大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 平成14年(わ)476号 判決 2006年3月20日

主文

被告人を懲役18年に処する。

未決勾留日数中800日をその刑に算入する。

押収してある携帯電話1台(平成15年押第31号の1),総合口座通帳2通(同号の32),キャッシュカード2枚(同号の35のうち「A1」名義のもの),カード1枚(同号の38)及び印鑑1本(同号の39)を被害者A1に,リモコン1台(同号の26),カーテレビ1台(同号の27)及びチューナー1台(同号の28)を被害者Cに,ボールペン1本(同号の24),クレジットカード1枚(同号の30),財布1個(同号の31),総合口座通帳2通(同号の33,34),キャッシュカード2枚(同号の35のうち「A2」名義のもの),診察券3枚(同号の36)及び手提げバッグ1個(同号の37)を被害者A2に還付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1  平成14年3月11日ころから同月12日ころまでの間に,宮城県宮城郡利府町a字bc番地株式会社B1「B2」C1店において,同店店長B管理に係る現金約11万3315円及びプリペイドカード20枚ほか1点在中の耐火金庫1台(時価合計11万円相当)を窃取した,

第2  金品窃取の目的で,同年7月15日ころから同月16日ころまでの間に,同県塩竈市a町b丁目c番d号有限会社D1(代表取締役A2)事務所兼A1方居宅の無施錠の出入口を開けて同居宅内等に侵入し,同所2階茶の間からA2所有又は管理に係る現金約21万9000円及び同所1階事務所内からA1所有に係る携帯電話機1台を窃取した,

第3  金品窃取の目的で,同月21日ころから同月22日ころまでの間に,同市ab番c号に所在し,株式会社E1「F1」店長Cの看守する同店事務所にその出入口サッシ戸の施錠を外して侵入し,同所において,同人所有のカーテレビ1台ほか2点(時価合計4万円相当)を窃取した,

第4  同月25日午前2時41分以降の同日ころ,仙台市,宮城県塩竈市又はその周辺において,V(当時16歳)に対し,殺意をもって,同女の頚部を締めつけ,若しくはその鼻口部を塞ぐなどして,同女を窒息により殺害した,

第5  前記第4記載のころ,上記Vの死体を遺棄しようと企て,宮城県塩竈市所在のQ1港及びその付近において,所携のポリプロピレン製ロープを使用してコンクリート製ブロック2個(総重量約20キログラム)をくくりつけた同死体を水深約7メートルの同海域の海中に投棄して海底に沈め,もって死体を遺棄した,

第6  株式会社G1(代表取締役D)H1給油所が前記D1にガソリン等を売掛販売していることを奇貨として,買掛名下に同給油所からガソリンを詐取しようと企て,別表記載のとおり(添付省略),同年8月1日から同月13日までの間に,前後4回にわたり,同市ab丁目c番d号所在の同給油所において,真実は,上記有限会社D1が被告人に同給油所からガソリンを購入する権限を与えていないのに,これあるように装い,同給油所従業員Eほか1名に対し,別表欺罔文言欄記載のとおり,D1が購入代金を支払う旨虚偽の事実を申し向け,被告人の使用する普通乗用自動車へのレギュラーガソリンの給油方をそれぞれ申し込み,Eらをしてその旨誤信させ,よって,いずれも,そのころ,同所において,同人らからレギュラーガソリン合計154.6リットル(販売価格合計1万6697円相当)の交付を受け,もってそれぞれ人を欺いて財物を交付させた,

第7  同月14日ころ,前記第2記載の有限会社D11階事務所内から,A1ほか1名所有又は管理に係る現金約8670円,財布等約20点在中の手提げバッグ1個(時価合計7300円相当)を窃取した

たものである。

(事実認定の補足説明及び公訴棄却の主張に対する判断)

弁護人は,殺人及び死体遺棄の各事実について,平成14年7月24日から25日にかけて,被告人がV(以下「被害者」という。)と会ったことはあるが,被害者を殺害し,その死体を遺棄した犯人ではない,詐欺の事実について,被告人は有限会社D1(以下「D1」という。)から給油の権限を与えられていたから,欺罔行為も詐欺の犯意もない,その他の事実についても,被告人が犯人であるとの証明は不十分であるとして,被告人はいずれも無罪である旨主張し,被告人も,当公判廷において,弁護人の主張に沿う供述をしている。さらに,弁護人は,殺人及び死体遺棄の訴因は不特定である,また,「証拠の標目」欄に記載の証拠の一部は,違法捜査に基づく違法収集証拠である,あるいは,違法収集証拠から派生的に得られたものであるから,いわゆる毒樹の果実として証拠排除すべきである,判示各事実は,いずれも違法捜査に基づいて公訴提起されたものであるから,刑事訴訟法338条4号に基づき公訴棄却すべきであると主張する。

そこで,以下,判示各事実を認定したことについて補足的に説明し,弁護人の主張に対する判断を示すこととする。

なお,月日は,特に断らない限り,平成14年のことであり,証人,被告人の当公判廷における供述については,公判調書中の供述部分も区別しないで,単にそれぞれの「公判供述」と表示する。

第1殺人(第4)及び死体遺棄(第5)の事実について

1  被害者の遺体について

関係証拠によれば,・※  8月10日,女性の遺体が,Q1港R1埠頭岸壁東端から東南東方約42メートル沖の海上を浮遊しているところを釣り人により発見され,通報で駆け付けた警察官らによって引き上げられたが,右手首に複数のブレスレットをつけていたほかは全裸であり,腹部の左右にコンクリートブロックが各1個ずつ,ポリプロピレン製ロープと針金で結びつけられていたこと,・※  遺体は,身長166.5センチメートルで,体重45.8キログラムであったこと,・※  死因等の鑑定を行った医師F(以下「F医師」という。)が鑑定の際に実施した遺体の解剖や検査等の結果は,(ア) 体表の創や臓器損傷,骨折等の重篤な損傷は認められず,(イ) 死後変化が進んでおり,詳細な所見は得られなかったものの,死亡結果に結び付くような脳出血はなく,心臓及び肺等の主要臓器にも著明な病変が確認されず,(ウ) 胃内容物の分析から薬物を摂取した痕跡は見受けられなかったこと,また,(エ) 肺は,左約190グラム,右約260グラムと比較的軽く,胸腔内の異液も左40ミリリットル,右25ミリリットルと腐敗軟化液程度の量で,肺の割面にも水腫感はなく,(オ) 肺の珪藻検査は,左肺ではごく少数検出されるにとどまった珪藻が,右肺からは比較的多く認められたこと,さらに,(カ) 頚部には,帯状に一周する皮膚欠損部分(その幅は,前頚部から左右側頚部にかけて約2.5ないし3.5センチメートルであり,その皮膚欠損部分の境界線は比較的鮮明であって,後頚部中心付近で左右からの帯状欠損部が連続しているように見え,その幅は約2センチメートル以下である。)があり,(キ) 血液型はB型であったこと,・※  その後,遺体の指紋が被害者の指紋と合致したことから,遺体が被害者Vであると特定されたことが認められ,これらについては,弁護人,被告人も争っていない。

2  被害者の死因について

(1) 被害者が,生前病気を抱えていたということや,7月24日ころから翌25日午前2時41分ころまでの間,直接に,あるいは,電話で話をしたり,メールでやりとりした相手方である実母や友人等に対し,体調が悪いと訴えていたような事情は証拠からうかがわれない上,F医師が作成した鑑定書(甲3。以下「F鑑定書」という。)によれば,前記1・※(ア)ないし(ウ)のとおり,被害者の遺体の脳や主要臓器に著明な病変はないことから,内因性の自然死や病死の可能性がなく,また,臓器損傷,骨折を含めて重篤な損傷がないことから損傷死も考えられず,さらに,検査結果から薬物中毒死の可能性も否定されている。

そして,前記1・※のとおり,コンクリートブロックをロープでくくりつけられていたというような遺体の状況からすれば,自殺が否定されることは明らかである。

(2) ところで,遺体が海中から発見されたことから一応溺死が疑われ,あるいは,前記1・※(カ)のとおり頚部に皮膚欠損部分があることから絞頚が考えられるところ,F医師は,これらを含め,死因について,要旨,「通常の溺死体と比較すると,遺体の肺の重量が軽く,胸腔内の異液量が少なく,肺割面の水腫感がないことに加え,左右の肺から検出された珪藻の数に明らかな差異があるため,被害者が水の中に頭まで浸かって水を吸ったと考えるには疑問があり,被害者の死因が溺死である可能性は小さい。自然死,病死,損傷死が否定されることから,被害者の死因は外因死のうちの窒息死の可能性が残っている。一般的に海中死体に皮膚欠損が認められる場合,海洋生物による蚕食やバクテリア等による死後変化の可能性があるが,前記1・※(カ)のような頚部を一周する帯状の皮膚欠損が生じた理由は,それでは説明し難く,海中に入る以前に,頚部を一周する様な皮膚の損傷が生じていた可能性が高いと考えられる。かなり硬い索条を,圧迫だけでなく皮膚をこすり取る様な極めて強い力を加えるならば,真皮層まで達するような皮膚欠損が生じ,こうして生じた索溝に死後変化が加われば,前記のような皮膚欠損も説明可能である。なお,被害者の着衣により頚部の皮膚がこすり取られた可能性については,被害者の遺体が腹部に2個のブロックをロープと針金でくくりつけられた全裸の状態で浮上していることを考えると,そのような可能性は考え難い。」などと鑑定書に記載し,当公判廷で供述している。

F医師は,S1大学大学院医学系研究科社会医学講座法医学分野の医師で,鑑定人としての豊富な経験を有する者であり,前記のとおり,被害者の遺体を解剖し,分析や検査を実施した上,死後変化の進んだ被害者の遺体について,これまでの経験を踏まえ,医学的な観点からあらゆる可能性を考慮して慎重に検討し,死因等を鑑定したものであるから,その鑑定書の記載や公判供述の信用性は高い。

そうすると,F鑑定書やF医師の公判供述によれば,被害者の死因としては窒息死の可能性が高く,被害者が海中に入る前に,被害者の頚部に,そこを一周する帯状の圧迫が加えられたことがうかがわれ,他に死因となるべき身体所見が証拠上認められないことも併せ考慮すれば,被害者は窒息死したと認めるのが相当であり,そして,その窒息死は,頚部を何らかの物で締められたことによる可能性が極めて高い。

もっとも,F鑑定書やF医師の公判供述によれば,死後変化の進んだ被害者の遺体から,絞殺の徴候である頚部皮下やリンパ節等の出血,舌骨・甲状軟骨上角の骨折,顔面のうっ血・点状出血,眼結膜の溢血点等の所見を認めることができないというのであるから,扼頚や鼻口部を塞ぐなど他の方法による窒息や,これらが併用されての窒息の可能性も完全には否定できないと考えられる。

3  被害者の生活状況及び被害者が実母や友人等と連絡が取れなくなった状況について

(1) 関係証拠によれば,・※  被害者は,1月中旬ころ,宇都宮市内の高等学校に進学するため,仙台市内の母G(以下「実母」,あるいは「G」という。)方から宇都宮市内の伯母H方(以下「H」という。)に移り住み,その後,同市内の通信制高等学校に通っていたこと,・※  しかし,7月12日,置き手紙を残してH方を家出して仙台市内に戻り,友人のI(以下「I」という。)と会って話をしたこと,・※  被害者は,同月16日,友人のJ(以下「J」という)とカラオケやプリクラで遊び,同月18日に,実母の家に戻ったこと,・※  そして,同月20日,実母に交際相手と別れると言い,実母と一緒に交際相手方に行って荷物を持って来て,実母方で寝泊まりするようになったこと,・※  被害者は,同月21日,出会い系サイト「M1」を通じて,L(以下「L」という。)とメールや電話で連絡を取り,いわゆる援助交際の約束をしたこと,・※  被害者は,同月23日,従前使用していたプリペイド式携帯電話の代わりに,実母がかけた電話に必ず出るという約束で実母から携帯電話を購入してもらい,友達と遊ぶと言って出かけ,翌24日の明け方に帰宅したこと,・※  被害者は,同日午後2時過ぎころ,Iと会ってプリクラを撮るなどして遊び,同月28日にコンサートに行く約束をしてIと別れ,夕方にいったん帰宅し,午後7時過ぎころ,実母が出勤する際,実母と,実母の仕事が終わる翌25日午前2時ころに仙台市内のa町で待ち合わせて帰宅することを約束したこと,・※  Lは,24日午後8時過ぎころ,被害者に電話すると,これから会う予定の人がいると言われ,被害者が援助交際の相手と会うものと考え,もしその人と会えなかったら連絡をしてほしいと被害者に話したこと,・※  被害者は,翌25日午前2時30分ころ,Lに電話をかけ,少し怒った様子で,「今日会った男に送ってもらっている途中で,午前2時にa町付近まで送ってもらう約束だったのに,まだ送ってもらっていない。男は,車から降りて携帯電話で何分も話していて帰って来ない。援助交際のお金はまだもらっていない。後ろが広くて,周りが暗い車に乗っている。cd丁目にいる。近くにP1マンションや何とかガイカ(外科)がある。」と述べ,Lと午前4時にO1ビルの前で待ち合わせる約束をしたこと,・※  さらに,被害者は,同日午前2時41分ころ,実母に電話をかけて現在地を告げた上で,実母から帰って来られるのかと聞かれて,「うん」と答えたこと,・※  しかし,Lが待合せ時刻を過ぎた同日午前4時10分ころに被害者の携帯電話に電話をかけると,呼出音が鳴った後保留のアナウンスが流れているだけであり,Lがその後二,三回電話をかけたものの,やはり呼出音が鳴るだけで,電話に被害者が出なかったこと,・※  同日,実母が被害者の携帯電話に電話をかけたりメールを送ったりしても,電源が入っていないか,電波が届かない場所にいるというメッセージが流れているだけであり,被害者の消息は,前記実母への電話を最後に途絶えたことが認められる。

