仙台地方裁判所 平成11年(ワ)1774号 判決 2001年4月26日
原告 A野太郎
同訴訟代理人弁護士 小野寺義象
佐藤由紀子
被告 サンピット株式会社
同代表者代表取締役 角谷勝義
同訴訟代理人弁護士 野村正義
伊加井義弘
主文
一 被告は、原告に対し、金二八五五万六五六〇円及びこれに対する平成一一年一月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(一) 被告は、原告に対し、金四〇八四万〇一七三円及びこれに対する平成一一年一月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) 本件製品の購入等
ア 原告は、平成一一年一月上旬、自動車用品販売店イエローハット折立店から、被告が製造販売した「フロント・サイドマスク(Mサイズ)」(以下「本件製品」という。)を購入した。
イ 本件製品は、自動車のフロントガラス、サイドガラス及びサイドミラーを覆うものであり、冬は凍結防止カバーとして、夏は日よけとして使用するものである。
ウ その使用方法は、本件製品を自動車のフロントガラス一面に広げ、左右のドアミラーに袋をかぶせ、最初の使用時に購入者が付属の固定ゴムひもに調節して接続させた金属製フック四個を、ドア下のエッジ(サイドシルとフロアパネルの合わせ面)に掛けて固定するというものである。
(二) 本件事故の発生
ア 平成一一年一月九日午後九時五〇分ころ、原告方駐車場において、原告が本件製品を原告所有の軽自動車(富士重工業株式会社製の「ヴィヴィオ」。以下「原告自動車」という。)に装着しようとした際、左眼を負傷する事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
イ すなわち、原告は、原告自動車のエンジンを止めて、後部の荷物入れから本件製品を取り出し、まず、本件製品のカバー全体をフロントガラスに掛けた後、自動車のサイドミラーにカバーの袋部分を掛けた。次に、原告は、原告自動車の右前の部分、右後ろ部分、左後ろ部分の順に、ゴムひものフックを何度か手探りを繰り返して掛けた。最後に、原告は、しゃがんで何度か手探りをして、左前部分のエッジにフックを掛けた。そして、フックがきちんと装着されたかどうかを確認するために、しゃがんだままゴムひものフックの上一〇センチメートルくらいの箇所を触った瞬間、フックが外れ、ゴムひもの張力で跳ね上がったフックが原告の左眼に突き刺さったものである。
(三) 欠陥の存在
ア 本件製品は、フックが外れやすく、かつ、フックが外れた場合には、ゴムの張力により、勢いよく跳ね上がることから、本件製品の装着作業をしている者の身体を傷付ける危険の大きい製造物であり、その危険は、本件製品を凍結防止カバーとして使用するとき、更に大きいものである。
イ(ア) すなわち、本件製品は、通常の使用方法で使用していてもフックが外れやすい。
(イ) 本件製品のフックは、針金状の金属を成形したものであり、それを弾力性のないエッジ等に掛けた場合、荷重が板状のエッジ等に対して点でかかることになり、装着状態が不安定である。
(ウ) 本件製品のフックは、先端部分が直径約一ミリメートルの細い金属製であり、小さくて持ちにくい。
国民生活センター商品テスト部による苦情処理テスト等報告書(《証拠省略》以下「本件テスト報告書」という。)のモニターテストにおいて、七名のモニター中五名が「本件製品のフックが小さくて持ちにくい」との意見を述べている。
ウ そして、本件製品を正常に装着した状態でのゴムひもの張力は、〇・二四ないし〇・三三kgf(キログラム重)と強いため、フックが外れた場合、ゴムひもの張力によって、勢いよく車両のルーフを超える高さにまで跳ね上がり、フックの先端部分が人の眼に突き刺さる危険性を有するものであった。
エ(ア) 本件事故後、被告は、フックの材質をプラスチック製に変更した。このことは、より安全な方法を選択することが可能であったことを示すものである。
(イ) 本件製品と同様にフロントガラス、サイドガラス及びドアミラーをカバーするタイプの製品でも、左右に付いてる二本の伸縮性のないベルトの先に吸盤が付いていて、ベルトを前部ドアと後部ドアとの間に通し、吸盤をサイドガラスの内側に固定し、カバーを装着するようになっている製品が製造販売されている(以下「大町製品」という。)。
