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仙台地方裁判所 平成11年(行ウ)18号 判決 2002年2月28日

主文

1  原告が平成8年8月9日にした電動車いすの交付申請に対し,被告が平成9年4月11日付けでした却下決定を取り消す。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  主文第1項と同旨

(2)  被告が平成8年11月20日付けで原告に対してした身体障害者授産施設甲園への入所措置の解除決定を取り消す。

(3)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者の主張

1  請求原因

(1)  電動車いす交付申請の却下処分の存在

ア 原告は,平成8年8月9日,被告(以下では,仙台市青葉福祉事務所を指して「被告」ということもある。)に対し,身体障害者福祉法(以下「法」という。)20条1項に基づき,電動車いすの交付申請(以下「第1申請」という。)を行った。

イ これに対し,被告は,平成9年4月11日付けで,仙台市障害者更生相談所(以下「更生相談所」という。)の判定(以下「本件判定」という。)に基づき,原告に対し,第1申請を却下する旨の決定(以下「第1処分」という。)をした。

(2)  入所措置の解除処分の存在

ア 原告は,平成6年4月1日,法18条4項3号に基づき,被告の措置により,身体障害者授産施設「甲園」(以下「本件施設」という。)に入所した。

イ 被告は,平成8年11月20日付けで,本件施設への入所措置を解除する旨の決定(以下「第2処分」という。)をした。

(3)  不服申立て

原告は,第1処分に対しては平成9年6月6日,第2処分に対しては平成9年1月27日,それぞれ仙台市長に対する審査請求を行ったが,仙台市長は,平成10年6月30日付けで,各審査請求を棄却する旨の裁決をした。

(4)  第1処分の違法事由

ア 交付要件の充足

(ア) 次の(イ)ないし(キ)の原告の身体障害の状況,及び(ク)ないし(サ)の社会的状況によれば,第1申請は電動車いす交付の要件を満たしており,第1処分には,事実を誤認した違法がある。

(イ) 原告は,両下肢に障害を有する2級身体障害者として,普通型車いすを利用して日常生活を営んでいた。

(ウ) 原告は,平成8年2月6日,車いすごと田に転落し(以下「本件事故」という。),同年3月5日まで乙病院に入院した。

(エ) 本件事故を機に,原告は,両手指が絶えず曲がった(軽く握った)ままの状態となり,自らの意思で手指を動かすことができなくなった。固定された物を利用し,それに指を引っかけるようにすればある程度の範囲で手を開くことはできるが,固定された物から手を離せば,手指は,元の曲がった状態にすぐに戻ってしまう。また,反対に物を掴むという動作もできないため,何かを手に持つ必要がある場合は,曲がった状態の手に物を押し込んで挟みこませるようにせざるを得ない。無理に手を開こうとする場合,かなりの痛みを伴うが,手を開く場合だけではなく,普段の状態のままでも手が何かに触れると痛みを感じる。

肩や腕にも,しびれや痛みを伴っている。

(オ) 原告は,普通型車いすのリムや車輪自体を掴むことが不可能であるため,拳の下側部分を車輪に押しつけるようにして力を加え,走行させている。

リムや車輪を掴む方法で走行させる方法と拳を押し付けて走行させる方法とでは,動力の伝わり方に歴然とした差が生じるが,原告の上肢の筋力自体が弱く,肩や腕にしびれや痛みを伴っていることも加わり,原告は,短い距離で,かつ平坦な場所でのみ普通型車いすを操作して移動することができる。1回に移動可能な距離はせいぜい10メートル程度であり,しかも,時間をかけて,極めて少しずつ進むという方法によらざるを得ない。

段差やスロープがある場所では,それがわずかな程度のものであっても,原告は,普通型車いすを走行させることができない。

そのため,原告は,当時居住していた仙台市a区bc丁目d番e号の自宅(以下「本件旧宅」という。)の玄関前の段差を普通型車いすで乗り越えることが困難となった。また,本件旧宅周辺には坂道等が多くあったために,原告は,普通型車いすを利用して外出することは困難な状況に陥った。

(カ) なお,原告が使用している自動車は,身障者用に改造されたものであり,アクセルやブレーキは,ハンドル左側に付いているレバーを軽く動かすだけで操作できるし,ハンドル操作は,ハンドルの4時の位置に付いているノブ状のグリップに手をかぶせるようにして行っている。

(キ) また,原告が食事をする場合は,握ったままの状態の手にスプーン等を挟み込ませるようにする。文字を書く場合も,やはり鉛筆を手に挟み込ませて使用し,ワープロやパソコンの場合も,消しゴム付きの鉛筆を使い,一つ一つキーボードを叩きながら行う。

(ク) 被告の主張する転居問題については,原告も移転先を探していたものの,立ち退きを要求されたからといって身体障害者が直ちに転居できるような実情下にないことは明らかである。

原告にとっては,転居先が見つかるまでの当面の生活改善が問題であったものであり,家主から立ち退きを求められていたことは,電動車いす交付の必要性を低減させる理由にはならない。

(ケ) また,当初原告が設置を計画していたスロープは,ベニヤ板を渡すだけの簡易なものであり(甲25の1),家主の承諾を得なければ設置できないようなものではないから,家主の承諾が得られない点も,電動車いす交付の是非とは無関係である。

(コ) スロープを設置することができないとすれば,原告は,従来どおり,玄関から通路までは這いずりながら電動車いすを移動させてから乗り込み,コンクリートブロックに片側の車輪を乗せて自操することとなるが,本件旧宅の玄関前通路のコンクリートブロックと路面との段差がある程度高くなっている部分はわずかな距離にすぎないし,脱輪等の事態が起こる可能性が皆無ではないとしても,その危険性の程度は,普通型車いすを使用する場合と大差ない。

(サ) 電動車いすの使用は,自動車の利用と必ずしもセットになるものではなく,本件旧宅付近での買い物等のために電動車いすを利用することは,当然考えられるところである。

