仙台地方裁判所 平成11年(わ)448号 判決 2002年11月20日
主文
被告人を懲役14年に処する。
未決勾留日数中900日をその刑に算入する。
理由
第1(省略)
第2(犯行に至る経緯)
被告人は,昭和36年,東京都台東区で出生し,中学校卒業後,しばらくの間は食肉関係の会社に勤めたが,その後は食肉解体職人として食肉解体の仕事に従事するようになり,平成6年ころから独立して個人名で食肉解体職人を派遣するようになり,平成9年の終わりころには,A企画の名称で労働者を派遣して食肉解体業を営むようになった。
被告人は,独立して食肉解体業を経営するにあたって資金を必要としていたところ,小学校以来の知り合いであり,以前から懇意にしていたBを通じてBの内縁の妻であったCから資金を借り入れた。その後も,被告人は,高利の金融業を営んでいたBから営業資金などを継続的に借り入れるようになり,また,Bが被告人の知り合いに対して金員を貸し付けた場合には,被告人がその債務の保証人となるなどしていた。その結果,被告人がBから借り入れた債務額は,平成10年7月には,2000万円余りとなり,Bは約1割の利息を徴収していたため,被告人は毎月200万円以上の利息をBに対して支払っていた。そして,他にも被告人が保証人としてBに対して負っている債務が,平成10年7月当時,約1000万円あった。また,Bは,被告人が食肉解体業を営んでいくにあたって後ろ盾的な役割を果たしていた。
本件殺人の被害者であるBは,もともと暴力団構成員でありD一家に所属していたが,E一家との抗争事件に関与したため,D一家を絶縁処分となり,E一家などからの報復を恐れて外出を控え,自宅で過ごす時間が多くなった。そして,ストレスからCとの口論が増えるようになったため,Bは,平成9年11月ころから,被告人の協力により,被告人が仙台において派遣する食肉解体職人の居住用に使われていた仙台市若林区a町b番地所在のマンションFに,職人らと共に住むようになった。その後,Bは,いったん東京に戻りCと一緒に生活していたが,Cと大げんかをしたため,平成10年3月初めころから再度仙台に移り,以後Fで暮らしていた。
被告人は,上記のとおり,Bを通じてCと知り合い,その後は,無尽仲間となり,被告人がBに対する借金を返済するために,Cから金員を借り入れることもあった。そして,被告人は,Cから,Bの女性関係などについて,たびたび不満や悩みを聞かされたり,相談を受けたりするようになった。
また,被告人は,G組長代行補佐であるHと金銭の貸し借りをするなどして親交を深めていき,次第に吉原界隈を取り仕切るなど力のある暴力団幹部であったHを頼りにするようになっていった。やがて,被告人は,Hに対し,被告人がBに多額の利息等の金員を支払っているが,その支払が大変であるなどとBに対する不満を漏らすようになった。
そして,被告人は,上記のように,D一家を絶縁処分となり仙台に移ったBに代わってHを食肉解体業の後ろ盾として利用しようと考えるようになり,毎月一定の金員をHに対して支払うようになった。その一方で,被告人は,Bに対して自己の借金の利息のみならず他人の債務の保証をしている分の利息についても支払わなければならないためその額が相当多額にのぼり,しかも,Bに被告人の経営する食肉解体業の経営状況を知られて更に多額の金員の支払を要求されかねず,さらには,もうけの大きい自己の経営する食肉解体業をBに乗っ取られかねないなどの不安を覚えるようになったことから,Bを殺害することを考えるようになった。そこで,被告人は,Hに対して,Bが高利の金貸しをして多額の債権を有していること,被告人もBに対して多額の債務があり,Bの取立てが厳しく,毎月200万円以上の利息を支払っていること,Bに食肉解体業の利益を奪われかねないこと,Bがいなくなれば被告人が管理している債権が自由になることなどを話すようになり,この話を聞いたHは,Bを殺害すれば,Bの有している債権を取得することができ,被告人からも更に多額の金員を毎月受け取ることができるとの思いから,Bを殺害することを考えるに至り,こうして被告人とHはBの殺害を相互に意識するようになっていった。
Cは,暴力団幹部であった実兄の死後,BがCを軽んじるようになったため,Bに対する不満を持っていたところ,平成10年4月ころ以降,被告人から,仙台におけるBの生活状況,特に,Bの浮気の状況について報告を受けるようになり,Bに対する憎しみを強く持つようになっていった。一方,Hは,Bを殺害するとしても自ら実行するつもりはなく,誰かに依頼することを計画していたが,そのためには報酬の支払に充てる多額の金員が必要になると考えた。そこでHは,Cからその金を出させようともくろみ,被告人からCに関して,しっと深く,Bの浮気の話をするとすぐに興奮するなどと聞かされていたため,被告人に対し,「いろいろBの話してやればいいだろ。もっと空気入れてぱんぱんに膨らませりゃいいだろ。」などと言って,更にCのしっと心をあおるように指示した。
被告人はその後もHの指示どおり,Bの浮気の状況について,Cに報告を続けたため,Cは,仙台に行き直接Bと会って話をしようと考えるようになり,仙台に行く口実としてBから回収する債権があり,その取立てのために仙台に行くと被告人に話したところ,被告人は,Cに対し,債権の回収についてはHに頼むように勧め,Hに対しては,CがBに貸した金の集金に仙台に行くと言い出したと伝えた。さらに,被告人は,Cに対し,Bが仙台で今までになく女に夢中になり,その相手が妊娠したなどと誇張した表現や時には虚偽の事実を織り交ぜながらBの浮気の状況を報告したため,これを聞いたCは,Bを憎む気持ちが頂点に達し,Bを許せないと思うと同時に,ついにはBを殺したいという気持ちすら抱くようになり,被告人に対してバタフライナイフを持って仙台に行くという発言までするに至った。そこで,被告人が,Hに対して,Cが仙台に行くと騒ぎ出した旨伝えたところ,Hから,Cと一度会う機会を設けるように指示があったため,被告人は,Cに対して,集金の件をHに依頼したので一度会ってほしいと言った。Cは,被告人がCの了解を得ることなく勝手にHと話を進めたことを叱りつけたが,被告人からそうしてくれないと収まりがつかないなどとしきりに懇願されたため,結局,CはHと会うことを承諾した。
被告人,H及びCは,平成10年6月20日ころ,東京都墨田区c町d丁目e番f号にあるかに料理店Iに集まった。その席上,HがCに対して,「どういうことですか。Bからの切り取りのことと聞いてますけど。」と切り出すと,Cが「Bったらもともとは私から出た金で仙台で女作って飲み歩いてるんですよ。」と話した。Hは,「おれに任せなよ。仙台に行くとしたら,おれも現役のやくざで看板持ちだし,話によると,今年中で絶縁が解除になって復帰するらしいね。集金なんて生温いことではだめだよ。」などと言い,自らの左手の人差し指で自分の首に横に線を引く格好をして見せながら,「あんな逃げ回っているやつ,殺したって誰がやったかわかんないよ,厳しい取立てもしてるだろうし恨んでるやつだってたくさんいるだろうから殺したって捕まりっこないよ。」と水を向けると,Cが「そんなことできるの。」と尋ねたため,さらにHは,「みんなから恨まれているし,顔を隠してやっちゃえば捕まりっこないよ。仙台に行くとしたら費用がかかるんだよ。準備金として100万円もらうよ。外人使えば安いんだけど足が付くから,外人使うんじゃないから,金かかるよ。いくら出せるの。」などと言った。Cがどれくらいのお金がかかるのかと尋ねると,Hは左手の人差し指を1本立てたので,Cは,「1000万ですね,分かりました。」と答えた。そして,Hは,Cに対し,お金が準備できるようになったら連絡するように求めた。この間,被告人は,終始うつむき加減で座っていたため,Cは,「何で黙ってんの。だれのおかげでこんなになっちゃったのよ。」と被告人を怒鳴りつけた。
すると,被告人は,Hに対し,「Bさんがいなくなれば自分が四,五千万自由になる金があるから,まとめてか月々になるか分からないけど,Hさんに渡せますから。集金歩くときには,いざとなったらHさんお願いします。頼みます。」と言い,Cに対して,「その中から,姉さんに1000万も返せます。」と言った。ここに,被告人,C及びHの間において,B殺害の共謀が成立した。
IにおいてB殺害を相談した数日後,Cは,レストランJにおいて,Hに対し,B殺害の準備金として100万円を渡した。
さらに,被告人,H及びCは,平成10年6月下旬か7月上旬ころ,東京都台東区g町h丁目i番j号所在カラオケKに集まった。CがBと被告人が一緒に写っている写真を取り出したところ,被告人は,被告人が写っている部分を破って灰皿に捨て,Bだけの写真をHに渡した。
CはBの住所,マンション名,車種,車の色,ナンバーなどを記載した紙をHに渡し,Hは被告人から,Bが飲みに行っている場所などについて説明を受けた。被告人がHに対して,「住所が青葉区じゃなくて,確か,Fは若林区ですよ。今住所がはっきりしないんで,うち帰れば分かるから,後でHさん教えますよ。マンションの裏手に駐車場があって,車で出掛けるときは,マンションの裏の駐車場の出入口を使って入ってきますから,その出入口の手前は真っ暗で人が隠れてる,潜んでる場所には最適ですよ。」などと言うと,Hは,「絶好の隠れ場所じゃないか。」などと答えた。さらに,被告人は,「身体持っていかないと部屋に自由に出入りできないんで,借用証取れなくなっちゃいますよ。」などと発言し,Hが被告人に対して,「Bが東京にいるときは前もってお前に連絡入るんだろうから,そのときは必ずおれに連絡するんだぞ。」と言うと,被告人は,「分かってます。」と返事をした。
