仙台地方裁判所 平成11年(ワ)277号 判決 2003年8月26日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,原告甲に対し,金2057万円及びこれに対する平成10年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告乙に対し,金1925万円及びこれに対する平成10年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,統合失調症の治療のため被告の開設するA病院に入院していた亡丙が,悪性症候群を発症し,搬送先のB病院において死亡したのは,A病院の医師及び看護師らの診療上の過失(悪性症候群の発症に気付くのが遅れ,適切な診療措置及び転院措置を採らなかったこと等。)が原因である等として,債務不履行又は不法行為を理由に,亡丙の両親である原告らが,被告に対し,これによって被った損害の賠償を求める事案である。
1 争いのない事実等(証拠を掲げたもののほかは,当事者間に争いがない。)
・当事者
ア 原告甲及び同乙は,亡丙の両親である(甲1)。
亡丙は,昭和43年7月14日,原告らの長女として出生したが,平成10年6月1日に死亡した。
イ 被告は,肩書地において神経科,精神科及び外科を診療科目とするA病院を開設する財団法人である。
被告の代表者は,C医師であり,A病院の院長である。
・亡丙の死亡までの経過
ア 亡丙は,平成元年10月ころから独語の症状を発症し,断続的に通院治療を受けていたところ,平成3年4月12日には,自宅2階から飛び降りて第1,第2腰椎圧迫・右足踵骨折の傷害を負い,D医院で診察を受けた後,A病院に入院して,同年8月3日まで骨折及び統合失調症の治療を受けた。
イ 亡丙は,退院後も,A病院に通院して統合失調症の治療を続けていたが,平成8年4月30日,再び自宅2階から飛び降りて右肩・鎖骨骨折の傷害を負い,E整形外科で治療を受けた後,翌5月1日,再びA病院に入院し,以後,骨折及び統合失調症の治療を受けていた。
ウ 平成10年5月30日,亡丙は朝から看護師の起床の声かけにも反応せず,意識のない状態が続いたが,A病院は,薬の持ち越し効果を疑い,点滴等の処置を施して様子を見ていた。しかし,同日正午過ぎ,亡丙に脳の器質的変化の存在が疑われたことから,同人をB病院に搬送することとし,原告らに対し,その旨電話で連絡した。
A病院は,同日午後1時30分,亡丙を救急車でB病院に搬送したが,同年6月1日午前11時37分,亡丙は同病院において心不全のため死亡した。
2 争点
・亡丙の死亡原因
・被告の過失の有無
・損害額
3 争点に関する当事者の主張
亡丙の死亡原因
ア 原告らの主張
亡丙は,次のとおり,悪性症候群により死亡した。
・悪性症候群
悪性症候群とは,抗精神病薬の治療中に出現する最も重篤な副作用の一つであり,次のような臨床像と一連の経過を示すものをいう。
すなわち,著しい筋硬直,無動緘黙,頻脈・発汗・流涎とともに体温が上昇し(前駆症状),この段階で適切な処置が採られないと,1,2日のうちに体温が40度以上にも達し,前駆症状の増強,意識障害,急速に進行する脱水症状や栄養障害,呼吸障害,循環虚脱を来たし,ついには顔面蒼白・高体温のまま死亡する。報告例の死亡率は20ないし30パーセント又はそれ以上である。
・悪性症候群の原因
従来,悪性症候群は,ハロペリドールやレボメプロマジン,エナント酸フルフェナジンのような抗精神病力価の強い薬の投与によって起こることが多いと考えられていたが,最近では,抗精神病力価が比較的弱い薬でも同様に起こることが知られてきた。
・悪性症候群の症状と経過の特徴
悪性症候群は,抗精神病薬療法中のあらゆる時期に発症するが,治療開始後数日から1,2週間以内の早期に出現する例が比較的多い。薬物の非経口投与の場合にこの傾向が特に顕著である。長期療法の経過中では,薬物の変更・中断・増量,あるいは感染症や栄養障害などによる患者の身体状況の変化を契機に発症する例が知られている。
一般に,悪性症候群の発症に先立って何らかの前駆症状が出現する。特に,原因不明の発熱(38度前後)が12時間以上にわたって続き,徐々に上昇する傾向を示す場合は,重要な徴候といえる。
前駆症状は,抗精神病薬の大量投与時によく見られる錐体外路性及び自律神経性の反応(薬物の皮質下浸潤症状)が増強された形で出現する。錐体外路症状は,著しい筋硬直,振戦,急性ジスキネジア,流涎など,また,自律神経症状は,著しい発汗,頻脈,血圧変動,尿失禁などである。その他,しばしば緘黙,無動,昏睡等の意識障害を示す。これらの前駆症状は,この段階のままで長引いたり,一時消退するかに見えることもあるが,直ちに適切な処置(抗精神病薬の即時中止,全身管理など)を採らないと,あるいは,抗精神病薬の筋注をさらに追加したりすると,数時間から数日のうちに悪性症候群に移行する。
