仙台地方裁判所 平成11年(行ウ)23号 判決 2003年2月27日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告らの負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告らは,仙台市に対し,連帯して金966万4298円及びこれに対する平成11年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は,被告らの負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 被告らの本案前の答弁
ア 本件訴えを却下する。
イ 訴訟費用は,原告らの負担とする。
(2) 被告らの本案についての答弁
主文同旨
第2当事者の主張
1 請求原因
(1) 当事者
ア 原告らは,いずれも仙台市民である。
イ 被告Aは,平成5年から現在まで,仙台市長の職にある者である。
ウ 被告Bは,平成10年4月1日から平成13年3月31日まで,仙台市教育委員会教育長(以下「教育長」ということがある。)の職にあった者である。
エ 仙台市教育委員会の事務局として,教育局が置かれ,教育長がその長である。
(2) 本件土地取得
ア 仙台市は,平成元年7月25日,仙台市土地開発公社(以下「公社」という。)に対し,以下の内容で別紙物件目録の土地(以下「本件土地」という。)の取得を委託し,公社は,同月27日,これを受託した(以下「本件業務委託」という。)。
a. 事業名 仙台市図書館などの用地取得事業
b. 買収地 本件土地
c. 買収予定価格 5億円
d. 引取予定年度 平成3年度
イ そして,公社は,同年8月30日,総額4億8321万4935円で本件土地を買い受けた(以下「本件土地取得」という。)。
(3) 仙台市と公社間の法律関係
ア 仙台市と公社間の土地取得依頼に関する法律関係は,公有地の拡大の推進に関する法律,同法施行令,同法施行規則,仙台市土地開発公社定款(乙67),同業務方法書(乙68),同業務運営細則及び同処務規定によって,以下のように規定されている。
(ア) 業務方法書4条
公社は,定款第17条に規定する業務の委託を受けることができるものとする。
前項の業務の委託を受けたときは,委託契約に定めるところにより,その業務に要する費用を委託者に負担させるものとする。
(イ) 同6条
公社は,土地の取得価格を算定するにあたっては,市において評価した価格を基準とする。
ただし書省略
(ウ) 同8条
公社が取得した土地を処分するときの価格は,原則として次の各号に掲げる費用の合計額を基準として理事長が決定する。ただし,理事長が特に必要と認めるときは,近傍類似価格等これ以外の額を基準とすることができる。
(1) 当該土地の取得,造成費ならびにこれらに対する利子相当額
(2) 当該土地の管理に要した諸経費の額
(エ) 業務運営細則17条
理事長は市の依頼にかかる土地を取得した時は,市に対し「土地取得等完了通知書」により通知するとともに,土地の引渡し,または売払いの時期について協議しなければならない。
(オ) 同19条
公社の取得にかかる土地の引渡し価格は,次の各号に定める費用を合計して得た額とする。
(1) 土地取得費(取得に費やした経費を含む)
(2) 土地造成費
(3) 資金利子
(4) 土地の取得管理等に要した諸経費
イ 仙台市の引取義務
(ア) 仙台市は,公社から,本件業務委託に基づき,取得費に利子と経費を上乗せした金額で本件土地を引き取るべき契約上の引取義務を有する。その法的性格は,仙台市が予約完結権を有する売買の予約である。
(イ) 本件土地の引取りには,仙台市議会による予算の議決が必要であり,仙台市と公社が再取得契約を締結することによって本件土地の引取りが実現するとしても,それ故に仙台市が公社に法的な引取義務を負わないとはいえず,仙台市には,取得予定時期を経過したならば,速やかに予算措置を講じ,本件土地を引き取る義務がある。
