仙台地方裁判所 平成12年(行ウ)12号 判決 2002年3月25日
主文
1 被告Aは,宮城県に対し,金2万8908円を支払え。
2 被告Bは,宮城県に対し,金2万2280円を支払え。
3 被告Cは,宮城県に対し,金1万4584円を支払え。
4 被告Dは,宮城県に対し,金4808円を支払え。
5 被告E,被告F,被告G,被告H及び被告Iは,宮城県に対し,それぞれ金5902円を支払え。
6 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
7 訴訟費用はこれを5分し,その2を被告らの負担とし,その余を原告らの負担とする。
8 この判決は,第1ないし第5項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1原告の請求
1 被告Aは,宮城県に対し,金7万6908円を支払え。
2 被告Bは,宮城県に対し,金6万2280円を支払え。
3 被告Cは,宮城県に対し,金3万8584円を支払え。
4 被告Dは,宮城県に対し,金1万2808円を支払え。
5 被告E,被告F,被告G,被告H及び被告Iは,宮城県に対し,それぞれ金1万3902円を支払え。
6 訴訟費用は,被告らの負担とする。
7 仮執行宣言
第2事案の概要
本件は,宮城県の住民である原告らが,平成7年4月から同年9月当時,宮城県警察本部長外,警察庁ないし宮城県警察本部の幹部職員であった被告らが同期間内において開催した飲食を伴う懇談会(以下,単に「懇談会」ということもある。)のうち,行政事務等の執行と直接的な関連性がなく,カラ飲食の疑いがあるもの及び職務遂行に必要のない単なる接待ないし無駄飲食と思われるものが存在するとし,これらの飲食代金を公費において支出したことにより,被告らは同飲食代金に相当する金員の利得を得たと主張して,地方自治法(以下,単に「法」という。)242条の2第1項4号後段に基づき,被告らに対し,宮城県に代位して上記金員の不当利得の返還を求めている住民訴訟である。
1 当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実(以下「争いのない事実等」という。)
(1) 当事者
原告らは,いずれも宮城県の住民であり,仙台市民オンブズマンの構成員である(弁論の全趣旨)。
被告Aは,平成7年4月から同年9月当時,宮城県警察本部長の職にあった者である。
被告Bは,上記当時,宮城県警察本部警務部長の職にあった者である。
被告Cは,上記当時,宮城県警察本部総務課長の職にあった者である。
被告Dは,上記当時,警察庁装備課長の職にあった者である。
被告Eは,上記当時,宮城県警察本部生活安全部長,被告Fは,同刑事部長,被告Gは同交通部長,被告Hは同警備部長,被告Iは同総務室長の職にあった者である(以下,宮城県警察本部を「県警本部」と,宮城県警察を「県警」ということもある。)。
(2) 被告らのうち,下記「出席者」記載の被告らは,次のア(a)ないし(c)及びイ(d)ないし(f)のとおり,宮城県の支出において飲食をした(以下,これらの飲食を「本件飲食」といい,本件飲食すべてにかかる支出を「本件支出」という。)。
ア 被告らと地位及び氏名不詳の者との飲食
(a) 本件飲食1(甲3の1ないし3,48の1)
日時 平成7年4月3日 午後6時より
出席者 被告A,被告B,地位及び氏名不詳の者1名(合計3名)
開催場所 N
代金 2万9382円(1人当たり9794円)
飲食物 1人8000円の料理,ビール2本(1200円)
支出日 平成7年5月23日
(b) 本件飲食2(甲4の1ないし3,48の2)
日時 平成7年5月15日 午後6時より
出席者 被告A,被告B,被告C,地位及び氏名不詳の者2名(合計5名)
開催場所 O
代金 6万3706円(1人当たり1万2741円)
飲食物 1人8000円の料理,ビール5本(4500円),酒8本(5600円)
支出日 平成7年6月6日
(c) 本件飲食3(甲5の1ないし3,48の6)
日時 平成7年9月5日 午後6時より
出席者 被告A,被告B,被告E,被告F,被告G,被告H,被告I,地位及び氏名不詳の者6名(合計13名)
開催場所 N
代金 18万0730円(1人当たり1万3902円)
飲食物 1人1万円の料理,ビール15本(9000円),酒5本(400円),冷酒4本(1万2000円)
支出日 平成7年10月6日
イ 被告らと警察庁職員らとの飲食
(d) 本件飲食4(甲6の1ないし3,48の3)
日時 平成7年5月19日 午後6時30分より
施行理由 警察庁審議官の来県を機に,当面する諸課題につき意見交換をするため
出席者 被告A,警察庁審議官J(合計2名)
開催場所 P
代金 2万9256円(1人当たり1万4628円)
飲食物 1人1万円の料理,ビール1本(700円),ジュース1本(300円),焼酎1本(3000円)
支出日 平成7年6月9日
(e) 本件飲食5(甲7の1ないし3,48の4)
日時 平成7年6月1日 午後6時より
施行理由 警察庁教養課長の来県を機に,人材育成,職場教養等当面の諸問題につき意見交換をするため
出席者 被告A,被告B,被告C,警察庁教養課長K,東北管区警察局総務部長L(合計5名)
開催場所 N
代金 6万5178円(1人当たり1万3035円)
飲食物 1人8000円の料理,ビール5本(3000円),日本酒3本(1万1500円),ウーロン茶4本(1400円)
支出日 平成7年6月30日
(f) 本件飲食6(甲8の1ないし3,48の5の1・2)
日時 平成7年7月6日 午後6時より
施行理由 警察庁装備課長の来県を機に,警察装備等当面の諸問題につき意見交換をするため
出席者 被告A,被告B,被告C,被告D,警察庁装備課課長補佐M,東北管区警察局総務部長L(合計6名)
開催場所 Q
代金 7万6850円(1人当たり1万2808円)
飲食物 1人8000円の料理,ビール6本(3600円),日本酒「夢幻」2本(1万2000円)
支出日 平成7年7月20日
(3) 本件飲食当時における宮城県の食糧費執行基準に関する通達
本件飲食がなされた平成7年当時,食糧費執行基準に関する宮城県の通達(副知事の警察本部長等に対する平成7年3月10日付「食糧費に係る支出事務の適正化について(依命通達)」,以下「本件宮城県通達」という。)が出されていたところ,同通達において,食糧費の支出や飲食を伴う懇談会などについて,下記のとおりの基準が定められていた(乙1,調査嘱託の結果)。
ア 食糧費の支出について
食糧費として執行できるものの範囲は以下のとおりとする。
(ア) 会議・催事等における茶菓,食事に要する経費
(イ) 社会通念上必要と認められる会食,懇談会等に要する経費
イ 飲食を伴う懇談会について
(ア) 飲食を伴う懇談会については,県行政の円滑な推進を図るうえで必要な場合に限定し,実施に当たってはその必要性,妥当性について慎重な判断のもとに行うこと
(イ) 懇談会を開催する必要がある場合においても,対象者,会場その他の選定に当たっては,社会通念上礼を失しない範囲で,最小限のものとすること
(ウ) コンパニオン等の接待者を伴う懇談会は,社会通念上必要と認められるものに限るものとし,施行に当たっては,当該部局長(部局長相当職の地方公所長を含む。)の決裁を要するものであること
(4) 平成7年度の県警本部総務室の食糧費にかかる公文書開示請求及び文書開示拒否処分取消訴訟並びにその後の経緯
ア 仙台市民オンブズマンは,平成8年10月15日,宮城県情報公開条例(平成2年7月16日宮城県条例第18号,以下,「本件条例」という。)に基づき,宮城県知事に対し,平成7年度の県警本部総務室の食糧費支出に関する一切の資料(以下「本件各文書」という。)の公文書開示請求を行った(以下,「本件開示請求」という。甲41)。宮城県知事は,同月29日,本件各文書のうち,支出命令決議書及び支出負担行為兼支出命令決議書(以下「決議書等」という。)を公文書とした上で,本件条例9条4号・7号(平成11年3月12日宮城県条例第10号による改正後の情報公開条例(以下「改正後の本件条例」という。)8条4号・7号に該当する。)に該当することを根拠に,これらの文書を非開示とする決定を行った(甲42)。
