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仙台地方裁判所 平成13年(ワ)310号 判決 2003年2月25日

原告

宮 城 雅 俊

原告

吉 岡 和 弘

上記両名訴訟代理人弁護士

小野寺 信 一

松 澤 陽 明

村 松 弘 康

岩 城   穣

齋 藤 拓 生

重 村 達 郎

鈴 木   覚

原告宮城訴訟代理人弁護士

吉 岡 和 弘

同訴訟復代理人弁護士

千 葉 晃 平

被告

ケイ.エル.エム.ローヤルダツチエアーラインズ

日本における代表者

ピーターエルバース

同訴訟代理人弁護士

三 浦 雅 生

山 本   厚

古 笛 伴 雄

主文

1  被告は,原告宮城雅俊に対し,金3万1730円及びこれに対する平成12年10月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告宮城雅俊のその余の請求及び原告吉岡和弘の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,原告宮城雅俊と被告との間に生じた分はこれを9分し,その1を被告の負担,その余を原告宮城雅俊の負担とし,原告吉岡和弘と被告との間に生じた分は,原告吉岡和弘の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

1  被告は,原告宮城雅俊に対し,金30万円及びこれに対する平成12年9月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告吉岡和弘に対し,金20万円及びこれに対する平成12年9月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,被告の運行する国際線旅客機を利用して海外視察旅行に出かけた原告宮城雅俊(以下「原告宮城」という。)及び原告吉岡和弘(以下「原告吉岡」という。)が,被告が受託手荷物の同時運送義務を怠った結果,原告宮城は,往路の空港で着替えが入った手荷物を受け取ることができず,私服での視察を余儀なくされて肩身の狭い思いをし,原告吉岡は,復路の空港で手帳等が入った手荷物を受け取ることができず,帰国後の業務の予定を把握できないため支障を来すなどして,それぞれ精神的苦痛を被ったとして,被告に対し,その損害の賠償を求める事案である。

1  争いのない事実等(証拠等を掲げたもののほかは,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 被告は,航空運送事業を目的とする株式会社であり,本社をアムステルヴィーン市に置くとともに日本における代表者を定め,東京,成田,名古屋,大阪等にその支店を置くオランダ法人である。

イ 原告宮城は,東北工業大学工学部工業意匠学科第3生産技術研究室室員である(甲12)。

ウ 原告吉岡は,仙台弁護士会所属の弁護士である。

(2)  事故の発生

ア 原告宮城

(ア) 原告宮城は,平成12年9月3日から同月13日まで,宮城地域自治研究所の企画に係るイタリアの都市計画,景観・環境行政の視察を目的とする海外視察旅行(以下「本件イタリア視察旅行」という。)に参加した(甲1,12,原告宮城雅俊本人)。

(イ) 被告は,同原告ら本件イタリア視察旅行の参加者を千歳空港―アムステルダム・スキポール空港(以下「スキポール空港」という。)間往復で運送した。これに付随して,同原告との間で,同原告の手荷物(以下「手荷物A」という。)を目的地まで運送する旨の運送契約(以下「本件運送契約A」という。)を締結した。

(ウ) 同原告は,本件イタリア視察旅行の往路(同月3日),他社航空便で仙台空港を出発し,千歳空港でスキポール空港行きの被告航空機に乗り継ぐとともに手荷物Aを被告に預託した(甲1,弁論の全趣旨)。

同原告は,スキポール空港で更に同空港発ミラノ行きの被告航空機に乗り換えてミラノ空港に到着したが,手荷物Aは同空港に到着しなかった。

手荷物Aは,同月8日に滞在先のフィレンツェ市内のホテルに配送された。

(エ) 同原告は,同月7日,滞在先のイタリアで,手荷物Aが届かないことから衣類等を購入し,計12万6000リラを支払った(乙5の1及び2,11,原告宮城雅俊本人)。

イ 原告吉岡

(ア) 原告吉岡は,同年8月30日から同年9月10日まで,日本弁護士連合会消費者問題対策委員会土地住宅部会の企画に係るオランダ,デンマーク,スウエーデンの住宅事情の視察を目的とする海外視察旅行(以下「本件オランダ視察旅行」という。)に参加した(甲10,13,原告吉岡和弘本人)。

(イ) 被告は,原告吉岡ら本件オランダ視察旅行参加者を関西国際空港―スキポール空港間往復で運送した。これに付随して,原告吉岡との間で,同原告の手荷物(以下「手荷物B」という。)を目的地まで運送する旨の運送契約(以下「本件運送契約B」といい,本件運送契約A及び同契約Bを併せて「本件各運送契約」という。)を締結した。

(ウ) 原告吉岡は,本件オランダ視察旅行の復路,コペンハーゲンでスキポール空港行きの被告航空機に搭乗し,その際,手荷物Bを被告カウンターに預けた。

同原告は,更にスキポール空港で同空港発関西国際空港行きの被告航空機に乗り換え,同月10日,同空港に到着したが,手荷物Bは同空港に到着しなかった。

手荷物Bは,同月11日に同原告のもとに配送された。

(3)  原告宮城に対する補償

被告は,同年12月25日,東北海外旅行株式会社(以下「東北海外旅行」という。)を通じて,原告宮城に対し,手荷物Aの前記運送に伴う補償金として1万5000円を送金して支払った(これが示談金の趣旨か否かは,後記のとおり争いがある。)。

(4)  運送約款

被告は,旅客及び手荷物について運送約款(以下「本件運送約款」という。)を定めており,同約款には次の規定がある(乙1・訳文)。

ア 旅客は,壊れ易いもしくは変質・腐敗するおそれのある物品,貨幣,鍵,宝石類,電子機器,金属,銀食器,流通性・換金性のある物品,重要書類,証券,貴重品,医薬品,医療文書,旅券等身分を証明するための書類または見本を受託手荷物に含めることはできない(9条4項(c))。

イ 運送人は,同じ航空便で旅客と手荷物を運送するよう,一般的な努力をする義務を負う。同じ航空便で手荷物が運送されなかった場合には,適用法令により通関手続に旅客の立会いが要求される場合を除き,可能な限り早急に旅客に引き渡す(同条項(e))。