以上の事実は,主として,証人G,同H,同I,同J及び同Lの各公判供述により認められるところ,同証人らには,いずれもあえて虚偽の供述をする理由は見当たらず,その各供述は,具体的かつ詳細であり,不自然,不合理なところはなく,十分に信用できる。

(2) 前記認定事実によれば,7月25日のころの被害者は,交際相手と別れて実母方で寝泊まりするようになり,JやIと会って遊び,Iと近々コンサートに行く約束をしていたのであり,さらに,同日の午前2時には実母と,同日の午前4時にはLと待ち合わせをしていたのであるから,自らの意思で消息不明になるということは考えられず,被害者は何者かにより消息不明にさせられたと考えざるを得ない。

加えて,前記認定のとおり,被害者が7月25日午前2時41分に実母に電話をかけた以降,実母がその日に被害者の携帯電話に電話をかけたりメールを送ったりしても,電源が入っていないか,電波が届かない場所にいるというメッセージが流れているだけであったが,被害者が持っている携帯電話は,被害者がその2日前に実母からの電話に必ず出るという約束で実母に購入してもらったものである上,前記のように実母やLと待ち合わせしていたことを併せ考えれば,被害者が,自らの意思で携帯電話の電源を切っておいたり,かかってきた電話に出ないなどということは考えられないことである。

前記認定事実によれば,何者かが,被害者の携帯電話をそのようにしておき,被害者が携帯電話に出られないような異常な状況,それも,単に被害者を場所的に移動させたというようなものではなく,被害者の身体に異常な事態を発生させたと考えるのが相当である。

そして,このような被害者の身体に異常な事態を発生させる機会があったのは,被害者と最後に接触した者であると考えられる。

そこで,被告人が最終接触者であったかについて検討する。

4  被害者との最終接触者が被告人であったことについて

(1) 関係証拠によれば,・※  被告人は,登録した出会い系サイト「M1」を通じて,被害者とメールで連絡を取り合い,7月24日午後10時過ぎころ,仙台市a区内のコンビニエンスストアで合流し,被告人が運転する車(以下「イプサム」という。)に乗って出発し,ホテルに向かったこと,・※  被告人と被害者は,途中で,多賀城市内のファミリーレストランに入り,同日午後11時12分ころ同店を出たが,その際,精算された内容はオムライスチキンコンポ及びドリンクバーであったこと,・※  被告人と被害者は,同日午後11時24分ころに仙台市d区内のホテルに入り,翌25日午前1時51分ころに同ホテルを出て,被告人が運転するイプサムで,被害者が実母と待ち合わせた仙台市内のa町へ向かい,同日午前2時30分ころ,被告人がイプサムを同市e区bc丁目付近(以下「bc丁目付近」という。)に停めたことが認められ,これらについては,弁護人,被告人も争っていない。

そして,被害者が,同日午前2時41分に実母に電話をかけた以後,消息不明になったことは前記認定のとおりであるから,被告人は,被害者が消息不明になった最も近接した時点で被害者と接触した者であると認められ,そのころ,被告人以外に被害者と接触した者の存在が証拠上うかがわれないことからすれば,被告人が最終接触者であると強く推認される。

(2) これに対し,弁護人は,被害者がホテルで被告人の財布から金を抜き取ったというトラブルがあり,bc丁目付近の停車中のイプサムの車内で,被告人がそのことで被害者を追及していると,被害者がイプサムから逃げ出したので,被告人は被害者との最終接触者ではない旨主張し,被告人も,当公判廷で,これに沿う供述をしている。

(ア) そこで,この点に関する被告人の公判供述を見ると,その要旨は以下のとおりである。すなわち,「ホテルで性的関係を持った後,室内で,被害者に代金2万円を払うと,被害者はこれをスカートのポケットに入れた。その支払の際,財布の中身が少ないと感じ,さらに,フロントでホテル代の支払をしたとき,財布の中の金が,あるはずの金額より足りないことを確認した。c付近まで向かうイプサムの車内で,被害者に,財布のお金が足りないけれど知らないかなどと問い質したが,被害者はかかってきた電話に出るなどして何も答えなかった。c付近でイプサムを停め,車外に出てたばこを吸い,携帯電話で天気予報を聞いてから,車内に戻り,助手席に座っている被害者の後ろの席に,サンダルを脱いで座ってあぐらをかき,財布の中のお金の不足分について追及した。しかし,被害者は,知らないの一点張りで,携帯電話をいじっていたが,突然『帰る。』と言って,助手席の足元に置いてあった紙袋を持ってイプサムから降り,W1駅方面へ走り去った。慌ててサンダルを履き,被害者を追いかけたが,遠くに行ってしまったので,あきらめた。その後,被害者が助手席側の床の上に携帯電話を落としていったのに気が付いた。」などというのである。

(イ) しかしながら,被告人は,金が足りないことに気付いた時点について,当初,部屋で援助交際の代金2万円を支払った時点では気付いておらず,フロントでホテル代を支払う際に始めて気付いた旨述べていた(第32回公判)が,その後部屋で援助交際の代金を支払った時点で既に薄々勘づいていたなどと供述を変遷させており(第44回公判),同様にフロントで代金を支払った理由についても,被害者が先に部屋を出てしまったからと述べていたが,部屋にいながら代金を支払う仕組みのエアーシューターに気付かなかったからなどとも述べて供述を変遷させ,その理由について合理的な説明はない。また,ホテルの従業員は,「宿泊客からの料金は,通常は各部屋に設置されたエアーシューターという機械を用いてフロントまで送ってもらい,不慣れで直接フロントで支払われるなどしない限り顔を合わせることはない。被告人と応対しているが,被告人と直接顔を合わせて応対した記憶はない。」旨述べており(甲73),フロントでホテル代を支払った旨の被告人の説明と食い違っている。さらに,被害者が,午前2時30分過ぎころ,Lに電話をかけて,今日会った男性からまだ援助交際のお金をもらっていないと述べていたことは前記3(1)⑨のとおりであり,被告人の供述はこれに反している。そして,被告人の供述によると,被害者は,イプサムから走り去る直前まで携帯電話を操作していたのに,その携帯電話を足元に落とし,助手席の足元に置いていた紙袋は手に取って走り去ったというのであるが,それ以前のファミリーレストランやホテルに入るときには,紙袋を車内に残して携帯電話だけを持っていたという被告人の供述も併せ考えれば,上記被告人の供述は極めて不自然である。また,被告人は助手席のすぐ後ろの座席にいたのに,被害者が素早くて引き止める暇もなかったなどということや,比較的かかとの高いサンダルを履き,紙袋を持って逃げる被害者にサッカー選手だったという被告人が追いつけなかったということも,不自然というほかなく,被告人の公判供述は信用できない。

(ウ) なお,仮に,被告人の供述のとおりであれば,被害者は,被告人に金員窃取の疑いをかけられて追及され,イプサムから逃げ出し,被告人に追いかけられたというのであり,しかも,逃げた方向がW1駅方面であって,被告人からの援助交際費はスカートのポケットに入れていたことになるが,そうすると,被告人から追いかけられるなどした被害者としては,W1駅でタクシーを拾うなどして,とりあえず実母方に帰ると思われるところ,被害者の行動はそのようにはなっていない。

この点からしても,被告人の公判供述に信用性がないことは明らかである。

(エ) そうすると,被告人の上記供述は,前記4(1)の・※ないし・※の争いのない事実に符合する部分は信用できるものの,その余の被害者とbc丁目付近で別れたという供述部分(その際,被告人の車内に携帯電話を落としていったという点を含む。)や,被害者が被告人の財布から金員を抜き取ったのが原因で被害者との間でトラブルになったなどという供述部分は到底信用することはできない。

したがって,被告人の公判供述は,被告人が最終接触者であるという前記推認を何ら妨げるものではない。

(3) ところで,弁護人は,被害者の胃の内容物からすると,被害者は7月25日午前2時41分以降食事をしている蓋然性が高く,この点からも被告人は最終接触者ではない旨主張する。

(ア) 確かに,関係証拠によれば,遺体の胃の中には,「もやし様片,肉様片,白色・緑色菜片など水分の少ない内容約170ミリリットル」があり,腸管はほとんど空虚であったことが認められ(F鑑定書やF医師の公判供述),また,被告人らがファミリーレストランで注文したオムライスチキンコンポの食材のうち,野菜類はトマト,レタス及び玉ねぎであり,もやしが含まれていないことが認められる(甲157)から,その「もやし様片」が「もやし」であれば,弁護人の主張は首肯できないわけではない。

(イ) しかしながら,F医師の公判供述によれば,遺体の胃の内容物のうち,白色・緑色菜片やもやし様片については,具体的に野菜の種類までは特定できないというのであって,その「もやし様片」が「もやし」であるとまで特定されたわけではないから,遺体の胃の内容物の「もやし様片」は,被害者が,被告人と入ったファミリーレストラン以外で,しかも,午前2時41分以降に食事をしたことを示すものであるとは,直ちにいえない。

(ウ) そして,そもそも,弁護人の主張は,そのオムライスチキンコンポを食べたのは被告人であり,被害者はメロンソーダを半分ほど飲んだにすぎないという被告人の公判供述に依拠しているが,被告人は,他方で,「被害者がおなかがすいて気持ち悪いと何回も言ったので,ファミリーレストランに入った。」と供述している。そうすると,そのような被害者が,ファミリーレストランに入るや,食事をせずに,メロンソーダを半分しか飲まなかったというのは,いかにも不自然である。また,被告人は,「当日はパチンコを午後7時か8時ころまでした。パチンコ屋を出てから,食事をする目的で,車に乗って午後9時ころ実家に向い,実家で食事をした。」と供述していながら,わずか約2時間後にもファミリーレストランで食事をしたというのは,極めて不自然であって,これらについて納得できる説明はなされていない。したがって,この点に関する被告人の公判供述は信用できない。

(エ) さらに,弁護人は,精神的不安がある場合,胃の消化速度が遅くなることがあるという一般論を認めながら,本件においては,被害者が援助交際に慣れていたと推測され,ホテルに2時間30分も滞在していたことからすると,被害者の胃の消化速度が緩慢になるような事態は存在しなかったかったはずであり,前記のとおり,胃の内容物が残っていることは,25日の午前2時41分以降に食事をとったからであると主張する。

しかしながら,前記認定のとおり,被害者は同日午前2時に実母と待ち合わせて帰宅する約束をしていたのであり,被告人も,被害者から,性的関係を持つ前に,「親がa町の飲み屋で働いている。一緒に帰るからその近くまで送って欲しい。」などと頼まれた旨供述しているのであって,被告人らがホテルを出たのは,その日の午前1時51分と,実母との約束の時間の直前である。そして,信用性の認められるLの公判供述によれば,被害者は,前記のとおり,Lに,実母との約束の時間までに送ってもらえないことの不満を訴えており,また,援助交際の代金を支払ってもらえない不満も訴えているのであるから,胃の消化速度を緩慢にする条件がなかったとはいえない。

(4) なお,弁護人は,真夏期に水中の死体が浮上するのは短期間であり,宮城県近海で,鋼材をくくりつけられて海中投棄された男性の遺体が6日間で浮上した事例(弁3)をもちだして,被害者の遺体が7月25日から相当期間が経過した8月上旬ころに遺棄された可能性が高く,この点からも被告人が最終接触者とするには疑問があると主張する。

しかしながら,F医師は,当公判廷で,要旨,「被害者の遺体には顔面等に若干の死ろう化が認められることや,毛髪の脱落状況や表皮がほとんど剥離している状況からも,死後1か月前後と推測されるが,毛髪の脱落の程度や腐敗による膨張が余り見られない所見からして,短くても死後経過期間は2週間程度であり,1週間ではやや短すぎる。水中に投棄された遺体の海面浮上の時期については,水温,着衣の有無,重りとしてくくりつけられた物の比重や密着度等により,1週間程度から数か月程度まで,条件に応じて様々な場合がある。」と供述しているのであり,弁護人の取り上げている事例は,F医師が判断に必要であるとする条件が明らかではないから,そのような事例から,被害者が8月上旬ころに遺棄されたと特定することはできない。

