⅰないしⅲの項目について観察する。
ⅰ 臨床所見
臨床症状の観察項目は,治験薬の薬理学的特性を考慮し,第Ⅱ相試験の成績を基準にして選定するが,原則として,一般身体所見,自覚症状,精神症候,神経症候,日常生活動作を含むものとする。
ⅱ 臨床検査
臓器障害の指標となる一般臨床検査は原則として必ず追跡検査する。
頭部CTは反復検査の必要はないが,原則として病型確認のため,試験開始前に撮影する。
その他,第Ⅱ相試験の成績から追跡が必要と判断される検査項目は必須のものとし,治験薬の科学的,薬理学的特性によって必要と判断される検査項目についての検査を実施する。
ⅲ 副作用
試験開始前になかった症状及び異常臨床検査所見が,試験開始後新しく出現した場合は,原則としてすべて副作用として取り扱い,その種類,程度,処置,経過を観察,記録するとともに薬剤投与との関係を判定する。
③ 治験薬及び対照薬の効果判定に当たっては,以下のⅰないしⅴの事項に基づき試験開始前の状態と比較して,各症例ごとに各観察期間の改善度を判定するとともに,副作用,臨床検査所見より安全度を判定し,更にそれらを総合して有用度の評価を行う。判定は原則として主治医が行う。
ⅰ 自覚症状,精神症候,神経症候及び日常生活動作の各項目について5ないし7段階に改善度を分けて評価し,更に全体を総合して全般改善度を判定する。
ⅱ 副作用発現の有無,程度や臨床検査所見から使用薬剤の安全度を判定する。
ⅲ 全般改善度と安全度の両者を考慮し,使用薬剤の有用度を判定する。
ⅳ 治験薬と対照薬の割り付けを公表する以前に,数人の専門家で構成する委員会において症例の固定(試験規約違反例や途中中止例,判定に問題のある例などの統一的な取扱いを決める)を行う。
ⅴ ⅰないしⅳの評価が全症例について行われた後,薬剤割り付け照合記録を開封し,対象患者を治験薬群と対照薬群とに分け,両群の背景因子,改善度,安全度,有用度などについて推計的な群間比較を行う。
(d) 本件各薬品の主成分たる4成分についての臨床試験においては,ホパテが対照薬とされたが,ホパテは,平成元年2月に副作用を理由として劇薬に指定されるまで,我が国において,脳循環代謝改善薬として市販され,圧倒的なシェアを占めていた。中央薬事審議会も,4成分の臨床試験の対照薬としてホパテを使用することを認めていた。また,本件各薬品の主成分たる4成分の臨床試験は,昭和62年ガイドラインにおおむね沿った評価方法によって実施された。
(エ) (ウ)によれば,4成分の製造承認のための臨床試験における評価は,昭和62年ガイドラインにおおむね沿った方法によって行われたものである。
平成2年9月及び平成7年11月に発表された各報告において,脳循環代謝改善薬に関する臨床試験の評価方法について疑問が示され,ホパテを対照薬とした脳循環代謝改善薬には有効性がない旨指摘されたことは前示のとおりであるけれども,これは,4成分承認後の臨床試験論文に関する分析及び検討の結果,4成分の臨床試験の実施方法及び結果の評価方法等に不適切な点があったことを指摘したものにすぎない。
これに加えて,中央薬事審議会が,平成10年5月15日,今回の臨床試験の成績をもって4成分の薬理効果は否定されるものではないが,医療環境の改善から,これらの薬剤の医療上の有用性は承認当時に比較すると低下したものと考えられる旨報告している。
以上の点を併せ考えると,本件各薬品について,製薬会社が製造承認のための臨床試験の過程において,有効性及び安全性を根拠付ける事実が認められなかったにもかかわらず,臨床試験の結果やそれに基づく評価を偽造したとは認め難く,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(オ) また,4成分について,製造の承認後に安全性に重大な疑問を生じさせるような臨床報告例があったことを認めるに足りる証拠はない。
(カ) 本件各薬品につき,再評価の手続により承認の整理等が行われたことは前示のとおりであるけれども,そのことから直ちに,本件各薬品につき有効性及び安全性に関する推認を覆し,本件各売買契約の時点において,本件各薬品が,その時点の医学・薬学的評価基準に照らして,医療上の有効性を有したこと,ひいてはこれが,仙台市の薬品購入担当者の効果意思に合致する商品であることを否定すべきものと認めることはできない。