ウ 運送人の責任はいかなる状況においても証明された損害額を超える程度のものではない。運送人は,間接的,偶発的または必然的な損害に対する責任を負わない。生じたいかなる損害に関しても,本約款が例外として明記する場合を除き,条約の条項が変更なく適用される(16条1項(b))。

エ 手荷物に関する会社の責任限度は,条約が義務的な適用であるなしにかかわらず,以下のとおりである(16条3項(a))。

(ア) 受託手荷物(その一部)またはその内容品の紛失,損害,遅延の場合,1キログラムあたり計17SDRである。運送人の責任が制限されるところで金額が決定される際に考慮される重量は,該当する荷物全体の総重量だけとなる。前述に関わらず,受託手荷物またはその内容品(またはその一部)の紛失,損害,遅延が,同様に手荷物検査を受けた他の荷物の価値に影響する場合は,その荷物の総重量も責任限度額を決定する際に考慮される。

(イ) 持ち込み手荷物または他の財産については,旅客1人あたり332SDRである。

オ これらの責任制限については,損害が運送人あるいはその従業員または代理人の意図的かつ無謀,また損害発生の可能性を知りながら行われた行為または不作為が原因であること,またそのような行為または不作為が雇用条件範囲内に行われたことが証明された場合には適用されない(同条項(b))。

2  争点

(1)  債務不履行又は不法行為の成否

(2)  損害及び責任の有無

(3)  被告に過失がないか

(4)  過失相殺すべき事情の有無

(5)  責任限度額規定の適用の有無等

(6)  原告宮城と被告との間における和解契約の成否

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(債務不履行又は不法行為の成否)について

ア 原告らの主張

(ア) 被告は,本件各運送契約に基づき,原告らに対し,同じ航空便で旅客と手荷物を運送する義務(以下「同時運送義務」という。)を負っていたにもかかわらず,過失により同義務を怠ったのであるから,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償義務を負う。

(イ) 本件運送約款について

a 本件運送約款9条4項(e)は,被告が一方的に作成したもので,原告らとの間で改めて同約款に基づく合意が存在しない限り,同約款の効力は生じない。

そして,原告らが同約款の存在を知らず,また,同約款は英文が正文で理解困難であるにもかかわらず,日本人である原告らに同約款の存在を周知するための特段の配慮もなかったという事情の下では,原告らと被告との間で同約款に基づく合意があったものとはいえず,同約款の効力は生じないというべきである。

b 被告と原告らとの間で本件運送約款の効力が認められるとしても,同約款9条4項(e)前段は被告の同時運送義務を定めたものである。

同後段は,手荷物を同じ航空便で運送できなかった場合は,可能な限り早急に旅客に引き渡すという被告の対応義務を定めた規定にすぎず,同じ航空便で手荷物が運送されない場合に直ちに被告の債務不履行責任が発生することを否定する趣旨のものではない。

c 仮に同条項(e)前段が被告の同時運送義務を定めたものでなかったとしても,同条項(e)前段の一般的な努力をする義務は,「同じ航空便で旅客と手荷物を運送するよう,最善の努力を傾注する義務」を定めたものである。

同後段は,そうした最善の努力義務を尽くしたものの同じ便で運送できない事態が生じた場合には,当該手荷物を可能な限り早急に旅客に引き渡すよう最善の努力をすべき義務を負担しており,この義務を履行すれば被告は法的責任を負わないことを定めたものである。

そして,本件の事実の経過によれば,被告が同義務に違反したことは明らかである。

d 仮に同条項(e)が同時運送義務を否定し,被告の手荷物運送に関する一切の責任を免責する規定であるとすれば,同条項(e)は,次の理由により,公序良俗に反し無効である。

(a) 商法581条を合理的理由なく一方的に改変するものである。

(b) 運送人は,旅客,手荷物又は貨物の航空運送における延着から生じる損害につき責任を負うことを原則とする改正ワルソー条約(以下,国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約を「旧ワルソー条約」といい,1929年10月2日にワルソーで署名された国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約を改正する議定書(以下「ヘーグ議定書」という。)により改正された旧ワルソー条約を「改正ワルソー条約」という。)19条及び20条に抵触する不当条項である。

イ 被告の主張

(ア) 本件各運送契約の法律関係は,いずれも本件運送約款9条4項(e)の適用を受ける。

同条項(e)前段は,航空会社が公共大量輸送機関として極めて多くの手荷物の運送を受託せざるを得ないことから,個々の手荷物ごとではなく,手荷物全体に対して,通常の航空会社の一般的な扱いと同様の扱いをすれば足りることを示すものである。

同後段は,航空会社が,公共大量輸送機関としての性格及び個々の航空会社の管理外にある各国の空港の設置した手荷物配送システムを借り受けて手荷物の機内持込み及び搬出等の作業をせざるを得ないことから,旅客と同じ航空便で運送するよう努力しても,時として同じ便で運送できない事態が生じることを当然の前提として,その場合にも当該手荷物を可能な限り早急に旅客に引き渡す努力をすれば,航空会社はその責任を負わないということを定めたものである。

したがって,被告には,同じ航空便で旅客と手荷物を運送すべき法的義務(同時運送義務)はない。

(イ) 被告は,原告らの手荷物が不着であることが判明した時点から同原告らに手荷物を引き渡すべく努力し,可能な限り早急に引き渡した。

すなわち,手荷物Aについては,イタリア国内を移動中の原告宮城を追って,平成12年9月8日,同原告が滞在予定となっていたフィレンツエ市内のホテルに配送して引き渡した。手荷物Bについては,原告吉岡が搭乗した便の翌日の便でスキポール空港から関西国際空港まで輸送し,同空港に到着後直ちに航空便で仙台空港に輸送し,さらに,同空港で待機させていた宅配業者により同原告の指定した場所まで配送し,同原告が関西国際空港に到着した日の翌日である同年9月11日午後1時30分には,同原告に引き渡した。

したがって,被告は,本件運送約款9条4項(e)の義務を履行したものであるから,本件運送契約につき債務不履行又は不法行為はない。

(2)  争点(2)(損害及び責任の有無)について

ア 原告らの主張

(ア) 原告宮城

a 慰謝料 20万円

原告宮城は,手荷物A内に背広等の衣類を入れていたため,空港で手荷物を受け取れなかったことにより,被告航空機に乗ったときの短パンにTシャツという服装のまま,自治体等の視察先を訪問することを余儀なくされ,その都度,自らの服装について釈明し詫び続けなければならなかった。