(シ) 仮に,原告が自力で電動車いすを車載することができることが電動車いすの交付のために必要であるとしても,当時,重量が15キログラム程度の電動車いす(ヤマハJW-Ⅱ)が開発されており,原告は,それを自力で車載することができる。身体障害者である原告は,健常者には想像できないほどの時間を費やし,工夫を凝らして,生活を維持しているものであるが,重量が大きければ分解して軽量化を図り,細かい作業が必要であれば道具を工夫するなどして対処することができるものである。

イ 適正手続違反

(ア) 後記本件補装具通達は,給付の判定を行うに際し,更生相談所が「十分な判定」を行うことを要求しているところ,第1処分には,不十分な調査に基づいてされた違法がある。

(イ) すなわち,更生相談所は,平成9年3月19日に本件旧宅での調査及び同年4月1日に更生相談所における判定医の診察を実施したものの,前者にあっては,本来電動車いす交付申請者に対して行っている調査項目の聞き取りが困難な状況であったし,後者においても,充分な診察ができない状態であった。

殊に,判定にとって最も重要な要素と考えられる「移動能力」については,「車いす両上肢にて自操可だが,斜路等の自操が苦しいとのこと」との記載(乙7の1)からも明らかなように,簡単な聞き取りを行ったのみで,具体的な確認作業を行った形跡はなく,その他の調査事項についても,更生相談所が極めて簡単な調査ないし確認に終始したものである。さらに,「手指機能の評価」は,原告の痛みの訴えがあったことを理由に,行わないまま終了した。

ウ 平等原則違反

(ア) 被告は,平成6年度から平成10年度までに更生相談所の判定において電動車いすの交付申請を却下した例は,原告の他に2件あり,他方で,普通型車いすの自操能力があると判定されながら電動車いすの交付を受けた例が3件あると主張している。

(イ) 普通型車いすの自操能力があると判定されながら電動車いすの交付を受けた3例(乙14)との比較において,原告は,明らかに不合理な差別を受けたものである。

a A氏と原告との比較

(a) A氏は,両足左手に障害があるものの,両松葉杖を使用すれば歩行も可能な状況にある(ただし,屋外での中長距離の移動は困難)。普通型車いすの操作については,屋内の平坦な場所であればかろうじて操作可能であるが,屋外での操作は,左手の麻痺もあり困難と判断される。A氏は,息子と2人暮らしであるが日中は独居状態にあり,使用目的は,病院への定期通院や買い物・散歩等である。車の運転はできない。

(b) これに対し,原告は,歩行はまったく不可能であり,この点でA氏の移動能力は原告をはるかにしのいでいる。また,A氏の上肢の障害は左手のみであり,右手にはまったく障害がみられないのに対し,原告は,両方の上肢に障害(強制把握)があり,上肢の能力においても,原告よりはA氏のほうが勝っている。原告の普通型車いすの自操能力は,時間をかけてせいぜい10メートル程度を移動し得るというものであるが,A氏の普通型車いすの自操能力も,平坦な場所であれば可能とされている点で,両者はほぼ同様の状態であると思料される。また,生活環境は,日中はともかく,夜間は介助者を伴うA氏のほうが,はるかに上である。使用目的の点では両者間に際立った違いは認められない。A氏は車の運転ができないのに対し,原告はできるが,車の運転と電動車いす交付の要否の問題が直接関連するものではない。

(c) このように,上下肢の能力及び生活環境において原告を上回り,普通型車いすの自操能力はほぼ同等であるA氏が電動車いすの交付を受け,原告が受けられなかったのは,明らかに合理的理由を欠く差別的な取扱いである。

b B氏と原告との比較

(a) B氏は,両足右手に障害があるものの,多点杖を使用すれば,A氏と同様,歩行も可能な状況にある(ただし,屋外での移動,中長距離の移動は困難とされている)。普通型車いすの操作については,屋内では操作可能であるが,屋外では困難とされる。B氏は,自営業を営む夫との2人暮らしであり,A氏とは異なり,日中も介助者が側にいる状況にある。使用目的は,買い物等主婦としての単独外出である。車の運転はできない。

(b) B氏は,歩行可能な点で,その移動能力はやはり原告をはるかにしのいでいる。また,B氏の上肢の障害は右手のみで左手にはまったく障害がみられず,やはり上肢の能力において原告を上回っている。屋内でできる普通型車いすの自操がなぜ屋外でできないとされるのか,A氏の場合と同様に疑問であるが,いずれにしても,その自操能力は,原告とほぼ同程度であると思料される。生活環境は,むしろA氏よりも上であり,当然原告をはるかにしのいでいる。使用目的については,授産施設通所等を希望していた原告のほうが,より切実であったといえる。

(c) B氏は,普通型車いすの自操能力については,ほぼ原告と同等であるものの,A氏と同様に上下肢の能力及び生活環境において原告を上回り,使用目的の点では,原告のほうがより切実さが高い状況にあったものである。B氏が電動車いすの交付を受け,原告が受けられなかったことも,明らかに合理的理由を欠く差別的な取扱いである。

c C氏と原告との比較

(a) C氏は,両足に障害があるが,上肢は,左側に頸椎ヘルニアによるしびれ感があるものの,運動障害を伴うものではない。普通型車いすの操作については,屋内では操作可能であるものの,A・B両氏と同様,屋外では困難とされている。C氏の生活環境は不明であるが,日常生活はほぼ自立していたとされる。使用目的は,通勤,通院等である。車の運転はできない。

(b) 下肢に障害を持つ点でC氏と原告は同様であるが,C氏の上肢の障害は,左側にしびれ感があるだけで,運動障害はまったく存在しない。両上肢に強制把握を有する原告との比較において,C氏の上肢能力は,明らかに原告を上回っている。屋内でできる普通型車いすの自操がなぜ屋外でできないとされるのかは,ここでも疑問であり,編み物教室では普通型車いすを自操していたこと等に照らせば,むしろ,C氏の自操能力は,原告よりも上であった可能性が高く,少なくとも,C氏の自操能力が原告を下回るとは考え難い。

