仙台地方裁判所 平成13年(行ウ)7号 判決 2003年12月01日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が原告に対して平成13年5月2日付けでした別紙文書目録1記載の文書(以下「本件支払明細書」という。)の支払明細欄(以下「明細欄」という。)及び同目録2記載の文書(以下「本件領収書」という。)を開示しないとの処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。
第2事案の概要
本件は、原告が、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)に基づき、被告に対し、仙台高等検察庁(以下「仙台高検」という。)の平成10年度分の調査活動費(以下「本件調査活動費」という。)の支出に関する一切の資料の開示を請求したところ、被告がそのうちの一部の文書を不開示又は部分開示とする処分(本件処分)をしたため、同処分は違法であるとして、その取消しを求めた事案である。
1 前提となる事実
(1) 当事者
原告は、行政の不正を監視、是正することなどを目的として設立された権利能力なき社団である。(弁論の全趣旨)
被告は、国の行政機関である仙台高検の長である。(争いない。)
(2) 本件処分に至る経緯
ア 原告は、被告に対し、平成13年4月2日、情報公開法に基づき、本件調査活動費の支出に関する一切の資料の開示を請求した。
イ 上記請求を受けて、被告は、原告に対し、同年5月2日、本件調査活動費に関する請求書、支出負担行為即支出決定決議書、資金前渡官吏に対する支払請求書兼資金前渡官吏の支払決議書及び取扱責任者の領収書の全部、本件支払明細書の明細欄を除く部分について開示するとの決定をした。
しかし、本件支払明細書の明細欄及び本件領収書(以下、両者を併せて「本件文書」という。)については、情報公開法5条1号、4号(以下、同条各号は単に号数のみで表記する。)に該当することを理由にいずれも開示しないとの決定(本件処分)をした。(争いない。)
(3) 調査活動費の性質
検察庁における調査活動費とは、検察権全般を適切に行使するため、事件の調査、情報の収集等の調査活動に要する経費として認められた予算科目であり、部外の情報提供者、調査協力者等に対して謝金又は実費弁償金を交付することが典型的な使用方法であるとされている。(乙1、2の5)
(4) 本件文書の記載内容
ア 本件支払明細書は、調査活動費の取扱責任者が、本件調査活動費の個々の支払の明細を明らかにするため、月ごとに作成する行政文書であり、その明細欄には、個々の支払ごとに、支払年月日、支払金額、使用目的、取扱者名、備考を記載する欄が設けられている。
イ 本件領収書は、検察庁が、本件調査活動費の個々の支払を証明するために、その受領者から徴収する行政文書であり、本件支払明細書の明細欄に記載された個々の支払にそれぞれ対応している。本件領収書には、受領年月日、受領金額、受領者の氏名及び印影が記載されている。(乙2の1、32)
(5) 本件処分における被告の4号該当性判断
ア 本件支払明細書について
被告は、本件支払明細書の明細欄には、個々の調査活動に実際に使用された本件調査活動費について、これを支払った年月日、金額、目的等が記載されているとして、このような本件調査活動費の個々の支払に関する情報を公にすると、調査対象者又は一般人が入手できる情報と照合、分析されることにより、検察庁の調査活動の内容、対象、目的及びその協力者が推認され、調査活動に対する妨害、罪証隠滅工作などが行われたり、協力者へ危害が加えられるなどにより、検察庁の調査活動が阻害され、検察権の適切な行使が妨げられるおそれがあると認め、4号所定の不開示情報が記録されていると判断した。
イ 本件領収書について
被告は、本件領収書には、個々の調査活動に実際に使用された本件調査活動費について、これを受領した年月日、金額、受領者名等が記載されているとして、このような本件調査活動費の受領に関する情報を公にすると、直接的に協力者を特定しうる上、調査対象者又は一般人が入手できる情報と照合、分析されることにより、検察庁の調査活動の内容、対象、目的及びその協力者が推認され、調査活動に対する妨害、罪証隠滅工作などが行われたり、協力者へ危害が加えられるなどにより、検察庁の調査活動が阻害され、検察権の適切な行使が妨げられるおそれがあると認め、4号所定の不開示情報が記録されていると判断した。(乙32、証人A、弁論の全趣旨)
2 争点
(1) 4号該当性を争う取消訴訟の司法審査の在り方
(2) 本件文書に記録された情報の4号該当性
ア 本件文書に記録された情報の内容(不正流用の存否)
イ 4号該当性に関する被告の判断の不合理性
(3) 本件文書に記録された情報の1号該当性
(4) 部分開示の要否
(5) 被告の判断における不法な目的、他事考慮の有無
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(4号該当性を争う取消訴訟の司法審査の在り方)について
(被告の主張)
ア 4号は、「…行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」という定め方をしているから、同号該当性の判断には、行政機関の長に広範な裁量権が付与されていると解すべきである。したがって、同号該当性の判断には行政事件訴訟法30条が適用され、これに対する司法審査は、処分の存在を前提として、当該処分に、社会通念上著しく妥当性を欠くなどの裁量権を逸脱、濫用したと認められる点があるかどうかを審査する方法によるべきであり、その裁量権の逸脱、濫用を基礎付ける具体的事実の主張立証責任は、同号該当性を争う原告にある。