イ 仙台市民オンブズマンは,上記の決定を不服として,同年12月26日,本件各文書の非開示処分の取消しを求める訴えを提起した(仙台地方裁判所平成8年(行ウ)第30号文書開示拒否処分取消請求事件)。仙台地方裁判所は,平成12年4月25日,本件各文書が宮城県知事の管理する本件条例上の公文書に該当するとした上で,平成7年度の決議書等の受取人欄及び支払方法欄の記載を除き,本件各文書の非開示処分の取消しを命じる判決を言い渡した(甲44)。宮城県知事は,同判決を受け入れ,同年5月15日,当初の非開示決定処分を変更し,本件各文書である決議書等,請求書,施行伺,施行確認書について,改正後の本件条例8条4号に該当すると判断した部分(受取人情報,職員情報,捜査にかかる懇談会についての施行伺及び施行確認書に記載された相手方情報(懇談会出席者)及び施行理由など)を除いて開示する決定を行った(甲38の1・2,45)。これに基づいて,本件各文書は,同年5月31日,上記の非開示決定部分を除いて仙台市民オンブズマンに公開された。
ウ なお,仙台市民オンブズマンは,平成7年度の決議書等の受取人欄及び支払方法欄を非開示とした上記の仙台地方裁判所の判決を不服として控訴し(仙台高等裁判所平成12年(行コ)第7号),仙台高等裁判所は,平成13年6月28日,仙台市民オンブズマンの不服を容れて,平成7年度の決議書等の受取人欄及び支払方法欄の非開示処分の取消しを命じる判決を言い渡した(甲47)。宮城県知事は,同判決に基づき,本件各文書の受取人欄及び支払方法欄を開示した(甲48の1ないし6)。
(5) 住民監査請求
原告らは,宮城県監査委員に対し,平成12年7月19日,平成7年度の県警本部総務室の食糧費の支出について,本件支出を含め違法不当な支出が存在するとして,宮城県が受けた損害をてん補させるなどの適切な措置を講じるよう求める監査請求(以下「本件監査請求」という。)を行った。これに対し,上記監査委員は,同年8月30日,住民等が本件支出の内容を知り得たのは同年5月31日であるところ,その後相当期間内に監査請求がなされなかったとして,法242条2項但書所定の「正当な理由」があるとは認められないことを理由として,本件監査請求を却下する旨の決定をした。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
本件においては,争いのない事実等(5)のとおり,本件監査請求が却下されていることから,本件の争点は,(1)適法な住民監査請求が前置されているか,いいかえれば,本件監査請求が監査請求期間を徒過したことについて「正当な理由」があるか,さらに(2)本件支出は,行政事務等の執行と関連性がなく,カラ飲食ないし単なる無駄飲食に対する支出として違法となるか,である。そして,これらの争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 争点(1)(適法な住民監査請求前置の有無,すなわち本件監査請求が監査請求期間を徒過したことについて「正当な理由」があるか。)について
ア 原告らの主張
(ア) 法242条2項但書の「正当な理由」の判断基準
法242条2項但書に規定する「正当な理由」の判断基準について,昭和63年4月22日に言い渡された最高裁判決(最高裁判所昭和62年(行ツ)76号昭和63年4月22日第二小法廷判決・最高裁判所裁判集民事第154号57頁参照,以下「本件最高裁判決」という。)は,「正当な理由」について「右のような当該行為が秘密裡になされた場合,同項但書にいう「正当な理由」の有無は,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか,また,当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものといわなければならない。」と判示した。
このように,最高裁判所は,「当該行為が秘密裡にされた場合」との前提のもとで,「正当な理由」の判断基準として,(a)住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか,及び(b)当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうか,の2基準を確立したのである。本件最高裁判決で問題となった事例は,開発業者から受領した金員のうち,会計に計上しなかった裏金を用地買収費にこっそり上乗せして支払ったというものであるから,ことさら隠ぺいした場合にあたるであろうが,同判決は,「秘密裡」になされた場合がどういう場合を指すのかについて明確にしておらず,そうであるからこそ,同判決も「右のように当該行為が秘密裡にされた場合」とし,この事件についての判断であることを明らかにし,安易な一般化に釘を刺しているのである。そうすると,本件最高裁判決は,当該事件の事例のように,隠蔽工作があったような場合はもちろんのこと,そのような工作が行われた訳ではないが,客観的に住民が知り得ない場合であっても,当該行為の存在ないし違法性について,通常,住民が知り得ない又は知ることが困難な状況におかれている場合を広く「当該行為が秘密裡にされた場合」にあたると判示したものと解釈されるべきである(いいかえれば,最高裁判所が,財務会計上の行為が「秘密裡」になされた場合にのみ「正当な理由」の適用があると判断して「秘密裡」という表現を用いたとすれば,秘密裡とは何か,誰にとっての秘密裡か,誰が知らなければ秘密裡といえるのか,などの判断基準を明確にしたはずである。)。すなわち,(a)当該監査の対象となる行為が秘密裡に行われたこと,(b)地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査した時に客観的にみて当該行為を知ることができなかったこと,の2つの要件のうち,(a)は(b)に吸収されるというのが正当な解釈である。
しかるところ,本件飲食当時,県警本部の中においていかにオープンに懇談したとしても,住民は,いつ,誰が,誰と,どこで,どのような目的で,いくらの費用をかけて懇談したのかを知ることができなかったのである。つまり,本件支出にかかる違法性を基礎づける事実はもちろんのこと,懇談の存在そのものを知ることができなかったのであるから,住民が相当の注意力をもって調査しても客観的にみて当該行為を知ることができなかったものということができ(さらに,「秘密裡に行われた」という要件にも該当する。),「正当な理由」が認められることは明らかである。
(イ) 本件開示請求と「正当な理由」
原告らは,本件支出がなされて1年を経過した後に本件開示請求を行ったものであるが,以下のとおり,この点を前提としても「正当な理由」が認められる。
すなわち,平成7,8年当時の本件条例においては,宮城県公安委員会(以下「公安委員会」という。)や宮城県議会(以下「県議会」という。)が実施機関から除外されており,一般的には県警本部や県議会が所持する食糧費の執行に関する施行伺及び請求書は,公開すべき公文書性に欠けると理解されていた。その余の決議書等も,県議会関係の情報公開請求において公文書性こそ認められたものの,非開示処分とされる状態であった。したがって,行政訴訟を提起しなければ,上記の状態を覆すことはできず,その訴訟の結果の事前予測も不可能であった。そして,先行している宮城県財政課の文書公開においては,懇談会の出席者・懇談場所・懇談目的などが非開示とされたため,その是非を問う訴訟(仙台地方裁判所平成7年(行ウ)第4号文書開示拒否処分取消請求事件)が継続中であった。
したがって,県警本部の食糧費関係文書について,平成7,8年当時,情報公開請求によってその成果を得られる見通しは,誰にも立てることはできず,住民が県警本部に関する文書の情報公開請求をすることは事実上不可能であった。