(c) なお,C氏の場合,職場までの道路の一部に道幅が狭い部分があり,歩道走行ができない箇所があったが,それにもかかわらず,C氏が従前電動車いすの利用経験を有していたことで,危険性はないものと判断されている。しかし,いかに電動車いすの利用経験があったとはいえ,新しい電動車いすに慣れるまでには一定のトラブルが懸念されるはずであるし,とくにC氏が66歳という高齢者であることを考えればなおさらのことである。また,C氏の場合,懸念される危険性の内容も,交通事故等に巻き込まれるという極めて重大なものである。それでも被告が交付を決定したのは,危険管理は,基本的に自己責任の問題であるとの認識に立つからであると考えられる。しかるに,危険管理が自己責任の問題であるとの論理は原告の場合にも当然に妥当し,とくに原告の場合は,危険とはいってもせいぜい脱輪に伴う事故程度のものであるから,被告としては,本人に危険管理を委ねることを躊躇する理由はまったくないはずである。C氏と比較して,なぜ原告の場合にだけ危険性が強調されたのか,極めて不可解といわざるを得ない。

(d) C氏は,上肢能力において明らかに原告を上回り,普通型車いすの自操能力についても原告を上回るか,少なくとも同等であったものである。さらに,危険性に関する被告の主張には,理由がない。C氏が電動車いすの交付を受け,原告が受けられなかったのも,合理的理由を欠く差別的な取扱いである。

(ウ) 平成6年度から平成10年度までの間に更生相談所の判定において電動車いすの交付申請を却下した2例の検討によっても,原告が平等原則に違反する取扱いを受けたことが明らかである。

a D氏と原告との比較

D氏の障害は左上下肢の麻痺であるが,軽度であり,入浴・更衣の一部について介助が必要であるものの,他の日常生活動作は概ね自立していた。屋内では歩行器による移動が可能であり,屋外でも平坦地なら普通型車いすの自操で移動できたし,夫との2人暮らしで,近くに娘もいるなど,生活環境にも恵まれていた。交付申請が却下されたのは,試乗の結果,ハンドル・アクセル等の操作において危険回避等が困難で危険だと判断されたからである。すなわち,D氏は,電動車いすの操作能力に問題があったから却下されたものであり,そのような問題さえなければ交付対象になったと解されるケースである。

D氏は,いわば片麻痺にすぎず,しかも程度は軽度であり,日常生活動作は概ね自立し,歩行器を利用すれば移動も可能な状況にあった。身体状況において,D氏が原告の能力をはるかに上回ることは疑いの余地がない。また,生活環境も,その程度は,原告と比較にならないほど良好である。そのような状況にあるD氏は,操作能力が欠如するという根本的な原因さえなければ,交付され得たケースであるという点である。

原告に対する申請却下は,D氏との比較において,不平等な取扱いであることが明らかである。

b E氏と原告との比較

E氏は,身障者養護施設の入所者であり,右上下肢に障害を有し,排泄・整容・食事は自立,入浴・更衣等は半介助の状態であったとされる。また,E氏は,屋内及び屋外において平坦地なら普通型車いすの自操が可能であったが,買い物や趣味活動のための外出を希望し,施設から外出するにあたっては坂道が続くために電動車いすの交付を申請したと説明されている。E氏が電動車いすの交付を申請した理由として,施設から外出するにあたっては坂道が「続く」点が指摘されていることなどからすると,緩やかなスロープ程度であれば,E氏は,普通型車いすの自操によって十分に移動できていた可能性が高く,いずれにしても,E氏の普通型車いすの自操能力は,相当程度高度であったと考えられる。

しかるに,E氏の交付申請は却下されたが,その理由は,E氏が施設入所者であったことから,補装具は,施設処遇の一環として施設側で負担すべき施設備品であると判断されたことによるものであり,これが施設入所者ではない個人的な申請であったとすれば,十分に交付対象になり得たものである。E氏の身体能力及び普通型式いすの自操能力が原告を上回るものであることは,間違いのないところと思料される。

しかして,E氏のケースにおいても重要であるのは,E氏が施設入所者という特別の立場でなかったならば,十分に電動車いすの交付対象になり得たという点である。

原告に対する申請却下は,E氏との比較において,明らかに合理的理由を欠く差別的取扱いといわざるを得ない。

(エ) 原告の友人であるF氏との対比

F氏は,原告の友人であり,普通型車いすと電動車いすの双方を交付されている人物の1人である。

上記A,B,C各氏の中には,Fは入っておらず,したがって,Fは,普通型式いすの自操能力はないとの判断の上で,電動車いすが交付されたケースと思料される。

しかし,Fは実際に普通型車いすを使用して生活しており,その自操能力は原告のそれを上回り,例えば,原告が登れないスロープも,Fは,普通型車いすを自操して登ることができる。

Fとの対比にかんがみても,第1処分は,明らかに合理的理由を欠いた差別的取扱いである。

エ 処分の恣意性

(ア) 被告は,原告が本件事故により普通型車いすの自操能力を喪失し,そのために本件施設への通所を中断せざるを得なかったこと,原告が通所の再開を切望していたものであること,原告が通所再開のために,電動車いすの交付を受けるとともに本件旧宅にスロープを設置することが必要不可欠であると考えていたこと等を,原告からの相談等を通じて知っていた。

(イ) ところが,被告は,第1申請につき更生相談所に対する判定依頼を行うことなく7か月以上放置し,さらに,スロープの設置に関しても,原告からの再三の相談に対して回答も行わずに長期間放置したばかりでなく,スロープ設置の支援制度が平成9年2月に新設された直後には何らの指導も行わず,第1申請を却下した後の同年5月に初めて,生活保護上収入認定しない旨の通知を行うなどした。他方で,本件施設への通所措置については,早々と第2処分をした。