オ 本件製品及びそのパッケージには、本件製品が危険なものであるとか、暗い場所で使用しないようにとか、ゴムひもの張力でフックが体に当たる危険がある旨の説明はなかった。
カ なお、本件製品を使用する一般的な消費者が、フックの掛かり具合を確認するために、ゴムひもを上下の方向に触ることも、通常予想される使用方法の範囲内である。
(四) 損害
ア 原告は、本件事故により、左眼角膜裂傷、虹彩脱出、外傷性白内障の傷害を負った。
イ 原告は、事故日である平成一一年一月九日から同年二月一五日まで東北大学附属病院に入院し、一月一〇日に角膜縫合術、虹彩整復術、一月二二日に白内障摘出術、眼内レンズ移植術を受け、退院後も通院を続け、同年三月二三日に症状が固定した。
しかし、本件事故により、事故前に一・〇だった左眼視力が〇・〇二に低下し、かつ、外傷性散瞳状態で、常にまぶしさを感じるためサングラスをかけ続けなければならず、角膜中央部に混濁が存在するという後遺障害がある。
ウ 治療費等 一四四万九三六〇円
(ア) 治療費 三九万二三六〇円
(イ) 入院雑費(一日一五〇〇円×三八日) 五万七〇〇〇円
(ウ) 入通院慰謝料(入院三八日、通院一月半) 一〇〇万円
エ 逸失利益の額 二五六九万〇八一三円
(ア) 後遺障害等級
原告の後遺障害は、視力障害が第八級の一(一眼の視力〇・〇二以下)に、外傷性散瞳が第一二級の一(一眼の眼球に著しい調整機能障害又は運動障害を残すもの)にそれぞれ該当し、両者で併合第七級に該当する。
(イ) 逸失利益の額
a 原告の過去三年間の平均年収 三七九万八六六三円
b 労働能力喪失率(後遺障害等級併合第七級) 五六パーセント
c 就労可能年数(症状固定時五〇歳) 一七年間
d 新ホフマン係数 一二・〇七七
e 逸失利益の額(a×b×d) 二五六九万〇八一三円
オ 後遺障害慰謝料 一〇〇〇万円
カ 弁護士費用 三七〇万円
(五) まとめ
よって、原告は、被告に対し、製造物責任法に基づく損害賠償として、金四〇八四万〇一七三円及びこれに対する事故日である平成一一年一月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び反論
(一) 請求原因(一)は認める。
(二) 同(二)アは認め、イは不知。
(三)ア 同(三)アは否認する。
本件製品の装着は極めて容易であり、気温等が影響することはない。
イ 同(三)イのうち、本件製品のフックの先端部分が細い金属製であることは認め、その余は否認する。
ウ 同(三)ウは否認する。
エ 同(三)エ(ア)のうち、本件事故後、被告がフックの材質をプラスチック製に変更したことは認め、その余は否認する。変更の理由は、原告の被害感情に配慮したためであり、安全性とは無関係である。
同(三)エ(イ)は否認する。大町製品は約三年間で約四五〇〇枚しか販売されず、しかも既に販売実績の不良によって製造中止となっている。これは、大町製品には、装着しにくく、外れやすい等の問題点があったためである。
オ 同(三)オは、明らかに争わない。
カ 同(三)カは否認する。
本件製品は、フックを下から上へのゴムひもの張力により固定するものであるから、ゴムひもを上から下の方向へ動かせばフックが外れることは、本件製品の構造上明らかである。これをあえて上から下に動かす方向に触った原告の行動は、通常予想される使用方法の範囲内とは到底いえない。
キ 被告の反論
本件製品は、フロントガラスのみならず、サイドミラー及びサイドガラスをカバーするものとしては、機能・利便性及び安全性、すべての観点からみて、合理的な構造を有している。
本件製品は、発売以来約四年間で約三万八〇〇〇個、サイズの異なる同種製品を含めれば合計約八万八〇〇〇個を売り上げているが、このように消費者に支持されているのは、本件製品の機能が消費者のニーズに応え、装着が簡単・安全・確実であるからである。
消費者からのクレームは、本件製品の発売以来、本件一件のみである。仮に本件製品に欠陥があるとすれば、他にも同種事件が発生し、クレームとして寄せられているはずである。
(四)ア 同(四)アは不知。
イ 同(四)イは不知。
ウ 同(四)ウ(ア)ないし(ウ)は不知。
エ 同(四)エは争う。
視力障害及び外傷性散瞳は、ともに左眼の障害であるから、後遺障害等級は一眼の失明に当たる第八級を超えない。
また、原告主張の障害は、原告の職業である洋菓子の製造販売に影響を及ぼさず、実質的に減収を生じさせるものではないから、労働能力喪失率は、原告主張の五六パーセントを大きく下回るものである。
