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仙台地方裁判所 平成11年(行ウ)13号 判決 2001年6月28日

原告

原告

原告両名訴訟代理人弁護士

阿部長

被告

仙台南税務署長

沢田眞

被告指定代理人

翠川洋

高橋藤人

栗田文夫

鈴木芳樹

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が、平成9年12月15日付けでした、原告らの平成9年9月2日付け平成8年分相続税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

第2事案の概要

本件は、原告らが相続税の確定申告に係る財産のうち、亜炭採掘鉱区内に所在する仙台市太白区土手内三丁目又は緑ヶ丘二丁目所在の土地を過大に評価していたとして、被告に対し、更正の請求を行ったところ、被告から更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けたことから、その取消しを求めている事案である。

1  争いのない事実等

(1)  原告甲(以下「原告甲」という。)は、平成8年10月12日に死亡した被相続人丙(以下「亡丙」という。)の長男であり、原告乙は、亡丙の養女である。

(争いのない事実)

(2) ア 原告らは、亡丙に係る相続(以下「本件相続」という。)について、平成9年8月11日、別紙1①のとおり、相続税の確定申告をした。上記確定申告は、本件相続に係る相続財産を構成する別紙2記載の土地(以下「本件物件」という。)について、平成8年分路線価に基づき、貸家建付地、貸宅地、私道等の所要の補正を行ってされたものである。

イ 原告らは、平成9年9月2日、被告に対し、本件物件は亜炭採掘鉱区内に所在するため価格下落要因が存在するから、平成8年分路線価から40パーセント減額した価額が相当であるとして、別紙1②のとおり、更正の請求をした。

ウ これに対し、被告は、平成9年12月15日、いずれも更正すべき理由がない旨の通知処分(以下「本件各通知処分」という。)をした。

エ 原告らは、平成10年2月12日、本件各通知処分を不服として、被告に対し、異議申立てを行ったが、被告は、同年5月11日、これを棄却する旨の決定をした。

オ 原告らは、平成10年6月5日、国税不服審判所長に対し、審査請求を行ったが、同所長は、平成11年3月30日付けでこれを棄却する旨の裁決をした。

(争いのない事実)

(3)  本件物件は、亜炭廃坑の存在する区域内に存在する。

(争いのない事実)

(4)  ア相続税法22条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、特別に定める場合を除き、当該財産の取得時における時価によるべき旨を規定する。

上記の時価とは当該財産の取得の時において、その財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、換言すれば、当該財産の取得時における客観的な交換価値を意味するものと解される。

イ 相続により取得した財産の時価の算定方法としては、鑑定評価理論に従って個々の財産について個別具体的に鑑定評価することが本来最も正確な方法であるが、客観的な交換価値を個別に評価する方法を採ると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることを避け難く、また、課税庁の事務負担が加重になり、回帰的かつ大量に発生する課税実務の迅速な処理が困難となるおそれがあるため、あらかじめ定められた評価方式によりこれを画一的に評価する方が、納税者間の公平の確保、納税者の便宜、徴税費用の節減等の見地からみて合理的であることから、課税実務上は、法に特別の定めのあるものを除き、国税庁長官が財産評価の一般的な基準を「財産評価基本通達」(平成7年6月27日付課評2-6による改正後の昭和39年4月25日付直資56、直審(資)17国税庁長官通達。以下、「評価通達」という。)によって定め、さらに、これに基づき各国税局長が財産評価の具体的な基準を評価基準として定め、各個の財産の評価は、評価通達及び評価基準によって定められた画一的な評価方式によって行われている。

ウ 評価通達によれば、宅地の価額は、利用の単位となっている1区画の宅地ごとに評価することとされており(評価通達10)、原則として、その宅地の面する路線に付された路線価を基とし、所要の補正を行い計算した金額により評価する方式(評価通達11(1)、13。以下「路線価方式」という。)又は倍率方式により評価することとされている(評価通達11(2))。上記のうち路線価方式の基となる路線価は、宅地の価額がおおむね同一と認められる一連の宅地が面している路線ごとに設定するものとされ、路線価の価額は、売買実例価格、地価公示法による公示価格、精通者意見価格等を基にして、その路線に面する標準的な画地の1平方メートル当たりの価額として国税局長が評定するものとされている。(評価通達14)。

