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仙台地方裁判所 平成13年(ワ)857号 判決 2002年3月14日

原告

甲山太郎

同訴訟代理人弁護士

松下明夫

小関眞

阿部潔

第1584号事件被告

乙川春子

(以下「被告乙川」という。)

第1584号事件被告

丙原夏子

(以下「被告丙原」という。)

第857号事件被告

丁田秋子

(以下「被告丁田」という。)

被告ら訴訟代理人弁護士

水谷英夫

小島妙子

半澤力

門間久美子

松井恵

内藤千香子

井野場晴子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1) 被告らは、原告に対し、連帯して金500万円及びこれに対する平成10年12月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2) 被告らは、原告に対し、別紙の「謝罪文」を、河北新報朝刊社会面下段広告欄に、2段組・12センチメートルのスペースで1回掲載せよ。

(3) 訴訟費用は被告らの負担とする

(4) (1)につき、仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第2  当事者の主張

1  請求原因

(1) 当事者等

ア 原告は、××大学(以下「本件大学」という。)△△学部▲▲学科の教授であった。

イ 本件大学の副手であった戊島冬子(以下「戊島」という。)は、平成10年1月29日、原告から強姦されたと主張して、原告を相手方とする損害賠償請求訴訟(仙台地方裁判所平成10年(ワ)第73号。以下「別件訴訟」という。)を提起した。

(2) 本件配布行為

ア 被告らは、「仙台性暴力裁判原告支援者の会」発行のパンフレット「こすもす№2」(甲1の1及び2。以下「本件パンフレット」という。)の発行責任者として、本件パンフレット紙上に下記の記事(以下「本件記事」という。)を掲載し、平成10年12月14日、本件大学内において、100部以上を頒布した(以下「本件配布行為」という。)。

被告(注・本件訴訟における原告を意味する。)の人間として、最低の行為である今回の事件に対して本大学の学生である私は未だ怒りのおさまらぬ中、新たに発覚した被告による数々のセクシャル・ハラスメントについて私はここで全て暴露したい。

①  被害を受けたのは、▲▲学科の女子生徒で大学祭の打ち上げに誘われその飲み屋で突然起こった。数人の生徒を前に酔っぱらった被告は学生たちの男女交際についてうるさく語り始めた。男女関係についての話ということで盛り上がっている中、被告は1人の女性(Aとしておく)に近づき、こう言ったのである。「Aはかわいいから俺はお前を犯したい」、そばにいた友人たちが間に入り止めてくれたが、Aは恐怖とあまりの不愉快さに腹が立ち、それ以来被告に近寄らず、話もしていない。

②  またその場に友人とたまたま飲みにきた女子生徒も、彼氏の悪口をさんざん言われたあげく、会計の際近づいてきた被告に「お前はかわいいな」と言いながら、抱きつかれ楽しい飲み会のはずが大変気分を悪くして帰宅することになった。

これらは全て8月の事件後に被告によって行われたことである。

③  私自身同じ時期に被告に身に覚えのないことで、犯人扱いされ怒鳴られ不快な思いにさせられた。

④  アルコールが入った際、態度が変貌するのは女子生徒に限ったことではない。女子生徒へのセクハラという形から暴力といった形で教師たちにも行われていた。

自分の思い通りにするためには、権力も暴力も使うといった被告の行為や態度や発言は教育者としてだけではなく、人間として最低と言える。

(文中の下線<編注 破線として表記>及び①ないし④の番号は、本判決における引用の便宜上付記したものであり、以下においては、下線<編注 破線として表記>部分を「本件記事①」のように表示する。)

イ 被告らの本件配布行為は、公然事実を摘示し、原告の名誉を毀損するものである。

(3) 損害

ア 原告は、被告らの本件配布行為によって、重大な精神的苦痛を被った。

イ これを金銭をもって慰謝するには、500万円が相当である。

ウ さらに、原告が失われた名誉を回復するためには、請求の趣旨(2)記載の謝罪広告が是非とも必要である。

(4) よって、原告は、被告らに対し、

ア 不法行為による慰謝料500万円及び本件不法行為の後である平成10年12月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払

イ 名誉回復措置として請求の趣旨(2)記載の謝罪広告の掲載を求める。

2  請求原因に対する認否

(1) 請求原因(1)(当事者等)は認める。

(2)ア 同(2)(本件配布行為)アのうち、部数は否認し、その余は認める。部数は約100部である。

イ 同(2)イは争う。被告らは、本件パンフレットを学生らに対して配布して閲覧に供した後、これを回収する方法を採った。

(3) 同(3)(損害)は否認する。

3  抗弁

(1) 公共の利害に関する事実

ア 私人の私生活上の行状であっても、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度等のいかんによっては、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として、公共の利害に関する事実に当たる。