そして,Cは,Hに対し,B殺害の報酬として,同年7月6日に現金500万円,翌7日に更に現金500万円を渡した。
Hは,自己の属する暴力団の配下の幹部であるLに対し,切り取りのいいもうけ話があるので一緒にやらないかと誘い,その後,Hは,Lに対し,ただ金を取るだけでなく,取れなければ仙台にいられなくしてやったり,焼きを入れて痛めつけるなどしてもいいんだという話をするようになった。
そして,Hは,B殺害を依頼するために,Lと共に仙台に行き,同年7月10日,宿泊先の作並温泉M旅館に,N一家O組組長Oを呼びだした。Hは,Lのいる前で,Oに対して,Bの写真を見せながら,「誰かBをやってくれるやつはいないか,仙台のやくざには腹の据わっている者がいないから。」などと言った。これを聞いたOは,仙台のやくざを馬鹿にされ,プライドを傷つけられたように思うとともに,Hに対する義理もあり,Hがそれなりの報酬も考えているという素振りを見せたため,Bの殺害を引き受けることを承諾した。そこで,Hは,Oに対して,今月中に殺害を実行するように指示し,さらに,連絡をとるときはLを介して行うように指示した。Hは,その場で,Oに対して,当座の準備資金として30万円を渡し,ここに,従前の被告人,C,Hに,L及びOも加わって,この5人の間において,B殺害の共謀が成立した。
その後,Oは,マンションFの下見をしたり,逃走経路の確認をするなど,B殺害の準備を進め,7月21日ころ上京し,Lを介してHから,けん銃の入手代として100万円を受け取った。
一方,Cは,被告人から,7月25日にBが女を連れて東京に隅田川の花火を見に来るという話を聞くや,同日がBとの間の子の誕生日であるのに,自分らを放っておきながら,Bが自分らの近くに遊びに来ることなど絶対許せないと思い,被告人に対し,7月25日より前,すなわちBが東京に来る前に,B殺害を実行するように強く求め,Hに対しても早くB殺害を実行するように言った。
Hは,被告人及びCから7月25日までにB殺害を実行するように言われたため,Lを介して,その旨Oに連絡した。これを受けてOは7月23日か24日にB殺害を実行することを決意し,その旨Lを介してHに連絡したため,Hは,OのB殺害の見届け役としてLを仙台に行かせた。7月23日夜,OとLは,Oの運転する車でFに赴き,車内においてBの帰宅を待ち伏せしていたところ,7月24日午前1時30分過ぎころ,Bが車で帰ってきて,F内の駐車場に入ったため,Oは,Lを車に残したまま,けん銃を携え,Bに先回りしてFの建物内に入り,B殺害の機会をうかがった。
(罪となるべき事実)
被告人は,上記の経過により,H,C,L及びOとの間でB(当時38歳)を殺害する旨の共謀を遂げていたところ,この共謀に基づき,平成10年7月24日午前1時40分ころ,F1階フロア内において,Oが,Bに対し,殺意をもって,その正面至近距離から,所携の自動装てん式けん銃で弾丸1発を発射し,同人の腹部に命中させ,よって,同日午前6時54分ころ,仙台市若林区清水小路3番地の1所在仙台市立病院において,同人を腹部射創による出血により死亡させて殺害した。
(証拠の標目)(省略)
(事実認定の補足説明)
第1本件の争点
弁護人は,判示第2の殺人の事実について,被告人が,C及びHと共にBの殺害を共謀したことはなく,この事実に関して被告人は無罪であると主張し,被告人も同様の主張をするので,この点について検討する(なお,この項目においては,本件公判廷における供述,公判調書中の供述部分,捜査段階の供述調書中の供述部分等を,特に区別することなく,単に「供述」と表記することがあり,平成10年中の事柄については,年の表記を省略することがある。また,判示第2の殺人の事実のみを「本件」ということがある。)。
第2争点判断の枠組み
前記各証拠よれば,少なくともHとCの間においてB殺害の共謀がなされたこと,これを受けてHがL及びOとB殺害の共謀をなしたこと,その結果,Oがけん銃を用いてBを殺害したという事実を認めることができる(このうち,H及びC間におけるB殺害の共謀の事実,H,L及びOの間におけるB殺害の共謀の事実については,被告人及び弁護人も特に争わない。)。一方,被告人がB殺害の実行行為自体には関与していないこと,被告人とB殺害の実行犯であるO(この点に疑問を呈する弁護人の主張に理由がないことは後記のとおりである。),本件で共犯者の一人とされているLとの間でB殺害の共謀がなされていないことは明らかであるから,結局,本件において,被告人がB殺害の罪責を負うかどうかは,被告人とC及びHとの間でB殺害の共謀がなされたかどうかによることになる。そして,被告人とC及びHとの間でB殺害の共謀があったかどうかを判断するにあたっては,この点に関するC及びHの供述が直接的かつ最も主要な証拠であることにかんがみ,まず,C及びHの供述の信用性を中心に検討を加え,次いで,被告人の供述の信用性等について検討することとする。
第3Cの供述の信用性について
1 Cは,本件の証人尋問において,B殺害を決意するに至った経緯,被告人及びHとの共謀状況等について,概要,以下のとおり供述している。
① CとBは,平成10年3月初めころ,大げんかをしたため,Bが仙台で暮らすようになり,同年4月ころから,Cは,被告人から,仙台におけるBの生活状況,特に,Bの浮気の状況について報告を受けるようになった。
そこで,Cは,仙台に行き直接Bと会って話をしようと考え,被告人に対し,仙台に行く口実として「実は,Bから回収する金が600万あるから,私,仙台に行ってくるよ。」と話したところ,被告人は,「やめてください。集金だったら,Hさんがいますよ。集金はBさんの知ってる人だったら情が入ってかえって取れなくなりますよ。第三者の無関係な人間のHさんがいいですよ。」などと言ってHに集金を任せるように勧めた。その後しばらくはCと被告人との間でBからの集金の話が出なくなっていたが,被告人は,Cに対して,「もうすでに妊娠してるみたいですよ。産ませるみたいですよ。」などとBの浮気相手が妊娠したことなどを報告してきた。これを聞いたCは,Bに対して,許せない,憎い,殺したいという感情を抱くようになり,被告人に対して,「Bはもうどうしようもないね。」,「私,バタフライナイフ持って仙台へ行ってくるから。」などと言うようになった。これに対して,被告人は,「もうこれ以上姉さんの泣く姿は見ていられないんで,行くのはやめてください。姉さんのことは頭にないから諦めてください。」などとCに仙台に行かないように言った。
② それから間もなくして,被告人がCに対して,「集金の話をHさんに頼みましたから一度会ってください。」と言ってきた。Cは,当初,「私の了解も得ないでなんでそんな勝手なことするんだ。」と被告人を叱責したが,被告人から「このままじゃ引っ込みつかないんじゃないですか。」,「それなりに集金だけじゃなくて,けじめ取らなきゃなんないんじゃないですか。」,「Hさんに頼みましたから,話しましたから。Hさん相当怒っちゃって,姉さんをそんなひどい目に遭わすやつはって,集金のことも口に出したら喜んで引き受けてくれて,おれがやってやるって言ってましたから会ってください。」,「いつか会ってくれないとこの話はなくなりませんからお願いですから頼みますから一度会ってください。」などと言われ,C自身腹を立てており,ヒステリーのような状態になっていたので,Hと会うことを承諾した。
③ 平成10年6月20日ころ,C,被告人及びHは,Iで会った。この日時は,被告人に貸した150万円が返済された6月23日ないし25日の少し前であった。Hは,Cに対して,「姉さん,随分ひどい目に遭わされて苦しんでるんだって。AのほうからBの話いろいろ全部聞いてるから,おれに任せなよ。」,「仙台に行くとしたら,おれも現役のやくざで看板持ちだし,話によると,今年中で絶縁が解除になって復帰するらしいね。集金なんて生温いことではだめだよ。」などと言い,「Bもこれしちゃう。」と言いながら,人指し指で自分の首を切る動作をしたため,Cは,殺すことを意味していることを理解して「はい。」と返事をした。Hは,「仙台に行くとしたら費用がかかるんだよ。準備金として100万円もらうよ。」,「外人使えば安いんだけど足が付くから,外人使うんじゃないから,金かかるよ。」と言いながら,人指し指1本を出して「用意できる。」と聞いてきたので,Cは,「1000万なんですか。」と聞いた上で,「用意できます。」と答えた。Hが「お金いつごろになるの。」と聞いたのに対し,Cが「まだお金出る時期が分からないんではっきりしないんで。」と答えると,Hは,「じゃ,はっきりお金が出る時期になったら連絡下さい。」と言った。この間,被告人は,終始うつむき加減で座っていたため,Cは,「何で黙ってんの。」,「だれのおかげでこんなになっちゃったのよ。」と被告人を怒鳴りつけた。すると,被告人は,Hに向かって「Bさんがいなくなれば自分が四,五千万自由になる金があるから,まとめてか月々になるか分からないけど,Hさんに渡せますから。集金歩くときには,いざとなったらHさんお願いします。頼みます。」と言い,Hも「集金のことは全部おれに任せろよ。」と答えた。また,被告人は,Cに対して,「その中から,姉さんに1000万も返せます。」と言った。そして,Hが「仙台には知り合いがいるから大丈夫だ。」と言うと,被告人は,「それじゃちょっと後味悪いんじゃないですか。仙台の田舎であれば,マスコミが騒ぎ立てて,自分仕事できなくなっちゃいますよ。それじゃ自分困るんで,Bさんはフィリピン好きだったんで,フィリピンに誘い出して,そこでどうですか。そんじゃなかったら,秋田の山奥に穴掘って埋めるとかできないんですか。」などと言った。これに対し,Cが「そんなこと気にすることないでしょう。どうでもいいでしょう。」と言ったので,Hは,「そのことは後でおれが考えることだから,お前黙ってろな。」と言った。
