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仙台地方裁判所 平成12年(行ウ)14号 判決 2002年12月17日

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  主位的請求

被告が原告に対して平成12年10月2日付けでしたA名義の銀行預金口座あての51万6200円の支払処分を取り消す。

2  予備的請求

被告が原告に対して平成12年5月中旬にした同年4月1日から平成13年3月31日までの間の52週分の介助券1040枚の交付処分を取り消す。

第2事案の概要

本件は,被告の全身性障害者介助人派遣助成事業による介助人派遣の助成を受けていた原告が,助成時間を削減したのは違法であるとして,主位的に削減された派遣時間数による介助人に対する介助料の支払(振込)の取消しを,予備的に削減された派遣時間数による介助券交付の取消しを求めたのに対して,被告が上記支払及び交付の行政処分性を争い,訴えの却下を求める事案である。

1  争いのない事実

(1)  当事者

ア 原告は,宮城県名取市(以下「市」という。)に居住し,名取市全身性障害者介助人派遣助成事業(以下「本件事業」という。)の対象者である。

イ 被告は,本件事業を施行する者である。

(2)  宮城県の事業の概要

ア 宮城県(以下「県」という。)は,平成9年4月から,県の単独事業として,常時介助を必要としている在宅の全身性障害者に対し,自らが選定した介助人を派遣しケアサービスを提供することにより,障害者の生活安定を図り,自立と社会参加を促進することを目的とした事業の実施を開始した(以下「県単独事業」という。)。

イ 県単独事業の概要は,次の(ア)ないし(オ)のとおりである。

(ア) 対象者は,市町村長が派遣の必要性があると認めた者とする。

(イ) 介助人は原則として対象者の選定する者で,市町村長が適当と認める者とする。

(ウ) 市町村長が介助人の派遣を決定したときは,対象者に対して介助人を派遣する。

(エ) 市町村長は,対象者に対し,原則として1日当たり4時間(1週間につき28時間)を限度として介助券を交付する。

(オ) 対象者が介助を受けたときは,介助人に対し,介助券を1時間当たり1枚交付する。

市町村長は,介助人から請求を受け,審査の結果,適正と認めたときは,介助人に対し,介助料として介助券1枚につき1450円を支払う。

ウ 県単独事業の事業主体は原則として各市町村とされ,その実施は各市町村において定める市町村全身性障害者介助人派遣事業実施要綱に基づいて行うものとされた。

エ 県は,宮城県全身性障害者介助人派遣事業補助金交付要綱(甲7。以下「本件交付要綱」という。)第8及び宮城県全身性障害者介助人派遣事業実施要綱(甲6。以下「本件実施要綱」という。)等に基づき,各市町村の実施する県単独事業に対して補助金を交付している。

(3)  被告の事業の概要

ア 市は,平成9年10月,(2)ウに基づき,名取市全身性障害者介助人助成事業実施要綱(平成9年9月30日告示第46号。以下「名取市実施要綱」という。)を定め,県からその経費の4分の3につき補助金の交付を受けて,本件事業の実施を開始した。

イ 本件事業の対象者は,①市内に居住する常時介助の提供を必要とする在宅の全身性障害者であること,②身体障害者手帳の交付を受けている18才以上の者であること,③両上肢,両下肢(又は体幹)のいずれにも障害が認められる肢体不自由1級の者で,④単身者,夫婦ともに障害者その他家族等の介助が受けられない者で,⑤生活保護法による生活保護世帯又は生計中心者が前年所得税非課税世帯である世帯に属する者である(甲11)。

介助人の派遣時間数は,1か月当たり,当月の日数に4時間を乗じた時間とされた。

(4)  派遣時間数の改正とその実施

ア 平成12年4月1日,本件交付要綱,本件実施要綱及び宮城県全身性障害者介助人派遣事業運営要領(甲5。以下「本件運営要領」といい,本件交付要綱,本件実施要綱及び本件運営要領を併せて「本件交付要綱等」という。)は一部改正され,介助人の派遣時間数は原則として,1週間(7日)当たり20時間が限度とされた(以下「本件一部改正」という。)。