(5) 以上のとおり,被告人は最終接触者ではない旨の弁護人の主張は,採用できないから,被告人が被害者との最終接触者である前記推認を妨げるものとならない。

そして,証拠を見ても,被告人が被害者との最終接触者であることに疑問を抱かせるものはないから,被告人が最終接触者であるということができる。

5  最終接触時に被告人と被害者との間にトラブルがあったことについて

弁護人は,被告人と被害者との間でトラブルがあったことは認めながら,そのトラブルは,被害者が被告人の財布から金を抜き取ったことである旨主張し,被告人もこれに沿う供述をしているが,その供述が信用できないことは前記のとおりである。

かえって,信用性の認められるL証人の公判供述によれば,被告人は,ホテルを出て,実母との待ち合わせ場所まで被害者を車で送る途中のbc丁目付近においても,被害者にまだ援助交際の代金を支払っていないことが認められ,また,被害者は,その代金を支払わない被告人に不満を抱いていたことも認められる。

そうすると,まもなく被害者と別れる被告人としては,その代金支払の問題を解決しなければならず,そのころ,その問題をめぐるトラブルが差し迫ったものとして持ち上がったことは容易に推測される。

したがって,被告人と被害者の最終接触時において,二人の間には,援助交際の代金支払をめぐってトラブルがあったことは明らかというべきである。

6  最終接触時以後の被告人の行動(犯行を行う機会の存在)について

(1) 被告人は,当公判廷において,前記のとおり,被害者とbc丁目付近で別れたと述べ,さらに,その後の被告人の行動について供述しているところ,その要旨は以下のとおりである。すなわち,「被害者と別れた後,イプサムに乗って,午前4時ころ自宅であるアパートに戻った。このときイプサムの調子はよかった。シャワーを浴びたが,眠ってしまいそうだったので,午前5時ころアパートを出発し,Q1港の岸壁に行った。アパートを出るとき,イプサムのエンジンの調子が若干悪くなった。岸壁で,知合いのM(以下「M」という。)が釣りをしていたので,エンジンを掛けたままイプサムを停め,1時間半以上Mと話した。午前6時半か7時までは,岸壁にいた。エンジンが止まるか止まらないか気になって,イプサムの側に行ったり,車内のタバコを取りに行ったりした。D1に,その従業員の送迎の時間に合わせて行った。エンジンの調子は相変わらず悪かった。イプサムを停めて,A1に頼んで車(カペラ・赤色)を借りた。午前7時前後に,D1を出発し,午前7時半から7時40分くらいに戻ってきた。A2(以下「A2」という。)から,業務用の電球を買って来るように頼まれ,切れた電球と2千円を渡された。カペラで店に行ったが,まだ閉まっていた。タクシー運転手のMなら電球を売っている店を知っているのではないかと思い,岸壁まで聞きに行った。Mに紹介された店に行ってみたが,やはり電球は買えなかった。D1に戻り,A2に言われて,もう一度行ってみたが,まだ店が閉まっていたので,切れた電球と預かった2000円をD1の事務所の机の上に返した。イプサムのボンネットを開けて,予備のプラグと交換するとエンジンの調子が戻ったので,岸壁に行った。エンジンを直すまでにかかった時間は20分くらいと思う。8時半ころ,Mに頼まれていた缶コーヒーを渡した。このときは,せいぜい5分位で岸壁を離れ,f町内の知人方やパチンコ屋に行って,夕方まではパチンコ屋にいた。」というのである。

(2) しかしながら,M証人の公判供述を見ると,その要旨は,「7月25日ころの午前6時45分ころから7時ころまで,Q1港の岸壁で被告人と会って話をした。その際,被告人は岸壁に停めた私の車両から,二,三台分離れた場所にイプサムを駐車した。被告人が,いったんその場を立ち去り,午前8時ころ,缶コーヒーを買って戻ってきた。その際も10分ほど会話した。被告人がイプサム以外の赤色の車両に乗ってきたという記憶はない。」というのであり,その内容は被告人の供述と符合していない。そして,被告人が述べる肝心の「岸壁で,イプサムのエンジンを掛けたまま,1時間半以上Mと話した。」という点についても,M証人は明確に否定している。

M証人は,被告人とは釣りをしていて知り合った顔見知りというのであり,被告人にあえて不利な虚偽の供述をする理由は見当たらず,その供述には不自然,不合理な点はないのであって,記憶にあることとないことを区別して述べられていることなどからすれば,その供述は十分に信用できる。

したがって,これに反する被告人の供述は信用できない。

(3) そして,被告人が,M証人と会った状況について,M証人は勘違いしていると強調して,前記のとおり,信用できるM証人の公判供述に反する供述をしているのは,7月25日午前2時41分以降,同日午前6時45分ころにイプサムに乗ってQ1港の岸壁でM証人と会うまでの間の自己の行動について,ことさらうそのことを述べてアリバイがあったごとく取り繕っているものと考えると,理解できる。

したがって,被告人にはアリバイがあったとは認められず,犯行に及ぶ機会があったものといえる。

7  イプサムから被害者のDNA型と一致する血痕等が検出されたことについて

(1) 関係証拠によれば,・※  8月20日から21日の間,宮城県Q1警察署(以下「Q1署」という。)で実施された被告人の車両であるイプサムの検証において,フロアマット及びシートカバーの尿斑予備検査が行われ,3枚に分かれている前部座席用フロアマットのうちの中央用及び1枚となっている後部座席用のフロアマット並びに助手席背もたれ用の合皮製シートカバー及び助手席ヘッドレスト用の合皮製シートカバーからそれぞれ尿付着の陽性反応があったこと,・※  さらに,後部座席用の布製シートカバーの助手席側に赤色の血液様の染みの付着が認められたことから,フロアマット及びシートカバーが全て取り外され,これらについては直接鑑定が行われることとなり,持ち運びのできない床や各座席等について血液予備検査が行われたこと,・※  その検査の結果,後部座席の助手席側の座席面には,その左側の前方縁から約30センチメートルの位置に縦約17センチメートル,横約30センチメートルの範囲に,背もたれの前面には,その左側の下から約9センチメートルの位置に縦約6センチメートル,横約5センチメートルの範囲に,背もたれの後面には,その下部の左端から約9センチメートルの位置に縦約3センチメートル,横約17センチメートルの範囲に,それぞれ血液の陽性反応があり,また,助手席側のドアの取っ手等に血液の陽性反応があったこと,・※  上記取り外されたシートカバー21点及びフロアマット5点が領置され,いずれも宮城県警察(以下「県警」という。)I1研究所に鑑定嘱託されたこと,・※  同所で実施された鑑定の結果は,(ア) 上記・※で尿付着の陽性反応があった2つのフロアマットうち,後部座席用のフロアマットに人の尿が付着しており,その血液型はB型であったこと,(イ) 後部座席用の布製シートカバー及び後部座席の助手席側背もたれ用の布製カバーに,人の血液が付着し,これらの血液型はB型であり,また,その染みには唾液が付着し,いずれも血液と唾液が混在すると推認され,唾液成分についても,B型と判定されたこと(なお,被告人の血液型はA型である。),(ウ) さらに,後部座席の運転席側背もたれ用布製カバーに人の血液が付着し,この血液型もB型であることが認められる。

以上の事実は,主として,証人K(以下「K」という。),同K1(以下「K1」という。),同K2(以下「K2」という。),同K3(以下「K3」という。)の各公判供述及び同K作成の検証調書(甲29,30),同K1(甲36),同K2(甲38),同K3(甲42)各作成の各鑑定書により認められるところ,証人Kは県警の警察官であり,長年捜査に従事し,その経験が豊富であり,また,同K1,同K2,同K3は県警の技術吏員であって,いずれも鑑定業務に従事し,その経験が豊富であって,それぞれその経験に基づいて検証や鑑定を行ったものであり,その内容には不自然,不合理なところは見当たらず,いずれも信用性は高い。そして,その各公判供述も,検証や鑑定の経過や内容がそれぞれの記憶に基づいて述べられており,その信用性に疑問はない。

(ア) ところで,弁護人は,前記7(1)の・※や③に関し,液状の物質を繊維に染みこませた場合,最初に染み込んだ面の方が反対側の面より染みの範囲が広く,濃くなるのが通常であるという見解を前提にして,検証調書や鑑定書に添付された写真を見ると,シートカバーの染みより座席本体の染みの範囲が広く,シートカバーの表側よりも裏側の染み痕が濃くて広いとして,上記血液様の染みを作った物質は,まず座席本体に付着し,それがシートカバーに裏側から染みこんだことが明らかであり,このような付着の仕方は不自然であると主張する。

(イ) しかしながら,弁護人の主張は,シートカバーや座席の染みが拭いたりされることなく,当初からそのままの状態を保っていることを前提にしていると考えられるところ,タイムカード5枚(甲218),証人A2及び被告人の各公判供述によれば,7月27日には,このイプサムでD1の従業員の送迎をしたことが認められることから,被告人が,上記のような染みを拭いたりしないでそのままにしておいたとは考え難く,被告人がシートカバーを拭いた可能性が高いと考えられ,弁護人の主張は,その前提において疑問を差し挟む余地がある。

(ウ) また,本件シートカバーの表裏及び座席面の色や材質の相違等に照らすと,それぞれの染みの範囲や色の濃淡の相違を写真や肉眼のみで視覚的に判別することは困難である上,そもそもシートカバーが座席面に接して装着されている場合,シートカバーや座席面の性状,シートカバーと座席面の接着の程度,染みこむ液体の種類や量等の条件が明確にならなければ,弁護人が前提とする見解も含めてその主張の当否に言及することができないのであり,そのような条件が明確になっていない以上,どちら側から染みこんだということは,直ちに確定できない。

(エ) さらに,弁護人は,上記染み痕が,8月15日に実施されたイプサムの捜索差押えでは証拠上指摘されていないことから,当初から上記染み痕等が存在しなかったのではないかとの疑問を呈している。

しかしながら,上記捜索差押えは,8月15日午後4時52分から午後6時までの1時間8分の間,W2署(以下「W2署」という。)地下駐車場において実施され(甲27),イプサムの車内を詳しく調査するために行われたものではなかったのであって,多数の物が積載された車内の状況や,イプサムの検証には,前記K1ら科学捜査の専門家を立ち会わせた上で,8月20日午後2時から午後11時45分まで,21日午後1時30分から接見・夕食のための中断を挟んで午後9時12分まで長時間を要していること(甲30,K証人の公判供述)が認められることからすれば,8月15日の捜索差押えで上記染み痕が指摘されていないからといっても,弁護人が主張するような疑問が生じるわけではない。

かえって,死後変化の進んだ被害者の遺体から血液が採取できなかったことが認められる(甲3。なお,血液型検査は爪を資料とする解離法によって行われた。)ことに照らせば,捜査関係者が,8月15日以降に,被害者の遺体から血液等を採取した上,これをイプサムのシートカバーや座席面に塗布するなどということは到底不可能であり,そのような疑いを差し挟む余地は全くない。

(オ) 以上検討したところから,血液様の染みに関する弁護人の主張は採用できない。

(2) 次に,鑑定人Q(以下「Q鑑定人」という。)が実施した被害者の爪,赤色の染みが付着した後部座席用シートカバー2か所及び後部座席助手席側背もたれシート1か所についての各DNA型の鑑定(以下「Q鑑定」という。)によれば,被害者の爪と後部座席用シートカバー2か所から検出された17種類のSTR型は全て一致し,被害者の爪と後部座席助手席側背もたれシートから検出されたSTR型は3項目が一致し,いずれも性別は女性と判別され,被害者の爪から検出されたSTR型以外の型や男性の型(Y)はいずれからも検出されなかったことが認められる。

Q鑑定人は,T1大学医学部法医学教室の教授で,医師で,医学博士であり,U1学会評議員をつとめていて,X1社とY1社の2つの鑑定キットを使用して検査の正確を期し,これまでの経験を踏まえ,検査結果を分析して鑑定していることがうかがわれ,その鑑定結果の信用性は高く,また,その鑑定内容を具体的かつ詳細に説明するQ鑑定人の公判供述の信用性も高い。

(ア) これに対し,弁護人は,Q鑑定の信用性を争い,① 本件染みは,血液と唾液が混合したものであるが,これらが付着した時期や同一個体に由来するものかを確定した上でDNA型鑑定の資料とすべきであるのに,Q鑑定は,唾液の検査は一切行わず,この点についての検討が不十分である,② Q鑑定が使用したX1社のキットでも,混合資料への対応は困難であり,スタターバンドが発生した場合,検体に複数人のDNAの混在を疑うべきであるのに,Q鑑定は,本件染みが被害者に由来するものと断定している,③ STR検査で検体を泳動させた泳動パターンを観察すると,10の型においてそれぞれ判定された型と異なる部位にピークの痕跡らしきものがうかがえるのに,Q鑑定では,これらをスタターバンドであるなどとして無視しているなどと主張する。