イ 原告は、本件記事において指摘された行為の当時、本件大学の教授であり、かつ、学生部長の地位にあった。

ウ 本件記事①ないし④は、いずれも原告の教育者としての適格性に関する事実についてのものであり、原告の教育者としての活動に対する批判ないし評価の一資料となるものである。

特に、大学教授が女子学生との酒席で「お前を犯したい。」と言ったり、抱きついたことに関する本件記事①及び②が公共の利害に関する事実についてのものであることは、明らかである。

(2) 公益を図る目的

A(以下「A」という。)を含む本件大学の学生の有志及び被告らは、戊島の別件訴訟を本件大学内で支援し、それを通じて本件大学等からセクシャルハラスメントを根絶するための活動をしており、それ自体公益性を有する。本件配布行為もその一環であり、原告による戊島以外の者に対するセクシャルハラスメントを明らかにして原告の大学教官としての適格性を問題とすることは、本件大学等の多数の利益を図る意図によるものとして公益を図る目的を有する。

(3) 本件記事①及び②の真実性

ア 本件記事①の事実

原告は、平成8年10月下旬ころ、仙台市泉区にある居酒屋「酔虎伝」(以下「本件居酒屋」という。)において、本件大学の女子学生B(以下「B」という。)を含む大学祭の実行委員会のメンバー7名を慰労するため、コンパ(以下「本件コンパ」という。)を開催した。宴が最も進んだころ、酩酊した原告は、学生間の男女交際の話題に言及していたが、Bに対し、「Bはかわいいから俺はおまえを犯したい。」と発言した。これに対し、Bは驚いたが、笑顔でごまかした。同席した他の学生たちも原告の発言に驚いたが、そのうちの1人が、「先生、Bちゃんはだめですよ。」とたしなめたので、その場は収まった。

イ 本件記事②の事実

C (以下「C」という。)は、本件コンパが行われた日、本件居酒屋に飲みに行ったところ、本件コンパの参加者と一緒になった。宴が進んだころ、原告が、Cに対し、「どうしてあんな奴と付き合っているんだ。」と言い出したので、Cは、非常に不快感を感じた。その後、Cが、会計を済ませるためにレジに並んでいると、前方から原告がCに抱き付き、「Cはかわいいなあ。」と発言した。

ウ 真実であること

本件記事①及び②は、本件大学の学生部長であったD助教授(以下「D助教授」又は「D」という。)が別件訴訟で提出した陳述書(甲6)等に基づき作成されたものである。D助教授は、原告からセクハラ行為を受けた旨申告してきたB及びCから、直接事情を聴取して上記陳述書を作成した。その後、D助教授は、平成12年5月以降、B及びCに会い、被害状況を再度確認した。

(4) 本件記事③の真実性

ア 本件記事③の事実

(ア) Aは、平成8年10月、本件大学の大学祭において、大学祭スタッフを務め、学生ホールで行われた大学祭終了後の打ち上げ会に参加し、その場にあったカラオケで歌った。

(イ) 翌日、原告は、学生ホールにおいて、Aを呼び止め、「A、お前が持ち込んだカラオケのせいで学生ホールはメチャメチャだ。」と怒鳴り、叱責した。

(ウ) このカラオケ機材は、大学祭イベント「カラオケ大会」のために大学祭実行委員会企画班が用意したもので、Aが持ち込んだものではなかった。

イ 真実であること

この事実が真実であることは、Aの陳述書(乙9、23)により明らかである。

(5) 本件記事④の真実性

ア 本件記事④の事実

本件大学の講師であったE(以下「E講師」又は「E」という。)は、平成8年8月7日、自分の研究室で同僚らと飲酒しながら懇談していたが、そこに原告が加わり小宴会が始まった。原告は、「私から見れば他の教員など大した作品を作っているわけではない。」「ゼミ人数を比較しても分かるとおり、何といっても▲▲学科では我が版ゼミに勝るものはない。」等と自慢話を始めた。E講師は、原告の余りの傲慢さに腹が立ち、「今まであなたに学生指導等が昇格のポイントになると言われ続けてきたが、今度の自分が昇格することはあなたの力ではない。あなたは自分の利益のために私を利用してきただけだ。」「あなたは自惚れが強く、威張っているだけにすぎない。」等と反論した。原告は、E講師の言動にいきり立ち、E講師の手や腕をつかみ、殴る蹴るの暴力行為に及んだ。