イ 本件事業は市の市民福祉部長が所管しているところ,同部長は,平成12年3月31日,本件一部改正に合わせて,同市事務決裁規程に基づく専決事項として,これによる同年4月以降の介助人派遣の助成時間数削減を決定した(以下「本件削減決定」という。)。

原告に対する改正前制度に基づく助成時間数と改正後の制度に基づく助成時間数の差は,別表記載のとおりである。

ウ 市民福祉部長は,平成12年5月中旬,原告に対し,同年4月1日から平成13年3月31日までの間の52週分の介助券1040枚を交付した(以下「本件交付」という。)。

エ 被告は,平成12年10月2日,原告が利用した介助人のうち主たる介助人であるAに対し,介助料51万6200円を同人名義の銀行口座に振り込む方法で支払った(以下「本件支払」という。)。

2  争点

(1)  本件訴えの適法性

ア 被告の本案前の主張

(ア) 主位的請求について

行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものである。

原告が処分であると主張する本件支払は,何らの処分行為にも該当しないので,本件訴えは不適法である。

また,本件事業は,本件交付要綱等に基づいて行われており,何ら法律の規定及び委任に基づくものではない。

したがって,本件訴えは不適法である。

(イ) 予備的請求について

本件交付は,(ア)と同様の理由で行政処分に当たらないので,本件訴えは不適法である。

イ 本案前の主張に対する原告の反論

本件交付及び本件支払は,いずれも,本件交付要綱等の改正を受けて行われたものであり,同改正は行政庁の公権力行使にほかならない。したがって,これを受けて行われた本件交付及び本件支払も公権力の行使に当たる。

よって,本件訴えは適法である。

(2)  本件支払及び本件交付の適法性について

ア 原告の主張

(ア) 本件支払の違法

本件支払により,原告は食事,入浴,排便及び外出等についての介助を受けることのできる時間数が減少したため,日常生活及び社会生活上の著しい不利益を被った。

全身性障害者である原告にとって,介護は生存のために必要不可欠なものであり,介助人助成時間数の削減は,憲法25条の保障する生存権を侵害するものであって,本件支払による支払行為は,被告の行った原告に対する違法な処分に当たるというべきである。

よって,原告は,本件支払の取消しを求める。

(イ) 本件交付の違法

本件交付により,原告は食事,入浴,排便及び外出等についての介助を受けることのできる時間数が減少したため,日常生活及び社会生活上の著しい不利益を被った。

全身性障害者である原告にとって,介護は生存のために必要不可欠なものであり,介助人助成時間数の削減は,憲法25条の保障する生存権を侵害するものであって,本件交付は,被告の行った原告に対する違法な処分に当たるというべきである。

よって,原告は,本件交付の取消しを求める。

イ 被告の主張

(ア) 市は,本件事業の実施主体であるが,同事業にかかる経費の4分の3については,県から補助金の交付を受けていた。

県は,平成12年4月,財政が極めて危機的状況にあり,県単独事業についての十分な予算確保が困難になったことを理由として,本件一部改正を行った。

市の当時の財政は,本件一部改正に伴う補助金の減額を受けて同市独自で予算的手当をするには厳しい状態であり,本件事業について,本件一部改正後の本件運営要領におけると同様の派遣時間数とせざるを得なかった。

また,本件事業は,元来身体障害者ホームヘルプサービス事業を補完するための事業であること,サービス内容からしてホームヘルプサービスによって提供されるヘルパー派遣の増加によって代替が可能であることから,県に対して早急に復元されるよう積極的に働きかけていくことを前提に,やむを得ず削減したものである。