イ 原告は、本件調査活動費が本来の調査活動に使用されていないこと、その不正な流用を隠ぺいする目的で本件処分がされたことを、裁量権の逸脱、濫用を基礎付ける具体的事実として主張する。しかし、4号該当性の有無は、行政文書に記録された情報を対象として、当該情報にかかる事務等の性格、性質を踏まえ、経験則に基づいて、一般的、類型的な観点から決せられるべきものであり、事務の執行に何らかの違法又は不当な点があったか否かという個別的事情は、その事務が一般的、類型的に保有する性質を左右するものでないから、4号該当性の有無に影響を及ぼさない。また、4号の文理上、事務の具体的な執行に違法又は不当な点があったかどうか自体は、不開示情報該当性の要素とされていない。
したがって、本件調査活動費が不正に流用されたことや、これを隠ぺいする目的で本件処分がされたことは、裁量権の逸脱、濫用を基礎付ける具体的事実とはなり得ず、4号該当性の審理の対象とならない。
(原告の主張)
ア 4号該当性の判断に際して、裁判所は、行政機関の長の第一次的判断を尊重し、その判断が合理性を持つ判断として許容される限度内か否かを審理、判断すべきであるとしても、その許容される限度内であること、すなわち、4号所定の「相当の理由」があることを、被告において主張立証すべきであり、裁量権の逸脱、濫用があった場合にのみ4号該当性が否定されるとするのは、情報公開の理念に反し、不当である。
イ 本件調査活動費が、本来の使用目的に反して実際の調査活動に使用されていなかったとすれば、本件文書の記載は実際に行われた調査活動に関する情報ではなく、本件文書を公開しても4号所定の支障が生じるおそれはないから、本件調査活動費の不正流用の存否は4号該当性の審理の対象になる。
また、本件処分は、本件調査活動費が不正に流用されたことを隠ぺいする目的でされたものであり、不開示情報該当性の判断にあたって考慮すべきでない事情を考慮して不開示処分をしたことになるところ(他事考慮)、不当な目的、他事考慮は、裁量権の濫用を基礎付ける具体的事実であるから、この点においても、本件調査活動費の不正流用の存否が、4号該当性の審理の対象となる。
(2) 争点(2)(本件文書に記録された情報の4号該当性)について
ア 本件文書に記録された情報の内容(不正流用の存否)
(原告の主張)
被告は、本件文書には、実際に調査活動に使用された金員の支払に関する情報が記録されていることを前提に、これが公にされると調査活動の実態が公になるとして4号該当性を肯定する判断をしたが、本件調査活動費はすべてもしくは相当部分が検事長らの私的な遊興費に使用されているので、本件文書に記録された情報は実際に調査活動に使用された金員の支払に関する情報ではなく、これが公にされても調査活動の実態が公になることはない。したがって、被告の4号該当性に関する前記判断には重大な事実誤認があり、事実の基礎を欠いている。
(被告の主張)
本件調査活動費が検事長らの私的な遊興費等に使用されたことはなく、本件文書には、実際に調査活動に使用された金員の支払に関する情報が記録されており、これが公にされると調査活動の実態が公になるから、事実誤認はない。
イ 4号該当性に関する被告の判断の不合理性
(原告の主張)
4号該当性の判断にあたっては、守秘義務に関する実質秘性の次の3要件を基準とすべきであり、本件文書に記録された情報は、これらの3要件を充足していないから、4号該当性を肯定した被告の前記判断は、合理性を持つ判断として許容される限度内といえない。
<1> 非公開とすべき情報が未だ公知の事実でないこと
<2> 非公開とすべき必要性
<3> 行政文書に記載された行為の適法性
これを具体的にみると、次のとおりである。
(ア) 本件支払明細書について
a 違法行為の記載
本件支払明細書の明細欄に記載された本件調査活動費の支出は、そのすべてが不正な支出であるか、少なくとも、不正に支出されたものとして合理的な疑いを差しはさむ余地が十分にある。
b 必要性の欠如等
支払年月日や支払金額を開示しても、検察庁の調査活動の内容、対象、目的及びその協力者は推認されない。
取扱者としては、調査活動の実際の担当者ではなく、次席検事か事務局長の名前が記載されるにすぎず、調査対象者又は一般人が入手できる情報と照合、分析しても、検察庁の調査活動の内容、対象、目的及びその協力者は推認されない。
使用目的としては、「日共集会」「右翼街宣」といった極めて抽象的かつ概括的な記載がされるにすぎず、調査対象者又は一般人が入手できる情報と照合、分析しても、検察庁の調査活動の内容、対象、目的及びその協力者は推認されない。
そもそも、検察庁が日本共産党、右翼団体等を調査対象としていることは公知の事実であり、何ら秘密ではない。
(イ) 本件領収書について
a 違法行為の記載
本件領収書に記載された本件調査活動費の支出は、そのすべてが不正な支出であるか、少なくとも不正に支出されたものとして合理的な疑いを差しはさむ余地が十分にある。
b 必要性の欠如
受領年月日や受領金額を開示しても、検察庁の調査活動の内容、対象、目的及びその協力者は推認されない。
(被告の主張)
4号該当性の判断に際して、実質秘3要件の充足が必要とする原告の主張は何ら根拠がなく、本件文書に記録された情報が4号に該当するとした被告の前記判断が明白に不合理とはいえない。
(3) 争点(3)(本件文書に記録された情報の1号該当性)について
(被告の主張)
ア 本件支払明細書について
