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仙台地方裁判所 平成13年(行ク)4号 決定 2002年3月29日

主文

本件移送申立てを却下する。

理由

第1申立て及びその理由

1  申立人(本案訴訟の被告。以下「被告」という。)は,「本案訴訟を東京地方裁判所へ移送する。」との決定を求め,その理由として,別紙1ないし4(別紙省略)のとおり主張した。

2  相手方(本案訴訟の原告。以下「原告」という。)は,主文と同旨の決定を求め,別紙5ないし7(別紙省略)のとおり主張した。

第2当裁判所の判断

1  本案訴訟は,原告がした在フランス日本国大使館,在イタリア日本国大使館及び在ホノルル日本総領事館の平成11年度の報償費支出に関する一切の資料についての開示請求に対して,被告がした平成13年6月1日付け各不開示処分の取消を求める事案である。

2  本案訴訟は,被告のした処分の取消を求める事案であるから,行政事件訴訟法12条1項による管轄である被告行政庁の所在地(以下「一般管轄」という。)として東京地方裁判所の管轄に属するとともに,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)36条1項に基づき,原告の普通裁判籍の所在地を管轄する高等裁判所の所在地を管轄する地方裁判所(以下「特定管轄裁判所」という。)である当裁判所の管轄にも属するというべきところ,被告は,情報公開法36条2項に基づき東京地方裁判所への移送を申し立てたものである。

3  よって,被告の申立てに係る移送の要件があるか否かを判断する。

(1)  情報公開法36条2項は,移送の要件として,(a)「(情報公開法36条1項の)規定により特定管轄裁判所に訴えが提起された場合であって,他の裁判所に同一又は同種若しくは類似の行政文書に係る情報公開訴訟が係属している場合において」,(b)当該特定管轄裁判所が「当事者の住所又は所在地,尋問を受けるべき証人の住所,争点又は証拠の共通性その他の事情を考慮して,相当と認めるとき」に,当該他の裁判所又は行政事件訴訟法第12条に定める裁判所に移送することができる旨定めている(以下「本件移送規定」という。)。

(2)  (a)の要件について

ア 本案訴訟は,前示のとおり特定管轄裁判所たる当裁判所に提起された訴えである。

イ 本件が,他の裁判所に同一又は同種若しくは類似の行政文書に係る情報公開訴訟(以下「同様文書訴訟」という。)が係属している場合に当たるか否かにつき検討する。

(ア) 一件記録によると,現在,東京地方裁判所に,特定非営利活動法人Aが,被告を相手にして提起した,外務省大臣官房並びに在アメリカ合衆国日本国大使館,在フランス日本国大使館,在中華人民共和国日本国大使館及び在フィリピン日本国大使館の平成11年度のうち平成12年2月及び3月支出の報償費に関する支出証拠,計算証明に関する計算書等の行政文書不開示処分取消請求訴訟(同裁判所平成13年(行ウ)第150号行政文書不開示処分取消請求事件。以下「別件訴訟」という。)が係属中であることが認められる。

(イ) 一件記録によれば,報償費とは,国がその事務又は事業を円滑かつ効果的に遂行するため,当面の任務と状況に応じてその都度の判断で最も適当と認められる方法により機動的に使用される経費であり,外務省においては,情報収集及び諸外国との外交交渉又は外交関係を有利に展開するために使用されている経費を指すことが認められる。

(ウ) 本案訴訟,別件訴訟とも,不開示処分取消請求に係る具体的な行政文書名が特定されていないけれども,報償費のうち特定の使途のものに限定していないので,いずれにおいても,開示請求に係る外務省の部局,在外公館について,請求に係る期間それぞれ作成された報償費に関する支出関係書類を包括的に対象としているものと解される。

(エ) そこで,両訴訟において不開示処分取消を求めている文書を対比すると,在フランス日本国大使館に関する平成11年度中の平成12年2月及び3月支出の報償費に関する支出証拠,計算証明に関する計算書については,同一の文書に当たると認められる。

在フランス日本国大使館に関するその他の文書も,同一年度内の報償費に関する記録であるから,両訴訟において不開示処分取消の対象となっている同大使館に関する文書は相互に同種の文書に当たると認めるのが相当である。

前示外務省大臣官房及び各大使館及び総領事館に関するその他の文書については,支出の主体が異なるものの,外務省の一機関の報償費に関する包括的な支出関係書類であって,類似の事項にかかわる文書とみられる。