(イ) しかしながら,Q鑑定人の公判供述によれば,・※  唾液には脱落した口腔内の細胞が含まれているので,DNAの抽出が可能であり,唾液を資料に鑑定ができること,・※  STR検査は塩基配列の繰返しの相違等を識別する検査方法であり,鑑定に使用したX1社及びY1社のキットは,性染色体を除いて,それぞれ15種類のSTR型の検査を同時に行うことができ,これにより計17種類(両検査で共通するSTR型が13種類ある。)のSTR型が判別できること,・※  鑑定資料に複数の人間に由来する資料が混在している場合,10パーセント以下の混在であれば,10パーセント以下の資料の人間からの検出は難しいものの,10パーセント以上の混在であれば,ピークがそれぞれ複数本で検出され,1人の人間の資料だけから検出されることはないこと,したがって,鑑定資料に複数人由来のDNA型が混在しているか否かは,ほぼ明白に判別できること,④ 本件において,複数の人間に由来する資料の混在を示すピークが検出されなかったことが認められる。そうすると,本件染みについて,血液と唾液の付着順序や時期を確定せずにSTR検査を実施しても,問題はないと認められる。

また,Q鑑定人の公判供述によれば,STR検査でも,本来検体に含まれるDNAのパターンより塩基一つ分小さい部位に,小さなピーク類似の盛り上がりが生じることがあるが,これはDNAを増幅した際に途中で反応が止まってしまうスタターバンドと呼ばれるもので,このスタターバンドと前記の複数人由来の資料で,STR型がそれぞれピークを示す場合とは明瞭に区別できることが認められるから,弁護人の指摘はQ鑑定の結果に疑問を生じさせるものではない。

さらに,Q鑑定の個別の泳動パターンを観察して見ても,弁護人が指摘する,判定されたSTR型の前後に見受けられるわずかな盛り上がりは,ピークが極めて小さいことや,被害者の爪についても同様の極めて小さいピークが存在することを併せ考えれば,弁護人が指摘するような別人のDNAが混在していることを疑わせるものではなく,スタターバンドと認めることができる。

したがって,弁護人の各指摘は,Q鑑定の信用性に何ら影響を及ぼすものではない。

(3) また,捜査段階で,前記K1が,MCT118型検査,HLA-DQα型検査,TH01型検査及びPM検査によるDNA鑑定(以下「K1鑑定」という。甲54はK1作成の鑑定書である。)を行っているが,その鑑定によれば,被害者の爪と前記シートカバー2点のDNA型が一致し,これらは被告人の血液のDNA型とは異なることが認められる。

K1証人は,前記のとおり,県警の技術吏員で,法医係として長年鑑定の業務に従事し,DNA鑑定も340件ほど行っており,その豊富な経験を踏まえて鑑定を実施したことがうかがわれ,信用性が高いQ鑑定の結果と一致していることに照らしても,その鑑定の信用性は高く,また,その鑑定内容を具体的に説明するK1証人の公判供述の信用性も高い。

(ア) これに対し,弁護人は,K1鑑定についても信用性を争い,Q鑑定と同様に,・※  別人に由来する血液と唾液が混合している可能性がある本件染みについて,単独資料検査用のHLA-DQαキットやPMキットを用いた点で疑問がある,② HLA-DQα型検査で,K1鑑定書(甲54)添付の写真10を見ると,資料3-1の検出紙において,1.2,1.3及び4の各スポットの発色は,いずれもCのスポットの色調より薄く,本来各型の対立遺伝子は存在しない旨判定されるべきなのに,1.1-4.2/4.3型と判定されていて,検査方法に問題がある旨主張する。

(イ) 確かに,HLA-DQα検査キット及びPM検査キットは,単独資料の型判定用に開発されたもので,混合したDNAの型判定に用いるべきではないと指摘されている文献(弁2)があるが,K1鑑定及びK1証人の公判供述並びにQ鑑定人の公判供述によれば,要するに,仮に鑑定資料に複数人に由来するDNAが混合している場合,型判定が困難になることはあっても,混合したDNAの型が検出できなくなるわけではないから,その検出結果自体の信用性に影響するものではないことが認められ,また,K1鑑定によれば,・※  本件では,複数人に由来するDNAが混合したことをうかがわせる結果は検出されていないこと,・※  MCT118型検査及びTH01検査でも,2本のバンドしか検出されていないことが認められる。これらを併せ考えれば,本件染みに複数人に由来する資料が混合したような疑いは生じない。

また,HLA-DQα型検査について,K1鑑定書(甲54)添付の写真10を見ると,資料3-1の検出紙において,1.2,1.3及び4の各スポットの発色は,いずれもCのスポットの色調より薄く見えるとする点について,K1証人は,当公判廷において,「写真10では,3-1の資料について,1.2,1.3,4のスポットはCと同じかCの方が濃いように見えるのは,写真映りの問題で,自分が肉眼で観察した結果はCのスポットよりも濃かった。」旨供述しているところ,同証人が,この点に関し,あえて虚偽を供述する理由がないことを考えると,その供述部分の信用性は高く,したがって,弁護人が主張するような疑問は生じない。

(4) 以上によれば,前記シートカバーに付着した本件染みについて,異なる鑑定手法を用いた2つの鑑定が,いずれも被害者のDNAと一致すると結論付けているのであるから,互いにその信用性を高めており,その信用性は極めて高いというべきであり,これを争う弁護人の主張は採用できない。

そうすると,前記2つの鑑定によれば,被告人のイプサムの車内で,被害者が相当量の血液や唾液をシートカバーに付着させるような異常な事態が発生したことが認められる。そして,上記血液と唾液が混合していることは前記のとおりであり,F医師の公判供述によれば,被害者の口の中に大きな創がなかったことが認められることからすれば,上記血液は被害者の口内以外の体内からのものが口を経て出てきたと推認される。

これに加えて,前記のとおり,フロアマット等から被害者の血液型と一致する尿痕が検出されていること,頚部圧迫による窒息死では,死亡者が失禁している例も多く見られること(F医師の公判供述)をも併せ考慮すれば,その事態は,被害者にとって極めて深刻な事態であった可能性が高いといえる。

そして,被害者が,イプサムに乗って,bc丁目付近までやってくる間,車内で口から血を出したことや尿を漏らしたことがあったなどと被告人が供述していないことや,前記のとおり,被害者が,Lに援助交際の代金をもらっていないことを訴えたときに,身体的異常は訴えていなかったことに照らせば,上記のような事態が発生したのは,25日午前2時41分以降であると推認される。

(5) なお,検察官は,本件染みは,遺体の腐敗に伴い体液が口から漏出した血性液によるものであると主張し,弁護人は,その根拠について,疑問を呈している。

確かに,前記のとおり,前記血液は,遺体の口から出たものであり,F医師の供述によれば,これは血性液である可能性が高いと認められるが,その一方で,同医師は,当公判廷で,血性液は,遺体の腐敗によって肺胞内に漏出した血液が腐敗ガスとともに口から体外に排出されるものであるが,どのような機序で,どの程度の量が漏出するかは分からないし,遺体の口から血性液が漏出した場合,唾液とどの程度混合するかは分からないと供述しているのであって,本件染みが相当の範囲に付着していることや,本件の証拠関係からは,死亡後の遺体の状況が確定できないことを考慮すれば,検察官の主張のように断定することは困難である。

しかし,本件染みが血性液かどうかの断定はできないとしても,前記のとおり,被害者に由来するものであることにかわりはないから,被害者に極めて深刻な事態が発生したという前記認定を維持することができるのであり,この認定に疑問はない。

8  被告人が被害者の携帯電話を使用し,被害者を装ってメールを送信したことについて

(1) 関係証拠によれば,被告人は,被害者と最後に接触した以降,8月15日午前7時ころにW2署で任意提出するまで,被害者の携帯電話(甲154)を所持していたところ,これを使用して,7月26日から8月12日ころまでの間,被害者の実母や友人から送信された被害者の安否を気遣うメールに対し,同人になりすまし,以下のようにメールを送信したことが認められる。すなわち,・※  実母が,7月25日に被害者が待合せの約束を守らず,家に帰らなかったことを叱責する内容のメールを送ると,被告人は,同月26日午後3時44分ころ,「まじごめんなさい!!知り合いと秋田に遊び来ちゃったんだ!?すぐに急ぎで帰りまーす!!」というメールを返信したこと,・※  実母は,その文面に不審を覚え,何度も電話をかけたが通じなかったこと,・※  Jは,同日,「仙台市内にいるの,急にいなくなると心配するじゃんか。」というメールを送信すると,被告人は,同日午後3時29分ころ,「ごめん別に逃げたわけじゃないけどたまたま知り合いにあって話盛り上がって車で秋田に遊びきちゃった!」というメールを返信したこと,・※  Jが,「秋田のお土産買ってきてね。気をつけて帰ってきてね,車だからさ。」というメールを送信すると,被告人は,同日午後4時2分ころ,「わかった=気をつけて帰ります=本当に勝手な事してごめんなさい=これからは気をつけます=」というメールを返信したこと(なお,「=」は,被告人が用いた絵文字が,異なる機種間で文字化けしたものである。),・※  Jは,その文面の言葉遣いや異なる機種間で文字化けしてしまう絵文字が使われていることに不審を募らせ,その日のうちに何度も電話をかけたが,応答はなかったこと,・※  Iは,被害者とコンサートに行く約束をしていた同月28日ころと同月末ころ,何度も電話をかけたりメールを送信したが,返事はなかったこと,・※  その後,被告人は,8月11日午後5時44分から59分の間に,氏名不詳の者に対し,「べつに」,「べつにでたくないから」,「誰とも話したく無いの」,「わかった!じゃぁーね。」とメールを送信していること,・※  8月12日午後6時20分ころ,Jが「本当に生きてる?本当に生きてるんだったら返事くれ~(ToT)捜索願い出すって言ってたよー。母上」というメールを送信すると,被告人は,午後7時5分ころ,「大丈夫だよー=そのうち帰るよたぶん=」というメールを返信したこと,・※  同日午後11時30分ころ,Iが「Vお願いだから返事ちょうだい。いまどこにいるの?」というメールを送信すると,被告人は,「な・い・しょ・だよ!」というメールを返信し,Iが「なんで電話に出てくれないの?」というメールを送信すると,本文なしのいわゆる空メールを返信し,Iが「??本文ないよ?つーか生きてるよね?」というメールを送信すると,「勝手に殺さないでくれない==」というメールを送信したこと,・※  さらに,Iが,「すげー心配なんだケド。こっちの気もしらないで!!なんで電話でないの?」というメールを送信すると,被告人は,「今は誰とも話したくないの!少しほっといてくれない!またねー」というメールを送信した。最後にIが,「あんたVぢゃなくない?あたしダレかわかる?」というメールを送ると,以降返信は途絶えたことが認められ,これらについては,弁護人,被告人も特に争っていない。

(2) 前記認定事実によれば,被告人は,7月26日,さらには,8月11日から12日の間に,被害者の携帯電話を使って,被害者になりすまして前記各メールを返信し,その文面は,秋田に遊びに来た,そのうち帰るなどと被害者が帰宅しない理由を説明して,相手を安心させようとし,あるいは今は誰とも話したくない,ほっといてくれないなどと突き放す内容となっているのであるから,被告人が,被害者の安否を気遣う家族や友人に対し,被害者に異変がなかったように装い,さらに被害者に異変があったことの発覚を遅らせる目的でメールを返信したと認めるのが相当である。そして,前記のとおり,被害者と最後に接触した翌日である7月26日に上記のメールを返信した後,しばらくの間は返信しなくなったのに,8月11日と12日に再度多数のメールを返信しているところ,被告人が,捜査段階で,8月11日朝,D1の従業員から,Q1港で女性の遺体があがったことを聞いたと述べている(乙18。同意書面)ことを併せ考慮すれば,被告人が,Q1港であがった女性の遺体と被害者のことを結びつけた上で,なおも被害者の周囲の人間の不審を逸らそうとして,被害者が生存しているように装ったメールを送信したと考えるのが相当である。

(ア) これに対し,弁護人は,被告人が犯人であれば,被害者の携帯電話を使用することはありえないから,被告人が任意同行されるまでこれを使用し続けていたことは,被告人が無罪であることの最大の根拠になると主張する。

(イ) しかしながら,被告人が,被害者の携帯電話を使用して,被害者の実母や友人に被害者を装ってメールを返信したのは,被害者に異変が生じたことの発覚を遅らせ,あるいは,これを免れるためであったことは前記認定のとおりであるから,被告人が殺人,死体遺棄の犯人であるとすれば,いわば罪証隠滅行為を行ったと見られるのであって,犯人が罪証隠滅をすることは珍しいことではない。

加えて,前記のとおり,被害者の遺体は,その手首に複数のブレスレットをつけていたほか全裸であり,身元が分かるようなものはない上,腹部の左右にコンクリートブロック1個ずつをロープでくくりつけられて,当初は海中にあったものであり,このようなことからすれば,被告人において,被害者の遺体が発見されることはない,あるいは,発見されたとしてもその身元が判明せず,さらには,被告人にまで捜査が及ぶこともないだろうなどと考えて,被害者の携帯電話を使用していたと推測しても,あながち不当であるとは思われない。