本件支払明細書の明細欄の記載は、それのみで協力者を特定識別することができる記述等といえなくても、これが調査対象者らに伝わった場合、彼らが有する情報と照合され、協力者が特定される可能性があるから(モザイクアプローチ)、本件支払明細書の明細欄に記録された個々の支払に関する情報は、1号所定の不開示情報に該当する。調査対象者において、厳密には協力者個人を特定できなくても、当該調査対象者らと何らかの関係のある一定の集団の中に協力者がいることが特定されると、当該集団に属する個々人に不利益を及ぼすおそれがあるから、かかる観点からも、同不開示情報に該当する。
また、本件支払明細書の明細欄の記載を開示することによって、当該調査活動に携わった検察庁の職員が特定される可能性もあるから、同不開示情報に該当する。
さらに、同不開示情報は、特定の個人を識別できる情報に限定されず、公にされることによって個人の権利利益を害する情報もこれに該当するが、協力者は、自己が検察庁に協力した事実が公表されることは絶対にないと信頼して協力しており、その期待権は十分保護に値するものであるところ、本件支払明細書の明細欄を公にすることは、このような協力者の権利利益を害するおそれがある。
以上のとおり、本件支払明細書の明細欄には、1号所定の不開示情報が記録されている。
イ 本件領収書について
本件領収書の受領者の氏名及び印影が個人識別情報に該当することは明らかである上、受領年月日、受領金額だけでも、これを公にすると、協力者や調査活動に従事した検察庁の職員が特定される可能性があるから、本件領収書には、1号所定の不開示情報が記録されている。
(原告の主張)
ア 本件調査活動費は、実際の調査活動に使用されていないから、1号を適用する余地はない。
イ 仮にそうでないとしても、本件文書には、本件領収書の氏名及び印影以外に、1号所定の不開示情報が記録されていない。
(ア) 本件支払明細書について
本件支払明細書の明細欄の支払年月日、支払金額、使用目的、取扱者、備考の記載から協力者が特定されるとは考えられない。
取扱者欄には、官職名(次席検事か事務局長)と氏名が記載されるが、官職名は1号ハに該当するから、不開示とすることは許されない。氏名についても、官職が次席検事か事務局長の者に限定されていて、当時の次席検事と事務局長の氏名は職員録や新聞報道の人事異動記事で公表されているから、同号イに該当し、不開示とすることは許されない。
(イ) 本件領収書について
本件領収書の受領年月日、受領金額の記載から協力者が特定されるとは考えられない。
(4) 争点(4)(部分開示の要否)について
(被告の主張)
ア 情報公開法6条1項は、文理上明らかなように、行政文書に複数の情報が記録されていて、そのうちの一部の情報のみが不開示情報に該当する場合に、それ以外の情報を開示する義務を定めたものである。
本件支払明細書の明細欄は、個々の支払ごとに、支払年月日、支払金額、使用目的、取扱者等が一体となって1個の独立した情報を構成して4号の不開示情報に該当しており、これ以外の情報は記録されていないので、同項を適用する余地はない。
本件領収書は、いずれも個々の支払に応じ、受領年月日、受領金額、受領者氏名及び印影が一体となって1個の独立した情報を構成して4号の不開示情報に該当しており、これ以外の情報は記録されていないので、同項を適用する余地はない。
イ 情報公開法6条2項は、文理上明らかなように、1号所定のいわゆる個人識別情報に関する規定であって、その他の不開示情報に関する規定ではない。本件文書に記録されている情報は4号所定の不開示情報でもあるから、同法6条2項を適用して、本件文書に記録されている情報を細分化し、情報の一部分を開示することはできない。
また、1号の個人識別情報の側面のみを考察しても、本件文書においては、個々の支払にかかる情報のうち、支払年月日、支払金額等のすべての記述が特定の個人を識別することができる記述又は個人の権利利益を害するおそれがあるものに該当すると認められるから、同法6条2項を適用する余地はない。
(原告の主張)
ア 個人識別情報以外の不開示情報の場合は、各号に定められた「おそれ」を生じさせるひとまとまりをもって不開示情報の単位と解すべきであり、本件文書に記載された、年月日、金額、氏名等のそれぞれが独立した情報となりうるから、本件文書のうち、4号所定の支障が生じるおそれがないと判断された情報は、情報公開法6条1項により、部分開示されるべきである。
イ 個人識別情報は、個人を識別させる部分とその余の部分とに分けられるところ、本件文書のうち、本件領収書の氏名及び印影以外の部分の記載は個人識別情報に該当しないから、同法6条2項により、部分開示されるべきである。
(5) 争点(5)(被告の判断における不法な目的、他事考慮の有無)について
(原告の主張)
被告が本件処分をしたのは、不正な流用の事実を隠ぺいする目的からであり、不開示事由該当性の判断にあたって考慮すべきでない事情を考慮(他事考慮)したことにもなるから、本件処分は違法である。
(被告の主張)
行政機関の長が不開示事由該当性を判断する際の不当な目的や他事考慮の存在が不開示処分の違法性を基礎付けるものとはいえない。
仮にそうでないとしても、被告が本件文書について不開示事由該当性を判断する際に、不正な流用の事実を隠ぺいする目的や他事考慮はなかった。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(4号該当性を争う取消訴訟の司法審査の在り方)について