典型的な悪性症候群は,蒼白・高熱症候群の状態を呈する。体温は,急速に40ないし42度に達し,解熱薬に全く反応しない。錐体外路性及び自律神経性の前駆症状が増強する。完全な無動・昏迷状態から意識が障害され昏睡に陥る。中には多動,興奮が持続的あるいは挿間的に出現する例もある。喘鳴が著しくなり,呼吸困難やチアノーゼが起こり,急激な血圧の変動,乏尿ないし無尿,急速に進行する脱水状態,数日のうちに広汎な褥瘡を形成するような高度の栄養障害が生じる。呼吸不全(肺浮腫,肺梗塞),急性腎不全,DIC,出血傾向,循環虚脱などが死因となりやすい。
適切な処置を行うと,下熱とともに諸症状が次第に消退し,後遺症を残さないのが通例である。ただし,ハロペリドールとリチウムの併用中に発症する悪性症候群で,非可逆性の脳障害を残す例が知られている。
・悪性症候群の予防と治療
a 早期発見,早期予防により,ほとんどの症例で重症化を防ぐことができるので,最良の予防は悪性症候群に関する知識であると言われている。そして,強力な抗精神病薬の非経口投与の際は,常に悪性症候群発症の可能性を念頭に置いておくことが,特に身体的疲憊状態,栄養障害,脱水状態にある患者,身体的拘束処置を受けている患者,若年者,老齢者,間脳機能の脆弱性が疑われている患者などの場合に重要である。このようなケースでは,体温,錐体外路症状,血清CPK値の動きに注意する。
b 悪性症候群が発症したときは,全身状態の管理を最優先する。治療管理の適否が予後に関係するので,ICUなどの集中的な治療管理体制下で行うことが望ましい。
対症治療の要点は,① 前駆症状ことに発熱を見たら,原則的に抗精神病薬の即時投与中止,② 脱水や栄養障害に対しての適正な補液,電解質の補正,酸塩基平衡障害の是正,カロリー補給,③ 必要に応じて気道確保,酸素吸入,④ 高体温に対する体冷却(解熱薬はほとんど無効),⑤ 感染予防のための抗生物質の使用,⑥ 体位変換などによる褥瘡の予防などであり,また,循環虚脱,腎不全,DICなどが起これば,それぞれ適切な集中管理が必要になる。
・亡丙に対する投薬
a 亡丙の入院中(平成8年5月1日から平成10年5月30日まで。以下「本件入院期間」という。)には,次のとおり,抗精神病薬の投薬が行われていた。
・コントミン
平成10年2月13日から同年5月21日までの間,1日当たり,50㎎3錠(計150㎎)。
・バルネチール
平成8年5月14日から同年7月25日までの間,1日当たり,100㎎3錠(計300㎎)。
同年7月26日から平成10年5月29日までの間,1日当たり,100㎎6錠(計600㎎)。
・ロドピン
平成8年10月16日から平成10年5月29日までの間,1日当たり,25㎎1錠。
・リスパダール
平成8年11月15日から平成10年5月21日までの間,1日当たり,1㎎3錠(計3㎎)。
同月22日から同月29日までの間,1日当たり,1㎎6錠(計6㎎)。
b 注目すべき点は,リスパダールの投与経過である。リスパダールの製造販売元によるリスパダールについての紹介文書には,重大な副作用として悪性症候群を挙げてあるほか,副作用の発現率は58.1パーセント(723例中420例)で,そのうち,錐体外路系副作用の発現率は,38.7パーセント(723例中280例),臨床検査異常は,128例に見られたとの記載がある。日本医薬品集も,リスパダールの副作用として悪性症候群を挙げている。
悪性症候群は,抗精神病薬治療のすべての時期に発症するが,① 突発型(治療初期すなわち投与後1,2日以内に発症するもの。18.1パーセント),② 早発型(治療早期すなわち投与後5日目から15日目にかけて発症するもの。50.0パーセント),③ 遅発型(長期治療中に発症するもの。20.5パーセント),④ 離脱型(長期治療中の投与中断及び急激な減薬時に発症するもの。)に分けることができ,抗精神病薬の投与量を急速に増加していく治療初期5ないし15日目ごろに発症する早発型の発症頻度が最も高い。また,悪性症候群を発症した症例の多くは,抗精神病薬の多剤併用で治療されている。
c 主治医のF医師は,平成10年5月22日,リスパダールの投与量を1日当たり3㎎から6㎎とそれまでの倍に増量した。亡丙の後記・の症状発現は,それから9日目である。
・亡丙の症状経過等
a 平成10年5月30日の亡丙の症状について
午前5時25分 起床の声掛けするも無反応で寝息を立てている。
午前6時55分 いつもの状態と反応が違い睡眠状態が深い。
尿失禁,瞳孔散大,呼名への反応・痛覚なし,軽度チアノーゼ(+)
