仙台地方裁判所 平成13年(レ)22号 判決 2001年12月17日
主文
1 控訴人の控訴並びに被控訴人の附帯控訴に基づき原判決主文第1項を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は控訴人に対し,金37万4229円を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 控訴人のその余の本件控訴を棄却する。
3 訴訟費用(附帯控訴を含む)は,第1,2審を通じてこれを2分し,その1は控訴人の,その余は被控訴人の負担とする。
4 この判決は,第1項(1)に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人は控訴人に対し,金62万3665円を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 附帯控訴の趣旨
(1) 原判決中,控訴人の請求を金16万2619円を超えて認容した部分を取り消す。
(2) (1)にかかる控訴人の請求を棄却する。
(3) 附帯控訴費用は,控訴人の負担とする。
第2事案の概要
控訴人は,被控訴人に対し自動車損害賠償法(以下「自賠法」という。)15条に基づき,控訴人の妻が起こした交通事故に関して,その被害者に対して控訴人が支払った治療費等分の自動車損害賠償責任保険金(以下「自賠責保険金」あるいは単に「保険金」という。)223万4325円の支払いを請求したが,被控訴人はこのうち143万8920円の支払いをしたのみでその余の支払いをしなかったことから,控訴人は被控訴人に対し,上記未払分に当たる79万5405円の保険金の支払いを求める訴えを提起した。原審は,控訴人の請求する保険金請求権を,自賠法及び同法施行令に基づき,被害者の傷害に基づく損害分と後遺障害に基づく損害分に区別した上で,傷害分については自賠責保険金限度額まで支払済みであるとして,控訴人の請求について,これを一部認容し,被控訴人に17万1740万円の支払いを命ずる判決をした。本件は,控訴人が敗訴部分の取消しと,当該部分の支払いを求めて控訴し,被控訴人も敗訴部分の一部取消しを求めて附帯控訴した事案である。
1 当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実(以下「争いのない事実等」という。)
(1) 控訴人と被控訴人との間の自動車損害賠償責任保険契約(以下「自賠責保険契約」という。)の締結控訴人は,被控訴人との間で,平成7年5月14日当時,自賠責保険契約を締結していた。
(2) 交通事故の発生
平成7年5月14日午後8時20分ころ,控訴人の妻であるAが控訴人の所有する小型乗用自動車を運転して,宮城県岩沼市ab丁目c番d号先道路上を進行中,同道路を横断歩行中のBに上記運転車両を衝突させた(以下「本件交通事故」という。)。
(3) 損害の発生(甲1,2)
ア Bの入院治療費等(但し,控訴人はこれを後遺障害による損害と主張し,被控訴人は傷害による損害と主張している。)
(ア) C病院(平成7年5月14日から同年6月9日まで)
109万1467円
文書費用 600円
合計 109万2067円
(イ) D病院 平成7年6月9日から同年11月17日まで
21万1610円
イ 付添看護料(但し,控訴人はこれを後遺障害による損害と主張し,被控訴人は傷害による損害と主張している。)
ア(ア)の27日間の付添看護 1日当たり2000円
5万4000円
ウ 入院雑費(但し,控訴人はこれを後遺障害による損害と主張し,被控訴人は傷害による損害と主張している)
ア(ア)の27日間及びア(イ)の161日間の合計188日間
1日当たり1300円 24万4400円
エ 入院慰謝料
222万円
オ 後遺症の程度
記憶力・記銘力の低下,見当識・判断力の低下,病識の欠如等精神活動を主とする脳機能低下の後遺障害による痴呆症状(等級表2級3号-神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,随時介護を要するもの)により,労働能力を100パーセント喪失し,日常生活につき,随時介護を要する。
カ 既往障害
Bは,平成5年1月ころに左頭頂葉後頭部分の脳梗塞に罹患し,本件交通事故当時,等級表12級12号(局部に頑固な神経症状を残す)に該当する程度の既往障害があった。
キ 将来の介護料
1060万6680円