もっとも,本件各薬品は,承認申請の際の臨床試験の方法及びその評価については,その適切性に関して様々な疑問が指摘されており,再評価の時点で事後的に評価すると,製造承認の当初より有効性があるか疑問の余地があったことは前示のとおりであるけれども,4成分の製造承認のための臨床試験における評価は,昭和62年ガイドラインにおおむね沿った方法によって行われたものであり,本件各薬品の承認申請の際の臨床試験の方法及び評価が当時必然的に適応に関する有効性につき誤った判断をもたらしたものと認めるべき証拠はなく,中央薬事審議会も,平成10年5月15日,今回の臨床試験の成績をもって4成分の薬理効果は否定されるものではないが,医療環境の改善から,これらの薬剤の医療上の有用性は承認当時に比較すると低下したものと考えられる旨報告していることに照らすと,上記の点は,未だ本件各売買契約の時点において,本件各薬品が,その時点の医学・薬学的評価基準に照らして,医療上の有効性を有したことに関する推認を覆す特段の事情として十分ということはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(キ) 以上によれば,本件各薬品が本件各売買契約当時,厚生大臣の承認を受けて製造されていたものであるにもかかわらず,これが有効性や安全性を有するものと推認することを妨げるべき特段の事情は認められないから,本件各薬品は,仙台市の薬品購入担当者の効果意思に合致するものであったというべきである。
したがって,本件各売買契約について,仙台市の薬品購入担当者の内心的効果意思と表示に食い違いは生じていないというべきであって,錯誤があったとは認められない。
4 請求原因(5)(原状回復請求権の存在)及び(6)(損害賠償請求権の存在)について
(1) 原告らは,本件各薬品には,本件各売買契約締結の当時「隠レタル瑕疵」が存在したので,仙台市に代位して,被告会社らに対し,本件各売買契約を解除する旨の意思表示をしたから,原状回復請求権として本件各薬品の購入代金相当額の返還請求権を有し,また,瑕疵担保責任に基づき損害賠償請求権を有する旨主張する。
(2) 民法570条所定の「瑕疵」とは,一般にそれが保有すべきことを取引上期待される品質又は性能を欠いている場合をいうと解される。
これを売買契約の目的物が医薬品である場合についてみれば,当該契約時点の医学・薬学的評価基準に照らして,医療上の有効性を有するとされていることが取引上保有すべきと期待される品質又は性能があるこというべきである。
そして,前示3(3)アのとおり,ある医薬品が,ある一定の効能について有効性及び安全性を有するとして,厚生大臣による製造の承認がされていることは,当該時点における医学・薬学的評価基準に照らして,有効性及び安全性を有することを推認させ,当該医薬品を製造する製薬会社が,製造の承認申請のための臨床試験の過程において,有効性及び安全性を根拠付ける事実が認められなかったにもかかわらず,臨床試験の結果及びそれに基づく評価を偽造したり,製造の承認の後に安全性に重大な疑問を生じさせるような臨床報告例があったなどの特段の事情が認められない限り,厚生大臣による製造の承認がされている医薬品は,取引上保有すべきと期待される品質又は性能を有すると解すべきである。
他方,医薬品については一たび製造承認がされたとしても,その後,安全性や有効性に関する医学・薬学的評価が変化することは避けられないという特殊性があるため,承認された医薬品が,その後の再評価の段階で別の評価を受けることもあること,医薬品を購入する医療機関及び薬局側も,製造承認を受けていた医薬品がその後の再評価時点において別の評価を受けることを予想すべきであることは前示3(3)ア(ウ)(d)のとおりであって,いったん製造承認を受けた医薬品が再評価の手続により承認の整理等がされても,これから直ちに上記推認が覆されるものと解することができないことは前示のとおりであるから,これをもって当該医薬品が上記品質,性能を有しなかったということはできないし,売買契約後に承認の整理がされないことが品質性能の内容になっているものと解することもできない。
(3) これを本件についてみるに,本件各薬品は,本件各売買契約の当時,厚生大臣による製造承認を受けていたものであり,本件各薬品につき,再評価の手続により承認の整理等が行われたことは前示のとおりであるけれども,本件各薬品を製造する製薬会社が,製造の承認申請のための臨床試験の過程において,有効性及び安全性を根拠付ける事実が認められなかったにもかかわらず,臨床試験の結果及びそれに基づく評価を偽造したり,製造の承認の後に安全性に重大な疑問を生じさせるような臨床報告例があったなどの事情,その他本件各薬品が,その時点の医学・薬学的評価基準に照らして,医療上の有効性を有したことに関する推認を覆す特段の事情は認められないことは前示のとおりであるから,本件各薬品に「瑕疵」があったと認めることはできない。
(4) してみれば,請求原因(5)及び(6)の瑕疵担保責任の主張は,いずれもその前提を欠くもので,採用できない。
第4結論
以上の次第であるから,原告らの本件訴えのうち,平成9年7月30日以前にされた本件各売買契約に係る売買代金相当額の支払を請求する部分については,適法な監査請求を経ていないので,不適法として却下し,原告らのその余の請求はいずれも理由がないので,棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 信濃孝一 裁判官 岡崎克彦)
裁判官杉田薫は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 信濃孝一
<以下省略>