BD(血圧)108/60,P(脈拍)66
午前7時15分 婦長のG看護師より,F医師に対し,「血圧,瞳孔散大,いびきをかいて眠っている,痛覚の反応がない」等を報告。同医師より,ソリタT3(500ml)3本の指示を受ける。
午前7時30分 BD140/100
午前8時10分 フォーレ(尿管カテーテル)挿入
再三名前を呼ぶも反応全くなし。口腔より白い泡状の流涎あり。
午前8時30分 ① ソリタT3(500ml)
午前9時50分 ② ソリタT3接続
午前11時10分 ③ ソリタT3接続
BP152/78,血糖値223
正午 ECG(心電図)施行中,呼吸停止。吸引。
KT(熱)38.1度。熱感あり。
氷枕を左右腋下に施行。
b aによれば,亡丙には,B病院に転送前に,既に,亜昏睡,瞳孔散大,尿失禁,痛覚なし,流涎,チアノーゼ,血圧上昇,発熱等の悪性症候群の前駆症状が出ていた。
なお,筋強剛,振戦や発汗,頻脈の症状の有無は,カルテ上記載がないが,これは被告の医師,看護師が観察,測定を怠ったことによるもので,その存在を否定できない。
・B病院の診断
a 亡丙の転送時の検査によるとCPKは2399という異常高値(正常値は40ないし200)であり,電解質のバランスの乱れ,37.9度の発熱,CTスキャン上脳浮腫が見られるも,出血は認められなかった。
b B病院は,A病院の看護記録,カルテに記されている症状とaの症状から,悪性症候群と診断している。なお,B病院の診療記録12枚目の「説明記録」には,説明内容として「悪性症候群であろう」との記載があり,脳外科の判断として「悪性症候群でしょう」との記載もある。
・まとめ
以上によれば,亡丙の死亡原因は,悪性症候群である。
イ 被告の主張
・亡丙をB病院に搬送した平成10年5月30日,同病院脳外科当直医から,A病院宛に,「悪性症候群が疑われる。精神科のH医師とも相談して,結局,脳外科・内科のフォローアップの下,精神科に入院させることにした。患者の状態としては,脳浮腫が強く,人工呼吸管理の下,血圧も低下傾向にあり,厳しい状況である。」旨の電話連絡があった。
しかし,翌々日の同年6月1日,H医師から,亡丙が治療の効なく同日死亡した旨の電話連絡があり,その際の同医師の説明によれば,「著しい脳浮腫があったこと以外は何も分からない。死因究明のために病理解剖を勧めたが,家族に断られた。」とのことであった。
本件では,原告らが承諾せず病理解剖がなされなかったため,亡丙に著しい脳浮腫が生じた原因(疾患名)は不明である。
・悪性症候群について
a 日本における悪性症候群の診断基準は,抗精神病薬服用下での発熱,意識障害,錐体外路症状,自律神経症状を診断的特徴とすることで一致しており,そのうち,融道夫(以下「融」という。)の診断基準は,抗精神病薬服用中あるいは抗パーキンソン薬中断後の患者に,原因不明の高熱,錐体外路症状,意識障害,自律神経症状,CPK値の上昇が現れた場合に,悪性症候群と診断するものである。
b 亡丙の流涎,チアノーゼは転院前に消失しており,発熱も転院後の午後4時20分には38.8度であったが午後5時55分以降は37度台に,午後10時30分以降は36度台に下降している。発熱に並ぶ自律神経症状として悪性症候群に特徴的な発汗も観察されておらず,筋強剛を主とする明白な錐体外路症状も出現していない。
c 亡丙の症状は,ほぼ100パーセント出現する特徴的な高熱と錐体外路症状が観察されず,発汗や拡張期血圧の著明な上昇など特徴的な自律神経症状が認められないので,前記悪性症候群の診断基準を満たすものとはいえない。
d B病院診療録1枚目には,入院時診断名として,「悪性症候群の疑い」と疑い病名で記載されており,同14枚目の記載も同様である。同診療録1枚目の最終診断名には「脳浮腫」とあり,死亡診断書の「死亡の原因」欄にも悪性症候群との記載がない。
e 同病院で悪性症候群と確定診断をしていれば,早急に筋弛緩剤又はドーパミン作動薬(パローデルなど)が投与されていたはずであって,そのような処置が採られていないのは,その診断を確定できなかったためである。
・亡丙の本件入院期間中の訴えや症状をすべて抗精神病薬の副作用と捉えるのは誤りであり,また,抗精神病薬の副作用のすべてが悪性症候群につながるものではない。
亡丙は,両親が面会に来ず,外泊許可を得ても帰宅を歓迎しないため自宅に帰れないなど,原告ら家族の無理解のため精神状態が不安定となることが多く,抗精神病薬の継続投与が必要であった。
そのため,A病院では,日頃から亡丙の身体・栄養状態に留意し,毎月1回の割合で血液検査や必要な検査を施行して副作用の出現していないことを確認し,抗精神病薬を慎重に投与していた。
その結果,亡丙には平成8年5月10日の入院後,一度も悪性症候群の症状や訴えは認められなかった。