(1) 4号は、「公にすることにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」を不開示情報として定めている。同号が、上記情報を不開示情報と定めたのは、公共の安全と秩序を維持することが、国民全体の基本的利益を擁護するために政府に課された重要な責務であって、情報公開法制においても、これらの利益は十分に保護する必要があるとの趣旨と解され、また、同号が特に「行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」という定め方をしたのは、公共の安全と秩序の維持に関する情報の開示又は不開示の判断が、高度の政策的判断を伴うとともに、犯罪等に関する将来予測としての専門的、技術的判断を要するなどの特殊性があることから、行政機関の長の裁量を特に尊重する趣旨であると解される。これらに照らすと、4号に該当するとしてされた不開示処分が違法となるのは、行政機関の長の第一次的な判断が合理性のある判断として許容される限度を超える場合、すなわち、当該処分が裁量権を逸脱又は濫用したと認められる場合に限られるというべきである。したがって、4号該当性を争う取消訴訟の審理においては、行政機関の長の認定判断の過程に則して、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があることなどによりその判断が事実の基礎を欠くかどうか、事実に対する評価が明白に合理性を欠くことなどによりその判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くかどうかを審査する方法によるべきであり、かつ、これらの裁量権の逸脱又は濫用を基礎付ける具体的事実の主張立証責任は、同号該当性を争う原告にあると解すべきである。
これに対し、原告は、公共の安全及び秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めたことの相当の理由について被告に主張立証責任があると主張するが、上記の4号の趣旨及び規定の体裁等に照らし、採用しえない。
(2) 被告は、4号該当性の有無は、行政文書に記録された情報を対象として、当該情報にかかる事務等の性格、性質を踏まえ、経験則に基づいて、一般的、類型的な観点から決せられるべきものであり、事務の執行に違法又は不当な点があっても、その事務が一般的、類型的に保有する性質を左右するものではなく、また4号の文理上も事務の執行の違法又は不当な点の有無が不開示情報該当性の要素になっていないから、本件調査活動費の不正流用の存否は本件審理の対象にならない旨主張する。
しかしながら、本件文書の4号該当性の判断は、調査活動費名目の金員の支出状況が公にされることにより、調査活動の実態もまた公にされて、公共の安全や秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあるかの判断であり、被告の前記判断もまさにその判断であるから、本件調査活動費の支出状況が公にされても、調査活動の実態が公にならないのであれば、被告の前記判断は前提を失うことになる。したがって、4号該当性の有無は、あくまで、その対象文書に記録された情報の具体的、実質的内容を基に判断すべきであり、本件文書に記録された情報が、実際に調査活動に使用された金員の支払に関する情報か、調査活動費の名目で他に流用(検事長らの私的な遊興費)された金員の支払に関する情報かは、4号該当性の判断にとって重要な前提事実というべきである。
確かに、不開示情報該当性が争われる訴訟においては、行政機関の長が、不開示とした情報を個別に明らかにすることができないため、その文書に記録されるべき一般的、類型的情報を基に、当該対象文書においても現にかかる情報が記録されているという前提で、不開示情報該当性を判断するのが通常であるが、それは、文書に記録された情報内容について行政機関の長がそのような主張をし、実際の情報内容がこれと異なることの主張立証もないからにすぎないのであって、当該対象文書の記載以外の証拠方法により、その文書に記録された情報の具体的、実質的内容が、本来記録されるべき一般的、類型的情報とは異なることが認められた場合には、その具体的、実質的内容を基に不開示情報該当性を判断すべきである。したがって、本件調査活動費の不正流用が主張されることにより、本件文書に記録された情報の具体的、実質的内容が争われている本件においては、その不正流用の存否が、4号該当性の審理の対象となるというべきである。
そこで、かかる不正流用の存否に関する主張の訴訟上の位置付け及び主張立証責任について検討するに、その主張は、被告において、当該対象文書には本来記録されるべき情報が現に記録されており、それが公にされれば調査活動の実態が明らかになるという事実を基に4号該当性を肯定する判断をしたのに対して、その判断には、公にされる情報内容に関する重大な事実誤認があり、事実の基礎を欠く判断である旨の裁量権の逸脱、濫用の主張と位置付けられるから、不正流用の事実は、裁量権の逸脱、濫用を基礎付ける事実として、原告において主張立証すべきと解される。
なお、被告は、本件調査活動費の具体的な使途を公にした場合に公共の安全や秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると判断して不開示としたのに、本件調査活動費の具体的な使途が立証の対象となるのは論理矛盾であるとも主張するが、本件において審理の対象となるのは、本件文書に記録された情報が、実際に調査活動に使われた金員の支払に関する情報か、不正に流用された金員の支払に関する情報かの点にすぎず、不正流用の事実の主張立証責任は原告にあり、本件調査活動費の個々具体的な使途を明らかにしない方法による反証も可能であるから、論理矛盾とはいえない。
2 争点(2)のア(本件文書に記録された情報の内容(不正流用の存否))について
(1) 原告は、本件調査活動費のすべてもしくは相当部分が検事長らの私的な遊興費に使用されているので、本件文書に記録された情報は実際に調査活動に使用された金員の支払に関する情報ではない旨主張し、これに沿う証拠として、証人B(以下「B」という。)の証言並びに聞取メモ(甲23)及び陳述書(甲25)の各記載(以下、これらを併せて「B供述」という。)、C(以下「C」という。)の証言調書(甲27の1)及び陳述書(甲24、27の2)の各記載(以下、これらを併せて「C供述」という。)があり、さらに、調査活動費の推移や使用状況等にも不正流用を窺わせる不自然な点がある旨指摘するので、以下、これらについて順次検討する。
