仙台地方裁判所 平成14年(わ)47号 判決 2002年6月27日
主文
被告人を懲役16年に処する。
未決勾留日数中90日をその刑に算入する。
押収してある文化包丁1丁(平成14年押第14号の1)を没収する。
理由
(犯行に至る経緯)
被告人は,平成3年3月に高校を卒業した後自衛隊に入隊し,同年11月にAと仙台市内の飲食店で知り合って交際するようになり,平成4年ころからAと同せいを始め,Aに度々結婚話を持ち掛けたり,両親に紹介するなどして当初は円満に暮らしていた。
しかし,Aは,自衛隊を辞めた被告人が,ビル清掃作業員,測量会社の社員,トラックの運転手等として働いたものの,いずれも長続きしないことや金銭感覚がルーズなところに不満を感じるようになっていたところ,Aは,平成12年4月ころ,仕事が忙しくなったことから,帰宅が遅くなったり,外泊することが増えると,被告人から外に付き合っている男性ができたのではないかと疑われて,執ように問いただされたり,また,被告人が消費者金融会社等から借金をして自動車を購入したり,パチンコや飲酒に浪費したりしたため,被告人とけんかをするようになり,やがて被告人との生活に嫌気がさし,ついには被告人と別れたいと思うようになったが,他方では,職場の同僚であったBに次第に好意をよせ,同年秋ころからは同人とも交際を始めるようになった。
被告人は,同年12月ころ,機会をうかがっていたAから,別れ話を切り出されたものの,「それなら死ぬしかない。」などと言って包丁を持ち出して自殺するような素振りを示してその場を切り抜けたが,平成13年4月ころにもAから別れ話を持ち出されたことから,Aとうまくいかない大きな原因は自己の抱える借金のためであると思ってこれを返済しようと考え,同年5月ころに東京都八王子市内の新聞販売店で働いてみたが,長続きせず,同年10月ころには再びA方に戻ってきたが,「借金の催促が来る。何とかして。」などとAから言われたため,ここで一旦Aから離れて借金を返済してからAの元に戻ろうと決意し,実家に帰って2年間漁船員として働き自己の借金を清算するなどと告げて,A方を出てみたものの,実家に受け入れてもらえず,またもや仙台市内に戻ってきた。
被告人は,仙台市内に戻ったものの,上記のとおりAに告げていたことから,A方に戻るわけにもいかず,同年11月ころから仙台市内の知人方に寝泊まりして同人らが経営する居酒屋で働いていたが,Aの元に戻りたいとの思いから,車でA方に赴いて外からその部屋の様子をうかがうなどしているうち,同年12月末に居酒屋を辞めて無職となり,その後は健康センターや自動車の中で寝泊まりしていたところ,平成14年1月4日A方に押し掛けて,所持金もなくこのような生活を送っている窮状を訴え,さらに,Aの元に戻りたいとの気持ちを打ち明けたものの,Aから「一緒にいれない。」などと明言されたが,哀れに思ったAから一晩泊めてもらうことになり,その際,室内に被告人とAの二人で一緒に写った写真が残されていたのを見て,Aとやり直すことも絶望的なことではなく,被告人の努力次第によりやり直すことは可能なことであると勝手に考えた。
そして,被告人は,翌5日朝,Aから1万円を借りるなどしてA方を去り,再び車で寝泊まりするようになったが,やがて所持金もなくなって生活費にも事欠き,寒さも身にしみ,Aとやり直したいと思いながらも,何で自分ばかりこんな目に遭うのか,このような窮状に陥ったのもAのせいだと次第にAに対する憎しみも抱くようになった。
ところで,Bは,平成13年12月に札幌市内に転勤し,平成14年1月19日に出張で仙台市内にやって来てA方に泊まっていたところ,被告人は,同月20日午後4時ころ,またもやA方を訪れて金員を借りようとしたものの,Aが不在だったことからパチンコ店で時間をつぶし,同日午後8時ころ,再びA方の近くまでやって来ると,Aが灯油用のポリタンクを持ったBと肩を並べて歩いているのを目撃したため,Aのせいで自分ばかりひもじく寒い思いをしている,Aは自分が出るとすぐに外の男性と仲良くしている,裏切られた,絶対にAを許せないと激高し,Bに対しても,Aを奪われた悔しさから激しく憎み,さらに,二人が仲良く会話する様子を見て,Aとやり直す望みもなくなってしまったと考えて深い絶望感にとらわれ,二人を殺害することを決意し,A方付近の建物の陰に隠れて,拾ってセカンドバッグの中に入れて持ち歩いていた文化包丁を取り出し,二人が帰ってくるのを待ち伏せした。
