大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 平成13年(行ウ)18号 判決 2005年6月21日

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,宮城県に対し,金1954万2594円及びこれに対する平成13年10月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,仙台市民オンブズマン及びその支援組織の構成員である原告らが,宮城県警察(以下「宮城県警」という。)の犯罪捜査報償費(以下「報償費」という。)が本来の使途に当てられず,その全額が裏金に回されているとして,地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの。以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づき,宮城県に代位して,平成12年度宮城県警本部総務室会計課長であった被告に対し,同年度の報償費のうち宮城県警本部の分の全額を,宮城県に損害賠償することを求める事案である。

1  争いのない事実等(末尾に証拠等を掲げたもののほかは,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告らは,いずれも地方公共団体である宮城県の住民で,仙台市民オンブズマン及びその支援組織の構成員である。(弁論の全趣旨)

イ 被告は,平成12年度当時宮城県警本部総務室会計課長(以下「会計課長」という。)であった者である。

(2)  報償費

ア 報償費とは,刑事・生活安全・交通等各種犯罪の捜査に伴う情報提供者・捜査協力者に対する謝金及び謝金支払に関連して必要となる諸雑費(接触費,交通費等)である。平成12年度当時の支出の手続の概要は以下のとおりである。(弁論の全趣旨)

イ 報償費は,宮城県警本部にあっては,関係課の管理官(次長,副隊長),各警察署にあっては副署長(次長)(これらを「資金前渡職員」と称する。)に概括的な金額を資金前渡される扱いになっている。そのため,資金前渡職員は,毎月所要額につき支出命令者(宮城県警本部では会計課長,各警察署では署長)に資金前渡伺により,合議を行う。

ウ 支出命令者は,支出負担行為兼支出命令決議書により支出を決定し,出納執行者に通知する。(甲25,弁論の全趣旨)

エ 資金前渡職員は,報償費の交付を受けたときは,現金出納簿により受入記入し,現金は金融機関に預金して保管する。

オ 所属長は,報償費の交付を必要とするときは,所要の手続を経て,捜査員に現金を交付する。

カ 捜査員は,交付を受けた現金の支払を完了したときは,所属長に精算報告をする。

キ 資金前渡職員は,毎月末日をもって現金出納簿を締め切り,所属長の確認を受けるとともに,その残高について残高証明書の交付を受ける。

資金前渡職員は,必要な書類をとりまとめ,精算表を添付して支出命令者に提出する。

ク 支出命令者は,精算確認をした上で,精算通知票により出納執行者に精算通知する。

精算通知票には,「領収書等関係書類は警察本部会計課又は○○警察署に保管」と記載し,支出命令者の私印を押印する。(甲23)

(3)  経過等

ア 宮城県知事は,平成13年6月19日,仙台市民オンブズマンの請求に基づき,宮城県警の平成12年度の報償費について,前渡金の総額,支出額の総額と残額のみを公開した。

イ 原告らは,宮城県監査委員に対し,平成13年7月18日,宮城県警の平成12年度の報償費の支出について,住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)をした。(甲1)

ウ 宮城県監査委員は,平成13年8月31日,本件監査請求を却下した。(甲22)

2  争点

(1)  監査請求の対象の特定の有無

(2)  平成12年度の宮城県警の報償費の支出の違法性

(3)  被告の責任

(4)  損害額

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)について

ア 被告の主張

本件は住民訴訟であるから事前に適法な監査請求を経ていなければならないところ,本件監査請求は,平成12年度の宮城県警の報償費の全額が裏金に回され,経理関係書類の全部が偽造されたとして平成12年度の宮城県警の報償費の全部の支出の監査を求めるというもので,その対象が抽象的,包括的又は網羅的であり,監査請求の対象の特定を欠き不適法であるから,本件訴えは,適法な監査請求を経ておらず,訴訟要件を欠き,不適法として却下されるべきである。

本件監査請求は,平成12年7月17日以前の平成12年度報償費の支出行為をも監査請求の対象としているところ,この分は監査請求の法定期間を経過しており,法242条2項に違反する点でも不適法というべきである。

イ 原告らの主張

本件監査請求は,平成12年度の宮城県警の報償費の全部の支出を監査の対象とするものであり,監査請求の対象の特定は十分である。

(ア) 原告らは,平成12年度の報償費の支出全体が違法であるとして監査請求をしたのであるから,これらを一体とみて違法性,不当性を判断するのが相当な場合に該当する。

(イ) そうでなくとも,原告らは,監査請求書及び事実証明書によって,平成12年度の宮城県警本部の各課ごと,各警察署ごとの支出額と件数(推定),1件単価(推定)を明らかにした上,事実証明書記載の平成12年度の報償費の支出額合計3654万1804円が監査の対象であり,その全額が領収書作成者の手に渡っておらず,裏金に回っていると主張した。平成12年度の宮城県警の報償費全部という形で,期間の点で他との区別を行っているから,本件監査請求は,監査対象の当該行為等と監査対象でない財務会計上の行為とが識別できる程度に特定されている。

(2)  争点(2)について

ア 原告らの主張

(ア) 平成12年度の宮城県警の報償費の支出の実態における疑問点

a 報償費は,各課,各警察署ごとに,月ごとに所要額を検討して前渡しを受けているはずなのに,毎月ほぼ同じ額を受け入れている例がある。これによれば,月ごとの前渡金は,所要額の十分な検討なしに,機械的,平均的に交付されていることが推測できる。

また,捜査は,想定したとおりに進展しないものであり,予想以上に報償費が余ったり,足りなくなったりするのが通常なはずであるにもかかわらず,月ごとでも年間でも,受入額をほとんど使い切っている状態であるのは不自然極まる。

b 支払精算書の枚数と協力者数は同数であると考えられるところ,協力者数が,特定の人数に集中する傾向にあることは,捜査の実態とは無関係に,会計処理に際して数字が意図的に作られたものであることを示している。

c 被告は,報償費の執行は,各課(隊)・各署の「総合的判断」で行われているとする。このことは,報償費執行の統一的基準がないことを意味する。

実際に協力者に支払うのであれば,協力のレベル等に応じて,報償費の支払基準があって然るべきである。統一的基準がないのは,報償費が全額裏金に回されており,実際の支払の例がないからである。

d 各課(隊),各警察署ともに,月別の犯罪発生件数と受入額,支払額,協力者数に何らの相関関係も認められないのは不自然である。

e 報償費は,本来,機動的に執行される建前となっており,事件は突発的に起きるものであるから,計画的に執行できない事情が生じるのが自然であるにもかかわらず,年間を通して平均的,計画的に執行されており,年間での追加請求・交付の事例が,36課(隊)・警察署のうち4署・4件だけというのは不自然である。

f 鉄道警察隊及び鑑識課の報償費の支出には以下の疑問がある。

(a) 鉄道警察隊に交付される金額は,年間で31万円,月にすると2ないし3万円と少額であり,協力者も3ないし5人で,支払額は平均5000円であるが,数多くの情報提供者の中から,どのようにして支払対象者を選んだのか疑問がある。初期活動を任務とする鉄道警察隊では,人員不足で,情報提供者からの情報収集をしている暇があるとは考え難い。支払はせずに,全額保管し,別用途に当てていると考えるのが自然である。

(b) 鑑識課の活動内容は,指紋・足型・血液等の採取,現場に残された諸物証の収集等と考えられるところ,鑑識課が報償費を支出するというのは不自然である。また,年間のうち11か月の支払単価がちょうど1万円という不自然な会計処理になっていることからも,不正経理は明らかである。

(c) 平成13年度には鉄道警察隊及び鑑識課への報償費の配分が減らされ,平成14年度には配分が取りやめになったことは,平成12年度について,両者の支出実態に大きな問題があった,つまり不正経理があったからに他ならない。

(イ) 近時の全国の各警察における報償費に関する不正経理疑惑

a 警視庁における捜査費架空支出

東京高等裁判所(平成12年(ネ)第2099号損害賠償請求控訴事件)は,警視庁における捜査費支出の裏付けとされる領収書につき,警視庁職員が作成したと推認する以外になく,捜査費の支出について警視庁側の証人の証言を採用できないとする判決を言い渡した。

警視庁における裏金作りの実態については,元警視庁会計職員であるA(以下「A」という。)の内部告発により裏付けられている。

b 北海道警察(以下「北海道警」という。)における報償費不正支出

(a) 北海道警旭川中央警察署(以下「旭川中央署」という。)における報償費不正支出

元北海道警釧路方面本部長で,旭川中央署長も務めた元警視長のB(以下「B」という。)が,同署長在任中,捜査費や報償費を組織的に裏金としてプールし,幹部の交際費や議員接待などに使っていたことを暴露した。

その後,北海道警は,旭川中央署における報償費不正支出疑惑に関して不正を認め,報償費が組織的に捜査員の夜食や慶弔費に流用され,会計書類も偽造していたとする内部調査の結果を公表した。

(b) 北海道警弟子屈警察署(以下「弟子屈署」という。)における報償費不正支出

北海道警弟子屈署の元次長が,平成12年4月から平成13年3月までの間北海道警が弟子屈署に交付した報償費について自らが裏金として管理していたことを明らかにし,当時の裏帳簿を証拠として提出した上で,北海道警に返還を求める住民監査請求を行った。

(c) 北海道監査委員は,旭川中央署と弟子屈署において,平成10年度ないし平成12年度の報償費約714万円の全額が裏金として署員の夜食代等に費消されていたとする報告書を提出した。

その後,北海道警は,報償費の不正流用問題で,ほぼすべての部署で少なくとも平成12年度まで,領収書の偽造などによる不正経理があったことを認める方針を固めた。

(d) 証人B(以下「B証人」という。)は,北海道警には,報償費を組織として正規に支払っている協力者は存在しない,北海道警では,報償費に関する会計書類は全部偽造し,報償費は全額裏金に回されていたと証言している。

c 宮城県警における裏金作りの内部告発

宮城県警の署長や所属長を歴任した元警視が,新聞社の取材に対し,報償費について,組織的に裏金を工面しており,こうした裏金を警察署では副署長や次長が,県警本部各課では管理官が管理して,署長や所属長の交際費,捜査員の慰労費,懇親会費などに使用していたことを明らかにした。

また,裏金作りの手口についても,捜査員が架空の事件について領収書の協力者名を勝手に書いて,領収書を偽造しており,各課や各署の庶務担当者は,偽造領収書用に押印するために多数の印鑑を用意していたと,極めて具体的な手口を明らかにした。

上記の内部告発とは別に,宮城県警の元巡査部長は,新聞社の取材に対し「長年,架空領収書を書き続けていた。」と述べた。

d aないしc以外にも,全国における警察の不正経理疑惑がとどまることを知らない状況で次々と明らかとなってきている。

e B証人や元警視庁会計職員Aの告発からすれば,都道府県警察の裏金作りに対する警察庁のかかわりが黙認といった程度のものではなく,直轄指導に等しいことは明らかである。

都道府県警察は,人事,予算のすべての面で警察庁の監督下にある。裏金作りは全国の警察の共通現象である。すべての面で警察庁の監督下にある都道府県警察の組織の共通性に照らすならば,北海道警にあることは宮城県警にもある。