④ 6月23日ないし25日のいずれかの日に,Cは,被告人から150万円を受け取り,同じ日に,Jにおいて,そのうち100万円をHに対してB殺害の準備金として渡した。
⑤ 6月下旬か7月初めころ,C,H及び被告人は,Kに集まった。Kにおいて,Cが,持参したBと被告人が写っている写真をテーブルに置くと,被告人は,「これじゃまずいんじゃないですか。」と言って,被告人が写っているところをびりっと破り,灰皿に捨ててBだけの写真をHに渡した。そして,Cは,自分の手帳を見ながら,Bの住所をメモ用紙に書いて,Hに渡した。Hは,そのメモ用紙に,被告人がBがよく行くと言っていた店の名前を書き込んでいた。すると,被告人は,Hに対して,「住所が青葉区じゃなくて,確か,Fは若林区ですよ。今住所がはっきりしないんで,うち帰れば分かるから,後でHさん教えますよ。」と言った。また,B殺害に関して,Hが「東京に来るときは,お前が分かってんだから,おれに教えろよな。」と言うと,被告人は,「7月の初めに自分ちに泊まりに来ますから,その日は仙台におりません。」と言い,また,被告人が「マンションの裏手に駐車場があって,車で出掛けるときは,マンションの裏の駐車場の出入口を使って入ってきますから,その出入口の手前は真っ暗で人が隠れてる,潜んでる場所には最適ですよ。」と言ったので,Hは,「絶好の隠れ場所じゃないか。」,「今すごくいいのがあるんだ。体の中にぐるぐる入っていくんだ。だから時間かかんないんだ。」と言った。さらに,被告人は,Bを殺害した後の死体等に関して,「その後持ってってくれないと,騒ぎになると,部屋に自由に出入りできないんで,借用書取れなくなっちゃいますよ。その後持ってってもらえれば,自分が黙って2,3か月家賃払っときます。」などと言った。
⑥ Kで相談した後,7月5日に,Cは,母親に被告人に貸すお金1000万円を借りたい旨連絡し,翌日,日興信金浅草支店に行った。なお,Cと被告人は,CがHに渡す報酬1000万をCの母親から借りるため,その口実として,被告人にお金を貸すということで,話を合わせておいた。Cは,1000万円を現金500万円と額面が500万円の小切手で準備してHと会ったが,Hから小切手はまずいと言われたため,現金500万円のみを渡し,翌日,小切手を現金に換えて,Hに残りの500万円を渡した。
⑦ その後もCは,被告人,Hと頻繁に電話でやり取りをし,具体的な殺害方法等について話し合った。Cは,被告人から,7月25日にBが女を連れて東京に遊びに来るという話を聞いたため,被告人に対し,「25日に来る前にやりなさい。」,「東京に来る前にやっちゃいなさいよ。」と言った。CがHにも「早くしてくれ。」と言ったところ,Hは,「任しておけ。」と言った。また,Cは,Hから,CがB殺害の場所や死体の処分に関して注文をつけていると被告人から聞いたと言われたため,被告人にそのような虚偽のことを話した理由について尋ねたところ,被告人は,東京でBが殺害されると困る,Bの死体が仙台にあると困るなどと言っていた。その後,7月25日が迫ってきたため,Cは,被告人に対して,「いったい何やっているの。25日になるでしょ。どうなってるのよ。1000万渡しているんだからね。」と言った。
⑧ B殺害後,被告人は,Cに対して,「警察が全部借用書とか押収してるんで,金目当ての殺害じゃないかって,いろいろ警察が聞いているから,もし借用書とかそういうものを取りに行くんであれば弁護士の先生と一緒にいかないと,これはまずいことになりますよ。」,「警察に通帳押収されているんで,そのお金の流れていく先がやくざの人だとまずいんで,やくざの人とは付き合いをしてないということに話を合わせてください。もしHさんのこと聞かれたら,パチンコ屋で顔見知りの人ですって言ってください。」などと言ってきた。
2 以上のCの供述について検討するに,まず,その供述内容は,非常に具体的かつ詳細であり,それ自体として極めて合理的で自然である。CがBに対して殺意を形成する過程,Cが被告人及びHとの間でB殺害の共謀を形成していく経緯等が臨場感あふれる表現により供述されている。そして,Cは,被告人,C及びHの間でされた会話の内容や,それぞれの場面における自分自身の心理状況について,包み隠すことなく,自己に不利な内容についても,積極的に供述しているものと評価できる。また,Cの供述は,客観的な証拠と符合しているばかりでなく,信用性の高いHの捜査段階における供述ともほぼ一致している(なお,Hの供述の信用性については後に検討する。)。さらに,Cの本件公判廷での供述内容に加え,いわゆる自己矛盾供述の証拠請求が,重要とは思われないごく一部の点を除き行われていないことからすると,結局,Cは,捜査段階,自らが被告人となっていた裁判における公判廷,本件の公判廷を通じて,一貫して,C,被告人及びHの3人の間でBを殺害することについての共謀が存在した旨供述していたと推認され,しかも,Cの供述は,本件の証人尋問における弁護人による詳細かつ厳しい反対尋問によっても動揺していない。
以上の事情を勘案すると,Cの供述は基本的にその信用性が高いと評価することができる。
3 以上のCの供述に関して,弁護人は,Cが暴力団幹部の娘であること,Cの供述には根拠がないこと,Cはしっとに狂ってB殺害を決意するような人間ではないことなどの理由を挙げてCの供述を信用することができないと主張するが,これらの主張は抽象論にすぎない。
また,弁護人は,Pが妊娠した事実,BとPが肉体関係を有するに至った時期等被告人がCに伝えたとされる事実の中には明らかに客観的事実に反することが含まれていること,Cは以前からB殺害の意図を有していたことを指摘して同様の主張をする。しかし,前者については,被告人がそのような事実をCに伝えたか否かが重要なのであって,その事実が真実かどうかが重要ではないことは言うまでもない。後者については,このような事情があるからといって直ちにCの供述の信用性が否定されるものではなく,その供述内容,供述態度,供述の一貫性などを具体的に検討すべきであって,上記検討したところによれば,Cの供述は,Cが従前からB殺害の意図を有していたとしても十分に信用するに足りるものといえる。
結局,弁護人の主張は採用できず,Cの供述の信用性を揺るがすに足りる事情を認めることはできない。
第4Hの供述の信用性について
Hの供述内容は,捜査段階における供述と本件公判廷における供述とで大きく異なるので,それぞれの供述の信用性について検討する。
1 捜査段階における供述について
(1) Hは,捜査段階において,概要,以下のとおり,供述している。
① H,被告人及びCが相談して,誰かに報酬を与えてBを殺害することを決め,Lを仲間に入れた上で,Bの殺害をOに依頼してOにBを殺害させたことに間違いはなく,HがB殺害に及んだのは,被告人と企業舎弟として付き合っていくうちに,被告人からBの借金の取立てが厳しいことや,Bの浮気でCがしっとしていることを聞いた上,Bがしのぎとして高利での金貸しをして莫大な債権を持っていることを知り,Bを殺害すれば被告人と二人でその債権も横取りできるという旨味があると考えたためである。
② まず,Hと被告人がBを殺害する話を進めた。具体的には,被告人がHに「Bがうちの店に来て店の内情を知られ,どれだけのもうけがあるか分かられちゃうんですよ。」,「Bがいなくなれば自分の管理している4000万円の債権は自分の自由になりますから。」,「自分が債権を自由にできるようになったら,月々納めるか,まとまった形でそれなりの金を納めるかはともかくとして,それなりのお礼はしますから。」,「集金のときもよろしくお願いします。」などと言ってBの命を絶つことを依頼してきたため,Hも「ああ,そっか,そっか。よし,よし。」と返事をしていた。また,被告人は,Cについて,頭をかきかき,「いやあ,参っちゃいますよ。姉さんには。とにかくしっと深くてたまらんですわ。Bが仙台で女作ってるって話するとすぐ興奮するんですよ。」と笑いながら話し,それに対して,Hは,「いろいろBの話してやればいいだろ。もっと空気入れてぱんぱんに膨らませりゃいいだろ。」などとCのしっと心をあおるように言った。