・以上によれば,亡丙の死亡原因は不明である。
・被告の過失の有無
ア 原告らの主張
a G看護師は,平成10年5月30日午前6時55分,亡丙の前記・ア・aの症状を確認し,同日午前7時15分,F医師に対し,電話でその旨を報告した。
F医師は,亡丙に対する抗精神病剤リスパダールの1日当たりの投与量を,同月22日に,それまでの1㎎3錠(3㎎)から6錠(6㎎)に倍増していたのであるから,増量して9日目に当たる同月30日に出現した亡丙の異常な症状を,まず悪性症候群の前駆症状ではないかと疑って自ら診察し,直ちに白血球の検査や悪性症候群の診断のために欠かすことができない血清CPKの検査をすべきであったのに漫然とその可能性すら否定し,点滴を指示したのみで,その後の症状を報告することさえ指示しなかった。
C医師は,同日午前9時30分ころ,亡丙を診察したが,やはり悪性症候群の可能性を疑うことすらしないまま,頭部の器質の変化から来る症状と考えるなど全く的外れな診断をした。
G看護師は,F医師に報告後,亡丙の重篤な状態にもかかわらず,必要な身体症状の観察,血圧,脈拍,体温等の測定を怠った。
b 悪性症候群は,早期発見,早期治療により,ほとんどの症例で重症化を防ぐことができるので,最良の予防は,悪性症候群に関する知識とさえ言われている。A病院の各医師は,それぞれaの各時点で悪性症候群の前駆症状を疑って直ちに悪性症候群の診断のために必要な検査を行うとともに,治療を開始すべきであり,仮に,A病院では最善の治療を尽くすことが困難であると判断したのであれば,より高度の医療設備を有する病院に亡丙を転送すべきであったにもかかわらず,点滴をしたのみで何ら治療をせず,悪性症候群の診断に必要な検査をすることなく,同日午後1時30分になるまでB病院に搬送しなかった。
c A病院の医師らが,亡丙に対し,上記のように悪性症候群の診断に必要な検査等を行っていれば,亡丙は,悪性症候群で死亡しなかった蓋然性は極めて高い。そして,A病院の医師・看護師らは,亡丙と被告間の診療契約の履行補助者であるから,被告は,A病院の亡丙に対する治療により同人が受けた損害を賠償すべき義務がある。
・仮に,亡丙が悪性症候群と診断できなかったとしても,前記のとおり,亡丙は,亜昏睡,瞳孔散大,呼名への反応も痛覚もない状態となったのであるから,A病院では,意識障害等の原因のための検査(CPK,白血球の検査,頭部CT,髄液検査など)をするべきであったのに,同日午前6時25分からB病院に搬送されるまでの少なくとも7時間,血糖値と心電図を検査したに過ぎず,点滴と導尿以外の処置を行わなかった。
また,亡丙の上記症状に照らせば,F医師は,同日午前7時15分ころ,G看護師から,亡丙の症状の報告を受けた段階で,症状の重篤性を考慮し,より高度の医療設備を有する病院に転送するべきであったにもかかわらず,B病院への転送を特段の理由もないまま同日午後1時30分まで行わなかった。
そのような適切早急な転院が行われていれば,適切な処置が行われることにより,亡丙は,解熱とともに諸症状が次第に消滅し,後遺症を残すこともなかった。
・仮に亡丙の死亡原因が悪性症候群でないとしても,A病院は,上記・の検査及び適切早急な転院を行うべきであり,これが行われていれば,亡丙は,解熱とともに諸症状が次第に消滅し,後遺症を残すこともなかったことは・と同様である。
イ 被告の主張
・亡丙の死亡原因は・イ記載のとおり不明であるから,同人が悪性症候群により死亡したことを前提とする原告らの主張は,失当である。
・仮に亡丙の死亡原因が悪性症候群だとしても,A病院の医師らは,平成10年5月30日午前6時55分から午後1時30分までの間の亡丙の症状からは,悪性症候群と診断することはできなかった。
a 被告は,亡丙の同日の症状に対し,次のとおり可能な限りの処置を講じた。
・同日午前6時55分ころ,J看護師が亡丙の部屋に早朝の声かけに行ったところ,亡丙は「いつもの状態と反応が違い,睡眠状態が深い」状態であった。同看護師は,そのころ出勤したG看護師にその旨報告し,G看護師が亡丙の部屋に行くと,やはり同じ状態であることが認められた。そのため,同看護師は,同日午前7時15分ころ,F医師の自宅に電話で亡丙の症状を連絡した。
F医師は,G看護師から受けた報告の内容や前日までの亡丙の元気な状態から,抗精神病薬の持ち越し効果による症状を疑い,薬の排泄促進を目的としてソリタT3の点滴と当日出勤予定のC医師に診察してもらうよう指示した(なお,G看護師が亡丙の瞳孔散大,呼名痛覚なし,軽度のチアノーゼを確認したのは,同日午前7時30分であり,したがって,同日午前7時15分の時点では,F医師は瞳孔散大等の報告を受けていない。)。