(ウ) 宮城県情報公開審査会の答申

仙台市民オンブズマンは,「平成11年度の宮城県警察本部刑事部,交通部,警備部の報償費支出に関する一切の資料」の開示請求(以下「別件開示請求」という。)をしたのに対して,宮城県警本部長が一部を不開示とする部分開示決定をしたため,これを不服として宮城県公安委員会に対する審査請求(以下「別件審査請求」という。)を行ったところ,これについて諮問を受けた宮城県情報公開審査会(以下「審査会」という。)は,報償費に関する文書を含めて「インカメラ審査」を行った上で,平成16年9月30日,答申をし(以下「別件答申」という。),その中で,①報償費の1件当たりの支出が課ごとにほぼ定額である,②一般に報償費を支払う必要性がない捜査活動にも支払われている,③情報提供者等からの領収書がほとんどないことを指摘し,対象文書の真正について黒に近い灰色との認識を表明した。これは,報償費の支出が架空であることを強く裏付けるものである。

(エ) 宮城県警及び被告の対応

a 宮城県知事は,再三にわたって宮城県警本部における報償費の支出にかかる文書内容の把握,執行者からの聴き取りをしようとしたが,ことごとく宮城県警に拒否された。宮城県知事が平成11年度の宮城県警本部における報償費の支出に係る書類の閲覧と捜査員からの事情聴取を求め,その結果,宮城県警が関係書類の提示をしたこともあったが,宮城県警は,知事の約束違反を理由に提示した書類を持ち去り,翌日に予定されていた捜査員からの聴取も中止した。

このような宮城県警のかたくなな態度の理由は,領収書を知事や監査委員に開示すれば,協力者に事実確認が行われ,協力者なるものがそもそも存在せず,領収書に書かれた協力者の名前は全部架空であることが発覚してしまうためである。

b 審査会は,部分不開示決定の適否を判断するために,宮城県警本部長に対し,報償費を直接渡したと記録されている捜査員からの事情聴取について申し入れたが,宮城県警本部長は,aの捜査員からの事情聴取の要請に対する対応と同様,全く不当な理由でこれを拒否した。

別件答申においても指摘されているように,審査会の委員には守秘義務が課せられており,審査の場で知り得た秘密が外部に漏れることは実際上あり得ないにもかかわらず,このような対応をとったことには疑問があるといわざるを得ない。

c 被告が最近になって提出した監査の結果は,従来のそれと同様,協力者の領収書を開示しないで実施された監査であり,協力者の実在や協力者への報償費の支出を証明するものではない。

監査委員が領収書を見て,協力者に面会し,事実確認をしたのでは,協力者との信頼が崩れるというのであれば,本件の訴訟の対象となっている平成12年度の宮城県警本部の報償費の支出1件ごとに内部監査を実施し,報告書を作成し,内部監査を実施した責任者を証人に立て,協力者の実在と謝礼の交付の事実を立証することはできるはずである。これをしない理由は,報償費の全部が裏金に回っているため,これをしようにもできないからである。

d 報償費が正規に執行されているのであれば,被告は自らの体験に基づき,あるいは実際に支出した捜査員から聴き取るなどして,支出の実際を供述できるはずであり,また,被告の反論についても,自らの体験に照らし,理由があることを供述できたはずである。

それにもかかわらず,被告が被告本人尋問を申請しないのは,反対尋間によって,逆に裏金作りが明らかになることを恐れたためである。

(オ) 以上の事実によれば,平成12年度の宮城県警本部の報償費の支出は,全額が裏金に回されており,違法にされたものであることが明らかである。

イ 被告の主張

(ア) 宮城県警の報償費が適正に執行されていることについて

報償費の執行については,平成10年度から12年度までの報償費の執行に係る定期監査結果,平成12年度から平成14年度までの報償費の執行に係る知事要求監査結果,平成16年度の報償費予算の決定に際しての知事の特命に基づく財政課長調査,平成16年度第1四半期に実施された平成15年度の報償費の執行に係る定期監査結果においても,違法・不当なものが見当たらなかったのであり,これは,報償費が適正に執行されていることの証左である。

宮城県警は,上記手続において,宮城県監査委員の求めに応じ,報償費に係る支出負担行為兼支出命令決議書,預金通帳,精算票,現金出納簿,捜査費総括表,捜査費支出伺,支払精算書,捜査費交付書兼支払精算書,支払伝票,領収書等の支出関係書類のほか,勤務整理簿,時間外勤務命令簿,旅行命令(依頼)票等の勤務関係書類の一切を提示した上で,支出関係書類の一部についてのみ目隠しの措置をした上で提示をした。

支出関係書類で,目隠しをされたのは,現金出納簿,捜査費支出伺,支払精算書,支払伝票,領収書のうち,具体性のある事件名,情報提供者・協力者の住所・氏名,接触場所のみであり,情報提供者・協力者特定の資料となり得るもののみに限られている。宮城県警は,情報提供者・協力者保護の必要性,情報提供者・協力者との信頼関係の維持と同人らの継続的協力の確保,市民の捜査協力の確保・促進,捜査上の秘密の保持,これらに関する関係法令の諸規定などを総合的に判断して上記目隠しの措置を取った。

以上のように,宮城県警は合理的な理由から開示できない部分を除き,本件にかかわるすべての文書を開示している。そしてその開示された文書に疑いを生じしめるものはない。

(イ) 平成12年度の宮城県警本部の報償費支出の実態における疑問点について

a 毎月の受入額と支払額がほぼ同じである点についての原告らの主張は,報償費の予算管理のシステムや捜査の手法等を理解しない単なる憶測にすぎない。

予算を有効かつ効率的に執行するためには,必然的に,重点的かつ計画的とならざるを得ず,ほぼ使い切り状態になることは当然の帰結であり,報償費として資金前渡を受けた,限られた報償費予算を勘案し,その範囲内で効率的に執行していることを意味するだけのことである。

各課(隊),各警察署においては,毎月,事件の発生状況等を勘案して当月の報償費について所要額を検討して,資金前渡を受けるのであるから,月ごとの報償費の支出額がほぼ前渡額に近い金額となるのは自然なことである。剰余分は翌月に繰り越され,当月以降の報償費に充てられているのであるから,年ごとの受入額と支払額とがほぼ同額となることは何ら不自然ではない。

b 協力者数が特定の人数に集中する傾向が顕著であるとする点については,宮城県警は,情報提供者や捜査協力者の人数を捜査上の秘密にかかわるものとして非公開としているのであって,原告らが主張する協力者数は不確定な数字を基に算出したものである。また,仮に,原告らが主張するとおり,協力者数が特定の人数に集中する傾向があったとしても,これをもって報償費がすべて裏金に回っていると結論づけることはできるものではない。

c 捜査協力者への支払単価については,宮城県警では,報償費の執行に伴う1件当たりの謝金額を定める統一的な基準は存在せず,各課,各署の長の判断に委ねている。協力度合いや情報内容などにより謝礼額に差異が生じることは自然な結果にほかならず,これをもって裏金捻出と主張すること自体が暴論である。

d 月別の犯罪発生件数と受入額,支払額,協力者数には何らの相関関係もないという点については,宮城県警の各課・各署は,配当を受ける報償費予算に限度があることから,突発事件の捜査に多額の報償費の支出を要する場合には,内偵捜査や継続捜査のための支出を控えるなどの努力をして,与えられた予算の範囲内で捜査目的を達成することに努めている。

したがって,月別の犯罪発生件数と受入額,支払額,協力者数に相関関係がないことをもって,報償費がすべて裏金に回っているなどと推定することはできない。

e 報償費が本来機動的に執行される建前となっているのに,年間を通して,平均的に,計画的に執行されているとする点については,報償費は,事件が発生したからといって必ずしも需要が生じるものではなく,発生した事件の捜査に限らず,過去に発生した事件の捜査,余罪・裏付捜査,内偵捜査等においても需要が生じるものであり,しかも需要が生じたからといってすべてに執行するものではなく,限られた予算の範囲内で計画的に執行しているものであるから,何ら不自然でない。

(ウ) 近時の全国の各警察における報償費等に関する不正支出疑惑について

a 警視庁における捜査費の架空支出について

Aは,その職歴からは,警視庁の捜査費や報償費等予算執行事務の一部を知っているに止まり,その実態についてどの程度正確にこれを知っているのかは極めて疑問であるし,警視庁以外の警察での勤務経験が全くなく,宮城県警の予算執行については何一つこれを知らないはずであるから,宮城県警に関するAの供述は根拠を全く欠いた憶測によるものである。

b 北海道警における報償費の不正支出について

B証人は,北海道警と同様に宮城県警においても報償費が裏金に回っている旨の供述をしているが,A同様宮城県警での勤務経験がなく,宮城県警における報償費執行の実際については何らの直接的知識も有していないのであるから,宮城県警の報償費に係る本件に関する同証人の証言も憶測の域を出るものではない。

c 宮城県警における裏金作りの内部告発について

(a) 元宮城県警警視の告発報道は,匿名のものであり,本件においては,証拠価値を評価するための基礎的事実が全く明らかにされていない。また,告発内容は,そのほとんどが警察の裏金問題に関する従前の報道内容に近似したもので,しかも具体性がなく,かつ簡単なものであるし,裏金作りが行われていたとする時期も明確でなく,本件との直接の関連性すら疑われるものであるから,さしたる証拠価値を認めることはできない。

(b) 元宮城県警巡査部長の発言記事についても,元警視の告発記事と同様,証拠価値を評価するための基礎的事実が全く明らかにされていないばかりか,その発言内容は過去の報道どおりのもので,具体性がなくかつ簡単なものであるため証拠価値に欠けるものである。

d 各都道府県警察は,それぞれ他の都道府県警察からはもとより,原則的には国からも独立した性格を有するものであり,旅費,報償費及びその他の経費支弁等の予算執行については,各都道府県警察がそれぞれの例規に基づいて,各県独自の財務管理システムにより,またそれぞれの判断と責任においてこれを行っているのである。

したがって,一部の都道府県警察において裏金作りの疑惑が認められるとしても,全国47の都道府県警察のすべてにおいて等しく裏金作りがされており,宮城県警においても,報償費全額が裏金に回され,本来の使途以外の用途に費消されているなどと断定することは到底不可能である。

(エ) 別件答申について

a 審査会の別件答申は,その争点,審理対象,審理目的などから判断しても本件訴訟と関連性がなく,本件訴訟に影響を及ぼすものではない。

別件答申についての原告らの主張は,別件答申の内容を明らかに歪曲した解釈と言わざるを得ない。

b 別件答申で指摘されたア(ウ)の①の点については,限られた予算の範囲内で,効率的に使用するためには1件当たりの謝礼額がほぼ定額になることは必然的であり,何ら不自然でない。

同②の点については,別件答申で指摘する「一般に報償費を支払う必要性がない捜査活動」とは,いかなる捜査活動をいうのか,どのような理由でそのように認定したのか,またこれに対して実施機関はどのように回答し,あるいは回答を求められなかったのかなどが明らかになっていない中で,「不自然である。」と断定すること自体に無理がある。

同③の点については,捜査員は,報償費を執行するに当たり,できる限り情報提供者から領収書を徴するように努めているが,情報提供者の多くは,「情報提供した事実」や「謝礼を受け取った事実」が記録として残ることを極端に嫌い,そのため領収書の提出を拒否するのがほとんどである。情報提供者ではなく,張り込み場所の場所提供などの捜査協力者の中には,捜査員から依頼されて領収書を作成する場合がある。この場合でも「名前は表に出さない」との約束の下に作成しているのがほとんどである。

(オ) 宮城県警及び被告の対応について

a 宮城県警本部長は,宮城県知事宛の「捜査報償費の執行に係る捜査員に係る聴き取り調査について」と題する回答書等において,宮城県警が宮城県知事の上記要請に応じかねる理由について詳細な見解を表明している。その要点は,①現場の捜査員からの聴き取り要請に応じた場合には捜査員と情報提供者等との信頼関係が大きく損なわれ捜査活動に重大な支障を来すことにもなりかねないこと,②捜査活動に対する外部からの干渉は極力これを排除したいことの二つであるように見受けられ,これらは合理的なものである。

