仙台地方裁判所 平成13年(ワ)1152号 判決 2003年7月30日
主文
1 第一火災海上保険相互会社訴訟引受参加人損害保険契約者保護機構は、原告に対し、金2500万円及びこれに対する平成12年12月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原審の被告三井住友海上火災保険株式会社に対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は、原告と第一火災海上保険相互会社訴訟引受参加人損害保険契約者保護機構との間に生じたものは同引受参加人の負担とし、原告と被告三井住友海上火災保険株式会社との間に生じたものは、原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 甲事件
主文と同旨
2 乙事件
被告三井住友海上火災保険株式会社は、原告に対し、金3840万円及びこれに対する平成13年9月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、その経営する飲食店の店舗を火災で焼失した原告が、保険事故の発生を理由に、この店舗等を目的とする2つの損害保険の各保険者の承継人である被告らに対し、保険金を請求(付帯請求は、いずれも記録上明らかな訴状送達の日の翌日からの商事法定利率による遅延損害金である。)したのに対し、被告らが、火災は原告代表者の放火によるものとして、火災の偶然性を争い、あるいは故意による免責を主張する事案である。
1 前提事実((1)、(2)は当事者間に争いがなく、(3)、(4)は弁論の全趣旨により容易に認められる。)
(1) 保険契約の締結
ア 脱退前被告第一火災海上保険相互会社(以下「第一火災」という。)関係
原告は、平成12年2月4日、第一火災との間で、次の内容の保険契約(以下「本件第1契約」という。)を締結した。
(ア) 保険の種類 店舗総合保険
(イ) 保険の目的 宮城県牡鹿郡a町(以下「a町」という。)<略>511-2、511-14所在の原告代表者T(以下「T」という。)の経営する居酒屋「養老の瀧」(以下「本件店舗」という。)の建物(以下「本件建物」という。)
(ウ) 保険料 一時払金10万7250円
(エ) 保険期間 平成12年2月6日から平成13年2月6日16時まで
(オ) 保険金額 2500万円
イ 合併前被告住友海上火災保険株式会社(以下「住友海上」という。)関係
S(以下「S」という。)は、平成11年7月28日、被告住友海上との間で、次の内容の保険契約(以下「本件第2契約」という。)を締結したが、平成12年2月ころ、S及び原告と住友海上との間で、この保険契約の被保険者を原告とすることで合意した。
(ア) 保険の種類 加盟店総合保険
店舗住所 a町<略>511-14(本件店舗の所在地)
(イ) 保険の内容 加盟店物損害保険(以下「a保険」という。)、休業補償保険(以下「b保険」という。)、その他(本件請求と無関係の部分は、以下省略する。)
(ウ) 保険料 一時払合計金24万3010円
(エ) 保険期間 平成11年7月20日から平成12年7月20日まで
(オ) 保険金額 3840万円
a a保険
(a) 設備装置、什器、備品・看板等 3000万円
(b) 原材料・商品 30万円
b b保険
日額10万8000円、約定復旧期間3か月
(2) 火災の発生
本件建物は、平成12年2月19日午前2時10分ころ、出火により罹災した(以下「本件火災」という。)。
(3) 本件火災当時の本件建物の評価額は2500万円である。
(4) 訴訟引受等
ア 被告第一火災海上保険相互会社訴訟引受参加人損害保険契約者保護機構(以下「引受参加人」という。)は、平成13年4月2日、第一火災の債務を承継し、同年6月15日、本件訴訟を引き受けた。
第一火災は、同日、原告の同意を得て、本件訴訟から脱退した。
イ 住友海上は、同年10月1日、三井海上火災保険株式会社に吸収合併された。同会社は、同日、三井住友海上火災保険株式会社に商号を変更した(以下「被告三井住友」という。)。
2 争点
(1) 出火原因と事故の偶然性又は免責事由
ア 原告の主張
(ア) 本件火災の出火原因は不明である。
(イ) 本件第1契約及び本件第2契約(以下「本件各契約」という。)の約款では、出火に対し、被保険者に故意又は重過失が存する場合に免責されると定められているから、その立証責任は保険者側が負っている。
イ 引受参加人の主張