オ 同(四)オは争う。
カ 同(四)カは不知。
三 抗弁(過失相殺)
本件製品を一旦装着した後、原告がゴムひもを上下に動かしたため、フックが外れて本件事故が発生したものである。
本件製品を一旦装着した後にゴムひもを上下に動かせばフックが外れることは、本件製品の構造上、容易に理解することができる事柄であるから、大幅な過失相殺がされるべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁は否認する。
理由
一 本件製品の欠陥の有無及び過失相殺について
(一) 請求原因(一)の事実(本件製品の購入等)及び同二(一)の事実(本件事故の発生)は、当事者間に争いがない。
(二) 当事者間に争いのない事実、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
ア 本件製品は、自動車のフロントガラス、サイドガラス及びサイドミラーを覆うものであり、冬は凍結防止カバーとして、夏は日よけとして使用するものである。したがって、冬季においては、低温で暗い条件下で使用されることが予想される。
その使用方法は、本件製品を自動車のフロントガラス一面に広げ、左右のドアミラーに袋をかぶせ、最初の使用時に購入者が付属の固定ゴムひもに調節して接続させた金属製フック四個を、ドア下のエッジ(サイドシルとフロアパネルの合わせ面)に掛けて固定するというものである。
イ(ア) 本件製品のフックは、直径約一・五ミリメートルの針金状の金属を左右約一センチメートルの長さのU字形に成形したものであるが、小さくて手に持ちにくい。
国民生活センター商品テスト部が行った本件テスト報告書中のモニターテストにおいても、七名のモニター中五名が「本件製品のフックが小さくて持ちにくい」との意見を述べている。
さらに、モニターの一名は、装着中に、実際に手を滑らせてしまい、ゴムひもの張力によって跳ね上がったフックが顔面に当たった。
(イ) フックを掛ける位置が低いため、フックが掛かった部分を目視することは困難であり、また、フックそのものに触って掛かり具合を確認するためには低くかがまなければならないなど、装着状態の確認が困難である。
(ウ) 本件製品を正常に装着した状態でのゴムひもの張力は、〇・二四から〇・三三kgf(キログラム重)であり、フックが外れた場合、ゴムひもの張力によって跳ね上がったフックは、勢いよく車両のルーフを超える高さにまで跳ね上がるものであった。
(エ) さらに、本件製品のフックは、針金状の金属を成形したものであるため、弾力性のないエッジ等に掛けた場合、荷重が板状のエッジ等に対して点でかかることになり、装着状態が不安定である。
ウ 本件事故の発生態様の詳細は、次のとおりである。
すなわち、原告は、原告自動車のエンジンを止めて、後部の荷物入れから本件製品を取り出し、まず、本件製品のカバー全体をフロントガラスに掛けた後、サイドミラーにカバーの袋部分を掛けた。次に、原告は、原告自動車の右前の部分、右後ろ部分、左後ろ部分の順に、ゴムひものフックを何度か手探りを繰り返した後掛けた。最後に、原告は、しゃがんで何度か手探りをして、左前部分のエッジにフックを掛けた。そして、フックがきちんと装着されたかどうか確認するために、しゃがんだままゴムひものフックの上一〇センチメートルくらいの箇所を触ったところ、フックの車体下のエッジへの掛かり具合が不十分であったことに加え、原告のゴムひもへの触れ方がたまたまゴムひもを上から下に押す形となったため、フックが外れ、ゴムひもの張力で勢いよく跳ね上がったフックが原告の左眼に突き刺さった。
被告は、原告は本件製品を一旦装着した後、意図的にゴムひもを上から下に動かしたため、フックが外れた旨主張するが、原告が甲九及び本人尋問で供述しているのは、ゴムひもが外れた理由を振り返って考えてみると、フックがきちんと装着されたかどうかを確認するために、かじかんだ手でゴムひもに触ったところ、たまたまゴムひもを上から下に押す形になり、下のゴムがゆるんでフックが外れたと思われると述べているものであり、意図的にゴムひもを上から下に動かしたとまで認定することはできないものである。
エ 本件製品及びそのパッケージには、本件製品が危険なものであるとか、暗い場所で使用しないようにとか、ゴムひもの張力でフックが体に当たる危険がある旨説明はなかった。