(ウ) 上記の一連の経過は,第1処分が原告の権利侵害を意図して行われた恣意的なものであったことを疑わせるに十分である。

(5)  第2処分の違法

第2処分には,入所措置を解除する要件がないのにされた違法がある。

(6)  よって,原告は第1処分及び第2処分の取消しを求める。

2  請求原因に対する被告の認否

(1)  請求原因(1)(第1処分の存在)は認める。

(2)  同(2)(第2処分の存在)は認める。

(3)  同(3)(不服申立て)は認める。

(4)  同(4)アのうち,(ア)は争う。

(イ) は認める。

(ウ) は認める。

(エ) は不知。

原告提出の診断書(甲31)には,原告の病名として「四肢麻痺(原因不明)」及び「外傷性頚髄損傷(疑い)」と記載されているが,「外傷性頚髄損傷(疑い)」との診断は,MRI等の客観的な検査結果に基づくものではなく,原告からの愁訴のみによる「疑い」の域を出ないものである。また,仮に原告に何らかの頚髄損傷が存するとしても,原告が第5頚髄損傷以上の損傷を負っていないことは明らかであり,第6頚髄損傷以下の損傷であれば電動車いすは必須ではない。さらに,普通型車いすの自操に当たり重要な上肢の機能障害は認められない。

(オ) は不知。

(カ) は不知。

(キ) は不知。

(ク) は争う。

(ケ) は否認する。

(コ) は否認する。

(サ) は否認する。

(シ) は否認する。

(5)  同(4)イのうち,(ア)は争う。

(イ)のうち,平成9年4月1日に更生相談所における判定医の診察において,「手指機能の評価」は原告の痛みの訴えがあったことを理由に行わないまま終了したことは認め,その余は否認する。

(6)  同(4)ウのうち,(ア)は認める。

(イ)のうち,各(a)は認め,その余は争う。これら3件の事例は,電動車いすの交付について,単に本人の身体状況のみならず,電動車いすの使用目的や使用方法,使用場所の環境や操作性等の安全性も含めて総合的に判定したところ,いずれも短距離であれば普通型車いすの自操能力はあるが,中長距離においては実用性がなく,本人が車の運転もできない場合であって,申請目的である買い物,通院,散歩,地下鉄の駅までの移動等について住居周辺の状況や通勤経路等の環境に何の問題もなく,かつ電動車いすの操作性にも全く問題がないものであった。これに対し,原告の場合,身体状況としては上肢の症状が医学的に機能障害と判定することは困難であり,普通型車いすの自操能力も実用性があると判断されたこと,また,自家用車の運転が可能であり,屋外移動に電動車いす使用の客観的な必要性が認められなかったことから交付は不適当と判定したものであり,何ら平等原則に反する点はない。

(ウ) は争う。

(エ) は争う。

(7)  同(4)エは争う。第1処分が遅延した理由は,本件旧宅の玄関前の状況では電動車いすの取り回しは困難であったこと,当時交付可能な電動車いすはその形状と重量により原告が自力で自動車に積み込むことは不可能であったこと等から原告の外出の際の状況を改善するものではなかったため,その後の事務処理を保留していたためである。

(8)  同(5)(第2処分の違法)は争う。

(9)  第1処分の適法性

ア 補装具の交付(法20条)の判断は,市町村の合理的な裁量に委ねられているところ,その裁量の合理的基準を明確にするために厚生省(当時)の通達が存在する。これらの通達は,直ちに被告の判断を羈束する法的拘束力を持つものではないが,法律の解釈基準又は運用指針としての意味を有する。被告は,これまでこれらの通達を法律の解釈基準又は運用指針として採用してきており,これらの通達が明らかに不合理なものでない限り,これらの通達に沿って判断した第1処分は適法である。

イ 制度の概要

(ア) 市町村は,身体障害者から申請があった場合,補装具を交付することができる(法20条1項)。補装具は,身体障害者の職業その他日常生活の能率の向上を図ることを目的として給付されるものであり,その給付は,身体障害者リハビリテーションの重要な一過程としてなされるものである。電動車いすの交付対象者は,「重度の歩行困難者であって,電動車いすによらなければ歩行機能を代替できない者」又は「呼吸器機能障害者,心臓機能障害者等で歩行による移動に著しい制限を受ける者で,医学的所見から適応が可能な者」(平成4年3月31日付け社更第71号厚生省社会局長通知(乙2。以下「本件補装具通達」という。)の別紙電動車いす給付事務取扱要領)である。

(イ) 身体障害の状況についての判断

a 更生相談所による訪問調査

更生相談所のケースワーカー及び作業療法士並びに被告補装具担当者は,平成9年3月19日,訪問調査を行い,原告の生活状況の視察及び聞き取り調査をし,本件旧宅の玄関から車いすを出し,地べたをいざって車いすに乗り,コンクリートブロックに片側の車輪を載せて往来しているとの説明を受け,原告がホームヘルパーなしでも自宅で自立して生活している状況を見分した。さらに,同年4月1日の後記医学的判定の際に,上肢,腱反射の亢進は認められず,上肢についてROM(関節可動域)制限なし,前腕回内外問題なし,肩肘手各関節の運動問題なしとの結果を得た。そして,更生相談所は,これらの結果を踏まえた上,原告の身体状況について,「両上肢については,ROM制限,筋力低下,反射の亢進等障害状況を裏付ける所見は認められない。現在の身体状況及び社会的状況により電動車いすの交付を適当とは判断し難い状況である」と結論付けた。

b 更生相談所による本件判定

平成9年4月1日,更生相談所における判定医(整形外科医)の医学的判定により,「両手指屈曲位,手指伸展出来ない,しかし筋萎縮なし」,「現在,両手指の伸展は出来ないが,車運転も可能とのことで,普通型車いす操作可能と考えます。