上記路線価は、毎年1月1日を評価時点とし、納税者の利益や評価上の安全度等を考慮して公示価格水準のおおむね80パーセント程度により評定されている。

路線価を公示価格の80パーセント程度に設定しているのは、客観的時価と路線価とが著しく乖離することを避けるため、画一的評価をする故の評価の安全性を考慮して20パーセントを控除しているものであり、前記20パーセントには年間の下落率及び様々な土地を画一的に評価する上での若干の個別的差異(地域性、土地の性質、形状等)が包摂されている。

これに対し、評価通達に定める評価方法を画一的に適用した場合に、適正な時価評価が求められず、その評価が不適切なものとなり、著しく課税の公平を欠くと認められる場合には、個々の財産の態様に応じた適正な時価評価が行えるよう措置されており(評価通達6)、路線価方式により算定される評価額が客観的時価を上回る場合には、路線価方式により算定される評価額をもって法が予定する時価と見ることはできないものというべきであり、このような場合には、評価通達の一律適用という公平の原則よりも、個別評価の合理性を尊重すべきであることから、納税者は、相続税法上の原則に戻って、個別的評価に基づく取得時の時価で申告をすることができる。

(乙3、弁論の全趣旨)

2 争点1 (亜炭廃坑の存在する区域内にある本件物件の評価)

(1) 原告ら

ア 前記1(3)のとおり、本件物件は亜炭廃坑の存在する区域内に存在するから、平成8年分路線価から40パーセントを減じた額で評価されるべきである。

イ 亜炭採掘の中止は、昭和30年前後のことであり、業者が零細だったこともあって、坑道の埋め戻しは確実に行われなかった。仙台鉱山保安監督部によれば「昭和44年に廃坑をふさぐように-との通達が出て、県内では、昭和45年までに約80カ所の坑口をふさいだ」(甲32の1、2)ものであり、昭和40年以降まで坑口のふきぎさえされていなかったものである。まして、坑道やそこから左右に延びた片は現在もそのままになっている箇所が多いことは、容易に推認し得る。

ウ(ア) したがって、調査費用相当分として、現在の評価額の10パーセント程度を減じるべきである(甲20(以下「丁意見書」という。)、証人丁(以下「証人丁」という。))。これは、どのような地盤でも、地盤を改良するか、あるいは地盤に適合した建物基礎を設計し施工することによって安全にすることができるとの考え方に基づくものである。

(イ) さらに、直下に坑道の存在あるいは充填されていない採炭坑の空隙が確認された場合、更に30パーセントが減じられるべきである。また、採炭坑の充填不足の場合は、空隙の容積と深さによって異なるが、一戸当たり100万円程度となる。

エ(ア) 本件亜炭鉱区内の価格と隣接する地域の価格とがほとんど同一であることからも明らかなように、亜炭廃坑の存在は、公示価格の決定において、全く考慮されていない(甲29の1ないし5)。

また、調査嘱託の結果(国土庁土地局地価調査課長)によれば、地下公示標準地「太白-36」の選定調書及び鑑定評価書には、炭坑の採掘区域内で陥没する可能性があることが考慮されているか否かにつき、これらを明らかにする内容は記載されていない。

(イ) しかも、亜炭廃坑の存在、それによる事故の発生の可能性等については、土地売買の際に明らかにされず、通産局等の保有する亜炭廃坑に関する資料も公開されていないため、一部の住民を除いては、認識されないまま現在に至っており、売買代金額の決定においても十分反映されていない面がある。

(ウ) 地盤の安全性を十分考慮して評価額を定めるべきことは、近年、住宅建築における地盤調査の重要性が増していることからも裏付けられる(住宅の品質確保の促進等に関する法律(甲36)参照)。

(エ) 被告は、後記臨時石炭鉱害複旧法に基づく主張をするが、本件物件について陥没事故が発生した場合、いかなる要件の下に、いかなる程度の費用が負担されるのか全く明らかにされていない。しかも、本件において原告らが主張しているのは、災害を未然に予防するための工事費であって、災害が起きてからの工事費ではない。すなわち、いつ災害が発生するかもしれない土地であるということが減価要因となると主張しているのであり、復旧費の負担者の存否と土地の評価とは別個のことである。