イ 真実であること

E講師は、本件大学当局が原告の戊島に対する強姦について、戒告という軽い処分にとどめたことから、原告が大学教授として復帰することが本件大学の維持・発展にとってマイナスになると考え、理事会における今後の議論の参考に供するため、平成9年2月6日、自己の受けた上記アの被害について本件大学当局に申告した(乙7の2)。

また、E講師は、別件訴訟の控訴審において、同様に陳述書を作成して提出した(乙6、7の1)。

(6) 真実であると信じるについての相当の理由

本件記事の作成者は、Aであるが、Aは、平成10年11月下旬ころ、戊島から、自分以外にも原告からセクハラの被害に遭っている学生がいると言われ、さらに、別件訴訟において書証として提出された陳述書(甲6)を見せられた。さらに、Aは、学内でD助教授に会い、被害に遭った2人の女子学生に直接話を聞いて陳述書を作成したのか否かを確かめ、直接会って話を聞いた旨の返答を得、その後、陳述書を見せてもらった。そこで、Aは、陳述書の内容が真実であると確信した。

被告乙川は、本件記事の最終稿をチェックした。被告乙川は、本件記事の内容が戊島以外の者に対するセクハラに関するものであったことから、戊島に対し、本件記事の内容の真偽を確かめたところ、戊島から、「別件訴訟において既に書証として提出している陳述書(甲6)の内容と同じであるので間違いない。」「陳述書は同大学のD先生が作成したものであり心配ない。」旨の説明を受けた。その結果、本件記事①及び②の内容が真実であると信じて、「こすもす№2」を発行することとした。

4  抗弁に対する認否

(1) 抗弁(1)(公共の利害に関する事実)のうち、ア、イは認め、ウは否認する。

原告と戊島との男女関係は、大学とは全く関係のない場所で、プライベートな時間に、かつ、戊島自身も原告に対して好意を抱いていた中で行われたものであって、プライバシーに属する。また、戊島が原告となった別件訴訟の実態は、原告が戊島に対して強姦など働いていないにも関わらず提起された冤罪事件であって、戊島側に立ってこれを支援し、原告を強姦犯人に仕立て上げるチラシを大量に頒布することは、公共の利害に関するものではない。

(2) 同(2)(公益を図る目的)は否認する。

「こすもす」は、戊島の性被害に関する別件訴訟を支援するという私的な目的を有する表現物である。しかも、その真の目的は、原告に対する人格攻撃を行って原告を本件大学から放逐することにあり、およそ公益を図る目的を有しない。

(3)ア 同(3)(本件記事①及び②の真実性)アのうち、原告が本件居酒屋で大学祭の実行委員を慰労する本件コンパを開催したことは認め、その余は否認する。その開催時期は平成8年11月26日である。イ、ウは否認する。

イ(ア) 具体的事実関係を立証する場合に必要とされるのは、現場で事実関係を直接見聞した者の証言であるが、B及びCは証人として出頭していない。

(イ) Bのメモ(乙8)及びD助教授の陳述書の最後に記載したとされるメモ(乙18)がBが書いたものかどうかについては、重大な疑問がある。

Cのメモ(乙8)と陳述書等(乙10、11)とは、字が異なり、同1人が作成したものであるか疑問である。

(ウ) D助教授の証言には信用性がない。第1に、D助教授は、別件訴訟において、終始原告とは対立する側にいたものであり、このような立場にいたD助教授の証言が客観的に公平な視点からなされているとは考えられない。第2に、D助教授は、少なくとも平成12年4月25日以前の時点において、複数の関係者から事情を聞いて確認を取るという作業を行っていない。また、同じ機会にセクハラの被害に遭ったとされるBとCに対し、相互に事実関係の確認を行っていない。第3に、犯したいとの発言が実際に原告から発せられ、これに対してBが嫌悪感を抱いたのであれば、その前提となる会話が存在したはずであり、それが全くないとするD助教授の証言の信用性には疑問が残る。

(エ) これに対し、F(以下「F」という。)及びG(以下「G」という。)は、本件コンパに参加し、直接当時の状況を確認した者であるところ、当時原告が「犯したい」発言を行った事実がないことは、Fの証言やGの陳述書の記載により明らかである。そのような発言は、Fが行ったものである。