(ウ) 仙台市と公社との間の「公共用地の先行取得に関する協定書」(乙1。以下「本件協定」という。)は,①予算措置を執り売買契約を締結して初めて引取義務が発生すること,②やむを得ない理由があれば引き取らなくてよいこと,③以上を過去に取得した土地(本件土地を含む。)にも適用し(附則2条),売買契約締結までは契約上の引取義務を負わないことを強調するなど,訴訟対策のために締結されたことが明らかであるから,本件協定には,本件業務委託によっていったん発生した仙台市の本件土地の引取義務及び被告らの損害賠償義務を消滅させる効力はない。
(4) 被告らの違法行為
ア 本件土地取得の背景
(ア) 本件土地は,仙台市が,都市計画道路用地の買収の際,土地所有者に押し付けられて買ったもので,図書館用地とは,買収の名目にすぎなかった。
(イ) 本件土地にb区の図書館の分館を整備すること,その時期として平成3年度を予定することは,「仙台市図書館整備基本計画」(乙3)に反するものである。
(ウ) 真に図書館用地としての利用目的があったのであれば,本件土地を取得する段階で,分館建設の要否,建設場所の適否及び詳細な建設計画について検討するはずであるのに,教育局は,これらについて具体的な検討を全くしていない。
イ 被告Aの注意義務違反
(ア) 被告Aは,仙台市長として,仙台市との委任契約に基づき,財産の管理を適正に行う義務を有していた。
(イ) 被告Aは,平成元年に仙台市教育委員会が本件土地取得を依頼した当時の教育長でもあり,本件土地の取得自体が「仙台市図書館整備基本計画」で示された整備順序から逸脱し,引取予定年度である平成3年度を徒過したことにやむを得ない理由がなかったこと,並びに本件土地が利用計画の変更を検討されることなく放置されていることを知っていた。
(ウ) しかも,被告Aは,仙台市では平成7年7月時点において,本件土地を処分を含めた利用計画の変更の対象としており,平成9年度末時点において,引取価格に上乗せされる金利負担分は2億1028万4979円に達していたことを知っていた。
(エ) したがって,被告Aは,遅くとも平成10年度には,利用の見込みの立たない本件土地を速やかに引き取り,これを売却するなどの措置を講じ,引取価格に上乗せされる利息がいたずらに増加することを防止すべきであった。
(オ) ところが,被告Aは,平成10年度においても本件土地を引き取るための措置を採らなかった。
ウ 被告Bの注意義務違反
(ア) 被告Bは,教育長として,仙台市との雇用契約に基づき,教育委員会の所管する財産の管理を適正に行い,必要な措置を執ることを仙台市長である被告Aに進言する義務を有していた。
(イ) 被告Bは,平成10年4月に教育長に就任した時点で,本件土地が教育局の長期未利用地であり,売却を含めた利用計画の変更対象とされており,公社に本件土地を確保させておく必要性がないことを知ることができた。
(ウ) したがって,被告Bは,平成10年度には,利用の見込みの立たない本件土地を速やかに引き取り,これを売却するなどの措置を講じ,引取価格に上乗せされる利息がいたずらに増加するのを防止すべきことを仙台市長に進言すべきであった。
(エ) ところが,被告Bは,平成10年度以降も本件土地を引き取るべきことを被告Aに進言しなかった。
(5) 損害
ア 公社は,平成10年度において,少なくとも本件土地の購入価格の2%である966万4298円の金利を支払った。
イ 仙台市が本件土地を引き取るに当たり,この額を上乗せすることが必要であるから,仙台市は,被告らの債務不履行により,同額の損害を被った。
(6) 不行使の違法
ア 地方自治法242条1項にいう財産は,債権を含むところ,仙台市の被告らに対する上記損害賠償請求権は,この債権に当たる。
イ そして,上記損害賠償請求権を行使しないことを正当化する合理的な理由は存しない。
(7) 住民監査請求
原告らは,仙台市監査委員に対し,平成11年8月25日,本件土地を早急に引き取り,処分するなどの処置を講ずること,利用の見通しが立っていないことを知りつつ長期間放置してきた仙台市及び担当部局の責任者に損失の補填をさせることを求めて住民監査請求をしたが,仙台市監査委員は,平成11年10月21日付けでこの監査請求を却下した。