(2) 被告

ア(ア) 前記1(4)のとおり、路線価は、売買実例価格、地価公示法による公示価格、精通者意見価格等を基にして、公示価格の概ね80パーセント程度を目安として設定されており、差の20パーセントには、年間の時価下落率のほか、様々な土地を画一的に評価する上での若干の個別的姜異(地域性、土地の性質、形状等)が包摂されているから、原告らが本件各通知処分が違法だというのであれば、本件物件に陥没事故が発生する危険性が高いことを原因として、周辺の土地よりも時価が20パーセントを超えて下落したことを立証する必要がある。

(イ) 本件物件の周辺地域一帯に亜炭廃坑が存することは、同地域の一般的要因である自然的条件の一部であるので、その性質上、同地域一帯の自然的条件を考慮して判定された不動産鑑定評価額に織り込まれているものである(乙6)。換言すれば、このような自然的条件(地表が陥没する危険のある地域であるか否か等)は、同地域の取引価格に一定の影響をもたらし、それにより上記公示価格、売買実例での価格にもその影響が及んでいるのであるから、本件物件に関する固有の自然的条件が本件物件の価格をある程度下落させているとしても、それは同地域における売買実例、公示価格、精通者意見価格等を基礎にして決定された路線価に織り込み済みであるというべきである。

イ 原告ら主張の評価額は、合理性を欠いている。

(ア) まず、昭和38、9年ころに採掘終了に伴う埋め戻しがされてから陥没事故が起こるまでの約19年の間、多数の大雨や宮城県沖地農(昭和53年)等が生じたにもかかわらず、原告ら主張のもの以外には陥没事故は発生しておらず、その後、現在に至る18年の間も事故が発生していない。

さらに、通商産業省(当時)は、平成8年1月31日付け官報において、臨時石炭鉱害復旧法(以下「復旧法」という。)4条の2第1項の規定により、鉱害複旧長期計画が達成されたと認められる地域、又は早期に達成されることが確実であると認められる地域として、宮城県全域を公示しており、このことからも、亜炭廃坑による鉱害についての復旧はおおむね達成されていると認められる(乙11の1ないし3)。

したがって、本件物件及びその周辺で陥没事故が発生する危険性が高いとはいえない。

(イ) 原告は、地盤調査費用として、本件物件の評価額から10パーセント減じるべきである旨主張する。

しかしながら、このような価格算定方法は証人丁の独自の考えにすぎないものであり、このようにして算出した価格は、不動産鑑定評価基準に基づいた価格ではなく、相続税法22条の規定による時価には当たらないというべきである。

(ウ) 原告らは、埋め戻し費用として更に本件土地の評価を30パーセント減じるべきである旨主張するが、埋め戻し費用を減額するとしても、現実に要した実費を減額すべきものであることは、証人丁自身が認めているところである。

(エ) さらに、亜炭坑の鉱区内で生じた地盤沈下については、復旧法53条、53条の2及び94条によれば、地盤沈下等の鉱害が生じている土地建物が本来有していた効用を回復するため、その土地建物について施工する工事については、新エネルギー・産業技術総合開発機構、都道府県、賠償義務者が復旧事業資金を負担するものとされており、また、同法53条の3によれば、上記鉱害が天災その他不可抗力と競合して発生し、その他特別の事情により賠償義務者及びその責任の範囲を早急に確定することが困難であって、当鉱害を放置するときは、著しい被害を生じ、又は民生の安定を著しく害する恐れがあるときは、鉱害の復旧に係る応急工事は予算の範囲内で国及び地方公共団体の費用をもって施行することができるものとされており、その土地の所有者が復旧費用を負担する必要は全くない。したがって、埋め戻し費用相当分をもって本件物件の評価額から減額することにも合理性がない。