原告らが,多大の困難を覚悟して,本件開示請求を行うに至ったのは,(a)県議会の食糧費関係文書のうち決議書等についての非開示処分が,平成8年9月17日の県情報公開審査会の答申(施行伺と請求書の公文書性は否定された。)により取り消され,開示される見通しとなったこと,(b)平成8年7月29日に言い渡された上記の仙台地方裁判所平成7年(行ウ)第4号文書開示拒否処分取消請求事件の判決が確定し,非開示処分となっていた出席者や懇談場所・懇談目的などが開示されることとなった結果,同年9月20日,宮城県の11課2出先機関で48パーセントもの懇談会が架空もしくは実施不明の懇談会であることが判明したこと,によるものである。
これにより,原告らは,県警についても,公文書開示請求により懇談会の実態を明らかにする必要があると確信するに至り,本件条例上,開示されることがあり得ないことははっきりしていたが,あえて,平成8年10月15日,本件開示請求に及んだものである。
このように住民が相当な注意力をもって調査しても知り得なかった行為については,ブラックボックスに入っていたものとして,知り得る状況になってから相当期間内に一定の事実関係を確認して監査請求を行えば,「正当な理由」があるというべきである。
また,本件開示請求が早くなされれば,客観的に当該行為を知り得た時期が早くなったということは,必ずしもいい難く,そのような結果論は,「正当な理由」の判断上必要なものとも考えられない。
(ウ) 相当な期間内に本件監査請求をしたこと
原告らは,本件各文書のうち決議書等を除く文書が本件条例上の公文書であること,並びに決議書等の受取人情報を除く部分の非開示処分が取り消され,非開示決定部分を除く本件各文書が開示された平成12年5月31日から,各自が多忙の中で多量に開示された文書を整理分析するなかで,本件支出の違法不当性を認識できたのである。したがって,本件監査請求が本件各文書の開示された後2か月程度(49日)を要したとしてもやむを得ないものであるから,「正当な理由」があるというべきであり,本件監査請求は適法なものである。
イ 被告らの主張
(ア) 正当な理由の判断基準について
そもそも財務会計上の行為につき監査請求期間経過後に監査請求をすることに「正当な理由」があるといえるためには,(a)当該行為が住民に隠れて秘密裏にされた場合(例えば,予算外支出)であるか,あるいは(b)当該行為自体は公然とされたものであっても,その内容を偽るなど当該行為について仮装,隠ぺい行為が行われた場合であることを要するのであって,(c)単に当該行為が内部的になされたため住民がその存在及び内容を知らなかったに過ぎない場合には,天災地変等による交通途絶等の特別の事情を要すると解すべきである。
しかるに,本件における財務会計上の行為である本件支出は,いずれも(a)予算外支出等住民に隠れて秘密裏になされたものではなく,(b)これにつき仮装,隠ぺい行為がなされたものでもなく,(c)単に内部的になされたため住民が本件各文書に接するまでその存在及び内容を知らなかったものであるに過ぎない。そして,本件監査請求について,天災地変等による交通途絶等の特別の事情により監査請求期間を経過したものでないことは明白である。
なお,原告らは,本件最高裁判決に関して,(a)当該監査の対象となる行為が秘密裡に行われたこと,(b)地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査した時に客観的にみて当該行為を知ることができなかったこと,の2つの要件のうち,(a)は(b)に吸収されるというのが正当な解釈であると主張するが,本件最高裁判決は「当該行為が秘密裡になされた場合」であるかを事実認定に基づき実質判断しており,またその後の下級審裁判例においても秘密裡になされたか否かを正当な理由の判断基準に含めていることに鑑みると,(a)が(b)に吸収されるという原告らの主張は失当というべきであり,「秘密裡」になされた場合にはじめて上記(b)の点を検討すべきである。
(イ) 本件開示請求と「正当な理由」
仮に本件支出が「秘密裡」になされたものであっても,原告らの請求はなおも適法性を欠くというべきである。すなわち,大量かつ継続的に行われる行政行為が,いつまでも住民から争われ得るようであっては,法的安定性を確保できず,行政活動の停滞等大きな弊害が生じるため,当該行為後1年を経過した後の監査請求が認められるのは,特別の例外なのであり,「正当な理由」の解釈は極めて厳格になされなければならない。したがって,本件最高裁判決が説示する住民が「相当な注意力をもって調査」したかどうかについても,住民が「相当な注意力をもって可能な限りの調査を尽くしたとき」と厳格に解釈されるべきである。
すなわち,監査請求をする者は,当該行為後1年の期間内に相当な注意力をもって可能な限りの調査を尽くさなければならず,そのような調査をしないままにこの期間を徒過したときは,その後に調査を行い,その結果当該行為の違法不当の疑いを発見したとしても,もはや監査請求権を行使することは許されないというべきである。
しかるところ,本件支出のなされた当時においては,本件条例により,何人も宮城県の公文書の開示を請求する権利が認められていた。したがって,原告らは,本件支出のなされた各日の翌日以降は,それらに関連する公文書の開示を請求することにより,食糧費の支出の有無及びその内容を調査することができたはずである。現に,原告らを構成員とする仙台市民オンブズマンの宮城県の情報公開請求に関する平成7年,8年当時の活動状況,すなわち,平成7年10月には県議会事務局に関する文書について,平成8年6月には県警本部総務室総務課の文書についてそれぞれ公文書開示請求を行い,これに対する宮城県知事の処分に対しては行政不服審査法に基づく異議申立て,文書開示拒否処分取消請求訴訟を提起して争っていたことに照らせば,本件支出後の1年の期間内において,本件開示請求を行うことは十分に可能であったというべきである。しかるところ,原告らは,本件支出の各日から1年間の期間内に本件開示請求を行っておらず,法定期間内に相当な注意力をもって可能な限りの調査を尽くしたとはいえない。
以上からすれば,原告らが,本件支出につき,監査請求期間経過後に本件監査請求をしたことについて,何ら「正当な理由」はないというべきである。
(2) 争点(2)(本件支出は,行政事務等の執行と関連性がなく,カラ飲食ないし単なる無駄飲食に対する支出として違法となるか。)について
ア 原告らの主張
食糧費は,法施行規則15条2項別記に定める予算項目の(節)需用費の(細節)食糧費から支出されるところ,これは行政事務として事業の執行上直接的に費消される経費である。したがって,食糧費としての支出が適法とされるには,当該行政事務等の存在が明確であり,かつ支出と当該事務等の執行との間に直接的な関連性がなければならない。また,支出の対象とされる飲食内容は,必要とされた行政事務の性質・内容等に照らし社会通念上相当な範囲内であることが必要不可欠である。しかるところ,本件飲食は,以下に述べるように,いずれも行政事務等の執行に直接関連してなされたものではない。
(ア) 本件飲食1ないし3について
本件飲食1ないし3にかかる施行伺(甲3,4,5の各1)は,懇談の相手方も施行理由も黒塗りとなって非開示とされているところ,これらの飲食は,以下の理由から,カラ飲食もしくは無駄な飲食であるというべきである。