(4) 同(4)(本件記事③の真実性)アのうち、原告がAを注意したことは認めるが、その余は否認する。イは争う。

(5)ア 同(5)(本件記事④の真実性)アは否認する。原告及びE講師が酔ってつかみ合いになったことがあるにすぎない。

イ 同(5)イは否認する。E講師の陳述書及び証言は信用できない。

(6)ア 同(6)(真実であると信じるについての相当の理由)は不知。

イ 被告乙川は、D助教授及びE講師が別件訴訟において戊島を支援しており、戊島は別件訴訟の一方当事者であって、いずれも原告とは敵対していたのであることを知りながら、対立当事者である原告の言い分を聴取する等の裏付けを取っていないから、本件記事の内容を真実であると信じるにつき相当の理由は存在しない。

理由

1  当事者等

請求原因(1)は、当事者間に争いがない。

2  本件配布行為

(1) 請求原因(2)アのうち、部数の点を除く事実は、当事者間に争いがない。部数については、約100部頒布したことは、被告らの自認するところであるが、それを超える部数が頒布されたことを認めるに足りる的確な証拠はない。

(2) 以上によれば、本件配布行為(約100部)は、公然事実を摘示して行われたものと認められる。

(3) 被告らは、本件パンフレットを学生らに対し配布して閲覧に供した後これを回収する方法を採った旨主張する。仮にこの事実が認められるとしても、公然性が失われるものではない上、そのような措置が採られたことを認めるに足りる的確な証拠はない。

3  公共の利害に関する事実

(1)  原告は、本件記事において指摘された行為の当時、本件大学の教授であり、かつ、学生部長の地位にあったことは、当事者間に争いがない。したがって、学生を教育する立場にある原告の大学教授としての適格性に関する事実は、公共の利害に関する事実である。

(2) 前記当事者間に争いのない本件記事の内容及び被告らがその根拠事実として主張する内容によれば、本件記事①は、原告が学生部長として開いた大学祭にかかわった学生の慰労のためのコンパの席上、酒に酔ってセクシャルハラスメントとなる発言をしたというものであり、本件記事②は、たまたま飲みにきた本件大学の女子学生に対し、酒に酔って抱きついたというものであり、本件記事③は、学生部長として大学祭の後片付けについての注意が、事実をよく確認しないまま行われ、注意の際の言葉遣いが不適切なものであるというものであり、本件記事④は、酒に酔って、他の教員に対して暴力を振るったというものであり、いずれも学生を教育する立場にある大学教授としての適格性に関する事実であると認められる。

(3) よって、本件記事①ないし④で指摘された事実は、公共の利害に関する事実であると認められる。

4  公益を図る目的

(1)証拠(甲1の1及び2、乙2、3、証人戊島(乙12を含む。以下、同じ。)被告乙川本人(乙13を含む。以下、同じ。))及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。(一部は、当事者間に争いがない。)。

ア  被告らは、いずれも「仙台性暴力裁判原告支援者の会」(以下「支援者の会」という。)の会員であった。支援者の会は、戊島を含む性暴力の被害に遭った複数の事件の原告を支援すること、及びそのような支援を通じて社会一般のセクシャルハラスメントに対する関心を高め、それを根絶することを目的としており、その活動の一環として機関誌「仙台・性暴力裁判通信」を発行していた。

イ  被告乙川は、戊島から相談を受け、本件大学で戊島の別件訴訟への支援を高め、そのことを通じて本件大学当局、教職員及び学生のセクシャルハラスメントに対する関心を高め、それを根絶することを目的として、本件大学向けのパンフレットを「こすもす」という名称で発行することを決め、その際、責任の所在を明確にするため、被告らが発行責任者となることとした。

ウ  被告らは、平成10年7月1日、最初の本件大学向けパンフレットとして「こすもす特別号」を、次いで、同年12月14日、本件パンフレット(「こすもす№2」)を、それぞれ本件大学内で発行し、配布した。

エ  本件記事は、戊島の別件訴訟を支援するようになったAが書いたものである。

本件記事の内容は、本件記事①ないし④のエピソードを中心として、別件訴訟の被告となっている原告は、他にもセクハラ行為等を行っており、教育者として、人間として最低であることを主張し、戊島の別件訴訟への支援を呼びかけるものである。

(2)  以上の事実によれば、本件配布行為は、本件大学で戊島の別件訴訟への支援を高め、そのことを通じて本件大学当局、教職員及び学生のセクシャルハラスメントに対する関心を高め、それを根絶することを目的としてされたものであり、公益を図る目的でされたものである。