(8) よって,原告らは,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被告らに対し,債務不履行に基づく損害金966万4298円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成11年12月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を仙台市に対し連帯して支払うことを求める。
2 被告らの本案前の主張
(1) 本件訴えは,住民訴訟の類型に該当しない不適法なものとして却下されるべきである。
(2) このような代位請求が許されるならば,普通地方公共団体の職員が,財務会計行為ではない単なる職務懈怠行為によって普通地方公共団体に損害を与えた場合でも,「怠る事実の相手方」という構成によって住民訴訟による損害賠償請求権の代位行使が許されることになり,地方自治法が住民訴訟の対象を一定の財務会計行為に限定した趣旨が没却される。
3 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)(当事者)は認める。
(2) 同(2)(本件土地取得)は認める。
(3) 同(3)(仙台市と公社間の法律関係)のうち,ア(業務方法書等の内容)は認め,イ(仙台市の引取義務)は否認する。
(4) 同(4)(被告らの違法行為)
ア 同ア(本件土地取得の背景)は否認する。
イ 同イ(被告Aの注意義務違反)のうち,(ア)は否認する。市長は,市との間で,私法上の委任契約を締結するものではないから,市に対し,委任契約上の注意義務を負うものではない。なお,市長は,その事務を自らの判断と責任において,誠実に管理し執行する義務を負うものとされるが(地方自治法138条の2),これは,執行機関がその任務を遂行する上での当然の心構えを明らかにしたものにすぎないから,ここから市長の普通地方公共団体に対する具体的な法的義務を導くこともできない。
また,本件土地の引取りに必要な予算措置については,究極的には仙台市議会による意思決定に委ねられているから,被告らには,予算措置を講じて本件土地の引取りを実現するにつき,その履行可能性がないから,この点からも,被告らに対し,早期の土地引取りを実現すべき職務上の注意義務を課すことはできない。
(イ) のうち,被告Aが平成元年に教育長として本件土地取得を依頼したことは認め,その余は否認する。
(ウ) のうち,被告Aが平成9年度末時点において,本件土地の金利負担分は2億1028万4979円に達していたことを知っていたことは認め,その余は否認する。
(エ) は否認し,(オ)は認める。
ウ 同ウ(被告Bの注意義務違反)(ア)ないし(ウ)は否認し,(エ)は認める。
(5) 同(5)(損害)アは不知,イは否認する。
本件土地は,平成10年度当時,公社が所有していたから,仙台市による再取得に伴う公金の支出がされていない段階では,仙台市に損害は発生していない。
また,金利負担分は,土地の先行取得制度上,公社が土地を取得した時点で仙台市が負担することが予定されており,その当然の結果として生じる必要経費であるから,その後の何人のいかなる行為とも因果関係を有するものではない。
(6) 同(6)(不行使の違法)アは争い,イは否認する。
(7) 同(7)(住民監査請求)は認める。
(8) 被告らの主張
ア 仙台市の土地引取義務の不存在
仙台市は,公社に対し,本件土地の引取義務を負わない。したがって,被告らに何ら義務違反は存しない。その理由は,次のとおりである。
(ア) 仙台市による引取時期は,飽くまで予定時期にすぎず,仙台市の財政状況や事業計画等の変更に伴い,本件土地を仙台市以外に売却することがあり得ることを前提とする。したがって,予算措置がされ,具体的な再取得契約の締結を行った時点で初めて引取義務が確定する。
(イ) 建設省建設経済局長通達(平成4年4月17日建設省経整発第23号。乙2)は,公社による土地の先行取得が再取得の確約を伴うものではなく,再取得の時期及び金額等は予算措置がされた時点で確定すべきものであるとしているが,本件土地取得の場合も同趣旨である。
(ウ) したがって,予算措置に基づいて再取得契約が締結されるまでは,仙台市は,本件土地を公社から優先的に再取得できる権利を得たにすぎず,再取得するかどうかについて,仙台市は何らの法的義務を負うものではない。