したがって,電動車椅子交付は不要と考えます。」と診断された。

それに基づき,更生相談所は,「現在の身体状況から,電動車椅子交付対象となる機能的な障害は認められません。」と判定した。

c 以上の更生相談所による判定は,専門医による医学的見解を踏まえたものであり,何ら疑問を呈する余地はなかったことから,被告として,これらの判定を正当と判断した。

(ウ) 社会的状況についての判断

a 本件旧宅は,一部床が抜け落ちている状態でありながら家主が修理に応じず,逆に立ち退きを求めているという状況であった。さらに,本件旧宅の玄関前には段差がある上,車いすが何とか通れる幅員の溝状段差が公道に至るまで約5メートル続く状況であった。原告は,玄関前にスロープを設置して通路の溝状段差の不便を解消しようとしていたが,家主からこのようなスロープ設置について承諾を得ることができない状態であった。そのため,本件旧宅の状況は,電動車いすの走行が現実的に困難かつ危険な状況にあった。なお,被告は,平成4年10月から,原告の当時の住環境が原告にとって劣悪なものであると認識し,生活保護による援助の下でより望ましい住居への転居指導を継続していた。

b さらに,原告の普通型車いすの自操能力がある程度実用性のレベルにあり,かつ原告は自動車の運転が可能であり,屋外移動のために電動車いすを使用する客観的な必要性が認められなかった。

c 以上のとおり,被告は,第1申請は社会的状況の点からも認められないと判断した。

(エ) 車載可能性

ヤマハJW-Ⅱの総重量は,フレームも含め,22.7キログラムあるところ(乙13),この電動車いすを車載することは,男性健常者で何とか可能であるが,上下肢機能に障害のある者が行うことは極めて困難である。したがって,原告が電動車いすを自動車に積んで利用するという構想自体に無理がある。

3  抗弁(第2処分の適法性)

(1)  身体障害者更生援護施設への入所措置(法18条)の判断は,市町村の合理的な裁量に委ねられているところ,その裁量の合理的基準を明確にするために厚生省(当時)の通達が存在する。これらの通達は,直ちに被告の判断を羈束する法的拘束力を持つものではないが,法律の解釈基準又は運用指針としての意味を有する。被告は,これまでこれらの通達を法律の解釈基準又は運用指針として採用してきており,これらの通達が明らかに不合理なものでない限り,これらの通達に沿って判断した被告の第2処分は適法である。

(2)  身体障害者授産施設は,「身体障害者で雇用されることの困難なもの又は生活に困窮するもの等を入所させて,必要な訓練を行い,かつ,職業を与え,自活させる施設」(法31条)であり,費用の支弁は,市町村が行っていることから(法35条2号),市町村としては,他の訓練を必要とする者を入所措置して施設の目的を達成させ,収容人員に限りのある施設を有効に利用するために,訓練修了者はもちろんのこと,事実上訓練を受けることができなくなった者についても入所措置を解除する必要がある。そして,被告としては,3か月間無通所状態が続くことを措置解除の一つの目安として運用し,3か月の無通所状態が続いた後,当該被措置者の状況や諸事情から通所再開の可能性を考慮して,入所措置解除につき判断している。

(3)  原告は,平成8年3月に乙病院を退院後,普通型車いすと自家用車を利用して単身生活を継続していたことから,本件施設へ通所することは可能であった。

ところが,原告はこのような状態にありながら,本件施設への通所を長期間行わず,その無通所期間が9か月の長期に及び,近い将来通所再開の可能性もなかったことから,被告は措置を解除することが妥当と判断し,原告に対し入所措置解除の理由を説明後,第2処分をしたものである。

4  抗弁に対する認否

(1)  抗弁(1)は争う。

(2)  同(2)は不知。

(3)  同(3)のうち,原告が平成8年3月に乙病院を退院後,同年11月30日まで本件施設へ通所しなかったことは認め,その余は否認する。

(4)ア  原告は,本件施設への通所の意思を有していた。そして,電動車いすと本件旧宅の玄関前のスロープがあれば通所は可能であり,近い将来通所を再開することが可能だったものである。

イ  原告が普通型車いすと自動車を利用して単身生活を継続していたとの点についての反論は,請求原因(4)アのとおりである。

本件事故後の原告の外出は,極めて稀であり,病院への通院や食料品の買物など生存に最低限必要な範囲での外出は行っていた。これに対し,本件施設は,原告にとって経済的自立のための授産施設であり,原則として毎日通所しなければならない場所である。原告が生存のために必要最低限必要な外出をしていたことは,通所が可能であったことの根拠とはなり得ない。

ウ  本件施設にはスロープがあったため,原告は,本件施設内において自由に移動するために,電動車いすが必要だった。さらに,原告は,平坦な場所でも,長くは普通型車いすを操作することはできないため,本件施設内でトイレへ行ったり,他の場所へ移動したりするためにも電動車いすが必要だったものである。本件施設内では,職員の介助によりスロープ等の問題は解決することができるとの見方もあり得るが,原告は,自立した生活を希望しているのであり,常に職員の援助がなければ自由移動できないのでは,原告にとって移動の自由が保障されていないに等しい。

エ  被告主張のとおり,本件旧宅の玄関前の状況は,車いすの通行にとって安全ではなかったものであり,安全な通行のためにはスロープの設置が必要であった。

原告は,平成4年に転居を求められた後も,平成10年11月末まで本件旧宅に居住していたものであり,第2処分後2年間も本件旧宅に住んでいたものである。転居を指導していたことは,スロープ設置の必要性を否定する根拠にはなり得ない。むしろ,渡り板程度のスロープを設置することにより,本件旧宅の玄関前の住居環境が改善されるのであれば,被告は,暫定的にでもスロープを設置すべきであった。

また,原告が設置を希望していたのは,ベニヤ板や杉材を使用した渡り板程度のものであったから(甲25の1),この設置に家主の同意は必要とされないものである。

そして,スロープ設置の支援制度は,第2処分の2か月後である平成9年2月には発足している。それ以前の平成8年11月にも,被告生活保護担当者は,スロープ設置のための社会福祉協議会からの借入れを収入認定しない旨の決定しているが,原告にはその旨の連絡をしなかった。仮に速やかに連絡されていたならば,原告は,自らの負担で電動車いすを購入した上でスロープを設置し,本件施設への通所を再開できる状況を作り得た可能性が高い。