すなわち,(a)犯罪の予防・鎮圧又は捜査その他これに類する公共の安全と秩序の維持に直接的に関わる業務を,酒食を伴う場で実施することはないはずである。したがって,飲食の施行理由を黒塗りで隠さなければならない条例上の根拠を想定することは全く不可能であるところ,県警本部側はこれを秘匿している。(b)県警本部側出席者は,県警察本部長をはじめとする県警の最高幹部であるが,これら幹部が直接飲食を共にする相手は,県警の職務上おのずから限定され,例えば司法関係・報道関係・議会関係・行政関係・各種警察関係等の者であり,いずれも公職又はそれに準じる立場の者であるが,これらの関係者が飲食相手の場合には宮城県の公文書公開においては相手方氏名が開示されることとなっている。ところが,本件では相手方の肩書きを含めて全て黒塗りにされており,相手方が公職もしくは公職に準じる者ではないことになってしまう。そして,警察の立場からみて,政界や闇の世界の実力者と親しく会談することはありえないことであり(このようなことがあれば,警察法2条2項の不偏不党・公正中立の建前上問題視されることになる。),にもかかわらず,施行理由も相手方出席者の肩書きすら秘匿するというのは,カラ飲食もしくは架空の懇談に名を借りた身内の無駄飲食であると推測されてもやむを得ない。(c)被告らは,本件訴訟においても,これらの推測が誤りであることを具体的事実をもって主張立証しておらず,その訴訟態度自体から本件飲食1ないし3にかかる支出の違法性が十分に推認されるといわなければならない。
したがって,本件飲食1ないし3の懇談会は,行政事務等の執行と直接的な関連性がないことは明らかであり,上記の懇談会に出席した被告らは,それぞれ各自の飲食代金相当額につき,宮城県の損失により不当な利益を得ているといわざるを得ない。
(イ) 本件飲食4ないし6について
本件飲食4ないし6の懇談会は,いずれも施行伺(甲6,7,8の各1)の中の施行理由において「・・・の来県を機に,・・・当面の諸問題につき・・・意見交換をする」目的で行うとされている。本件飲食4ないし6にかかる支出は,いずれも外部の者との渉外的関係によるものではなく,警察庁職員が自らの職務遂行のために県警本部へ来庁した機会に,来庁の目的とは直接的関連なく儀礼的になされた接待のための支出である(来庁した目的業務はおそらく昼間の時間にきちんと行われているのであるから,上記の飲食は端的にいえば来庁を機に行われた警察内部の者のみの「慰労・接待」にほかならない。)。このような懇談会が,人間関係の潤滑油としてそれなりの効用を有することは否定しないが,いずれも行政事務等の執行との間に直接的関連性を認めることはできないというべきである(公的な来賓としての接待が必要な場合には,交際費により支出されるべきである。)。
また,被告らが掲げる本件宮城県通達によっても,本件飲食4ないし6の懇談会が,同通達にいうような「県行政の円滑な推進を図る上で必要な場合に限定」してなされたものであるとは到底いい難い。
したがって,本件飲食4ないし6は,行政事務等の執行と直接的関連性が認められないから,これらにかかる食糧費の支出は違法というべきであり,上記の飲食に出席した被告らは,それぞれ各自の飲食代金相当額につき,宮城県の損失により不当な利得を得ているといわざるを得ない。
イ 被告らの主張
食糧費は,行政事務・事業の執行上直接的に費消される経費であるが,県警は,その所掌事務の執行上,連絡,調整,情報・意見の交換あるいは助言を得るなどの目的で,警察庁をはじめとして官公庁や民間の関係諸団体あるいは関係者らと公務として種々の会合を持つ必要があるところ,これらの会合に際し,相互の人間関係を円滑ならしめて意思の疎通を容易にし,活発な意見の交換を促進し,また今後の協力体制を確立し,併せて会合への出席や情報,意見の提供に対する謝意の表明として,会合と同時又は会合に引き続いて,社会通念上,儀礼としての範囲内の節度のある飲食を伴う懇談会を開催することは,上記の公務としての会合と直接的な関連性を持つものであるから,その費用を食糧費をもって支弁することは許容されるというべきである。
本件飲食が実施された平成7年当時における宮城県の食糧費執行基準に関する通達である本件宮城県通達も,争いのない事実等(3)のとおりの一定の基準を定め,その基準内で飲食を伴う懇談会を開催し,その費用を食糧費でもって支弁することを許容していたものである(本件宮城県通達は,平成8年3月13日付行管第110号副知事依命通達により廃止されたが,平成7年当時に行われた本件飲食の適法性についての判断は,当該行為のなされた時点での通達,すなわち本件宮城県通達が基準とされるべきである。)。
(ア) 本件飲食1ないし3について
(a) 原告らは,本件飲食1ないし3の懇談会について,その相手方,施行理由等を秘匿する条例上の根拠を想定することは全く不可能であり,宮城県の公文書公開においては公職又はそれに準ずる立場の者については相手方氏名を公開することとされているのに,宮城県知事が上記の各懇談会の施行理由も相手方出席者の肩書すら秘匿するのは,カラ飲食もしくは架空の懇談に名を借りた身内の無駄飲食であると推測されてもやむを得ないものであると主張する。
しかしながら,これらの懇談会が架空のものでなかったことは,平成13年6月28日に言い渡された文書開示拒否処分取消請求控訴事件(仙台高等裁判所平成12年(行コ)第7号)の判決が確定して,受取人情報が開示され,懇談場所が明示されるに至っていること,及び懇談場所となった各業者の請求書が存在することによっても明白である。
さらに,上記の各懇談会の目的が,宮城県知事の非開示決定理由のとおり,いずれも捜査協力体制構築等に関するものであること(甲38の2),上記の判決により開示された請求書(甲48の1・2・6)によれば,宴会のような遊興的雰囲気が窺われないこと,懇談会の場所は,いわゆる料亭といわれる飲食店であり,これらの場所は壁や襖で他の客から遮断され,公務に関する意見の交換や協議を行いやすい場所であること,相手方が高位高官に当たるときは,その地位に応じた場所を懇談場所として選択すべきであること,懇談会の費用も1人当たり9700円程度から1万4000円程度と高位高官に対する接遇の費用としてはむしろ質素なものともいえること,以上からすれば,上記の各懇談会は,いずれも公務上のものであり,本件宮城県通達の基準に適合し,その費用を食糧費から支弁することが許容されるということができる。
(b) なお,争いのない事実等(4)イのとおり,宮城県知事が本件条例に基づき,本件飲食1ないし3の懇談会に関する施行伺のなかの懇談の相手方,施行理由などを非公開とした理由は,かかる事項が改正後の本件条例8条4号の「公開することにより,犯罪の予防又は捜査,人の生命,身体又は財産の保護その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれのある情報」に該当するとの判断に基づくものにほかならないのである。したがって,原告らが上記の非開示決定には合理的な理由がないなどと決めつけた上,非開示としたからにはカラ飲食か,あるいは違法な会合のいずれかであり,食糧費の支出が違法であるなどと独断的な主張をすることは失当というべきである。
そして,被告らは,現に国家公務員ないし地方公務員である者,あるいは,かつてこれらの公務員であった者であり,被告らいずれもが公務上の秘密について守秘義務を課せられており(国家公務員法第100条,地方公務員法第34条),この義務に違反した場合には,刑罰を科せられ,また現職の公務員については懲戒処分に処せられる等の制裁を受けるおそれのある立場にある(国家公務員法109条,82条,地方公務員法60条,29条)。したがって,宮城県知事が,上記のとおりの非開示決定を行い,さらに県警が,上記の非開示事項が公務上の秘密に該当する旨明示しているのであるから,被告らは,所属庁ないしかつての所属庁の判断に従うべきであり,本件飲食1ないし3の懇談会の相手方の所属,地位,氏名や具体的な懇談会の目的,内容などについて主張立証することはできない。なお,被告らは,あくまでも一個人として本件にかかる訴訟を提起されるに至っているのであり,原告らが,上記の非開示処分にかかる情報の開示を欲するのであれば,宮城県知事に対してこそ要求すべきであって,被告ら個人に対して要求することは不相当というべきである。
(イ) 本件飲食4ないし6について