③ その後,被告人がCに関して「Bが女に子供産ませるって言ったら,仙台にナイフ持って行くって騒ぎ出しましたよ。」と言ってきたので,Hが「姉さんがそこまで頭に来始めてるんだったら,おれもそろそろ一度姉さんに会わせろよ。」と言うと,被告人は,「じゃ場面作りますから。姉さんには,Hさんが集金に行くって言っていたって伝えますから。」と答えた。Hは,H自身や被告人が直接Bを殺害することは考えておらず,誰かに報酬を与えてBを殺害させようと考えており,その報酬を出す金がない以上,Cに出してもらう必要があると考えていた。そして,H,被告人及びCは,IでBに対する700万円の債権の切り取りの話をするということで会うことになった。
④ 平成10年6月下旬,被告人,H及びCは,Iで会い,HがCに対して,「どういうことですか,Bからの切り取りのことと聞いてますけど。」と聞くと,Cは,「Bったら,もともとは私から出た金で,仙台で女作って飲み歩いてるんですよ。」と話した。そこで,Hは,左手の人差し指で自分の首に横に線を引く格好をしながら,「あんな逃げ回っているやつ,殺したって誰がやったかわかんないよ,厳しい取立てもしてるだろうし,恨んでるやつだってたくさんいるだろうから,殺したって捕まりっこないよ。」と言い,Cが「そんなことできるの。」と尋ねたのに対し,更にHは,「みんなから恨まれているし,顔を隠してやっちゃえば捕まりっこないよ。ただ,外人使うんじゃないんだから,それなりの金はかかるよ,いくら出せるの。」と言った。
すると,Cが「どれぐらいかかるんですか。」と聞いてきたので,Hは左手の人差し指を1本立てると,Cは,「1000万ですね,分かりました。」と応じた。Hは,「1000万円の用意できたら連絡下さい。Bの写真や住所とか車のナンバーとかいろいろ知りたいことあるから,それもまとめて資料に下さい。」とも付け加えた。その後,Cが被告人に対し,「何黙っているのよ,なんか言いなさいよ。」と言ったところ,被告人は,「自分の管理しているBの債権が四,五千万あって,その中でも,確実に取れる金利だけでも,月200万円以上になりますよ,自由になった債権のうちの1000万は姉さんに返しますから。」と言い,Cも「債権の回収は私やAがやりますから,何かあったときにはHさんよろしくお願いしますね。」と言った。これを聞いて,Hは,Bの債権が少なくとも七,八千万くらいあり,そのうち半分くらい手に入れることができればかなりのもうけになると考えた。また,Iにおいて,被告人が「仙台でBを殺すと警察に事情を聞かれたりして自分の仕事ができなくなりますよ,Bをさらって殺してから全然人のいない秋田の山に穴掘って埋めるか,自分がフィリピンに連れ出すようにむから海外で殺したらどうですか。」などと言い,これに対してCが「何をそんなくだらないことぐじゃぐじゃ言い出すのよ。」と激しい口調で反問し,被告人とCが言い争う場面が一度ならずあり,Hが二人をとりなしてIでの話を終えた。
その後,Hは,Jにおいて,Cから封筒に入った100万円をB殺害の準備金として受け取った。
⑤ Iで相談した後の平成10年6月下旬から7月上旬にかけて,HとCがパチンコQで出会ったところ,Cが「Bの写真を持ってきた。」と言ったため,Hが「それじゃAを呼んで打合せしよう。」と言い,H,Cは被告人を呼び出し,3人でKに入った。CがBと被告人が一緒に写っている写真を取り出したところ,被告人は,「これじゃ,万が一,落としたりしたら写真の出所ばれちゃうよ,絶縁状か別の何かの写真の方がいいんじゃない。」と言いながら,その写真を半分に裂き,被告人が写っている方を細かく破いた。CはBの住所,マンション名,部屋番号,使用車の種類,車の色,ナンバーなどが書かれている紙をHに渡した。Bの乗っている車は足立ナンバーの白のクラウンであった。被告人はその紙を見ながら,Bの住所が間違っているので,後で正確な住所を連絡すると言っていた。また,Hは被告人から,Bが飲みに行っている場所,運転手のことなどについて説明を受け,その際,被告人は,「Bの車はマンションの裏側にある駐車場に停めているし,そこからマンションに入る所が夜だと真っ暗になって隠れてるのにいい所です。」,「ただ,身体持っていかないと部屋出入りできなくなって,借用証取れるものも取れなくなっちゃいますよ。」などと言っていた。また,Hは,被告人に対して,「Bが東京にいるときは前もってお前に連絡入るんだろうから,そのときは必ずおれに連絡するんだぞ。」と言い,被告人は,「分かってます。」と返事していた。また,Hは,被告人やCに対して,「後のことは全部おれに任せろ。」と言ったり,Cに対して,「金の用意できたら連絡よこしてよ。」などと言った。
⑥ Hは,Kで相談した後,Cから報酬を受け取る前に,一人で新幹線を使って仙台まで下見に行き,Bの住所と思われる所までタクシーで行き,その地図をコピーした。その後,そのコピーをOに手渡したが,Oがそのコピーの住所に基づいてBのマンションを探したところ,全く違った場所であるらしいという報告を受けた。そこで,Hが被告人に対して,「Bの住所違ってたじゃないか。」と言うと,被告人が「正しい住所教えるって言ってたじゃないですか。」と言い返してきたため,Hは,「それだったら早く教えろよ。」と被告人を怒ったことがあった。
⑦ Kで相談した後,CからHにお金の用意ができたとの連絡があったため,HはCと待ち合わせた。しかし,Cは1000万円のうち,500万円を現金で,残りの500万円を小切手で準備していたため,Hが「小切手じゃまずいですよ。」と言い,その場では現金の500万円だけ受け取り,Cはその翌日残りの現金500万円を準備してHに渡した。
⑧ Hは,OにB殺害を依頼しようと考えた。HがOにB殺害を依頼した理由は,OがHに恩義を感じているはずであり,武闘派というタイプで,あまりいいしのぎを持っている方でないことからであった。Hは,OはBと知り合いでなく,Oさえ,他の誰にも口をすべらせないで,きっちり一人でBを仕留めれば,O個人にはBを殺す動機もないし,よほどのドジさえ踏まなければ,絶対に警察に捕まることはないと考えた。そして,平成10年7月9日ころ,Hは,Lと共に仙台に行き,R組のSと会い,翌日,作並温泉の旅館にOを呼び出した。Hは,Oに対して,Lがいるところで,Cから渡されたBの住所等が記載された紙,Bの写真の拡大コピー,Hが仙台に行ったときにコピーした地図を渡しながら,「こいつ悪いやつなんだ,松葉会を絶縁になったやつで東京から仙台に逃げてきているやつなんだ,あくどい金貸ししてたくさんの人から恨まれているやつなんだ,誰かこいつを弾いてくれるやついないかな。」などと言い,さらに,「Oには悪いけど,仙台のやくざには腹の据わったやつもいないし,誰かこいつのタマとってくれるやついないか。」と言って挑発すると,Oは,「自分がやりますから。」と答えたので,Hが「O,やってくれるか,もちろん,金もちゃんとくるし,きちっと格好つけるから,絶対にこの殺しのことは誰にも言うなよ,下見とかも絶対に一人でやれよ。」と言うと,Oは,「分かってますよ。」と答えた。Hは,OとLに対して,「Oに連絡するときは,Lに連絡させるから,Oも何かあったらいちに連絡してほしい。」と言い,Hは,Oに対して,「下見したりするのに金もかかるだろうから。」と言って30万円を渡した。
⑨ Hは,平成10年7月24日,OがBに対してけん銃を撃った直後,Lから,Oが銃を発射してBに命中させたとの報告を受けた。
⑩ B殺害後,Hは,被告人からCが警察の動きを心配して精神的におかしくなっているようだと聞かされて,Cに会い,「心配することないから。」と励まし,その際,30万円を受け取ったことがあった。また,Hは,その後,Cに対して,四,五百万を渡すように要求したことがあった。
さらに,Hは,被告人が月々の金を届けないので12月ころに路上で怒鳴りつけたことがあった。その際,被告人は,「Bを殺した件はいざとなったら,自分は関係なかったことにしてください。」と言ってきたため,Hはかっとなって,「何言ってんだ,お前も共犯なんだぞ。」と怒鳴りつけた。
その後,Hは,被告人から「姉さんがどうやらBを殺したことを姉さんのお父さんに話してしまったらしいです。もう自分は金がないし,もう,姉さんのお父さんにも事情が分かってしまった以上,とにかくお父さんに会って,お父さんからお金取ってくださいよ。」とさかんに言われ,Cがその父親に真相を話すとは何事だと思い,Cに問いただすと,Cは真っ向から被告人の話を否定するということがあった。
(2) 以上のHの供述について検討するに,その内容は,非常に具体的かつ合理的であり,特に不自然な点は見当たらない。上記の供述には,HがB殺害を決意した動機,被告人及びCとの共謀の状況等Hにとって明らかに不利益である内容,被告人以外ではHしか分からない内容が多数含まれているだけでなく,いずれについても詳細に,かつ迫真性をもって述べられている。そして,上記の供述は,客観的な証拠にも合致している上に,既に検討した信用性の高いCの供述とも大部分において符合し,さらには,Oの捜査段階における供述及びLの捜査段階における供述とも符合するものである(なお,O及びLは,本件公判廷において,それぞれ捜査段階と異なる内容の供述をしているが,両名の本件公判廷における供述は,著しく不自然,不合理な点を多数含むものであり,容易に信用することはできない。これに対して,両名の捜査段階における供述は,その内容が具体的かつ合理的であり,他の共犯者の供述内容とも合致するものであるから,両名の捜査段階の供述の信用性が高いことは明らかである。)。