したがって,両訴訟において開示請求の対象となっている文書は相互に同一,同種又は類似の行政文書に当たるというべきである。

(3)  (b)の要件について

ア 判断の矛盾,抵触の回避等について

(ア) 被告は,情報公開法36条2項が同一又は同種若しくは類似の文書について移送を認めたのは,同条1項が特定管轄裁判所に提訴することを認めた結果,複数の裁判所において同一又は同種若しくは類似の文書に係る事件が審理され,各裁判所において矛盾,抵触する判断がされることにより行政実務上の混乱が生じる危険があるのでこれを避けるためであるとし,本案訴訟につき,別件訴訟との判断の矛盾,抵触のおそれがあることを理由に移送すべきである旨主張する。

(イ) しかしながら,当初国会に提出された情報公開法の政府原案には,特定管轄裁判所にも管轄を認める規定はなかったところ,情報公開訴訟を提起する原告の出訴の便宜を図る観点から,衆議院における修正により,この管轄が追加的に設けられ,これに伴って本件移送規定が加えられたものである。

ちなみに,特定管轄裁判所の管轄がこのようにして追加された管轄であるからといって,政府原案の当初から規定のあった一般管轄による裁判所が原則的で,特定管轄裁判所が例外的であり,これを制限的なものであるとするのは,相当でない。本件移送規定において移送先の一として一般管轄による裁判所が定められているのは,同様文書訴訟が複数の特定管轄裁判所にのみ係属し,移送が相当な場合に,公平を期する趣旨に出たものと解されるから,これをもって一般管轄が原則であると速断することはできない。

(ウ) ところで,特定管轄裁判所を設けることにより,同様文書訴訟が,各地の裁判所に提起され,それらが別個に審理された場合に,審理の重複が生じ,かつ矛盾,抵触する判断がされる可能性があることは,情報公開法の立法過程において,当然予想されたことである。そして,このような事態を避けるためには,同様文書訴訟が係属しているときには,例えば地方自治法242条の2第4項のように,別訴を提起することを禁止する規定や,複数の裁判所に係属した事件を一の裁判所に移送し,かつ弁論を併合することを義務づける規定を設けるなどの立法的な手当がされてしかるべきであったはずである。

しかるに,情報公開法は本件移送規定において,前示(1)のとおり定めたにとどまり,審理の重複や判断の矛盾,抵触が生じる可能性を前示のような規定を設けて遮断する手当をしていないのである。

(エ) そして,上記の定めをしたにとどまる以上,先に提起された訴訟が上訴により上級審に係属した後に同様文書訴訟が提起される場合には,移送の余地はなく,判断の矛盾,抵触の可能性は避けられないことになる。

(オ) 以上の各点に鑑みれば,情報公開法は,同一又は同種若しくは類似の文書に関する判断の矛盾,抵触が生じる可能性を容認しているものとみるべきであって,情報公開法は,上訴審を通じて判断の統一を図ることを期しているものと解すべきである。

(カ) たしかに,本件移送規定の活用によって,訴訟当事者の訴訟追行の便宜,訴訟経済等と並んで,異なる裁判所間の判断の矛盾,抵触が回避できることはいうまでもない。

しかしながら,そのことから直ちに,同様文書訴訟が複数係属の場合,判断の矛盾,抵触の回避のために,一方又は双方の訴訟を移送することを原則とするものと解すべきことにはならない。

(キ) しかして,本件移送規定の内容をみるに,特定管轄裁判所に情報公開訴訟が提起された場合に,他の管轄裁判所に同様文書訴訟が係属していても,それだけで移送すべきものとはしておらず,当事者の住所又は所在地,尋問を受けるべき証人の住所,争点又は証拠の共通性その他の事情を考慮して移送を相当とする場合にはじめて移送することができるとされており,同様文書訴訟が複数係属している場合に,原則として一方又は双方の訴訟を移送すべきものとし,例外的な事情があるときに限り移送しないことができるとはされていないことは文言上明らかである。

(ク) 他方,特定管轄裁判所に情報公開訴訟が提起された場合で,他の管轄裁判所に同様文書訴訟が係属している場合に,抽象的に審理の重複,判断の矛盾,抵触が生じる可能性があるという理由で移送するのを原則とするのでは,特定管轄裁判所を認めた意義が大きく減殺され,これを設けた前示の趣旨に副わない結果となるおそれがある。

(ケ) したがって,特定管轄裁判所に情報公開訴訟が提起された場合に,他の管轄裁判所に同様文書訴訟が係属しており,抽象的に審理の重複,判断の矛盾,抵触が生じる可能性があるということは,それ自体独立して移送を相当とする決定的な事情として過大視することはできない。

(コ) むしろ,情報公開制度の趣旨目的,特定管轄裁判所を設置した経緯,本件移送規定の内容に照らせば,特定管轄裁判所に情報公開訴訟を提起する原告の利益は大いに尊重されるべきであって,特定管轄裁判所に提起された訴えを一般管轄の裁判所に移送するには,本件移送規定の掲げる(1)(b)の諸要素について,移送を相当とすべき個別的具体的な事情を必要とすると解するのが相当である。