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1平成14年1月20日午後8時30分ころ,仙台市甲区乙a丁目b番c号付近路上において,両手に灯油入りポリタンクを持ってA方に帰宅途中のB(当時27歳)に対し,殺意をもって,その胸腹部を所携の文化包丁(刃体の長さ約15.8センチメートル,平成14年押第14号の1)で突き刺し,よって,そのころ,同所において,同人を胸腹部刺創による失血により死亡させて殺害し,
第2上記日時ころ,上記場所において,殺意をもって,上記Bと共に帰宅途中のA(当時31歳)に対し,Aの身体をつかんでその場に仰向けに押し倒した上,その身体に馬乗りになってAの頸部を両手で絞め付け,Aを殺害しようとしたが,通行人に阻止されため,Aに全治約2週間を要する頸部挫傷等の傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂げず,
第3業務その他正当な理由による場合でないのに,上記日時ころ,上記場所において,上記文化包丁1丁を携帯し
たものである。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は刑法199条に,判示第2の所為は刑法203条,199条に,判示第3の所為は銃砲刀剣類所持等取締法32条4号,22条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中判示第1及び第2の罪については有期懲役刑を,判示第3の罪については懲役刑をそれぞれ選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第1の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役16年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中90日をその刑に算入することとし,押収してある文化包丁1丁(平成14年押第14号の1)は判示殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(被告人の主張に対する判断)
1 被告人は,判示第2の殺人未遂の事実につき,捜査段階で,「Aの首を絞めている途中でAと目が合ってしまった。その苦しそうな表情を見て殺せないと思った。思うように力が入らないと感じていたところに通行人の男性からやめなさいと止めに入られた。Aをかわいそうだという気持ちになっていたし,その男性に邪魔されて集中もできなくなったことから,それをきっかけに力を抜いてAから引き離された。」(乙8),公判において,「当初はAを殺害する意思で首を絞めていたものの,Aの苦しむ姿を見てかわいそうになって首を絞めるのをやめた。」などと供述していることから,以下,中止未遂の成否につき検討する。
2 関係各証拠によれば,判示事実に加えて,以下の各事実が認められる。すなわち,(1)被告人は,Bを殺害した後,Aを路上に押し倒して馬乗りになり,Aの頸部を両手で絞め付けたが,その際,かなり興奮した状態で,「死ね,死んでくれ。」と言っていたこと,(2)本件現場を自動車で通りかかったCが,被告人がAの首を絞めていることに気付き,被告人の左横から,その両腕を順番に押さえるなどして「死んじゃうだろ。」と言って制止したものの,被告人は,何かに取りつかれた様子で,「この女は死んでもいいんだ。」と言って止めようとせず,Cが普段では考えられないくらいの力を出して被告人をAから引きはがそうとして「ちょっと冷静になれや。」と言ったところ,被告人の力が緩み,被告人をAから離すことができたが,被告人は,Cの口付近を1発殴って再び暴れ始め,同人と5分間位取っ組み合いをしたこと,(3)その後,被告人は,その場ではAを殺害できないと思い,別の場所でAを道連れに自殺しようと考え,Aを連れ回し,「死んでくれ。俺は人殺したから,もう怖いものなんかない。」などと言ったこと,(4)被告人は,Aを付近のマンションまで連れて行き,同所の屋上から一緒に飛び降りようとしたが,Aがガードレールにしがみついて抵抗し,通行人も集まってきたことから,Aを道連れにすることをあきらめたこと,が認められる。
3 上記各事実からすれば,被告人が,Aの殺害を決意したときから,付近マンションで連れ回したAを手離すまでの間,Aに対する強固な殺意を有していたものであって,これを途中で放棄したことなどないことは明らかである。