また,宮城県知事に報償費支出関係文書等の資料を閲覧させるに当たり,宮城県警が情報提供者の住所を秘匿したり,閲覧の時間を制限するなど資料提供に限定的な態度をとったことも,捜査員と情報提供者らの信頼関係を維持するためにはやむを得ないものであったとして理解することができる。

b 宮城県警本部長は,審査会による捜査員の事情聴取の申入れに対して,個々の捜査員が宮城県警本部長の判断について説明できる立場になく,捜査員から聴取したとしても,およそ理解に資することは期待できないと考えられること,審査会の聴取内容は,個々の捜査に関する事項にわたらざるを得ない内容であり,捜査の具体的な手法等捜査の秘密にかかわることから,むしろ幹部等の適当な者から説明させることが妥当と考えられるとの代替案を提示して拒否した。

ア(ウ)①及び②は,所属長などの幹部が判断するものであり,同③は,所属長等が捜査員から直接報告を受けているものであることから,捜査員から事情聴取するよりも,所属長等の幹部から聴取した方が審査会にとって理解に資する結果となるという実施機関の判断は当然と思われる。

また,犯罪捜査においては,協力者の保護等に配意した活動が要請され,相手側の守秘義務の有無に拘わらず,捜査上の秘密をみだりに第三者に話すことはプライバシー保護や治安維持という公益性の観点からも妥当ではない。したがって,審査会委員に守秘義務があるから,捜査員が事情聴取に応ずべきという原告らの主張は根拠がない。

(3)  争点(3)について

ア 原告らの主張

被告は,会計課長の地位に就く前に,気仙沼警察署長(平成2年度),登米警察署長(平成7年度)を歴任し,報償費が全額裏金に回されていることを熟知していたのであって,そのような認識のもとに支出命令を下している。つまり,被告は,宮城県警本部においても気仙沼警察署,登米警察署同様,報償費は宮城県警各課に配分されると同時に,全額裏金に回されていることを知りつつ,支出命令を下していたのである。よって,被告は,法242条の2第1項4号に係る法242条1項の当該職員について違法又は不当な公金の支出がある場合の同職員に対する損害賠償請求の要件を全部充足している。仮にしからずとも,被告には,法243条の2第1項後段の怠る事実の相手方としての損害賠償責任がある。

イ 被告の主張

報償費予算の編成・配当・令達,資金前渡,執行及び精算の各段階について

(ア) 編成・配当・令達

会計課長は,事件担当各課や各警察署が報償費を法令に基づいて適正に執行するものとの信頼の上に立って報償費予算の要求・配当や令達を行っているものであるから,会計課長に責任の生ずる余地はない。

(イ) 資金前渡

会計課長は,宮城県警という大組織の中の組織的な事務の流れの中で事務を執行する立場にあることから,各事件担当課や各警察署が報償費を資金前渡伺の記載どおりに,また法令に基づいて適正に報償費を執行するものとの信頼の上に立たなければ自己の業務を遂行することが事実上困難であり,警察内部においては,特段のことでもない限り,資金前渡施行伺と支出負担行為兼支出命令決議書の記載事項のみを資料として,宮城県財務規則(昭和39年宮城県規則第7号。以下「財務規則」という。)7条1項所定の事項を調査・確認して支出命令を行うことが容認されているのであるから,資金前渡の支出命令について,会計課長に責任はない。

(ウ) 執行

会計課長は,報償費の執行自体に関しては全く関与しないので,執行の当否そのものについて,会計課長の責任問題が生ずる余地はない。

(エ) 精算

会計課長としては各所属長において,法令に従い適正に報償費を執行しているものと認め,その信頼の基に精算確認を行うこととされている。

また,警察部内においては,報償費を執行した捜査員やその上司を直接問い質すことはもとより,受取人からの事実確認調査は,捜査活動上に支障を来すことから,行われるべきものではない。

したがって,仮に事件担当課や県下の警察署のどこかにおいて,密かに報償費の一部が裏金に回され,会計課長がこれを看過する事態が生じたとしても,会計課長に故意や過失・重過失があるということはできない。

(4)  争点(4)について

ア 原告らの主張

報償費は全額裏金に回され,本来の使途には使われていないので,宮城県警本部の報償費に関する宮城県の損害は,平成12年度の宮城県警本部各課に配当された報償費予算全額に相当する1954万2594円である。

被告において,裏金の一部が正当な業務に使用されたことを領収書によって証明しない限り,全部私的に費消されたとみなされることになるのは当然のことである。

イ 被告の主張

B証人は,北海道警の報償費は一旦は全額が裏金に回されるが,その中から必要な報償費が支払われる旨証言するが,この証言をそっくりそのまま宮城県警の報償費の執行に当てはめてみた場合であっても,宮城県警の報償費の全額が本来の使途以外のものに使われているという原告らの主張は,瓦解することになる。

また,県内のある男性が10年以上前から複数回にわたって報償費を受け取ったことがあると語った旨の報道があることからしても,上記原告らの主張が誤りであることは明白である。

仮に,原告らが宮城県警の報償費の全額ではなく,その一部が裏金に回されて報償費本来の使途以外のものに費消されており,これにより県に損害が発生したと主張するのであれば,原告らは,どの事件担当課あるいはどの警察署のどの報償費が流用されたものか,またそれは何に流用され,県はどの程度の損害を被ったかを具体的に主張し,立証すべきである

第3争点に対する判断

1  前示第2の1の事実に,証拠(甲1,2,12,19,22,31の1ないし8,66,74,79,83,85,87,97の1・3・7・20・21・22,98,99,103,110,111,117,119の2,121の4,乙6の1ないし4,7,8の2・3)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。

(1)  宮城県の平成10年度の財務に関する事務の執行については,平成11年度第1四半期から第4四半期まで,四半期ごとに計4回にわたり宮城県警本部と警察署25署について宮城県監査委員の監査が行われた。

その監査結果は,第1,第3及び第4の各四半期においては,いずれも「平成10年の財務に関する事務の執行の事実について,法2条13項及び14項の趣旨に沿って行われているかについて,特に意を用いて行いました。その結果,おおむね良好であると認めます」というものであり,また第2四半期においては,宮城県警本部について「交通安全施設損害賠償金の収納促進について,なお一層の配意が望まれる」ことを除いては,「おおむね良好であると認めます」というものであった。

(2)  宮城県の平成11年度の財務に関する事務の執行については,(1)同様計4回にわたり宮城県警本部と警察署25署について宮城県監査委員の監査が行われた。

その監査結果は,いずれも「平成11年度の財務に関する事務の執行の事実について,法2条13項及び14項の規定に沿って行われているかについて,特に意を用いて行いました。その結果,公表すべき指摘事項は,認められませんでした」というものであった。

(3)  宮城県の平成12年度の財務に関する事務の執行については,(1),(2)同様計4回にわたり宮城県警本部と警察署25署について宮城県監査委員の監査が行われた。

その監査結果は,第1,第3及び第4の各四半期においてはいずれも公表すべき指摘事項は見当たらないという趣旨のものであり,また第2四半期においては,監査を受けたすべての機関に共通するものとして債務負担行為による契約について適切な契約執行が必要である旨と,支出科目の誤りに関して執行管理の厳正化が必要である旨の指摘を受けた他は,宮城県警に関しては公表する指摘事項は,認められなかったというものであった。

(4)  平成13年度,宮城県警本部鉄道警察隊及び鑑識課に対する報償費の配分が減縮された。

(5)  宮城県知事は,同年6月19日,仙台市民オンブズマンの請求に基づき,宮城県警の平成11,12年度の報償費について,生活安全企画課他8課,鉄道警察隊他1隊,仙台中央警察署他24警察署の各部署ごとに前渡金の総額,支出額の総額と残額を公開した。

(6)  原告らは,平成13年7月18日,宮城県監査委員に対し,宮城県警の平成12年度の報償費の支出について,上記公開された情報を分析した結果,不自然な使い切り状態,不自然な単価のバラツキ,犯罪統計との関係の欠如,入金日の全額払戻しの事実が認められ,同年度の報償費の支出について,裏金捻出等違法不当な経理が行われている疑いが強いことが明らかとなったとして,法242条1項に基づき,宮城県知事に報償費の違法不当な支出行為による損害を補てんするため必要な措置を講ずるよう勧告することを求める旨の本件監査請求をした。

なお,本件監査請求と同時に提出された意見書(Ⅰ)と題する書面には,「本件の報償費のおそらく80%~90%は架空の支出である。しかし,どの支出が架空であるのか,個別・具体的な特定を,現在の情報公開の限界を無視して請求人に要求することは,請求人に不可能を強いることである」「監査請求書記載の全ての報償費の支出が監査の対象である」等と記載されている。

原告らは,本件監査請求の添付書面として,犯罪捜査協力報償費(県費)と題する一覧表を提出した。同一覧表には,同年度の宮城県警本部の各部署ごとに前渡金の総額,支出額の総額と残額のほか,原告らがこれらの数値と犯罪等の統計から推定した支出件数と1件当たりの単価も記載されている。

(7)  原告らは,宮城県監査委員に対し,平成13年8月21日,本件監査請求の請求の特定性に関する意見書(Ⅲ)と題する書面を提出した。

これには,「本件の監査請求の対象は,監査請求書記載の平成12年度の宮城県警犯罪捜査協力報償費のすべての支出である」「犯罪捜査協力報償費の全額が裏金にまわされていて,表向きの経理関係書類の全部が偽造されているからである」,前記意見書(Ⅰ)につき「『本件の報償費のおそらく80%~90%は架空の支出である。しかし,どの支出が架空であるのか,個別・具体的な特定を,現在の情報公開の限界を無視して請求人に要求することは,請求人に不可能を強いることである』は撤回する」と記載されている。

(8)  宮城県監査委員は,平成13年8月31日,本件監査請求は,財務会計上の行為についての違法性,不当性の個別的,具体的な摘示が認められないとして,本件監査請求を却下した。

(9)  平成14年度から,宮城県警本部鉄道警察隊及び鑑識課に対する報償費の配分がされなくなった。

(10)  仙台市民オンブズマンは,宮城県警本部長に対し,同年5月20日,平成11年度の宮城県警本部刑事部(捜査第一課,捜査第二課,鑑識課,機動捜査隊,暴力団対策課),交通部(交通指導課),警備部の報償費支出に関する一切の資料について,別件開示請求を行った。

(11)  宮城県警本部長は,平成14年6月20日,別件開示請求について,一部を不開示とする部分開示決定を行い,通知をした。

(12)  仙台市民オンブズマンは,同年7月23日,上記部分開示決定中の不開示処分を不服として,実施機関の上級行政庁である宮城県公安委員会に対し別件審査請求を行った。

(13)  仙台地方裁判所は,平成15年1月16日,平成13年(行ウ)第3号文書開示拒否処分取消請求事件(以下「別件訴訟」という。)で月別の報償費執行額の開示を命ずる一部認容判決を言い渡し,これを受けて,宮城県知事は,平成15年1月28日,宮城県警本部長と会見した。

その会見において,宮城県警本部長は,宮城県知事に対し,上記一審判決に対する控訴を要請した。これに対し,宮城県知事は,月別報償費執行額の開示が認められた場合の支障に有無・程度について現場の捜査員から説明を受けた上で控訴するかしないかを判断したいと述べたところ,宮城県警本部長は,幹部職員以外の聴取に応じることを拒否した。