また,原告宮城と同行した他の参加者も,その都度,自らが非礼をしているかのように視察先に非礼を詫び,原告宮城は同行した参加者に対しても肩身の狭い思いに終始した。

その結果,原告宮城は,視察先では可能な限り目立たぬように振舞わざるを得ず,視察先で自らが積極的に質問を発するなどの行為も控えなければならなかった。

原告宮城の上記精神的苦痛を慰謝するためには20万円が相当である。

b 弁護士費用 10万円

原告宮城は,本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人らに委任した際,着手金及び報酬として10万円を支払う旨約した。

(イ) 原告吉岡

a 慰謝料 10万円

(a) 原告吉岡は,無事に視察旅行を終えられたものと安堵感に浸ろうとしていた矢先の事故により,他の視察旅行の参加者に心配をかけ,長時間待たせるなどの迷惑をかけることになった。

また,同原告は視察団の団長役を務めており,視察先の報告書を各人が分担して作成するため,同空港内で最終ミーティングを行ったうえで解散式を行い散会する予定でいたが,かかる打合せや最後の解散式も行えず,他の参加者に多大な迷惑をかけた。

(b) 同原告は,帰国当日,飛行機で仙台空港に行き直ちに弁護士事務所において翌週の裁判に提出すべき書面を作成する予定であった。そこで,あらかじめ妻と子を同空港に出迎えさせ,同空港で妻子に土産を手渡し,妻の運転で同空港から事務所へ直行し執務をする予定であったが,関西国際空港で受け取ることができなかった手荷物Bには,パソコンの電源コード,背広,事務所の鍵,弁護士手帳,土産等が入っていたため,

① 事務所に入ることができず,帰国当日が日曜日であったことから管理人も不在であり,事務所で勤務する事務員も不在であったため,事務所の合鍵も使えず,結局,翌朝,事務員が事務所を開けるまで,事務所内への立入りができず,翌週に使用する予定の書面作成ができずに終わったばかりか,メールの開封もできないままに終始した。

② 土産を楽しみに出迎えた妻子に土産が手渡せず,子供からは不満げな態度をとられ,弁明に苦労した。

③ 弁護士手帳には帰国後の作業予定や各事件の進行内容等が書き込まれており,翌週の仕事の内容が把握できず,手荷物Bが到着するまでの間,不安な時間を送らざるを得なかった。

(c) 原告吉岡が受けた上記精神的苦痛を慰謝するためには10万円が相当である。

b 弁護士費用 10万円

原告吉岡は,本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人ら(吉岡和弘を除く)に委任した際,その着手金および報酬として10万円を支払う旨約した。

イ 被告の主張

(ア) 原告宮城について

a 原告宮城の主張する精神的苦痛は,訪問した都市で背広,ワイシャツ等必要な物品を購入できる状況にあり,かつ,同行した添乗員からも背広等の購入を勧められたにもかかわらず,あえて背広等を購入しなかったことにより生じたものであるから,手荷物の延着との間に相当因果関係はない。

b 本件運送約款16条1項(b)は,運送人の責任はいかなる状況においても証明された損害額を超えるものではなく,運送人は,間接的,偶発的又は必然的な損害に対する責任を負わない旨定めている。

その趣旨は,多様な目的の下に利用される運送サービスにおいて,ひとたび運送遅延が発生すれば,旅客等から莫大な損害賠償請求を受けるおそれがあるから,あらかじめ被告が責任を負うべき損害の範囲を条件関係のある全損害から被告にとって予測し得る範囲に限定したものである。

原告宮城の主張に係る精神的苦痛が同条項(b)の間接的,偶発的な損害に該当することは明らかである。

(イ) 原告吉岡について

a 原告吉岡の主張する慰謝料(a)は,受託手荷物の延着によって,同手荷物内の物を使用できなかったことによる損害ではないから,受託手荷物延着による損害とはいえない。

なお,未着手荷物に関する形状等の聴き取り手続に要する時間は,通常であれば10分程度である。仮に本件で長時間を要したとすれば,それは,原告吉岡が空港担当者の聴き取りに素直に応じず執拗な対応をしたためであり,同原告の主張する精神的苦痛と手荷物の延着との間に因果関係はない。

b 同慰謝料(b)について,手荷物Bは帰国の翌日には原告吉岡の手元に配送されており,かかる事情の下では,慰謝料の支払を要するほどの精神的苦痛は発生していない。

c 受託手荷物内に,事務所や自宅の鍵,弁護士手帳等の弁護士業務に支障を生じる重要な物件が入っていたとの事実は否認する。

仮にそのような事実があったとしても,受託手荷物内に上記のような紛失によって事実上甚大な被害を被るおそれのある物を入れることは一般常識に反し,その結果生じた業務上の支障等と手荷物の延着との間には因果関係はない。

また,本件運送約款9条4項(c)は,鍵や重要書類を受託手荷物に含めてはならない旨規定しており,同趣旨の警告は,航空券の裏面にも日本語で記載されている。当該定めに反して自宅,事務所の鍵や重要書類たる弁護士手帳を受託手荷物に入れたことにより生じた損害について,被告は何ら責任を負わない。

(3)  争点(3)(被告に過失がないか)について

ア 被告の主張

原告らの手荷物は,いずれも,被告が利用しているアムステルダム・スキポール空港公団の運営するスキポール空港の手荷物配送システム(以下「本件配送システム」という。)のコンピューターの処理が,予定していた旅客の急増に追いつかず,同空港において予定されていた飛行機の機内に積み込まれずに同空港に残ってしまったものである。

したがって,被告には過失がない。

イ 原告らの主張

手荷物延着の原因として被告が主張する事実関係は否認する。

仮に被告の主張どおりの事実があったとしても,そのような事態を改善するための方策を講ずることが可能であったにもかかわらず,被告はこれを怠ったまま,漫然と手荷物の運送を受託した。

