仙台地方裁判所 平成13年(わ)449号 判決 2002年1月18日
主文
被告人を懲役5年に処する。
未決勾留日数中90日をその刑に算入する。
理由
(犯行に至る経緯)
被告人は,高校を卒業後,神奈川県等で稼働した後,平成5年ころ,肩書住所地の実家に戻り,実父A及び実母Bと3人で生活していたが,被告人は,以前からAとの折り合いが悪かった上,平成8年ころから仕事にも就かず酒浸りの生活を送るようになり,以来,何かとAに対して暴言や暴力沙汰に及ぶことも多く,平成10年ころ,Aが老人性痴呆症のため日常の立ち居振る舞いにもBの介助を受けるようになってからは,Aが演技で甘えているだけではないかなどと疑念を抱き,事あるごとにAに対して暴力を振るうようになった。Bは,被告人の暴力からAをかばいながら,その介護に当たっていたが,平成13年7月25日,足を骨折したため入院することになり,翌26日からは被告人が一人でAの介護をすることになった。しかし,被告人は,食事や排泄等につき被告人の指示に思うように従わないAに対し,苛立っては,その手や頭部,顔面等を打擲したり脚部を蹴るなど,乱暴な態度で接していた。一方,Bは,被告人の平素のAに対する行状からその介護の状況を案じ,弟夫婦らに依頼してAを介護施設に入所させる手続を進めており,同年8月16日には同施設への入所が予定されていた。
(罪となるべき事実)
被告人は,同月15日,起床後焼酎を飲んでからAの排泄や食事の世話をしたが,相変わらずAの動作が鈍く,被告人の指示に従わないことに苛立ちを募らせ,上記のような乱暴な態度でAに接していた。被告人は,同日午後6時ころ,Aに食事をさせた後,薬を与えようとしたところ,Aが薬を投げ捨てるような態度をとったことに激高し,同日午後6時30分ころから同日午後7時ころまでの間,宮城県古川市a字b番地所在の自宅において,A(当時82歳)に対し,着ていた半袖シャツの胸倉等をつかんで,その顔面を数回殴打したり前後に激しく揺さぶるなどの暴行を加え,その際,上記暴行に伴い床上に仰向けに倒れ込んだAの胸部等を同じく姿勢を崩して倒れ込んだ被告人が自己の手首から肘部付近で突くなどしたため,同人に多発肋骨骨折の傷害を負わせ,よって,同日午後8時ころ,同所において,同人を上記傷害による呼吸不全により死亡するに至らしめた。
(証拠の標目)省略
(事実認定の補足説明)
第1争点
本件公訴事実の要旨は,要するに,被告人が判示罪となるべき事実記載の日時場所において,Aに対し,(1)その着用の半袖シャツの胸倉等をつかんで,その顔面を数回殴打し,前後に激しく揺さぶるなどした上,(2)床上に押し倒したAの胸部等に自らの腕部を強く打ち付ける((1)(2)は便宜付した番号)などの暴行を加え,これによりAに多発肋骨骨折による呼吸不全の傷害を負わせ,死に致したというものであるところ,被告人は,公判段階では,Aに対し上記(1)の暴行を加えたことは認める(ただし,程度については争っている。)が,(2)の暴行は加えたことはない旨供述し,弁護人は,これを受けて,Aの致命傷となった多発肋骨骨折の原因となる暴行を被告人は加えていないから,被告人の行為と被害者の死亡との間には因果関係が認められないとして,被告人は傷害の限度で責任を負うべきであると主張する。
第2被告人の捜査段階における供述調書とその信用性について
1 被告人は,捜査段階において,本件の犯行状況について大要次のとおり供述する。すなわち,「当日午後6時ころ,台所のテーブルで夕食を食べさせた後,薬を飲むように言ったが,Aは嫌がり,薬を捨てるような態度をとった。私は,その態度を見てカーッとなり,Aに対して乱暴を始めた。どのような乱暴をどのような順番でやったかははっきり覚えていないが,いすに座っていたAに対し,その頭部を平手で殴りながら,薬を飲むように言い,それでも飲もうとしないので,着ていた半袖シャツの襟か胸元辺りを両手でつかんで立ち上がらせ,右手の平で顔を殴りつけた。その勢いでAが倒れそうになるので,残った手で倒れないようにシャツをつかんで,また殴りつけた。Aは殴る度によたよたし,立っているもようやくだった。私も身体のバランスを崩し,殴った勢いで倒れ込むAと一緒に倒れた。Aのシャツをつかんで無理矢理起こし,Aの顔や頭を手で叩いたり,『ちゃんと立て。』などと言って前後に思い切り揺することを繰り返し,また,勢い余ってAが倒れ,その身体の上に私も倒れ込むということが3回くらいあった。そのようにして倒れたときに,Aの胸倉辺りに私の手首から肘の辺りが当たり,そこに私の全体重がかかるということがあった。しかし,私がAの胸や脇腹辺りを踏みつけたとか,尻に敷いて体重をかけたとかはしていない。午後7時ころ,私の加えた暴行のためAは動けなくなった。Aのシャツをつかんで引きずってAの部屋に連れて行き,寝かせた。そしてテレビを見た後,気になって午後9時半ころ様子を見に行ったとき,Aが死んでいるのが分かった。そのときのAの位置は,私が引きずって部屋に連れて行ったときの位置と変わっていなかった。」というものである。