したがって,本件一部改正による介助人の派遣時間数削減はやむを得ないものであったというべきである。

(イ) 平成12年8月1日以降,本件事業は,国の身体障害者ホームヘルプサービス事業運営要綱(平成2年12月28日付け社更第255号厚生省社会局長通知)及び在宅福祉事業費補助金等交付要綱(平成11年12月9日厚生省発老第99号厚生事務次官通知)により国庫補助の対象となった。これを受けて,新しい宮城県全身性障害者介助人派遣事業運営要綱(平成12年8月1日施行。乙4),宮城県在宅障害者(児)福祉事業費補助金交付要綱(同日施行。乙3),宮城県全身性障害者介助人派遣事業事務取扱要領(同日施行。乙5)が制定され,本件交付要綱等はいずれも廃止された。市においては,同日以降,上記各要綱・要領に準じて本件事業を実施しており,介助人の派遣時間数は1日当たり4時間(週28時間)とされた。

(ウ) 本件事業における介助人の派遣時間数の減少は,財政的なやむを得ない事情に基づくものである上,4か月後の平成12年8月1日以降は派遣時間数が従前のとおりに回復したのであるから,被告の行為は違法ではない。

第3本案前の主張についての判断

1  行政処分の取消しを求める訴えは,行政庁の公権力の行使に当たる行為を対象としてその取消しを求めるものであるから(行政事件訴訟法3条2項),同訴えが適法であるためには,まず,取消しの対象となる行政庁の行為が公権力性を有することが必要である。

2  これを本件についてみるに,本件事業は,常時介助が必要な在宅の全身性障害者に対し,自ら選定した介助人による必要と認められる身体介助の提供に要する費用について助成を行うことを内容とするものであるところ,かかる助成のような給付行為は,その実質は,私人の申込みに対し,行政庁がその承諾をすることによって成立する役務提供契約又は贈与契約として構成されるべき私法上の行為であるから,その性質上当然に公権力性があるものとはいえない。

したがって,これが公権力の行使たる行政処分に当たるというためには,法令上の根拠があること,すなわち,法令が,特定の目的のため,立法政策として,これに実体的又は手続的権利性を付与して,行政庁がこれに応じ又は拒否する行為を行政処分として構成していることが必要であるというべきである。

3  しかるところ,本件削減決定による介助人の助成時間数の削減がされた当時,本件事業が市の制定した名取市実施要綱に基づいて実施されていたこと及び同実施要綱は県の制定した本件交付要綱等を受けて制定されたものであり,これにより市は県からその経費の4分の3につき補助金の交付を受けていたことは前示のとおりであるところ,補助金の交付や役務の提供を内容とするこれらの要綱は,いずれも給付の基準を定める行政規則にすぎず,何ら法令として効力を有するものではなく,これらの要綱によってなされる本件交付及び本件支払は,これによって原告に権利を設定し若しくはその設定を拒否し又は義務を課する効果を生ずるものとはいえない(本件交付要綱等は,介助人助成時間数等給付の限度を定めており,介助券の交付を受けた介助対象者はこの限度で自由に(ただし,前示第2の1(2)イ(オ)の審査の結果適正と認められることが条件となる。)介助の助成を受ける時期,時間等を選択行使できる仕組みになっているが,これは,役務提供契約又は贈与契約の申込みに対する承諾の限度を定めたにすぎないと解すべきであり,これから直ちに本件事業による介助人の助成に上記の意味での権利の設定等があったと導き出すのは困難である。)。

そして,本件事業につき,他に法令上の根拠があることを認めるに足りる証拠はない。

4  以上の次第であるから,本件訴えはいずれも不適法なので却下することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 信濃孝一 裁判官 岡崎克彦 裁判官 寺田利彦)

別表

4月(30日間)

5月(31日間)

6月(30日間)

7月(31日間)

時間数

金額

時間数

金額

時間数

金額

時間数

金額

改正前

120時間

174,000円

124時間

179,800円

120時間

174,000円

124時間

179,800円

改正後

80時間

116,000円

80時間

116,000円

100時間

145,000円

96時間

139,200円

削減数

40時間

58,000円

44時間

63,800円

20時間

29,000円

28時間

40,600円

削減数合計(4~7月) :132時間 191,400円

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