5  再抗弁

(1)  第2処分の恣意性

ア 被告は,原告に対する調査,判定手続を行う前に,原告に対する何らかの予断と偏見に基づき,原告には電動車いすの交付は必要でない旨判断していたことが明らかであり,このことは,第2処分が恣意的に決定されたことを示している。

イ すなわち,原告は,平成8年4月11日付けで,最初の電動車いすの交付申請を障害が固定していないとの理由で却下された後,同年6月ころから,スロープ設置につき被告と相談を始め,同年8月9日,2度目の電動車いすの交付申請(第1申請)をし,同年9月2日,貸付金制度利用によるスロープ設置の相談をし,同月25日には,見積書(甲25の1)を被告に交付した。この間,原告は,被告に対し,本件施設への通所を再開したいが,再開するためには,電動車いすと玄関前のスロープ設置が必要であることを話していた。

ウ 第2処分は,原告は通所が可能であることを前提とするが,通所が可能であるとの判断は,電動車いすが不必要であるとの判断を当然に前提としている。

また,被告は,平成9年3月4日までの長期間,更生相談所への判定依頼すら行わないまま,第1申請を放置した。これらは,第2処分が決定された同年11月20日には,被告が原告に対する電動車いすの交付は必要ないと実質的に判断していたことを示している。

(2)  権利濫用又は信義則違反

仮に,第2処分が恣意的意図に基づくものではないとしても,以上の事実経過によれば,第2処分は,行政機関が有する権限を濫用してされ,又は市民の行政に対する信頼関係を著しく損うなど信義則に反するものである。このことは,第2処分の理由として掲げられている原告の無通所期間の長期化,本件施設の定員の存在,行政措置費用の支弁等の諸事情の存在を考慮しても変わらないものである。

6  再抗弁に対する認否

(1)  再抗弁(1)は否認する。

(2)  同(2)は否認する。

理由

第1処分の存在等

1  請求原因(1)(第1処分の存在)は,当事者間に争いがない。

なお,乙7の2によれば,原告は,平成9年4月1日に行われた更生相談所における聞き取り調査において,「処方に関する希望」として,車載することができるヤマハJW-Ⅱを希望する旨述べていることが認められるが,原告の交付申請の対象は飽くまで電動車いすであり,上記の処方に関する希望により,第1申請が車載可能な電動車いすに限定されるとか,車載を前提とする利用方法に限定されるものとなったと認めることはできない。

2  請求原因(2)(第2処分の存在)及び(3)(不服申立て)は,当事者間に争いがない。

第2第1処分の違法の有無について

1  争いのない事実

原告は,両下肢に障害を有する2級身体障害者として,普通型車いすを利用して日常生活を営んでいたところ,平成8年2月6日,車いすごと田に転落し(本件事故),同年3月5日まで乙病院に入院したことは,当事者間に争いがない。

2  身体的障害の点

(1)  証拠(甲23,30,31,乙4,7の1ないし3,9,16,17,証人G(乙8を含む。以下,同じ。),証人H(第1回。乙9を含む。以下,同じ。),証人H(第2回。乙14を含む。以下,同じ。),原告本人(甲26ないし28を含む。以下,同じ。))及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,この認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

(ア) 本件事故以降,原告の両手指は,常時曲がって軽く握ったまま(強制把握)の状態となり,自らの意思で手指を動かすことができなくなった。固定された物を利用し,それに指を引っかけるようにすればある程度の範囲で手を開くことはできるが,固定された物から手を離せば,手指は,元の曲がった状態に戻ってしまう。反対に物を掴むという動作をすることができないため,何かを手に持つ必要がある場合は,曲がった状態の手に物を押し込んで挟み込ませるようにせざるを得ない。また,無理に手を開こうとすると,かなりの痛みを伴うが,手を開く場合だけではなく,普段の状態のままでも手が何かに触れると痛みを感じる。肩や腕にも,しびれや痛みがある。

(イ) 原告の強制把握の原因は,その後の診察によっても不明である。

(ウ) 乙16(丙病院の診療録)中には,ヒステリーの可能性を指摘する記載があるが,この記載のみから,原告の強制把握の状態がヒステリーによるものであること,したがって症状が大げさなものであるとか,一時的なものであり改善の可能性があるものと認めることはできない。

(エ) 平成9年4月1日,更生相談所の作業療法士らは,原告の診察時に,両上肢の運動障害を示すような神経学的な所見(ROM制限,筋力低下,腱反射亢進等)は認められないことを確認し,更生相談所の判定医であるI医師は,原告を診察し,両手指伸展困難,両手指関節屈曲位の状態にあり,随意運動困難にもかかわらず筋肉の萎縮は認められない,よって,上肢の運動障害は確認できない旨の診断をした。

上記確認及び診察の際,原告が手指の痛みを訴え,右手首については同年3月25日に,左手首については前夜にそれぞれひねった旨告げたため,I医師らは,手指を動かしての評価をすることができなかった。また,原告に実際に普通型車いすを操作させてみることはしなかった(一部は,当事者間に争いがない。)。

しかし,上記の診断にある筋肉の萎縮が認められないことが,原告の手指の強制把握並びに手,肩及び腕にしびれや痛みがあるとの症状と矛盾することを認めるに足りる証拠はない。

イ 原告は,普通型車いすのリムや車輪自体を掴むことができないため,強制把握の状態にある拳の下側部分(小指側部分)を車輪に押し付けるようにして力を加え,走行させている。

上記のような力の加え方しかできず,かつ,肩や腕にもしびれや痛みがあるため,原告は,平坦な場所でも,時間をかけて少しずつ進んでいくことしかできず,1回に進むことができる距離は10メートル程度である。わずかな段差やスロープがある場所では,普通型車いすを走行させることができない。