これらの事情にかんがみると,Hの捜査段階の供述は,十分にその信用性が高いといえるが,さらに,前記各証拠によれば,Hは自らが被告人となっていた裁判において,第一審では,Bに対する殺人の公訴事実を含めて起訴された事実につき争っていたが,控訴審においては,本件の犯行経過や動機について第一審判決の認定のとおりである旨供述するに至っている。しかも,Hは,控訴審において,潔く刑に服するつもりであると述べているだけでなく,実際,自発的に所属していた暴力団から脱退するとともに,自らが所持していたけん銃に関する情報も捜査機関に提供していることが認められる。そして,Hが被告人となっていた裁判の第一審判決においてされた事実認定は,上記Hの捜査段階における供述と符合するものであり,この事実は,Hの捜査段階の供述の信用性の高さを更に裏付ける事情といえる。
(3) この点,弁護人は,捜査段階におけるHの供述について,捜査官がCの供述をHに押し付けたものであってその信用性は低いと主張し,Hの本件公判廷の供述の中には,それに沿う部分もみられる。
しかし,Hはこれまでに多数の前科を有しているのであって,刑事裁判における捜査段階の調書の重要性を十分認識しているものと考えられ,実際,本件の取調べの初期の段階においては,黙秘権を行使して供述をしなかったという事情が認められる。しかも,Hの捜査段階の供述の中には,Cの供述とは異なる内容の部分が存在しているだけでなく,捜査官がCの供述によっては到底知り得ないと考えられるようなH自身の内心に関する供述やHと被告人との会話に関する供述などが存在しており,さらには,Hの申出に従って従前の供述内容を訂正する内容の調書が作成されていることも認められる。仮に,捜査官がCの供述をHに押し付けてHの供述を得たとすると,Hの供述の中に,Cの供述と異なる内容の部分が存在していること自体不合理であるし,また,Cの供述からは捜査官が知り得ないような内容がHの供述中に現れてくるような事態はおよそ考えられないといってよい。
以上の事情を考慮すると,上記の弁護人の主張は採用できず,Hの捜査段階における供述は,信用性が高いと評価することができる。
2 本件の公判廷における供述について
(1) 一方,Hは,本件の公判廷において,証人として,概要,以下のとおり供述している。
① Hは,被告人から,いわゆる用心棒代を受け取ったことはなく,Iにおいて,被告人及びCと会って話を聞くまで,被告人がBに対する不満を言っていること,Bが仙台で浮気をしておりそのことをCがしっとしてBを憎んでいること,Bが数千万円の債権を有していることなどの事実を知らなかった。そして,平成10年4月ころ,被告人からCがBに対して有している債権700万円の取立ての話をされたため,Hは,被告人に対し,Cと会う機会を作るように言った。
② H,被告人及びCは,三社祭りの前である平成10年4月か5月初めころ,Iで会った。Cは,Bの浮気調査のために探偵を雇ったりして700万くらいのお金がかかったので,Hに700万円の取立てを頼みたいと言ってきた。また,Cは,Bがいろいろなところから命を狙われている状態である,Bは仙台に行ったら女を作ったなどと興奮しながら話していたので,Hは,右手の一本の指で首を斜めに切るような格好をしながら,「いずれだれかにこれされちゃうんだね。」,「いつだれに殺されても仕方のないやつだね。」と言った。そして,HがBの有している債権6000万円全部取り上げてしまおうと提案すると,Cもこれを了解した。Hは,準備金として1000万円くらいが必要であるとCに要求した。Iにおいて,債権取立ての話をしていたが,Cは,興奮して,万が一の場合は殺しちゃってもかまわないというニュアンスの話をしていた。Hは,Bが裸になってほっぽり出されるということは死んだも一緒だろうという話をしてCをなだめた。
③ Hは,Iの後,Kで被告人及びCと会う前に,被告人から「Bを殺したら,4000万も5000万もの金は取れなくなる,それだけは絶対やめてくださいよ。」と言われた。
④ H,被告人及びCは,平成10年6月末か7月初めころ,Kに,Bの資料をもらうために集まった。Cは,Bの写真,Bの住所,Bの乗っている車の色,ナンバー等書いた資料を持参した。被告人は,Cの持参した写真にBと共に被告人も写っていたため,自分の顔が写っているところを破り,また,Bの住所が間違っていることを指摘した。このとき,CからBを殺したい,もうBに追い込みかけている,誰かに話してあるというニュアンスの話が出たが,被告人がそういう話には乗れない,やめてくれということを言ったことはなかった。Hは,被告人に対して,Bが東京に来るときは教えるように言い,Cに対して,金ができたら連絡するように言った。
⑤ Hは,平成10年7月6日と7日ころに,Cから合計1000万円を受け取った。すなわち,最初,Cは,現金500万円と小切手500万円を持ってきていたが,Hは,小切手については受け取らず,その後,更に現金500万円を受け取った。1000万円は債権を取り立てるための報酬として受け取ったわけではなく,債権を取り立てるために動くのに必要な準備金として,また途中で断られないための保険金として受け取った。
Hは,2度目に500万円を受け取った日の夜に,再度Cと会い,100万円を受け取った。Hは債権取立ての準備金であると考えていた。
⑥ HとLは,平成10年7月9日,OにBの下調べを依頼するために仙台にやって来て,翌10日,作並温泉にOを呼び出したが,Oがやって来たころには,Lは寝てしまっていた。Hは,Oに対し,Bの車のナンバー,マンションの住所などが記載されたCから受け取った資料,Bの写真を渡し,7月のBの行動を調べるように命じるとともに,「いずれさらっちゃうから。」,「手錠とか,日本刀とか用意しておけよ。」などと言ったところ,Oはこれを了解した。
なお,HがOに渡した写真は,Cから渡されたものではなく,Bの破門状の写真を拡大したものであった。Hは,Oに対して,報酬に関し,借金を全部払ってやる,100万で十分かなどと言い,さらに,Bをさらって債権回収に成功したら更に150万円を支払うという話もした。Hは,Oに対して,当座動くための金として30万円を渡し,100万円については後で取りに来いと言い,7月21日に東京で100万円を支払った。Hは,Oに対し,連絡はLの方の携帯電話にするように指示し,Lの携帯電話の電話番号をOに教えた。
⑦ Hは,7月23日,広島に債権の回収に行こうとしたところ,LがHに資金を出していた関係から一緒に行くと言い出したため,わずらしいので,口実として,Lに対し,仙台に行ってOの様子を見てくるように指示した。7月24日午前1時過ぎころ,Hは,LからOがBをけん銃で撃ったことを聞き,Oが頼んでもいないのに,Bを弾いてしまったと理解した。24日夜に,Hの自宅にLとOがやって来たので,Hは,Oに対し,「頼みもしないことやりやがって。」,「えらいことしてくれたな。」と怒ったが,やってしまったものは仕方がないとも思い,約束ということでOに150万円を渡して仙台に帰るように言った。また,Hは,Oに対して,Bを殺害したときに着ていた着衣について,すぐに帰って処分するように言った。
⑧ Bが死亡した1か月くらい後に,H,C及び被告人が会った際,Hが,頼んだやつが間違って殺してしまったと言うと,被告人は,植物人間でもいいから生きててくれればよかったと言ったのに対し,Cは,死んだ方がよかったような言い方をしていた。
⑨ 平成10年9月か10月ころ,Hらとの無尽において被告人が300万円を取る機会があったが,Hは,今回の件でHに入るはずのお金が入らなかったという理由で,被告人に話してHの取り分とし,被告人には300万円を渡さなかった。
⑩ Bが殺害された後,Hは,Cと2度会った。被告人のマンションで会ったときに,Hが金銭を要求したことはなかったが,Cが30万円を渡してきた。Hは,平成10年の暮れころ,Cを三ノ輪のガード下に呼び出して,金を作らなければCや被告人らを殺すと脅迫した。また,Hは,平成10年の暮れころ,被告人が仕事の報酬を持ってこなかったため,「Bが死んで一番得したのはお前だろう。」などと言って200万円を請求した。このとき,Hは,被告人から本件のことで何か言ってるな,と言われたため,被告人に対し,お前も同罪だぞというようなことを言った。
(2) 以上のHの本件公判廷における供述について検討するに,その内容には,少なくとも,以下のような看過しがたい不自然,不合理な点が認められる。
ア 上記Hの本件公判廷における供述を前提とすると,HがOに対しBの動向調査を依頼したところ,Bと全く面識のないOが突然Bを殺害してしまったということになるが,このような事態は通常およそ考えられないところであって,何らかの合理的な理由が説明されない限り容易に信用することができないことは明らかである。しかし,この点に関しては,H自身も言葉を濁すのみで合理的な理由は全く述べられておらず,したがって,このようなHの供述は,不自然,不合理としか言いようがない。