4 したがって,Aの苦しむのを見てかわいそうになり首を絞めるのを止めたなどという被告人の供述は信用できず,上記認定事実に照らせば,被告人がA殺害の目的を遂げなかったのは,障害未遂にすぎない。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,以前交際していたA及びその交際相手のBを殺害しようと決意し,Bの胸腹部を文化包丁で突き刺して死亡させた上,さらに,一緒にいたAに馬乗りになってAの首を絞めて殺害しようとしたが,たまたま通りかかった通行人に阻止されたために未遂に終わり,その際,文化包丁1丁を携帯していたという殺人,殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案である。
本件殺人及び殺人未遂の犯行の動機を見ると,被告人は,Aから一緒に生活できない旨言われながらも,Aと復縁する思いを断てず,努力して借金を返せばAとやり直せるなどと考えながらも,仕事を辞めて生活費にも事欠くような生活を送っていたところ,AがBと仲むつまじくしているところを目撃し,Aに裏切られた,自分がこんな不幸な目に遭うのも元はといえばAのせいだと激高し,Bに対しても,Aを奪ったと考え,激しく憎むなどして犯行に及んだというのであるが,そもそも,Aが被告人から離れていったのは,被告人が仕事も長続きせず,金銭的にもルーズであったことによるのであり,被告人もAと一緒に暮らせない原因は自己の抱える借金のためであると自覚し,一旦Aから離れて借金を返済しようと決意しながら,努力した様子はうかかえず,かえって勤めていた仕事を辞めて無職になり,生活費にも困窮する生活に陥って,最後にはAに頼り,Aに甘えながら,上記のとおりAに裏切られたと激高したものであって,Aに対する逆恨みであり,まして,BにAを奪った責任があるなどと激しく憎しみを抱いたその犯行の動機は,自己中心的かつ短絡的であって,酌量の余地はない。
本件殺人の犯行態様について見ると,被告人は,被害者らの殺害を決意するや,刃体の長さ約15.8センチメートルの鋭利な文化包丁をセカンドバッグから取り出して用意しながら建物の陰で待ち伏せし,ポリタンクを両手に持ち防御が困難な状態にあったBに対し,上記文化包丁で強固な確定的殺意をもって,胸腹部を1回突き刺して殺害したものであって,同人殺害の犯行は冷酷にして悪質極まりない。さらに,被告人は,Aを押し倒して仰向けに転倒させて馬乗りになり,Aに対して強固な確定的殺意をもって「死んでくれ。」などと言いながら強烈に首を絞め続け,通行人が制止しても,犯行を継続しているのであって,A殺害未遂の犯行も執ようかつ悪質なものである。しかも,被告人は,通行人に制止された後もAと無理心中を図ろうとして,Aを連れ回しているのであって,犯行後の情状も悪い。
そして,Bを殺害した結果は誠に重大である上,同人は当時27歳とまだ若く,家族,友人,同僚らから慕われ,会社からは将来を期待されていたのに,被告人の理不尽な凶行によって,その前途ある将来を一瞬にして絶たれたのであり,これから味わえたであろう人生の日々を思うと,その無念さは察するに余りある。
Bを突如失った遺族の悲しみは当然のことながら深く,同人の両親は捜査段階,また,当公判廷における意見陳述においても,最愛の息子を突然失ったことへの悲しみと被告人に対するやりきれない怒りを繰り返し訴え,被告人に対する強い処罰感情を述べている。
また,Aについても,結婚をしたいとまで考えていた男性が,かつて付き合っていた被告人によって目の前で刺殺された上,「死ね,死んでくれ。」などと言われながら,首を絞め続けられてその生命を危うく奪われかけたのであって,肉体的苦痛はもちろんのこと,その驚がく,恐怖,精神的衝撃は重大である。
しかるに,被告人は,Bの遺族やAらに対し,何らの慰謝等の措置も講じていない。
加えて,本件銃砲刀剣類所持等取締法違反について見ても,被告人の供述するところによれば,本件の約10日前に河原で落ちているのを見付け,いざとなったら強盗等に使用する目的で持ち歩いていたというのであって,その犯情は悪い。
以上からすれば,被告人の刑事責任は誠に重い。
他方,本件各犯行はその直前に被害者らの姿を目撃して,激高したことなどによるものであって,その計画性は薄いこと,被告人は,本件各犯行の重大性を認識し,真摯に反省をするとともに,特に,殺害した被害者に一生をかけてわび続けていきたいと述べていること,被告人の前科は道路交通法違反による罰金前科2犯のみであることなど被告人にとって酌むべき事情も認められる。
そこで,以上の事情を総合考慮し,被告人を主文の刑に処するのが相当であると判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑―懲役20年,押収してある文化包丁1丁を没収)
(裁判長裁判官 本間榮一 裁判官 齊藤啓昭 裁判官 目黒大輔)