(ア) 本件第1契約の保険約款には、保険契約者等の故意若しくは重大な過失又は法令違反により生じた損害については保険金を支払わない旨の条項がある。
(イ) 本件火災の出火原因として現実的に可能性のあるものは、<1>たばこ、<2>電気関係、<3>放火の3つである(乙8)ところ、出火状況からみて<1>、<2>は考えにくいものであり、かつ外部の者による放火の可能性は著しく低いのに対して、内部の者による放火の可能性が最も高い。したがって、論理的な帰結として、それを出火原因とせざるをえない。
併せて、ウ(ウ)の主張を援用する。
(ウ) したがって、本件火災については、(ア)の免責事由があり、第一火災は保険金支払義務を免れる。
ウ 被告三井住友の主張
(ア) 本件第2契約a、b保険においては、保険事故の偶然性すなわち本件火災が偶然であることが保険金請求権の成立要件であって、その主張立証責任は原告にある。
(イ) 仮にしからずとも、本件第2契約a、b保険に係る保険約款には、保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人の故意若しくは重大な過失によって生じた損害、損失については保険金を支払わない旨の条項がある。
(ウ) 本件火災は、全く火源のない場所からの出火であり、しかも当該出火箇所付近からは固形燃料の成分が発見されており、本件火災の出火原因が固形燃料を助燃剤に使った放火であることが推認される。そして、本件建物の施錠状況、出火場所に最後にいた人物、本件建物を最後に退出した人物がTであること、Tには放火をする動機があったこと(本件店舗はTが経営していたが、養老の瀧女川店のフランチャイジーの権利はSが有し、建物・敷地の担保抹消資金も拠出しているなど、Sの協力なしには本件店舗の身動きがとれない権利関係になっていたところ、両者の関係はしっくりいっていなかったこと、本件店舗の売上げの見通しは低下しており、Tは本件店舗での営業に見切りをつけ、他所に2号店出店を計画していて、そのための資金が必要だったこと)からみて、放火の実行者としてはT以外に考えられない。
(エ) (ウ)によれば、本件火災が偶然であるとは認められないから、原告は保険金を請求することはできない。
仮に(ア)が認められないとしても、本件火災については、(イ)の免責事由があり、三井住友は保険金支払義務を免れる。
(2) 損害の有無及び金額(本件第2契約について)
ア 原告の主張
(ア) 本件火災により、本件建物は焼失した。
(イ) 物損害
原告は、本件火災により、本件第2契約a保険(a)、(b)の各保険金額を下らない設備装置、什器、備品・看板等及び原材料・商品の損害を被った。
動産類について具体的に算定しても、甲8ないし13(現金出納表、総勘定元帳等)のとおり、少なくとも1385万3660円になる。
(ウ) 休業補償
a (ア)の結果、原告は、今日に至るまで営業ができないでいるから、第2契約b保険により、3か月分の売上相当額の休業補償を保険金額の限度で請求できる。
b 原告の平成11年10月から平成12年1月までの4か月間の1日当たりの平均売上額は12万円から16万円であり、1日当たりの保険金額である10万8000円を下らない。
c 1か月の稼働日数は25日であるから、3か月で75日になる。
イ 被告三井住友の主張
(ア) 本件火災による原告の損害の有無、程度は争う。
(イ) 休業損失の不発生
a b保険における「復旧期間」とは、「事故による損害を受けたときからそれを遅滞なく復旧したときまで」とされ(第4条1号イ)、事故前の営業を復旧しない場合は、支払保険金額が算出されない構造になっており、かつ被保険利益も存在しないから、保険金支払義務は発生しない。
b 本件では、原告が本件火災の現場を放置し、また別の場所においても「養老の瀧 女川店」を再開していない。
したがって、原告は事故前の営業を復旧しなかったもので、被告三井住友は、原告に対し、休業損失保険金を支払う義務はない。
第3 当裁判所の判断
1 本件各契約の内容
(1) 本件第1契約の依拠する店舗総合保険普通保険約款(乙1。以下「第1約款」という。)第1章保険金の支払には、次のとおりの定めがある。
ア 第一火災は、次に掲げる事故によって保険の目的について生じた損害に対して、損害保険金を支払うとして、火災、落雷、破裂又は爆発を掲げている(第1条)。
イ 第一火災は、次に掲げる事由によって生じた損害又は傷害に対しては、保険金を支払わないとして、保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人(保険契約者又は被保険者が法人であるときは、その理事、取締役又は法人の業務を執行するその他の機関)の故意若しくは重大な過失又は法令違反を掲げている(第2条(1))。