その上,上記Hの供述を前提とすると,OがBを殺害したことを知った後,Hは,Oに対して,やってしまったことは仕方がないなどと言って,従前渡していた金員に加えて更に150万円を渡したということになるが,Hからの指示を無視したばかりでなく,Hが全く予想していなかったBを殺害するという行動をとったOに対するHの態度として,不自然極まりないものといわざるを得ない。
イ 上記Hの供述を前提とすると,Hは,当初CからBに対する700万円の債権の取立てを依頼されただけであるのに,その場で,Bが有している債権6000万円全部を取ってしまうことを提案し,そのための準備金としてCから合計1100万円を受け取ったということになるが,CがBに対して有している債権を取り立てることと,Bの有している債権をHやCが奪い取ることは,全く異質な事柄であり,Cの有する債権の取立てを依頼されていたにすぎないHが突然このような提案をし(H自身も,事前に腹案をもっていたような供述はしていない。),Cもこれを受け入れたというのは唐突にすぎるし,上記Hの供述においてもその具体的方法等について何ら話し合われた形跡はない。さらには,そのためにCがHに合計1100万円もの準備金を渡したという点も不可解の一語に尽きる。
ウ Hは,Cから受け取った1000万円について,準備金であると同時にCに途中で断られないための保険金としても受け取ったものであると供述しているが,その一方で,Hは,B殺害後(それも予想外の事態として,本来,Cや被告人に顔向けができないはずなのに),今回の件で入るはずのお金が入らなかったという理由で被告人に渡すべき無尽のお金を渡さなかったり,債権が回収できなかったとしてCから30万円を受け取ったりしただけでなく,被告人やCに対して金を用意するように要求したと供述している。このようなHの供述は明らかに一貫性,常識性を欠くものであり,不自然である。
(3) 以上の点に加え,前示のとおり,Hは,自身の控訴審における公判供述で,捜査段階における供述内容が基本的に事実に沿う旨認めるに至っていることなどに照らすと,Hの本件の公判廷における供述は信用することができない。
第5C,Hの各供述における引っ張り込みの危険性について
前記のとおり,Cの本件公判廷における供述,Hの捜査段階における供述は,いずれもその信用性が高いものと評価できるが,一般的に,共犯者の供述については,犯行に全く関与していない第三者を犯罪に巻き込んだり,引っ張り込んだりする危険性があるとされ,その信用性の判断においては特に慎重な検討が要求されるというべきである。そして,本件において,被告人は,捜査段階から,本件への関与について一貫して否定しており,弁護人も,被告人が本件について共謀したことはなく,本件は,まさに共犯者であるCの供述により被告人が引っ張り込まれた事案である旨主張していることにかんがみ,以下,この点について補足する(弁護人の主張は上記のとおりであるが,Hの供述に引っ張り込みの危険性があるかどうかも重要な事柄と解されるので,Hの供述についても併せて検討する。)。
1 Cの本件公判廷における供述について
前記Cの供述について見ると,Cは,仙台におけるBの浮気の状況を聞いてBを殺したいと考えるようになったこと,Iにおいて,Hとの間でB殺害の話を進行させ,Hに対して1000万円を支払う約束をし,Kにおいても,Bの写真を持参するとともに自らの手帳を見ながらBの住所等を書いてHに渡すなど,H及び被告人と3人で集まった場において,主体的,積極的にB殺害の謀議を進めていたこと,その後,自ら1000万円を準備してHに渡したこと,7月25日が近づくにつれて,被告人及びHに対して早くB殺害を実行するように強く要求したことなど,単に自己に不利益な事実を供述しているというにとどまらず,自らが積極的にB殺害の謀議を展開し,かつ,これを推進しようとしたことを認めているのであって,およそ自己の刑責の軽減を図ったとは考えられず,その刑責の一部を殊更被告人になすりつけようとしたともうかがわれない。また,上記Cの供述の大部分は,既に検討したように信用性が高いと評価できるHの捜査段階の供述と一致するところであるが,Cが被告人を恨んで一方的に本件に引っ張り込んだものと仮定した場合,Cの供述とHの捜査段階の供述が一致し,ないし,矛盾や破たんを来さないということはおよそ考えがたいことであるし(なお,Hの捜査段階の供述はCの供述を押し付けられたものであるという弁護人の主張を採用し得ないことは既に述べたとおりである。),そもそも,CとHが,それぞれ被告人を本件に引っ張り込むことを意図したような場合,両者の供述が上記のように合致することはおよそあり得ないことと言ってよく,結局,弁護人が主張するような事情はうかがわれない。
2 Hの捜査段階における供述について
前記捜査段階におけるHの供述について見ると,Hは,本件に及んだ動機として,Bが莫大な債権を持っていることを知り,Bを殺害すれば相当のもうけを手に入れることができると考えたためであること,かといって自らB殺害を実行するつもりはなく,そのための資金をCに出させ,実際の殺害はOに依頼しようという構想を描いたこと,そこで,被告人に対して様々な指示を出してCにB殺害を決意させて金を出させるように仕向け,Cから報酬を受け取ったこと,Lと共に仙台に出向き自らOにB殺害を依頼したことなどを供述しており,C同様,単に不利益な事実を供述するのみならず,自らが本件において積極的かつ中心的な役割を果たしたことを認めているのであって,殊更に自己の刑責を軽減しようとし,それとの関係で被告人を共犯者に巻き込もうとしたというような意図はうかがわれない。なお,以上指摘したところからも明らかなとおり,殊に,Hの供述には,Cの介在しないところでのHと被告人との間だけのやりとりの場面が数多く存するのであるが,この点は,少なくとも,Cが被告人を引っ張り込んだ可能性(Hは,Cの供述に合わせた,ないしは,合わせられたとすること)だけでは到底説明がつかないことであって,極めて重要というべきである。
3 C,Hの各供述に共通する要素について
前示のとおり,C,Hの各供述は,いずれも,B殺害に対する自己の積極的,主体的な関与を素直に述べるものであって,そこには,被告人を引っ張り込もうとする意図を見出すことができない。
更に言えば,例えば,被告人がしきりにBの殺害場所ないし死体遺棄の場所を気にしていたという供述部分は,それ自体は,被告人とC,H間の罪責の軽重には直接かかわりがない事柄というべきであって,このような供述部分についてまで,C及びHがあえて全くの架空の話を詳しく創作したなどとは,到底解することができない。
4 以上によれば,Cの本件公判廷における供述及びHの捜査段階における供述に関し,被告人が引っ張り込まれたことをうかがわせる事情は全くなく,弁護人の主張は採用できない。
第6C,Hの各供述による認定
以上のとおり,Cの本件公判廷における供述及びHの捜査段階における供述はその信用性の高さが明白に肯定されるのであって,これらの供述によれば,被告人がC及びHとの間においてB殺害の謀議を行っていたことは優に認定することができる。
第7被告人の供述の信用性について
これに対し,被告人は,捜査段階から一貫して,C及びHとの間においてB殺害を共謀したことはなく,むしろ,CやHからB殺害を持ちかけられた際には,両名にB殺害をやめるように進言したと主張している。そこで,以下,被告人の供述の信用性について検討する。
1 被告人の捜査段階及び本件公判廷における供述内容は,概要,以下のとおりである。
① Cは,Bが仙台に行ってから仙台におけるBの行動を気にかけており,被告人に対して,Bの行動を教えるように言っていた。そのため,被告人は,Bの仙台における行動をCに報告していた。そして,平成10年4月ころ,Iで会う1週間くらい前に,Cから呼び出しを受け,Cから,Bの浮気調査のためにかかった700万円をBが払うと言っている,Hが取り立ててくれるのではないかと言われ,Hとの仲介も頼まれた。被告人は,トラブルに巻き込まれたくなかったことから,Cに直接Hに頼むように言って,Hの携帯の電話番号を教えた。もっとも,被告人は,Hに,Cが話したいことがあり,切り取りの話のようだという程度のことは伝えた。
② 平成10年4月ころ,Cから,Iに来るように言われたため,被告人は,Iに行った。Cは,Hに対して,「Bが浮気をしていたことで探偵を頼み調査したら700万円かかった。このお金をBに請求したら払ってくれると言っているが払ってもらえないでいる。Bからの取立てを頼みたい。」と話し,Hは,「姉さん,一応調べてみますから相手の住所と電話番号を教えてください。」と返事していた。Cは,更に「Bは絶縁状態で誰にも助けてもらえないから,この時期に取立てに行けば素直に700万円払ってくれるはずよ。」と付け加えていた。
③ その後,Kで集まる2週間くらい前に,被告人がHと会ったとき,Hが取立ての話はどうなっているのかと聞いてきたが,被告人はI以後Cとその話をしたことがなかったので知らないと答えた。