ア B供述について
B供述は、「検察庁の調査活動費は、平成10年度まで、全国の検察庁において、その全額が「裏金」に回され、本来の使途ではなく、検事長らの私的な飲食費、ゴルフ代、麻雀代等の遊興費等として不正に支出されていた。」とする。これは、検察庁内部の者で、地方検察庁(以下「地検」という。)の次席検事、高等検察庁(以下「高検」という。)の総務部長等を歴任した者の供述であるから、一般的な証拠価値は高いというべきであり、地検の次席検事時代に、料亭等における接待目的の懇親会に検事正と同道し、Bがその費用を負担しないこともあったことなど、自己の経験に基づく具体的供述には信用性の高い部分も存するが、その供述内容全体を検討すると、調査活動費に関する、具体的な書面作成状況や会計事務の流れ、会計検査院との対応状況、予算減額の経緯等、多くの点で客観的事実との齟齬があり、いわゆる裏帳簿の決裁の点など不自然、不合理な部分も少なくない上、供述を裏付ける客観的証拠にも乏しいきらいがある。さらに、供述全体に推測や憶測に基づく部分が多く、Bが調査活動費の実態についてどの程度正確に把握していたのか疑問を否めないのであって、B供述自体から、前記不正流用の事実が高度に証明されているとはいいがたい。
イ C供述について
C供述は、「昭和58年ころ、当時の高検庶務課長から、調査活動費に関する偽造領収書を作成してほしいと依頼され、これを偽造した。その後も平成5年ころまでに、数回にわたって偽造領収書の作成を依頼され、偽造を行った。高検庶務課長からは、偽造領収書によって調査活動費からプール金を作ると説明され、プール金を何に使うかは直接聞いてはいないが、高検庶務課長の話から高検検事の飲食費に使用されると推測した。」とする。
Cは、昭和49年に東京地検に検察事務官として採用され、仙台地検、仙台高検等の勤務を経た後、平成元年4月から平成3年6月まで仙台地検古川支部に検察官事務取扱検察事務官として勤務し、同年7月に副検事に任官して、山形区検察庁、米沢区検察庁、鶴岡区検察庁に勤務し、平成8年2月に退職した者であり、この間、昭和57年4月から昭和60年3月まで仙台高検庶務課に検察事務官として勤務し、平成4年12月から平成7年3月まで米沢区検察庁に副検事として勤務していた(甲24)。その経歴に照らすと、Cは、検察事務官時代に検察庁内部で相当程度高い信頼を得ていた者であることが窺われ、C供述は、かかる検察庁勤務経験者の内部告発的供述である。
C供述の内容は、偽造を依頼された経緯やその状況、領収書偽造の態様等に関して、偽造行為に関与した者の実名まで挙げるなど、具体的、詳細であり、特に、不自然、不合理な点は存しないばかりか、「御直披」と記載された仙台高検総務課長から仙台地検古川支部のCへの封筒(甲24別添3)、仙台高検事務局長の公印が押捺された同局長作成名義の米沢区検察庁のCへの協力依頼文(同別添4)、偽造した領収書と同様の領収書用紙(同別添5及び6)の存在によって、供述が裏付けられており、その信用性は高いというべきである。特に、「御直披」の記載は「親展」等の記載よりも特に秘密性の高い文書に用いられるのが一般的であることや、仙台高検総務課長が仙台地検の一支部の検察官事務取扱検察事務官に対して「御直披」で送付する文書は他に考えがたいこと(C供述)、仙台高検事務局長の依頼文の文面がまさに秘密性を物語る警戒心に満ちた表現になっていること(甲24別添4)は、領収書の偽造を依頼されたとするC供述を裏付けるものである。
これに対し、被告は、C供述にかかる偽造領収書と調査活動費との関連性や、平成10年度の本件調査活動費との関連性を否定するのみで、C供述の領収書の偽造自体や偽造領収書と調査活動費との関連性について積極的な反証をしない。
以上の点や、Cにはあえて偽証をする動機が見当たらず、かえって、C供述には、この供述に至った複雑な心情を切々と吐露する部分があって、そこに虚偽があるとは考えがたいことなどを併せ考えると、C供述は信用でき、昭和58年から平成5年にかけて、Cは調査活動費に関して領収書を偽造し、これを仙台高検事務局に渡していたことが認められる。また、領収書を偽造までしていることからすると、調査活動費に関する何らかの不正な流用が推認されるところである。
もっとも、その偽造領収書にかかる調査活動費が、具体的にどのように扱われ、実際に何に使用されたかについては、C供述も伝聞や推測にすぎないから、その点までC供述によって具体的に認定することはできない。
ウ 調査活動費の推移及び使用状況等の不自然性について
(ア) 原告は、調査活動費の推移や使用状況等に関する次のような不自然な点からすると、平成10年度までは調査活動費を不正に流用していたものの、平成11年度からは急にこれを止めたことが推認されると主張する。
a 平成11年度以降、調査活動費が著しく減少している。
b 調査活動費の予算を年度内で余すことなく使い切っており、それ自体不自然である上、平成11年度以降は、急に月単位で繰越金が出るようになった。
c 平成10年度までは、特例払(簡易証明)の使用額に1円単位の端数がなく、それ自体不自然である上、平成11年度からは、急に端数が出るようになった。
d 平成11年2月ころ、法務省が調査活動費に関する説明書(甲26)を作成し、その後の調査活動費の執行に関する留意点などを各検察庁に指示した。
e 平成11年3月以降、急に、全国の検察庁で情報交換会が開かれ、調査活動費から特例払以外の支払(弁当代)が出るようになった。