本件飲食4ないし6は,いずれも県警本部の幹部職員であった被告らが,警察庁審議官,同庁課長,同庁課長補佐及び東北管区警察局総務部長との間で開催してなされた懇談会であるところ,都道府県警察は,警察庁及びその地方機関である管区警察局の指揮監督の下,あるいは相互の密接な連絡の下に警察業務を遂行しているのであるから,これらの官庁との連絡調整事務は,県警の所管事務に含まれるものである。したがって,県警本部の幹部職員であった被告らが,警察庁あるいは管区警察局派遣の職員と懇談会を通じて十分な意見交換を行うことは宮城県警察幹部の重要な公務の一つであり,上記の各懇談会は行政事務等の執行と直接的な関連性を有するというべきである。またこれらの懇談会に要した経費も,1人当たり1万3000円程度から1万4000円程度であり,県警の最高責任者の地位にある警察本部長と警察庁幹部との懇談会の費用としては決して高額とはいい難く,社会通念上相当な範囲を逸脱する支出ではない。
以上から,本件飲食4ないし6の各懇談会も行政事務の執行に伴うものであり,本件宮城県通達の基準に適合するものということができ,その費用を食糧費をもって支弁したことは適法な支出にあたるというべきである。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1) 本件監査請求の対象とされた財務会計上の行為である本件支出は,いずれも平成7年5月23日から同年10月6日の間になされたものであるところ,これらの支出が,本件監査請求が申し立てられた平成12年7月19日より約5年2か月ないし約4年9か月前になされたものであり,本件監査請求が,1年と定めた監査請求期間を経過した後になされたものであることは当事者間に争いがない。
(2) そこで,原告らにおいて,本件監査請求につき監査請求期間を徒過したことについて,法242条2項但書の「正当な理由」があるかどうかについて検討する。
ア 法242条2項本文は,住民監査請求について,当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過したときは,これをすることができないと規定しているところ,同法が住民監査請求についてこのような期間制限を設けたのは,普通地方公共団体の執行機関又は職員の財務会計上の行為がたとえ違法・不当な場合であっても,いつまでもこれを住民監査請求ないしは住民訴訟の対象となり得るものとしておくことは,法的安定性を損ない好ましくないという理由によるものである。しかし,普通地方公共団体の執行機関又は職員により当該行為の存在自体が秘匿され,あるいは当該行為自体が公然とされたものであっても,当該行為の違法性・不当性を判断する上で必要な事実が隠され,この違法性・不当性を判断する上で必要な事実が当該行為があった日又は終わった日から1年を経過した後に初めて明らかになった場合などにおいても,この趣旨を貫くことは相当でないことから,同項但書は,「正当な理由」があるときは,例外として,当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過した後にあっても,その住民において監査請求をすることができるものとしたのである。
したがって,このように当該行為が秘密裡にされた場合,ないし当該行為の違法性・不当性を判断する上で必要な事実が隠されていたような場合,同項但書にいう「正当な理由」があるかどうかは,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民(以下,単に「住民」という。)が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為の違法性・不当性を判断する上で必要な事実を知ることができたかどうか,また,その事実を知ることができた時から相当な期間内に住民監査請求がされたかどうかによって判断すべきである。
イ これを本件についてみるに,本件支出は,いずれも予算に基づき支出決定,支出命令などの正規の手続きを経てなされたもの(当事者間に争いがない。)であり,その支出自体が秘密裡になされたものではない。しかしながら,争いのない事実等(4)のとおり,本件各文書は,仙台市民オンブズマンが,平成8年10月15日,宮城県知事に対し本件開示請求を行い,同知事が決議書等について非開示決定処分を行ったことなどを不服として,同年12月26日,文書開示拒否処分取消請求訴訟(仙台地方裁判所平成8年(行ウ)第30号)を提起し,平成12年4月25日,一部を除き非開示処分の取消しを命じる判決が言い渡されたことに基づいて,同年5月31日,仙台市民オンブズマンに開示された結果明らかにされたものである。そして,弁論の全趣旨によれば,本件各文書が開示される以前に,具体的に本件支出がなされたことを住民側が認識する機会は存在しなかったことが認められ,本件各文書の開示によって,本件支出の具体的な日時,金額,内容等などの本件支出を特定するに足る事項やこれを証する書面が住民に明らかにされたものということができる。したがって,本件支出の違法性・不当性の有無を判断する上で必要な事実についても,本件各文書の開示によって初めて住民に明らかにされたものというべきであり,本件支出については,その違法性・不当性を判断する上で必要な事実が隠されていた場合に該当すると認めるのが相当である。
ウ したがって,本件において,法242条2項但書にいう「正当な理由」があるかどうかは,特段の事情がない限り,住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為の違法性・不当性を判断する上で必要な事実を知ることができたかどうか,また,その事実を知ることができた時から相当な期間内に住民監査請求がされたかどうかによって判断すべきである。
本件においては,仙台市民オンブズマンは,本件支出がなされて1年を経過した後の平成8年10月15日に本件開示請求を行っており,この時点ですでに法242条2項本文の1年の監査請求期間を徒過しているところ,住民に対し探索的に情報公開請求を行うことを強いるのは相当でない反面,本件のように当該行為の違法性・不当性を判断する上で必要な事実を情報公開請求により知ることが可能な場合には,かかる情報公開請求を行うことが合理的にみて可能となった時点から速やかにその請求を行ったものでなければ,住民が相当の注意力をもって調査したということはできないものと解すべきである。
エ そこで,本件において,いつの時点で原告らにおいて本件開示請求が合理的にみて可能となったかについて検討する。
(ア) 当事者間に争いのない事実,証拠(甲9,10,11の1ないし3,12,13の1ないし4,16の1・2,49,乙9の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,本件開示請求に至る経緯について,以下の事実が認められる。
(a) 原告らが構成員となっている仙台市民オンブズマンは,宮城県知事に対し,平成5年度の宮城県財政課の食糧費関係文書の開示請求を行い,平成7年1月20日,同文書は懇談会の出席者・懇談場所・懇談目的を非開示とされた上,開示された。仙台市民オンブズマンは,開示された同文書から,カラ飲食の疑いがあることを発見し,また同年2月20日,このことが宮城県の地元紙である「河北新報」の社会面のトップで報道され(甲9),宮城県財政課の「カラ飲食」疑惑が一般社会にも表面化するに至った。
(b) 仙台市民オンブズマンは,平成7年3月3日,上記の懇談内容を明らかにするために上記(a)の非開示処分の取消しを求める訴えを仙台地方裁判所に提起した(平成7年(行ウ)第4号文書開示拒否処分取消請求事件)。同年4月25日には,全国の市民オンブズマンが,平成5年度の各都道府県及び政令指定都市の秘書課,財政課,東京事務所の食糧費に関する一切の資料の公文書開示請求を行い,その結果,道府県の食糧費総額は約27億8000万円,10政令指定都市のそれは約1億7000円であり,その約80パーセントが接待・懇談費として支出されていたことが判明した(甲16の1・2)。仙台市民オンブズマンも,県議会及び県警を除く宮城県庁の100近くの全ての部署の食糧費の調査を続け,その結果,同年6月7日には,平成5年度の宮城県の食糧費総額が約8億8900万円にのぼっていることが判明した(甲10)。