オ 被告は、本件事故後、本件製品のフックをプラスチック製で、先端が約二×三ミリメートルのものに変更した。
カ 本件製品と同様にフロントガラス、サイドガラス及びドアミラーをカバーするタイプの製品でも、左右に付いている二本の伸縮性のないベルトの先に吸盤が付いていて、ベルトを前部ドアと後部ドアの間に通し、吸盤をサイドガラスの内側に固定し、カバーを装着するようになっている製品(大町製品)が製造販売されていたが、その販売実績は、あまりよくなかった。
キ 本件製品は、自動車用品の販売会社が被告グループに対し、フィッツ社が既に製造販売していたフロント・サイドマスクと同じような製品を作れないかとの話を持ち掛けたことをきっかけとして開発されたものであるが、その開発を担当した被告グループの一つであるMACサンコー社の酒井らは、上記フィッツ社の製品をほぼコピーして本件製品を開発したものであり、安全性に関するテストとしては、フックを引っ掛けるエッジ部分が濡れていた場合に外れやすいかなどの点は検討したが、フックが外れた場合にどの程度跳ね上がるか、冬季に本件製品を使用した場合にフックが引っ掛けやすいか、外れやすいか等の点についての試験は全く行わなかった。
ク 本件製品は、サイズの異なるLサイズ、RV用サイズのものを含め、平成一二年一〇月二〇日現在の累計で九万四〇〇〇個販売されているが、本件製品が危険であること旨の苦情は、本件を除き、なかった。
(三) 以上に説示の事実によれば、本件製品は、自動車のフロントガラス等の凍結防止カバーであり、フックを自動車のドア下のエッジに掛けて固定する構造のものであるから、装着者がかがみ込んでフックを掛けようとすることは当然であり、しかも、本件製品が使用されるのは、自動車のフロントガラス等の凍結が予測される寒い時期の夜であることが多いところ、そのような状況下で本件製品の装着作業が行われると、フックを一回で装着することができず、フックを放してしまう事態が生じることは当然予想されるところである。しかも、フックを放した場合、ゴムひもの張力によりフックが跳ね上がり、使用者の身体に当たる事態も当然予想されるところである。ところが、本件製品の設計に当たり、フックが使用者の身体に当たって傷害を生じさせる事態を防止するために、フックの材質、形状を工夫したり、ゴムひもの張力が過大にならないようにするなどの配慮はほとんどされていないものであり、本件製品は、設計上の問題として、通常有すべき安全性を欠き、製造物責任法三条にいう「欠陥」を有しているといわなければならない。
(四) 被告は、本件製品の構造上、本件製品を一旦装着した後にゴムひもを上下に動かせばフックが外れることは明らかであるから、大幅な過失相殺がされるべきである旨主張する。
しかしながら、前記説示のとおり、原告は、フックがきちんと装着されたかどうかを確認するために、かじかんだ手でゴムひもを触ったところ、たまたまゴムひもを上から下に押す形になったものである。そうすると、原告が通常の予測の範囲を超えた行為に出たものと認めることはできない。
他に、原告が通常の予想を超えて本件製品を使用したことの主張立証はない。
したがって、被告の上記主張は理由がない。
二 損害について
(一) 《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告は、本件事故により、左眼角膜裂傷、虹彩脱出、外傷性白内障の傷害を負った。
イ 原告は、東北大学医学部附属病院に平成一一年一月九日から同年二月一五日まで三八日間入院し、一月一〇日に角膜縫合術、虹彩整復術、一月二二日に白内障摘出術、眼内レンズ移植術を受け、退院後も通院を続け、同年三月二三日に症状が固定した。症状固定までの通院回数は、五回である。
ウ 本件事故により、原告の左眼視力は、一・〇から〇・〇二に下がったが、その矯正は不能である。また、原告の左眼は外傷性散瞳状態にあり、常にまぶしさを感じるためサングラスを掛け続けなければならない。
なお、甲二の一(平成一一年二月一五日付け診断書)には左眼視力が〇・〇四である旨の記載があるが、症状固定後に作成された平成一一年一〇月四日付け障害診断書には〇・〇二と記載されていること、及び原告が、その本人尋問において、甲二の一を作成した当時は角膜を保護するコンタクトレンズを装着していたために一時的に〇・〇四程度見えていたにすぎない旨供述していることに照らすと、甲二の一中の〇・〇四との記載を採用することはできない。
(二) 治療費等 三九万二三六〇円