(2) 本件第2契約の依拠するテナント総合保険普通保険約款(丙12。以下「第2約款」という。)には、次のとおりの定めがある。
ア 物損害担保条項(第1章)(a保険関係)
(ア) 住友海上は、この担保条項及び第5章一般条項の規定に従い、すべての偶然な事故によって保険の目的について生じた損害に対して、損害保険金を支払う(第1条第1甲)。
(イ) 住友海上は、次の各号に掲げる損害に対しては、保険金を支払わないとして、保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人(保険契約者又は被保険者が法人であるときは、その理事、取締役又は法人の義務を執行するその他の機関)の故意若しくは重大な過失によって生じた損害を掲げている(第2条(1))。
イ 休業損失担保条項(第2章第1節)(b保険関係)
(ア) 住友海上は、この担保条項及び第5章一般条項の規定に従い、次の各号に掲げる物がすべての偶然な事故によって損害を受けた結果、対象施設の営業が休止又は阻害されたために生じた損失に対して、保険金を支払うとして、対象施設の所在する建物等を掲げている(第1条第1項)。
(イ) 住友海上は、次の各号に掲げる事由によって生じた損失に対しては、保険金を支払わないとして、保険契約者、被保険者、被保険者でない者が保険金の全部又は一部を受け取るべき場合においては、その者又はこれらの者の法定代理人(保険契約者又は被保険者が法人であるときは、その理事、取締役又は法人の業務を執行するその他の機関)の故意若しくは重大な過失又は法令違反を掲げている(第2条(1)(2))。
(3) (1)の本件第1契約に係る保険約款(第1約款)の定めでは、事故の種類を火災、落雷、破裂又は爆発に特定した上で、これらの事故について保険金を支払う旨規定しており、これらの事故について何らの制限を付加していないから、この保険に基づき保険金の支払を請求する者は、発生した事故が火災、落雷、破裂又は爆発のいずれかであることを主張立証すれば足り、これらの事故について、被保険者の故意等を理由に保険金の支払を拒むためには、保険者(第一火災)側において、その免責事由があることにつき主張立証責任を負うものと解すべきである。
他方、(2)の本件第2契約a、b保険に係る保険約款(第2約款)の定めによれば、偶然な事故であることが保険金請求権の発生事由とさており、これらの保険に基づき保険金の支払を請求する者は、発生した事故が偶然な事故であることについて主張立証責任を負うもので、免責条項は、保険金が支払われない場合を確認的注意的に規定したに過ぎないものと解するのが相当である。
2 本件火災の原因について
(1) 本件火災の状況
証拠(甲7、乙2ないし6、8、10の1・2、11、12の1ないし11、13、14の1ないし8、丙1ないし9、13、原告代表者本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
ア 本件建物の所在・本件店舗の間取り等
(ア) 本件建物は、女川港岸壁付近の中心部繁華街の一角にある、木造一部2階建ての建物で、その全部が原告の経営する居酒屋フランチャイズチェーン養老の瀧女川店(本件店舗)として使用されていた。
(イ) 本件建物1階の間取りは概ね別紙図面のとおりであり、南側西寄りの位置に店舗入り口があり、店舗奥北側寄りの位置に襖で隔てた客室2室(東側7畳・西側9畳)が並んで配置され、厨房は店舗南側東半分の位置に置かれていた。そして、これらの間のホールにカウンター、テーブル座席が配置されていた。本件建物2階は、6畳客室2室と事務所及び更衣室であった。
(ウ) 本件店舗の出入口は、店舗の玄関、玄関東側の厨房出入口及び物置東側の出入口の3箇所である。このうち、玄関及び厨房出入口の鍵を所持していたのは、T、S及びTの内妻M(以下「M」という。)の3名のみであり、物置東側出入口は内鍵のみであった。
イ 営業状況
(ア) 本件店舗は、Mが店長を務め、原告常務取締役のSが調理を担当しており、原告代表者であるTが焼き物や調理補助等を担当していたほか、従業員としてホール係店員R(以下「R」という。)、アルバイト店員B及びCがいた。
(イ) 営業は、午後5時から午前零時までで、月曜日が定休日であった。
(ウ) 退店時間は、アルバイト店員2名が午後10時ころ、Sは閉店後の午前1時ころであり、T、M及びRの3名は閉店後の後片付け等を済ませて、午後2時半か3時ころになるのが通常であった。