イ 被告らの注意義務違反の不存在
仮に,被告らが本件土地の引取りに関し,仙台市に対する注意義務を負うとしても,以下の理由により,被告らに注意義務違反は存しない。
(ア) 本件土地への分館建設方針の決定
a. 昭和63年3月に策定された「仙台市図書館整備基本計画」(乙3)は,平成元年4月から仙台市が政令指定都市へ移行することを視野に入れ,各行政区に中核となる地区図書館(以下「地区館」という。)を整備し,地区館でカバーできない地域に分館を整備する方針を採用した。
b. 教育局は,老朽化した市民図書館の早期改築が困難な状況下で,分館を建設してb区の地区館の機能を一部補完させようと考えた。建設用地については,b区北西部の人口急増に所在するとの位置,バブル期の土地先行取得が非常に有利だった経済情勢,本件土地が将来的に市の基幹道路に隣接するなどの交通事情にかんがみ,本件土地が適すると判断した。
そして,仙台市教育委員会は,平成元年3月24日,本件土地を図書館予定地として取得することを仙台市長に申し出ることを原案どおり可決した。
なお,b区について,地区館よりも分館の整備を先行させることにより,仙台市図書館整備基本計画で示された地区館と分館の建設予定年次を一部組み替えることになるが,これは,上記基本計画を根本的に変更するものではない。
c. その後,平成2年3月に改訂された「仙台市総合計画2000」(乙61)において,地区館及び分館の整備方針が仙台市の総合計画に正式に位置付けられた。
(イ) 分館建設方針の中止
a. 当時は,a図書館(a区,昭和63年度及び平成元年度に建設),p図書館(b区(旧c町),昭和63年度ないし平成2年度に建設),d図書館(d区,平成元年度に建設)のほか,平成2年度からe区(総工費54億円),平成5年度からf区の地区館整備事業を順次計画,実施する必要に迫られていた。
b. また,平成3年度に市民図書館の耐震調査を実施したところ,緊急に改築する必要があるとの結果が出たことから,平成4年9月には,市民図書館を新市民ギャラリー(現メディアテーク)内に移転する方針が決定され,総工費約300億円の大規模事業へ発展した。
c. こうした状況下で,仙台市は,平成7年度から9年度にかけて,メディアテーク(市民図書館併設)や平成5年度から建設計画に着手したf区文化センター(f図書館併設,総工費約117億円)に事業費を集中的に投下する時期を迎えた。
d. さらに,バブル崩壊後の税収低迷という財政的な制約が加わり,本件土地への分館整備を上記a.の地区館整備事業と同時期に実施することは不可能な状況になった。
e. なお,こうした経済状況及び施設整備状況により,本件土地への分館整備事業の優先順位は相対的に低下したが,改訂後の「仙台市総合計画2000」に明記された分館整備事業自体に変更はなく,仙台市教育委員会としても,本件土地への分館建設方針を変更したわけではなかった。
f. ところが,平成7年10月ころから,バブル崩壊後の税収低迷の情勢の中,「仙台市総合計画2000」の次期の基本構想及び基本計画の策定作業において,いわゆる「ハコモノ」の建設計画について見直しが行われた。
g. 平成9年3月,仙台市は,厳しい財政状況を踏まえ,仙台市議会が新しい基本構想を議決したのを受け,平成10年2月策定の仙台市基本計画である「仙台21プラン」(乙62)では分館整備方針を採用せず,分館整備は当分実施しないことを正式に決定した。
(ウ) 本件土地の用途変更
仙台市は,平成9年5月以降,長期保有地対策について段階的に本格的な検討を加え,本件土地を含む公社の長期保有地の活用方策を検討した結果,平成12年10月,本件土地を特別養護老人ホームEの用地として活用することを決定し,平成13年11月16日,公社から本件土地を買い取った。
(エ) まとめ
a. 図書館整備計画は,社会経済情勢の変化に即応しながら,整備の優先順位を決定,変更するものであり,高度な政治的判断を要するから,仙台市長は,基本構想及び基本計画の立案,事業計画の実施時期(引取時期)並びに事業計画の変更(他の用途への転用)の決定について広い裁量権を有し,裁量権行使の当否については,市民に対して政治的責任を負うにとどまる。