ク 逸失利益
1272万9748円
ケ 後遺障害慰謝料 1930万円
コ 医療法人C病院附属老人保健施設E
(平成7年11月17日から平成8年2月20日まで)
16万2619円
サ 弁護士費用 41万円
シ 過失相殺
Bの過失 55パーセント
(4) 控訴人のBに対する支払い
ア 平成8年2月20日までに支払った分
(ア) 上記(3)ア(ア)のC病院分 109万1467円
(イ) 上記(3)ア(イ)のD病院分 21万1610円
(ウ) 上記(3)コのE分 16万2619円
以上合計 146万5696円
イ 平成11年1月13日
(ア) 後記前訴確定判決によって,控訴人の負担すべき傷害分にかかる損害と認定された45万6587円から被控訴人の負担すべきものと認定された10万7933円を控除した残金
34万8654円
(イ) 上記(ア)の金額に対する平成9年1月21日から平成11年1月13日までの年5分の割合による遅延損害金
3万4531円
(ウ) 後記前訴確定判決によって控訴人の負担すべき損害と認定された元金合計456万0360円(傷害分45万6587円及び後遺障害分410万3773円)に対する平成7年5月14日から平成9年1月20日までの遅延損害金
38万5444円
内訳
(a) 上記(ア)の傷害分の損害金残金34万8654円に対する上記期間の年5分の割合による遅延損害金 2万9470円
(b) 後記確定確定判決により被控訴人負担分とされた10万7933円の傷害分の損害金に対する上記期間の年5分の割合による遅延損害金
9121円
(c) 後記前訴確定判決により被控訴人負担分とされた410万3773円の後遺障害分の損害金に対する上記期間の年5分の割合による遅延損害金
34万6853円
以上合計 76万8629円
(5) 被控訴人のB及び控訴人に対する支払い
ア 被控訴人からBに対する支払い
(ア) 平成8年4月ころまでに 1529万円
但し,後遺障害分として支払い
(イ) 平成11年2月3日までに 463万9800円
但し,後記前訴確定判決によって被控訴人の負担すべきと認定された元金合計421万1706円(傷害分10万7933円,後遺障害分410万3773円)及びこれに対する平成9年1月21日から平成11年2月3日まで(但し,平成11年1月31日分を除く。)の遅延損害金42万8094円の合計として(乙1)
イ 被控訴人から控訴人に対する支払い
(ア) 平成7年10月11日 109万2067円
但し,(3)ア(ア)のBの損害に対して,(4)ア(ア)のとおり控訴人が支払った金額と文書料600円
(イ) 平成11年4月12日 34万6853円
但し,後記前訴確定判決によって被控訴人が負担すべきとされた後遺障害分の損害金410万3773円に対する平成7年5月14日から平成9年1月20日までの遅延損害金
(6) Bの控訴人及び被控訴人に対する損害賠償請求訴訟
Bは,控訴人に対し自賠法3条,Aに対し民法709条,被控訴人に対し自賠法16条に基づき損害賠償請求訴訟を提起し,その控訴審(仙台高等裁判所平成10年(ネ)第357号)は,平成10年12月25日,控訴人についてはBに対し,456万0360円及びこれに対する平成7年5月14日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払いを,被控訴人についてはBに対し,421万1706円(傷害分として10万7933円,後遺障害分として410万3773円)及びこれに対する平成9年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払いを命ずる判決を言い渡し,同判決は確定した(以下「前訴確定判決」という。)。
(7) 自賠責保険金限度額
Bに生じた損害について,自賠責保険金限度額は,傷害による損害については自賠法施行令2条1項2号イにより120万円,後遺障害による損害については同条項2号ヘ,自賠法施行令別表及び同条2項により2366万円である(但し,後遺障害等級表2級の保険金額から既往後遺障害12級の保険金額を控除した額。)。
(8) 原審の判断
原審は,控訴人が請求した79万5405円(但し,Bに対する既払額合計223万4325円から,被控訴人から支払を受けた143万8920円を控除した残金)のうち,下記金額の範囲で原告の請求を認容した。
ア 後遺障害損害としてE入所分の16万2619円(同金額が後遺傷害分の損害金であることについては当事者間に争いがない)