後記3(1)アのとおり,原告は,本件旧宅から自動車の駐車場まで,普通型車いすを操作しているが,大変な時間を要する。

ウ 原告は屋外での移動に自動車を使用しているが,その自動車は,身障者用に改造されたものであり,アクセルやブレーキは,強制把握の状態にある左拳下側部分をハンドルの左側にあるレバーに押し付けて操作し,ハンドル操作は,ハンドルの6時の位置に強制把握の状態にある右拳下側部分を押し付けて操作し,大きくハンドル操作をする必要がある場合は,4時の位置に付いているノブ状のグリップに右拳下側部分を押し付けて操作している。

エ 原告が食事をする場合は,握ったままの状態の手にスプーン等を挟み込ませるようにしている。文字を書く場合は,やはり鉛筆を手に挟み込ませて使用し,ワープロやパソコンの場合も,消しゴム付きの鉛筆を手に挟み込ませ,消しゴム部分でキーボードを叩いている。

(2)  以上に認定した事実によれば,原告の上肢の状態は,両手指が強制把握の状態にあり,普通型車いすのリムや車輪を握ることができず,しかも,手,肩及び腕にしびれや痛みがあるため,普通型車いすの操作に多大な困難を伴う状態にあるものであり,このような状態は,「重度の歩行困難者であって,電動車いすによらなければ歩行機能を代替できない者」に当たるというべきである。

これに反する被告の主張は,採用することができない。

3  社会的状況の点

(1)  証拠(甲1,6,7,13,19の1ないし6,20の1及び2,21,25の1,29の1ないし3,乙13,証人G,証人H(第1,2回),証人J(乙10を含む。),原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(一部,争いのない事実を含む。)。

ア 本件旧宅は,一部床が抜け落ちている状態であるが,家主が修理に応じず,逆に立ち退きを求めているという状況であった。さらに,本件旧宅の玄関前には段差がある上,駐車場のある公道まで続く通路約5メートルは,車いすが何とか通れる程度の幅員しかなく,境界にコンクリートブロックが連続して設置されているため段差があった。

原告は,本件旧宅内からいざって玄関の外に普通型車いすを搬出し,それに乗り込み,普通型車いすの片方の車輪を幅約15センチメートルコンクリートブロックに乗り上げさせるなどの工夫をした上,多大な時間を要して普通型車いすを操作していた。その際,原告は,普通型車いすの片方の車輪がコンクリートブロックから落ちるなどして車いすから投げ出されることがあった。

イ 原告は,乙病院を退院したころから,本件施設は原告の経済的自立のために原則として毎日通所すべき施設であるところ,本件施設への通所再開のためには,ヤマハJW-Ⅱのような車載可能な電動車いすの交付を受け,かつ,本件旧宅の玄関前の状況をスロープを設置するなどして改善することが是非とも必要であると考え,そのための諸手続を進めていた。

ウ すなわち,電動車いすについては,平成8年3月4日付けで電動車いすの交付申請をしたが,同年4月11日付けで障害固定とは認められないとの理由で却下された。

さらに,同年8月9日付けで第1申請をした。

エ スロープ設置については,原告は,遅くとも平成8年9月2日,被告生活保護担当者に対し,社会福祉協議会から貸付を受けて本件旧宅の玄関前にスロープを設置して段差を解消したい旨を相談した。その際,被告生活保護担当者は,原告に対し,生活保護上は借入金も収入として取り扱うとの原則を説明した。

同年9月25日ころ,原告は,スロープの見積書(甲25の1)を被告生活保護担当者に提出した。

原告が計画したスロープは,ベニヤ板等を使用した簡易なものであり,家主の承諾が得られなければ設置できない程度のものではなかった。

オ これに対し,被告補装具担当者は,原告が自力で電動車いすを自動車に積むことはできず,また,本件旧宅から公道への通路の状況から判断すると電動車いすの安全な通行が難しく,設置費用の負担及び家主の承諾の関係からスロープの設置も難しいと考え,生活保護の援助の下で転居することが望ましいと判断し,第1申請に対する判断を保留していた。

同年11月ころ,原告からスロープ設置費用の借入れを申し込まれた社会福祉協議会担当者は,被告生活保護担当者と連絡をとり,社会福祉協議会からのスロープ設置のための借入れが生活保護上収入認定されるかを確認したところ,これを受けた被告生活保護担当者は,検討の上,社会福祉協議会からの借入れを収入認定しないこととなる旨を答えたが,原告に対しては転居指導が優先されていたため,社会福祉協議会からの借入れは実現可能性が低いと判断して,原告にその旨を伝えることはしなかった。

カ 転居先については,原告は,身体障害者にも賃貸してくれる適当な民間アパートを探し出すことはできなかった。また,病院への通院及び本件施設への通所の観点から原告の希望に合致する公営住宅もなかった。

キ 平成9年2月,スロープ設置の支援制度が発足した。

被告生活保護担当者は,原告に対し,平成9年5月30日,上記スロープ設置の支援制度の限度額を超える分につき社会福祉協議会から借入れをしても収入認定はしない旨を連絡した。

ク 原告が交付を希望していたヤマハJW-Ⅱは,両上肢で駆動する力を電動モーターで増幅するシステムであり,力の入れ加減によって微妙な速度コントロールが可能なものである。

ケ ヤマハJW-Ⅱの総重量は,実測で22.7キログラムである。フレームのアルミ化等により更に軽量化を図り,原告が普通型車いすの車載の際に工夫しているひも等を利用したとしても,上下肢に障害を持つ原告がこれを分解しないまま車載することは無理であり,また,車載を容易にするためにこれを分解して各パーツに分けることは,両手指が強制把握の状態にある原告の障害を考慮すると,無理である。

通常型電動車いすの重量は,70キログラム以上あり,原告が自力で自動車に積むことはできない。

コ 原告が電動車いすの交付を受けることができれば,自動車を利用せずに近所のスーパーマーケット等に出かけ,他の人の助けを一切受けずに買い物等をすることが可能となる。