④ そして,平成10年6月末ころ,CからKに来るように呼び出され,行ってみると,CとHが酒を飲みながら話をしていた。Hが「姉さんがBに700万円を貸していて,その取立てをまた相談されているところだ。」,「おれは姉さんに取立てなど考えずに,どうせならBをやった方がいいさと言っていたところだ。」と言い,Cも「この人たち,Bをやってくれるんですって,あいつやっちゃおうよ,生かしておいても仕方のない男だから,あんたもこのままじゃ食われちゃうよ。」などと言ってきた。これに対し,被告人は,「そんなのは嫌です。おれにはやる理由がない。仕事だってだめになるかもしれない。そんな話なら私のいないところでしてください。」とBを殺す計画に反対し,Bを殺害する仲間になることも断った。Cから仕事は探してあげると言われ,被告人が嫌です,帰りますと言って席を立とうとすると,Hは,「いやいや,やらないから,姉さんの取り分の700万を集金するだけだから。」と言った。
⑤ Kで話をした翌日,被告人は,CとJで会い,CからBのことをどう考えてるのか聞かれたので,B殺しをやめさせようと思い,「姉さん,それはまずいですよ。」と答えた。すると,Cは,「あんな男,生かしておいても仕方ないのよ,死んだ方がいいのよ。」などと言ってきたが,被告人は,上記の答えを繰り返した。これに対し,Cは,自分一人でもBをやる,1000万円でHに頼むと言っていた。
⑥ その四,五日後,被告人がQに向かう途中で偶然Hに出会ったところ,HからBの正しい住所を教えるように言われたので,被告人がHにB殺しを実行するつもりかどうか確認すると,Hは,このときも700万円の取立てをするだけであると言ったため,被告人は,その言葉を信じてHにBの正しい住所を教えた。
⑦ 更にその数日後の平成10年7月6日,Cから電話で呼び出されて行ってみると,Cは,Hに額面500万円の小切手を差し出しながら,1000万円の用意ができたが,500万円が小切手であると言っていた。これに対し,Hが小切手での受取りを拒否していたので,Cは,被告人に小切手を現金にするために口座を貸してほしいと言ってきたが,被告人は,この申出を断った。このとき,CとHが現金500万円を授受しているところは見ていない。また,その翌日ころ,被告人は,Cに呼び出されてQで会い,Cから,B殺害のためにHに1000万円を渡したこと,そのほかに足代として100万円を渡したことを聞かされ,CがCの母親から借りた1000万円の使い道について,被告人が会社を作るための資金であると口裏を合わせるように言われたが,被告人はこれも断った。被告人は,Cに対して,改めてBを殺害しないように説得したが,Cは,あんな男は死んだ方がいいと言っていた。その後間もなくして,被告人は,Hと天ぷら屋で会い,HからB殺害の足代として100万円,報酬として1000万円をCから受け取ったと聞かされ,さらにHは,Bを殺害すればBが持っている債権をすべて自分がもらうと言っていた(ただし,被告人は,公判廷では,Hの方からB殺害の話は出なかったと供述している。)。これに対し,被告人が事情を説いてB殺害をやめるように懇願すると,Hは,説得に応ずるように,取立てをするだけだと言い方を変え,Bの写真がないかどうかを聞いてきた。そこで,被告人は,Bの絶縁状に写真があることを教えた。
⑧ その直後か翌日,被告人がHから呼び出されて行ってみると,Hは絶縁状の拡大コピーを20枚くらい持っていて,写っている人物がBかどうか確認してきたので,被告人はそうだと答えた。Hは,被告人に対し,仙台に行ってBに嫌がらせをすると話し,被告人には関係がないのだからあまり口を挟まないように言った。そのころ,Cが近くを車で通りかかり,その直後,被告人の携帯にCから連絡があり,「そこであんた何してるの,私が依頼したことだからあんた関係ないでしょ,何ごちゃごちゃしてるの。」と言ってきた。そこで,被告人は,HにB殺害をやめるように更に強く説得した。これに対し,Hは,重ねて,Bを殺害することはしない,集金に行くだけだと言ってB殺害を否定し,Cから受け取った金も返すと言っていた。
⑨ 平成10年7月20日過ぎ,Cが被告人の自宅に来て,被告人に対して,「何グジグジしてんでしょうね,25日にはこっちに戻ってくるのに。Hさんから何か連絡ない。」と聞いてきたので,被告人が連絡がないことを伝えると,Cはいらついた態度で帰っていった。
⑩ 被告人は,Vからの電話でBが撃たれたことを知った。被告人は,7月24日,Wに対し,同月26日,T及びUに対し,それぞれ仕事から手を引くことを申し出た。
⑪ 本件後,被告人は,Hと9月ころ初めてQで会った。被告人は,Hから,自分たちがBを殺害した,被告人に迷惑をかけた,被告人には関係がなく迷惑をこれ以上かけられないので,これから会っても口をきかないなどと言われた。これを聞いて被告人は,Cに電話をかけ「とんでもないことをしてくれましたね,あれほどHさんにも断ったのに姉さんひどいですね。」と言った。このころ,被告人は,Qに入り浸っている状態であった。それは,Bを殺害したHに会いたくないと思っていたが,9月ころ,HからQに来ないようにすると言われていたためであった。
⑫ 平成10年10月中旬,被告人は,Qにおいて,Hから「金が足りない,どうしてくれる。」と言われたので,被告人が自分は関係ないと言うと,Hは被告人が受け取るべき無尽の金をHが受け取ると言ってきた。被告人は自分に支払うように言ったが,HはCに請求するように言って支払を拒否してきた。
⑬ 平成10年11月前半ころ,被告人がQにいると,HとLがやってきて,Hが「Bが死んで一番得したのはお前だろ。素直に金を出せ。」などと言いながら胸ぐらをつかんで脅してきた。被告人は自分は関係ないと言ったが,Hは,更に「何ふざけたことを言っている。てめえも一緒に話にまじったのだから共犯だぞ,逃げられないぞ。200万,一日,二日のうちに持ってこい。」などと脅してきた。被告人は,200万円を用意することができなかったので,勘弁してくれるよう泣きながら必死に頼んだ。Hがようやく「後で話をつけるからな。」などと言って車で走り去った後,Lが後で電話をよこすように言って被告人にLの携帯の電話番号を教えてきた。
平成10年12月初旬ころ,被告人は,Lから金の用意ができたかと聞かれ,できなかったと答えた。結局,Lは100万円で勘弁してやると言ってきたので,被告人は,50万円ずつの分割を提案し,12月30日ころと翌年の1月5日ころにそれぞれ50万円をLに支払った。
2 上記の被告人の供述を検討するに,被告人の供述内容には,以下のような明らかに不自然,不合理な点があることを指摘することができる。
(1) 本件において,Bが殺害されるまでの間に,被告人が,I,K,CがHにB殺害の報酬を渡した現場を始めとしてCやHからたびたび呼び出されたことについては被告人も特に争っておらず,被告人は,CやHからB殺害の話を持ちかけられても一貫して加担することを拒絶し,それだけでなくB殺害をやめるようにCやHを説得していたと供述する。しかし,このように,CやHの計画に一貫して批判的な態度をとっていた被告人を何度も呼び出した場合,CやHがB殺害の意図を有していることを被告人がBに知らせたり,警察に通報する可能性は十分に考えられるところであって,CやHがその危険を顧みずにあえて何度も被告人を呼び出したとは考えられない。しかも,被告人の供述によると,CやHが被告人に対して,HとCとの間の会話内容や金銭授受の事実等をわざわざ伝えてきたということになるが,被告人の態度が上記のとおりであったことを前提とすれば,CやHがこのような言動をとることはおよそ考えられないといってよい。
さらに,被告人の供述によると,Hは,上記のような態度をとっている被告人に対して,わざわざBの住所を教えるように言ったり,Bの写真がないかどうかを尋ねたり,写真を見せながらBかどうかの確認を求めたということになるが,これらは当然共犯者であるCとの間で解決すれば足りることであって,批判的な態度をとっていた被告人に対してされたというのは不合理といわざるを得ない。7月25日が近づいてきたころに,Cが被告人に対してHから連絡がないかどうかを確認してきたという供述についても同様であって,当然,CとHの間で連絡すれば足りることであり,わざわざ被告人に確認するというのは不自然である。
(2) 被告人は,CやHが本気でBを殺害するとは考えていなかったなどと供述している。
しかし,その一方において,被告人は,CやHから何度も呼び出されたのは自分が小間使いのように考えられていたからであると思う,CやHからB殺害の話を聞いたときは二人に対してやめるように説得したなどとも供述しているのであって,そもそも,このような矛盾した供述内容自体が不自然であってにわかに受け入れがたい。しかも,被告人の供述を前提としても,C自身が被告人に対してBを殺害することはしないという発言をしたことはうかがわれず,むしろCは被告人に対して最後までBを殺害する意思を有していることをうかがわせる発言をしていたといえるのであって,このような事情があるにもかかわらず,被告人が一方的にHの言葉だけを信じて本気でBを殺害することはないと考えていたというのは不自然極まりない。