土地開発公社と普通地方公共団体との協定においては,土地の取得を依頼する自治体が予算措置努力義務を負う旨の規定が置かれる場合もあるが,本件協定は,仙台市が予算措置を講じるべきか否かについては何らの義務も規定していないことからしても,仙台市長には本件土地の引取時期の決定につき広い裁量が認められる。
b. 以上の経緯によれば,平成9年度当時まで,本件土地に分館を建設する計画が存し,平成3年度の引取予定時期を徒過したことには合理的な理由があり,被告Aが仙台市長としての裁量を逸脱ないし濫用したものとはいえず,被告らは,平成10年当時において,原告らの主張するような注意義務を尽くしたことが明らかであるから,被告らには注意義務違反は存しない。
理由
第1本案前の答弁について
1 被告らは,本件訴えのような代位請求が許されるならば,普通地方公共団体の職員が,財務会計行為ではない単なる職務懈怠行為によって普通地方公共団体に損害を与えた場合でも,「怠る事実の相手方」という構成によって住民訴訟による損害賠償請求権の代位行使が許されることになり,地方自治法が住民訴訟の対象を一定の財務会計行為に限定した趣旨が没却されるから,本件訴えを不適法なものとして却下すべきである旨主張する。
しかしながら,違法な財産の管理(地方自治法242条1項)の財産は,債権を含むところ,原告らが主張している仙台市の被告らに対する債務不履行に基づく損害賠償請求権は,上記債権に含まれるから,本件訴えを不適法と解することはできない。被告らの主張する住民訴訟の対象を一定の財務会計行為に限定した地方自治法の趣旨は,損害賠償請求権の成否の判断において,市長らに認められている政策的判断に十分配慮した注意義務を設定すること,及びそのような損害賠償請求権の行使不行使の判断において,行政上の裁量を認めるべき場合があることにより解決されるべき事柄である。
2 よって,この点の被告らの主張は理由がなく,本件訴えは適法である。
第2請求原因について
1 争いのない事実等
(1) 当事者
請求原因(1)は,当事者間に争いがない。
(2) 本件土地取得
請求原因(2)は,当事者間に争いがない。
(3) 住民監査請求
請求原因(7)は,当事者間に争いがなく,証拠(甲1,2)によっても認められる。
2 被告らの善管注意義務
(1) 被告Aについて
ア 被告Aは,仙台市長として,仙台市を統括し,仙台市の事務を自らの責任と判断において,誠実に管理し執行する義務を負うものであるから(地方自治法138条の2,147条,148条),仙台市に対し,善良なる管理者の注意義務をもって職務執行に当たる義務を負っている。
イ ところで,本件において原告らが主張する被告Aの義務違反は,本来の目的である分館建設が遅れているにしても,その計画の実現のために本件土地を保有し続ける必要があるか,分館建設が困難であるとしても,本件土地を仙台市の他の行政目的のために使用するか,本件土地を売却するにしても,地価動向を踏まえていつ売却するか等に関するものであり,住民訴訟において財務会計行為とされる財産の取得や処分(例えば,競争入札の方法によったか,鑑定委員会での審議を経て,適正な価格で土地を取得したか。)についてのものではないから,仙台市長の裁量にゆだねられている範囲が広いものであり,それが善管注意義務に違反し違法となるのは,裁量権の範囲を逸脱した場合に限られるものである。
(2) 被告Bについて
ア 被告Bは,教育長として,教育委員会の指揮監督の下に,教育委員会の権限に属するすべての事務をつかさどるものであるから(地方教育行政の組織及び運営に関する法律17条1項),仙台市に対し,善良なる管理者の注意義務をもって職務執行に当たる義務を負っている。
イ そして,被告Bの義務違反が善管注意義務に違反し違法となるのは,裁量権の範囲を逸脱した場合に限られることは,前記(1)イと同様である。
3 被告らの義務違反について
(1) 仙台市と公社間の法律関係
請求原因(3)ア(業務方法書等の内容)は,当事者間に争いがない。
(2) 公社の引取義務と被告らの義務違反との関係