(サ) なお,被告は,同一文書に係る情報公開訴訟において,行政庁の不開示処分を維持する判決とこれを取り消す判決とに判断が分かれた場合,行政庁は法的に措置に窮する旨主張するけれども,後者の取消判決については,行政事件訴訟法33条の拘束力が生じるのであり,これに従って当該文書を開示した場合には,行政庁が法的責任を問われる余地はないというべきであるから,被告の主張は根拠があるものとはいえない。

イ 争点の共通性

(ア) 原告は,本案訴訟と別件訴訟では当事者及び訴訟代理人が異なる上,不開示処分取消を求める文書も異なるので,両訴訟における争点及び主張立証方法が異なる旨主張する。

(イ) 本案訴訟について,被告は本案における原告の主張に対する答弁を行っていないので,本案訴訟の争点は必ずしも明らかではないけれども,一件記録によれば,別件訴訟においては,主要な争点は外務省の内部部局又は在外公館に関する報償費に関する文書の不開示情報該当性の有無であり,本案訴訟も別件訴訟と同一,同種又は類似の行政文書の不開示処分の取消が求められていることに照らすと,本案訴訟においても同様の事項が主たる争点になることが予想される。

(ウ) 情報公開訴訟における不開示情報該当性の有無は,当該情報の内容や性質自体に照らし,それらの情報が公にされることによって情報公開法5条が保護しようとする利益が侵害されないか否かに係るものであり,開示請求者等の個別的な利益及び事情とは無関係に判断される性質のものと解される。

(エ) しかして,不開示処分取消訴訟において,開示請求を受けた行政機関が,不開示情報に該当すると判断して不開示とした文書の内容に踏み込んで主張立証をするならば,当該文書を開示したのと同様の結果になることから,当該行政機関の主張立証方法は,相当程度において類型的かつ抽象的なものとならざるを得ないというべきである。

(オ) 以上の事情を考え併せると,本案訴訟と別件訴訟における同一の文書に関する不開示情報該当性についての主張は,同様のものとなる可能性が高いものと考えられる。

(カ) また,本案訴訟及び別件訴訟に係るその余の文書も,前示のとおり,いずれも外務省の一機関たる内部部局又は在外公館の報償費の支出にかかわる同種又は類似の文書と認められるから,それらに記載された情報の内容の不開示情報該当性の有無についての主張も,上記の理由から,おおむね同様のものとなることが予想される。

(キ) それゆえ,本案訴訟と別件訴訟において,当事者及び訴訟代理人が異なっているものの,争点はおおむね同様のものとなることが予想される。

しかしながら,本案訴訟が別件訴訟と別個に審理することによって訴訟経済上又は当事者の訴訟追行上看過し難い不都合が生ずることを具体的に示す事情は認められないから,上記の点における審理の重複は,本件において移送を相当とする事情として十分とはいえない。

ウ 証拠の共通性等について

(ア) 一件記録からは,別件訴訟における争点に関する立証方法は,外務省の内部部局又は在外公館である各大使館,総領事館等における支出根拠にかかわる法規や内部規定等に関する書証が中心となるであろうことが窺われるところ,これは,本案訴訟においても同様になるとみられる。

(イ) 尋問を受けるべき証人の存否等について検討するに,前示のとおり予想される争点に関しては,(ア)に例示したような書証に基づいて判断することが可能であると考えられ,現段階において本案訴訟において証人尋問を行う必要性は認められない。

(ウ) この点,被告は,今後の審理次第では証人尋問の必要が生じる可能性があり,その場合には複数の裁判所に出廷しなくてはならない証人の負担が過大になる旨主張するが,証人尋問の必要性も証人予定者も具体的に明らかにしていない以上,これを斟酌する余地はなく,被告の主張は採用し難い。

(エ) 以上によれば,本案訴訟と別件訴訟における立証方法は共通のものとなると解されるが,その方法は書証が中心であって,証人の出頭確保や負担の増加という問題は生じないというべきである。

(オ) しかのみならず,本案訴訟が別件訴訟と証拠方法が共通とみられるとしても,訴訟経済上又は当事者の訴訟追行上看過し難い不都合が生ずることを具体的に示す事情は認められないから,この点における審理の重複は,本件において移送を相当とする事情として十分とはいえない。