・G看護師から,亡丙の症状について報告を受けたC医師は,同日午前9時30分ころ亡丙を診察し,亜昏睡状態であるものの,けいれんや著明な発汗,発熱がないこと,その他の異常もないことを確認している。また,C医師は午前11時10分ころにも診察し,正午ごろには,I医師も診察している。その間,G看護師らは,亡丙の症状について経過観察を続け,ソリタT3の点滴(1500ml),尿管カテーテルの留置,対光反射検査,血圧測定,心電図記録,血糖値測定,吸引器による唾液吸引,左右腋下での氷枕を使うなどの各処置を行っている。
・C医師は,同日午前9時30分の時点で脳の器質的変化(脳出血など)を疑ったのではない。同時点では,瞳孔散大がなく,呼吸も穏やかで,発汗や発熱もなかった。また,睫毛反射・膝反射もあり,脳圧亢進の異常は認められなかった。ところが,同日午前11時10分ころの再診及び同日正午ころのI医師の診察の結果,初めて脳の器質的変化の存在が疑われたのである。
C医師は,脳の器質的変化を疑った後,直ちに亡丙をB病院に転送すべく,亡丙の家族に連絡し,同病院に受入れ要請をするなどの処置を講じた。
b 本件では,亡丙の真の死亡原因が解明されていない以上,同人を,もっと早期にB病院に転送していれば救命できたといえるかどうかも不明である。
c 以上より,被告に過失はない。
・損害額
ア 原告らの主張
原告らが亡丙から相続した損害賠償請求権及び原告ら固有の損害賠償請求権を合計すると,原告甲につき2057万円,原告乙につき1925万円になる。内訳は,次のとおりである。
・葬儀費用(120万円)
原告甲が負担した。
・死亡慰謝料(3000万円)
a 亡丙は,統合失調症を治療し,健常人となって,将来,就職・自立するためにA病院に入院しながら,A病院の医師らが,亡丙の治療薬に悪性症候群の副作用があるにもかかわらず,その前駆症状に気付かなかったという重大な過失のため手遅れとなり死亡したもので,その精神的肉体的苦痛は計り知れないもので,これを慰謝するには3000万円が相当である。
b 原告らは,亡丙の父母であり,亡丙の死亡により,法定相続分に従って,aの損害を,2分の1の1500万円ずつ相続した。
・原告ら固有の慰謝料(500万円)
原告らは,亡丙が1日でも早く治癒して原告らの下に戻ってくることを期待していたにもかかわらず,亡丙の死を迎えるに至った哀しみは筆舌に尽くし難いものがあり,これを慰謝するには,それぞれ250万円が相当である。
・ ・ないし・を合計すると,原告らの損害は,それぞれ次のとおりとなる。
a 原告甲 ・ないし・の合計金1870万円
b 原告乙 ・及び・の合計金1750万円
・弁護士費用(362万円)
原告らは,本件訴訟を提起するに当たり,原告代理人に訴訟追行を委任した。弁護士費用としては,原告それぞれ損害賠償請求権の約1割に相当する金額である,原告甲につき金187万円,原告乙につき金175万円が相当である。
イ 被告の主張
すべて争う。
第3争点に対する判断
1 診療経過等について
前示第2の1の事実に証拠(甲2,18,乙1,2,4の1ないし3,5,9,証人F,証人G,原告甲本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
・平成10年5月30日午前6時25分,亡丙は,J看護師が起床の声かけをしても反応がなく,寝息を立てている状態であった。
・同日午前6時55分,J看護師は,出勤してきた婦長のG看護師に亡丙の睡眠が深く反応がいつもの状態と異なる旨報告した。G看護師は,亡丙を揺すったりつねったりしてみたが,やはり反応がない状態であった。このときの亡丙の血圧は108/60,脈拍は66であった。
・同日午前7時15分,G看護師は,F医師に対し,「丙さんがなかなか起きてこない。前日夜に投与した薬が効き過ぎているのではないか。」と亡丙の状態を電話で報告した。F医師は,亡丙が前日までは特に変わった様子もなく元気に見えたこと,年齢的に若く特に思い当たる疾患もないことから,薬の効き過ぎによる持ち越し効果を疑い,G看護師に対し,朝の投薬を中止すること,体内の薬を早く排泄させるためにソリタT3(500ml)を3本点滴すること,当日午前中診療に当たる予定であったC医師が来たらすぐに診てもらうことを指示した。
同日午前8時10分ころ,看護師は亡丙に尿管カテーテルを挿入した。同人は再三の名前の呼びかけに反応せず,口腔から白い泡状の涎を流していた。
・G看護師らは,亡丙を看護師の目が届きやすい病室に移動し,同日午前8時30分ころから,ソリタT3(500ml)の点滴を開始した。
この時点での亡丙の状態は,尿失禁があり,瞳孔が散大し,名前を呼んでも反応がなく,痛覚もない状態であったが,血圧は140/100で,脈拍にも特に変化は見られなかった。また,口腔より泡状の流涎があった。