ア 上記業務方法書等の内容によれば,仙台市の業務委託により公社が買い受けた土地を仙台市が再取得するか,再取得するとしていつ行うか,再取得の額をいくらとするかは,仙台市と公社との協議によって定めることが予定されているものであり,公社が仙台市を被告として,仙台市に再取得の義務のあることの確認や,再取得されたことを前提に代金の支払を民事訴訟により請求することは予定されていないものである。そのような意味で,仙台市は本件土地を再取得する法的義務を負わないとの被告らの主張は正しいと考えられる。
しかしながら,バブル崩壊後の地価の下落傾向の中で,いつまでも当該土地を引き取らないことは公社の損失を拡大させ,最終的には,公社を設立した仙台市による損失の穴埋めのための追加出資を必要とする事態を引き起こすものである(公有地の拡大の推進に関する法律13条,25条等)。
したがって,被告らの主張する意味において仙台市が公社から本件土地を引き取る義務があるか否かにかかわらず,仙台市長としての善管注意義務から生じる義務として,被告Aに,仙台市の損失の拡大を防止するために,公社から本件土地を引き取って他に売却する義務,又は公社をして他に売却させて損失の拡大を防ぐ義務が生じる場合があるといわなければならない。
イ この点は,被告Bについても,同様である。
(3) 本件土地取得の経緯等
各項に掲記した証拠によれば,次の事実が認められる。
ア 仙台市図書館整備基本計画等
(ア) 仙台市は,昭和62年3月,仙台市基本計画として「仙台市総合計画2000」(乙60)を策定し,その基本施策の1つとして,「図書館など地域における市民利用施設の適正配置を進める」ことを定めた。
(イ) 「仙台市図書館整備基本計画」(乙3)は,昭和61年12月に報告された仙台市図書館整備基本構想(乙64)を踏まえ,昭和63年3月に策定された。その内容は,平成元年4月から仙台市が旧泉市,c町及びg町と合併して政令指定都市へ移行するのを踏まえ,第1次整備(昭和63年度から平成9年度)として,各政令区に中核となる地区図書館を優先的に整備するとともに,地区図書館でカバーしきれない地域に分館及び分室の整備を行い,第2次整備(平成10年度以降)として,分館等の第2次整備を行うものとした。
第1次整備において整備が予定されていた分館は,旧c町地区のものである。
(ウ) 政令指定都市移行等を踏まえて平成2年3月に改訂された「仙台市総合計画2000(改訂版)」(乙61)は,上記仙台市図書館整備基本計画を取り込み,生涯学習環境の整備のための基本的施策として,「中央図書館,区図書館,分館,分室など図書館整備を進め,情報通信システムを活用した図書館サービスネットワークの確立を図る。」と定めた。
((ア)ないし(ウ)につき,乙3,60,61,64,証人C(乙65を含む。以下,同じ。),証人D(乙63を含む。以下,同じ。),弁論の全趣旨)
イ 本件土地取得等
(ア) 仙台市財政局は,本件土地の隣接地が都市計画道路の事業用地であったところ,本件土地の所有者から,仙台市による本件土地の買取りを要望する申出があったため,平成元年2月末ころ,教育局をはじめ各局に対し,本件土地を取得する意向があるかどうかを打診した。
(イ) これを受けた教育局(社会教育課)は,本件土地の利用方法について検討し,
a. 本件土地が,大きな団地を抱えるなどして人口が急増していたb区北西部に位置し,将来的に基幹道路に接する位置にあるため,交通の便の向上も期待できること,
b. 本件土地に分館を建設することにより,老朽化にもかかわらず建設予定地の確保の見通しの立たない市民図書館(b区の地区館に相当)の機能の一部補完をさせることができること,
c. バブル経済の中にあって地価の高騰が著しく,図書館用地を先行取得しておくことが有利であること,
d. 本件土地に傾斜部分が多い点は,分館であれば建築面積も比較的小さく,他都市に例のある緑陰図書館として整備すれば,特徴のあるものができることを考慮し,本件土地を図書館の分館予定地として取得することを希望することを決定した。
そして,当時,教育長であった被告Aは,仙台市長に対し本件土地を図書館予定地として取得したい旨申し出るべきことを仙台市教育委員会に付議し,同委員会は,平成元年3月24日,これを原案どおり可決した。