(3) 原告は、本件配布行為の真の目的は、原告に対する人格攻撃を行って、原告を本件大学から放逐することにあり、およそ公益を図る目的は認められない旨主張する。しかしながら、前記のとおり、学生を教育する立場にある大学教授としての適格性に関する事実は公共の利害に関する事実であるから、原告の人格に関する事実の摘示があったからといって、本件配布行為が人格攻撃を主目的とし、公益を図る目的を有せずにされたものと認めることはできない。さらに、原告を本件大学から放逐することを目的としていたとしても、セクシャルハラスメントの根絶及び教育者としてふさわしくない者を批判することは、最終的にはそのような行為者を教育現場から排除することに行き着かざるを得ないものであるから、原告を放逐するとの目的を有していたことから、本件配布行為が公益を図る目的を有せずにされたものとなることはないといわなければならない。

5  本件記事①及び②の真実性

(1) 証拠(甲6、15、19の4、乙5、8、10、11、18、証人D(乙14を含む。以下、同じ。)、証人F(甲14を含む。以下、同じ。)、原告本人(甲16、17を含む。以下、同じ。))によれば、次の事実を認めることができる(一部は、当事者間に争いがない。)。

ア  原告は、平成8年10月下旬ないし11月ころ、本件居酒屋において、大学祭の実行委員会を慰労するためのコンパ(本件コンパ)を開催した。参加者は、H(実行委員長)、G(企画班長)、F(装飾班長)、I(広報班長)、J、K、Bであった。Cは、たまたまL、Mとともに本件居酒屋に飲みに行き、途中から、原告らの酒席に加わった。さらに、Jの弟も加わった。

イ  原告は、酒に酔って学生間の男女交際の話題に言及していたが、その際、Bに対し、「Bはかわいいから俺はおまえを犯したい。」と発言した。

ウ  さらに、原告は、Cに対し、「どうしてあんなようなやつとつきあっているんだ。」と発言したほか、Cが会計を済ませるためレジに並んでいた際、前方からCに抱き付き、「Cはかわいいなあ。」と言った。

(2) 次の理由により、証人Dの証言は、信用することができるものであり、上記認定に反する原告本人尋問の結果の一部は採用することができず、証人Fの証言及び甲15(Gの陳述書)は上記認定を左右するに足りるものではなく、他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。

ア  確かに、事実の存否を確定するためには、直接被害を受けたB及びCが証人として出頭し、証言することが望ましいことは、原告の主張するとおりである。しかしながら、被害の性質によっては、被害者が法廷での証言をいやがることも当然あり得るところ、本件記事①及び②で指摘された事実は、まさに被害者が証言をいやがる性質のものであるから、Bらの不出頭自体から、Bらへのセクハラ行為の存在を認定することができないものと認めることはできない。

イ(ア)  証人Dは、平成10年1月に別件訴訟が提起され、それが本件大学内で知られるようになったところ、同年2月にBが本件記事①で指摘された事実があったことを、同年4月にCが本件記事②で指摘された事実があったことを、当時学生部長であったD助教授にそれぞれ申し出た旨証言しているが、Bらの被害の申告に至る上記証言内容は、自然なものである。

そして、被害内容を確認する書面として、Bについては、乙8(平成10年9月9日)、乙18(平成12年4月ころ)が、Cについては、乙8(平成10年9月10日)、乙10、11(平成13年9月1日)がそれぞれ作成されているものである(原告らは、Bについて乙8及び18の書面、Cについて乙8、10及び11の書面の成立に疑問を呈するが、筆跡等に原告主張のような疑問の点はない。)。

(イ)  そうすると、Bらが証人として出頭していないこと、事実を調査したD助教授が、法律専門家であれば当然行っていたであろうBとCに対し、相互にもう一方に対するセクハラ行為を目撃しているかを確認したり、Bに対し、犯したいとの発言の前提となる会話の有無を確認していないこと、D助教授が別件訴訟において原告とは対立する側にいたこと等を考慮しても、証人Dの証言は信用することができるものである。

ウ  前記のとおり、本件コンパの最初からの参加者は8人であるところ、そのような人数では自然と会話が2つか3つのグループに分かれざるを得ないし、Cらが加わったことによって人数が増え、その傾向は更に強まったものと認められる。したがって、席の位置によっては、原告の犯したいとの発言がFやGに聞こえない場合も十分あり得るところであり、犯したいとの発言を聞いていないとの証言等から、そのような発言がなかったものとまで認めることはできない。さらに、Fは、Kとともにコンパの途中で帰ったものであるから(この事実は、証人Fの証言及び原告本人尋問の結果により認められる。)、原告の犯したいとの発言がFが帰った後にされた場合は、Fがそれを聞いていないことは当然である。