したがって,被告人が被害者の携帯電話を使ったことが,無罪の最大の根拠となるといえないことは明らかであり,この点に関する弁護人の主張は採用できない。

9  被告人が被害者の化粧ポーチを所持していたことについて

(1) 関係証拠によれば,9月12日,被告人方アパートの検証が行われ,洗面台の前に置かれた空のポリタンクの上に,Z1のロゴ入り紙袋に入った化粧ポーチ(甲142)が発見され,被告人から任意提出されていることが認められ,これについては,弁護人,被告人も特に争っていない。

そして,H証人は,当公判廷で,上記化粧ポーチにつき,「二,三年前(平成12年か13年)に購入して使用していたが,口紅でフタに付けた汚れが気になっていたので,新しく買ったものと取りかえて捨てようとしたところ,被害者が欲しいといったので,平成14年のゴールデンウィークの前後にあげた。その汚れが付いていることなどから見て,被害者にあげた化粧ポーチに間違いない。」旨供述しているところ,その供述は,被害者に譲り渡した化粧ポーチの特徴を具体的に挙げて述べられているものであり,十分に信用できる。したがって,H証人の公判供述によれば,上記化粧ポーチは被害者が所持していたものと認められる。

(ア) これに対し,弁護人は,H証人が化粧ポーチのふたの裏側にある長さ約2センチメートルの破損に気付かなかったと述べていることをとりあげて,H証人の公判供述の信用性に疑問を呈し,上記化粧ポーチが被害者の所持品であるか疑わしいと主張する。

しかしながら,上記化粧ポーチを見ると,破損は収納部分の内側の奥にあり,また,H証人が,検察官の前で化粧ポーチを確認したときには内部まで確認しなかったと述べていることに照らせば,H証人がこれに気付かなくても何ら不自然ではなく,H証人の公判供述の信用性に疑問はないのであって,被害者が上記化粧ポーチを所持していたことに疑問はない。

(イ) また,弁護人は,化粧ポーチの中に入っていた化粧道具が発見されていないことにも疑問を呈しているが,H証人は,被告人方から発見された使い古しの口紅は,H証人が被害者に化粧ポーチと一緒にあげた口紅とメーカーや色は合致していたものの,明確な特徴がないため断定はできない旨慎重かつ控えめに供述しているのであり,被告人方の捜索差押え時に,被告人が自分のものではないと言っていたことが証拠上(信用できる証人K4の公判供述)認められ,被告人がそれ以上の説明をしていないことをも併せ考慮すれば,被告人方から発見された口紅が,被害者の化粧ポーチに入っていたと認めても不当なことではない。

(ウ) 以上のとおり,被告人方から発見された化粧ポーチと被害者が所持していた化粧ポーチの同一性に疑問を呈する弁護人の主張は採用できない。

(2) ところで,被告人は,当公判廷で,「8月15日の捜索差押えの際,洗面所の荷物の上に化粧ポーチが置いてあるのに気付いたが,警察の人のものだと思っていた。9月12日の検証の際,その化粧ポーチが証拠品だと言われ,何かおかしいなと思った。」旨供述する。

(ア) しかしながら,被告人の公判供述によっても,被告人が逮捕された直後の8月15日の時点で,被告人方に化粧ポーチがあったというのであり,被告人方からは,後記の多数の窃盗の被害品が発見されていること,化粧ポーチの形状に照らして,捜査員が道具を入れる入れ物だと思ったなどという点で相当に無理があり,任意提出の際も異議を申し立てた形跡が全くうかがわれないことからしても,到底信用できない。

(イ) なお,弁護人は,化粧ポーチが入っていた紙袋(甲141)について,関連性が立証されていないとして,刑事訴訟法207条に基づき証拠排除の申立てをしているが,同紙袋は,被告人方に置いてあり,化粧ポーチが中に入っていたのであるから,少なくともこの点で関連性を有することは明らかであり,職権発動はしない。

・ 被告人が客観証拠から犯人と認められること

以上検討したところによれば,(1) 被告人は,被害者の最終接触者であり,しかも,その際,援助交際の代金支払をめぐって被害者とトラブルがあったこと,(2) 被告人は,7月25日午前2時41分ころ以降,同日午前6時45分ころにQ1港の岸壁に一人でイプサムで乗って現れるまでの間,アリバイがなく,本件犯行に及ぶ機会があったといえること,(3) 被告人の使用車両であるイプサムから,被害者の血液,唾液の痕及び被害者と血液型が一致する尿痕が発見されていること,(4) 被告人が被害者の携帯電話を使用して,被害者の安否を気遣う被害者の実母や友人に対して,被害者になりすまし,再三メールを返信したこと,(5) 被害者の化粧ポーチを自宅に所持していたことが認められ,これらによれば,被告人を殺人,死体遺棄の犯人と認めることができる。

その他弁護人がるる指摘する事情を考慮しても,その認定に合理的疑いを入れる余地はない。

・ 被告人の捜査段階の供述について

ところで,被告人は,殺人,死体遺棄事件について,捜査段階において,否認と自白を繰り返しているので,そこでの自白が信用できるものか,更に前記認定に供することができるかが問題となる。そこで,検討する。

(1) 被告人の捜査段階の供述状況について

そこで,まず,被告人の捜査段階の供述状況を見ると,関係証拠によれば,以下のとおりであると認められる(なお,被告人がW2署に任意同行されるまでの経過については,弁護人が違法捜査による証拠排除等の申立てをしているので,別に判断する。)。

(ア) 任意同行後の状況について

被告人は,8月15日午前0時ころ,警察官からW2署取調室に任意同行され,警察官R(以下「R」という。)及び同S(以下「S」という。)から参考人として事情聴取され,Rらに,被害者の携帯電話を提出するように説得されるとともに,ホテルJ1付近にいた理由を尋ねられると,知人とL1前で待ち合わせていたなどとうその弁解をし,被害者の携帯電話は持っていないと述べた。しかし,被告人は,午前7時ころになって,ズボンと腹の間のベルトの下から被害者の携帯電話を取り出したので,これを見たRらは,被告人を死体遺棄事件の被疑者として取り調べることとし,供述拒否権を告げて,被害者の携帯電話の入手先を追及した。すると,被告人は,「C2海岸の駐車場で拾った,被害者とは全く関係ない。」などと弁解し(乙2),同日午前11時ころ,W2署内の公衆電話から実家に電話をかけた。そして,同日夕方までRらの取調べが続き,地下駐車場でイプサムの捜索差押えが行われ,さらに,自宅であるアパートの捜索差押えが行われたが,被告人は,これらに立ち会い,その後,Q1署で証拠品の任意提出の手続をしてから,警察車両でアパートに帰った。

(イ) 逮捕前後の状況について

被告人は,同月16日,警察車両に同乗してQ1署に赴き,午前10時過ぎころから,Rらの取調べを受けたが,その際,下着を入れた袋を持参し,逮捕されるのを覚悟して来た旨述べた。

取調べにおいて,被告人は,前日と同様の弁解を続けたが,ホテルでイプサムのナンバーが記録されていたという情報を得たSにより,W3港近くのモーテルに行っていないかと尋ねられると,ホテルに行ったことを認めた上,「被害者とは出会い系サイトで出会って,ホテルに行った。ホテルを出て,途中まで送ってから被害者と別れ,携帯電話は被害者が車に忘れていったものである。」旨述べた(乙3)。そして,被告人は,午後8時ころから,殺人と死体遺棄について責任を取ると述べて,「・※  Vさんのことについて,私は心より反省して責任を取る覚悟ができています。Vさんに対する殺人と死体遺棄での責任を取るという意味です。私は,心より反省し被害者の母親に対して謝る考えを持っていますし,その社会的責任を取って刑務所に入ってくる覚悟はできています。しかし,私自体,心の整理がつかず,今の段階で勇気を持ってお話しすることができないのです。いずれ日にちをおかないで,みんなが納得する形で素直にお話しする気持ちは持っております。・※  これから,私が死体を遺棄した場所を警察の人と案内し,その場所で線香を手向け,心よりVさんに謝りたいと思います。」などと供述し,その旨の調書が作成され(乙64)たが,・※の部分につき,いまだ死体を捨てたとは言っていないと申し立て,「私が死体を遺棄した場所を警察の人に案内し,その場所で線香を手向けと書いてありますが,Vさんが発見された海に行って線香を手向け,心よりVさんに謝りたいと思います。」と訂正させた(乙64)。その後,被告人は,RらとQ1港岸壁に赴き,同所で線香を上げてQ1署に戻り,翌17日午前1時過ぎに死体遺棄等の事実で逮捕されたが,警察官の弁解録取において,「死体を海に捨てたりなどしていない。」などと述べて逮捕事実を否認し(乙65),同日,検察官の弁解録取においても,同様に否認し(乙68),「被害者と援助交際で会ったが,c付近で別れた。」旨述べた(乙17,18)。そして,被告人は,同日,死体遺棄の被疑事実で勾留され,同日当番弁護士と接見した。

(ウ) イプサムの検証前後の状況について

被告人は,死体遺棄について否認していたが,同月20日及び21日にイプサムの検証に立ち会った後,Rらからイプサム内から血液や尿の反応が出たことについて尋ねられると,「その理由は私としてもよく分かっている。」などと供述するようになった(乙7)ものの,本当のことについて,やはり言えない,刑事さんの態度が悪い,私が言う前に刑事さんが聞いてきたから,私は言わないなどと述べて詳細な供述を拒んだ。なお,被告人は,同月20日,O弁護士を弁護人に選任し,翌21日から同弁護士の接見を受けていた。

被告人は,同月25日,「被害者を棄てたとも,棄てないとも話していない。もう少し時間をもらえば必ず正直に話せるのでそれまで待って欲しい。」などと供述し(乙69),同月28日には,被害者に対して謝らなければならないのは分かっているなどと述べて,明日必ず話すなどと涙ながらに語り,同日,検察官(P検事)の前で,「被害者の件で調べを受けてきたが,私がやった事に間違いない」旨記載した〔私の気持ち〕と題する書面(乙16)を作成した。さらに,被告人は,翌29日,「今日やっと本当のことをいう決断がつきました。私が一人でVさんを金銭トラブルから自分の車の中で殺して,Q1港で遺体を捨てたことは間違いありません。本当に申し訳ないことをしてしまったと後悔しています。話をしなければならないことを考えながら,留置場の中では寝る前に海の方に向かって手を合わせて謝罪の気持ちを心の中で整理し,やっと話す勇気が出ました。」などと供述し,その旨の調書(乙10)が作成されたが,他方で,まだ整理がつかない,もう少し待ってくれと述べて,死体遺棄の具体的犯行状況については話さなかった。しかし,その翌30日,「被害者の衣類をQ1港の岸壁から捨てた。」などと図面を書いて説明し(乙11)たが,その際,「被害者の衣類は隠していたのではなく,後部座席の足元に裸で置いていたままだった。」などと訂正を申し立てた(乙11)。また,同日,検察官に対し,「Vさんが死んでしまった理由は,私がVさんの首を絞めてしまったからでした。2列目シート上にあったVさんの遺体から着衣を全てはぎ取りました。2列目シートのドアのうち,左右どちらかのドアを開けて,私自身は車外に降りてVさんの死体を車の外に引きずり出してから海中に捨てました。」と供述し(乙19),その翌31日にも,警察官に対し,同旨の供述をした(乙12)。そして,9月1日には,「死体を捨てた場所」と題する図面を作成した上で,「遺体にくくりつけたブロックやロープは岸壁で見つけた。遺体を岸壁に下ろして服を脱がせた上,ブロックをロープで巻いて,その場から両手で転がすようにして海におろした。」などと供述し(乙13),翌2日,殺人及び死体遺棄の事実を認め,被害者の携帯電話について,「この携帯電話が私がVさんを殺して,死体を捨てたときにVさんから取ったものだったので,見つかったらそのこともばれてしまうと思ったので,ズボンの中に隠して最後まで出さずに抵抗した。」と供述し(乙14),検察官に対しても,同日及び翌3日の取調べで,死体遺棄の状況について供述した(乙20,21。なお,乙14,21は,一部に訂正の申立てがある。)。

(エ) 勾留理由開示後の状況について

被告人は,9月3日,T弁護士を弁護人に選任し,勾留理由開示に臨んだ後,黙秘あるいは否認に転じ,翌4日の検察官の取調べでも,「〔私の気持ち〕と題する書面(乙16)は自分の考えで書いた。」と供述する(乙23)一方で,「半分が本当の気持ちで,半分は半強制的に書かされた。」などと弁解し(乙71),以後も同様の弁解を続けた(乙24から28)。被告人は,同月6日に死体遺棄の事実について公訴提起され,同日,殺人の事実で逮捕されたが,弁解録取でその事実を否認し(乙72),「被害者が車を降りて行ったきり会っていない。」(乙73,75),今までの死体遺棄についての自白は全てうそだったなどと供述した。