(イ) これに対し、被告は、おおむね次のとおり主張する。
a 平成11年度以降、調査活動費が減少したのは、公安関係情報の重要性が相対的に低下し、特捜経済事件(検察庁が独自に捜査を行う汚職事件や大型の経済事件)への取組みの強化が必要になって、調査活動費を減額して、コンピューター整備に予算の重点を移したためであり、不正流用とは結びつかない。
b 平成10年までの調査活動費について、端数もなく、繰越金もなく使い切っているのは、協力者への謝礼の性質上1万円単位となるのが通常で、予算の制限内で計画的、効率的に使用したためであって、特に不自然ではない。
平成11年度以降、調査活動費の特例払にも端数が生じ、月ごとの繰越金が発生したのは、内偵捜査等の実費にも調査活動費の特例払を使用するようになったことにより、その性質上端数が生じるとともに、高度の機動性や支出の予測困難性等から、取扱責任者の手元に現金を常時保管しておく必要が生じたためである。
c 原告の主張する説明書(甲26)は、その作成者、作成年月日が不明で、少なくとも、証拠上、法務省が平成11年2月ころに作成したものとは認められない。しかも、不正流用とは結びつかない。
d 平成11年以降に、全国の検察庁で関係機関との情報交換会が開催され、調査活動費から弁当代が支出され始めたのは、来日外国人による組織的犯罪の急増等の犯罪情勢に対応するために、情報収集の多様化を図り、その一環として関係諸機関との情報交換を活発化させることとし、その経費を調査活動費から支出することになったからであり、不正流用とは結びつかない。
(ウ) そこで検討するに、
a 弁論の全趣旨によれば、平成8年度から平成14年度までの仙台高検における特例払の調査活動費は、平成10年度までは増加していたものの、それ以降は年々減少を続け、平成10年度の支出額合計(960万円)を100とすると、平成14年度の支出額合計(約140万円)は14.6にまで減少していること、これは全国的な傾向であり、平成10年度から平成13年度までの全国の検察庁(最高検、8高検、50地検)における特例払の調査活動費は、平成10年度の支出額合計(約5億5200万円)を100とすると、平成13年度の支出額合計(約1億4900万円)は27.0にまで減少していることが認められる。
他方、証拠(乙19ないし21、31、32、48の1ないし11、49、50、53の1ないし14、証人A)及び弁論の全趣旨によれば、検察庁において、公安関係事件の受理人員が昭和44年から減少を続け、平成10年ころには、公安関係の情報収集の重要性が相対的に低下していたこと、平成8年ころから、特捜経済事件の情報収集の必要性が高まり、特捜経済事件に対する体制を強化したこと、特捜経済事件においては、調査活動による情報収集よりもインターネットを使った情報の収集や、収集した情報の分析が効率的で重要であることから、コンピューター関連機器の整備が急務となり、その予算が必要となったこと、そのため、予算編成上のスクラップ・アンド・ビルドの方針から、平成11年度以降は、調査活動費を減額し、コンピューター関連予算を増加させたことが認められる。
これらによれば、被告の上記主張も首肯しえないものではないが、予算要求上の都合とはいえ、それまで必要のあった経費をこれほど急激に減少させたのはなぜか、平成10年度までの多額な調査活動費は実際の調査活動には不要ではなかったのかなど、素朴な疑問がなお残るところである。
b 調査活動費の予算の使い切りや端数の出なかった点については、平成10年度までの調査活動費に関して、すべて予算が使い切られ(月ごとの繰越金もない。)、特例払に1円単位の端数が出ることはなかったことを被告も自認するところ、これが不自然とはいえないとする被告の上記主張を考慮しても、もともと支出の予測が困難で、臨機に対応できるよう取扱責任者が現金で保管しておく調査活動費(乙2の1ないし3、弁論の全趣旨)が、なぜ毎月繰り越されることなく使い切られたのか、情報提供者らと面談する際の検察庁職員の交通費等の費用の支出はどうなっていたのかなどの疑問は消えない。
また、平成11年度以降の調査活動費について、月ごとの繰越金が生じるようになり、端数も生じるようになったことは被告も自認するところ、平成11年度以降、月ごとに多額の繰越金も発生するようになった理由については必ずしも判然としない。
c 原告が、平成11年2月ころに法務省が作成したと主張する説明書(甲26。以下「本件説明書」という。)については、被告がその作成者、作成時期について争っているので、まずその点について検討するに、確かに本件説明書には作成名義や作成年月日の記載がないものの、その記載文言中には、「官房会計課作成の科目説明に基づく。」「これまでの予算要求上の説明に基づく。」などの記載があるから、法務省内部しかも会計の内部事情に精通した者の作成であることが窺われる上、予算執行上の留意点を詳細に説明し、会計検査院との対応や情報公開請求時の対応、見通しまで記載して、今後の事務の在り方を指示している内容からすると、法務省が作成した(少なくとも、法務省の説明に基づき作成された)ものとみるのが自然である。さらに、本件説明書中に平成11年度予算に関する言及があることや、本件説明書に記載された情報交換会経費(弁当代)が平成11年3月から各地の検察庁で急に支出され始めたこと(弁論の全趣旨)、調査活動費の減額について、平成10年夏ころから法務省内の検討や検察庁との意見交換を行っていたことは被告も自認していることなどを併せ考えると、本件説明書は、法務省が平成11年2月ころまでに、今後の調査活動費の執行の在り方について説明、指示するために作成した(もしくはその時期に、法務省が提供した情報を記録した)ものと認めるのが相当である。被告は、本件説明書に情報公開請求への対応等が記載されているから、本件説明書は、情報公開法成立後の平成12年以降に作成されたとも主張するが、情報公開法制定が具体化した時期等に鑑みれば、平成11年2月までの時点で法務省が情報公開に対する対応を検討していても何ら不自然といえない。