また,ヤマハJW-Ⅱの交付を受けることができれば,電動車いすの積み卸しについてのみボランティアの助けを受ける等の方法により,授産施設への通所を含め,毎日の行動が大変容易となる。

(2)  以上に認定の事実に基づき判断する。

ア まず,危険性の点については,生活保護の援助の下に転居し,根本的に環境を整備することが望ましかったことは,被告の判断のとおりであると考えられる。

しかしながら,どこに居住するかは,生活保護を受給中であっても最終的には本人自身が決定する事柄であることからすると(生活保護法27条2項,3項),転居の指導に従わないからといって,当時原告が居住していた本件旧宅の玄関前の整備を不要とするものと認めることはできない。

そして,本件旧宅での電動車いす使用による危険性は,家主の承諾を得ないでも設置することができる程度のスロープの設置等により,相当程度減少させることができたものと認められる。

したがって,前記のように上肢の機能障害を有する原告に対し,危険性の点から,電動車いす,特に,普通型車いすと同様の速度コントロールの可能なヤマハJW-Ⅱの交付を拒むことはできないものと認められる。

イ 次に,必要性の点については,前記説示のとおり,第1申請が車載可能な電動車いすに限定されるとか,車載を前提とする利用方法に限定されると解することはできないものであり,また,原告は,普通型車いすの操作に多大な困難があるものであるから,自動車を自分で運転して屋外の移動をしていることなどをもって,電動車いすの交付の必要性がないものと認めることはできない。

(3)  以上によれば,第1処分は,違法なものとして取り消されるべきである。

なお,本判決確定後の処理としては,原告の症状の改善等が認められない限り,被告は,身体的機能の障害の点についての判断について本判決の拘束力を受けるが,社会的状況の点については,原告の住居の変動を踏まえて新たに判断し,電動車いすの交付を要すると判断した場合は,原告の希望を再度聴取し,どのような電動車いすを処方するかの点を判断すべきである。

第3第2処分の違法性の有無について

1  身体障害者授産施設は,「身体障害者で雇用されることの困難なもの又は生活に困窮するもの等を収容し,又は通所させて,必要な訓練を行い,且つ,職業を与え,自活させる施設」(法31条)であり,費用の支弁は,市町村が行っているところ(法35条2号),市町村としては,他の訓練を必要とする者を入所措置して施設の目的を達成させ,収容人員に限りのある施設を有効に利用するために,訓練修了者はもちろんのこと,事実上訓練を受けることができなくなった者についても入所措置を解除する必要があることは,当然である。

そして,証拠(甲6,乙12,証人J)によれば,被告は,厚生省(当時)社会・援護局更生課編集に係る身体障害者福祉関係事務処理の手引(乙12)において,入所措置の解除をする場合の例示として,「疾病等により,3か月以上の入院が必要と認められた時又は入院期間が3か月以上となった時」が挙げられていることを参考にして,3か月間無通所状態が続くことを入所措置解除の一つの目安として運用し,3か月の無通所状態が続いた後,当該被措置者の状況や諸事情から通所再開の可能性を考慮して,措置解除につき判断していることが認められる。

この基準自体を違法なものと認めることはできない。

2(1)  抗弁(3)のうち,原告が平成8年3月に乙病院を退院後,同年11月30日まで本件施設へ通所しなかったことは,当事者間に争いがない。そして,弁論の全趣旨によれば,原告は,その後も現在まで,本件施設へ通所していないことが認められる。

(2)  上記(1)及び前記第2,3(1)に認定の事実によれば,第2処分がされた平成8年11月当時,原告が本件施設に通所しない期間は,乙病院退院後8か月に及んでいたものである。しかも,原告は,スロープの設置及び電動車いすの交付の問題が解決しなければ本件施設に通所することはできないとの立場に立っていたものであるところ,被告は,スロープの設置及び電動車いすの交付につき,消極の判断に立っていたものであり,原告が本件施設への通所が近く再開される目途は立っていなかったといわざるを得ないのであり,入所措置解除の要件は満たされていたものである。

確かに,本件では,第1処分及び第2処分の決定権者がいずれも同一人である被告であるとの点,並びに本判決の判断によれば,第1処分には取消事由があることが問題となる。しかしながら,第1処分及びそれ以前にされた転居が望ましいとの判断が恣意的にされた等の事情が認められない本件では,入所措置解除の判断は,原告が長期間通所をしていないこと,並びに,原告がスロープの設置と電動車いすの交付を通所再開の前提としているところ,その前提が近々満たされるものとは認められないことから行われれば足りるものであり,第1処分の判断が後に取り消されたことなどによって,第2処分が遡って違法となるとの関係にはないものである。

したがって,第2処分は,通所解除の要件を満たしており,違法はないというべきである。

3(1)  原告は,被告は,原告に対する何らの調査,判定手続を行う前に,原告に対する何らかの予断と偏見に基づき,原告には電動車いすの交付は必要でない旨判断していたことが明らかであり,このことは,第2処分が恣意的に決定されたことを示している旨主張する。

確かに,前記認定の事実によれば,被告は,根本的に原告の住環境を整備するために転居が望ましいとの観点から,本件旧宅での使用を前提とする電動車いすの交付には消極的な姿勢だったものである。しかしながら,そのような判断は,本判決とは一部結論を異にするにしても,常識人が選択し得る判断の一つであり,被告がそのような見解に基づき,原告のスロープ設置に向けた行動等に協力しなかったため,原告が思い描いたとおりに事が運ばず本件施設への通所の再開が遅れたことをもって,第2処分が恣意的にされたものと認めることはできない。

(2)  同様の理由で,第2処分が権利濫用ないし信義則に反するものと認めることもできない。

第4結論

以上によれば,原告の第1処分の取消しを求める請求は理由があるから認容し,第2処分の取消しを求める請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条本文を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市川正巳 裁判官 千々和博志 裁判官 工藤哲郎)

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