したがって,被告に過失がないとはいえない。

(4)  争点(4)(過失相殺すべき事情の有無)について

ア 被告の主張

(ア) 原告宮城について

a 本件イタリア視察旅行の旅のしおり(甲1)には,手荷物の中に貴重品等を入れないよう注意書きが記されている。

したがって,原告宮城は,仮に背広が同旅行の趣旨から欠くことのできない重要な物だったのであれば,同注意書きに従って,受託手荷物に入れずに,身に付けるなり手荷物として機内に持ち込むなりすべきだったのであり,そうすれば,手荷物Aの延着に伴う原告主張のような事態は防ぐことができた。

b 一般に,航空会社は旅行の目的地における手荷物遅延の場合には,手荷物が届かないことにより生じる生活上の支障を防ぐため,内規で身の回り品等の購入費用を負担することを決めている。

東北海外旅行の添乗員は,上記航空会社の実際上の取扱いに基づき,原告宮城に対し,手荷物が延着している間,背広等必要な物品を購入するよう勧めたが,同原告はこれを断った。

同原告が主張する精神的苦痛は,同原告が,同添乗員の勧めに従って必要な物品を購入すれば十分に回避できたものである。

c 以上より,原告宮城に過失があることは明らかである。

(イ) 原告吉岡について

原告吉岡の主張する精神的苦痛は,同原告が空港担当者の聴き取りに素直に応じず執拗な対応をしたり,事務所や自宅の鍵,弁護士手帳といった,本来,受託手荷物にいれるべきでない物を入れていたという不注意に起因するもので,同原告には相当程度の過失がある。

イ 原告らの主張

(ア) 原告宮城

原告宮城は,東北海外旅行の添乗員から背広等の購入を勧められたことはない。経済的な理由から背広等を自費により購入することを躊躇したものであり,やむを得ない選択であった。

(イ) 原告吉岡

不着手荷物の形状等の聴き取りに長時間を要したのは,対応した被告職員の態度が極めて不誠実なものであったことに起因する。

(5)  争点(5)(責任限度額規定の適用の有無等)について

ア 被告の主張

(ア) 原告らの受託手荷物の運送は,本件運送約款に基づくものであるところ,同約款16条3項(a)は,受託手荷物に関する会社の責任限度額を,条約が義務的な適用であるなしにかかわらず,受託手荷物(その一部)またはその内容品の紛失,損害,遅延の場合,1キログラム当たり計17SDRと定めている。

原告らの受託手荷物は,無料手荷物許容量(エコノミークラスで20キログラム)の範囲内であるから,被告の賠償責任限度額は,340SDR(日本円で約5万3370円)である。

(イ) 仮に本件運送約款の責任限度額規定が無効であったとしても,同様の規定が改正ワルソー条約にも規定されている。

すなわち,同条約22条2項(a)は,受託手荷物に関する運送人の責任について,受託手荷物及び貨物の運送においては,運送人の責任は,1キログラムについて250フランの額を限度とすると定めている。

そして,日本は,旧ワルソー条約及びヘーグ議定書を批准しているから,改正ワルソー条約は日本の国内法的効力を有する。

したがって,被告が,原告に対して負う損害賠償責任は,同条項(a)により受託手荷物1キログラムについて250フランに制限される。

なお,上記責任制限額は,同条5項により金1キログラムについて250フランスフランとなり,1978年に国際通貨基金が金の公定価格を廃止したときの最終公定価格1オンスあたり42.22米国ドルを基準として,1キログラム当たり端数のない20米国ドルと換算される。

無料で航空機に委託できる手荷物の上限は20キログラムであることから,受託手荷物の運送についての運送人の責任限度額は400米国ドルとなる。

イ 原告らの主張

(ア) 本件運送約款16条3項(a)ついて

a 運送約款の無効

航空会社が巨大産業として経営基盤も航空業務も完璧に整備・確立された現在においても,なお,本件責任限度額規定の効力を認めるためには,企業経営上,運送人の責任を制限することの必要性及び合理性並びに運送人の責任を制限することが必ずしも旅客にとって不利ではない事情が必要である。

しかしながら,現在でも運送人の責任を制限しないと航空産業が産業として成り立たなくなることについて,統計的あるいは現実的な裏付けは一切ない。むしろ,そのような危険は,航空会社が保険に加入することで分散することができる。したがって,旅客らの負担において危険を分散する必要性,合理性はない。

また,責任限度額規定は,航空会社に受託手荷物が延着になっても責任を負うことはないという意識を生じさせ,手荷物遅配により旅客が不利益を受けていることの温床になっている。

よって,本件運送約款の責任限度額規定は,その効力を認めるべき事由を欠き,公序良俗に反するものとして無効である。

b 信義則上の周知義務違反

本件運送約款の責任限度額規定は旅客らに不利益なものである以上,被告には,旅客らに対し,その存在及びその具体的内容について十分に周知を図るべき信義則上の義務がある。

しかしながら,被告は,その航空券の裏面に責任限度額規定の存在について極めて小さい文字で記載するのみで,他に何らの周知の手段も採られていない。また,原告らのツアー参加者は,誰1人,空港でのチェックイン時において貴重品の有無を確認されなかった。

かかる事情の下では,被告は責任限度額規定の周知義務に違反しているというべきであって,信義則上,責任限度額規定の援用は許されない。

c 運送約款による責任限度額の不相当

被告約款の責任限度額は,一般常識に照らし著しく低額にすぎ相当性を欠いており無効である。

d 契約の内容にする意思の欠如

本件各運送契約の締結に際し,被告には本件運送約款又は改正ワルソー条約に規定する責任限度額規定を契約の内容にする意思はなく,原告らもその存在すら認識していなかった。

したがって,これらの責任限度額規定は本件各運送契約に係る紛争の解決基準とならない。

e 本件運送約款16条3項(b)の適用

仮に本件運送約款16条3項(a)が有効であるとしても,被告には,同条項(b)の,意図的かつ無謀または損害発生の可能性を知りながら行われた行為又は不作為があるから,同条項(a)の援用は許されない。

(イ) 改正ワルソー条約22条2項(a)について

a 本件運送約款16条3項(a)が無効である以上,これと同様の内容(責任限度額規定)である改正ワルソー条約22条2項(a)もまた無効である。

b 改正ワルソー条約22条2項(a)は,不当条項の効力を否定する消費者契約法8条1項2号により,無効である。

c 仮に改正ワルソー条約22条2項(a)の適用があるとしても,本件では,被告に受託手荷物の延着について重過失があるから,本件運送約款16条3項(b)の場合と同様,改正ワルソー条約22条2項(a)の援用は許されない。