ウ(ア) 原告らは、調査嘱託の結果(国土庁土地局地価調査課長)に基づき、公示価格の算定の際に亜炭廃坑の存在が反映されていない旨主張する。

しかしながら、公示価格は、地価公示法に基づき、一般の土地の取引価格に対して指標を与え、適正な地価の形成に寄与することを目的とし(地価公示法1条)、都市計画区域内の標準的な土地(以下、「標準地」という。)を選定し、当該標準地について2人以上の不動産鑑定士又は不動産鑑定士補の鑑定評価を求め、国土庁に設置された土地鑑定委員会が、その結果を審査し、必要な調整を行って、毎年1月1日時点の当該標準地の1平方メートル当たりの正常な価格を判定し、公示するものであり(同法2条1項)、正常な価格とは、地価公示法2条2項により、土地について、自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格をいうと定義されている。そして、当該標準地は、同法3条で、土地鑑定委員会が自然的及び社会的条件からみて類似の利用価値を有すると認められる地域において、土地の利用状況、環境等が通常と認められる一団の土地について選定するものとし、同法4条では、標準地の鑑定評価を行うに当たっては、近傍類地の取引価格から算定される推定価格、近傍類地の地代等から算定される推定の価格及び同等の効用を有する土地の造成に要する推定の費用の額を勘案してこれを行わなければならないとしている。また、地価公示の作業の段階で分科会等において価格形成要因の分析は当然行われ、特に、陥没事故の起こった場合などは議論されているはずであり、国土庁の調査嘱託の結果に記載がないとしても、当然、その周辺の事例を使用し、強く認識した上で評価されていると考えられる。

したがって、原告らの上記主張は失当である。

(イ) また、原告らは、住宅の品質確保の促進等に関する法律に基づく主張をするが、同法に基づく住宅性能表示制度とは、共通ルールに基づいて性能を表示するかどうか、第三者機関に評価を依頼するかどうかについては、住宅を取得する者、住宅生産者、販売者などの任意の選択に委ねられているものであって、義務づけを伴うものではない。そして、この制度は、例えば、地盤調査を確実に行わずに地盤の状況に配慮しない基礎を設計、施工したため不同沈下を生じた場合等何らかの瑕疵が発生した場合には、施主は、指定住宅紛争処理機関に対し、紛争処理を申請することができ、修補請求・賠償証求、契約解除等の補償を受けることができるとされるものであり、土地の評価に当たって考慮すべき性質のものではない。

3  争点2 (本件物件下の亜炭廃坑の有無)

(1)  原告ら

ア(ア) 昭和31、2年ころ、本件物件に近接したB駐車場で、陥没事故が発生している(甲33。別紙3赤丸A参照)。

(イ) 昭和58年6月、土手内三丁日戊方で、陥没事故が発生している(甲32の1。別紙3赤丸B参照)。

(ウ) 昭和47年10月、土手内のちびっ子広場わきの畑で陥没事故が発生し、当時3才の幼児が死亡している(甲32の2。別紙3赤丸C参照)。

(エ) 上記3箇所の陥没事故現場は、坑道入り口(別紙3の赤丸Cの近く)からほぼ一直線にある。

イ 本件現場では、「坑内掘り」で行われたが、坑内掘りの場合、最初、「本卸又は本線坑道」を掘り、通気等のために平行して「沿道坑道又は連卸」を掘り、一定距離掘り進んだところで上記両坑道を接続する(このように接続するための坑道を「目貫」という。)。さらに、両坑道を掘り進んで、目貫を作る。各目貫から左右に、右一片、左一片、右二片、左二片といった「片」が掘られ、採掘される(甲31の2)。

ウ 本件物件の直下にある坑道は、別紙3からすると、本線坑道又は沿線坑道であったと考えられ、そこから何本かの片が左右に掘られ、採掘されていたものと考えられる。

(2)  被告

ア 本件坑道の入り口付近と原告らが主張する過去の2か所の陥没地点のみを見ると、あたかもこれら3か所の地点を結ぶ直線状に坑道が存したかのようでもあるが(乙7の3)、実際は同直線と垂直ないし斜めに坑道が存した可能性も否定できないし、上記陥没地点自体、直下に坑道が存したために陥没したのではなく、他の箇所の陥没ないし坑道以外の原因により陥没した可能性も否定できない。そうすると、新聞記事等によるわずかな情報をもとに上記陥没地点の延長線上に坑道が存すると断定するのは、事実認定の手法としてあまりに杜撰であり、相当性を欠くというべきである。

イ また、現在B駐車場となっている場所が昭和31、2年ごろ陥没した事実があったとしても、既に埋め戻されており、今後陥没する危険性は解消されている。

4  争点3 (本件物件の下に亜炭廃坑が存在する場合の評価)

(1)  原告ら

ア 本件物件の地下に亜炭廃坑が存在することが明らかなのであるから、亜炭廃坑が存在しない土地に比し、本件物件の価格が低いことは当然であり、その分、路線価は修正されなければならない。