2 上記供述に現れている暴行の態様は,Aが本件当時着用していた白色半袖シャツの著しい損壊状況(腹部側の面には,左肩部の首廻りの部分から袖部分の方向へ長さ約30センチメートルの破れ,右腋窩から下方にかけては,長さ約17センチメートルの破れ,背中側の面には,左頸部の付近から下方にかけて長さ約32センチメートルの破れとその下方に直径1.5センチメートル大及び直径1センチメートル大の穴,さらに,右腋窩から下方にかけて長さ約26センチメートルの破れが存在する。)やAの死因及び致命傷となったと解される多発肋骨骨折の成傷の機序について司法解剖に従事した医師Cの「肋骨骨折の成因としては,比較的平面な鈍体による比較的短時間の圧迫と考えられ,肋骨骨折の範囲の広さからして1回の打撃によって生じたとは思われないが,周囲の出血の新しさからすると1日から半日以内にできた骨折と考えられる。被告人が,被害者のシャツの襟首を両手でつかむなどして前後左右上下に思い切り引っ張って押したりすれば,一部の肋骨が骨折したことは十分あり得たし,被害者が仰向けに倒れ込んだところに,被告人も倒れ込み,手首から肘当たりの部位がそのまま倒れ込んだ被害者の胸郭部に当たる状態で体重がかかったような場合,もろくなった肋骨が1度に相当数骨折することは全く不自然ではない。」旨の所見とよく符合し,これを自然に説明し得るものである。
そして,被告人は,本件の2日後である同年8月17日に通常逮捕されたものである(手続上顕著な事実)が,同日付けの司法警察員に対する供述調書においても,「Aが私の注意を聞こうともしないので,頭に血が上り,Aが着ていた白色の半袖肌着の襟首を両手でつかみ,いすから立ち上がらせ,『何回言ってもわがんねえのが。』と怒鳴りながら,力一杯前後に5,6回振ったところ,Aの着ていたシャツは裂けてしまった。そうしているうちに,Aが頭部を南側にして仰向けに足から砕けて仰向けの状態で倒れたので,私もAのシャツを鷲づかみにしたまま覆い被さり,私の体重がAの上に乗るようになった。Aは『止めろ。いで。』と言っていたが,興奮していたので,立ち上がりAの肩付近のシャツをつかんで立たせ,更に胸や腹付近のシャツをつかんで前後に2~3回振ったところ,再びAが倒れ,私もAの上に倒れた。すると,Aは仰向けの状態で倒れたまま動かなくなった。」旨,上記1とほぼ同旨の供述をし,以後一貫して同趣旨の供述をしていたものであり,それら各供述はいずれも詳細かつ具体的であって,流れも自然である。
これらによれば,前記1の供述の信用性は高いと評価することができる。
3 他方,被告人は,本件の状況について,公判段階においては「私は,シャツの襟首付近をつかんで立ち上がらせようとしたが,シャツが脱げてしまい立たせることはできなかった。したがって,Aが床上に倒れるということもなかった。シャツの襟をつかんで前後に揺すったのも,せいぜい10センチメートルから20センチメートル程度の幅で,調書に書いてある二,三十センチメートルということはない。Aが食事を終えた後は,私がAの肩を支えながら寝室に連れて行ったもので,Aを引きずって行ったことはない。Aが寝室で寝ているのを確認した後,テレビの野球中継を午後9時30分ころまで見ていたが,寝ようと思い洗面所に行ったところ,Aが浴室で倒れているのを発見した。私は,浴室で倒れているAが可哀想になり,寝室まで引きずって連れて行ったのである。」旨,前記1と異なる供述をする。
しかし,上記の公判供述は,被害者着用のシャツが著しく破れていることや,被告人とAの二人しか居住していない犯行現場において,一日から半日以内の間に数回の比較的短時間の打撃が与えられたことを原因とする多発肋骨骨折がAに生じた理由について合理的な説明が付かないこと,被告人は,公判段階では,本件前からの自己のAに対する暴行の態様について,捜査段階で認めていた暴行の一部を否認したり,その程度がさほど激しくなかったような供述をするが,Aの遺体に残された多数の傷害の部位・程度や被告人の両手背部の腫脹状況に照らし,到底納得のゆく説明とはなっていないこと,その他,被告人の公判供述は時間の経過による記憶の劣化を考慮に入れても総じて具体性に乏しいことなどからすれば,被告人の公判供述は,捜査段階の供述調書に比して明らかに信用性が乏しいと言える。
4 なお,弁護人は,被告人の捜査段階の各供述調書につき,被害者の死亡により精神的に動揺していた上,捜査官から強く誘導されたために作成された供述調書であって,信用性に疑義があると主張し,被告人も公判廷において誘導的な取調べがあった趣旨の供述をする。しかし,取調べ状況やその時の被告人の心理状態等について,被告人は公判廷で結局曖昧な説明しかなし得ていない上,上記1から3に検討したとおり,捜査段階の供述の信用性は,情況証拠によっても強く支持されているのに対し,これと相反する唯一の証拠である公判供述は,そのような情況証拠と明らかに矛盾牴触するものであって,到底その信用性を左右するに足りない。