G看護師は,病室を移動する前の亡丙に軽いチアノーゼを認めたが,移動後の亡丙には,特にチアノーゼは認められなかった。
・同日午前9時30分ころ,C医師が到着し,亡丙を診察した。亡丙は亜昏睡状態であったが,痙攣や著明な発汗,発熱がなく,病気の原因は不明であったため,同医師は,G看護師に対し,このまま点滴を続行するとともに,異常があったら連絡するよう指示した。
G看護師らは,この指示を受けて,10分から15分ごとに血圧,脈拍の測定をし,呼吸等の状態を観察し,また,C医師の指示にはなかったものの,血糖値も測定したが,特段の異常はみられなかった。ソリタT3の点滴は,同日午前9時50分ころに2本目を接続した。
・同日午前11時10分,3本目の点滴を開始した。そのころの亡丙の状態は,半開眼状態で涙を流し,いびきをかいて眠っている状態であった。血圧は152/78,血糖値は223であった。
・同日正午ころ,G看護師は,循環動態の確認のため亡丙の心電図を測定中,一時的に呼吸停止があったが,特に処置を施すことなく,すぐに呼吸は再開した。このときG看護師は,C医師が忙しそうな様子であったことから,外科のI医師に診察を依頼した。同医師は,診察の結果,様子を観察するよう指示した。このとき亡丙には熱感があり,体温を測ったところ,38.1度の発熱が認められた。また,口からは唾液が出ている状態であった。G看護師は,唾液を吸引し,体の冷却を図るため氷枕を左右の腋の下に入れた。
・同日午後0時30分までに,C医師は,亡丙に熱感があり,いびきをかいて眠っている状態が続いていることから,脳の内部の出血又は脳梗塞など急激な脳の器質的変化の存在を疑って,より詳細な検査と治療のため脳外科のあるB病院に搬送するのが妥当と判断し,転院の手配をした上で同日午後1時30分ころ,亡丙を救急車でB病院に搬送した。
・B病院搬送後,直ちに脳外科の医師が亡丙を診察した。亡丙の体温は,同日午後4時20分に38.8度まで上昇した後,同日午後5時55分には37度台,同日午後10時30分には36.5度まで下降した。CPKは2399,白血球は13800,GOTは63で,チアノーゼは見られなかった。
同病院脳外科の担当医は,亡丙の意識障害,電解質異常,著明な脳浮腫,自発呼吸停止,CPK高値,発熱等の症状から悪性症候群を疑った。
同日午後4時,同病院精神科のH医師は,原告甲に対し,亡丙の症状は脳浮腫があることから悪性症候群であると思われる,不可逆性の損傷が脳に起きている可能性が高く,非常に危険な状態であり急変する可能性が高い,と説明した。
・同月31日,亡丙の状態は,尿量が多く,CPKは15616と更に上昇した。
・同年6月1日,亡丙は,血圧が徐々に低下し,午前11時37分,意識が戻らないまま心不全により死亡した。亡丙の病理解剖は行われず,H医師は,死亡診断書の死亡の原因欄に,直接死因として「心不全」,その原因として「脳浮腫」と記載した。
・B病院(精神科)入院診療録には,入院時診断名として「悪性症候群の疑い」,最終診断名として「脳浮腫」との記載がある。
・A病院において同年5月28日に行われた亡丙の血液検査等の結果からは,いずれも異常が認められなかった。
2 争点・(亡丙の死亡原因)について
・原告らは,亡丙の死亡原因は悪性症候群であると主張し,これに沿う医師K作成の意見書(甲30,31,38。これらをまとめて,以下「K意見書」という。)がある。
・しかしながら,亡丙の死亡原因を悪性症候群と認定するには,次のとおり疑問が残る。
ア 証拠(甲3,16の2・3,乙10ないし14)によれば,次の事実が認められる。
・悪性症候群の症状,経過と転帰
悪性症候群の特徴的な病像は,筋強剛(関節が鉛管様あるいは板様に硬くなる錐体外路症状),無動緘黙状態(昏迷又は意識障害),自律神経症状(上半身特に顔面にじっとりとした独特の発汗)を主要症状とし,診断上は,これに原因不明の高熱(38度以上)が加わる。
そして,通常は1ないし3週間で回復するが,約10パーセントが死の転帰をたどる。
これに対して適切な処置を採らないと,1,2日の内に体温が40度以上に上昇し,上記症状の増強,急速に進行する脱水症状や栄養障害,呼吸障害,循環虚脱を来たし,ついには顔面蒼白,高体温のまま死亡するとされる。
・診断基準
悪性症候群については,初期にLevensonの診断基準があるが,Popeらの診断基準を経て,Caroffらの診断基準に至っている。日本では,これらの診断基準を踏まえて定義しており,抗精神病薬服用下での発熱,意識障害,錐体外路症状,自律神経症状を診断的特徴とするのが,村田慎一ら,原田俊樹,融らの一致した見解である。