結局,宮城県知事は,控訴をせず,月別報償費執行額は開示された。

(14)  宮城県知事は,宮城県警に対し,その後も公文書による正式な要請も含め,数度に渡り捜査員からの聴取を要請したが,いずれも拒否された。

(15)  宮城県知事は,法199条6項に基づいて,同年3月25日付けで宮城県監査委員に対し,平成12年度から平成14年度まで39の宮城県警本部の報償費の執行について監査要求を行った。

(16)  東京高等裁判所は,平成15年3月26日,一般市民2名が,平成9年3月分の警視庁保管「捜査費証拠書類」中の支払精算書に,その者らから捜査情報の提供を受けて謝礼を支払った旨の虚偽の記載がされた上,謝礼の受領についてのその者らの領収書が作成されたことにより,氏名権が侵害されたとして,東京都に対し,損害賠償を請求した事件の控訴審(平成12年(ネ)第2099号損害賠償請求控訴事件)において,上記一般市民2名と同姓同名を名乗る者から情報の提供を受け,これに謝礼を支払ったとする警視庁生活安全部銃器対策課の警察官の供述を排斥した上で,同課所属の警察官又は警察職員が上記支払精算書及び領収書を作成したと推認する以外にないとし,一部認容判決を言い渡した。

なお,上記判決では,裏付けとされた領収書について,架空の金銭の支払を本物らしく仮装するためのものと考える方が実態に合致しているとの感を強くするとの説示がされている。

(17)  宮城県監査委員は,平成15年4月15日から同年5月30日までの第1次調査と同年6月2日から同月16日までの第2次調査の2回にわたり,宮城県警本部関係9課(隊),警察署25署及び本部会計課を対象として,報償費の執行について監査を実施した。

宮城県監査委員は,当初,書類調査を行った後,聴取調査及び情報提供者・協力者等に対する関係人調査を行うという監査計画を立てたが,宮城県警本部及び各警察署は,捜査上の秘密,情報提供者・協力者の保護を理由に,すべての支出関係証拠書類について,具体的な事件名,情報提供者・協力者の住所・氏名,接触場所の事項を黒テープ貼付により目隠しの措置をした上で監査委員に提示した。

この監査の第1次調査では,監査対象機関が平成14年度の報償費を執行した1万0866件すべてについて,支出関係証拠書類との照合を行い,更に年度末の2月,3月分については,勤務関係書類との突き合わせを行った。第2次調査においては,銃器薬物対策課,捜査第一課,捜査第二課,暴力団対策課,機動捜査隊,仙台中央警察署及び仙台南警察署の7部署を対象機関として,平成12年度及び平成13年度の報償費の執行状況について,この対象機関で執行した平成12年度891件及び平成13年度2375件,両年度合計3266件について,第1次調査と同様の確認を行った。

さらに,宮城県事務局職員が平成15年6月25日から同月30日まで,宮城県監査委員が同年7月15日から同月17日まで,上記7部署と宮城県警本部会計課について,各所属長,管理官(次長,副署長),課長補佐(警察署の課長)等の聴取調査を実施した。会計課長等は,上記聴取調査で,平成7年の会計検査院の捜査費の検査の際には,上記のような目隠しの措置を講じなかったことを明らかにした上,今回の報償費の監査で上記検査と異なる取扱いをしたことについて,協力者との信頼関係から協力者の名前を出すことができない,協力者本人に直接確認された場合,捜査員と協力者の関係が壊れる,宮城県監査委員が宮城県の者なので協力者を知っている可能性があるからであると説明した。

(18)  宮城県監査委員は,宮城県知事に対し,平成15年9月5日,監査の対象事項である平成12年度から平成14年度までの宮城県警本部及び警察署における報償費の執行について,違法不当な行為があったと判断するに足りる事実を認めるには至らなかったという監査結果を提出した。

この監査結果報告書には,宮城県監査委員意見として,(17)の監査では,支出関係証拠書類での情報提供者・協力者に係る記載事項を目隠しとされ,また,捜査員への聴き取り調査及び関係人調査が拒否されたことから,現行制度における監査委員の限られた職務権限の下では,結果として,犯罪捜査報償費の執行に関し,違法,不当な行為があったか否かを判断するための事実の有無を確認することはできなかった旨記載されている。

(19)  最高裁判所は,平成16年1月20日,(16)の東京高等裁判所の判決に対する東京都の上告受理申立て(平成15年(受)第1155号)を受理しない旨決定した。

(20)  宮城県警本部長は,報償費の執行状況に関し,同年2月の定例県議会の代表質問に対し,「報償費は常に適正に執行している」と前置きした上で,「県警本部会計課の会計調査室による内部監査を実施して経理の万全を図っているほか,年1回監査委員による厳正な監査を受けている」旨の答弁をした。

(21)  北海道監査委員は,同月9日,旭川中央署における平成7年5月1日から同月30日までの間及び平成9年9月2日から同月29日までの報償費の支出が,違法又は不当な公金の支出に当たるという平成15年12月12日付けの住民監査請求を棄却する監査結果を通知した。

上記住民監査請求において内部告発者からマスコミに送付されたものとして提出された旭川中央署の平成7年5月及び平成9年9月の報償費の支出関係書類と称される書類(甲83)は,真正なものであった。

北海道監査委員の調査により,上記書類に記載された協力者3名については,市町村からの所在等確認の中で,記載された支払年月日の2年ないし6年前に死亡していたことが確認された。

北海道監査委員が住所を確認できた協力者12名に事実関係を確認したところ,回答のあった11名のうち10名が謝礼を受領していないという回答であり,1名は謝礼を受領していない及び記憶にないとの複数回答であった。謝礼用の物品(たばこ)の購入先とされる物品納入業者1社については,購入代金を受領した事実は確認できない,上記書類の領収書については当時使用していたものであるとの回答であった。

(22)  平成16年度の報償費予算の決定に当たって,宮城県知事の命を受けた財政課長が直接に事件担当者の所属長などから報償費の執行実態や必要性について聴取するなどの調査を遂げた結果,同年度の報償費の要求額については全額措置することが妥当であると考えるとの結論に達し,この調査結果に基づいて,宮城県知事も宮城県警の報償費予算について満額措置の結論に達した。

(23)  宮城県知事は,宮城県警本部長に対し,同年3月24日,本部長がしっかりと関わる形での内部調査をすべきであると指摘した。

(24)  (13)の別件訴訟一審判決に対して控訴した仙台市民オンブズマンは,宮城県知事に対し,同年4月12日,控訴審において,報償費の支出が架空であるか,裏金捻出等違法な経理が行われている疑いが強いとの控訴人の主張を現時点でも否定するのか否か明らかにされたいという求釈明の申立てをした。

(25)  同月16日,宮城県警の署長や所属長を歴任した元警視が,新聞社の取材に対し,報償費について,組織的に裏金を工面しており,こうした裏金を警察署では副署長や次長が,県警本部各課では管理官が管理して,署長や所属長の交際費,捜査員の慰労費,懇親会費などに使用していたことを明らかにした旨の新聞記事が掲載された。

宮城県知事は,宮城県警本部長に対し,同日,平成11年度の報償費の会計文書の提示と捜査員の聴取調査についての要請を行った。

(26)  平成16年4月18日,(25)の元警視が,裏金作りの手口について,捜査員が架空の事件について領収書の協力者名を勝手に書いて,領収書を偽造しており,各課や各署の庶務担当者は,偽造領収書に押印するために多数の印鑑を用意していたことを明らかにした旨の新聞記事が掲載された。

(27)  宮城県警本部長は,宮城県知事に対し,同月22日,平成11年度の報償費の会計文書を同日に開示し,宮城県知事による捜査員からの聴取調査については同月23日に応じる旨回答した。

これを受けて,宮城県知事は,同月22日,日時,場所,金額,捜査員と協力者の氏名・押印のある報償費の会計文書(協力者の住所の記載はない。)の提示を受けた。

しかしながら,宮城県警は,宮城県知事が書類提示の事実を報道機関に公表したことなど何点かの約束違反があったとして,いったん提示した報償費の会計文書を持ち去り,同月23日に予定された宮城県知事による捜査員からの聴取調査を中止した。

(28)  同月26日,上記(25)の内部告発とは別に,宮城県警の元巡査部長が,新聞社の取材に対し「長年,架空領収書を書き続けていた。」と述べた旨の新聞記事が掲載された。

(29)  同年5月8日,宮城県警が平成12年度の会計文書を一部紛失したとの報道がされた。

平成16年5月19日にも同様の報道がされた。

(30)  北海道監査委員は,同年6月,旭川中央署及び弟子屈署における平成10年度から平成15年度までの報償費の予算執行事務について,別表Aのとおりの監査結果を報告した。

また,北海道監査委員は,副署長,次長,捜査員,課長からの聴取調査をもとに,実体の伴わない手続により支出したとされる現金を,旭川中央署においては副署長が管理して課の運営費などとして,弟子屈署においては次長が管理して署長の判断で使える経費や課の運営費などとして使われていたと認められた旨報告した。

(31)  宮城県知事は,平成16年6月25日,別件訴訟において,(13),(14)のような経過の中で報償費が適正に執行されているのかについて疑義を持つに至ったこと,(25),(27)のような経過の中でその疑義を更に深めたこと,B証人の証言,報償費の予算執行文書を含む重要文書の文書保存期間中の紛失又は廃棄,報償費の99パーセントが架空であり裏金になっていたとした近年退職した宮城県警幹部職員との面談結果により上記疑義を更に深めたことなどの所感を明らかにした。

(32)  宮城県の平成15年度の財務に関する事務の執行については,平成16年度第1四半期に,警察署6署について,報償費の執行に重点を置いた宮城県監査委員の監査が行われ,報償費の支出実績の多い捜査員7名からの聴取調査も行われたが,その監査結果は,「今回の定期監査を行った範囲においては,『犯罪捜査報償費経理の手引き』に基づき処理されており,不正を疑わせるような執行はなかったものの,支出関係書類の記載内容のとおり,すべて確実に執行されたということを確認するには至らなかった」というものであった。

(33)  北海道警予算執行調査委員会は,同年9月9日,平成10年度から平成12年度までの報償費について,1部署を除く多くの部署において,正規の予算執行手続を経ず,日常の捜査活動の効率性,機動性を考慮して捜査担当課,係又は捜査員に予め交付し,又は必要の都度捜査活動に要する経費として執行するほか,報償費として執行できない交際経費,激励経費等として使用しており,所属長は不適正な予算執行が行われていたことを認識し,次席等又は会計担当職員が執行実態と異なる支出関係書類を作成するなどの予算執行形態が継続して行われていたと報告した。

(34)  別件審査請求について諮問を受けた審査会は,平成16年9月30日,インカメラ審理を行った上で,宮城県公安委員会に対し,別件答申をした。審査会は,別件答申において,次のような指摘をした。

ア 一見して明らかに本件行政文書が真正のものではないとは認められなかったものの,①情報提供謝礼等に係る報償費の1件当たりの支出金額が課ごとに見るとほぼ定額であること,②一般に報償費を支払ってまで情報を得る必要がないと思われる捜査活動においても情報提供者等に報償費が支払われていると認められること,③情報提供者等からの領収書が一部の課を除いてほとんどないことなどの点から,本件行政文書に記録されている情報が真正のものであること,すなわち情報提供者が実在し,本件行政文書どおりに報償費が支出されていることについて心証を形成するに至らなかった。