(ウ) 精神的損害と本件運送約款及び改正ワルソー条約との関係について

仮に本件運送約款や改正ワルソー条約の責任限度額規定が適用されるとしても,精神的損害は同規定の範囲外の損害であり,法廷地法により裁判所が独自に判断すべきである。

(6)  争点(6)(原告宮城と被告との間における和解契約の成否)について

ア 被告の主張

(ア)a 被告札幌支店は,平成12年10月上旬,原告宮城から,本件イタリア視察旅行の手配を扱った東北海外旅行の担当者を通じて,手荷物延着に伴い現地で購入した身の回り品の購入等に要した費用の補償を求められた。

b 被告担当者は東北海外旅行の担当者との協議の結果,物品購入の実費にお詫びの趣旨の上乗せをした金額である1万5000円を支払うことを原告宮城に提案した。

c 被告は,同年12月21日,東北海外旅行から原告宮城の口座番号の連絡を受け,同月25日,同原告に対し,東北海外旅行を通じて,示談金として1万5000円を同原告の指定した口座に送金して支払った。

(イ) (ア)のとおり,被告と原告宮城との間には,遅くとも,同原告が東北海外旅行を通じて示談金の支払先口座を指定した同月21日までの間に,手荷物Aの延着に関する損害について和解契約が成立した。

イ 原告宮城の主張

次の事実を考慮すれば,原告宮城と被告との間に,手荷物Aの延着に関する損害について被告が主張するような内容の和解契約が成立していないことは明らかである。

(ア) 原告宮城は,被告から,送金される金額が1万5000円であることを事前に知らされていなかった。

(イ) 被告から,原告宮城に対し,1万5000円の送金で今回の手荷物遅延に係る損害の賠償問題を清算するとの説明は一切なかった。

(ウ) 原告宮城と被告との間で,1万5000円の授受に関し,清算条項を明記した和解契約書が作成されていない。

(エ) 原告宮城は,平成12年10月2日,原告吉岡から手荷物Aの延着に関し被告に慰謝料請求が可能であることを知らされ,物品購入費等とは別に慰謝料請求することを決意し,その旨を東北海外旅行の担当者に伝えて,同年12月25日,本件訴えを提起した。

第3  争点に対する判断

1  準拠法について

運送人と旅客との間の運送契約の準拠法は,法例7条1項により,まず,当事者の意思に従ってこれを定めるべきところ,本件運送約款上は特に準拠法の指定がなく,他にかかる指定や合意の存在も窺われないから,本件各運送契約の準拠法は,同条2項により,行為地(契約地)になる。

しかして,証拠(甲1,10,12,13,乙9の1・2)に弁論の全趣旨を総合すれば,本件イタリア視察旅行及び本件オランダ視察旅行は,いずれも日本において企画され,日本の旅行代理店の取扱いにより日本で往復の航空券が購入されたこと,本件各運送契約はこれに付随して締結されたものであることが認められるから,本件各運送契約の締結地は日本と認められる。

したがって,本件各運送契約に係る法律関係については,日本法が準拠法になると解すべきである。

2  争点(1)(債務不履行又は不法行為の成否)について

(1)ア  前示第2の1の事実によれば,本件運送契約Aは出発地を日本国内,到達地をイタリア国内とする航空機による受託手荷物の運送契約であり,本件運送契約Bは出発地をオランダ国内,到達地を日本国内とする航空機による受託手荷物の運送契約である。

日本,オランダ及びイタリアはいずれも旧ワルソー条約及びヘーグ議定書を批准している。

したがって,本件各運送契約は,いずれも出発地および到達地が2の締約国の領域にある航空機による受託手荷物の運送契約として改正ワルソー条約1条2項前段の国際運送に該当し,各契約の法律関係についてはそれぞれ改正ワルソー条約が適用される。

そして,改正ワルソー条約が国際航空運送の条件を統一的に規制することを目的として規定されたものであり,同条約中には法廷地の法律に従って判断すべき場合があることを想定した規定があることを併せ考慮すると,改正ワルソー条約は同条約1条及び2条に該当する国際航空運送の法律関係について直接に適用されるものと解するのが相当である。

イ 前示第2の1の事実によれば,被告は,旅客及び手荷物について本件運送約款を定めている。

改正ワルソー条約23条1項は,運送人の責任を免除し,又はこの条約で定める責任の限度よりも低い限度を定める約款は無効とする旨規定している。

したがって,本件各運送契約には,同条約に抵触しない範囲で本件運送約款が適用される。

ウ 原告らは,同約款は被告が一方的に作成したものであって,原告らとの間で改めて同約款に基づく合意が存在しない限り,同約款の効力は生じないと主張する。

しかしながら,同約款のような運送約款が付された運送契約を締結するに際し,当事者双方が特に運送約款によらない旨の意思を表示しないで契約を締結したときは,反証のない限り,その約款による意思をもって契約をしたものと推定される。

そして,証拠(甲12及び13,原告宮城雅俊本人,原告吉岡和弘本人)によれば,原告らは,それぞれ,特に本件運送約款によらない旨の意思を表示することなく本件各運送契約を締結したことが認められるから,同契約の締結に当たり,同約款による意思で契約を締結したものと推定される。

したがって,原告らの主張は採用できない。

(2)ア  改正ワルソー条約は,運送人は手荷物の航空運送における延着から生ずる損害につき責任を負うものとし(同条約19条),手荷物についての損害については,運送人は,運送人並びにその使用人及び代理人が損害を防止するために必要なすべての措置を採ったこと又はそのような措置を採ることが不可能であったことを証明する場合には,責任を負わないものとしている(同条約20条)。これは,運送人に無過失であることの立証責任を負わせたものである。

他方,本件運送約款9条4項(e)は,「運送人は,同じ航空便で旅客と手荷物を運送するよう,一般的な努力をする義務を負います。同じ航空便で手荷物が運送されなかった場合には,適用法令により通関手続きに旅客の立ち会いが要求される場合を除き,可能な限り早急に旅客に引き渡します。」と規定する。