ウ 当日の終業状況
(ア) 本件火災の前日である平成12年2月18日は、株式会社東北電力女川原子力発電所(以下「女川原発」という。)の送別会があり、閉店まで客で満員であった。
(イ) 当日も上記閉店時刻には客が帰り(アルバイト店員2名は既に退店していた。)、S、T、M及びRの4名は閉店後の後片付け等をしたが、Sは自分の持ち場の揚げ台と洗い物を片付けて、厨房出入口のドアを施錠し、先に帰った。
Tは、本件店舗1階北側客室のうち東7畳間(以下「本件客室」という。)で当日の売上の集計をした。通常は、店内の清掃後にMが売上の集計を行っていたが、その日はRが風邪で作業ができないので、MはRのする店の後片付けを手伝っていた。
本件客室は、Rが後片付け及び掃除をしたが、その後同室内にいたのはT1人であり、M及びRは、この時点以降同室には立ち入らなかった。
(ウ) Tが本件客室から出て、帰宅の準備を終えたとき、MとRは後片付けを終えて待機していた。
その後、通常は、上記3名で残り物や近隣のコンビニから購入した弁当を食べてから帰途につくのであるが、この日は食事をすることなしに(原告代表者本人は、Rが風邪をひいていたためと供述している。)、いつもよりも早い翌19日午前1時50分ころ店外に出た。なお、これに先だって、Tは調理場のコンロ等火の元の確認をし、Mは、厨房出入口及び物置東側出入口が施錠されていることを確認している。
店を出た順序は、MとRが外に出た後、最後にTが店内の火の元と戸締まりを順次点検して、玄関の自動ドアから出てきてシャッターを降ろして鍵をかけたものである。原告代表者本人は、自家用車を店の前に移動させるため、自分が先に店を出た旨供述するが、Mの質問調書(乙14の2)に照らしてにわかに採用し難い。
(エ) そして、Tは、自家用車にMのほかRを同乗させて、同人をそこからT宅(a町<略>)と反対方向に車で約5分の距離にあるa町<略>の同人宅に送り届け、その後さらにその先のコンビニエンスストア(セブンイレブン浦宿店)に立ち寄って弁当を買った後、引き返して、午前2時14、5分ころ本件店舗の前を通過し、同20分前後ころ帰宅した。
エ 本件火災の発生
(ア) 同日午前2時10分ころ、本件店舗から出火した。
女川消防署は、同日2時26分ころ、火災の通報を受けて至近距離にあった現場に到着し、消火活動を開始したが、本件建物は全焼し、隣接する周囲の建物5棟を類焼して、同日午前4時31分鎮火した。
(イ) 火災現場の見分では、本件店舗1階の本件客室の南東角付近から物置一帯に掛けて焼毀が強いことが認められ、出火出場時の見分でも、消防の現場到着時に本件店舗1階北東側屋根から火炎と黒煙が吹き出しており、同所の火勢が強かったことが認められることと考え併せると、出火場所は本件客室の南東角付近から物置付近の一帯と推定される。
(ウ) 本件火災後の平成12年2月21日及び同月26日の調査により、前記推定出火場所の周辺である本件客室入口敷居壁側付近ほかの同室南東側部分4カ所から採取した焼残物から、固形燃料のベースと認められるステアリン酸ナトリウム塩が検出された一方、隣室の9畳間や本件客室と壁を隔てた西側物置部分からは、検出されなかった。
原告は、この固形燃料を養老の瀧物産から仕入れて、客に提供する1人前用の鍋の料理、調理の燃料として使用していたが、この固形燃料は、日頃、本件客室の外にある棚に10袋位(1袋20個入り)をガスボンベ12本ないし18本と共に保管しており(原告代表者本人の供述にはこの点につき曖昧な部分があるけれども、供述を全体としてみれば、現場ではその保管場所を識別できたことが窺われる。)、使用の都度従業員が使用の場所に運んでいたもので、前段の場所に保管していたことはなく、誰かが移動しなければ、同所に存在するはずのないものであった。
原告代表者本人は、<1>固形燃料が熱によって気化して袋の中に充満し、破裂して拡散した、<2>ガスボンベが隣に保管されていたので、火災の熱によってガスボンベが爆発し、それによって固形燃料が拡散した、<3>火災で入り口に拡散したところを、消火した後、警察、消防又は関係者が土足で歩き回って更に拡散した、可能性がある旨供述する。しかしながら、本件火災後の見分では、上記固形燃料が保管されていた場所とステアリン酸ナトリウム塩が検出された位置との間を遮る壁が残存していたもので、証拠(丙3)に照らせば、<1><2>では説明が付かないし、<3>の具体的形跡が存在するわけではなく、かつ、これでは、上記位置以外から検出されない理由が説明できない。