イ 審査会は,実施機関である宮城県警本部長に対し,インカメラ審理だけでは十分な心証を形成することができなかったため,さらに報償費を直接渡したと記録されている捜査員からの事情聴取を申し入れた。

これに対し,宮城県警本部長は,①実施機関として行った判断について個々の捜査員は説明できる立場にはなく,捜査員から聴取したとしても,およそ理解に資することは期待できないと考えられ,むしろ幹部等の適当な者からの説明させることが妥当と考えられること,②捜査の具体的な手法等捜査の秘密に関わるものであること,捜査協力者と捜査員との信頼関係を損ない情報提供を始めとする各種協力を得ることが一層困難になるおそれがあることから,捜査員の事情聴取には応じられないとした。

(35)  宮城県監査委員は,宮城県知事に対し,同年11月1日,平成15年度の宮城県歳入歳出決算審査意見書において,宮城県警の報償費の執行について,「犯罪捜査報償費経理の手引き」に基づき会計処理されており,支出関係証拠書類の調査及び捜査員からの聴取調査を行った限りにおいては不正を疑わせるような執行はなかったものの,証拠書類の一部が,協力者の保護,協力者と警察との信頼関係,捜査上の秘密等の理由で目隠しされ,捜査員からの聴取調査でも,謝礼金を渡した協力者の氏名及び接触のために利用した飲食店名などは説明を拒否されたことから,支出関係証拠書類の記載内容のとおり,すべて確実に執行されたということを確認するには至らなかった,宮城県警においては,宮城県警の信頼性の確保と県民の負託に応えるためにも,内部監査を厳正に実施し,その結果の速やかな公表により,県民への説明責任を果たすことを期待するとの意見を述べた。

(36)  北海道監査委員は,平成16年12月3日,北海道警本部,全方面本部並びに旭川中央署及び弟子屈署を除く全警察署における平成10年度から平成15年度までの報償費の予算執行事務について,別表Bのとおりの監査結果を報告した。

また,北海道監査委員は,報償費予算を執行していたすべての部局において,相当以前から平成12年度までの長い間,慣行として,組織的に不正な予算執行が行われ(平成12年度1署を除く。),一部の部局においては,平成13年度以降も,平成12年度までと同様の方法により不正な予算執行が続けられていたことが認められた旨報告した。

2  争点(1)について

(1)  住民監査請求においては,対象とする財務会計上の行為又は怠る事実(以下「当該行為等」という。)を他の事項から区別して特定認識できるように個別的,具体的に摘示することを要し,また,当該行為等が複数である場合には,当該行為等の性質,目的等に照らしこれらを一体とみてその違法又は不当性を判断するのが相当とする場合を除き,各行為等を他の行為等と区別して特定認識できるように個別的,具体的に摘示することを要するものというべきであるけれども,監査請求書及びこれに添付された事実を証する書面の各記載,監査請求人が提出したその他の資料等を総合して,監査請求の対象が特定の当該行為等であることを監査委員が認識することができる程度に摘示されているのであれば,これをもって足りるのであり,上記の程度を超えてまで当該行為等を具体的に摘示することを要するものではないというべきである(最高裁判所平成16年11月25日判決・裁判所時報1376号7頁,同平成2年6月5日判決・民集44巻4号719頁参照)。

なぜなら,監査請求の対象の特定は,監査委員において監査の対象とすべき当該行為等を他の行為又は事実(以下「行為等」という。)と区別するためのものであるから,単に監査の端緒を与える程度に特定すれば足りるというものではないけれども,他に類似の行為等があって,そのいずれを監査の対象とすべきか識別するための指標として欠けるところがなければ足り,したがって,特定の指標は監査の対象とされる当該行為等の定め方によって相対的に異なりうるものであって,例えば,違法な支出について監査請求する場合に,他の支出との誤認又は混同の可能性がなければ,必ずしも,個々の支出の日時,支出金額,支出先等を列挙する方法により特定することまで要するものではないと解すべきである。

(2)  これを本件についてみるに,本件監査請求は,平成12年度の宮城県警の報償費のすべての支出合計3654万1804円がいわゆる裏金に回された違法な公金の支出であるとして,これによる宮城県の損害を補填するために必要な措置としてその賠償を求めるものであり,原告らは,監査請求書添付の事実を証する書面によって,同年度の宮城県警本部の各課,各隊,各警察署ごとの支出額を明らかにしている。

ところで,報償費とは,各種犯罪の捜査に伴う情報提供者・捜査協力者に対する謝金及び謝金支払に関連して必要となる諸雑費を称するものであるところ,これ自体は,円滑な捜査を実現するために,その必要性・有用性を否定することができないものと考えられるから,報償費という費目自体が違法又は不当であるということはできない。原告らも,本件監査請求において,この費目自体の違法性を主張するものとは解されない。

しかしながら,監査請求の内容自体から,適法な報償費の支出と違法な報償費の支出とが混在していることがうかがわれ,そのうち違法な報償費の支出とされるものが特定されないと監査の対象が特定されない場合とは異なり,本件監査請求においては,報償費という費目での支出がすべて裏金を作る方法とされた違法なものであるというのであるから,この請求を受けた監査委員は,部署,年度を区切られた,報償費という特定の支出費目による個々の支出行為が,その予算上予定された目的に合致しない違法なものであったかどうかを判断すべきことになるところ,この判断をする上で,監査対象の行為(報償費の支出)と監査対象でない他の財務会計上の行為との識別について誤認又は混同をきたすおそれはないはずであるから,個々の報償費支出の日時,支出金額,支出先等が個別的,具体的に摘示されていなくても,本件監査請求の対象の特定に欠けるところはないと認めるのが相当というべきである。

この場合でも,監査委員が監査請求につき判断するに当たっては,実際に行われた報償費としての個々の支出行為の日時,金額,支出先等を認定する必要があるから,監査請求の段階でこれらの事実が具体的に摘示されていることが望ましいけれども,これは調査の内容あるいは結果であって,監査請求の対象の特定とは次元を異にする問題というべきである。なぜなら,監査委員が上記の指標に従って,関係部署について必要な調査を行い,資料を徴するにつき,対象の識別に困難をきたすおそれはなく,このようにして収集した資料に基づいて上記の認定とこれに基づく判断を遂行することが不可能あるいは困難をきたすとは考え難いからである。

執行機関が,監査請求の対象とされた財務会計上の行為の個々の日時,支出金額,支出先等を十分承知しているにもかかわらず,その情報が住民に開示されない場合には,住民監査を免れることになり,法が住民監査制度及び住民訴訟制度を創設した趣旨を没却することになりかねないことも,このように解する必要性を支えるものである。

この場合に,執行機関が監査委員に対して個々の支出についての調査に応じないため資料の収集に困難をきたすことがあり得ないではない。現に,宮城県警は,宮城県知事の要求による監査に際して,捜査上の秘密を理由に,個々の報償費の支出内容に関する資料の提出を拒み,捜査員からの聴き取り調査等にも応じなかったため,監査委員は,報償費の執行に関し,違法,不当な行為があったか否かを判断するための事実の有無を確認することができなかった旨の答申をしたことは前示1(18)のとおりである。しかしながら,このような対応による具体的な監査実行の可否を前提にして,監査請求の対象の特定の有無を論ずるのは相当でない。個々の支出の日時,支出金額,支出先等が個別的,具体的に摘示されていても,執行機関が上記のような対応をとる場合には,監査の実施には同様の困難が生じうるのであって,このことは監査請求の対象の特定とは別の問題なのである。

(3)  そうすると,本件監査請求は,請求の対象の特定に欠けるところはないというべきである。

もっとも,監査請求の対象を上記のように特定部署の特定費目の支出すべてとする住民監査請求がされたとしても,請求者が,適法な支出と違法な支出とが混在している可能性を認識しながら,もっぱら特定の問題を潜脱するために,その費目の支出がすべて違法なものとして,請求対象をその費目の支出全部としたような場合には,監査請求は濫用的なものとして許されないとする余地がある。

しかるところ,原告らが,本件監査請求において,当初は,報償費の一部に違法な支出があるとしていたことは前示1(6)のとおりである。しかしながら,監査請求書には一部のみとした具体的な根拠が示されていたわけではなく,原告らが適法な支出が混在する可能性を具体的に認識していたことをうかがわせる記載もない。そして,前示1(7)の,その後にされた追加主張を併せ徴すると,原告らは,真実,平成12年度の宮城県警の報償費のすべての支出がいわゆる裏金に回された違法な公金の支出であるとの認識のもとに,本件監査請求の対象を報償費のすべての支出と補正したことがうかがわれるから,請求対象を宮城県警の特定年度の報償費の全部の支出とする本件監査請求を対象の特定の問題を潜脱するためにされた濫用的な請求ということはできない。

(4)  ところで,前記事実関係によれば,本件監査請求がされたのは平成13年7月18日であるから,平成12年度の宮城県警の報償費の支出のうち,平成12年7月17日以前にされたもの(以下「平成12年7月17日以前の支出行為」という。)については,法242条2項本文所定の監査請求期間が経過していることになる。

しかしながら,宮城県警の平成11,12年度の報償費について,各部署ごとに前渡金の総額,支出額の総額と残額が公開されたのは平成13年6月19日であり,原告らは,上記公開された情報を分析した結果,不自然な使い切り状態,不自然な単価のバラツキ,犯罪統計との関係の欠如,入金日の全額払戻しの事実が認められ,平成12年度の報償費の支出について,裏金捻出等違法不当な経理が行われている疑いが強いことが明らかとなったとして本件監査請求をしたことは,前示のとおりであるところ,それ以前に,宮城県の住民が相当の注意力をもって調査すれば,客観的にみて監査請求をすることができる程度に平成12年7月17日以前の支出行為の存在及び内容を知ることができたと認めるに足りる証拠はないから,本件監査請求は前段の部分についても相当な期間にされたものというべきであって,平成12年7月17日以前の支出行為については,同項ただし書にいう正当な理由があるというべきである。

(5)  以上によれば,本件訴えは,適法な住民監査請求を経たものと認められるのであるから,適法というべきである。

3  争点(2)について

(1)  平成12年度の報償費の支出

ア 証拠(甲83)及び弁論の全趣旨を総合すれば,公開された資料を基に集計した宮城県警における平成12年度の報償費の月別受入額,支払額及び協力者数並びに月別犯罪発生件数等(一人当たりの単価を除く。)は,概ね別表Cの表1ないし37記載のとおりであったことが認められる(被告は,原告らが主張する協力数は不正確である旨主張するが,その正確性を具体的に疑わせる事情は見当たらない。)。

これによれば,平成12年度の報償費について,宮城県警の各課(隊)及び各署のいずれも毎月の受入額及び年の受入額がほとんど使い切られたこと,宮城県警の各課(隊)及び各署の毎月の協力者数が特定の人数に集中する傾向があったことが認められる一方で,月別犯罪発生件数等と受入額,支払額,協力者数に相関関係は認められない。

ところで,報償費は,その性質上計画的な支出が予定されている一般的な事務経費の支出とは異なり,突発的に発生する事件捜査に常時対応する必要があることなどから,概括的な金額の資金前渡の取扱いがされており,取扱者が捜査員に資金前渡された現金を必要の都度交付することによって,緊急時にも機動的に執行できるように配慮されている費目である。

それにもかかわらず,平成12年度の報償費に関し上記のような傾向がみられることは,機動的な執行と相反するものであって,支出の実体が存したのかを疑わせるものである。

被告は,報償費について上記の傾向がみられることに関し,予算を計画的,効率的に使用したというに止まるところ,その使途に照らせば,そこまで計画的,効率的な予算の消化ができたというのは,被告の上記説明だけでは得心がいくものではない。