イ 控訴人が平成11年1月13日に支払った76万8629円のうち,前訴確定判決により被控訴人負担分とされた10万7933円の傷害分の損害金についての平成7年5月14日から平成9年1月20日までの年5分の割合による遅延損害金9121円
2 争点
(1) 損害の内訳(傷害分と後遺障害分について)にかかる主張立証責任の所在
(2) 被控訴人が控訴人に対し,自賠法15条に基づき支払うべき金額
(3) 被控訴人は控訴人に対し,遅延損害金9121円の支払義務があるか。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(損害の内訳(傷害分と後遺障害分について)にかかる主張立証責任の所在)について
ア 控訴人の主張
自賠法は,15条において被保険者は自己の支払いの限度において保険金を請求できると規定し,具体的な保険金額の定めを政令に委ね(自賠法13条),同法施行令2条において自賠責保険金を死亡,傷害及び後遺障害に区別し,各々その限度額を定めている。
また,自賠責保険金支払いの実務では,被保険者は,自賠責保険金請求をするに際し,領収証等の支払いを証する書面を添付しているものの,傷害部分と後遺障害部分を区別することまで要求されておらず,その区別は,自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の保険者である保険会社(以下「自賠責保険会社」という。)から委託を受けた自動車保険料率算定会の出先機関である自賠責保険調査事務所が行い,同事務所の査定に基づいて保険金が支払われている。
このように基本法である自賠法で,損害について区別が行われず,細部を定める政令により損害の区別と限度額が決められ,かつ実際の区別の認定は,自賠責保険会社側で行っているという法令及び実務上の構造からすれば,自賠責保険会社側である被控訴人に傷害分と後遺障害分を区別して主張立証する責任があると解すべきである。
イ 被控訴人の主張
原告の主張は否認ないし争う。
(2) 争点(2)(被控訴人が控訴人に対し,自賠法15条に基づき支払うべき金額)について
ア 控訴人の主張
そもそも,本件交通事故により発生した脳挫傷にかかる治療費については,傷害と後遺障害の損害を区別することは不可能ないしは著しく困難であり,このような場合には自賠責保険金の限度額は,傷害と後遺障害に対する自賠責保険金の限度額の合計額とすべきである。そうすると,本件の保険金支払額としていまだ349万1280円の支払枠がある(傷害部分120万円と後遺障害部分2366万円の合計2486万円から既払保険金額2136万8720円を控除した額)から,被控訴人は控訴人に対し,79万5405円の支払義務がある。
また,傷害と後遺障害が区別されるとしても,Bの脳挫傷は,受傷と同時に後遺障害が発生したとも評価できるものであり,被控訴人が控訴人に対し平成7年10月11日に支払った109万2067円(C病院の医療費等)は後遺障害としての損害というべきである。また,Bの症状に照らせば,C病院からD病院へ転院した平成7年6月9日には後遺障害が確定しており,少なくとも,それ以降の治療費は後遺障害としての損害と認定されるべきである。
イ 被控訴人の主張
自賠責保険金の支払いは,傷害と後遺障害の損害に区別されており,本件交通事故での傷害部分の限度額は120万円,後遺障害部分の限度額は2366万円である。自賠責保険の保険金額は,自賠法及び同法施行令により定められ,自賠責保険会社は,自賠責保険調査事務所が自賠責保険損害査定要綱(以下「査定要綱」という。)に基づいて調査認定した限度額に拘束され,この限度額を超えて,自賠責保険会社が支払いをすることは,自賠法15条,16条のいずれの請求においても不可能である。
(3) 争点(3)(被控訴人は控訴人に対し,遅延損害金9121円の支払義務があるか。)について
ア 被控訴人の主張