(エ) 消防の出火出場時における見分では、本件店舗1階の出入口のうち、玄関と厨房の出入口は施錠されていた。また、物置東側出入口は、Mが店外に出る前に内側から施錠していた。これら以外の箇所からの侵入を疑わせるに足りる証拠はない(原告代表者の供述や甲16、17のみではこれに足りない。)。
オ その後の経過
(ア) Rは帰宅後床に就いたが、その母に起こされて本件火災を知り、T宅に電話をした。T宅では就寝していたTの母がこの電話を取り、本件火災をTに知らせた。
Tが火災現場に駆け付けたところ、燃え始めたような状態であったが、消防による消火活動の最中に火勢が強まり、結局本件建物はほぼ全焼し、更に周囲に延焼した。
(イ) 本件火災により本件建物は焼失し、本件店舗は消滅した。現在、養老の瀧女川店は、Sの経営する石巻屋が別の場所で営業しており、Tは、経営面でも、従業員としても、その営業に参画していない。
(2) 本件火災の原因
ア 証拠(乙8、9、10の1・2、11)によると、女川消防署による火災原因調査の結果は、要旨次のとおりであったことが認められる。
(ア) 本件火災の出火原因としては、たばこ、電気関係及び放火が考えられる。
(イ) しかしながら、出火場所からは灰皿やたばこの吸い殻は発見されず、本件店舗では日頃たばこの吸い殻を生ゴミと一緒に処理している状況からみて、たばこによる出火の可能性は低い。
(ウ) また、古い電気配線の絶縁劣化や家具類等重量物による圧迫、ステップル止め時の損傷、ネズミによる絶縁被覆が破損し短絡する可能性は否定できないものの、現場見分で、室内の炭化した梁には被覆が焼失した屋内電気配線に短絡痕が多数確認されていて、火災により生じた2次痕であるとみられ、他に電気関係による出火を裏付ける有力な物証は得られないことから、電気関係による出火の可能性は低い。
(エ) (1)エ(エ)からみて、外部の者が容易に本件店舗に侵入できる状態にはなかったものである。
(オ) 外部の者又は内部の者による放火と断定するには、判定材料に乏しい。
イ ア(ア)ないし(ウ)に(1)エの本件火災の発生状況を考え併せると、たばこ及び電気関係が原因とは考えられず、本件火災は放火によるものと認めるほかはない。
そして、(1)エ(イ)、(ウ)の事実に徴すると、本件固形燃料が放火の助燃剤として使用されたと認めるのが相当である。なお、ステアリン酸ナトリウム塩の検出場所は前示推定出火場所と完全に一致するものではないが、本件火災においては、この程度の相違は、以上のよう認定することの妨げとなるものとはいえない。
(3) 誰が放火をしたかについて
ア 次の事実に徴すると、Tは本件火災を引き起こすことが可能であったことが認められる。
(ア) Tは、本件客室及び本件店舗を最後に出た((1)ウ(イ)、(ウ)の事実)。
(イ) Tは本件店舗を出る前に固形燃料を出火場所に置き、これに点火する時間的余裕と固形燃料の所在の知識があった((1)ウ(エ)の事実)。
(ウ) 証拠(丙2)によれば、Tが本件店舗を出る前に固形燃料を本件客室の南東側部分付近に置き、これになんらかの方法で点火したとして、これが本件店舗に燃え広がり、火災が発見されるに至る時間的経過は合理的に説明がつかないわけではないことが認められる。
イ 他方で、(2)ア(エ)に本件火災の発生状況を考え併せると、外部の者の侵入による放火とは考えにくい(ただし、甲16、17に照らせば、その可能性を完全に否定するだけの根拠が十分とはいえない。)。
M又はRについて、本件火災の発生に関与したとみるべき根拠はない。
また、証拠(乙14の4)及び弁論の全趣旨によれば、Sは本件店舗を退店後出火した後まで、a町内の別の居酒屋で飲酒していたことが認められるから、同人が放火したとは認められない。
ウ 放火の動機について
(ア) 前示2(1)の事実に、証拠(甲1の1・2、7、丙4、10、11、原告代表者本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
a 増改築前の本件建物(旧建物)はその敷地と共に、Tの父D(以下「D」という。)の所有であった。これを増改築して本件店舗を開店したのは、平成7年5月であり、同人の死後、Tが相続により本件建物を取得したが、敷地については相続人間で折り合いがつかず、本件火災当時は、相続が未了になっていた。
本件第1契約は、旧建物についてDが掛けていた保険を、本件建物に増改築した後の平成7年9月に原告が受け継いで、1年ごとに更新してきたものであり、本件第2契約は、養老の瀧本部がそのチェーン店に対して強制的に加入させていたものの一環である。なお、本件第2契約に係る保険金は株式会社七十七銀行女川支店(以下「訴外銀行」という。)を権利者とする質権が設定されていた。