(オ) 被告人の自宅アパート検証後の状況について

同月12日に被告人方アパートの検証が行われ,同月21日,被告人は,Rらに,そのときに発見された紙袋と化粧ポーチが被害者のものであることを認めながら,「援助交際後のことは,まだ心の整理がついていなくて,いずれ早い段階で話したいと思いますのでもう少し待ってください。」などと供述し,その旨の調書(乙15)が作成されたが,その際,「Vさんを車の中で殺した後にと書いてあるが,まだ殺したこと,死体を捨てたことについては,心の整理がついてすべて正直に話すので,今日は削除して下さい。」などと訂正を申し立て(乙15),同月23日,検察官に対し,「まだ心の整理がつかないのでお話しできない。」などと述べ(乙77),その後も,「絶対に早い段階で本当のことを話すので待って欲しい。」などという供述を続け(乙78),同月28日に,殺人について公訴を提起された。

以上の被告人の供述状況については,被告人の供述調書の記載以外のことに関しては,主としてR証人の公判供述によって認められるところ,R証人の供述は,具体的かつ詳細で,各供述調書の記載内容やその変遷過程を合理的に説明しているのであって,その信用性は高い。

(2) 被告人の捜査段階の供述の任意性について

(ア) これに対し,被告人は,当公判廷で,R証人の公判供述の信用性を否定しながら,被告人の捜査段階の供述には任意性がない旨供述し,弁護人も,被告人の公判供述に基づき,前記のような被告人の供述に任意性がない旨主張をしているところ,被告人の公判供述の要旨は,以下のとおりである。すなわち,「警察官が何回もうそを並べ立てるので,頭に来て被害者の携帯電話をC2海岸で拾ったなどとうそをついた。Rらから,この携帯電話の持ち主を殺したのはお前だと分かっている,おとなしく認めろなどと決め付けられた。被害者の携帯電話を使っていたことには申し訳ない気持ちはあると言うと,死体が上がった場所に連れていくから,線香を上げろと言われた。R1埠頭で,線香を渡されてから,手を合わせる動作をすると,写真に撮られた。Q1署に戻ってから,自分は,あくまで携帯電話を使ったことを謝るためにR1埠頭に行ったのであって,殺したとか,捨てたということを言われても身に覚えがないと言った。イプサムの検証後,車内で採取されたブロックの破片が,死体にくくりつけられたブロックの破片と一致しているのは間違いないから,おまえがやったんだ,血液と尿の反応が出たから間違いない,素直に認めろ,すべて素直に応じれば,済むからと言われた。その服を持っていたとして,どういうところに捨てるかと警察官に聞かれ,コンビニのごみ箱に捨てれば分からないのではないかと言ったら,現実に捨てたような乙11号証の調書にされた。その調書の添付の図面は,警察官に,潮が流れているのが一目で分かって,投げた物がすぐ見えなくなる場所はどこだと言われて,書かされたものである。〔私の気持ち〕と題する書面(乙16)は,Sから,『この文面を覚えろ。』と何回も言われ,多分サンプルも見せられ,『今から検事が来るから,紙に書いて示せ。そうすれば,すぐ取調べが終わるから,たまには早く布団に入って寝たいだろう。』と言われた。その後,P検事から,『警察のほうから,謝罪の気持ちがあって書き表したいと言われているから書いてくれ。』と,何回も言われ,『これを書かないうちは今日の取調べは終わらない。』と言われたので書いた。毎日連夜の取調べで,一人で静かな時間が欲しくて,早く終わるようにと思い,後のこととかを考える余裕はなかった。乙10号証は,警察官に,〔私の気持ち〕と題する書面(乙16)の内容を教えろと言われて,自分としては,どういうふうに殺したか,どういうふうに死体を投げたか,分からないものを説明しろと言われてもできないし,話す気もないと言って拒んでいたときの調書で,その内容には納得していないが,署名指印するようにしつこく説教されて,仕方なく署名指印した。乙13号証添付の図面は,D2の方で被害者の死体を投げたということで,下書きを元に無理矢理作図させられた。P検事の前でTシャツの襟を前の方をつかんで後ろに引っ張って殺したなどと供述した。納得していないのに,署名指印してしまったのは,『とにかく指印してサインしろ,どう考えたってお前がやったのは間違いないんだから,もうお前がどう言ったってどうしようもないんだ,とにかく認めて,情状酌量をもらえ,そうでなければ,余罪だなんだってくっつけて一生出れないようにしてやる,それが嫌ならとにかく署名しろ。』というようなことをしょっちゅう言われて,根負けしてしまったからである。」というのである。

(イ) しかし,被告人の供述は,殺人,死体遺棄という重大事案で逮捕され,元々否認していた被告人が,犯人と決めつけられた,根負けしたなどという理由で,事実を認める内容の調書に署名指印してしまったというのは極めて不自然である。また,調書の内容を見ても,被告人が訂正を申し立てて,訂正された箇所が多数ある上,衣類や死体を捨てたという場所などの図面を作成したり,捨てた衣類を具体的に詳しく説明して,被告人が自発的に供述したと理解しなければ困難なような内容を含んでいる(乙11)が,被告人の公判供述では,このような調書の内容や体裁を合理的に説明できていないのであって,到底信用することはできない。

(ウ) そして,信用性の認められるR証人の公判供述によれば,被告人の捜査段階の供述の任意性に疑問はなく,被告人が殺人,死体遺棄の事実自体を認めた調書においても,具体的な説明を拒む被告人の心境が生々しい言葉で語られていることや,被告人が,逮捕の翌日から,当番弁護士や弁護人と接見をしていたことも併せ考慮すれば,その任意性に疑問を差し挟む余地はなく,被告人の公判供述に基づいて被告人の捜査段階の供述の任意性を争う(ただし,一部同意の乙号証もある。)弁護人の主張は採用できない。

(3) 被告人の自白の信用性について

そこで,被告人の自白の信用性を検討すると,前記のとおり,被告人は,自白と否認を何度も繰り返して,その供述は大きく揺れ動いている上,自白調書を見ても,自白の内容は具体性に欠けているのであって,死体遺棄について比較的詳細に述べている警察官調書(乙13),検察官調書(乙19,20)も,述べられてしかるべき遺体にくくりつけられていた針金に関する供述がなく,また,ブロックやロープの入手経緯に関する供述も極めてあいまいである。さらに,8月30日付け検察官調書では,イプサムの2列目シート上で,遺体から着衣をはぎ取り,車のドアから遺体を車外に引きずり出して海中に捨てた(乙19)と述べていたのに,9月1日付け警察官調書及び同月2日付け検察官調書では,遺体をイプサムから岸壁の上に下ろして衣類を脱がせ,ブロックとロープをくくりつけて,両手で転がすようにして海に下ろした(乙13,14)などと,短期間に重要部分で変遷している。また,殺害方法について,首を絞めたと述べるものの,その具体的な方法についての供述はなく,後部座席から被害者が着ていたTシャツの襟首部分を引っ張ったら被害者がぐったりしたなどと不自然で,遺体の客観的状況とそごする供述が含まれているのであって,殺人,死体遺棄の犯行状況や動機に関する全体的な直接証拠としては,その信用性を認めるのは困難であるといわざるを得ない。

(4) しかしながら,前記・※(1)の認定事実によれば,被告人が,ホテルでイプサムのナンバーが記録されていたということや,イプサムの車内から血液や尿の反応が出たこと,被告人方から被害者の化粧ポーチが発見されたことなど被告人の関与を疑わせる重要な事実や証拠が提示されるなどすると,反論できない限度でこれを認めて詳細な供述を先送りしながら,それでもなお,自分が犯人である旨の供述はしているのである。

そうすると,被告人の自白は,被告人が殺人,死体遺棄の犯人であるという前記認定に沿う限度では,その信用性を認めてもよいと考えられる。

(5) 前記のとおり,本件においては,被告人の自白がなくても,判示殺人,死体遺棄の事実を認めることができ,その認定に合理的な疑いが生じるものではない上,上記被告人の自白をも考慮すれば,弁護人が主張する事情を慎重に検討しても,その認定に合理的な疑いを差し挟む余地はない。

・※  結論

以上検討したとおり,被告人が殺人,死体遺棄の犯人であるという証明は十分になされているというべきである。なお,殺人,死体遺棄の犯行月日について,公訴事実は,それぞれ「平成14年7月下旬」であり,検察官は,第1回期日で,「平成14年7月25日から同月末ころまでの間」であると釈明しているが,これまで認定した被害者の遺体の状況,被害者が消息を絶った状況,被告人の同月25日以降の行動,被告人が被害者の携帯電話を使用してメールを送信した経緯等を総合すれば,殺人の犯行日時は,「同月25日午前2時41分以降の同日ころ」であると認めるのが相当である。そして,前記のとおり,被告人が同月27日からイプサムでD1の従業員の送迎を行っていることが証拠上認められることや,イプサムのトランク内や被告人方からも被害者の血液等が検出されなかったことが証拠上うかがわれることに照らせば,被告人が,被害者の遺体をイプサムの車内に置き続けていたとは認められず,また,その遺体をイプサムのトランク内に隠したり,あるいは被告人方に持ち込んだとも認められず,殺害後,被害者の遺体をさほどたたないうちに遺棄したものと推認される。そうすると,被告人が被害者の遺体を遺棄したのは,「殺人の犯行のころ」と認めるのが相当である。さらに,被告人が同月25日ころは仙台市,宮城県塩竈市内又はその周辺においてしか行動していないことが関係証拠からうかがわれるので,各犯行場所は判示のとおりと認めて,判示「罪となるべき事実」のとおり認定した。

・※  違法収集証拠排除法則に基づく証拠排除の申立て

弁護人は,前記認定に用いた関係証拠のうち,一部の証拠(甲18,29ないし31検証調書,甲36,38,42,54鑑定書,甲58,62携帯電話解析結果,甲81実況見分調書,甲89鑑定書,甲119実況見分調書,甲129実況見分調書,甲140ないし142携帯電話等)は違法捜査に基づく違法収集証拠である,あるいは,いわゆる毒樹の果実であるから,証拠から排除すべきである旨主張するので,以下検討する。

(1) 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。すなわち,(ア)(職務質問の状況)・※  警察は,遺体発見後も,被害者の携帯電話が使用されていたことから,出会い系サイトを通じてその使用者に接触を図り,8月14日の夜にホテルJ1前で待ち合わせることになり,その者から,目印として,横縞のポロシャツ,半ズボン,ビーチサンダル着用と知らされたこと,・※  そこで,警察官のU(以下「U」という。)らが,その周辺に張り込んでいると,被告人が現れ,少し離れたところにいたUから,Tシャツと半ズボンを着用しているのが確認できたので,Uが,酔払いを装って,被告人に接近して観察をすると,被告人から「酔っぱらってるんですか。」と声をかけられたこと,・※  さらに,Uは,辺りの様子をうかがうように徘徊し,携帯電話を操作している被告人を確認したので,捜査本部の指示で職務質問をすることとし,被告人の背後から,「ちょっとちょっと」と声をかけて,トントンと被告人の肩に手を掛け,さらに,振り向いた被告人に「警察なんだけど。」と声をかけたこと,・※  すると,被告人が,驚いた様子を見せ,走ってくる他の捜査官を見て逃げようと二,三歩走り出したことから,Uは,被告人を停止させようとしてシャツをつかんだこと,・※  それとほぼ同時に,約3名の捜査員が被告人の行く手に立ちふさがり,さらに約3名の捜査員がこれに加わったところ,被告人は,肩を振り,腕を振り回して逃げようとしたが,捜査官らに制止され,前のめりに倒れたこと,・※  Uが「それ以上暴れるな。」などと声をかけると,被告人は,地面に直接腰を下ろすような姿勢になり,Uに言われて立ち上がったこと,・※  Uは,被告人に対し,警察手帳を示した上,人定事項やホテルJ1付近に来た目的を尋ねた上,所持品の提示を求め,被告人の携帯電話,財布,車の鍵等の所持品を確認したが,被害者の携帯電話は確認できなかったこと(なお,被告人がUに声をかけられ,職務質問に応じるまで1分程度であった。),(イ)(W2署への任意同行,イプサムの搬送の状況)・※  そこで,Uは,被告人にW2署まで任意同行を求め,他の警察官が被告人から鍵を受け取り,近くに路上駐車してあった被告人の車であるイプサムを同署まで移動したこと(なお,被告人がイプサムの移動に異議や不服を述べた形跡はうかがわれない。),(ウ)(W2署における事情聴取の状況)・※  被告人は,8月15日午前0時ころ,W2署取調室まで任意同行されて,Rらから,被害者の携帯電話を提出するように説得されたが,知らない,持っていないと述べていたこと,・※  被告人は,Rらから,ホテルJ1付近にいた理由を尋ねられて,L1前で待ち合わせていた事実がないのに,知人と待合せをしたなどと述べたが,同日午前7時ころ,「申しわけありません,持っています。」などと言って,ズボンと腹の間のベルトの下から被害者の携帯電話を取り出したこと,・※  その際,被告人は,ポケットの中にあるものを出しなさいと言ったから携帯電話を出さなかった,持っている物を出しなさいと言われればすぐ出したなどと言ったこと(なお,この間,被告人が帰宅させるように求めたことはなかった。),・※  そこで,Rらは,被告人を死体遺棄事件の被疑者として取り調べることとし,供述拒否権等を告げたことが認められる。