これを受けて教育長は,平成元年3月31日ころ,仙台市長(財政局)に対し,本件土地を図書館用地として取得することを依頼した。
((ア)及び(イ)につき,乙4,5,66,証人C)
(ウ) 本件土地取得前の昭和62年ころ,地元の連合町内会から,荒巻地区に図書館を建設してほしいとの陳情があった。また,本件土地取得後の平成元年11月ころ及び平成2年12月ころ,本件土地の存する荒巻地区の住民から,本件土地に図書館を建設してほしいとの陳情が行われた。
(証人C,証人D)
(エ) 原告らは,本件土地は,都市計画道路用地の買収の際,土地所有者に押し付けられて買ったもので,図書館用地とは買収の名目にすぎない旨主張するが,この点を認めるに足りる的確な証拠はない。
ウ 図書館建設状況(昭和63年度~平成5年度)
(ア) 仙台市は,引取予定年度である平成3年度内に本件土地を引き取ることができなかった。それは,当時,a図書館(a区,建設事業年次昭和63年度及び平成元年度),p図書館(b区(旧c町),建設事業年次昭和63年度ないし平成2年度),d図書館(d区,建設予定年次昭和63年度)のほか,e区,f区の地区館等整備事業を順次計画,実施する必要に迫られていたためである。
その意味で,引取予定年度を平成3年度としたのは,仙台市内部で3年以内に引き取ることが目途とされていたためであり,引取りが平成3年度より遅れることは,当初から予想されていたことであると認定せざるを得ない。しかし,教育局としては,地区館整備の目途が付いた段階で,それと並行して本件土地へ分館を建設することを考えていた。
(イ) また,市民図書館については,平成3年度に耐震調査を行った結果,緊急に改築する必要が生じたため,平成4年9月,市民図書館を新市民ギャラリー(現メディアテーク)内に移転する方針が決定され,平成6年度から整備を開始し,最終的には総事業費約300億円を要する事業に発展した。
さらに,バブル崩壊後の税収低迷という財政的な制約から,地区館整備の目途が付いた段階で,地区館整備と並行して行うことが考えられていた本件土地への分館建設は,困難な状況となった。
((ア)及び(イ)につき,証人C,証人D,弁論の全趣旨)
(ウ) なお,平成11年10月にされた土地開発公社長期保有地個別調書(乙47)には,本件土地の引取りが遅れている理由として,「用地取得後,教育局内では様々な形での調査・検討を行ったが,平成4年に,b図書館を具体化する過程で,当初北仙台地区が有力な建設地として検討され,その際これと距離の近い当該用地において図書館を建設する政策的な優先度は低下したものと判断された。同年9月に,b図書館の建設地は定禅寺通地区に確定したが,以降も当該用地については,図書館以外の利用の可能性を中心に関係各局で検討が進められてきました。」と記載されている。このうち,後段の建設地が定禅寺通地区に確定した後の状況についての説明は,正確なものかどうかについて疑問が残り,上記の認定を覆すに足りるものではない。
エ 公共施設新設の見直し
(ア) 平成7年度から9年度にかけて,仙台市は,メディアテーク(市民図書館併設,総事業費約300億円)や,用地確保の遅れにより平成5年度から建設計画に着手したf区文化センター(f図書館併設,総工費約117億円)に事業費を集中的に投下する時期を迎えていた。
(イ) 平成7年10月ころから,「仙台市総合計画2000」の次期の基本構想及び基本計画の策定作業が開始されたが,そこでは,景気低迷による税収の落ち込みの状況を踏まえ,いわゆる「ハコモノ」の建設計画について,その必要性にまで踏み込んだ見直しが行われた。
(ウ) 平成9年3月,仙台市は,厳しい財政状況を踏まえ,仙台市議会が新しい基本構想を議決したのを受け,平成10年2月策定の仙台市基本計画である「仙台21プラン」(乙62)では分館整備方針を採用せず,分館整備は当分実施しないことを正式に決定した。
((ア)ないし(ウ)につき,乙62,証人D)
オ 長期保有地の利用変更
(ア) また,仙台市(財政局)は,平成7年7月,公社に先行取得を依頼し,取得後3年以上事業に着手していない長期保有地に関する実態調査を実施した。