同約款の文言を,同条約よりも運送人の責任を軽減するものとして解釈すれば,同約款は同条約に抵触して無効となるから,その文言が同条約との関係でどのような趣旨を有するか問題となる。

イ  改正ワルソー条約19条について,旅客とその手荷物を全く同一の航空便で輸送しなければ直ちに延着に該当すると解すれば,旅客の損害が受忍の限度を超えない些細な遅延の場合にも,逐一,被告にその損害を賠償する義務が発生することになり,そのような解釈は,航空会社が日常的に大量の旅客とその手荷物の運送を引き受けていることを考えると,航空会社とその旅客との力関係の差を考慮してもなお公平を欠く。

同条約20条が,航空運送に固有の危険に鑑み,これによって発生した損害について運送人の責任を制限するとともに,無過失であることの立証責任を運送人に負わせたのは,これによって,運送人の利益の保護と荷送人の利益の保護との調和を図ろうとしたためである。

以上の観点に照らせば,同条約19条は,受託手荷物が同じ航空便で運送されることまで求めているものと解することはできない。

ウ  本件運送約款10条1項によれば,運送人は合理的な範囲内で旅客又は手荷物を旅行日において有効なスケジュールどおりに運送することに最大限努力をすることとされ,同約款9条4項(e)によれば,運送人は同じ航空便で旅客と手荷物を運送するよう一般的な努力をする義務を負い,同じ航空便で手荷物が運送されなかった場合には,可能な限り早急に旅客に引き渡すこととされていることに鑑みれば,本件運送約款は,旅客と手荷物の所在,両者の地理的関係,その地域における航空機の運航状況その他の交通事情,航空会社の運送処理体制等に照らして,客観的に相当な期間を超えて運送された場合にこれを免責する趣旨とは解されず,同条項(e)は,上記のような客観的に相当な期間を超えて運送された場合には,運送人としての責任を負うことを規定したものと解するのが相当であり,上記のような客観的に相当な期間を徒過した場合に,同条約20条の免責要件が存在しないにもかかわらず,運送人が責任を免れる趣旨の条項ではないというべきである。

このように解釈する限り,同約款9条4項(e)は,同条約19条及び同20条違反として無効となるものではない。

エ この点,被告は,同約款9条4項(e)は,航空会社が,大量の旅客とその手荷物の運送を引き受けていること及び個々の航空会社の管理外にある各国の空港の設置した手荷物配送システムを借り受けて手荷物の機内持込み及び搬出等の作業をせざるを得ないことから,旅客と同じ航空便で運送するよう努力しても,時として同じ便で運送できない事態が生じることを当然の前提として,その場合にも当該手荷物を可能な限り早急に旅客に引き渡す努力をすれば,航空会社はその責任を負わないという趣旨の規定であると主張する。

しかしながら,前示イの同条約20条の趣旨に鑑みれば,これを潜脱するような解釈は許されない。

したがって,被告の主張は採用できない。

オ 他方,原告らは,同条項(e)の前段は,被告が,原告らに対し,同時運送義務を負うことを定めたものであり,同後段の規定は,同じ航空便で手荷物を運送できなかったという債務不履行があった場合において,可能な限り早急に旅客に引き渡すという被告の対応義務を定めた規定にすぎず,同じ航空便で手荷物が運送されない場合に直ちに被告の債務不履行責任が発生することを否定する規定ではないと主張する。

しかしながら,旅客とその手荷物を全く同一の航空便で輸送しなければ直ちに延着になると解することができないことは前示イのとおりであるから,原告ら主張のような解釈は採用できない。

カ  以上より,旅客と手荷物の所在,両者の地理的関係,その地域における航空機の運航状況その他の交通事情,航空会社の運送処理体制等に照らして,旅客が運送された時から客観的に相当な期間を経過して手荷物が運送された場合には,被告は債務不履行責任を負うが,運送人が無過失であることを立証したときは責任を免れることになる。

もっとも,手荷物を預託した旅客は,当該手荷物が旅客と同時に運送されることを期待し,これを前提にして目的地到着後の行動を予定するのが通常であるから,同時に運送されなかったのが運送人の故意又は重過失による場合には,信義則上,客観的に相当な期間の経過の有無を問わず当該手荷物が旅客と同時に運送されなかったことによる損害について責任を負うと解するのが相当である。

(3)  以上を前提に,手荷物A及びBの運送が客観的に相当な期間内になされたか否かについて検討する。

ア 原告宮城について

(ア) 航空運送においては,自然的障害のほか,国家の行為その他人為的な理由により,しばしば他律的に運行予定を変更することを強いられることがあるから,航空運送の安全の観点を考慮して合理的かつ相当な期間を解釈すべきである。

しかしながら,受託手荷物の同時運送については,延着についてこのような事情は通常考えられず,旅客が旅行先で手荷物の中に入っている物を利用することを期待してしかるべきものであるから,これを踏まえて合理的かつ相当な期間を解釈するのが相当である。

(イ) 前示第2の1の事実に,証拠(甲1,12,乙11,証人青山拓嗣,同野坂泰樹,原告宮城雅俊)を総合すれば,次の事実が認められる。

a 本件イタリア視察旅行は,イタリアの都市計画,景観・環境行政の視察を目的とするものであり,東北海外旅行の取扱いにより,平成12年9月3日から同月13日まで計11日間の日程で行われた。

b 計11日間の日程のうち,第2日目,第3日目を含む4日間において,行政機関の担当者との懇談等の視察調査が予定されていた。

c 手荷物Aの不着は,同月3日,往路のミラノ空港で発生した。

d 手荷物Aには,原告宮城が視察調査の際に着用する予定の背広や下着等の衣類が入っていた。

e 手荷物Aは,同旅行6日目の同月8日,原告宮城の滞在先のフィレンツェ市内のホテルに配送された。

f 現在に至るまで,手荷物Aの延着の原因は不明である。

(ウ) 手荷物Aの延着の原因は不明であるが,少なくとも,原告宮城の責めに帰すべき事由は見当たらないし,本件イタリア視察旅行の趣旨・目的に照らせば,原告宮城がその内容物である背広等を旅行先で利用することを期待していることは客観的に明らかである。