遅延損害金9121円は,傷害による損害10万7933円を元本とし,これに対する本件交通事故日である平成7年5月14日から平成9年1月20日までの遅延損害金であるが,被控訴人は,すでに自賠責保険金として傷害分の限度額120万円を支払済みであり,この遅延損害金は,加害者たる控訴人が負担すべきものである。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1) 被害者が自賠法16条1項に基づき自賠責保険会社に対して損害賠償の支払いを直接請求する場合と,被保険者が自賠法15条に基づき自賠責保険会社に対して保険金を請求する場合は,その法的性格を異にするものの,自賠責保険会社に対し自動車事故によって発生した損害の填補を求める点で同一であるところ,自賠法16条1項に基づく直接請求においては,治療費等の積極損害,後遺障害による逸失利益などの消極損害及び慰謝料を区別して主張することが請求の特定要素として必要と解される(このことは,交通事故の被害者が加害者に対し,不法行為に基づいて訴えを提起した場合にも同様であり,請求の特定要素として,積極損害,消極損害及び慰謝料を区別して主張立証を行う必要がある。)が,これは被保険者が自賠法15条に基づいて保険金を請求する場合においても異ならないと解するのが相当であり,傷害と後遺障害の損害を区別する後遺障害の発生時期(症状固定日)についても加害者側がその主張立証責任を負うものと解すべきである。
(2) これに対し,控訴人は法令上の構造や自賠責保険金支払実務を根拠に,自賠法施行令2条所定の後遺障害と傷害の区別の主張立証責任は,被控訴人側にあると主張する。
しかしながら,法令の規定の仕方は主張立証責任の分配を決める一要素に過ぎないところ,自賠法15条の規定は,加害者が自賠責保険会社に対し,自己の支払いの限度で自賠責保険金の支払いを請求できると規定するに止まるものであり,また同法13条及び同法施行令2条の規定は,自賠責保険金は損害の種別(死亡,傷害,後遺障害)に応じてその限度額を決定するというものであって,いずれの規定からも,傷害及び後遺障害の区別やその具体的な適用の主張立証責任を自賠責保険会社に負わせたものと解することはできない。また自賠責保険金実務においては,査定要綱等に基づき,自賠責保険調査事務所が具体的な損害額等を統一かつ画一的に算出し,これに基づいて自賠責保険会社から自賠責保険金の支払いがなされているのが実情であるが,これは大量に発生する自動車事故を公正かつ迅速に処理していくための定型的処理方法に過ぎず,これをもって主張立証責任の所在が被控訴人側にあると基礎付けることはできない。よって,控訴人の上記主張は採用できない。
2 争点(2)について
(1) 控訴人の主張について
控訴人は,本件交通事故により発生した脳挫傷の治療費については,傷害分と後遺障害分を区別することは不可能ないしは著しく困難であり,このような場合には自賠責保険金の限度額は,傷害と後遺障害に対する自賠責保険金の限度額の合計額とすべきである旨主張する。
しかしながら,自賠法及び同法施行令2条が,死亡,傷害及び後遺障害に区別して,各々自賠責保険金の限度額を定めていることに照らせば,その区別を前提とした限度額に制約されることは明らかである。なぜなら,自賠責保険は自動車保有者が加入することを義務づけられた政府管掌の保険であり,保険料も比較的低額に抑えられていることもあって保険金額の上限が定められているものであり,各保険金限度額を超えた損害については任意保険による填補と加害者自らが負担するのが妥当であるし,また,そのように解さなければ,傷害及び後遺障害を区別した上で支払限度額に応じた運用がなされている自賠責保険実務に混乱が生じることは容易に想定され,ひいては強制加入を原則とする自賠責保険の制度そのものを揺るがしかねないと解されるからである。
また,控訴人が指摘する肉体の切断や抜歯等の後遺障害の発生が客観的に確実なものについても,後遺障害と傷害は区別されるものであり,受傷後の外科,歯科の治療等は,後遺障害の認定がなされていても,傷害による損害と認定するのが相当である(この場合は,後遺障害と傷害の治療が併存することになる。)から,すべての自動車事故による自賠責保険金の支払いは,自賠法及び同法施行令2条に従った運用がなされる必要があり,控訴人の指摘は当たらないというべきである。
(2) 後遺障害の発生時期について
ア 前記のとおり,傷害と後遺障害の区別はなされるべきであるから,以下,本件において具体的にいつの時点でBに後遺障害が発生したかを検討する。