また,被告は,月別犯罪発生件数等と受入額,支払額,協力者数に相関関係が認められないことについて,当月発生の犯罪捜査に限らず,過去に発生した犯罪の捜査,余罪捜査や裏付捜査等の継続捜査,あるいは内偵中の事件捜査など,広範多岐にわたる犯罪捜査活動の過程で報償費が支払われるものであるから,犯罪等の発生件数と支出額に相関関係がないことは当然であると主張するけれども,報償費が当月発生の犯罪捜査に限らない犯罪捜査の過程でも支払われるとしても,相関関係が認められないというのは理解し難い。

イ 平成12年度の鑑識課における報償費についてみると,毎月10万円前後,年間124万円の報償費を受け入れ,月ごと,年単位のいずれもほとんど使い切ったことになっている。

しかしながら,鑑識課は,犯罪鑑識に関すること等を所掌事務としており(宮城県警察組織規則7条),その活動内容からみて,協力者への支払が必要になる機会が存在したとはにわかに考え難い。

被告は,鑑識課においては,12名もの鑑識課職員が3交代制の24時間勤務態勢を取りながら,殺人,強盗等の凶悪事件や事務所荒らし等の窃盗事件について,相当な回数現場に臨場して各種資料の発見収集等の鑑識活動を行っており,このような活動の過程で付近住民や事件関係者等の協力者に報償費を支払っていると主張するけれども,抽象的な説明をするに止まり,何ら実例を示してはいない。被告の説明するような使途で報償費が支出されたのであれば,その実例を示したからといって通常捜査の秘密保持や協力者との信頼関係の維持が困難になるとは考え難い場合も少なくないはずであるにもかかわらずである。

また,前示1(4),(9)のとおり,鑑識課は,平成13年度に報償費の配分を減らされ,平成14年度には報償費の配分を受けられなくなっているところ,平成12年度に上記程度の必要性があった報償費が何故短期間のうちに配分がなくなったのかについて首肯できる説明は見当たらない。

これらのことは,鑑識課における平成12年度の報償費の支出の実体がなかったのではないかという強い疑いを抱かせるものである。

ウ 被告は,鉄道警察隊について,列車内や鉄道施設内で発生する痴漢,スリ,置引等の犯罪捜査を行っており,それら犯罪の捜査に当たり,目撃情報その他の捜査情報の提供者あるいはその他の捜査協力者に報償費を支払っていたと主張する。

しかしながら,鉄道警察隊も鑑識課同様の経過をたどって報償費の配分がされなくなったことに照らすと,同隊についても,果たして平成12年度に報償費の支出の実体がどの程度存在したのか疑わしいというべきである。

(2)  近時の全国の各警察における報償費等に関する不正支出疑惑

ア 警視庁

(ア) 宮城県警の報償費に対応するものとして,警視庁における都費の捜査費がある。警視庁における都費の捜査費については,Aの陳述録取書(甲16。以下「A陳述」という。)が存在する。その骨子は,次のとおりである。

警視庁の場合,捜査費(単に捜査費といった場合,国費のものと,都費のものがあるが,甲56からすると,A陳述にいう捜査費とは都費の捜査費を指すものと解するのが相当である。)の支出は,すべて虚偽である。警察署の各課には表の帳簿を作る者がおり,その担当者が架空の受取人を作り上げ,領収書も架空のものを作り上げていた。実際の支出は,課長の裁量でされていた。警察署の各課では,書類と実際の現金の流れは全く別であり,誰もチェックすることができないお金となる。書類上の協力者も全くの架空であった。実際に捜査協力者に謝礼を支払うことはあったが,それは捜査員が自腹で行っていた。

(イ) 証拠(甲16)によれば,Aは,昭和57年に警視庁の一般職員として採用され,本田警察署会計厚生係,総務部装備課被服係,第8方面本部庶務係,北沢警察署会計厚生係長,東大和警察署会計厚生係長,警務部厚生課(厚生団体に派遣),警備部警備第一課庶務係,総務部企画課を歴任し,平成12年10月に退職したことが認められる。

(ウ) 前示1(16)及び(19)によれば,警視庁生活安全部銃器対策課は,平成9年3月分の捜査費について,領収書等を偽造し,架空の協力者に支払をしたことにしていたことが認められるところ,これは,A陳述を一部裏付けるものであり,また,Aがあえて虚偽の供述をしたことを疑わせるような事情は証拠上認められない。

もっとも,A陳述は,どこまでがA自身が体験したことなのか,どこの警察署でいつ体験したことなのか,具体的に誰がどのように現金を管理していたのかなどの点が詳らかではないし,(イ)のAの経歴からすると警視庁のすべての部署を熟知しているとまではいえないことに徴すれば,これから直ちに警視庁における捜査費の支出がすべて虚偽であるとまでは認めることはできない。

(エ) 以上によれば,A陳述によって,警視庁の捜査費について,Aが警視庁の職員として在籍した昭和57年から平成12年10月までの一時期,警視庁下の一部警察署において,架空の協力者への支払に関する領収書等を偽造し実体の伴わない手続により支出したこととした現金を,正規の手続を経ずに課長の裁量で支出するなどの会計処理がされていたことは認められる。

イ 北海道警等

(ア) 宮城県警の報償費に対応するものとして,北海道警における捜査用報償費(以下「報償費」というときは,これを含む。)がある。北海道警等の報償費について,B証人の証言,Bの陳述書(甲96),北海道議会総務委員会における参考人としての発言要旨(甲93の2。これらを併せて,以下「B供述」という。)が存在し,その骨子は,次のとおりである。

a 北海道警において,報償費を支払って継続的に情報提供を受ける協力者は一切存在せず,報償費のすべてが裏金に回っていた。北海道警の組織犯罪を担当する部署には協力者もいたが,その者に対する謝金の支払は裏金からされていた。

b 山梨県警察本部(以下「山梨県警」という。),次いで熊本県警察本部(以下「熊本県警」という。)の各捜査第二課長の役職にあった当時も協力者はいたが,その者に正規の手続を履践して報償費の支出をしたことは一度もなかった。

c 北海道警本部の生活課長の役職にあった当時,会計検査院の監査を受けたことがあった。その際に提示した報償費関係の会計書類には,かなりの事件・協力者が記載されていた。課の事件はすべて把握していたが,それらの事件・協力者は架空のものであった。事件については,実在の事件を使って,架空の支出を説明したこともあった。

d 北海道警本部警務部首席管理官,総務課長,警務課長の役職にあった当時,既に裏金のシステムが存在していた。当時の上司は,警察庁から出向してくるいわゆるキャリアであった。これらの者に直接交際費名目で毎月一定の金額を渡していた。また,異動者への餞別の交付,内外との接待などを通して,キャリアも裏金の存在を熟知していた。B自身も課長,署長など所属長の立場で交際費名目で裏金の一部を受け取っていた。

e 裏金からの支出には,正規の手続で支払を求めれば支払われたであろう支出と,付き合いのゴルフのように正規の手続で支払を受けることが困難な支出とが渾然一体となっていた。正規の手続で支払われるようなものはほとんどなかった。

(イ) 証拠(甲96,B証人)によれば,Bは,昭和32年4月に北海道警に採用され,昭和33年4月から,札幌中央警察署,室蘭警察署,遠軽警察署(6か月),北見方面本部刑事課(2年6か月),札幌中央警察署(2年),本部捜査第一課(2年),岩見沢警察署(2年),旭川方面本部防犯課(1年)での勤務を経て,昭和50年4月,警察庁防犯課に出向し,その後,山梨県警本部捜査第二課長(2年),熊本県警察本部捜査二課長(2年)としての勤務を経て,昭和57年3月,北海道警に復帰し,その後,本部機動捜査隊長,生活課長(2年),警務部首席管理官,厚生課長,総務課長,札幌西警察署長としての勤務を経て,平成元年3月に警視正に昇任し,本部警務課長の役職に就き,その後,平成2年3月旭川中央署長,平成3年10月本部防犯部長,平成5年10月釧路方面本部長としての勤務を経て,平成6年2月に警視長に昇任,平成7年2月に北海道警を退職したことが認められる。

(ウ) 旭川中央署及び弟子屈署における平成10年度から平成12年度までの報償費の執行のすべてにおいて,捜査員が署長等から現金を受け取った事実がなく,かつ,捜査協力者に対する支払の事実がなく,実体の伴わない手続により支出したこととされる現金を,旭川中央署においては副署長が管理して課の運営費などとして使い,弟子屈署においては次長が管理して署長の判断で使える経費や課の運営費などとして使っていたこと,すなわち,両警察署においては,平成10年度から平成12年度まで,報償費をすべていわゆる裏金に回していたこと,旭川中央署においては平成7年ころにおいても報償費について上記同様の取扱いをしていたことは,前示1(21)及び(30)のとおりである。

また,前示1(33),(36)の各報告を分析すると,次のとおりである(詳細は別表Dのとおりである。)。

a 北海道警本部,全方面本部並びに旭川中央署及び弟子屈署を除く全警察署における平成10年度から平成12年度までの報償費の執行の中に,①次席,副署長等が捜査員に現金を交付したとする虚偽の支出伺を作成し,捜査員が上司,会計職員等から示された下書きのとおり支払精算書に記載し,会計職員等が領収書を用意するなど,実体の伴わない会計処理を行っていたもので,会計書類に記載されているとおり捜査員が現金を受け取った事実がなく,かつ,捜査協力者に交付したり接触経費に当てた事実もないもの及び捜査協力者に対する謝礼品を購入したとされているが,これを捜査協力者に交付した事実のないものなどが,件数比で全体の約59パーセント,金額比で全体の約61パーセント存在し,②書面審査,関連資料との照合や捜査員等に対する面談や文書による事情聴取では執行の事実について確証を得ることができず,かつ,捜査協力者に対する関係人調査が実施できなかったため,執行の事実が確認できなかったもの及び,捜査協力者に対する関係人調査に代わる確認の方法について,北海道警に個別,具体的な検討を求めたが,個別,具体的な方法の提示がなかったため,執行の事実が確認できなかったものが,件数比・金額比ともに全体の約33パーセント存在する。

b 北海道警本部のみをみると,平成10年度から平成12年度までの報償費の執行の中に,a①が件数比で全体の約53パーセント,金額比で全体の約56パーセント,a②が件数比で約37パーセント,金額比で全体の約35パーセント存在する。

c 北海道警本部,全方面本部並びに旭川中央署及び弟子屈署を除く全警察署における平成13年度から平成15年度までの報償費の執行では,a①が件数比で全体の約1パーセント,金額比で全体の約2パーセント,a②が件数比・金額比ともに全体の12パーセントと平成10年度から平成12年度までと比べてa①,a②の割合が格段に低下しており,北海道警本部でも同様の傾向が認められる。

以上によれば,北海道監査委員の報告同様,北海道警の報償費を執行していたすべての部局(平成12年度1署を除く。)において,報償費のすべてとまではいえないが大部分につき,相当以前から平成12年度までの間,慣行として,組織的に不正な予算執行が行われており,具体的には,所属長が不適正な予算執行が行われていたことを認識し,次席等又は会計担当職員が執行実態と異なる支出関係書類を作成するなどの予算執行形態が継続して行われていたことが推認される。