そして,同原告がイタリア国内を移動していたとしても,旅行代理店の企画に係る旅行であり,被告において同原告の滞在先を把握することは容易である。他にオランダとイタリアを結ぶ飛行機の本数が極端に少なく,また,イタリア国内の交通網が未発達であるなどの事情も認められない。

さらに,手荷物Aの配達は,同旅行の11日間の日程のうち,既に6日目であった。

これらの事情を総合すれば,手荷物Aは原告宮城がミラノ空港に到着した日の翌々日には配達されてしかるべきであって,上記の延着は,既に客観的に相当な期間を超えているものと認められる。

したがって,被告は,原告宮城に対し,手荷物Aの延着について債務不履行責任を負うというべきである。

イ 原告吉岡について

(ア) 前示第2の1の事実に,証拠(甲1,12,乙9の3,11,証人青山拓嗣,同野坂泰樹,原告吉岡和弘)を総合すれば,次の事実が認められる。

a 平成12年9月9日,原告吉岡の搭乗した被告航空機の経由地であるスキポール空港において,同航空機の離陸後,同原告の手荷物Bが同空港に積み残されていることが発覚した。

被告は,手荷物Bを,翌日の同じ被告航空便で関西国際空港まで運送することとした。

b 同日夜,スキポール空港の被告担当者から関西国際空港の被告担当者あてに,aの事実の連絡があった。

c 翌10日の朝,同原告の搭乗した航空機が同空港に到着した。

d 手荷物Bは,同日,スキポール空港発関西国際空港行きの被告航空機に搭載され,翌11日の朝,同空港に到着した。

e 被告は,同空港に到着した手荷物Bを,同日午前11時発の他社航空便で仙台空港まで配送するとともに,同空港に宅配業者を待機させておいて,同空港に到着した手荷物Bを直ちに同原告の事務所まで届けた。手荷物Bは,午後1時30分には同事務所に到着した。

(イ) 手荷物Bの延着は,予定していた旅客の急増に本件配送システムのコンピューターの処理が追いつかず,スキポール空港に残ってしまったことによるものであるが,発生したのは帰路の関西国際空港である。

そして,被告は,スキポール空港にて手荷物Bの積み残し発覚後,同手荷物を,翌日の同じ航空便で関西国際空港に配送し,同空港から更に他社航空便及び宅配業者を利用して,同原告が仙台に到着した翌日の午後には,同原告の下に届けている。

これは,国際線の運行本数及び関西国際空港と同原告の住所地(仙台)との距離関係を考慮すれば,被告としては,通常採り得る手段を尽くして手荷物Bを原告吉岡の下に届けたものと評価することができる。

以上を踏まえれば,原告吉岡に対する手荷物Bの運送は,客観的に相当な期間を超えているものと認めることはできない(手荷物の延着を前示のように解すべきものとすれば,乗客は必ずしも預託した手荷物が自らの搭乗した航空便と同時に運送されないことを予想すべきものであって,原告吉岡が関西国際空港到着の翌日まで手荷物Bを受け取ることができず,これによってその業務上支障を生じたからといって,その配達が客観的に相当な期間を徒過したものということはできない。これは,本件運送約款による受託手荷物の除外品目の規定が乗客に周知されていたか否かにかかわらない。)。なお,前示の事実からは,手荷物Bが同時に運送されなかったのが被告の故意又は重過失に基づくものと認めるのも困難である。

したがって,被告は,原告吉岡に対して,手荷物の延着責任を負わないというべきである。

(4)  不法行為責任について

手荷物の延着の場合に被告が負う責任は,本件各運送契約からはじめて発生するものであり,同契約を離れて,一般的に延着を生ぜしめてはならないという義務まで被告に認められるわけではない。

本件では,被告従業員の何らかの違法行為によって手荷物A及びBの延着が生じたという具体的事実の主張がない。

したがって,被告は,手荷物A及びBいずれの延着についても不法行為責任を負うものではない。

3  争点(2)(損害及び責任の有無)

原告宮城について検討する。

(1)  積極損害について

前示第2の1の事実によれば,原告宮城は,平成12年9月7日,滞在先のイタリアで,手荷物Aが届かないことから衣類等を購入し,計12万6000リラを支払っている。

証拠(乙11)によれば,これは,平成12年12月22日時点で日本円に換算すると約6730円であると認められるから,衣類等の購入にかかった損害額は6730円とするのが相当である。

(2)  慰謝料について

ア 証拠(甲1,12,原告宮城雅俊本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) 原告宮城は,手荷物A内に背広等を入れていた。

(イ) 同原告は,空港に到着後,手荷物Aが運送されるまでの間,イタリアシルク協会,ミラノ市役所,ラベンナ市役所,ボローニャ市役所を視察した。

(ウ) (イ)の視察中,同原告は,他の参加者が正装である中,同原告だけが短パンにTシャツという軽装で視察先を訪問することを余儀なくされ,その都度,自らの服装について釈明し詫び続けなければならなかった。

(エ) 同原告は,平成12年9月7日,添乗員に勧められて下着等を購入するまでの間,同じ服を着続けることを余儀なくされた。

以上により同原告が被った精神的苦痛を慰謝するためには4万円が相当である。

イ 被告は,同原告は,同行した添乗員から背広等の購入を勧められたにもかかわらず,あえてこれを断ったのであるから,手荷物Aの延着と同原告が被った精神的苦痛との間に相当因果関係がないと主張するが,同行した添乗員が同原告に背広等の購入を勧めた事実を認めるに足りる証拠はなく,被告の主張は採用できない。

ウ 被告は,同原告の被った損害は,本件運送約款16条1項(b)の間接的,偶発的な損害に該当し,被告は責任を負わないと主張する。

しかしながら,同原告の被った損害は,手荷物Aの延着により直接的かつ必然的に発生したものというべきであり,被告の主張は採用できない。

(3)  弁護士費用について

被告が原告宮城に対して負う責任は,本件運送契約Aの法律関係に基づき発生した債務不履行の責任であり,被告の故意,過失に基づく不法行為責任ではない。

しかして,原告宮城の主張する弁護士費用の支出負担を被告の債務不履行と相当因果関係ある損害と認めることはできないから,この損害の主張は採用し難い。

4  争点(3)(被告に過失がないか)について

被告は,手荷物Aの延着は,いずれも,予定していた旅客の急増に本件配送システムのコンピューターの処理が追いつかず,スキポール空港において予定されていた航空機の機内に積み込まれずに残ってしまったものであるから,被告には責任がないと主張する。