イ 亜炭廃坑区域の内外を同一視して評価している現在の路線価は、「財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすすべての事情を考慮する。」と定める評価通達1(3)に反し、公平の原則にも反している。

(2)  被告

ア 前記1(4)のとおり、路線価は、売貿実例価格、地価公示法による公示価格、精通者意見価格等を基にして、公示価格から20パーセントを控除し概ね80パーセント程度を目安として、標準的な画地の1平方メートル当たりの価額として設定されており、上記20パーセントには、年間の時価下落率のほか、様々な土地を画一的に評価する上での若干の個別的差異(地域性、土地の性質、形状等)が包摂されているのである。したがって、原告らが本件各通知処分が違法だというのであれば、本件物件に陥没事故が発生する危険性が高いことを原因として、周辺の土地よりも時価が20パーセントを大幅に超えて下落したことを立証する必要がある。

イ そして、本件物件の直下に埋め戻し未了の亜炭廃坑道が存するか否か、また、仮に存したとした場合、その埋め戻しの有無、坑道が掘られた時期、その深度(深度が深ければ深いほど地表が陥没する危険はより小さくなる。)、形状、直径(これらの具体的内容は、陥没の危険性に影響を与える。)、坑道の周囲、上部の土質(土層の固さ、柔らかさ、性状)、水脈等による影響がどのようなものであるのか、それによる陥没の危険性が具体的にどの程度あるのか、そしてそのことが宅地としての利用価値、交換価値にどの程度の影響を与えるかについては、専門家によるボーリング調査及び鑑定等によらなければ明らかにならないといわざるを得ない。

ウ しかるに、原告らは、このような調査を一切しておらず、仮に坑道が本件物件の直下を通っていたとしても、前記埋め戻しの有無、坑道が掘られた時期、その深度、形状、直径、坑道の周囲・上部の土質等は依然として不明であるといわざるを得ない。

エ さらに、仮に面積の広い土地の一部に坑道が存し、陥没事故が生ずる高度の危険性が存したとしても、その一部の時価が残部よりも低くなることはともかく、その土地全部の時価がその一部の土地の下落率と等しく下落するとはいえない。

第3争点に対する判断

1  争点1(亜炭廃坑の存在する区域内にある本件物件の評価)について

(1)  証人庚の証言(乙6を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、本件物件の時価は、いずれも原告らが平成8年分相続税の確定申告時に採用した平成8年分路線価を超えることが認められる。

(2)  ア 原告らは、亜炭廃坑がある地域の評価は、路線価から40パーセント減じた額でされるべきである旨主張する。

しかしながら、本件物件が亜炭廃坑の存在する区域内にあるという自然的条件は、同区域の取引価格に一定の影響をもたらし、売買実例での価格にその影響が及んでいるものであるから、本件物件に関する固有の自然的条件が本件物件の価格をある程度下落させているとしても、それは同地域における売買実例、公示価格、精通者意見価格等を基礎にして決定された路線価に織り込み済みであるというべきである。

調査嘱託の結果(国土庁土地局地価調査課長)によれば、地下公示標準地「太白-36」の選定調書及び鑑定評価書に、炭坑の採掘区域内で陥没する可能性があることが考慮されているか否かにつき、これらを明らかにする内容は記載されていない旨記載されていることが認められるが、地価公示法4条には、標準地の鑑定評価を行うに当たっては、近傍類地の取引価格から算定される推定価格、近傍類地の地代等から算定される推定の価格及び同等の効用を有する土地の造成に要する推定の費用の額を勘案してこれを行わなければならない旨規定されているものであり、本件物件が亜炭廃坑の存在する区域内にあるという自然的条件は、公示価格の決定においても織り込み済みであると認められるから、上記調査嘱託の結果から、亜炭廃坑の存在は公示価格の決定において考慮されていないものと認めることはできない。

イ 原告らは亜炭採掘地域の内外で価格差がなく、このことは、亜炭採掘地域であることが現実の売買において考慮されていないことを示す旨主張し(甲29の1ないし5)、さらに、原告甲は、本人尋問において、本件物件の周辺に亜炭廃坑が存することは知られていない旨供述する。