(エ) (ウ)の,旭川中央署及び弟子屈署において,平成10年度から平成12年度まで,報償費をすべていわゆる裏金に回していたこと,旭川中央署においては平成7年ころにおいても報償費について上記同様の取扱いをしていたこと,上記2署以外の北海道警の報償費を執行していたすべての部局(平成12年度1署を除く。)においても,報償費のすべてとまでは認められないがかなりの部分につき,相当以前から平成12年度までの間,次席等又は会計担当職員がこれを認識しながら執行実態と異なる支出関係書類を作成するなどの不正な予算執行形態が継続して行われており,所属長もそのことを認識していたことは,(ア)のa,cのB供述と符合するものである。

そして,Bが北海道警における報償費の不正執行を告白するに至った動機に不審な点は認められず,Bにあえて偽証をしたことを疑わせるような事情は証拠上うかがわれない。

(オ) B供述に(ウ)を総合すれば,遅くともBが北海道警本部生活課長をしていた昭和57年ころには,北海道警の報償費を執行していた部局のうちかなりの部局において,報償費の大部分を裏金に回していた(すべてを裏金に回していた部局もあった。)こと,そういった取扱いが平成12年度末まで継続されていたが,平成13年度には改善の兆しがみられるようになったことが認められる。

もっとも,B供述によっても,自らの捜査現場における体験として正規の手続を経て報償費を支払ったことがないということ,所属長の立場になってから副署長あるいは次長(警察署の場合),次席あるいは管理官(本部の課の場合)が持ってくる裏帳簿の決裁をしていたことに根拠をおいたものであるが,(イ)の経歴に含まれていないところで実際に報償費のすべてが裏金に回されていたかどうかについては推測にわたるものであるし,(ウ)の監査結果には約5パーセントの執行の事実が確認できたものが含まれていることを考え併せれば,B供述から,北海道警の報償費を執行していたすべての部局において,報償費のすべてが裏金に回されていたとまでは速断できない。

さらに,B供述によれば,Bが山梨県警本部,熊本県警本部の捜査第二課長をしていた昭和53年から昭和57年ころ,両県警本部の捜査第二課には協力者はいたが,その者に正規の手続を履践して報償費の支払をしたことはなかったこと,Bが北海道警本部警務部首席管理官,総務課長,警務課長をしていた昭和60年ころから平成2年ころ,既に裏金のシステムが存在し,警察庁から出向していたキャリアの上司も交際費名目で毎月一定の金額を受け取るなどして裏金の存在を知っていたことが認められる。

ウ 宮城県警

宮城県警の報償費の不正執行に関する内部告発としては,1(25),(26),(28)の新聞記事が存在する。

しかしながら,それらは,いずれも匿名のものであり,内部告発をした者の具体的な経歴,退職理由,宮城県警に対し敵対的な感情を抱いている者かどうかなどの人的属性等告発内容の信用性を評価するための事情が一切明らかでなく,告発内容が自らの体験に基づくものなのか,いつの時期のことなのか,叙述が正確に新聞記事に記載されているかどうかなどの審査を経ていないものであるから,これをにわかに事実認定の基礎として採用することはできない。もっとも,宮城県警を退職した者の中に,宮城県警の報償費につき裏金作りを指摘する者が存在することをうかがわせないでもない。

(3)  別件答申

ア 審査会は,平成11年度の宮城県警本部刑事部(捜査第一課,捜査第二課,鑑識課,機動捜査隊,暴力団対策課),交通部(交通指導課)の報償費の財務会計帳票等及び支出関係証拠書類につきインカメラ審理した上で,別件答申において,前示1(34)ア①ないし③の指摘をした。

イ 情報提供者及び捜査協力者からの情報提供・捜査協力は,情報の信憑性,情報の価値,捜査協力の有用性,危険性などにおいて千差万別であり,それによって情報提供者・捜査協力者に対する謝礼の支払額も異ならないと十分な協力を得られないのが通常と考えられる。接触費も,接触の態様等によって支払額が異なってくるのが通常と考えられる。

それにもかかわらず,前示1(34)ア①のような傾向がうかがわれるのは,報償費の支払の実体が存在することに疑問を抱かせるものである。

前示1(34)ア②の,一般に報償費を支払ってまで情報を得る必要がないと思われる捜査活動において,情報提供者等に報償費を支払うことは考え難いことからみれば,これも,報償費の支払の実体が存在することを疑わせるものである。

さらに,前示1(34)ア③(ちなみに,証拠(甲74)によれば,1(18)の監査では,宮城県警本部銃器薬物対策課,捜査第一課,捜査第二課,暴力団対策課,機動捜査隊,仙台中央警察署及び仙台南警察署の7部署の平成12年度から平成14年度までの報償費の情報提供謝礼金の支払件数は1604件であり,そのうち領収書を徴したものは58件にすぎないことが認められ,上記監査における状況が,これと異なる傾向にあることを示す証拠はない。)について,被告は,情報提供者の多くが情報提供した事実や謝礼を受け取った事実が記録として残ることを嫌い,そのため領収書の提出を拒否するのがほとんどであると説明するけれども,報償費の支払の実体が存在しないために領収書が存在しない疑いも払拭できない。

ウ 審査会の審議対象とされたのは平成11年度の報償費であるが,本件で原告らが返還を求める宮城県警本部の平成12年度の報償費とは,対象となる各課が重複し,会計年度も近接しており,平成11年度と平成12年度で報償費の取扱いに変更があったという事情は証拠上うかがわれないから,別件答申における前示1(34)ア①ないし③の指摘及び上記イの評価は,平成12年度の宮城県警本部刑事部(捜査第一課,捜査第二課,鑑識課,機動捜査隊,暴力団対策課),交通部(交通指導課)の報償費にも妥当するものと考えられる。

(4)  宮城県警の対応

ア 監査等に当たり支出関係書類の一部を目隠しとしたことについて

(ア) 被告は,前示1(1)ないし(3),(15),(17),(18),(22),(32)の,平成10年度から平成12年度まで及び平成15年度の報償費の執行に係る定期監査結果,平成12年度から平成14年度の報償費の執行に係る知事要求監査結果,平成16年度の報償費予算の決定に際しての知事の特命に基づく財政課長調査において,違法又は不当なものが見当たらなかったから,報償費は適正に執行されていると主張する。

しかしながら,証拠(甲31の1ないし8,74,79,乙6の1ないし4,7,8の2・3)によれば,上記各監査等においては,報償費に係る支出負担行為兼支出命令決議書,預金通帳,精算票,現金出納簿,捜査費総括表,捜査費支出伺,支払精算書,捜査費交付書兼支払精算書,支払伝票,領収書等の支出関係書類のほか,勤務整理簿,時間外勤務命令簿,旅行命令(依頼)票等の勤務関係書類の一切が提示されたが,支出関係書類の一部が目隠しとされ,中でも,現金出納簿,捜査費支出伺,支払精算書,支払伝票,領収書のうち,具体性のある事件名,情報提供者・協力者の住所・氏名,接触場所のような,情報提供者・協力者特定の資料となるものは目隠しとされたことが認められ,これによれば,情報提供者・協力者への支払が実体のあるものであるという確認まではされていないとみるべきであるから,上記の被告の主張は説得力を欠くものである。

また,法199条8項によれば,監査委員は,監査のため必要があると認めるときは,関係人の出頭を求め,若しくは関係人に対し帳簿,書類その他の記録の提出を求めることができるとされており,提出を求めることができる記録に何らの限定は付されていないから,宮城県警の上記の対応は,法に則ったものとは言い難い。

(イ) 宮城県警は,情報提供者・協力者保護の必要性,情報提供者・協力者との信頼関係の維持,捜査上の秘密の保持などを総合的に判断して上記目隠しの措置を取ったとする。

しかしながら,監査委員は,職務上知り得た秘密を漏らしてはならず,その職を退いた後も,同様とされているから(法198条の3第2項),情報提供者・協力者保護の必要性を理由に上記の措置を正当化することはできない。また,情報提供者・協力者との信頼関係の維持,捜査上の秘密の保持も,これを理由とする目隠しの措置を容認すると,実質的に監査することのできない費目を作出することになりかねないからみだりに許容することはできない。そのことは,宮城県警本部会計課作成の平成14年度版執務資料犯罪捜査報償費経理の手引きでは,支出関係書類について,これらが監査委員の監査等の対象となるものであり,提示を求められた場合には提示することとされていること(甲77)からも明らかである。

さらに,前示1(17)によれば,宮城県警は,平成7年の会計検査院の検査の際には,上記のような目隠しの措置を講じないで支出関係書類を提示したことが認められるところ,会計検査院の検査と監査委員の監査とで別異に取扱うことに首肯できる理由は見当たらない。

イ 宮城県知事の要求に応じないことについて

(ア) 宮城県知事には予算執行権があり,法221条1項により実地調査権が認められており,財務規則30条の3では総務部長にも予算の執行状況についての調査権が認められている。そして,宮城県警本部長は,財務規則2条4号により調査対象となる部局長である。

(イ) 前示1(13),(14),(26),(27),(31)のように,宮城県警本部長は,宮城県知事の再三にわたる捜査員からの聴取調査の要請を拒否し,一時,宮城県知事の平成11年度の報償費の会計文書と捜査員からの聴取調査の要請に応じることとし,いったんは日時,場所,金額,捜査員と協力者の氏名・押印のある報償費の会計文書(協力者の住所の記載はない。)の提示をしたものの,宮城県知事に約束違反があったとして,提示した文書を持ち去った上,捜査員からの聴取調査に応じる姿勢も翻した。

これについて,宮城県警は,アと同様に,情報提供者・協力者保護の必要性,情報提供者・協力者との信頼関係の維持,捜査上の秘密の保持を理由として挙げるが,アと同様宮城県知事の実地調査権を拒む十分な理由となるものではない。

(ウ) 財務規則89条,財務規則の施行に関する細則7条1項2号によれば,「債権者の請求書,債権を証する書類,領収書など」は,宮城県出納局長が保管する権限と義務があるとされる。

そして,証拠(甲89の1・2,乙3,5)及び弁論の全趣旨を総合すれば,宮城県警本部長は,宮城県出納局長に対し,昭和55年3月24日宮警本会第314号「犯罪捜査協力報償費の債権者の受領書等関係証拠書類の保管に関する特認について(申請)」により,「犯罪捜査の過程において,民間協力者の協力を受けた場合,秘密保持の必要があること,また,捜査活動上支障をきたさないよう,みだしの債権者の受領書等関係証拠書類を警察本部長及び警察署長が一括保管できるよう承認願います」との申請をし,これを受けて,宮城県出納局長は,出会第156号昭和55年3月27日「犯罪捜査協力報償費の債権者の受領書等関係証拠書類の保管に関する特認について(承認)」により,「犯罪捜査協力報償金支給要領等を定め,遺漏のないよう取扱うこと」という条件を付した上で,宮城県警本部長の上記申請を承認したこと,上記承認は監査に当たっての証拠書類の提示等を不要とすることまで決めたものではなかったことが認められる。

これによれば,上記の承認は,単に宮城県出納局長が宮城県警本部長に保管の代行を許しただけのものであり,宮城県出納局長は,必要があればいつでも書類を自らの保管に移すことが可能であると解する余地がある。

そのことは,宮城県警が挙げる情報提供者・協力者保護の必要性,情報提供者・協力者との信頼関係の維持,捜査上の秘密の保持を理由として宮城県知事側に書類の提示を拒むことを財務規則に予定していないことの顕れというべきである。

(5)  (1)ないし(4)を総合すると,平成12年度の宮城県警本部の報償費の支払の相当部分が実体がなかったものと推認する余地がある。

もっとも,損害賠償を容認するには,報償費の支払の実体がなかった部分が特定できなければならないところ,明らかになっている宮城県警本部の生活安全企画課ほか8課,鉄道警察隊他1隊ごとの年間支出額,月間支出額の中には報償費の支払の実体がある部分が含まれている可能性が残っていないわけではないから,報償費の支払の実体がなかった部分を特定することの困難性は否定できない。