これに対し,教育局は,本件土地への分館建設方針自体には変更はないが,メディアテーク等の整備事業を実施しているため,実際の分館建設まである程度の時間を要する旨回答した。
(イ) 平成9年5月,仙台市(財政局)は,再度,長期保有地の有無並びに今後の利用計画及び公社からの引取りの見込み等に関する実態調査を実施した(乙40)。その結果,本件土地は,処分を含めた利用計画の検討を要する土地と分類された(乙41,42)。
(ウ) 平成10年6月及び10月,仙台市公有財産利用調整委員会幹事会において,長期保有地の利用可能性があるかどうかを検討し,利用の希望がある場合は申し出るよう各局に呼びかけた(乙45,46)。
(エ) 平成11年10月,仙台市(財政局)は,公社の長期保有地の引取時期等について実態調査を行い(乙47),さらに,同年11月1日,教育局からのヒアリング調査を行った(乙48,49)。
そして,財政局は,三役説明を経た上,平成12年3月末現在の状況として,本件土地を利用計画の変更を要する土地と分類した(乙51)。
(オ) 平成12年5月,仙台市(財政局及び企画局)は,本件土地等について利用の希望がある否かを各局に照会したところ(乙52),健康福祉局は,本件土地を特別養護老人ホームEに用地提供したいとの回答をした(乙53)。
(カ) そして,平成12年9月29日の三役政策会議は,本件土地を特別養護老人ホームEに用地提供する旨の原案を承認した(乙55,56)。
(キ) そこで,仙台市は,予算措置を講じ,平成13年11月16日,公社から本件土地を買い取った。
((ア)ないし(キ)につき,乙40ないし42,45ないし58,証人D)
カ 利息額
平成10年度当時,公社が銀行から借り入れていた金員の利息は少なくとも2%であり,本件土地についての利息額は,年額966万4298円となる(本件土地の購入価格×2%)。
(弁論の全趣旨)
(4) 義務違反の有無
ア 被告Aについて
以上に認定の事実によれば,本件土地の取得依頼は,平成3年度中の引取りが遅れることを予定してされたものである上,「仙台市図書館整備基本計画」(乙3)と本件土地取得との整合性についての検討にも不十分な点がないわけではなく,コスト意識を持ち,税金の無駄遣いをなくすべきであるとの立場からは,批判があり得るところである。しかし,仙台市は,バブルの進行のため将来の公共用地の取得が困難になるのではないかと考え,人口が急増していたb区北西地区にある本件土地を図書館分館用地として取得することを決定したが,その後のバブル崩壊及びそれに伴う税収低迷により,分館設置が困難になった状況は理解できないではない。そして,仙台市は,バブル崩壊後の経済の低迷が長期化することが判明後は,財政局を中心として公社保有の長期保有地につき,処分を含めた利用計画の変更を検討していたものである。これらのことからすると,被告Aが平成10年度に本件土地を公社から引き取らず,金利負担を続けさせたことをもって,非財務的事務を執行する市長の裁量の範囲を逸脱したものであって,仙台市長の善管注意義務に違反する違法なものであると認めることはできない。
これに反する原告らの主張は,採用することができない。
イ 被告Bについて
上記アに説示したところからすると,被告Bについても,平成10年度に本件土地を公社から引き取ることを被告Aに進言せず,金利負担を続けさせたことをもって,非財務的事務を執行する教育長の裁量の範囲を逸脱したものであって,教育長の善管注意義務に違反する違法なものであると認めることはできない。
ウ まとめ
以上によれば,原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。
第3結論
よって,原告らの請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市川正巳 裁判官 岡崎克彦 裁判官 工藤哲郎)
別紙物件目録
1 所在 仙台市b区hi丁目
地番 j番k
地目 山林
地積 5139平方メートル
2 所在 仙台市b区hi丁目
地番 l番m
地目 宅地
地積 2030.35平方メートル
3 所在 仙台市b区hi丁目
地番 n番o
地目 雑種地
地積 96平方メートル
以上