現在の標準的な診断基準である融の診断基準は,抗精神病薬服用中あるいは抗パーキンソン薬中断後の患者に,① 原因不明の高熱,② 錐体外路症状,③ 意識障害,④ 自律神経症状,⑤ CPK値の上昇が現れた場合に悪性症候群と診断するものである。
そして,融は,次のとおり補足説明する。
① 発熱は,ほぼ100パーセントにみられ,38度以上になることが多く,解熱薬は無効である。② 錐体外路症状もほぼ100パーセントにみられ,通常は筋強剛(鉛管様)がみられる。50パーセント以上の症例で振戦もみられ,ジストニア,嚥下障害,構語障害,流涎,ミオクローヌスなどの不随意運動もみられる。③ 意識障害は80パーセント以上にみられ,その程度は様々である。④ 自律神経症状も90パーセント以上にみられ,自律神経不安定状態,多量の発汗は重要な兆候である。⑤ CPK値の上昇は,発症初期にみられることがあるが,筋損傷,過激な運動,興奮,痙攣,筋肉内注射でもみられることがある。
もっとも,①の発熱については,解熱剤に反応しない38度以上の高熱で,治療を開始してもしばらくは稽留熱が続く場合が多く,また,他の症状が回復しても微熱のみが比較的長く続くことが特徴であるが,中には37度台の微熱の場合もあり,②の筋強剛については,まれに同症状を示さない例も見られるけれども,上記①ないし⑤の症状を同時に2つ以上欠く場合にも悪性症候群と診断する見解は見当たらない。
なお,上記融の診断基準は,亡丙の死亡から3年後に発表されたものであるが,A病院転院時の同人の疾患及び同人の死亡原因の確定は,口頭弁論終結時における最新の知見に基づくべきであるから,これに依拠することに問題はない。
イ これを本件について見るに,亡丙には,平成10年5月30日朝から死亡に至るまで意識障害の精神症状が認められ,発熱,発汗,尿失禁,CPK上昇等の諸症状も認められる。
しかし,亡丙の体温は,転院前の同日正午ころに38.1度あり,転院後の同日午後4時20分に38.8度まで上昇したものの,同日午後5時55分には37度台,同日午後10時30分には36.5度まで下がっており,悪性症候群に特徴的な解熱剤に反応しない稽留熱ではないことが認められる。また,同日朝から死亡に至るまでいずれの時点においても,亡丙の全身の筋肉が硬直していたことを認めるに足りる証拠がない。
もっとも,上記のように,悪性症候群の症例では,38度以上の高熱あるいは稽留熱,筋強剛が認められないものも報告されてはいるけれども,これらの症状を欠く症例自体稀なものであり,稽留熱と筋強剛のいずれをも欠く症例で悪性症候群と診断がされた例がないことは前示のとおりである。
さらに,尿失禁についても,証拠(乙1,2,証人F,証人G)によれば,必ずしもこのときが初めてではなかったことが認められるので,決め手となる症状とはいえない。
したがって,亡丙の死亡に至るまでの症状から,同人の死亡原因が悪性症候群であったと認めることはできない。
ウ B病院は,亡丙が同病院に転送された直後,同人について悪性症候群の発症を疑い,原告らにもその旨説明しているが,これは,あくまで入院時の疑い病名にとどまり,かえって最終的な診断としても悪性症候群であると結論付けたことを認めるに足りる証拠はない。
また,証拠(甲17の1・2,18)によれば,悪性症候群が強く疑われる場合の治療措置としては,抗精神病薬の中止,十分な補液,血圧・脈拍・体温・呼吸・意識レベル等のチェック,呼吸管理,生化学検査等の対症療法のほか,薬物療法として,筋弛緩剤ダントロレンやドパミン受容体刺激薬パーロデルの投与がされるはずであるが,B病院において,かかる薬物療法が試みられた形跡はないことが認められる。仮に,同病院が,亡丙の症状を悪性症候群とする診断を維持したのであれば,その重篤な状態から見て,同病院が死亡時までこのような薬物療法を一切試みなかったというのはありえないことと思われる。
したがって,B病院のこれらの見解によっても,亡丙の死亡原因を悪性症候群であると認めることはできない。
エ K意見書は,悪性症候群は抗精神病薬の投薬治療の早期(5ないし15日ころ)に発症する早発型の発症頻度が最も高いことから,抗精神病薬リスパダールの投与量を増量したことと亡丙の諸症状の関係を疑い,B病院の診療録の記載からも悪性症候群であると判断するのが妥当であるとして,亡丙の死亡原因は悪性症候群によるものと考えられるとする。
しかしながら,リスパダールの増量が悪性症候群発症の契機となることはあり得るとしても,必ず悪性症候群を発症するとはいえないから,実際に亡丙の死亡原因が悪性症候群であったというためには,亡丙の具体的な症状に照らして判断する必要があるところ,同意見書では,診断の根拠とした主要症状と悪性症候群の診断基準との関係が明確に示されているとはいい難い。同病院が亡丙の死亡原因を悪性症候群と結論付けていないことは上記イのとおりである。