エ 当事者の住所又は所在地等から生じる負担について

(ア) 被告は,特定管轄裁判所たる当裁判所において審理することにより,各地で提訴される同種事件のために準備し,出廷する必要が生じて,応訴の負担が重くなるのに対して,原告の構成員の中には別件訴訟でも訴訟代理人をしている者がいる上,本案訴訟が東京地方裁判所に移送された場合でも,原告は東京近郊の訴訟代理人を通じた訴訟追行が可能であるから,原告には移送による不利益は生じない旨主張する。

(イ) 本案訴訟が東京地方裁判所に移送された場合,原告について電話会議システムを利用した審理も可能であるが,出廷が必要な場合があることは否定できないから,原告訴訟代理人の旅費日当の負担が少なからず増加することが予想され,また,原告が東京近郊の訴訟代理人を委任又は復委任することも考えられるが,その場合,訴訟代理人との打合せに困難が生じる可能性は否定できない。

他方,被告は,特定管轄裁判所に同様文書訴訟が提起されたとしても,当該管轄地の法務局の職員らを指定代理人として訴訟追行することが可能であり,現に,本件において,法務省の職員等に加えて仙台法務局の職員らを指定代理人としていることが認められるし,遠隔地に在住する法務省の職員らである被告指定代理人の出廷の負担については,原告の場合と同様,電話会議システムを利用した審理により軽減することができる。しかし,特定管轄裁判所において審理される場合,各地方に出先機関を持たない被告が,訴訟追行のための打合せ等の準備について不便を被る可能性や,指定代理人の旅費等の負担が増加する可能性があることは否定できない。

(ウ) そこで,検討するに,情報公開法が,行政機関の保有する情報の一層の公開を図り,もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに,国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的としている(同法1条参照)ことに加え,国民の出訴の便宜を考慮して,特定管轄裁判所の制度を設けたことを併せ考えると,特定管轄裁判所において審理を行う場合に行政機関の応訴上の負担が増加することは,本来,同法が予定していることというべきである。したがって,複数の裁判所に同一又は同種若しくは類似の文書に係る訴訟が係属することによって,行政機関の応訴の負担が著しく過大なものとなるような特段の事情がある場合はともかく,そうでない限り,訴訟追行についてはできるだけ原告の出訴の便宜を尊重するのが同法の趣旨に副うものと解すべきである。

これを本件についてみるに,本案訴訟が東京地方裁判所に移送される場合に原告が被る負担と,当裁判所において審理する場合に被告が被る負担を比較すると,前示(イ)のとおりであって,未だ後者の場合に被告が被る応訴の負担が前者の場合に原告が被る負担に比して,著しく過大なものとなるような特段の事情があるとはいえない。

(エ) 被告は,原告の市民団体としての性格,構成員,代理人の構成に照らして,原告の出訴の利益は考慮を要しない旨主張するけれども,本案訴訟は,広く一般国民に平等にその権利を認めた国の行政機関の保有する情報の公開を求める訴訟であって,当該情報が原告の個別的権利保護に必要か否かの観点から出訴の便宜に差異を付けるのは相当でないから,被告の主張は採用できない。

オ 審理の遅延の可能性について

(ア) 前示ウ(イ)のとおり,本案訴訟において証人尋問の必要性は認められないから,証人の出頭確保の困難により審理が遅延するおそれは認められない。

(イ) 本案訴訟と別件訴訟が当裁判所と東京地方裁判所において別個に審理される場合,各訴訟の双方当事者及び訴訟代理人が複数いることから,その出頭を確保するための期日調整が容易ではないと予想される。

しかしながら,両訴訟が併合された場合であっても,両訴訟の原告側訴訟代理人の日程調整の必要が生じることは避けられないし,むしろ併合によって期日調整が困難となる可能性もある。

(ウ) したがって,本案訴訟を東京地方裁判所へ移送した場合のほうが,当裁判所において審理する場合よりも,審理の遅延の程度が少ないと速断することはできない。

カ 以上アないしオの検討結果によれば,本案訴訟は,別件訴訟と主たる争点及び立証方法に共通性が認められ,両訴訟を別個に審理判断した場合,審理の重複が生じるし,また,判断の矛盾,抵触が生じる可能性は否定できないものの,本件においてこれらは移送を相当とする事情として十分とはいえないものであり,本案訴訟において証人の出頭確保や負担の増加という問題が生じるとは認められず,当事者の住所又は所在地等から生じる負担についても,被告に過大な負担が生じるとも解されないし,審理の遅延のおそれがより大きいともいえないのであって,これらの事情を総合考慮すると,いまだ,本案訴訟を東京地方裁判所に移送する相当の理由があるとは認められないというべきである。

4  以上の次第であるから,本件申立てには理由がないので却下することとして,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 信濃孝一 裁判官 岡崎克彦 裁判官 杉田薫)

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