しかしながら、陥没事故は、新聞報道されるなどしており(甲32の1(昭和58年6月23日付け河北新報)、32の2(昭和47年10月26日付け河北新報))、本件物件の周辺に亜炭廃坑が存することは地域の不動産業者はもちろん、仙台に居住する者にとって常識に属する事柄と考えられる。さらに、内外価格差のない点も、証人丁の証言(丁意見書を含む。以下、同じ。)及び弁論の全趣旨によれば、通産局が広くは公開していない鉱区図を入手することによって鉱区の内外が初めて認識できるものであることが認められるから、内外価格差がないことのみから、亜炭廃坑の存在する区域内に本件物件が存在することが考慮されずに取引されているものと認めることはできない(逆に、亜炭廃坑の存在する区域内にない土地までが亜炭廃坑の存在すると思われているために安くなっている可能性もある。)。

ウ 結局、時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立すると認められる価額をいうものである(評価通達1(2))から、財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮するとしても(同1(3))、現実の売買実例が重視されるべきことは当然であるところ、これに反する原告らの主張及びそれに沿う証人丁の証書及び原告甲の供述(甲33を含む。)は、将来において、地盤の重要性が認識され、又は亜炭廃坑跡の危険性についての認識が進めば、本件物件を現在の価格では売却できないおそれがあるとか、亜炭廃坑があるかないか分からない状態では売買されるべきではなく、ボーリング調査をした上で売買されるべきであるとの考え方に基礎を置くものであり、本件相続開始時には、本件物件の周辺では現実に路線価を超える価格で土地が売買され、本件物件もそのような価格で売買することができたことを無視するものであり、採用することはできない。

(3)  したがって、争点1についての原告らの主張は理由がない。

2  争点2(本件物件下の亜炭廃坑の有無)について

(1)  単に亜炭廃坑の存在する区域内に存在することを超えて、現実に地下に亜炭廃坑が存在することが明らかになった土地やその可能性が高くなった土地については、路線価を下回る評価が必要となる場合があると考えられる。

(2)  廃坑の存在の有無について、検討する。

各項に掲記の証拠並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 本件物件付近の亜炭採掘においては、「坑内掘り」で行われたが、坑内掘りの場合、最初、「本線坑道」を掘り、通気等のために本線坑道に平行して「沿道坑道」を掘り、一定距離掘り進んだところで、目貫を作って上記両坑道を接続する。両坑道を更に掘り進んで、次の目貫を作り、各目貫から左右に、右一片、左一片、右二片、左二片といった「片」が掘られ、採掘が行われる。

亜炭が採炭された層は、50センチメートル程度と薄いが、炭層が何重にもなっていることもあった。これに対し、坑道は、人が身をかがめて通れるように、1.6メートル程度の高さを有していた。

坑道や亜炭採掘の跡は埋め戻されないまま放置された例も多い。

(甲31の1ないし3、32の1、2)

イ 昭和31、2年ころ、現在、B駐車場となっている箇所(別紙3赤丸A参照。当時は畑)で、陥没事故が発生した。

その陥没の態様は、比較的広く、浅いことから、採炭した跡と考えられる。

この箇所については、原告甲の父が抗議をして、採炭を行っていた業者に復旧工事をさせた。

(甲33、34の1ないし5、証人己、証人丁、原告甲本人)

ウ 昭和47年10月、土手内のちびっ子広場わきの畑(別紙3赤丸C参照)で穴に3才の幼児が滑り落ち、死亡する事故が発生しているが、それは、(本線又は沿道)坑道に通じる水の通り道が段々と広がってできたものの可能性が高い。

(甲32の2、証人丁)

エ 昭和58年6月、土手内三丁目戊方(別紙3赤丸B参照)で、陥没事故が発生しているが、陥没の態様は、狭い範囲で、深いことから、本線又は沿道坑道の跡の可能性が高い。

(甲32の1、証人丁)

オ 別紙3の赤丸Cの近くに坑道の入り口があった。

このことからすると、本線又は沿道坑道が、赤丸Cから赤丸Bの方向に走っている可能性が相当あるが、赤丸Aの箇所には、坑道はなく、採炭が行われた箇所であると推測される。

カ 原告らは、これらの箇所についてボーリング調査等を行ったわけではなく、坑道の存在や補修に要する程度を明らかにする資料は、上記のもの以外にはない。

(弁論の全趣旨)