以上の事実は,主として,U証人及びR証人の公判供述によって認められるところ,U証人の公判供述は,具体的かつ詳細で,不自然,不合理な点は見当たらず,記憶があることとないことを区別して述べられていて,弁護人の反対尋問にも動揺しておらず,十分に信用でき,R証人の公判供述が信用できることは,前記・※(1)のとおりである。

(2) これに対し,被告人は,当公判廷で,U証人やR証人の公判供述の信用性を否定しながら,要旨,以下のように供述している。すなわち,(ア)(職務質問の状況)「車を降りて,ホテル前の駐車場付近に立っていると,近づいてきたスーツ姿の酔っぱらいが,『おとなしくしろ。このやろう。』と言って襟首をねじるようにつかんできた。周囲から七,八人が出てきて,両手をつかまれ,足払いをされて,濡れた路面に座らされた。『逃げないから離してくれ。』と言うと,『黙って言うこと聞いてろ。』と言われた。警察手帳など身分を示すものを見せてくれと言っても,お前のようなやつに何で見せなければならないんだ,来れば分かるとしか言われなかった,参考人として事情聴取するとか,被疑者として取り調べるというようなことは言われていない。」,(イ)(W2署への任意同行,イプサムの搬送状況)「警察官にがんじがらめにされて,自分の携帯電話やイプサムの鍵を取り上げられた。そのまま拘束されて警察の車に押し込まれた。車がどこにあると尋ねられて,公園に停めたと言うと,車で連れて行かれ,イプサムの鍵を持った人が後ろから歩いてきた。その中の誰かがイプサムをW2署まで運んだと思う。」,(ウ)(W2署における事情聴取の状況)「Rらから,ポケットの中にあるものを全部出せと言われて,財布などを出した後,ポケットを裏返して何もないことを見せた。Rらから,携帯電話を出せ,ポケットに入ってるのは分かってるんだなどと言われて押し問答になった。Sから怒鳴り散らされ,任意なんだから帰っていいだろうと言うと,任意は任意だけれど,こっちの質問に答えていないから,それは無理だと言われた。警察がうそを並べてくるので,腹いせに知人と待合せをしていたとうそをついた。午前7時ころ,持っているものを全部出すように言われたので,被害者の携帯電話を出した。その前に,弁護士を呼んでくれと言ったが,応じてもらえず,しつこく頼むと,Sから出すもの出せばどこにでも電話させてやるようなことを言われ,被害者の携帯電話を提出した後,公衆電話から実家に電話をかけた。」などというのである。

(3) しかしながら,被告人の供述は,(2)(ア)の職務質問の状況に関し,Uらが最初から敵意をむき出しにして被告人につかみかかってきたというような内容は,それ自体不自然な感は否めない。また,同(イ)のW2署への任意同行,イプサムの搬送状況に関しては,被告人が供述するように,強制的にイプサムの鍵を取り上げられるような状況であれば,当然に所持していた被害者の携帯電話も取り上げられてしかるべきだと思われるのに,実際には,取り上げられていない。また,任意同行される状況下で,イプサムの移動についてだけ,ことさら反対する合理的理由もうかがわれない。さらに,同(ウ)のW2署における事情聴取に関しては,Rらがポケットの中のものを出せなどと長時間固執し続けたという点で不自然であり,被害者の携帯電話を提出した理由についても,持っている物を全部出すように言われたためであると供述したのが,被害者の携帯電話を提出するのと引き替えに電話をかけさせてやると言われて提出したなどと変遷しており,その変遷に合理的な説明もない。

以上のとおりであるから,被告人の公判供述は,不自然で不合理なものであって,到底信用することはできない。

(4) ところで,弁護人は,(ア) 本件職務質問は,警察官職務執行法2条1項の要件を欠いている,また,被告人の前記供述を前提として,その態様が強制にわたる身柄拘束に当たるもので,違法である,(イ) 被告人が,同日午前0時ころから午前7時ころまで,不当に身柄を拘束されて,黙秘権,弁護人選任権を侵害された,(ウ) 被告人の被疑者調べは,同日午前7時ころから午後11時30分ころまで,さらに翌16日にも,自白強要のために長時間に及んだ違法がある,などと主張する。

しかしながら,(ア)の職務質問については,被告人の供述が信用できないことは前記のとおりであるから,これを前提とする主張は失当というべきである。

また,前記(1)(ア)で認定した事実に基づいて見ても,当時,被害者の携帯電話を所持しているとうかがわれる者との待合せ場所に被告人が現れ,被告人の服装が,その者の特徴と合致していたというのであるから,職務質問の要件を満たしていたことは明らかである。また,前記のとおり,Uが警察だなどと声をかけると,走って逃走する気配を見せたのであるから,これを停止させて職務質問に応じるように説得する必要性があったというべきであり,その態様も,必要最小限度の実力を行使したものであって,逮捕と同一視すべき程度の実力行使とは認められず,違法性は認められない。そして,(イ)の不当に身柄を拘束されて黙秘権などを侵害されたということについては,被告人が,前記のとおり,殺人,死体遺棄という重大な犯罪に結びつく重要な証拠品である被害者の携帯電話を所持・利用していたと強く推認される状況にあったにもかかわらず,これを頑強に否定し,ズボンと腹の間に隠して提出を拒み続けていたことや,ホテルJ1前に来た理由についても,あえて虚偽の弁解をしていたことに照らせば,捜査機関が,被告人の弁解の裏付けを確認し,その上で,被告人の説得を継続することは,被害者の携帯電話が証拠品として極めて重要であることを考慮すると,十分にその必要性,合理性があったと認められ,被告人の取調べに違法はない。さらに,(ウ)の被告人に対する取調べが長時間にわたる自白強要であるということについては,前記認定のとおり,被告人が,・※  被害者の携帯電話を提出した後,その入手経路や被害者との面識について尋ねられると,C2海岸で拾った,被害者のことは知らないなどと明らかに不自然不合理な弁解に終始していたこと,・※  Rらに供述拒否権や弁護人選任権を告げられ,前記のとおり,午前11時ころ,実家に電話連絡をして,両親と弁護人について相談していること,・※  夕方に取調べを終えた後,イプサムや自宅アパートの捜索差押えに立ち会い,任意提出の手続をしたこと,・※  同日作成された供述調書には,被告人の言い分が録取されていること,・※  翌16日も,警察車両に乗り,下着や着替えを用意して出頭したこと,・※  午前10時から始まった取調べのなかで,前日同様の弁解を繰り返していたが,W3港近くのモーテルに泊まったことはあるかなどと尋ねられるや,被害者と会ったことを認めた上で,16日に別れたという新たな弁解を始めたこと,・※  午後8時ころ,責任を取りたいなどと犯行を自認するかのような供述を始め,Q1港まで線香を上げに行ったというのであるから,取調べが深夜に及んだとしてもやむを得ないことであり,この点も任意捜査としての限度を超えるものではない。

以上によれば,弁護人の違法捜査に関する主張は理由がなく,違法収集証拠や毒樹の果実であるとして証拠排除を求める主張や捜査の違法による公訴棄却の申立ては,いずれも理由がない。

・※  訴因不特定による公訴棄却の申立てに対する判断

弁護人は,殺人及び死体遺棄の各公訴事実が日時,場所及び方法により訴因を特定しておらず,公訴の提起は違法であるとして公訴棄却を求めるが,前記認定のとおり,本件では,被告人が,判示殺人及び死体遺棄について犯人性を争って否認し,犯行を目撃した者もおらず,情況証拠の積み重ねによる立証活動を求められているところ,遺体が海中に投棄されて相当期間経過後に発見されて,しかも,遺体は死後変化が進んでいることなどの本件事実関係のもとにおいては,前記各公訴事実は,他の犯罪事実を識別でき,かつ検察官が訴追した事実の範囲を明示できる程度に,できる限り特定したものであって,訴因の特定に欠けるところはないというべきである。

よって,この点に関する弁護人の主張は採用できない。

第2第1の窃盗の事実について

1  関係証拠によれば,(1) 3月11日午後9時ころから翌12日午前9時15分ころまでの間に,「B2」C1店内のカウンターの下から,現金11万3315円,封筒2枚(甲161,164)に各5枚ずつ納められた3000円分のプリペイドカード10枚(甲167),封筒2枚(甲162,163)に各5枚ずつ納められた5000円分のプリペイドカード10枚(甲168)及び預金通帳1通が保管された耐火金庫1個が盗み出されたこと,(2) 被告人は,平成13年11月ころから,頻繁に同店を訪れては店員と話し込み,店長のBを閉店後に自宅に送るなどして同店の内情を知っていたこと,(3) 8月20日から翌21日にかけて実施されたイプサムの検証で,被害品のプリペイドカード20枚(甲167,168)が,9月12日に実施された被告人方アパートの検証の際,被告人から任意提出されたごみ袋の中から前記封筒3枚(甲161ないし163)が,10月2日には,被告人が任意に立ち会ってイプサムの運転席下部コンソールボックス内から前記封筒1枚(甲164)が,それぞれ発見されて,被告人がこれらを任意提出したことが認められ,これらについては,被告人,弁護人も特に争っていない。

2  被告人は,当公判廷において,被害品のプリペイドカードや封筒がイプサムや自宅内で見つかったことに心当たりはない,W2署でイプサムの捜索差押えに立ち会ったときには,車内の物が,少し車外のブルーシートの上に出されており,移動された形跡もあった旨供述して,前記各証拠の領置経過について疑問を呈している。

3  しかしながら,前記のとおり,被告人のイプサムは,8月15日にW2署に運ばれて,捜索差押えされ,同日Q1署に搬送された後,同月20日まで同署地下駐車場に保管され,捜査本部においてイプサムの鍵を保管していたところ,関係証拠を見ても,イプサムの積載物に捜査機関の作為が加えられた形跡は全くうかがわれない上,8月20日から21日にかけてイプサムの検証を行うとともに10月2日の領置手続を行った警察官である前記K,8月21日の領置手続を行った同K5,9月14日の領置手続を行った同K6は,証人として,当公判廷において,それぞれ適正に手続を行ったこと,被告人が,いずれの検証や任意提出に際しても異議を述べたり,嫌がったりしたことはなかったこと,被告人は,上記プリペイドカードについて,どのように入手したかは言わなかったものの,自分のものではない,持ち主に返してくださいと話していたこと,上記封筒が誰のものか尋ねると,口ごもって答えようとせず,「B2」のものかと聞くと,小声ではいと答えたことを供述している。

上記各警察官の公判供述は,いずれも弁護人の反対尋問にも全く動揺しておらず,関係する検証調書(甲29ないし31等)等によって裏付けられており,信用できるものであって,これらの供述によれば,その領置経過に疑問を差し挟む余地はない。

4  そうすると,前記各事実,特に被告人が,イプサム内や自宅アパート内で,被害に係るプリペイドカード及び封筒全部を所持していたところ,被告人はその入手経緯について,何ら合理的な説明をしないことを考え合わせれば,被告人が判示第1の窃盗の犯人であると認めるのに十分である。

第3第2の住居侵入,窃盗及び第7の窃盗の事実について

1  関係証拠によれば,(1) 被告人は,平成13年6月ころから,A1,A2夫婦と親しくなり,毎日のように同夫婦が経営するD1の事務所兼A1方を訪ねていたこと,(2) 7月15日夜から翌16日早朝の間,A1方2階茶の間に置いてあったA2のバッグから現金合計21万9000円が,1階事務所内からA1所有の携帯電話機1台(甲140)が盗まれたこと,(3) その携帯電話機1台は,盗難にあった同月16日ころ以降,何者かによって頻繁に使用されたこと,また,(4) 8月14日午後3時20分から4時の間,上記1階事務所から,A1,A2夫婦が所有又は管理する現金8670円在中の財布1個(甲175),診察券3枚(甲180),クレジットカード1枚(甲174),総合口座通帳4通(甲176ないし178),キャッシュカード4枚(甲179),印鑑1個(甲183),ボールペン1本(甲166),カード1枚(甲182)等在中の手提げバッグ(甲181)が盗まれたこと,(5) 同日午後4時ころ,被告人がD1の事務所を訪れたが,A2が目を離した隙にその場を立ち去ったこと,(6) 同月15日,被告人の自宅アパートの捜索差押えが行われた際,同室内から手提げバッグ(甲181),財布1個(甲175),総合口座通帳4通(甲176ないし178),キャッシュカード4通(甲179),診察券3枚(甲180),カード1枚(甲182)及び「A」と刻した印鑑1本(甲183)が発見され,被告人により任意提出されたこと,(7) 8月20日から21日のイプサムの検証で,車内からクレジットカード1枚(甲174)が発見され,被告人により任意提出されたこと,(8) その際,前記(3)の架電先のうち,**-****-****,**-****-****などの電話番号の記載されたメモが,同車内運転席ドア下部のポケットより発見されたこと,(9) 9月12日の被告人方アパートの検証で,茶の間のコタツ敷の下から前記携帯電話(甲140)が発見され,被告人により任意提出されたこと,(10) 10月2日に被告人方アパートで捜索差押えされた前記手提げバッグ(甲181)の底にボールペン(甲166)があり,被告人により任意提出されたこと,(11) 前記(2)の被害の際,A1のバッグ内にあった封筒(甲160)から検出された指紋が被告人の左手母指の指紋と一致したことが認められ,これらの事実自体については,弁護人,被告人も特に争っていない。