(c) その後,仙台市民オンブズマンは,同年10月2日,県議会事務局の食糧費支出に関する一切の資料(平成4年4月から平成7年9月)について公文書開示請求を行い,さらに同年12月14日,上記請求に対する宮城県知事の非開示処分に対し,行政不服審査法に基づく異議申立てを行った。さらに,仙台市民オンブズマンは,平成8年6月24日,県警本部総務室総務課職員の出張に関する一切の資料(平成6年,7年度)や県議会(議員及び職員)の出張に関する一切の資料(平成6年,7年度)などについての公文書開示請求を行い,さらに同年7月23日,宮城県知事が行った同開示請求についての不受理通知(請求にかかる文書が公文書としては存在しないことを理由とする。)に対し,文書開示拒否処分取消請求訴訟を提起した。
(d) 平成8年7月29日,上記(b)の仙台地方裁判所平成7年(行ウ)第4号文書開示拒否処分取消請求事件につき,出席者名簿,懇談場所,懇談目的の全面開示を命ずる判決が言い渡され(甲12),これに基づいて,同年9月20日,平成5年度の宮城県財政課を含む宮城県の11課2出先機関の食糧費関係文書が全面的に開示された(甲13の1ないし4)。その結果,開示された懇談会2574件のうち,実際に懇談会の開催が確認されたのは1332件(52パーセント)であり,残りの48パーセントの懇談会が架空もしくは実施不明の懇談会であることが判明した(但し,宮城県知事は,この時点では,不正な懇談会であることを否定していた。)。
その結果,仙台市民オンブズマンは,県警本部についても,情報公開請求により懇談会の実態を明らかにする必要があると考え,同年10月15日,県警本部総務室の食糧費にかかる本件開示請求を行った。
(e) なお,本件支出がなされた平成7年ないし同8年当時,本件条例は存在していたが,情報公開の対象となる実施機関には,公安委員会や県議会は除外されていた(甲49)。
(イ) 以上に認定した事実をもとに検討すると,平成7,8年当時の本件条例においては,公安委員会や県議会が実施機関から除外されており,現に,仙台市民オンブズマンが県警や県議会が所持する文書について情報公開請求を行っても,実施機関である宮城県知事により,公文書性に欠けるとの不受理通知,ないしは非開示決定の処分がなされ,さらには,本件各文書にかかる文書開示拒否処分取消請求訴訟(平成8年(行ウ)第30号事件)は,訴え提起から第1審の一部認容判決がなされるまで約3年4か月の期間を要したことなどからすれば,住民が県警の所持する文書について開示請求を行っても,これらの文書の開示を受けることは直ちには期待しがたい状況にあったものということができる。また,平成7年2月20日に新聞報道がなされて以来,官官接待や「カラ飲食」の疑惑が度々報道され,さらに仙台市民オンブズマンの調査により,宮城県の財政課をはじめ宮城県の行政機関において,このような飲食がなされている疑いが表面化したことは認められるが,そのことから必然的に県警本部においても,このような飲食がなされていると疑うことが容易であったとは考えにくく,むしろ,平成8年9月20日,宮城県の財政課等の11課2出先機関の食糧費関係文書が全面的に開示されたことに伴い,宮城県の行政機関の多くの部署において架空もしくは実施不明の懇談会の存在が濃厚となった時点において,これらの部署において違法・不正な懇談会が実施されていることが蓋然性をもって明らかになったということができ,さらには原告らが主張するように県警本部においても,このような懇談会が実施されている可能性があると考えられるに至ったものと捉えるのが相当である。
そうすると,この時点に至ってはじめて,住民にとって,県警本部の食糧費関係文書にかかる本件開示請求が合理的にみて可能となったと解すべきであり,仙台市民オンブズマンが,平成8年10月15日に本件開示請求を行ったことは,本件開示請求が合理的にみて可能となった時点から速やかにその請求を行ったということができる。したがって,当該情報が開示されたと合理的に認められる時点というのも,現実に本件各文書が部分的に開示された平成12年5月31日の時点と捉えるのが相当である。
(ウ) これに対し,被告らは,原告らを構成員とする仙台市民オンブズマンの宮城県の情報公開請求に関する平成7年,8年当時の活動状況,すなわち,平成7年10月には県議会事務局に関する文書について,平成8年6月には県警本部総務室総務課の文書についてそれぞれ公文書開示請求を行い,これに対する宮城県知事の処分に対しては行政不服審査法に基づく異議申立て,文書開示拒否処分取消請求訴訟を提起して争っていたことからすれば,本件支出後の1年の期間内において,本件開示請求を行うことは十分に可能であり,本件支出から1年の期間内に本件開示請求を行わなかったことについて,相当の注意力をもって調査を行ったとはいえないと主張する。
しかしながら,上記(イ)のとおり,宮城県の行政機関において違法・不当な懇談会が実施されていることが蓋然性をもって明らかとなったのは,平成8年9月20日に宮城県の財政課等の11課2出先機関の食糧費関係文書が全面的に開示されてからであり,それ以前に,住民が県警本部についても同じ様な違法・不当な懇談会が実施されていることを予見した上で,情報公開請求を行うなどの調査をすることは相当な注意力をもってしても困難であったというべきである。また,仙台市民オンブズマンは,上記(イ)のとおり,平成7年から同8年にかけて,県議会や県警本部に関する公文書の開示請求を行っている(県議会については食糧費及び出張費,県警本部については出張費)が,県議会や県警本部に対し,このような情報公開請求を行っていることをもって本件開示請求を行うことが合理的にみて可能であったと考えるのは相当ではなく(このように考えなければ,住民は探索的に情報公開請求を行うことを強いられることになりかねない。),情報公開請求をすることが合理的にみて可能となったときから本件開示請求を行ったことをもって,住民が相当の注意力をもって調査したものということができると解すべきである。したがって,被告らの主張を採用することはできない。
オ 原告らは,本件文書が部分的に開示された平成12年5月31日から49日後である同年7月19日に本件監査請求を行っているところ,開示された文書に照らすと,平成7年度の県警本部総務室の食糧費支出に関する資料(本件各文書)を整理分析し,本件支出の違法性・不当性を根拠づけるとする事実を発見するには,この程度の日数は必要であると認められることから,相当な期間内に住民監査請求がなされたというべきである。
(3) 以上からすれば,原告らにおいて,本件監査請求につき監査請求期間を徒過したことについて,法242条2項但書の「正当な理由」があるというべきである。
2 争点(2)について
(1) 食糧費の支出について
食糧費は,歳出予算の執行科目である節の区分のうち,地方自治法施行規則15条2項別記に定める予算科目の(節)需要費の(細節)食糧費から支出される経費であり,行政事務及び事業の執行上直接的に費消される経費である(「宮城県財務提要NO3(予算編)昭和55年3月」の「(細節)食糧費」欄にも同様の内容の記載がある(乙1,調査嘱託の結果)。)。このように,食糧費は,行政事務及び事業の執行上直接的に費消されるものであるから,通常は接遇という場で支出することを目的としたものではないが,行政事務及び事業の執行上,外部者の参加を求めて会合をもつ必要があり,これと同時又は引き続いて,会合自体では不十分なところを補ったり,あるいは外部者に対し,会合への出席及び情報・助言の提供に対する儀礼の趣旨の接遇を兼ねて食糧費というにふさわしい節度のある飲食を伴う懇談会を開催することは,なお食糧費の対象の範囲内であるということができる。