キ 以上の事実によると、本件物件(別紙2)のうち、①の一部(特に、別紙3の辛、壬、癸、A、癸とAとの間の私道部分)の下には、坑道が走っている可能性が相当あるが、別紙3赤丸Aの箇所と同様に、採炭した跡があるにすぎない可能性もあるものであり、本件物件(別紙2)のうち、①を除くものについては、一般的に亜炭採掘鉱区内にあったため、坑道や採炭の跡が残っている可能性があるという以上に、具体的に明らかにすることできないものである。

ク 地表の陥没や地盤沈下は、採掘によって地下に空洞ができると、周囲の岩盤に地圧が働き、空洞を押し潰すように天盤が順次崩落し、その過程で起こるものであるが、崩落はあるところで停止して安定する。

本件物件付近で亜炭の採掘が終わってから40年以上経過している。

(弁論の全趣旨)

ケ 復旧法により陥没等の事態が生じた場合、その費用を国等が負担して復旧が行われる制度があり、土手内三丁目に限定しても、2000万円を超える費用により、復旧工事がされた。

通商産業省(当時)は、平成8年1月31日、復旧法4条の2第1項の規定に基づき、鉱害復旧長期計画(平成4年12月8日通商産業省告示第539号)が達成されたと認められる地域、又は早期に達成されることが確実であると認められる地域として、宮城県を公示した。

(甲30の1ないし3、乙11の1ないし3)

(3)  以上によれば、本件物件のうち①の一部の下には、坑道が走っている可能性が相当あるが、それを超えて、坑道が存在しているとまで認定するに足りる証拠はない。

しかも本件においては、ボーリング調査等は行われていないため、その形状、上部の土質、水脈の影響等を明らかにする資料は存在しない。

3  争点3(本件物件の下に亜炭廃坑が存在する場合の評価)について前記のとおり、原告らが使用した平成8年分路線価は公示価格の約80パーセント程度に設定されているところ、前記2に認定の事実によれば、本件物件のうち①の一部の下に坑道が走っている可能性が相当あるにとどまり、しかも.その形状、上部の土質、水脈の影響等を明らかにする資料も存在しないものであるから、本件物件(別紙2)のうち、①以外の土地はもちろん、①の土地についても、その価格は平成8年分路線価を下回るものではないと認定すべきである。

4  結論

以上のとおりであるから、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市川正巳 裁判官 春名郁子 裁判官 吉田光寿)

(別紙1)

通知処分等の経緯の一覧表

番号

区分

年月日

課税価格の合計額 (円)

納付すべき税額 (円)

期限内申告

9・8・2

1億7596万1000

1753万8100

384万9800

更正の請求

9・9・2

1億1211万2000

481万7900

120万4400

理由なし通知

9・12・15

更正をすべき理由がない旨の通知

異議申立

10・2・12

1億1211万2000

481万7900

120万4400

異議決定

10・5・11

棄却

審査請求

10・6・5

1億1211万2000

481万7900

120万4400

審査裁決

11・3・30

棄却

(別紙2)

本件相続土地一覧表

種類

地目

利用区分

所在地

面積(m3)

取得者

番号

土地

宅地

貸家建付地

土手内3丁目

124.74

貸宅地

239.53

貸家建付地

151.36

85.68

68.32

貸宅地

141.1

貸家建付地

182.16

貸宅地

121.6

貸家建付地

147.9

私道

39.0

私道

21.0

私道

78.52

合計

1400.91

土地

宅地

貸家建付地

土手内3丁目

259.36

土地

宅地

貸家建付地

緑ヶ丘2丁目

216.91

85.25

108.12

私道

84.1

合計

494.38

土地

宅地

私道

緑ヶ丘2丁目

28.38

土地

宅地

私道

緑ヶ丘2丁目

28.81

土地

宅地

貸宅地

緑ヶ丘2丁目及び

122.315

緑ヶ丘2丁目

97.92

101.175

108.04

貸家建付地

176

合計

605.45

土地

宅地

貸宅地

緑ケ丘2丁目

191.35

127.5

私道

38.6

合計

357.45

土地

宅地

貸宅地

緑ヶ丘2丁目

254.06

土地

宅地

貸宅地

土手内3丁目

320

私道

80

80

貸宅地

287.74

合計

767.74

土地

宅地

貸家建付借地権

緑ヶ丘2丁目

131.81

(別紙3)

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