したがって,同意見書は論理に飛躍があり,にわかに採用し難い。
・以上によれば,亡丙の死亡原因が悪性症候群であったと認めることはできず,亡丙の死亡原因を悪性症候群とする原告らの主張は採用できない。
そして,本件では亡丙の病理解剖がされなかったため,同人の死亡原因は不明というほかはない。
3 争点・(被告の過失の有無)について
・原告らの主張のうち,亡丙の死亡原因が悪性症候群であることを前提とする主張は,上記2のとおり,その前提を欠くものであるから,既にこの点において失当というべきである。
ア 亡丙が急変する平成10年5月30日の前日まで,同人に対し継続的に抗精神病薬が投与されていたこと,前日まで亡丙の様子に特段の変化が認められなかったことは上記1に認定のとおりであるから,F医師が,G看護師から前記の報告を受けた際,同人に対し,まず,薬の効き過ぎを疑って,朝の投薬の中止と排泄を早めるための点滴を処方し,看護師に対して経過観察を指示したことは合理的というべきである。
この点,原告らは,G看護師は,同月30日午前7時15分の時点で,亡丙の瞳孔散大,軽度のチアノーゼを確認してF医師に報告したと主張し,証人Gもこれに沿う供述をするが,診療録(甲2)の記載及び証人Fの反対趣旨の供述に照らして,採用できない。
イ 原告らは,平成10年5月30日午前6時25分からB病院に搬送されるまでの少なくとも7時間,A病院で行われた検査は血糖値と心電図検査に過ぎず,点滴と導尿以外の処置は行われなかったと主張する。
しかしながら,次の事実は前記認定のとおりである。
a 午前7時15分ころ,G看護師から報告を受けたF医師は,抗精神病薬の持ち越し効果による症状を疑って,同看護師に対し,ソリタT3を点滴し,当日出勤予定であったC医師に診察してもらうように指示した。
b G看護師から亡丙の症状について報告を受けたC医師は,午前9時30分ころ亡丙を診察し,亜昏睡状態であるものの,痙攣や著明な発汗,発熱がないこと,その他の異常もないことを確認した。正午ころにはI医師も診察した。
c その間,婦長のG看護師や他の看護師は,亡丙の症状について経過観察を続け,ソリタT3の点滴(1500ml),尿管カテーテルの留置,対光反射検査,血圧測定,心電図記録,血糖値測定,吸引器による唾液吸引,左右腋下での氷枕を使うなどの各処置を行った。
そして,以上の処置が上記アの判断に基づく処置として不適切な点があったと認めるに足りる証拠はない。これらの時点では,呼名反応や痛覚がなくても,まだ,薬の効き過ぎが原因である可能性を考慮し,既に朝の投薬を中止していること,点滴を継続していることから,次第に薬が抜けて覚醒するかも知れないと考えて経過観察を継続したことについて過失があるとは認め難い。
したがって,原告らの前記主張は採用できない。
ウ 原告らは,被告は意識障害等の原因のための検査(CPK,白血球の検査,頭部CT,髄液検査など)をすることなく,B病院への転送も特段の理由もないまま同日午後1時30分まで行わなかったと主張する。
しかし,A病院においては上記イのとおり適宜の処置が採られており,また,C医師が転送の必要性を認めた同日午後0時30分ころまでの亡丙の状態に照らせば,直ちに亡丙を他の病院に搬送しなければならなかったということはできないし,他にこのような事由が存在したことを認めるに足りる証拠はない(同日午前8時30分までに看護師が認めたとするチアノーゼの症状がそれ以後も継続していたことを認めるに足りる証拠はない。)。
そして,C医師らは,亡丙に熱感を認め,意識のない状態が続いていることから脳の器質的変化を疑った後は,直ちに脳外科があり診療設備が整っているB病院への搬送措置を採っており,かかる判断が,妥当性を欠く判断であったと認めることはできない。
エ さらに,原告らは,適切早急な転院が行われていれば,悪性症候群であったとしても,適切な処置を行うことにより,解熱とともに諸症状が次第に消滅し,後遺症を残すこともなかったと主張するが,亡丙の死亡原因が悪性症候群であったとは認められないことは上記2のとおりであるばかりでなく,そもそも亡丙の死亡原因は不明であって,本件よりもっと早い時点で亡丙が同病院に搬送されていれば,亡丙が救命されていたであろうと認めるに足りる証拠はない。
オ 以上によれば,本件における被告の診療行為に過失があるとはいえない。
4 以上の次第であるから,原告らの請求は,その余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がないので棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 信濃孝一 裁判官 岡田伸太 裁判官 寺田利彦)