b 本件店舗はTを代表者とする原告の経営であったが、Sも常務として経営に参画しており、養老の瀧チェーンのフランチャイジーの権利はSが有していた。
c 原告は、本件店舗の開店に際して、訴外銀行から4500万円の融資を受けて本件建物を増改築した。融資の返済は15年の割賦によるものであったが、返済は滞りなく行っていた。本件火災の時点での借入残高は約3500万円である。
借入に際して本件建物とその敷地ほかの物件を担保に入れたが、敷地については、当時設定されていた先順位抵当権抹消のための資金として、SとTが500万円づつ出損した。
d a町内の飲食店は総じて不況であったが、本件店舗は本件火災の2年前から対前年比で売上が増加傾向にあった。
しかしながら、客の約2.3割は女川原発の関係者であり、その3号機の建設工事は平成12年末ころには完成する予定になっていて、その後の売上の変化は予測がつかない状態であった。
e 共同経営者のSは、本件店舗で調理と揚げ台を担当していた。Tは、Sと仕事に関して意見の相違が多々あり、石巻市蛇田に2号店を出店して、自分はその店を実質経営に専念することを考えていた(この点を具体的に説明した丙4の記載に照らせば、これを否定する原告代表者本人の供述は、にわかに採用し難い。)。新店舗の開店には約5000万円の資金が必要と見込まれていたところ、Tには手元資金はなく、その手当をした形跡もないものの、訴外銀行からは、既存債務を弁済すれば、新たな融資が受けられる状況にあった。
(イ) (ア)の事実に前示第2の1(1)の本件各契約の内容を考え併せると、Tは、経営にSとのしがらみがあり、営業の先行きが不透明な本件店舗に見切りをつけ、新店舗での単独経営を目論んでいたこと、本件各契約による保険金はそのための資金源になり得たことが認められる。
これによれば、Tには本件建物に放火する動機がなかったとはいえない。
エ 以上の点を総合考慮すると、本件火災は被保険者たる原告の代表者Tの放火による疑いが少なからず残るというべきである。
しかしながら、固形燃料を助燃材にした放火であることは推認できるものの、何をどのように使用してこれに点火し、如何なる機序と時間的経過を経て出火させたかの具体的態様は必ずしも明らかでなく、出火前のTの挙措動作がこの放火の態様と符号するかどうかは詳らかでないこと、外部の者の侵入による放火とは考えにくいけれども、その可能性を否定するだけの根拠が十分とはいえないこと、Tには本件建物に放火する動機がなかったとはいえないけれども、保険金を得るため殊更本件各保険に加入したような事情は窺われないことを考え併せると、疑いの域を超えて本件火災がTの放火によるものとまで断定するのは困難というべきである。
3 本件火災の偶然性及び免責事由について
(1) 本件第2契約について
2によれば、本件火災は被保険者たる原告の代表者Tの放火による疑いが残るから、偶然な事故によって生じたことが立証されたとはいえない。したがって、a、b各保険とも保険金請求権の発生要件を欠き、原告は本件火災による本件店舗の物損害、休業損失のいずれについても保険金の支払を請求することはできないというべきである。
(2) 本件第1契約について
他方、2によれば、本件火災は被保険者たる原告の代表者Tの放火による疑いが残るけれども、疑いの域を超えて本件火災がTの放火によるものとまで断定するのは困難であるから、本件火災による本件建物の焼失は、被保険者たる原告の代表者Tの故意によって生じたものとして本件第1契約に係る第1約款第1章第2条(1)の免責条項に該当するとはいえず、保険者は本件建物の焼失に対する保険金支払の義務を免れないというべきである。
そして、本件火災当時の本件建物の評価額が本件第1契約の保険金額である2500万円であることは、前示第2の1(3)のとおりであるから、第一火災の債務を承継した引受参加人は、原告に対し、同額の保険金を支払う義務がある。
4 以上の次第であるから、原告の引受参加人に対する請求は、理由があるので認容し、被告三井住友に対する請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないので棄却し、仮執行の宣言は相当でないので、その申立てを却下することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 信濃孝一)
(別紙)<略>