(3) 被告人は,CやHからB殺害の計画を知らされて以後,二人に対してBを殺害しないように説得を繰り返したと供述している。しかし,被告人の供述を前提としても,被告人は結局,CやHから呼び出されたり,道でばったり出会った場面などにおいてCやHに対してBを殺害しないように言ったにとどまり,それ以上の具体的な行動をとった形跡はうかがわれない。かえって,被告人の供述を前提としても,被告人がCやHに対して協力的だったのではないかと考えざるを得ない言動も多く見られる。さらに,被告人は,その当時,Bにも警察にも,CやHの計画を知らせることができない状態であったと供述しているのであるが,この点も,強い恩義を感じていた先輩であるという,被告人にとってプラスの意味で特別の人物であるBが殺害されるかもしれないという差し迫った状況にあったことを前提にした場合には,やはり緊迫感や危機感のなさを禁じ得ないのであって,これらの被告人の供述は不自然,不合理といわざるを得ない。
3 以上のほかにも,被告人の供述には,Bが殺害されたことを知った後の自身の行動やHの態度などの供述内容に不自然な点が多数存在しているし,これまで検討した信用性の高いCの供述及びHの捜査段階の供述との食い違いも甚だしいものである。
4 以上の事情を考慮すると,被告人の供述は到底信用することができない。
第8その他の弁護人の主張について
1 弁護人は,B殺害の実行犯はOではない合理的な疑いがある旨主張する。
しかし,Oは,自らがB殺害の実行犯であることについて,捜査段階,自らが被告人となっていた裁判の公判廷,証人として出頭した本件公判廷を通じて一貫して認めている上,自らが実行犯であるとする点に関するOの供述は客観的証拠と符合し,関係者の供述とも合致しており,Oの供述の信用性を疑わせるような事情は特に見当たらない。
弁護人は,Oの供述には,供述の変遷が見られること,Pの供述との食い違いが見られることなどの点を指摘して,その信用性には疑問があるとするが,そのような供述の変遷や食い違いは,OやPがはっきり記憶していないこと(そのような事態が生じ得ることは,当時,OやPが置かれた心理状態や前後のいきさつなどからして,格別不自然なことではない。)を前提としながら供述している部分等に見られるものであって,Oの供述の本質的な部分の信用性に何ら影響を与えるものでないことは明らかである。
2 弁護人は,被告人には,B殺害の動機がない旨主張する。
しかし,前記各証拠によれば,被告人の平成10年7月当時の収入は,月約350万円から400万円であり,被告人は,その中からBに対して月々200万円以上の利息を,Xに対して月々約60万円の金員を支払っていたこと,被告人は,CやHに対して,Bに対する利息等の支払が厳しいという不満を述べたり,Bが自己の食肉解体業に介入しかねないという危機感を持っていることを話したりしていたことが認められるのであって,このような事実にかんがみると,被告人には,B殺害を思い立つ動機ないし前提状況は十分存したというべきである。
3 弁護人は,Cが被告人の言うことを聞くような人間ではない旨主張する。
しかし,既に認定したように,本件においては,被告人がHと相談の上,Cを本件に引き入れるために,Cのしっと心をあおるべくBの仙台における浮気の状況を誇張した表現や虚偽の事実を織り交ぜながらCに伝えるという手段が採られたのであって,被告人がCに対して直接何らかの命令や指示を出す方法によったわけではないのであるから,上記の弁護人の主張は,本件の具体的な事実関係の下では,そもそも主張自体失当というべきである。
第9結論
以上によれば,前記各証拠により,被告人がC及びHと共謀してB殺害に及んだことを認めることができ,他にこの認定を左右すべき証拠はなく,被告人及び弁護人の主張は採用することができない。
(法令の適用)
罰条
第1の行為 (省略)
第2の行為 刑法60条,199条
刑種の選択 第1の罪(省略)
第2の罪につき有期懲役刑
併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条(最も重い第2の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重)
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑事情)
本件は,共犯者4名と共謀の上,被害者を殺害したという殺人の事案(省略)であるところ(省略),本件における被告人の刑責のほとんどが上記殺人への加担によるものであることは明らかであるから,以下,この点を中心に言及する。
1 犯罪全体としての重大性
(1) 組織性,計画性
本件殺人の事案の構造は,まず,被告人と被害者の有している多額の債権の横取りをもくろんだH及び被害者の浮気に激しい憤りや憎しみを覚えていたCとが被害者の殺害を共謀し,さらに,Hにおいて,この計画に加わることで一定の金員を取得できると考えたL,及び,Hに対して義理を感じると共に相当の報酬を期待したOとの間で被害者の殺害を共謀し,以上5名の間で順次被害者殺害の共謀を成立させ,Oにおいて被害者の殺害を実行したというものである。
このように,本件殺人は,多数の共犯者が関与しただけでなく,各人がそれぞれの思惑から被害者の殺害を決意して順次共謀を成立させ,共犯者の一人が被害者の殺害を実行するに至ったというまれなケースである。殊に,被告人において被害者の情報を供給し続け,Cにおいて多額の資金提供を行い,Hにおいて他の共犯者間全体の共謀関係を作り上げ,その後も本件の全容を把握し,LにおいてHとOの間の連絡役となり,Oにおいて被害者殺害の実行を行うといったように,共犯者各人が本件犯行を敢行する上でそれぞれの役割を担い,周到な準備のもとに計画的に被害者の殺害が実行されたという際立った組織性,計画性が特徴的である。
(2) 態様の悪質性等
次に,犯行態様についてみると,実行犯であるOが被害者の生活状況等に関する情報を十分に収集した上で,帰宅する被害者を待ち伏せし,被害者の住むマンションの1階フロアにおいてドアを開けて入ってきた被害者に対し至近距離からけん銃を発射し,被害者の腹部に命中させて1発で致命傷を負わせて殺害したという非常に悪質なものであり,これにより,付近住民に多大な不安を与えた等の社会的な影響も見過ごせない。
(3) 結果の重大性
そして,本件犯行によって,尊い人命が奪われるという極めて重大な結果が引き起こされた。被害者においては,かかる結果を甘受しなければならないような落ち度は認められないのに,いつものように帰宅したところを突然銃撃されるという一瞬の出来事によって非業の死を遂げたのであって,本件により被害者が被った苦痛や38歳という年齢でその生涯を閉じざるを得なくなった無念さは察するに余りある。また,被害者の遺族は,突然最愛の肉親の命を奪われたことで多大な苦痛と深い悲しみを味わっただけでなく,従前被害者と親交のあった被告人が本件犯行に関与していたことを知って,更に驚愕と怒りを新たにしたものであって,遺族が被告人に対して特に厳罰を望んでいるのは至極当然のことである。
2 被告人の本件へのかかわり
以上の本件犯行の全体としての重大性を踏まえながら,具体的な被告人の本件への関与についてみると,被告人は,被害者の殺害という実行行為にこそ関与していないものの,本件への関与の度合いは深く,その中核に位置したと評価することができるのであって,他の共犯者と比較しても相当重い刑責を負うものといわなければならない。
すなわち,被告人は,Hとの間で,まず最初に,被害者を殺害する話を進めているのであって,その意味では,本件の発端を作ったとみることができる。そして,Hと相談の上で,Cを多額の報酬を提供させて本件に誘い込み,3人で謀議を重ねながら被害者の殺害の話を具体化させていったのであって,被告人は,積極的に被害者殺害を意欲した主体的謀議者の一人というべきである。さらに,その後,被告人は,HやCと緊密に連絡を取り合い,Lや実行犯であるOと直接謀議を行ってはいないものの,Hを通じて,実行犯であるOに対して被害者の情報を継続的に提供し続けていたのであって,これらの事情からすると,被告人は終始主体的,積極的に本件犯行に関与して中核的な役割を担い,まさに本件が遂行されるにあたって欠くことのできない存在であったということができる。
また,そもそも被告人が被害者の殺害を決意するに至った動機は,被害者に対する利息等の支払が厳しく,その支払を逃れたいという気持ちや,被害者に自己の事業を奪われかねないという危機感によるものであるが,かかる事情によって被害者の殺害が正当化されるはずはなく,その動機は自己中心的であって酌量の余地は全くない。
3 犯行後の情状
さらに,被告人は,本件犯行後,共犯者らと被害者の有していた債権の取立てについて相談したものの,これが困難であると判断するや,突然,共犯者に対して,自分は本件には関係なかったことにしてほしいと言い出すなど責任回避的な言動をし,逮捕された以降も本件殺人に関与したことを一貫して否定しているのであって,本件犯行後の行状からは,本件犯行に対する反省の態度は全くうかがえない。
以上によれば,被告人の刑事責任は極めて重大であり,厳罰をもって臨む必要があり,被告人には本件まで前科がなかったこと,本件により自業自得とはいえ食肉解体業の経営という仕事を失ったことなど被告人にとって酌むべき事情を考慮しても,被告人を主文の刑に処するのはやむを得ないと判断する。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役15年)
(裁判長裁判官 畑中英明 裁判官 佐々木直人 裁判官 阿閉正則)