このように,普通地方公共団体は,行政事務及び事業の執行に伴い接遇を兼ねて飲食を伴う懇談会に食糧費を支出することができるが,この接遇は対外的折衝を目的とした交際費によるものとは異なり,本来は会議用,式日用,接待用の茶菓及び弁当等を対象とした食糧費によるものであり,かつ,公的な存在である普通地方公共団体により行われるものであるから,それが食糧費としての節度を失い,又は社会通念上儀礼の範囲を逸脱したものである場合には,その接遇は当該普通地方公共団体の事務に当然に伴うものということはできず,これに要した費用を食糧費から支出することは許されないというべきである。
平成7年当時の食糧費の執行基準を定めた本件宮城県通達も,食糧費として支出できるものの範囲に,社会通念上必要と認められる会食,懇談会等に要する経費を含め,飲食を伴う懇談会の必要性,妥当性について慎重な判断のもと,県行政の円滑な推進を図る上で必要な場合に限定して,これを実施することを許容しているのも,上記の説示に沿うものと考えられる。
そして,社会通念上儀礼の範囲を逸脱しているか否かについては,行政事務及び事業と会合等の関連性,懇談会の必要性,懇談会の相手方の身分及び地位,懇談会の内容等から判断すべきであり,これを逸脱している場合には支出権者の裁量権の濫用として,これによる食糧費の支出は違法になるというべきである。そこで,以下において,本件飲食1ないし6にかかる本件支出について,その違法性の有無を検討する。
(2) 本件飲食1ないし3の支出について
ア 原告らは,本件飲食1ないし3にかかる懇談会について,その相手方,施行理由等を秘匿する条例上の根拠を想定することは全く不可能であり,また宮城県の公文書公開においては公職又はそれに準ずる立場の者については相手方氏名を公開することとされているのに,宮城県知事が上記の各懇談会の施行理由も相手方出席者の肩書すら秘匿するのは,カラ飲食もしくは架空の懇談に名を借りた身内の無駄飲食であると推測されてもやむを得ないと主張する。
イ そこで検討するに,本件飲食1ないし3にかかる開示文書においては,争いのない事実等(4)イのとおり,受取人情報,懇談の相手方及び施行理由が非公開とされていたが,平成13年6月28日に言い渡された仙台高等裁判所平成12年(行コ)第7号文書開示拒否処分取消請求控訴事件の判決により,受取人情報が開示されたところ,証拠(甲48の各枝番,乙6)によれば,これにより懇談場所が明示されるに至ったこと,懇談場所となった各業者が作成名義人となっている請求書が存在し,同請求書には,各業者名義の記名押印が存在することが認められるところ,証拠(甲10,11の1・2,15の1,乙6)によれば,県議会及び県警を除く平成5年度の宮城県の各課の食糧費の支出について,各課において飲食店の代金請求書を書き直す作業が行われたり,架空の請求書を作成していたことが認められ,また,県警がその当時,多くの業者に対し県指定の定型請求書を用いさせる扱いをしていたことが認められることからすれば,県警が,業者に対し白地の請求書に記名押印のみをさせて,詳細は県警側で記入したり,請求書の書き直しや架空請求書の作成等をしていた疑いが全くないではない(現に,本件飲食1,3,5はいずれも「N」で行われたところ,これらの請求書は,いずれも比較的近接した期間内に作成されているが,その記載の仕方はそれぞれ少しずつ異なっている(甲3の2,5の2,7の2,48の1・4・6)。)。
しかしながら,県警の職員が,本件飲食にかかる請求書を偽造したことを認めるに足りる的確な証拠が存在しないことに照らせば,上記の懇談会を架空のものであると断ずることまではできないというべきである。また,宮城県知事が,改正後の本件条例8条4号に基づいて,上記の事項を非開示処分としたことについて,これらの処分に同号所定の事由が存在するかどうかはともかくとして,非開示処分としたことをもって,直ちにこれらの会合が架空の懇談会であると断ずることもできないというべきである。
そして,証拠(甲38の2)及び弁論の全趣旨によれば,上記の各懇談会の目的は,いずれも捜査協力体制の構築等に関するものであることが認められるところ,本件各文書について県警本部や警察庁などの警察側の出席者の氏名等が公表されていることに鑑みると,本件飲食1ないし3にかかる支出は,県警本部が警察以外の外部の組織ないし者との間で,捜査体制の協力関係の構築について協議をするという行政目的のもとに開催された会合に際して,その会合と同時又はこれに引き続いて行われた懇談会のために支出されたものであったと推認される。したがって,本件飲食1ないし3にかかる支出は,行政事務及び事業の執行に伴う接遇を兼ねた懇談会にかかるものと認められる。
よって,原告らの主張は採用できないというべきである。
ウ なお,上記の各懇談会については,懇談の相手方及び施行理由が非公開とされているため,その懇談の内容を具体的に明らかにすることはできないが,上記のとおり,これらの懇談会は,宮城県警や警察庁などの警察以外のいわゆる外部の者との間で行われたものであると推認することができ,さらに県警察本部長外県警本部の幹部が出席していることに照らすと,相手方の地位も自ずとそれに見合うものであったと推認される。
そうすると,社会通念上相当な範囲内の懇談会にかかる費用としては,本件宮城県通達の基準や,上記の各懇談会が「官官接待」や公費による食糧費の支出に対する社会的な批判が高まっていた時期になされたものである反面,本件飲食1ないし3の懇談会が,県警本部が警察以外の外部の者との間で捜査体制の協力関係の構築という行政事務及び事業のための会合に際して開催されたものであったことに鑑みると,1人当たり8000円を基準とするのが相当であり,8000円を超える部分の支出は支出権者の裁量権の濫用として違法となるというべきである。
(3) 本件飲食4ないし6の支出について
ア 争いのない事実等(2)イ並びに証拠(乙4,5,被告A及び同Cの各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 本件飲食4について
本件飲食4の懇談会の開催日である平成7年5月19日当時,交通死亡事故抑止のための指導取締,安全教育,施設整備等の総合対策が全国的に展開されていたこともあり,同日,交通局を担当していたJ警察庁審議官が交通安全総合対策の実情視察や指導を目的として県警本部に来庁した。同審議官は,同本部庁舎において,当時,県警察本部長の地位にあった被告Aに挨拶した後,県警内部で開催された会合において,県警本部交通部長をはじめとする県警本部交通部の幹部職員との間で交通行政施策推進上の諸問題について協議を行った。
その後,同日午後6時30分から,料亭である「P」において飲食を伴う懇談会が開催され,被告Aと上記審議官が,上記交通行政推進上の諸問題や本件当時の警察を取り巻く情勢等の警察業務全般に関する意見交換などを行った。なお,このときの飲食物は,1人1万円の料理,ビール1本(700円),ジュース1本(300円),焼酎1本(3000円)であり,その代金は,1人当たり1万4628円であった。
(イ) 本件飲食5について
本件飲食5の懇談会の開催日である平成7年6月1日当時,全国的に中級幹部を中心とする警察官の実務能力の向上が課題となっていたところ,同日,K警察庁教養課長が,これら警察官に対する実務能力向上対策の実情視察や指導を目的として県警本部に来庁した。同教養課長は,同本部庁舎において,東北管区警察局総務部長Lの同席のもと,被告Aに挨拶した後,県警内部で開催された会合において,県警本部警務部長であった被告Bをはじめとする県警本部警務部の幹部職員との間で警察官の実務能力の向上を図るための職場教養等の諸問題に関して協議を行った。
その後,同日午後6時から,料亭である「N」において飲食を伴う懇談会が開催され,被告A,被告B及び被告Aの秘書として県警本部総務課長の職にあった被告Cが,上記教養課長及び上記東北管区警察局総務部長と共に,上記の警察官の実務能力の向上を図るための職場教養等の諸問題や本件当時の警察を取り巻く情勢等の警察業務全般に関する意見交換などを行った。なお,このときの飲食物は,1人8000円の料理,ビール5本(3000円),日本酒3本(1万1500円),ウーロン茶4本(1400円)であり,その代金は,1人当たり1万3035円であった。