この時期に法務省が調査活動費に関する本件文書を作成した経緯について、原告は、それまでの不正流用を止めて正規に使用することとしたため、その正規の執行方法を周知する必要が生じて作成した旨主張し、B供述もこれに符合するが、前記のとおりB供述には信用しがたい面がある上、本件説明書自体には不正流用の存在を窺わせる記載がなく、証拠上は、不正流用と関わりなく、単に調査活動費の執行方法を変更したためにすぎないとみる余地もあるから、必ずしも原告主張のとおりとは認められない。もっとも、原告の上記主張を否定するに足りる証拠も存せず、少なくともその疑いは多分にあるといえる。
d 平成11年以降、全国の検察庁で情報交換会が開催され、調査活動費から弁当代が支出され始めたことは被告も自認するところであるが、情報交換会経費はそれまで会議費から支出されており、調査活動費から支出してもその経費は会計検査院に対して正式証明を要するのに(甲26、乙36、弁論の全趣旨)、なぜ調査活動費からの支出に変更する必要があったのか、被告の主張によっても十分に合理的に説明されたとはいえない。
(2) その他、不正流用の事実に沿う証拠としては、内部告発書(甲13)やこれと同内容の週刊誌、雑誌、インターネットの各記事(甲15、16、20の1及び2、21、乙3の1及び2、4ないし6)が存するが、その内部告発書(甲13)は、作成者、出所とも不明でそれ自体の信用性は低く、週刊誌等の記事も、その記載内容やB供述によれば、上記内部告発書を転載したり、Bからの情報提供に基づくもので、独自の信用性を有するものではない。
(3) 他方、証人Aの証言及び陳述書(乙32)の記載、Dの証言調書(乙36)及び陳述書(乙35、41)の記載中には、平成10年度の仙台高検、仙台地検の調査活動費が、協力者への謝金として実際に使用された旨の証言や陳述があるが、これらの証言や陳述内容は、守秘義務との関係で抽象的にならざるをえない面を考慮しても、多額の予算を使って収集した情報がどのように利用され、蓄積されているのかなどの点で、あいまいで具体性に欠けるきらいがあり、これらによって、調査活動費が実際にすべて本来の目的に使用されていたことが証明され、不正流用の疑いが払拭されたとまではいえない。
なお、証拠(甲17の1ないし3、18の1ないし3、乙11、22の1及び2)によれば、平成13年に、調査活動費の不正流用を理由に、当時の大阪地検検事正らを被告発者として、虚偽公文書作成、同行使、詐欺等を罪名とする告発が最高検にされたが、事件の回送を受けた高松高検、大阪高検においていずれも嫌疑なしで不起訴とされ、その後の検察審査会においても不起訴相当とされたことが認められる。
また、弁論の全趣旨によれば、検察庁の調査活動費の不正流用について法務省内部の調査が行われ、その結果について、法務大臣が記者会見で、不正流用の事実はなかった旨述べていることが認められるが、この調査内容に関する証拠は当裁判所に提出されていない。
(4) 以上を総合すると、C供述の信用性は高く、少なくとも昭和58年から平成5年にかけて、仙台高検の調査活動費に関して、本来協力者が作成すべき領収書が偽造されていたことが認められ、あえて偽造までしていることからして、調査活動費が何らかの不正な使途に流用されていたものと推認されるところである。しかも、平成11年初めころに、調査活動費の使用が組織的に見直され、その金額や使用状況に大きな変化がみられたものの、平成5年から平成10年にかけては、調査活動費の使用状況に従前と大きな変化はみられないのであるから(弁論の全趣旨)、平成10年度の仙台高検の調査活動費(本件調査活動費)についても不正な流用が行われていたと推測する余地がある。また、平成10年度までの調査活動費の執行状況や、翌11年度以降の調査活動費の推移及び執行状況には、前記のとおり、不自然な点が少なくなく、原告が主張するように、平成11年度から急遽それまでの不正流用を是正したものとみることも推測としてはできなくもない。
しかしながら、平成10年度の本件調査活動費に関して不正流用があったことについて、これに沿うB供述は信用しがたく、他にこれを直接に認めるに足りる証拠はないので、結局は、前記のように、C供述や、調査活動費の使用状況の不自然性等から推測するほかないところ、C供述も、米沢区検察庁勤務時代を最後に、C自身は領収書の偽造を行っていないとしていることや、調査活動費の使用状況の不自然性についても、疑問は残るものの、被告の主張にも合理性がないわけではなく、そこにとりたてて破綻は存しないことなどに鑑みると、反対趣旨の証拠を排斥して本件調査活動費の不正流用の事実を認定するには未だ証拠が不十分といわざるをえない。
これらによれば、仙台高検の調査活動費について、平成5年ころまでに、少なくともその一部が不正に流用されていた事実は認められ、平成10年度の本件調査活動費の不正流用についても疑いとしては濃厚であるけれども、これを認めるまでの証拠は存しないというべきである。
(5) したがって、不正流用の事実を認めることができない以上、本件文書には実際に調査活動に使用された金員の支払に関する情報が記録されているということになるから、この点において被告の4号該当性判断に事実誤認があったとは認められず、事実の基礎を欠く判断で裁量権を逸脱、濫用したという原告の主張は採用できない。
3 争点(2)のイ(4号該当性に関する被告の判断の不合理性)について