(3)  以上によれば、本件記事①及び②は、いずれも真実であると認められる。

6  本件記事③の真実性

(1) 証拠(甲19の1ないし7、乙9、23、原告本人)によれば、次の事実を認めることができる(一部は、当事者間に争いがない。)。

ア  Aは、平成8年10月の大学祭の最終日に、学生ホールで行われた打ち上げ会でカラオケを歌った。そのカラオケ機材は、大学祭のイベント「カラオケ大会」のために大学祭実行委員会企画班が持ち込んだものであった。

イ  Aは、平成8年の大学祭の実行委員であったが、上記カラオケ大会の担当ではなかった。

ウ  大学祭終了の翌日(月曜日)、原告は、学生部長として、後片付けが十分行われたかどうか見回っていたが、午前10時を過ぎてもカラオケ機材が片付けられていなかった。

エ  原告は、前夜Aがカラオケを歌っていたことなどから、カラオケ機材はAのクラスが企画したカラオケ喫茶のために持ち込まれたものと誤解し、「A、お前が持ち込んだカラオケのせいで学生ホールがめちゃくちゃだ。君は大学祭の実行委員でもあるから、しっかり片付けろ。」とAを強く叱責した。

(2)ア 原告は、本人尋問において、大学祭実行委員としてAにカラオケ機材を片付けるよう注意したかのような供述をするが、クラスでカラオケ喫茶を行いながらきちんと片付けなかったためAを注意したことは、原告の陳述書(甲16)自体から明らかであり、原告本人尋問の結果のうち上記部分は、採用することができない。

イ また、原告は、Aに注意した際の言い方は説諭であり、怒鳴ったりしていない旨主張する。しかしながら、弁論の全趣旨により認められる原告の普段の言葉遣い等からすると、Aの陳述書(乙9、23)は、少なくとも上記認定の限度では信用することができるものであり、これに反する原告本人尋問の結果の一部は採用することができない。

(3)  以上によれば、本件記事③の事実は、少なくとも重要な部分において真実である。

7  本件記事④の真実性

(1) 証拠(乙4、6、7の1及び2、22、証人E、原告本人)によれば、次の事実を認めることができる(一部は、当事者間に争いがない。)。

ア  平成8年8月7日夜、E講師は、自分の研究室で、同僚のN及びOと暑気払いをしていたところ、原告がE研究室を訪れ、酒席に加わった。

イ  原告は、飲酒の上、「私から見れば他の教員など大した作品を作っているわけではない。」「ゼミ人数を比較しても分かるとおり、何といっても▲▲学科では我が版ゼミに勝るものはない。」等と自慢話を始めた。また、原告は、E講師から、学長が助教授に昇格することを確約してくれた旨聞かされたため、E講師に対し、正式決定の前にそのような話を他に漏らすべきではないと注意した。

ウ  これを快く思わなかったE講師は、酒の勢いも手伝って、「今まであなたに学生指導等が昇格のポイントになると言われ続けてきたが、今度の自分が昇格することはあなたの力ではない。あなたは自分の利益のために私を利用してきただけだ。」「あなたは自惚れが強く、威張っているだけにすぎない。」などと原告を強く非難した。

エ  これらの発言にいきり立った原告は、テーブルから立ち上がり、ほぼ同時に立ち上がったE講師とつかみ合いとなり、E講師の顔を殴り、その勢いでとばされためがねを変形させ、さらに、倒れたE講師に蹴り付けた。

(2)原告は、つかみ合いになったことまでは認めるが、殴ったり、蹴り付けた暴行の点を否認している。しかしながら、証人Eの証言内容は具体的かつ自然であり、事件を目撃したN及びOの陳述書(乙7の1)による裏付けもあるから、信用することができるものであり、これに反する原告本人尋問の結果の一部は採用することができない。

(3)  以上によれば、原告が暴力を振るうに至った経緯については、E講師も酒に酔って原告を非難する発言をするなど、原告に同情すべき点が多々あり、暴行の様態についても、けんかの面が強いが、つかみ合いとなった後の暴行は原告が一方的に行ったものといわざるを得ないものである。したがって、本件記事④は真実である。

8  結論

以上によれば、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・市川正巳、裁判官・千々和博志、裁判官・工藤哲郎)

別紙<省略>

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