(ウ) 本件飲食6について
本件飲食6の懇談会の開催日である平成7年7月6日当時,オウム真理教関連の事件を契機として組織犯罪対策が急務となっていたところ,これら組織犯罪における警察装備の実情視察や指導のため,警察庁装備課長であった被告D,警察庁装備課課長補佐Mが県警本部に来庁した。被告Dらは,同本部庁舎において,東北管区警察局総務部長Lの同席のもと,被告Aに挨拶した後,県警内部で開催された会合において,県警本部警務部長であった被告Bをはじめとする県警本部警務部の幹部職員との間で協議を行い,警察装備についての打ち合わせ等を行った。
その後,同日午後6時から,割烹店である「Q」において飲食を伴う懇談会が開催され,被告A,被告B及び被告Cが,被告D,上記警察庁装備課長及び上記東北管区警察局総務部長と共に,上記の組織犯罪対策に関する問題や警察を取り巻く情勢等の警察業務全般に関する意見交換などを行った。なお,このときの飲食物は,1人8000円の料理,ビール6本(3600円),日本酒「夢幻」2本(1万2000円)であり,その代金は,1人当たり1万2808円であった。
(エ) なお,上記のいずれの懇談会においても,コンパニオンや芸妓などによる接待,カラオケ機器の使用,土産物や送迎用タクシーの提供はなく,2次会などの設営もなされなかった。
(オ) なお,上記の事実を証する証拠としては,本件各文書のほか,被告A及び被告Cの供述が存在するところ,本件各文書では,施行理由において,いずれも警察庁の幹部職員の来県を機に,各会合での課題等当面の諸問題について協議検討及び意見交換をするため,などと抽象的に記載されているのみであり(甲6の1,7の1,8の1),被告A本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,各会合の開催や協議内容について議事録等の書面が作成されていないことが認められ,これらの会合の開催目的や協議内容について客観的に裏付ける確たる証拠は存在しないものの,本件各文書における施行理由の記載内容に被告A及び被告Cの供述を併せ考えれば,上記の内容の会合と,それに引き続いて上記の内容の懇談会が行われたと認めるのが相当である。この点,原告らは,上記の各懇談会は,行政事務等とは直接的な関連性のない単なる儀礼的な接待であると主張するが,本件ではコンパニオンや芸妓などによる接待や,土産物や送迎用タクシーの提供及び2次会の設営等がなされておらず,その他に上記の各懇談会が単なる儀礼的な接待であることを裏付けるような確たる証拠が存在しないことに照らすと,上記認定が左右されることはないというべきである。
イ 本件飲食4ないし6の支出の違法性について
上記認定のとおり,本件飲食4ないし6の懇談会は,いずれも警察庁の幹部職員外東北管区警察局総務部長が県警本部を訪問し,会合を開催して警察業務に関する協議を行った後に,県警察本部長外県警本部の幹部職員が上記の警察庁の幹部職員などと開催した飲食を伴う懇談会であるところ,都道府県警察は,当該都道府県の区域につき,その警察事務に関し自らの権限と責任においてこれを執行することを原則としている(警察法36条2項)が,警察庁の所掌事務に関しては警察庁長官の指揮監督を受ける(警察法16条2項,17条,5条)こととされるように,都道府県警察と警察庁は警察業務の遂行上密接な関係にあり,普段から十分な意思の疎通が必要であることは否定できないところであり,都道府県警察が,警察庁の所掌事務に関して指導助言を受けたり,自己の所掌事務を執行する上で,連絡,調整や意見・情報の交換あるいは助言を得るなどの目的で,警察庁の幹部職員などと公務として種々の会合を持つ必要があることについては,これを首肯せざるを得ないものと解される。そして,これらの会合に引き続いて,都道府県警察の長外幹部職員が,警察庁の幹部職員などと警察業務全般にかかる意見や情報の交換を行うなど,会合自体では不十分なところを補い,さらには都道府県警の警察行政全般の円滑な推進を図るために,社会通念上儀礼の範囲内で節度のある飲食を伴う懇談会を行うことは,なお警察業務に関連する行為として許容されないわけではないと解するのが相当である。
しかるところ,上記認定のとおり,本件飲食4ないし6の懇談会は,いずれも警察業務全般にかかる意見や情報の交換が行われていることが認められることから,これらの懇談会は,なお警察業務に関連する行為というべきであり,社会通念上儀礼の範囲内の節度のある懇談会である限り,その限度において,これらの懇談会にかかる費用を公費によって支出することは許容されるというべきである。
ウ この点,原告らは,本件飲食4ないし6の懇談会は,いずれも外部の者との渉外的関係によるものではなく,警察庁職員が自らの職務遂行のために県警本部に来庁した際に,来庁の目的とは直接的関連なく儀礼的になされた単なる接待であり,これらの懇談会にかかる支出は,いずれにおいても行政事務等の執行との間に直接的関連性を認めることはできないというべきであると主張する。
確かに,本件飲食4ないし6の懇談会が,上記アの各会合に引き続いて行われる必然性や必要性があるとは必ずしも言い難く,さらに現時点において振り返って考えてみると,これらの懇談会にかかる費用を公費において支出する必要性があるかについては疑義が生じないではないが,平成7年当時の食糧費の支出基準である本件宮城県通達の存在や,上記説示のとおり,公務としての会合に引き続いて,警察業務の執行と関連性を有するもので,かつ社会通念上儀礼の範囲内において節度のある懇談会を開催することは,なお食糧費の対象の範囲内にあるというべきであるから,上記の各懇談会が,県警本部への来庁の目的とは直接的関連なく儀礼的になされた接待であるとはいえず,原告らの上記主張は採用することができない。
エ そして,社会通念上儀礼の範囲内の懇談会の費用としては,本件飲食4ないし6は,本件飲食1ないし3のように,警察以外の外部の者との懇談会であるわけではないが,懇談の相手方が警察庁の幹部職員などであることに鑑みれば,本件飲食1ないし3の場合と同じく,1人当たり8000円を基準とするのが相当であり,8000円を超える部分の支出は支出権者の裁量権の濫用として違法となるというべきである。
(4) なお,当裁判所は,被告B及び被告Dについて,同被告らの本人尋問の採用決定を行い,2回にわたり尋問期日を設けたが,いずれについても,同被告らから公務を優先するという理由で出頭できない旨の上申書が提出されたことは当裁判所に顕著なところ,本件飲食にかかる懇談会が,上記(2)及び(3)に認定したものであることに照らせば,同被告らが出頭しないことをもって,弁論の全趣旨により本件支出の違法性を推認することは直ちにはできないというべきである。
(5) 被告らの不当利得額
以上検討してきたところからすれば,本件支出のうち,被告らは,各自1人当たり8000円を超える部分の支出について,宮城県の損失において不当な利得を得たこととなる。これをもとに各被告が得た不当利得の額を計算すると,別紙不当利得一覧表のとおり,被告Aの利得の額は2万8908円,被告Bの額は2万2280円,被告Cの額は1万4584円,被告Dは4808円,被告E,被告F,被告G,被告H及び被告Iの額は各5902円となる。
第4結論
よって,原告らの本訴請求は,被告Aに対し2万8908円,被告Bに対し2万2280円,被告Cに対し1万4584円,被告Dに対し4808円,並びに被告E,被告F,被告G,被告H及び被告Iに対し5902円の各支払いをそれぞれ求める限度で理由があるから,その範囲でこれらを認容し,その余はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条,65条を,仮執行宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤紘基 裁判官 遠藤真澄 裁判官 日置朋弘)
<以下省略>