原告は、4号該当性の判断にあたって、守秘義務に関する実質秘性の3要件を基準とすべきである旨主張するが、独自の見解であって採用しえない。もっとも、必要性の欠如として主張する部分は、被告の4号該当性に関する前記判断の明白な不合理性を主張しているとも解しうるので、以下、被告の前記判断が明白に合理性を欠くものかについて検討する。
(1) 本件支払明細書の明細欄には、調査活動費の支払に関する情報として、個個の支払ごとに、支払年月日、支払金額、使用目的、取扱者名が記載されていること、本件領収書には、調査活動費の受領に関する情報として、受領年月日、受領金額、受領者の氏名及び印影が記載されていることは、前記のとおりである。
(2) これらの開示により、調査活動費を支払った年月日、金額、目的等の一連の記述が公にされた場合に、協力者の氏名が記載されていなくとも、検察庁と協力者との接触状況が推認され、検察庁の調査事項、その時期、方法、協力者の身上、調査活動に携わった検察庁の職員等が推認されるおそれがあるとみることは、十分に首肯しうるものであり、これらが推認される結果、協力者や検察庁職員に対して圧力が加えられるなどの妨害工作を受けたり、部外の協力者が妨害工作をおそれ、あるいは周囲の目を気にするなどして協力を渋ったり、金額の多寡を知った協力者との信頼関係が損なわれたりして、検察庁の調査活動に支障が生じるおそれがあることも容易に予想されるところである(乙26、27の1ないし12、28、32、35、36、47の1ないし8、51の1及び2、証人A)。
(3) また、調査活動費のうち、事件その他の情報収集経費等については、業務の秘密性、国家の安全確保等の観点から、会計検査院に対するいわゆる「簡易な計算証明」が認められており、役務提供者等の領収証書は、他の経費において求められているような毎月の提出を免除され、会計検査院からの要求があった際に提出すれば足りるとされている(乙2の1ないし5、35、証人A)。
(4) 以上によれば、本件文書を開示することにより、公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると考えることには十分理由があり、被告が本件文書について4号該当性を肯定した前記判断が明白に合理性を欠くものとはいえない。
(5) なお、原告は、本件文書に記載された年月日、金額、氏名等のそれぞれが独立した情報であるから、それぞれについて4号該当性を判断すべきであると主張するが、本件支払明細書の明細欄は、各調査活動費の支出ごとに、その年月日、金額、使用目的、取扱者等の関係記載部分が、その調査活動費にかかる調査活動に関する独立した一体的な情報をなすものとみるべきであり、また、本件領収書も、その年月日、受領金額、受領者の氏名及び印影が、独立した一体的な情報をなすものとみるべきであって、これを更に細分化して一部のみを不開示としなければならないものではないから(後記4のとおり)、細分化した事項ごとに4号該当性を判断すべきとはいえない。
4 争点(4)(部分開示の要否)について
(1) 情報公開法6条1項は、その文理に照らすと、1個の行政文書に複数の情報が記録されている場合において、それらの情報のうちに4号の不開示情報に該当するものがあるときは、当該情報を除いたその余の情報についてのみ、これを開示することを行政機関の長に義務付けているにすぎないと解され、同項が、不開示情報に該当する独立した一体的な情報を更に細分化して、その一部を不開示とし、その余の部分を開示することまでをも行政機関の長に義務付けているものと解することはできない。
そして、本件支払明細書の明細欄は、各調査活動費の支出ごとに、その年月日、金額、使用目的、取扱者等の関係記載部分が、その調査活動費にかかる調査活動に関する独立した一体的な情報をなすものとみるべきであり、また、本件領収書も、その年月日、受領金額、受領者の氏名及び印影が、独立した一体的な情報をなすものとみるべきであるから、本件文書には、それらの情報以外の情報は記録されていないことになり、部分開示を認める余地はない。
これに対し、原告は、4号所定の不開示情報については同号のおそれを生じさせる範囲で1個の情報になり、本件文書に記載された年月日、金額、氏名等のそれぞれが独立した情報である旨主張するが、情報公開法6条2項の規定から窺われる「情報」の意義や、本件文書の記載内容、作成名義、作成目的等に照らすと、上記説示のとおりに独立した一体的情報を捉えるのが相当であり、原告の主張は採用できない。
(2) また、同法6条2項は、1号に該当する不開示情報について定める規定であるところ、本件文書に記録された情報には、前記のとおり、4号該当性が認められるのであるから、同法6条2項を適用する余地はない。
5 争点(5)(被告の判断における不法な目的、他事考慮の有無)について
原告は、被告が本件処分をしたのは、不正な流用の事実を隠ぺいする目的からであり、不開示事由該当性の判断にあたって考慮すべきでない事情を考慮(他事考慮)したことにもなるから、本件処分は違法である旨主張するが、かかる不法な目的や他事考慮の存在が本件処分の違法性を基礎付けるといえるかはともかく、前提とする本件調査活動費の不正流用の事実が認められないことは前記のとおりであるから、原告の上記主張は失当である。
6 結論
よって、原告の請求は、その余(特に、1号該当性)について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田村幸一 裁判官 清水知恵子 裁判官 能登謙太郎)
別紙
文書目録
1 仙台高等検察庁の平成10年度分(平成10年4月から平成11年3月まで)の調査活動費に関する支払明細書
2 仙台高等検察庁の平成10年度分(平成10年4月から平成11年3月まで)の調査活動費の支払に際して受領者から徴収した領収書