しかしながら,少なくとも鑑識課の場合には,平成12年度の報償費の支出等の状況自体実体がなかったことをうかがわせる内容であり,これに別件答申における指摘やこれに対して被告が有効な反論を行っていないことその他上記の諸点を併せ考慮すれば,鑑識課の平成12年度の報償費の支払のすべて(総額123万円分)について,実体がなかった疑いが強いというべきである。

そして,報償費の支払としてその実体を欠く支出がされたとすれば,これによって宮城県に損害を与えたことはいうまでもないから,これについては損害賠償の対象になるというべきである。

4  争点(3)について

(1)  証拠(甲23ないし29,30の1ないし5,75,77,乙12)及び弁論の全趣旨を総合すれば,平成12年当時における犯罪捜査報償費予算の編成から精算までの所定の手続の流れ等は次のとおり認められる。

ア 編成

宮城県警本部会計課は,宮城県警本部の事件担当各課から報償費の予算要求案の提出を受けて,当初予算要求案を作成し,宮城県警本部長に諮り決定する。会計課は,予算要求書を財政当局に提出する。これを受けて財政当局において当初予算案を作成し,宮城県知事裁定を経た後,議会の議決を経て予算が成立する。

イ 配当・令達

予算成立後,財政当局から宮城県警本部長に予算配当の通知がされる。会計課長は,従来の執行状況や発生事案などを考慮して事件担当課に一括配当する。配当を受けた事件担当課は,自らの課で執行する分と警察署への令達分についての年間執行計画の概要を立てる。

各警察署の所属長(署長)は,宮城県警本部の事件担当課に対し四半期分の所要額を要求する。各警察署から要求を受けた事件担当課は,事案の発生状況などを考慮した上,令達額案を決定し,令達権限を有する会計課長に対して予算令達の依頼を申請し,会計課長は,申請内容を確認して,各警察署に四半期分の予算を令達する。

ウ 資金前渡

事件担当課長(所属長)は,容認(配当)された予算の範囲内で,各警察署長(所属長)は,令達された予算から,それぞれ当月所要(資金前渡)額を決定する。資金前渡職員(管理官,副署長,次長等)は,所属長の当月所要額の決定に基づき,会計職員(庶務・管理担当補佐,警察署会計課長等)に資金前渡施行伺の作成を下命する。警察署においては,会計職員が資金前渡施行伺及び支出負担行為兼支出命令決議書を作成し,署長(支出命令者)の決裁に上げる。

宮城県警本部においては,所属長(事件担当課長)は,資金前渡施行伺を決裁した後,会計課に提出する。会計課職員は,財務会計システムにより支出負担行為兼支出命令決議書を作成し,資金前渡施行伺とともに支出命令者である会計課長の決裁を受ける。

この決裁について,財務規則50条6項は,同規則7条1項を準用し,支出命令者が支出命令をしようとするときに調査又は確認をしなければならない事項を次のとおり定めている。

(ア) 歳出の会計年度,所属,会計区分,科目,コード番号等に誤りがないか。

(イ) 予算の目的に反しないか。

(ウ) 予算額,予算配当額,及び予算令達額を超過しないか。

(エ) 金額の算定に誤りがないか。

(オ) 契約の締結方法等は適法であるか。

(カ) 特に認められたもののほか,翌年度にわたることはないか。

(キ) 法令等に違反していないか。

資金前渡の決裁のために会計課長に提出される書類は,資金前渡施行伺と支出負担行為兼支出命令決議書のみである。資金前渡施行伺の記載事項は,所要経費として資金前渡金額,事由として「犯罪捜査に支障をきたさないよう必要に応じて協力者に対して報償費を支出するため」,支払場所として「犯罪発生地付近等」などであり,支出負担行為兼支出命令決議書の記載事項は,会計の種別,予算の款,項,目,事業,節,予算の種別,金額,支出区分,受取人などである。

所属長(事件担当課長,署長)は,会計課長の決裁を受けた上で,資金前渡施行伺及び支出負担行為兼支出命令決議書を審査のため出納機関(宮城県警本部は宮城県出納局会計課)に回付する。出納機関は,支出命令確認を経て資金前渡職員の預金口座に現金を振り込む。資金前渡職員は,預金口座から払戻を行い現金化し,取扱者(所属長)に確認を求める。取扱者は,現金を確認後,資金前渡職員に現金出納簿への記帳を命じる。資金前渡職員は,現金出納簿に記帳し,現金を金庫に保管する。

エ 執行

捜査員は,犯罪捜査の過程において,情報提供者や捜査協力者に謝礼を支払う必要が生じた場合には,直属の上司である課長補佐(宮城県警本部の場合)又は課長クラスに相当する幹部(警察署の場合)に上申する。捜査員から上申を受けた上記課長補佐又は課長クラスに相当する幹部は,報償費支払の必要性を判断した上で,所属長(取扱者)に報償費の交付申請を行う。所属長は,捜査活動の内容や状況を勘案し,報償費支払の必要性を認めた場合,報償費の支出決定を行い,取扱補助者(管理官,副署長,次長等)に対して支出伺の作成を下命する。取扱補助者は,支出伺を作成し,取扱者の決裁を受ける。取扱者は,支出伺を決裁し,資金前渡職員に報償費の支出を指示する。

捜査員は通常一人で捜査協力者と接触し,謝礼としての現金を交付する。この場合,情報提供者等に領収書の作成を要請し,作成した場合は受領する。

捜査員は,情報提供者等との接触後,支払精算書(領収書がある場合は添付)を作成し,取扱補助者(管理官,副署長,次長等),取扱者(所属長)の決裁を受ける。情報提供者などから領収書をもらえなかった場合は,支払精算書にその理由を記載し,所属長から確認印を受ける。取扱者は,決裁した後に資金前渡職員に過不足の精算を指示する。資金前渡職員は,過不足がある場合は,精算し,過不足を現金出納簿に記帳する。

オ 精算

資金前渡職員は,毎月末に現金出納簿を締切り,所属長の確認,残高証明書の交付を受ける。資金前渡職員は,必要な証拠書類(支払明細書兼残高証明書,施行伺,現金出納簿,捜査費総括表,捜査費支出伺,支払精算書,情報提供者等の領収書)を取りまとめ,精算票を添付して支出命令者である会計課長に提出する。

支出命令者は,資金前渡職員から精算票及び上記証拠書類の提出を受け,精算確認を行う。ここでいう精算確認として支出命令者が行う事務は,財務規則50条6項の準用する同規則7条1項に規定された項目の審査のほか,債権者の領収書(領収書がない場合の支払精算書への理由記載の有無及び所属長の確認印の有無)その他の必要な書類の添付の有無,支払残金の有無,資金前渡金の支払の継続又は長期にわたるものの有無等の確認である(財務規則54条)。支出命令者は,支払完了等(資金の支払を完了したとき,又は支払の必要がなくなったとき)の日から7日以内に精算票により,出納執行者に通知する(財務規則54条1項)。

出納執行者は,支出命令者から通知を受けた精算票及び残高証明書を審査し,誤りがなければ支出命令者に回付する。

支出命令者は,証拠書類を保管する。

(2)  (1)において,支出命令者とは知事又はその委任を受けて支出命令を行う者をいう(財務規則2条7号)ところ,宮城県警本部長は,教育委員会等への事務の委任及び補助執行に関する規則(昭和51年宮城県規則第60号),財務規則等に基づき,宮城県警本部に対して配当された報償費の予算について,宮城県知事の補助執行機関として支出命令権を有しており,「宮城県警察の事務の専決及び代決に関する訓令」に基づいて会計課長に専決事項として上記支出命令権を授権しているものである。

(3)  法242条の2第1項4号の規定に基づく代位請求に係る財務会計上の行為を行った職員に対する損害賠償請求訴訟は,財務会計上の行為を行う権限を有する当該職員に対し,職務上の義務に違反する財務会計上の行為による当該職員の個人としての損害賠償義務の履行を求めるものにほかならないから,当該職員の財務会計上の行為をとらえて同規定に基づく損害賠償責任を問うことができるのは,先行する原因行為に違法事由がある場合であっても,上記原因行為を前提にしてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解される(最高裁判所平成4年12月15日判決・民集46巻9号2753頁参照)。

(4)  これを本件についてみるに,(1)の事実に証拠(乙12)及び弁論の全趣旨を総合すると,被告は,平成12年度の報償費予算につき,前示(1)の手続に従って,宮城県警の各部署から提出された支出命令決議書の決裁をし,これに基づき支出されたことが認められるところ,被告の行為が前記財務会計法規上の義務(本件に即していえば,前示(1)ウ(イ)又は(キ)の違反の有無の調査確認義務)に違反する違法なものであったと認めるべき根拠はない。

原告らは,被告が,その経歴からみて,報償費が全額裏金に回されていることを知りながら,会計課長として支出命令を下していたから,予算執行職員に対する損害賠償請求の要件を全部充足している旨主張する。これは,宮城県知事の権限に属する報償費の支出命令につき補助執行機関である宮城県警本部長から専決を任された会計課長であった被告が,報償費が不正に支出されることを知りながら,支出命令決議書を決裁し,これに基づいて報償費予算が支出されたものであり,この行為が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるとの趣旨と解される。

しかしながら,資金前渡の決裁のために被告に提出される書類は,資金前渡施行伺と支出命令決議書のみであり,これらの書類から支出命令にかかる報償費の支出が実体を欠く違法なものであることを被告がうかがい知ることができたことを認めるに足りる証拠はない。

証拠(甲113の1・2)によれば,被告は,平成7年5月1日当時,登米警察署長,平成11年5月1日当時,気仙沼警察署長に就いていたことが認められるところ,原告らは,そのことから被告が報償費は全額裏金に回されていることを熟知して支出命令をしたと主張するけれども,そもそも被告が署長として在籍していた当時登米警察署や気仙沼警察署において報償費が全額裏金に回されていたと認めるに十分な証拠があるとはいえないから,これを根拠に被告の支出命令が違法なものであったということはできない。

仮に,平成12年度の報償費の支払が実体がなく違法であるとしても(部署によっては,報償費の支出のすべてがその実体がなかった疑いが強いことは前示のとおりである。),それは,被告のした支出命令後の,所属長・資金前渡職員・捜査員による執行行為に帰因する違法というべきものであって,これにつき被告に責任を負わせるのは無理がある。

さらに,普通地方公共団体の支出命令を行う権限を有する職員については,故意又は重過失により法令の規定に違反して当該行為をした場合に限り損害賠償責任を負う(法243条の2第1項,9項)べきところ,被告が報償費が実際には協力者に支払われず異なる用途に使われることを事前に知っていたかあるいは知らないことに重過失があることを認めるに足りる証拠はない。

以上のことは,被告に対する請求を怠る事実の相手方としての被告の報償費の支出命令行為に基づく損害賠償請求とした場合であっても変わりはない。

(5)  してみれば,平成12年度の宮城県警本部の報償費の支払に実体がなく,違法に支出された部分があるとしても,これについて被告の賠償責任を認めることはできない。鑑識課の平成12年度の報償費の支出のすべて(総額123万円分)が実体がなく,違法な支出であったとしてもこの点に変わりはないというべきである。

5  以上の次第であるから,原告らの請求は,その余の点につき判断するまでもなく理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 信濃孝一 裁判官 岡田伸太 裁判官 佐藤久貴)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例