しかしながら,証拠(乙9,証人野坂泰樹)及び弁論の全趣旨によれば,手荷物Aの延着の理由は詳らかでないが,本件配送システムの不具合(ベルトコンベアへの登載もれ,行き先バーコードの読み取りの誤り等)による可能性が排除できないことが認められる。そして,被告は,自己の運送契約上の債務の履行の手段として同システムを利用しているのであるから,同システムの不具合により積み残しが発生した疑いが残る以上,被告を無過失とすることはできない。さらに,手荷物Aが客観的に相当な期間内に原告宮城に配達されなかったことについて被告の責に帰すべからざる事由があることの主張立証はない。

したがって,被告の主張は採用できない。

5  争点(4)(過失相殺すべき事情の有無)について

(1)  被告は,本件イタリア視察旅行の趣旨,目的から,仮に背広が欠くことのできない重要な物だったのであれば,原告宮城は,背広を貴重品として受託手荷物に入れずに機内に持ち込むべきであったと主張する。

しかしながら,過失相殺すべき事情としての貴重品か否かの判断は,一般的,客観的な見地から判断すべきものであって,単なる旅客の主観や旅行の目的によって左右されるべきものではない。このことは,本件運送約款9条4項(c)が,受託手荷物に含めることができないものとして,貨幣,宝石,流通性・換金性のある物品や,鍵,身分証明書等と並んで貴重品を列挙していることからも明らかである。

そして,背広が一般的,客観的に受託手荷物に入れることができない貴重品に当たるとはいえない。

したがって,被告の主張は採用できない。

(2)  被告は,一般に,航空会社は手荷物延着の場合は内規で身の回り品等の購入費用を負担することを決めており,東北海外旅行の添乗員もこの内規により,原告宮城に対し,背広等必要な物品を購入するよう進めたが,同原告がこれを断ったと主張する。

しかしながら,仮にかかる内規が存在したとしても,東北海外旅行の添乗員が同内規に基づいて背広の購入まで勧めたことを示す証拠はないし,同原告が,被告の内規により下着等のみならず背広の購入費まで後に補償されることを知っていたとみるべき証拠もない。

したがって,被告の主張は採用できない。

(3)  以上より,原告宮城に過失相殺すべき事情はない。

6  争点(5)(責任限度額規定の適用の有無等)について

(1)ア  本件運送約款16条3項(a)は,手荷物に関する被告の責任限度を,受託手荷物(その一部)またはその内容品の遅延の場合,1キログラムあたり計17SDRと規定している。

本件の場合,無料で航空機に委託できる手荷物の上限は20キログラムであるから,同約款によれば,被告の責任限度額は340SDRであり,これを本件口頭弁論終結時である平成14年9月24日を基準時として日本円に換算すると,その換算基準は1SDR当たり161.729円となる(乙19)ので,合計5万4987円となる。

イ 本件において原告宮城に認められる損害の額は次のとおりである。

(ア) 衣類等の購入費 前示3(1)のとおり6730円。

(イ) 慰謝料の額 前示3(2)のとおり4万円。

(ア)(イ)の合計は4万6730円であり,上記責任限度額以下であるから,同条項(a)の適用は問題とならない。

(2)ア  被告の損害賠償債務は期限の定めのない債務であり,証拠(乙4,証人青山拓嗣)によれば,原告宮城は,被告に対し,遅くとも平成12年10月10日,手荷物Aの延着に係る損害賠償の請求をしたものと認められるから,被告の損害賠償債務はその翌日である同月11日より遅滞に陥ったものというべきである。

イ 遅延損害金は,金銭債務につき履行遅滞にある債務者に対し,その遅滞を要件として本来の債務に加えて課される遅延賠償の一種であるから,改正ワルソー条約の責任制限規定の適用を受けないものと解するのが相当である。

ウ 以上より,被告は,民法419条により,同日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を付加して支払う義務がある。

7  争点(6)(原告宮城と被告との間における和解契約の成否)について

(1)  前示第2の1の事実に,証拠(甲12,13,乙4,5の1・2,6,7,11,証人青山拓嗣,同野坂泰樹)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。

ア 原告宮城は,平成12年9月13日の帰国の際,仙台空港で,東北海外旅行の添乗員相澤弘徳(以下「相澤」という。)に対し,被告に対する補償を求める趣旨でイタリアで衣類等を購入した代金12万6000リラの支払に係る領収書を手渡した。

イ 同原告は,同年10月2日,弁護士である原告吉岡と会い,手荷物Aの延着につき,被告に対し,損害賠償を求める訴えを提起する意思を固めた。

ウ 原告宮城は,同年12月12日,相澤の求めに応じ,同人に対し,アの衣類等の購入費用を被告から送金させるため口座番号を教えた。

エ 東北海外旅行従業員の海上純は,被告に対し,上記口座番号を伝えた。

オ 同原告は,同月25日,本件訴えを提起した。

カ 被告は,同月29日,東北海外旅行を通じて,同原告に対し,アの支払分等の補償にお詫び金を上乗せする趣旨で計1万5000円を送金して支払った。

キ 同原告と被告との間に直接交渉はなく,カの支払について示談書は作成されていない。

(2)  以上の事実を総合すれば,同原告が(1)カの1万5000円について特段異議を述べることなく受領したとしても,これをもって,手荷物Aの延着に関し,被告に対する損害賠償請求を放棄する意思を有していたものとまでは認められない。

したがって,同原告と被告との間に,手荷物Aの延着に関する損害賠償につき和解契約が成立したものとは認められない。

(3)  以上より,(1)カの1万5000円は損害賠償の内金として支払われたものとみるべきであり,原告宮城の損害額合計4万6730円(衣類等の購入費6730円と慰謝料の額4万円の合計)から既払金1万5000円を控除した残金3万1730円が本件における認容額となる。

8  結論

以上の次第であるから,原告宮城の請求は3万1730円及びこれに対する請求の日の翌日である平成12年10月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余の請求及び原告吉岡の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 信濃孝一, 裁判官 岡崎克彦, 裁判官・寺田利彦)

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