2  ところで,被告人は,(11)の指紋について,判示第2の事実に係る弁解録取において,検察官に対し,「7月15日に,A2と一緒に集金に出かけ,事務所に戻ってから事務員のWに頼まれて,集金したお金が入っていた封筒を1回手に取ったので,その際,私の指紋が封筒についたものだと思う。」(乙68)旨弁解している。

しかしながら,証人A1,同A2の各公判供述によれば,被告人の指紋が付着した封筒(甲160)は,10日以上前からA1のバッグに入れたままになっていたことが認められ,A夫婦は,被告人に従業員の送迎を頼み,また,被告人に食事もさせたことがあるというのであって,いずれも,ことさら被告人に不利益なことを述べる理由がなく,その各供述は,具体的であり,不自然,不合理な点は見当たらず,忘れたことはその旨述べるなどしているのであって,信用性は高い。

そうすると,証人A1,同A2の各公判供述によれば,被告人が供述するような経緯で被告人の指紋が付着する機会はなかったと認められ,これに反する被告人の弁解は到底信用できない。

また,被告人は,当公判廷において,A1の携帯電話(甲140)で出会い系サイトを利用したことを認めた上で,これはQ1の岸壁で拾った旨弁解し,また,A2の手提げバッグ(甲181)について,「8月14日午後8時20分ころ,Q1港の岸壁に置いてあったのを見付け,中にA夫婦名義の通帳等が入っていたため,D1まで持って行ったが,A夫婦に会うことができず,翌日届けようと思って,アパートに持ち帰った。」(乙61)旨弁解している。

しかしながら,その入手経緯に関する弁解は,いずれも不自然不合理であり,(4)の被害品が,被告人の自宅アパートやイプサム車内に散在していることなど証拠物の発見状況に照らしても,到底信用することはできない。

さらに,被告人は,第2と同様に,警察官が自分を陥れるために証拠物について何らかの細工をしたのではないかと思う旨弁解するが,前記信用性の認められる各警察官の公判供述に照らせば,証拠物の発見や領置経過には何も疑問がない。

3  これまで認定した各事実,とりわけ被告人が,判示第2の被害の約1か月後,そして,判示第7の被害の翌日に,現金を除く多数の被害品を所持していたところ,その入手経緯について,何ら合理的説明をしないことを考え併せば,被告人が犯人であると認めるのに十分である。

第4第3の建造物侵入,窃盗の事実について

1  関係証拠によれば,(1) 7月21日午後7時過ぎころから翌22日午前8時30分ころの間,前記F1店から,同店店長のC(以下「C」という。)所有のリモコン(甲170),カーテレビ(甲171),チューナー(甲172)が盗まれたこと,(2) F1店の出入口や窓は施錠され,こじ開けるなどした形跡はなく,出入口の鍵は,経営者のX(以下「X」という。)とCが管理していたこと,(3) 5月上旬ころ,Xの自宅兼自動車修理工場において,F1店の出入口の鍵等を含む鍵2束(甲165,169)等が盗まれたこと,(4) 8月20日から21日のイプサムの検証で,被害品であるリモコン(甲170),カーテレビ(甲171),チューナー(甲172)及び前記鍵1束(甲169)が発見され,被告人が任意提出したこと,(5) 9月12日の被告人の自宅アパートの検証で,6畳居間北東の茶だんすの棚より前記鍵1束(甲165)が発見され,被告人により任意提出されたこと,(6) 被告人は,平成13年6月から,F1店に勤務した際,Xの自宅兼自動車修理工場を多数回訪れたことがあったことが認められ,弁護人,被告人も特に争っていない。

2  ところで,被告人は,当公判廷において,前記鍵束は,F1から出張展示会や注文書等書類を取りに行くときのために預かっていた予備の鍵であり,預かっていたこと自体を忘れていたため,返していなかった旨弁解している。

しかしながら,被告人は,捜査段階では,「E1に出社しなくなったころ,F1の鍵を持ち歩いたことはなく,これを外に持ち出して自宅やイプサムの中に置いたことはない。」(乙44)旨供述していたのに,突然上記弁解を始めたもので,供述を変遷させた理由が説明されていない上,被告人が異動したときに,預けていたF1店の出入口等の鍵を間違いなく回収した旨のX証人の公判供述に反している。

X証人は,あえて被告人に不利なことを述べる理由はないことなどからすれば,その供述の信用性に疑問はなく,これに反する被告人の弁解は,不自然,不合理なものであって,全く信用できない。

3  これまで認定した各事実,とりわけ被告人が,判示第3の被害品全部及び出入り口の鍵を所持していたところ,その入手経緯について,何ら合理的説明をしないことを考え合わせれば,被告人が犯人であると認めるのに十分である。

第5第6の詐欺の事実について

1  被告人の給油を担当した株式会社G1H1の従業員である証人E(以下「E」という。),同Wの各公判供述及び納品書(甲173,186から188)等関係証拠によれば,被告人が,別表(添付省略)のとおり,計4回にわたり,同表欺罔文言欄記載のとおり申し向けて,それぞれ給油をしたことが認められる。

2  ところで,被告人は,公判廷で,それぞれ給油したことを認めながら,「D1の息子」とは一度も言っていない旨弁解している。

しかしながら,証人Eは,「イプサムに乗った被告人が,『D1の息子』を名乗り,D1の『****』の車番を告げて給油を申し込んだ。掛売りで給油できる車番は決まっているので,それ以外の車であれば,D1に電話で確認することになっているが,所長に確認すると,『****』の車番が一致し,D1さんの息子だということで給油してよいと指示されたので給油した。」旨供述している。

証人Eの公判供述は,具体的かつ明確で,前記給油所の所長であるZの公判供述や前記納品書の記載に裏付けられている上,それまで被告人と面識がなく,被告人に不利な虚偽供述をする理由がないから,十分信用することができ,これに反する被告人の弁解は信用できない。

3  さらに,被告人は,A1から上記給油の許可を受けていた旨弁解する。

しかしながら,A1は,当公判廷でこれを否定し,A2は,当公判廷において,「7月15日過ぎころ,被告人に,D1の従業員の朝の送迎を1か月1万円の約束で頼んだ。油賃は出さないよと言ったら,被告人は,いいんだ,世話になってるからなどと言っていた。同月二十五,六日ころ,得意先回り等で被告人に二,三回運転してもらったことがあったので,D1のツケで30リットルのガソリンを入れてやった。それ以外に,被告人に,D1のツケでガソリンを入れて良いと言ったことはない。油を入れてやったことなどから,8月5日か6日に,送迎代の1万円の約束を5000円に負けるように言うと,被告人も承諾した。被告人に従業員の夕方の送迎を頼んだのは,夫が7月に会津若松へ出張に行ったときと,8月初めころ,夫と月山に行ったときであるが,それ以外に夕方の送迎を頼んだことはない。」旨供述する。

証人A2は,被告人に従業員の送迎を依頼した状況等について,具体的かつ詳細に供述し,30リットルの給油を許可したことなど被告人に有利な点も含めて,証人A1の公判供述とも概ね符合する供述をしているのであって,その公判供述の信用性に疑問はない。

4  これに対し,被告人は,「8月に入って,A夫婦が出羽三山参りに行く間,夕方も従業員を送迎することになったので,A1と直談判してガソリンを入れる取り決めをした。1万5000円などの金額を決めて,D1の負担でガソリンを給油し,それ以上かかったガソリン代は被告人本人が負担するという約束をした。月末締めで給油伝票を経理担当の事務員に渡してくれれば良いという取り決めだった。」旨弁解する。

しかしながら,この供述は,信用できる証人A1及び同A2の公判供述に反している上,被告人が,給油の際,前記認定のとおり,あえて「D1の息子」などと虚偽の事実を申し向けた事実と整合しないのであって,到底信用できない。

以上によれば,被告人が,A1からD1の負担で給油する許可を受けていた事実はなく,そのような許可があったと誤信したとうかがわせる事情もない。

したがって,被告人には給油してもよいという権限が与えられていた旨の弁護人の主張は理由がなく,関係証拠によれば,判示第6の各事実が優に認められる。

(法令の適用 省略)

(量刑の理由)

本件は,被告人が,店舗からプリペイドカードや耐火金庫を窃取した事案(第1),会社事務所兼居宅に侵入して現金等を窃取した事案2件(第2,第7),店舗事務所に侵入してカーテレビ等を窃取した事案(第3),出会い系サイトで知り合った被害者を殺害した事案(第4),その死体を海中に投棄した死体遺棄の事案(第5)及びガソリンスタンドから,4回にわたり,ガソリンをだまし取ったという詐欺の事案4件(第6)である。

まず,殺人,死体遺棄の犯行について見ると,被告人が否認しているために,その詳細な動機・経緯は明らかでないが,被告人と被害者の間で,援助交際代金の支払をめぐって金銭トラブルがあり,それに端を発した偶発的な犯行であると証拠上認められるが,そのトラブルの原因たる援助交際の代金はさほどのものではないのに,そのようなトラブルのために被害者を殺害して,なにものにも代え難い尊い人命を奪ったことは,余りにも安易で,短絡的かつ身勝手であって,酌むべきものは何もない。また,死体遺棄の犯行は,殺人の犯行を隠蔽するために行われたものであることは明らかであって,自己中心的で,卑劣な動機に酌量の余地は全くない。

犯行態様についても,詳細は不明であるが,関係証拠によれば,被害者の頚部を相当の力で締め付け続けるなどして窒息死させたものと認められ,強固な殺意に基づく冷酷,残忍で,凶悪な犯行である。また,被害者の遺体から着衣を全てはぎ取って全裸にした上,ロープや針金でコンクリートブロックをくくりつけて海中に投棄した点は,完全犯罪を指向し,死者の尊厳を顧みない非情な犯行である。

被害者は,仙台市内に戻って実母と同居するようになり,友人らと交流を持ちながら新たな生活を始めようとした矢先に,わずか16歳で,突然その生命を絶たれたものであって,その悔しさ,無念さは察するに余りある。

被害者の遺体は,身元確認にすら困難をきたすほど死後変化が進んでおり,遺体を引き取った実母は,解剖が終わってガーゼなどで遺体が巻かれていたことから,我が子がどのような有り様になっているのか直接確認することもできないまま,カーゼなどの上から口とおぼしき辺りに口紅を塗るにとどまり,満足に死に化粧すらしてやれなかったというのであるから,遺族に与えた衝撃も極めて大きい。

ようやく被害者と同居して,その将来を楽しみにしてきた実母をはじめ遺族らの悲しみは筆舌に尽くしがたく,実母が,その意見陳述において,被告人に対し,極めて厳しい処罰感情を訴えているのも当然のことである。

被告人は,殺人,死体遺棄の犯行後,詳細は不明であるが,被害者の着衣,所持品を処分した上,被害者の携帯電話を使用して,被害者の安否を憂慮する実母らに対し,被害者を装ってメールを返信するなどし,犯行の発覚を免れようとして罪証隠滅工作に及んでいるのであって,犯行後の情状も悪い。

加えて,本件が,16歳の高校生が,全裸の死体で海上に浮遊してところを発見された殺人,死体遺棄事件であり,マスコミにより大きく報道され,凶悪な犯行として社会に与えた影響も大きい。

次に,窃盗,建造物侵入,住居侵入の各犯行について見ると,被告人は当時定職がなく,無為徒食の生活を送っていたところ,いずれも金品欲しさから犯行に及んだものと認められ,その安易で利欲的な動機に酌量の余地は何もなく,犯行の手口も,世話になっていた知人の事務所兼居宅,元の勤務先等勝手を知った場所において,不正に入手した鍵を用いたり,シャッターをこじあけて侵入するなどして金品を盗み出し,あるいは人目のない間を狙ってバッグを盗むなどしており,いずれも大胆で悪質な犯行である。

そして,詐欺の犯行についても,従業員の送迎を頼まれるなどした知人夫婦の息子を名乗ってガソリンスタンドの従業員をだまし,短期間に反復してガソリンを詐取したもので,犯情は悪い。

各犯行の被害額の合計は多額に上るが,一部の被害品が還付されるほか,現金の被害については全く弁償されておらず,各被害者の処罰感情は厳しい。

にもかかわらず,被告人は,本件各犯行を否認して,不自然不合理な弁解に固執し,反省の態度を全く見せておらず,何ら慰謝の措置も講じていない。

そうすると,被告人の刑事責任は極めて重い。

他方,被告人には前科前歴がないこと,長期間身柄を拘束されたこと,本件公判中に病身の父親を亡くし,葬儀に出席できなかったこと,知人夫婦が詐欺の被害会社にガソリン代金を支払ったことなど被告人に有利ないし斟酌すべき事情も認められる。

そこで,以上の諸事情を総合的に勘案して,被告人を主文の刑に処するのが相当であると判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑―懲役18年)

(裁判長裁判官 本間榮一 裁判官 齊藤啓昭 裁判官 岸田航)

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例