原告は、外傷性白内障の各傷害の治療費(入院費、診療費、調剤費、文書料、角膜保護用コンタクトレンズ代金等)として、上記の金額を支出した。
(三) 入院雑費 五万三二〇〇円
日額一四〇〇円が相当である(一四〇〇×三八)。
(四) 入通院慰謝料 九〇万円
前記(一)イに認定した入通院期間によれば、九〇万円が相当である。
(五) 逸失利益 一六九一万一〇〇〇円
ア 前記(一)ウに認定した原告の障害は、後遺障害等級(自賠法施行令第二条による。)第八級に該当する。
そして、労働省労働基準局長通牒別表労働能力喪失率表によれば、一眼の失明による労働能力喪失率は四五パーセントである。
原告は、視力障害が第八級に、外傷性散瞳が第一二級にそれぞれ該当し、両者を合わせると併合第七級に当たる旨主張する。
しかしながら、後遺障害等級(自賠法施行令第二条による。)によれば、一眼が失明した場合も第八級とされているから、原告の上記主張は採用することはできない。
イ(ア) 原告が営む洋菓子製造販売業について、売上金額から売上原価及び経費を差し引いた金額(専従者給与一二〇万円を差し引く前の金額)は、次のとおりである。
平成八年分 四〇八万〇二四四円
平成九年分 三八八万三〇三五円
平成一〇年分 四〇八万二七一〇円
平成一一年分 三〇〇万五四六五円
ただし、平成一一年分については、原告の入院等による休業の影響があると考えられる。
(イ) なお、賃金センサス平成一一年第一巻第一表によれば、同年における産業計企業規模計全労働者の年収額は、四九六万七一〇〇円である。
(ウ) そして、原告の営む洋菓子製造は、細かな作業の連続であり、スピードと正確さを要する仕事であるところ、左眼の負傷により、ケーキを水平にカットしたり、細かな飾り付けを行うなどの作業で疲労感が強く、同じ仕事を終えるのにかかる時間も増えた。そのため、ケーキ作りに必要な段取りを一時間早く妻が工場に出て行うようになり、店の営業時間も合計一時間短縮せざるを得なかった。また、車の運転も困難となり、配達等に必要な運転も、原告の妻が行うようになった。さらに、講習会に出席することも困難となり、新たな技術の習得等が難しくなった。
このように、原告にさほどの減収が生じていないとしても、それは、原告及びそれを支える原告の妻の特別の努力によるものである。
エ 以上の事実を総合すると、原告が本件後遺障害により被った逸失利益は、その就労可能期間全体にわたり、年額一五〇万円であると認めるのが相当である。
オ 原告は、昭和二四年三月八日生まれであり、本件事故時五〇歳になる直前であったものであり、その就労可能年数は、少なくとも一七年であることが認められる。
カ 中間利息の控除は、ライプニッツ係数を使用するのが相当であり、一七年のそれは、一一・二七四である。
キ そうすると、逸失利益の額は、一六九一万一〇〇〇円となる。
(六) 後遺障害慰謝料
上記(五)に認定の事実、及び原告が仕事以外の活動でも自由が制約されるようになったことその他本件に顕れた諸般の事情を総合すると、後遺障害慰謝料としては、七七〇万円が相当である。
(七) 小計
以上をまとめると、原告には、以下のとおりの損害が生じている。
治療費 三九万二三六〇円
入院雑費 五万三二〇〇円
入通院慰謝料 九〇万円
逸失利益 一六九一万一〇〇〇円
後遺障害慰謝料 七七〇万円
小計 二五九五万六五六〇円
(八) 弁護士費用
原告が原告訴訟代理人らに本訴の提起及び追行を委任したことは、弁論の全趣旨から明らかであるところ、本件訴訟の難易、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用を二六〇万円と認めるのが相当である。
(九) まとめ
以上によれば、被告は、原告に対し、製造物責任法による損害賠償として、金二八五五万六五六〇円及びこれに対する本件事故日である平成一一年一月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
三 結論
よって、原告の本訴請求は、上記二(九)の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六四条本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市川正巳 裁判官 春名郁子 裁判官金谷和彦は、転勤につき署名押印することができない。裁判長裁判官 市川正巳)