後遺障害とは,傷病が事後の治療によってもそれ以上回復しない場合,すなわち症状固定をしていることをいい,症状固定とは,傷病に対して行われる医学上一般に承認された治療方法をもってしても,その効果が期待し得ない状態であって,かつ残存する症状が自然的経過によって到達すると認められる最終の状態に達したときをいう。そして,後遺障害(症状固定日)の認定にあたっては,診療に携わった医師の判断や,事故によって受傷したときに,後遺障害が残ることが客観的に明らかな症状の場合(前記(1)の原告の指摘する肉体の切断や抜歯等の場合)をはじめ個々具体的な被害者の症状や治療経過を総合的に勘案して行うべきものと解される(もとより,自賠責保険の後遺障害にかかる認定基準やその具体的な認定は,裁判所が症状固定日や後遺障害の等級を認定する際の参考となるものであるが,裁判所をも拘束する基準でないことは明らかである。)。
したがって,本件交通事故により発生したBの脳挫傷という後遺障害(症状固定日)の認定にあたっても,本件交通事故によって発生する後遺障害の発生の客観的予測性をはじめ,診療に携わった医師の判断やその後のBの症状,治療経過などを総合的に勘案して行うべきである。
イ 甲6号証(自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書)によれば,Bの後遺障害の症状固定日は平成7年10月中旬と記載されていることが認められる。しかしながら,証拠(甲16,17)によれば,C病院の担当医師は平成7年6月6日,入院中のBに対し退院を勧めたが,B本人の希望もあって介護施設であるEに対し同所での療養を申込んだこと(甲16の27頁),しかしながら,同所入所者が一杯であったことから,転院先としてD病院を勧め(甲16の25頁),これに基づいて,Bは同月9日から同年11月17日までD病院に入院したこと,さらにD病院での同年7月8日と同年10月7日の心理検査所見や医師の診断内容にはほとんど変化がないことが認められる(甲17の5,6,10及び11頁)。
以上のとおり,Bの担当医師は平成7年6月6日の時点でBに対し退院を勧めたり,介護施設であるEでの療養を申し込んでいること,またD病院での担当医師の診断内容にほとんど変化がないこと並びに脳挫傷という受傷の性質に照らせば,Bの後遺障害は,D病院に転院した平成7年6月9日の時点で,その症状が固定したものと認めるのが相当である。以上からすれば,平成7年6月9日のD病院への転院は,E同様介護を目的としたものと認めるのが相当であり,そうすると同病院での治療費等は,介護費用として後遺障害による損害と認めるのが相当である。
そうすると,争いのない事実等(3)記載のBについて生じた損害のうち,傷害分の損害は,同(3)ア(ア)(C病院治療費及び文書費用),イ(付添看護費用),ウ(入院雑費 但し,うち27日間×1300円=3万5100円の範囲),エ(入院慰謝料222万円)であり,その余は,後遺障害分の損害であると認めるのが相当である。
(3) Bの損害額は,別紙計算表のとおり傷害によるものが合計340万1167円,後遺障害によるものが合計4321万9957円となる。そして,これにつきその55パーセントをBの過失として過失相殺により減じ,これにさらに弁護士費用として41万円(傷害分が4万円,後遺障害分が37万円)を加えると,Bの損害額の合計は,傷害によるものが157万0525円,後遺障害によるものが1981万8980円となる(合計額は2138万9505円)。
(4) 控訴人が被控訴人に対して請求できる自賠責保険金額について
ア Bについて生じた損害について,被控訴人が負担すべき自賠責保険限度額が,傷害については自賠責法施行令2条1項2号イにより120万円,後遺障害による損害については,同条項2号ヘ,別表及び同条2項により2366万円(但し,後遺障害等級表2級の保険金額から既往後遺障害12級の保険金額を控除した額)に制限されることについては争いのない事実等(7)に既述したとおりである。
イ
(ア) 傷害分の損害についての控訴人の支払い
(a) C病院 109万1467円
(b) 前訴確定判決によって,控訴人の負担すべき傷害分の損害と認定された45万6587円から被控訴人の負担すべきものと認定された10万7933円を控除した残金 34万8654円
(c) 上記(b)に対する平成9年1月21日から平成11年1月13日までの年5分の割合による遅延損害金 3万4531円
(d) 前訴確定判決によって控訴人の負担すべき損害と認定されたうち上記(b)の34万8654円に対する平成7年5月14日から平成9年1月20日までの遅延損害金 2万9470円
(e) 前訴確定判決により被控訴人負担分とされた傷害分の損害金10万7933円に対する平成7年5月14日から平成9年1月20日までの遅延損害金
9121円