第3結論
以上からすれば,前掲各証拠により,前記第2の1の被告人の捜査段階の供述のとおり,被告人がAに対し前記第1の(1)の暴行を加え,その際,上記暴行に伴い床上に仰向けに倒れ込んだ被害者の胸部に姿勢を崩した被告人も倒れ込んで手や肘部を突くなどし,その結果,被害者に多発肋骨骨折を生じさせ死亡させたことは優に認定できる。ところで,被告人が倒れ込んだAの胸部に手などを突いた点は,上記捜査段階の供述によっても,Aに対して意図的に暴行を加えようとしたものとまでは認められないのであり,この点についても暴行の故意を伴う趣旨と解するのが自然である前記第1の(2)のような公訴事実の記載は,表現として適切を欠くと言うべきである。他面,これは上記(1)の暴行からAの死亡の結果を生じる因果の過程にあることも明白であって,そのような因果の連関が存する以上,被告人に対してAの死亡の結果につき傷害致死罪の罪責を帰するのは当然の事理に属する。したがって,弁護人が,傷害の限度で責任を負うべきとする主張には理由がなく,判示のとおりの事実を認定した次第である。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法205条に該当するところ,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役5年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中90日をその刑に算入することとし,訴訟費用は刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,老人性痴呆症の症状を呈していた父親に対し,暴行を加えて死亡させたという傷害致死の事案である。
直接の犯行動機は,被害者がその身の回りの世話をする被告人の指示に思うように従わないことに苛立ちを募らせ,ついに激高して暴行を振るったというのである。しかし,判示のとおり,被告人が実母に代わり一人で被害者の介護に当たっていた期間はわずか3週間程度であり,いわゆる介護ノイローゼ等による犯行とは到底言えないものである上,被告人は,平素から酒に酔っては被害者に対し乱暴な振る舞いに及んでいたなど偶発的犯行とも評し難く,総じて経緯に同情の余地はない。また,被害者が高齢で体力も衰えており,痴呆症のため被告人の指示に従えない常況にあることを理解することなく,感情の赴くまま暴行を加えたものであって,およそ弱者へのいたわりを欠いた自己中心的かつ短絡的な動機は厳しい非難に値する。犯行態様も,被害者と二人きりの誰にも助けを求めることができない状況下において,苦痛を訴え,暴力をやめるように懇願していた無抵抗の実父に対し,その着用していた下着がボロボロに破れ,自己の手が腫れ上がるほどの激しい暴行を振るったものであり,人倫にもとる冷酷非道な所業である。前記補足説明で触れたとおり,致命傷となる多発肋骨骨折自体は,被告人の意図的な攻撃で形成されたものではない余地を残しているというものの,上記のような暴行の態様自体,被害者の生命を脅かす現実的危険性を帯びていたことは明らかであり,この点が被告人の刑責をいささかも減じるものではない。そして,尊い人命が無惨にも奪われたという結果の重大性は言うまでもなく,痴呆のため事態を了解し得ていなかった可能性はあるものの,実の息子から暴力を振るわれ,死亡させられた被害者の無念は察するに余りある。さらに,不安を抱きながら被告人に介護をゆだねざるを得なかった近親者らは,本件の翌日には被害者を介護施設に入所させることが決まっていた中で,その不安が現実のものとなってしまったことに大きな精神的打撃を受けている。以上からすれば,被告人の刑事責任は誠に重い。
他方,被告人は,被害者に対する行為の一部につき否認しているものの,被害者を暴行を加えて死に致したこと自体については,一生をかけて償っていきたいと述べるなど反省の情を示していること,被害者の妻である被告人の実母が被告人に対する寛大な処分を嘆願していること,被告人の叔父が被告人の社会復帰後の監督を誓約していること,被告人には20年以上前にさかのぼる罰金前科1犯のほかは前科も見当たらないことなど被告人にとって酌むべき事情も認められる。
そこで,以上の事情を総合考慮し,主文の刑に処するのが相当であると判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑―懲役6年)
(裁判長裁判官 前田巌 裁判官 佐々木直人 裁判官 目黒大輔)