以上合計 151万3243円
(イ) 傷害損害についての被控訴人の支払い
(a) C病院分 109万2067円
(b) 前訴確定判決による傷害分の損害の被控訴人負担部分
10万7933円
以上合計 120万円
(ウ) 以上によれば,被控訴人は,自賠法による傷害分の損害について,既に保険金支払限度額まで支払済みであるので,これを超える控訴人 の支払分については保険金支払義務を負わない。
ウ
(ア) 後遺障害損害についての控訴人の支払い
(a) D病院分 21万1610円
(b) E分 16万2619円
(c) 前訴確定判決により被控訴人負担分とされた410万3773円の後遺障害分の損害金に対する平成7年5月14日から平成9年1月20日までの年5分の割合による遅延損害金 34万6853円
以上合計 72万1082円
(イ) 後遺障害損害についての被控訴人の支払い
(a) Bに対して,平成8年4月ころまでに1529万円,平成11年2月3日までに410万3773円及びこれに対する平成9年1月21日から支払日である平成11年2月3日まで(但し,平成11年1月31日分を除く。)の遅延損害金41万7124円の合計1981万0897円を支払った(乙1)。
(b) 控訴人に対して上記(ア)(c)の34万6853円を支払った。
(c) 被控訴人の保険金支払限度額である2366万円から以上(a)(b)の合計のうち1974万0626円(1529万円+410万3773円+34万6853円)を控除する(後記3のとおり,被控訴人がBに対し支払った(a)の遅延損害金41万7124円は被控訴人固有の遅延損害金であり,支払限度額に含まれないと解すべきである。)と,その残額は391万9374円となり,この限度で,被控訴人は控訴人が支払った後遺障害分の損害にかかる保険金を支払う義務がある。
そうすると,控訴人は被控訴人に対し,前記(ア)の合計72万1082円から既にその支払いを受けた34万6853円を控除した残37万4229円について保険金の支払いを請求することができる。
なお,このうち16万2619円については,原判決においてE分として認容されているので,当審においては,D病院分の21万1610円が認容されるべきである。
3 争点(3)について
前訴確定判決において,控訴人及び被控訴人がBに対し支払義務があると認定された傷害分の損害10万7933円について,被控訴人に,同金員に対する平成7年5月14日から平成9年1月20日までの年5分の割合による遅延損害金9121円の支払義務が存在するか否かについて検討する。
自賠責保険会社に対する遅延損害金は,被害者ないし加害者から履行の請求を受けた時から発生し,同金員は保険会社固有の債務に関して発生するものであるから,自賠責保険金支払限度額に含まれないと解すべきであるが,それ以前の被害者の加害者に対する遅延損害金(交通事故の日から発生する。)については自賠責保険金支払限度額に含めて算定されると解するのが相当である。
本件において,上記の遅延損害金は,Bの控訴人に対する遅延損害金であるから,上記遅延損害金は支払限度額に含めて算定すべきであるところ,前記2認定のとおり,傷害分の損害については既に支払限度額まで支払われていることに照らすと,被控訴人は控訴人に対し上記の遅延損害金の支払義務を負わないというべきである。したがって,原判決において上記金員について被控訴人に支払いを命じた部分は取り消されるべきである。
以上によれば,控訴人が被控訴人に対し請求できる自賠責保険金は,37万4229円であることが認められる。
第4結論
よって,原判決中,控訴人の請求について棄却した部分のうち,21万1610円について棄却した部分は相当でないから,控訴人の控訴に基づきこれを取り消し,この部分にかかる控訴人の請求を認容し,原判決中,控訴人の請求について認容した部分のうち,9121円の支払いを命じた部分は相当でないから,被控訴人の附帯控訴に基づきこれを取り消し,この部分にかかる控訴人の請求を棄却すべきであるので,原判決主文第1項を主文第1項のとおり変更することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法67条2項,64条を,仮執行宣言について同法259条1項を各適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤紘基 裁判官 遠藤真澄 裁判官 日置朋弘)
file_2.jpg別紙